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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1168件
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2013年に発表された「ウィル・トレント」シリーズの邦訳第7弾。ジョージア州の学園都市・メイコンを舞台に麻薬密売人と警察の対決を描いた警察小説である。
メイコン警察の刑事・レナが白バイ警官である夫・ジャレドと住む家に男たちが押し入り、ジャレドが射たれて重体になり、レナは強盗のひとりを殺害し、もうひとりに重傷を負わせた。犯人たちが家に押し入るとすぐに夫婦二人に発砲していたことから、強盗目的ではなく二人の命を狙っていたのではないかと思われた。ところがそのとき、事件現場には別の事件で潜入捜査中だったジョージア州捜査局の特別捜査官ウィル・トレントがいたのだった。事件の解明のためにジョージア州捜査局が乗り出したのだが、自分の縄張りを侵されたメイコン警察は激しく反発した。ウィルが潜入捜査に苦心する一方、レナの同僚刑事たちが襲撃される事件が発生し、麻薬犯罪組織と警察との対決が深まってくる。さらに、捜査のためには規則を無視して突っ走るレナ刑事とウィルの過去の関係も絡み合い、ストーリーは二転三転するのだった・・・。 ウィル・トレント特別捜査官が主役のされるシリーズだが、本作では刑事・レナとウィルの恋人のサラがフィーチャーされており、正統派の警察小説であるとともにサバイブする女性たちの物語にもなっている。麻薬組織のボスを洗い出す捜査小説としてだけでも十分に面白いのだが、さらに女性の強さを描いたドラマとしても楽しめる。 暴力シーンがかなり激しいので衝撃を受ける読者もいるかと思うが、ヒロインが際立つミステリーが好きな方にはオススメしたい。 |
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殺し屋シリーズの第3弾。雑誌掲載の3作に書き下ろし2作を合わせた連作短編集のような構成だが、長編として読めるエンターテイメント作品である。
本作の主人公は凄腕の殺し屋「兜」。仲介人である「医師」の指示で仕事をしてきたのだが、愛する子供と妻のために引退したいと思い、その意思を伝えるものの受け入れてもらえず、渋々仕事を続けていた。そんなある日、兜は自分が狙われていることに気が付いた・・・。 家族を愛しながら家族に内緒で殺し屋を続けているという設定自体が笑いを誘うのだが、さらに兜が徹底した恐妻家だというのが面白い。息子に呆れられるほど妻の機嫌をうかがい、妻を怒らせないための傾向と対策のメモを作成し、日々、妻の機嫌を悪くさせないためだけに生きている様子が、とてもリアルに描かれている。世の恐妻家たちはほとんどが大きくうなずくであろう。 ミステリーというよりエンターテイメント作品であり、本シリーズのファンはもちろん、伊坂幸太郎作品のファンには安心してオススメできる。 |
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2004年に発表された「殺し屋シリーズ」の第1作。3人の殺し屋と「妻を殺した男への復讐を横取りされた」男の群像劇である。
愛妻を寺尾の長男に轢き殺された「鈴木」は復讐のため寺尾が経営する怪しげな会社に入社し、長男殺害の機会をうかがっていたのだが、長男は交差点で道路に出て車にはねられた。これは事故ではなく、殺し屋の「押し屋」が仕掛けた殺人であると判断した会社は、鈴木に押し屋の尾行を命じる。仕事中に偶然この事件を目撃した殺し屋「鯨」は、かつて押し屋に苦杯をなめさせられたことがあり、押し屋を追跡することになった。もうひとりの殺し屋「蝉」は、鯨に殺人を依頼した政治家から鯨を殺すことを依頼されたのだが、仕事を完了する前に、寺尾の会社が押し屋を探していることを知り、自分が押し屋を抑えれば有名になれると考えて、押し屋の追跡劇に参入した。かくして、3人の殺し屋の三つ巴の戦いと平凡な若者である鈴木の身の程知らずの復讐が絡み合い、物語は予測不能のドラマを展開することになる・・・。 誰が主役なのか? 最初は鈴木のように見えるのだが、次第になかなか正体を現さない押し屋のようになり、最後には3人の殺し屋と鈴木を操る神のような存在、運命論が主役かと思わされる。こうした予想を裏切るような、しかもスピード感のある展開とキレがよくユーモラスでありながら意味深い会話が相まって、最初から最後まで楽しめる物語である。 伊坂幸太郎ファンはもちろん、軽快なエンターテイメント作品を読みたい人には自信を持ってオススメしたい。 |
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フランスを代表する人気作家になったグランジェの長編第4作。ジャン・レノが主演した映画「エンパイア・オブ・ザ・ウルフ」の原作である。
フランスの高級官僚の妻・アンナは、夫の顔が突然見知らぬ人に見えたり、周囲の人の顔が溶けてしまったりする記憶障害に悩まされていた。夫とその友人である脳神経科医は脳の生検をすすめるが、何か納得できないアンナは検査を先延ばしにして逃れようとする。その頃、パリの貧民街で暮らす不法滞在のトルコ人女性が殺害される事件が、3ヶ月ほどの間に3件発生し、しかもどの被害者も顔に徹底的な暴力を加えられていた。連続殺人を担当することになった警部・ポールは、トルコ人社会に精通していた退職警部・シフェールに協力を求めたのだが、シフェールは現役時代からとかくの噂がある危険な男だった。アンナは夫の説明に疑惑を抱き、記憶障害の真相を解明しようする。ポールは自分勝手なシフェールに手を焼きながら事件の真相を探っていく。そして、二人の道は奇妙なところで交錯し、やがてトルコの麻薬密売組織が絡む国際的な陰謀が明らかになる・・・。 アンナを主人公と考えれば、夫を信頼できず、ひとりで謎の解明に立ち向かうヒロインの物語であり、ポールを主人公と考えれば、猟奇殺人事件捜査の物語である。つまり、それぞれ独立した作品として成立するような二つの物語が上手く組み合わされ、思いがけない展開が続出するスリリングなサスペンス作品になっている。 サイコファン、ノワールファン、サスペンスファンなど、幅広いジャンルのファンにオススメできる作品である。 |
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小役人シリーズとしてくくれば第3作。気象庁の研究官を主人公にした、国際謀略小説である。
気象庁の地震と火山の研究官・江坂たちは、海上保安庁と合同で南西諸島沖の海底を観測するために鹿児島に着いたのだが、海上保安庁から一方的に準備に時間がかかると告げられた。待機するしかない状態になり、その時間を利用して、鹿児島気象台にいる福岡時代の同僚・森本を訪ねることにした。ところが、森本は退職し、アパートも引き払って所在が確認できなくなっていた。森本らしからぬ行動に疑問を抱いた江坂が行方を探っていると、森本と親しい地震研究の大学教授も行方不明になっていることが判明した。二人は、なぜ姿をくらませなければいけないのか? 警察がとりあってくれないため、江坂は単独で調査を始めたのだが、そこで明らかになったのは、小役人の力では何ともし難い事態だった・・・。 気象庁の研究者というアンチ・ヒーローが国家や公安を相手に闘うという設定がユニーク。両者の力の差が大きすぎるため、ところどころ展開に無理が出ているが、ストーリーはよく練られている。ただ、伏線と回収に齟齬があるというか、物語の中心がどこなのかが定まっていない感じを受けた。単純にストーリーを追っていれば面白いのだが、動機や背景を深読みしていくとやや物足りない。 緻密な取材に基づいた、しっかりしたミステリーが読みたい方にオススメする。 |
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家庭裁判所調査官の武藤と陣内を主人公にした短編集「チルドレン」に続く、シリーズ第2作。今回は、無免許運転で死亡事故を起こした19歳の少年の事件をベースに、罪と罰と更生について問いかける長編小説である。
異動先でまたまた陣内と同じ班に配属された武藤が担当することになった少年は、両親と小学校時代に親友が交通事故で死亡するという二度の悲劇に見舞われていた。車に対する警戒心が強いはずの少年が、なぜ無免許運転していたのか? 全く心を開かない少年に手を焼きながら、なんとか背景を探りだそうとする武藤は関係者と接触するうちに、少年が何かを隠していることに気が付いた。真相を解明したいと望みながら、その結果が怖くもある武藤に対し、何ものにも動じない陣内は、まるでバックドアから侵入するがごとく少年の心を揺さぶり、正解の無い答えを強引に提示してみせるのだった。 少年事件では罰することより更生させることを目的とする。この大原則を守るために地道な努力を続ける家裁の調査官たちの苦悩を描いた物語だが、そこは熟練の技を持つ伊坂幸太郎のこと、読者をさまざまに考えさせながらユーモラスなストーリーですいすいと読ませていく。ただただ厳罰化だけを要求するような現在の社会風潮に対し、立ち止まり再考することを訴えている。 シリーズ作品だが、本作だけを読んでも問題ない。社会派エンターテイメントがお好きな方にオススメする。 |
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雑誌掲載の4作品を収めた、著者の第二短編集。要人警護のSP、海難救助の潜水士、自衛隊の不発弾処理隊員、消防士という、常に命がけの仕事に取り組む4人のプロフェッショナルの4つの物語で構成されている。
それぞれに独立した作品だが、共通するのは危険と隣り合わせの仕事にも怯むことが無い主人公たちの高い職業倫理であり、それと同時に、常に命を賭けているが故に起きる、安全を願う恋人や妻との葛藤である。緻密な取材に基づくリアリティがあるサスペンス・アクションと、愛する人と平穏な日々を築けない人間的な苦悩のドラマが見事に対比され、単純なヒーローものではない深みがある作品集となっている。 現実感のあるサスペンス小説、人間的なヒーローの物語を読みたい方にオススメする。 |
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バンクーバーの底辺の街で、狼の血を引く野良犬だった雌犬ウィスパーと暮らす調査員ノラ・ワッツを主人公にするシリーズ三部作の第一作。作者のデビュー作だけにやや荒削りだが骨太の女性ハードボイルドである。
冬の早朝5時、ノラに「15歳の少女が行方不明になったので探して欲しい」という電話がかかってきた。依頼人に会ったノラは「失踪したボニーは、あなたが15年前に養子に出した子供だ」と告げられる。ノラには確かに、15年前にレイプされて妊娠し、生まれた子供を腕に抱くことも無く養子に出した過去があった。母親としての自覚は全く無かったノラだったが、警察が本気では捜査していないこともあり、少女を捜すことを決心する。単なるティーンエイジャーの家出かと思われた事態だったが、調べを進めるうちにノラの過去にも関わってくる邪悪な陰謀の影が濃くなってきた・・・。 本作の魅力の第一は、ヒロインのキャラが異色なこと。先住民の血を引く姉妹の姉で、幼い頃に両親と別れ、連れて行かれた里親や施設になじめずに家出し、ホームレスや軍隊を経験し、現在は私立探偵とジャーナリストの共同事務所で調査員として働きながら無断で事務所のビルの地下室で暮らしているという複雑さ。しかもアルコール中毒の過去があり、恩を仇で返すような倫理観が欠如した部分もある、いわば壊れた女である。それでも、周辺人物たちからは助けの手を差し出され、一途に正義を貫こうとする強さも併せ持っている。誰かの書評に「ミレニアムのリスベットみたい」という表現があったが、その通り。ストーリーがどうこうよりも、ヒロインの言動に共感できるか否かが、本作の評価を決めるだろう。 ハードボイルド・ファン、ノワール・ファン、女性が主人公のサスペンスがお好きな方にオススメしたい。 |
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北アイルランドの刑事ショーン・ダフィが主人公のシリーズ第三作。IRAのテロリスト・ハンティングに古典的密室殺人を練り込んだ二重構造の警察・ノワール・ミステリーである。
上層部に対する反抗的態度が問題になって警察を首になり、無為の日々を送っていたダフィの下をMI5が訪れ、ダフィの旧友でIRAの大物ダーモットを探して欲しいと言う。警察への復職を条件に依頼を引受けたダフィは、自分の知人でもあるダーモットの親族を訪ね、情報を得ようとするが、イギリスを嫌悪する彼らからはまともな返答を得られなかった。そんななか、ダーモットの別れた妻の母親であるメアリーから「4年前に起きた娘・リジーの殺人事件の真相を解明してくれればダーモットの居場所を教える」という取引を持ちかけられた。しかし、その事件は完全な密室で起きた事件であり、謎を解く手がかりは全く見つけることができなかった・・・。 本シリーズははぐれ狼の刑事を主人公にした警察小説だが、本作は紛争まっただ中の北アイルランドで大物テロリストを追うという、フォーサイスばりの政治謀略小説であり、また密室殺人の謎を解くという古典的ミステリーでもある。ふつうであれば2本の作品になるような贅沢な構成になっている。本筋のテロリスト・ハンティングは実際に起きた出来事をベースにしているため時代背景、登場人物ともに真に迫っている。さらに密室殺人は古典のルールに忠実で謎解きとして面白い。ただ、それぞれに完成度が高い二つが主張し合った結果、物語全体としては落ち着かない部分がある。 自分の趣向に合わせていろいろな読み方ができるので、どなたにもオススメできる作品と言える。 |
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1998年から2000年にかけて週刊誌に連載された長編冒険小説。組織を追われたヤクザが逃亡先のベトナムで知り合った若者たちの日本への密航に命を賭けて挑む、派手なアクション小説である。
恩義のある親分の謀略で海外逃亡を余儀なくされたヤクザ者の坂口修司は、組織から指示された潜伏先のバンコクで命を狙われ、ひとりでベトナムに逃げ込んだ。何の後ろ盾も無く異国で生き延びようとする修司が出会ったのは、サイゴンの最下層で暮らすシクロ乗りの青年たちだった。ベトナムに移っても正体不明の刺客の存在や地元警察の腐敗警官の脅迫に危険を感じた修司は、青年たちの助けを借りて潜伏するとともに、彼らの「黄金の島・日本」への密航という憧れを手助けするようになる。そして、ベトナムの社会に追いつめられた若者たちと日本のヤクザに追いつめられた男は、決死の覚悟でベトナムの海岸から船出したのだった・・・。 一方にはバブルの恩恵で肥え太ったヤクザたち、それに寄生する女たち。一方には祖国統一の恩恵には恵まれず、血眼になって生きる道を開いていくベトナムの若者たち。その狭間で揺れる良心的ヤクザ。それぞれの立ち位置で身に付けた思考と行動がリアルに絡まって、思いがけないドラマに広がっていく様が非常に説得力がある。登場人物たちが善人・悪人という軸だけでは判断できない複雑さを抱えているのもいい。ベトナムという異境の雰囲気も非常に迫真的で、ぐいぐいと読者を引っ張っていく。さらに、最後の密航シーンのスリルとサスペンスは、真保裕一ならではの迫力がある。 ヤクザもの小説ファン、冒険小説ファンはもちろん、「熱量がある小説を読みたい」という人にオススメだ。 |
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作者のデビュー作と第2作を想起させる短編集。実際の事件に想を得て、人間の愚かさ、不可解さ、悲しさを巧みに描いた、短編の名手シーラッハの面目躍如の作品集である。
わずか213ページに12作品が収められた文字通りの短編ばかりだが、単なる真相解明や裏話ではなく、人間の実相とそのおかしさ、悲しみが巧みなストーリーで語られており、それぞれに味わい深い。犯罪者ばかりが出て来るのだが、読み終わったあと、それまでより人間に優しくなっているような気がするヒューマンな読後感がいい。シーラッハは長編も力強いが、やっぱり短編の方が独自性があって素晴らしい。 シーラッハファンはもちろん、ツイストの効いた短編集のファンにオススメだ。 |
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韓国の女性新人作家のデビュー作。韓国でのエンターテイメント小説の興隆をめざして立ち上げられた新レーベル「Kスリラー」の第一弾に選ばれたのも納得の、中身の濃いサスペンス作品である。
刑務官をめざすソンイのところに現われた刑事は「妹さんの居場所を知らないか」とたずね、しかも高校生である妹が同級生殺害事件の重要参考人となっていると言う。ソンイは歳の離れた妹・チャンイとは複雑な家族の事情で10年前から離れて暮らし、疎遠になっていたのだが心配になり、かつて一緒に暮らしていた家を訪れた。すると家は無人で、父と妹が暮らしているはずの家に父の気配はなく、さらにいくつもの隠しカメラが設置されているのを発見する。妹はどんな暮らしをしていたのか、なぜ逃げ出したのか。妹のこれまでの暮らしの軌跡と現在の行方を探るソンイが見つけたのは、姉妹を取り巻く人々の歪んだ欲望が作り出した、思いも掛けない物語だった。 姉妹の設定、特に妹がテレビの子どもアイドルだったという設定から物語全体が構成され、芸能界の名誉や地位を巡る争い、姉と妹のかすかなすれ違いから生じる分断、崩壊した家族の悲劇などの要素が上手に取り入れられ、不気味で暗くて重い世界が展開される。それでも、ストーリーの骨格がしっかりしているので読みやすく、読むほどにぐいぐい引き込まれていく。韓国ミステリーというジャンル、これからも期待できそうだ。 スリラーというよりサスペンス作品であり、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。 |
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某ファッションブランドの広報部に入社した新人・レイ、レイの恋人の大学生・尚純、尚純の兄で新婚の浩一、浩一の妻でファッション雑誌編集者の桂子、20代前半から後半の4人の生活と関係と秘めたるものの一巡りする春夏秋冬の変化を、それぞれの視点から描いた、雑誌連載小説。掲載媒体が女性誌ということで舞台設定はファッショナブルだが、小説の中身は脆くてほろ苦い、吉田修一ワールドである。
人間の日常に潜む優しさとズルさの両方が丁寧に描かれていて、読者は思わず登場人物の誰かに共感を寄せている自分を発見するだろう。ストーリー展開の面白さに囚われず、じっくりと文意を味わいながら読むことが好きな方にオススメしたい。 |
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デビュー作「IQ」がシェイマス賞など3つの新人賞を受賞し、MWA、CWAの最優秀新人賞にもノミネートされた日系人作家の第2作。シリーズ物の基本に忠実に、しかも話のスケールをでかくして成功した傑作ハードボイルドミステリーである。
IQは、亡き兄・マーカスの恋人・サリタから「妹・ジャニーンがギャンブルで泥沼に入り、高利貸しに苦しんでいるのを助けて欲しい」と依頼され、腐れ縁の相棒・ドッドソンとともにラスベガスに赴いた。ところが、ジャニーンは恋人のベニーと二人で金を作ろうとして中国系マフィア三合会の秘密を盗み出したため、高利貸しに加えて中国系マフィアからも追われていた。凶暴なギャングたちを相手にIQとドッドソンは知恵を絞って二人を助けようとする。同じ頃、マーカスの事故死に疑問を抱き続けてきたIQは、マーカスを轢いた車の廃車を発見し、マーカスは意図的に轢き殺されたのではないかという推論を組み立てた。そして、二つのエピソードが交わる場所でIQは壮絶な戦いに巻き込まれ、命の危険にさらされるのだった・・・。 前作では舞台がLAに限られていたのが、本作はラスベガスまで広がり、さらに関係して来るのも黒人、ヒスパニックに加えてアジア系ギャングが登場し、より複雑な展開を見せる。基本的には地元密着で、わずかな報酬でもめ事を解決するボランティア的探偵のIQだが、本作では大金を動かす組織犯罪を相手に派手なアクションでイメージを一新させた。その分、従来のPIもの、アメリカン・ハードボイルドに近づいて、前作のようないい意味での特異な軽さが減じているのが、ちょっと惜しいのだが、まさに現代のストリートを反映した傑作エンターテイメントであることは間違いない。 シリーズ物なので、まず前作から読み進めることをオススメする。 |
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西加奈子の初めてのベストセラー小説。家族と一匹の犬が、それぞれの運命に翻弄され、いつしかそれを受け入れていくドラマを素朴に、しかもシリアスに、なおかつユーモラスに描いた青春小説である。
物語全体もさることながら、一つひとつのエピソードが自由なタッチで軽やかに描かれているのが魅力的である。 |
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厄病神シリーズの第7作。今回は、ヤクザだけでなく警察OBの悪事にも立ち向かう、期待通りのアクション長編である。
一匹狼のヤクザ桑原が金の臭いを嗅ぎ付けたのは、警察官OBの親睦組織という名目の狐と狸の悪徳グループが糸を引く診療報酬不正取得、老人ホーム経営、オレオレ詐欺。成功報酬の一割という約束に目がくらんだオカメインコ二宮は、またも懲りずに桑原にくっ付いて歩いたために、警察官OBとつるんでいるヤクザ事務所で拉致され、大けがを負わされ、悪徳マル暴・中川の助けを借りて何とか脱出した。しかし、そんなことでは諦めない厄病神コンビは危険を省みず、いつも通り狙っただけの金を手に入れようとする。 相変わらず、めっちゃテンポがいい。ストーリー展開、大阪ヤクザの会話、サスペンスに富んだどんでん返し、すべてにおいて期待を裏切らない。さらに、警察を中心にした権力機構の腐った一面、福祉に名を借りたあくどい商売人など、今の社会が内包する病弊を暴いて痛快である。 本作だけでも十分に読むに値する傑作だが、シリーズの最初から読み重ねると数倍は面白くなること請け合い。厄病神ファン、黒川ファン、アクションミステリーファンには文句なしのオススメだ。 |
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ダイヤモンド警視シリーズで知られるラヴゼイのノン・シリーズ長編。アマチュア作家サークルを巡る連続殺人事件の真相解明という、フーダニットの王道を行く傑作ミステリーである。
出版社を経営するブラッカーが自宅に放火されて殺され、直前に著書の出版を巡ってトラブルになっていた地元の作家サークルの会長・モーリスが逮捕された。しかし、モーリスの人格を信頼するサークル会員たちは冤罪を主張し、真犯人探しに乗り出す。警察はモーリス犯人の証拠をつかめず、さらにサークルの他のメンバーもブラッカーに反感を持っていたことが判明する。しかも、サークル会員を巻き込んだ第二放火事件が発生、警察はモーリスを釈放せざるを得なくなった。そこで登場したのがヘン・マリン主任警部だったが、自信過剰のファンタジー作家、デタラメな自伝を書く男、売れないロマンス小説を書く女、官能的な詩を書く女、魔女裁判に取り付かれた女など、一癖も二癖もある会員たちを相手に「容疑者がこんなに多い事件は初めて」と、さすがのヘン・マリンもぼやくばかりだった・・・。 警察の捜査と会員たちの素人探偵の両サイドからのアプローチで徐々に真相が解明されていくプロセスが、ユーモラスに描かれていて、読み進めるのがとても楽しい。さらに本筋の犯人、犯行の動機は「怪しくない登場人物ほど犯人では?」というフーダニットの正統を保ちながら二転三転して、最後まで盛り上がる。 ダイヤモンド警視ファンはもちろん、未読の方にも強くオススメしたい傑作エンターテイメント作品である。 |
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1991年、第37回江戸川乱歩賞受賞作。厚生省の食品検査Gメンという特殊な人物を主人公にした、社会派ハードボイルドである。
東京検疫所で輸入食品の検疫を担当するGメンの羽川は、学生時代からの友人で週刊誌記者の竹脇が晴海ふ頭から港に車で飛び込み、病院に運ばれたという電話を竹脇の妻・枝里子から受け、急遽、駆けつけた。病院では警察から尋問を受け、自殺ではないかと示唆された。実は、枝里子は羽川の昔の恋人で、最近、よりを戻し、それが原因で竹脇が家を出ていたのだった。竹脇が自殺した原因は自分にあるのか? やり切れない思いを抱えて出勤した羽川は、事務所で「レストラン・チェーンの冷凍倉庫の肉に毒物を混入した」という脅迫状を発見する。脅迫の事実解明をまかされた羽川が調査を始めると、事件の裏には輸入食品の汚染を巡る計り知れない闇があるように感じられた。竹脇が記者として一躍有名になったのは、汚染輸入食品を告発した記事からだった。ひょっとして竹脇は、闇を解明しようとして殺されかけたのではないのか? 警察も自殺説をとる中、羽川は食品検査Gメンの限られた権限を駆使して真相に迫るのだった・・・。 ハードボイルドの主人公がおおよそヒーローとは縁遠い、冴えない(陽の当たらない)小役人という設定が秀逸。派手なアクションは無いが、経験に基づく説得力がある推理で真相を解明するプロセスが真に迫っている。ハードボイルドに欠かせない自虐的なユーモアも、消化不良ながら随所に挿入されていて楽しめる。拳銃やカーチェイスが現実的ではない日本のハードボイルドとしては、スリルやサスペンスもよく盛り込まれている方だ。 ハードボイルドファン、社会派ミステリーファンにオススメだ。 |
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雑誌に掲載された5作品を集めた連作短編集。カメラマンとして一応の成功を収めた男が辿ってきた歴史を、5つの時代ごとのエピソードで繋いだ風俗エンターテイメント作品である。
あるカメラマンの50歳、42歳、37歳、31歳、22歳の「あの日々」を個人史と時代背景を絡めて独立した5つの話に仕上げているのだが、第5章から始まって第1章で終わるという独特の(奇をてらった)構成にしたため、ともすれば回顧談、人間成長物語になりがちなストーリーが、波乱のあるダイナミックな展開になった。絶対に巻き戻せない歴史というフィルムに写された「あのときの自分」のアルバムを見るような懐かしさとほろ苦さが味わい深い。 ミステリーを期待すると裏切られるが、社会風俗エンターテイメント作品としては十分に楽しめる作品である。 |
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スウェーデンの推理作家アカデミーの最優秀賞を3度受賞したベテラン作家の中短編集。収められた5作品、それぞれ違った趣向だが、どれも人間くささがあり、巧みなオチでうならせる密度の高いミステリーである。
「トム」はありがちなストーリーだが、最後までイヤな感じが残るところが今風と言える。「レイン ある作家の死」は物語の構成が見事。最後の落ちに驚かされる。「親愛なるアグネスへ」は二人の女性のすれ違いが面白い。「サマリアのタンポポ」は青春のほろ苦さをうまくミステリーに仕上げている。 5作品、好き嫌いはあるだろうが、どれも完成度が高く、じっくり読めば十分に満足できる作品集として、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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