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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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2009年の「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した、柚月裕子のデビュー作。医療をテーマにしたものかと思わせるタイトルだが、障碍者問題をテーマにした社会派ミステリーである。
新人臨床心理士・佐久間美帆が担当したのは「話している言葉が、どういう感情から発せられているのが色で分かる」という共感覚を持つ20歳の藤木司だった。藤木は、同じ福祉施設で暮らしていた少女・彩が死んだのは「殺されたからだ」と訴えて来る。なかなか信じることができなかった美帆だが、藤木の治療のためにも事実を解明しなければと考え、藤木と彩が暮らしていた福祉施設を調べ始めると、何かが隠されようとしている、不審なことに気が付き始めた。学生時代の友人で警察官の栗原の協力を得て美帆がたどり着いた真相は、思いも掛けないおぞましいものだった・・・。 物語の構成、人物キャラクターの設定、各シーンの描写、すべてにレベルが高い。とてもデビュー作とは思えない上手さである。ただ、それだけに意表をつくような展開が皆無で、盛り上がりやサスペンスに欠けるのが残念。 絶賛するほどではないが、多くの社会派ミステリーファンに安心してオススメできる傑作エンターテイメント作品である。 |
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ヤメ検弁護士・佐方シリーズの第1作。誰が犯罪者か、誰が被害者か、練り上げられた構成と明確なストーリー展開で読ませる、傑作法廷ミステリーである。
刑事弁護士・佐方に持ち込まれたのは、ホテルの一室で起きた殺人事件。誰もが痴情のもつれによる単純な事件、被告人は有罪と判断していたのだが、佐方は事件の裏に隠されたものがあると直感し、真実を追究するために全力を振り絞り、裁判の行方は誰もが想像もしなかった方向へ向かうのだった・・・。 最初に犯人と被害者が登場するのだが、名前は伏せられる。その後は三日間の公判を舞台にした裁判劇が繰り広げられ、ところどころに少年が死亡した七年前の交通事故のエピソードが挿入される。当然、交通事故被害者の家族が今回の事件に関係が深いことが予測できるのだが、どういう関係で物語が展開されるのか、なかなか種明かしされず、読者はどんどん引き込まれていく。そして、最後の証人の登場によって、裁判は劇的なクライマックスを迎える。 わずか300ページほどの作品だが、中身が詰まっていて非常に読み応えがある。法廷ミステリーのファンだけでなく、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第8作。イギリスの女性プロファイラー殺害事件と彼女がプロファイリングしていた連続殺人事件をテーマにした、サイコミステリーっぽい警察小説の傑作である。
大勢の海水浴客でにぎわう日曜午後のビーチで、若くて魅力的な女性が殺された。周りにいた人々は誰も事件を目撃しておらず、捜査の手がかりになるはずの証拠はみんな海水に洗われてしまっていた。捜査を指揮する地元警察の責任者ヘンは、苦労の末に被害者エマ・タイソーの身元を割り出し、エマがバース在住だったことからダイヤモンド警視と協力して(ダイヤモンドが押しかけて)捜査を進めることになった。エマが警察上層部の依頼で極秘に、ある予告殺人事件のプロファイリングを行っていたことを知ったヘンとダイヤモンドたちは、正体を見破られることを恐れた犯人がエマを殺したのではと想定して捜査を進めたのだが・・・。 今回は、イギリスでは珍しい予告連続殺人がテーマで、サイコミステリー風味の捜査小説に仕上げられている。しかも、370ページのうち347ページなるまで犯人が分からないという、徹底したフーダニット作品で、犯人探しの興趣をたっぷりと味わえる。前作で最愛の妻を失いどん底に陥ったダイヤモンドだが、徐々に本来の持ち味を取り戻しつつあるようなのが、シリーズ読者としては嬉しい。 イギリスの警察小説の王道を行く作品として、幅広いミステリーファンにオススメしたい。 |
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2017年から18年にかけて新聞連載された長編小説。ミステリーよりも男女の心理的葛藤を描いたエンターテイメント作品である。
湘南の海を望む逗子の高台にある超高級邸宅に住む、現在41歳の塩崎早樹。31歳年上の資産家・塩崎克典と結婚したのは、お互いに伴侶を亡くしたという共通点からであり、決して資産目当てではないのだが、世間は何かと好奇の目を向けて来る。息子に事業を譲り悠々自適の生活を送る克典と、隠棲しているような穏やかな日々に満足していた早樹だったが、元夫の母親から電話があり「(亡くなった夫の)庸介を見た」と告げられたことから、激しく動揺し始めた。庸介は8年前、趣味の夜釣りに出たまま行方不明になり、死体は発見されず、7年後に死亡認定されたのだったが、早樹は庸介がどこかで生きているのではないかという疑惑を拭いきれずにいたのだった。真相を知りたいと思った早樹が昔の仲間たちを訪ねて当時の様子を聞き出そうとしたとき、現われてきたのは、早樹が全く知らなかった庸介の隠された一面だった・・・。 死んだはずの人物の影が現われるという、よくあるパターンの物語で、失踪の謎を解くミステリー要素はきちんと押さえられているが、本筋は「あなたは結婚相手のことをどこまで知っているか?」という問いかけであり、本質的に理解し合えない、他人との生活をどう考え、どう営んで行くのかという、大人のための寓話である。物語の構成も人物設定も巧みで、会話も上手く、ありふれたテーマながらどんどん引き込まれていく。最後の最後、真相が明らかにされるとちょっと違和感があるが、ストーリー全体は緊張感があって読み応えがある。 最近の桐野夏生作品の中では出色のエンターテイメント作品として、多くの方にオススメだ。 |
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前作「乗客ナンバー23の消失」が人気を呼んだドイツのサスペンス作家・フィツェックの日本での新作。舞台を旅客機に移した、前作と同じようなテイストの閉鎖空間タイムリミット・サスペンスである。
娘の出産に合わせてベルリンに向かう飛行機に乗った精神科医クリューガーは、離陸した機内で何ものかから「娘を誘拐した。娘の命を救いたければ、言う通りにしろ」という脅迫電話を受け取った。その指令とは、かつて治療した女性で同機のチーフパーサーであるカーヤの心を破壊し、ベルリン到着までに飛行機を墜落させろというものだった。恐怖に陥ったクリューガーは、ベルリンにいるかつて関係があった女性精神科医フェリに娘を捜してくれるように懇願し、また機内では何とか危機を回避できないかと狂ったように行動するのだったが、ベルリンへの到着までの時間は刻々と少なくなっていくのだった・・・。 飛行中のジェット機と地上での娘の出産という2つの出来事がリンクしながら、タイムリミット・サスペンスを盛り上げる。さらに、登場人物がみな、それぞれの心理的な闇を抱えているというサイコ・サスペンス要素が一層の不気味さを加えて、緊迫感のあるストーリーが展開される。ただ、事件の背景とか動機があまりにも吹っ飛んでいるし、誘拐された娘の出産にまつわる情景描写がグロテスク過ぎるのがちょっと興ざめである。 前作でファンになった方には、前作以上の出来だと自信を持ってオススメできる。また、タイムリミットもの、サイコサスペンスのファにもオススメだ。 |
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2014年に発表された弁護士出身の新進作家のデビュー作。今、アメリカで人気を読んでいる法廷サスペンスシリーズの第一作である。
弁護士から出身校に戻り、証拠論の権威の大学教授として成功していたトムは68歳になった今、妻を亡くし、自身は膀胱がんに冒され、さらに信頼していた教え子の弁護士タイラーの裏切りにあって職を失い、絶望の中にいた。そんなとき、昔の恋人から「事故で死んだ娘一家のために、運送会社を相手どった裁判に協力して欲しい」と依頼された。40年以上も法廷を離れていた上に、自身の体調にも自信を持てなかったトムは、かつて因縁があった教え子で苦労しながら個人事務所を維持しているリックに弁護を依頼し、自らは田舎に隠棲しようとする。嫌々ながら経済的な事情から仕事を受けたリックだったが、運送会社の不正を確信し証拠集めに奔走するものの運送会社側の妨害にあい、しかも相手の弁護士が地元ではナンバーワンといわれるタイラーだったため法廷では窮地に陥った。裁判の大勢が決まり、もはやこれまでとリックが諦めかけたとき、法廷に現われたのは病をおして出てきたトムだった・・・。 正義感に溢れた行動派の若者を知恵のある老人(といっても、68歳だが)がサポートして正義を貫くという、リーガルものではありふれたパターンだが、主要人物のキャラクターが立っているし、悪役が憎らしいほど悪役なので、正義が成就されたクライマックスにはカタルシスがある。主人公が大学フットボールの名選手で、決して諦めない精神を身に付けているというのも、アメリカでは受ける、本作の大きな魅力である。また、法廷闘争がメインだがストーリーがシンプルで非常に読みやすいのもいい。 謎解きやアクションではない、リーガル・サスペンスのファンには絶対にオススメ。さらに、人はいつくになっても甦ることができるというロマンを求める人にもオススメしたい。 |
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2014年に雑誌連載された長編小説。暴力団対応の荒くれ刑事とその部下を主人公に、暴力が支配する世界をコントロールするためにヤクザ以上のヤクザぶりを発揮する刑事の無軌道な活躍を描いたアクション・ミステリーである。
昭和63年、広島県の港湾都市の暴力団係刑事に赴任した日岡は、直属の上司・大上刑事から強烈な通過儀礼を強いられる。それをパスして大上に受け入れられた日岡は、暴力団の懐に深く入り込んで活動する大上の捜査手法に疑問を抱きながらも、徐々に大上の人間性に感化されるようになる。そして、街を揺るがしかねない暴力団抗争事件が勃発したとき、それを阻止するために大上がとった行動は・・・。 まず、物語の冒頭からインパクトがあり、それがエピローグにつながって行く全体の構成が抜群に上手い。小さな地方都市のヤクザ同士の抗争というシンプルな舞台設定ながら、犯人探し、警察内部の権力争い、ヤクザの心情、男の友情など、さまざまな要素が取り入れられており、中だるみすること無く読み進む面白さである。 警察小説であり、またヤクザ小説でもあり、黒川博行「厄病神シリーズ」、逢阪剛「禿鷹シリーズ」などのファンには自信を持ってオススメできる。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第7作。よりにもよって、ピーターの愛妻ステフが殺害されるという衝撃的な事件の犯人探しミステリーである。
自分が逮捕したマフィアが有罪判決を受ける場面に立ち会い、満足感に包まれたダイヤモンド警視だったが、裁判所を出たところでマフィアの愛人女性に顔を引っ掻かれ憮然として帰宅した。家でステフから傷の手当を受け、翌朝、気分よく出勤したのだが、上司から忙しくないのなら組織犯罪の捜査に協力するように指示される。これを侮辱と受け取り怒りが治まらなかったダイヤモンドだったが、管轄地域で殺人事件が発生したという報告を受け、喜び勇んで現場に駆けつけた。ところが、頭に銃弾2発を受け倒れていたのは、朝、出がけの挨拶をしたばかりのステフだった。あまりの衝撃に感情を失い、ただひたすらに犯人追及を求めるダイヤモンドだったが、被害者の夫が捜査陣に加われるはずもなく、さらには「第一容疑者」扱いされることになった・・・。 自分の無実を証明するために、ステフの復讐を果たすために、単独で捜査に乗り出すダイヤモンド警視の奮闘という大きな柱に、詐欺師とアラブ人が組んだダイヤモンド搾取事件がサブとして絡んでくる。冒頭での伏線からの見事な回収まで、犯人探し作品としての完成度が極めて高い。さらに、もともとダイヤモンドの個性で続いてきているシリーズだが、本作は特に警察組織の捜査力というよりダイヤモンド個人の推理や調査が力を発揮しており、オーソドックスなフーダニット的な味わいもある。 主人公の妻というだけでなく、シリーズのテイストを作る上でも重要な役割りを果たしてきたステフを消してしまうという、極めて大胆な作品であり、今後のシリーズ展開がどうなるのか興味深い。シリーズ読者には必読である。もちろん、本作単独でも楽しめる作品で、本格ミステリーファンから警察小説ファンまで、多くの方にオススメしたい。 |
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ヤメ検弁護士・佐方貞人シリーズの第3作。佐方が弁護士になる前の検事時代のエピソードを描いた4作品を収めた作品集である。
「心を掬う」は郵便局員の不正事件捜査、「業をおろす」は第二作の中の一編の後日談、「死命を賭ける」と「死命を決する」は痴漢事件をテーマに検事の正義感を描いた連作である。各作品それぞれに色合いは異なっているものの、通底するテーマは検事の使命とは何かという一本気で硬質な覚悟である。犯罪の動機、背景の描き方などにゆるさはあるが、物語の構成はうまい。 主人公のキャラクターを知るためにも第1作から読んだ方が良いのだが、本作だけでも楽しめる。社会派というより、人情派ミステリーのファンにオススメしたい。 |
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2005年に発表された、村上龍の書き下ろし長編小説。「2011年に北朝鮮の謀略により福岡が占拠される」という設定で、日本社会の脆弱さを鋭く指摘した予言的物語である。
金正日体制の北朝鮮に対する反乱軍という名目の「高麗遠征軍」が福岡に上陸し、福岡ドーム、シーホークホテルを占拠した。実力行使をためらわない兵士たちという直接的な軍事力に直面した日本人、日本政府は現実を見ることを忌避し、自然災害のように過ぎ去ってくれるのを待つばかりで何ら有効な行動をとることができなかった・・・。 東日本大震災や福島原発事故を経験し、最近の国際情勢への対応を見る今、2005年時点で日本の弱さを読み切っていた村上龍の先見性に驚かされる。さらにエンターテイメント作品としても一流で、ミステリーファンにとどまらない、多くの人にオススメしたい作品である。 |
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フランスの最も独創的な小説に贈られるというゴンクール賞を2016年に受賞した作品。現実に起きた事件にインスパイアーされたという、乳母による幼児殺害事件をテーマにしたサスペンス・ミステリーである。
パリのアパルトマンに暮らすミリアム(弁護士)とポール(音響エンジニア)のマッセ夫妻は、ミリアムが仕事に復帰するのを機に幼い二人の子どものためのヌヌ(ベビーシッター兼家事負担者)を募集した。応募してきた白人の中年女性ルイーズは即座に子供たちの心をつかみ、料理や掃除、家事すべてに手を抜かない完璧な仕事ぶりで家族の欠かせない一員となった。安心して仕事に打ち込めるミリアムは成功し、ポールも順調にキャリアアップし、すべてが好循環を見せていたのだが、孤独なバックグラウンドを背負っているルイーズはやがてマッセ家に対する依存を深め、マッセ一家抜きには人生を考えられなくなり、子供たちが成長してヌヌの役割りが終わることに恐怖を抱くようになる。三番目の子どもの誕生を願うルイーズだったが、その願いが叶いそうにないことを知ると、一挙に人格が崩壊するのだった・・・。 最初に子ども二人がヌヌに殺害され、最後にその悲劇に至るシーンが描かれる、全編「ワイダニット?」の心理サスペンス作品である。「妖精のようなヌヌ」と絶賛されていたルイーズが、なぜ二人の子どもを殺したのか。そこに至るまでの道筋が丁寧に、ドラマチックに描かれていて、わずか260ページほどの作品ながらずしりと重い余韻を残す。外からは多民族国家と見られるフランス社会に潜んでいる人種間の軋轢を重視した書評もあるようだが、本作のポイントはそこではない。個人単位にまで分断され尽くした現代社会の孤独、生きづらさが描かれていると見るべきだろう。 フランス・ミステリーのファン、心理サスペンスのファンには自信を持ってオススメしたい。 |
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2004〜6年の雑誌連載を全面改稿したという長編作品。表3の著者紹介に「作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー」とあるように、これまでの横山秀夫のイメージとは異なるエンターテイメント作品である。
「あなた自身が住みたい家を建ててください」という依頼を受け、一級建築士・青瀬稔は自信作を完成させた。ところが、引き渡し後4ヶ月が過ぎたというのに、新居には依頼主の吉野一家が住んでいないという。不審に思った青瀬が新しい家に電話してみると留守電になっていた。その後も連絡が取れないため気になった青瀬が新居を訪ねると、家の中は無人で、引っ越してきた様子さえ窺えなかった。あれほど新居の完成を喜んでいた吉野一家は、一体どうしたのか? 青瀬は素人探偵になって吉野一家の行方を探し始めたのだが、探れば探るほど吉野一家の存在はあやふやになって来るのだった・・・。 行方不明者探しを本筋に、建築家の夢と現実をサブストーリーに物語が展開される。キーポイントとなっているのがブルーノ・タウトのデザインによる椅子で、物語の前半過ぎまでブルーノ・タウトを巡るあれこれが続き、これまでの横山秀夫の世界とは大きくテイストが異なっているため、ちょっと冗長に感じられる。ミステリーとしては謎解きはまずまずだが、肝心の動機、背景がやや弱く、横山秀夫の警察小説ファンにはやや物足りないだろう。芸術と技術の狭間で揺れるクリエイターの物語として読むことをオススメする。 |
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2005年の山本周五郎賞受賞作。リストラ請負会社の若い社員を主人公にした、5本の連作短編集である。
サラリーマンの人生の分岐点・リストラ(首切り)を仕事とする割には、情に厚く、だが決してウエットではない主人公が、リストラ対象となる人々と繰り広げる人生ドラマ。大時代ではなく、ベトベトしていないところが読みやすさにつながっている。 池井戸潤系のサラリーマンしょうせつのファンには安心してオススメできる。 |
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毎回、スウェーデン社会に隠された病理を暴いて強烈な印象を残すグレーンス警部シリーズの第4作。今回はストックホルムの地下に張り巡らされた地下道網を舞台に、社会から忘れ去られるホームレスの子供たちをテーマにした重厚な警察ミステリーである。
極寒の1月の朝、いつも通りにオフィスに泊まり込んでいたグレーンス警部に指令センターから電話があり「外国人と思われる43人の子どもが公園に置き去りにされ震えていたので保護した」という。どういうことかと戸惑っているうちに、今度は病院の地下通路で顔の肉を何カ所もえぐられた女性の死体が発見されたという事件が発生。グレーンスを中心にスヴェン、ヘルマンソンを加えた捜査チームは、ふたつの事件を同時に追うことになった。 古くて数が多く、誰も全容を把握していないストックホルムの地下道網には、そこを安全な住処と定めたホームレスたちのアンダーワールドが形成されていた。その中にいる14歳の少女の物語を基軸に、警察による犯人探しとホームレスを生み出す社会への告発の物語が並行して展開されていく。さらに、外国から連れてこられてゴミのように捨てられた子供たちの話も重なって、非常に重苦しく、緊張を強いられる作品である。しかも、ラストに至っても問題解決のカタルシスは得られない。それでもぐいぐい引きつけられていくのは、登場人物が生き生きとしていることに加え、犯人探しのストーリー展開の巧みさ、背景となる社会病理への深い考察が抜群の訴求力をもっているからである。 シリーズ作品なので順番に読むのが一番だが、本作だけを読んでも十分に楽しめる骨太の警察ミステリーである。 |
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2005年の大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、推理作家協会賞の3冠を受賞した、パワフルなエンターテイメントの傑作である。
ビル清掃員として働く60歳の冴えない初老の男・山本が成田空港で出迎えた、肉体強健で陽気な37歳の日系ブラジル人・ケイ。二人が東京で合流した、表では宝石商、裏ではコロンビアの麻薬シンジケートの日本での元締めである36歳の松尾。この三人組に資金を提供し、計画を練ったのは、戦後のブラジル移民として辛酸をなめながらも青果商として成功した衛藤だった。彼らの計画は、日本人をブラジル・アマゾンに棄民した日本政府への復讐であり、地獄に突き落とされた移民たちの魂の反撃だった。 1960年代のアマゾンでの移民たちの苦境を背景に、現代の東京で繰り広げられるタイムリミットサスペンスが、半端ではない迫力で読者を引きずり込んでいく。まさに力業の1000ページである。話のスケールが大きくアクションが派手なため、人物造形がやや型通りな感はあるが、途中からそれも気にならなくなる熱気が溢れている。まさに「熱い作品」である。 サスペンス作品、アクション作品が好きな方ならどなたにもオススメできる、社会派のエンターテイメントである。絶対に読んで損は無い。 |
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「退職刑事ビル・ホッジス」シリーズ三部作の完結編。私立探偵対サイコキラーの命を賭けた戦いにオカルトテイストを加えた、サスペンス作品である。
ホッジスの相棒ホリーによって頭蓋骨を砕かれ、体は動かず、周囲との意思疎通もできない植物状態で入院中のメルセデス・キラーことブレイディだったが、その周辺では様々な奇怪な出来事が起こっていた。ブレイディの詐病を疑うホッジスは、メルセデス事件の被害者が無理心中させられた事件現場で奇妙なものを発見し、単なる心中事件ではないのではないかと疑問を持った。病院に閉じ込められているブレイディが関与できる訳は無いと思いつつも、ホッジスとホリーが自分たちの直感を信じて調査を進めていると、二人の身近な人々に危険が迫ってきた。人智を超えたブレイディの悪意は、メルセデス事件で阻止された企みの実現をめざすとともに、ついにホッジスとホリーの命を狙って解き放されたのだった・・・。 サイコサスペンスは悪のスケールが大きいほど面白いというセオリー通り、ホッジスとブレイディの死闘は非常に読み応えがある。ただ、悪を発動させる手段が念動力(テレキネシス)というところで、ミステリーというよりオカルトに流れてしまうのが残念。念動力にすんなりなじめる読者には何の問題も無いのだろうけど。 三部作の完結編で、当然ながら前作までの流れを受けた描写が多いので、本作だけ単独で読むと満足度が半減してしまう。最低でも「ミスター・メルセデス」を読んでから手に取るよう、強くオススメしたい。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第6作。遺跡の地下で発見された古い人骨と現在の殺人事件を巧妙に結びつけた、ベテランならではの上手さが光る犯人探しの警察ミステリーである。
バースが誇る遺跡ローマ浴場跡の地下室で発見された人骨が、予想に反して20年ほど前のものであることが分かった。発見場所には、かつて「フランケンシュタイン」が執筆された家があったことからマスコミが騒ぎ始め、ダイヤモンド警視は人骨の身元確認に追われることになった。同じ頃、バースを訪れていた、フランケンシュタインの著者を研究しているアメリカ人大学教授が掘り出し物の古書を見つけ、更なる宝物を夢中になって探しているうちに、教授の妻が突然姿を消し、市内を流れる川から殴殺された女性の遺体が発見された・・・。 本作もまた、無関係に見えた2つの事件が複雑につながり、読者を推理の迷路に誘い込んで行く。基本は犯人探し、フーダニット、ワイダニットだが、数々のサブエピソード、伏線が見事に張り巡らされており、さらには「フランケンシュタイン」やブレイクの水彩画などの蘊蓄、味わい深いユーモアがちりばめられ、実に多彩な魅力を持つエンターテイメントに仕上がっている。 シリーズファンには絶対のオススメ。シリーズ未読の方でも十分に楽しめること間違いなし。 |
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「二流小説家」で評価を得たデイヴィッド・ゴードンの長編第三作。ストリップ・クラブの用心棒ながらハーバード大学中退、陸軍特殊部隊出身という異色の主人公が活躍する、読後感の良いノワール小説である。
穏やかな風貌にも関わらず凄腕の用心棒ジョーは、一斉手入れで入れられた留置場で旧知の中国系マフィアの若者チェンから誘われて、ある強奪計画に加わることになった。プロ集団で企画された犯罪はほぼ計画通りに行ったのだが、メンバーの一人が裏切ったことにより、FBIのみならず犯罪組織、テロリストなどからも追われることになる。強奪した品物の行方はどうなるのか、ジョーはこの危機を乗り越えられるのか・・・。 まず第一に主人公のキャラクター設定がいい。犯罪者でありながら、誰からも好かれる好青年で、しかも犯罪の腕は超一流。その言動を追うだけで、物語として楽しい。さらに、主人公を取り巻く犯罪者仲間、捜査官、ヒールなどのキャラも色彩豊かで、ノワールにありがちな暗さ、陰湿さが無いのがいい。解説の杉江松恋氏が指摘している通り、カール・ハイアセン作品に通じる軽やかさと心地よさがある。 アメリカの私立探偵もの、軽めのハードボイルド、明るいアクションもののファンにオススメしたい。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第5作。風光明媚なバースを舞台に、頑迷ながらどこか憎めないダイヤモンド警視の魅力が満開の警察ミステリーである。
記憶喪失のまま病院で目覚め、社会福祉施設に助けられた若い女性ローズ(仮の名前)は、同部屋になったホームレスの女・エイダに協力してもらい自分の過去を探し始めたのだが、怪しい人物たちにさらわれそうになる。そのころ、事件が無くて手持ち無沙汰のダイヤモンド警視は、農夫のショットガンによる自殺と若い女性のアパートからの転落死という、管轄外の自殺事件の担当を命じられた。気乗りしないまま捜査を始めたダイヤモンドだったが、どちらの事件でも自殺を疑わせる事実に気が付き、殺人事件ではないかと考えて本格的に捜査を進めると、3つの出来事がつながっているのを発見した。 ダイヤモンドの推理によって3つの事件が最後には一本の糸で結ばれていく、警察小説ではよくあるパターンの物語である。が、それぞれの事件が独立して物語性を持っているのでストーリーが生き生きしているし、シリーズ物ならではの人物像の描き方も冴えており、読んでいてワクワクさせる力がある。しかしながら、最後に明かされる犯行動機、犯人の人物像が、それまでの物語に比べて薄っぺらな印象が免れないのが残念。 シリーズ読者には安心してオススメでき、シリーズ未読の人でも十分に楽しめるレベルの作品である。 |
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オーストラリアで大人気の女性作家の長編第5作。日本では順序が逆になったが第6作「ささやかで大きな嘘」に続く邦訳で、それぞれの家族の悩みと秘密と喜びを抱えながら生きている3人の女性たちの人生が出会い、絡まり合って紡ぎ出す、切ない人間ドラマである。
ハンサムな夫と3人の娘に恵まれ、タッパーウェアの販売やPTA活動で飛び回っているセシリアが天井裏で「死後開封のこと」と書かれた封筒を発見した。「若気の至りで恥ずかしいことを書いてしまったから絶対に読むな」という夫の言葉を信じつつも、疑心暗鬼と誘惑に負けたセシリアは開封してしまい、驚くべき事実に直面する。夫と立ち上げた広告会社の営業部長として活躍していたテスはある日、夫から「(テスの従妹で仕事上の仲間でもある)フェリシアと愛し合っている」と告げられ、ショックのあまり一人息子のリーアムを連れて実家に戻った。テスが息子の転入のために訪れた小学校(セシリアがPTA会長を務めている)で出会ったのが、校長秘書で、28年前に12歳で殺された最愛の娘の思い出を忘れられない孤独な老婦人のレイチェル。レイチェルは娘を殺した犯人だと思われる男を憎み続けてきたのだが、あるとき、決定的な証拠になるビデオを発見し、犯人逮捕への望みを新たにした。3人は、それぞれの秘密を抱えたまま日常生活を続けようとするのだが、絡まりあった運命の歯車は思いも掛けない方向へと回るのだった・・・。 犯人探しや事件捜査のスリルではなく、家族とは何か、夫婦とは何かを問う人間ドラマが主題の作品で、何気ない日常に起きるさざなみのような心理ドラマの描写が抜群に上手く、残酷なシーンは皆無だが心理的なサスペンスの盛り上がりにゾクゾクさせられる。ときどき顔を見せる辛辣なユーモアもピリッと効いて、読んでいて楽しい作品である。 謎解き系よりは人間模様系のミステリーがお好きな方にオススメだ。 |
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