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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1136

全1136件 261~280 14/57ページ

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No.876: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

主人公が二人で、ややまとまりが悪い

東池袋署刑事・夏目信人シリーズの第2作にして初長編。首吊り状態で発見されたエリート医師の死をめぐり、警察と検察が二つのアプローチで謎を解いていく捜査ミステリーである。
外科医の須賀が死体で発見されたのは家族にも職場にも知られていなかった雑居ビルの一室で、しかも部屋中に鏡が置かれていた。須賀は一週間ほど前に電車内での痴漢容疑で逮捕されたのだが不起訴となり釈放されたばかりだったこともあり、自殺とされたのだが、現場を見た志藤検事は他殺と直感し、東池袋署にも再捜査を指示した。同じ頃、夏目は三人の若者による暴行事件に疑問を感じ、一人で独自の捜査を進めていた。この暴行事件の被害者・浅川は医大を目指す浪人生だったのだが、事件の後、予備校にも行かず行方をくらましてしまい、心配した従姉妹の沙紀が東池袋署に捜索願いを出そうとしたことから夏目の捜査は、志藤検事の捜査に繋がっていった。
二つの事件がなぜ、どうやって繋がるのか? 同じことを二つの視点から見通して、多面的に推理していくのが本筋、物語のキーポイントなのだが、夏目と志藤検事の両方のキャラを生かそうとしているため印象が散漫になり、ミステリーとしての緊張感、サスペンスに欠けるのが残念。事件の背景と動機もちょっと期待はずれ。
夏目と志藤検事、どちらかをメインに据えた作品であれば…と期待したい。
その鏡は嘘をつく (講談社文庫)
薬丸岳その鏡は嘘をつく についてのレビュー
No.875: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

くそ正義のためにくそ暴走するくそハードボイルド

北アイルランドの刑事ショーン・ダフィ・シリーズの第6作。麻薬密売人殺害事件を追ったショーンが事件の背景にある政治の闇に直面し、持ち前の突破力で解決してしまう警察ハードボイルドである。
麻薬密売人がボウガンで殺されるという奇妙な時間が発生した。麻薬密売人を処刑していた武装自警団のテロかと思われたのだが、自警団からの犯行声明はなく、しかも近隣の都市でも麻薬密売人が同様の手口で負傷させられていた。何かを隠しているらしい被害者の妻は何も語らず、警察の取調べを受けた後、失踪してしまった。捜査中に命を狙われる事態に遭遇したショーンは、カソリックである出自を生かして昔の友人たちを訪ねて情報を得ようとするが、身内である警察内部からはIRAの協力者ではないかと疑われてしまう。四面楚歌に陥ったショーンは信頼する部下のグラビー、ローソンの助けを借りて起死回生の大芝居を仕掛けるのだった…。
単純な殺人事件捜査のはずが、北アイルランドならではの政治的混乱に巻き込まれ右往左往するショーンのドタバタと、組織の論理を無視して突っ走るハードボイルドな捜査活動が両輪となり、物語のテイストが激しくドライブする作品である。前半はややスピード感にかけるのだが、それも事件の背景をしっかり描写するためのもので、激しく変化するクライマックスへのプロセスが理解しやすくなっている。
シリーズ作品だが本作だけでも十分に楽しめるので、警察ハードボイルドのファンには安心してオススメしたい。
ポリス・アット・ザ・ステーション (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.874: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

人種差別への怒りの熱量がひしひしと

アフリカ系アメリカ人女性の初ミステリー。2021年度アメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞などを受賞した、シニカルでファンタジックなミステリーである。
結婚生活に失敗して生まれ故郷のブルックリンに戻ってきた黒人女性シドニーは、昔からの住民が新住民と入れ替わり、古き良き街が失われていくのに気が付いた。シドニーが街の良さを再発見する歴史探訪ツアーを企画すると、新住民の白人男性セオが手伝いに名乗りを上げた。二人が街の歴史を調べ始めると、親しかった住民の中から行方が分からなくなっている人が何人もいて、不穏なことが起きているのではないかと思われた。調べを進める二人だったのだが、実は二人ともそれぞれの秘密を抱えていて、お互いの関係も手探りで進めるしかなかった…。
黒人女性と白人男性のバディものかと思わせて、それほど単純な話ではない。背景になるのは奴隷制時代にまでさかのぼる差別と略奪の歴史で、今の時代にまでつながっている白人優越主義への嫌悪である。自らの民族的基盤に根差す怒りを隠さず、それでもファンタジーやホラーの要素をまぶすことでエンターテイメント作品として成功させている。表紙のイラストや表4の惹句から謎解きミステリーを期待すると裏切られるが、ブルックリンという街の魅力を生かした現代ミステリーとして楽しめる。
予備知識なしで読むことをオススメする。
ブルックリンの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アリッサ・コールブルックリンの死 についてのレビュー
No.873: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

悩める男・ボッシュの本質が分かる

ハリー・ボッシュ・シリーズの第3作。4年前、連続殺人犯・ドールメイカーを逮捕する際に射殺してしまったボッシュに対し、犯人の妻が夫は無実だったとして告訴してきた。しかも、原告に付いた弁護士は辣腕で知られる切れ者チャンドラーで、ボッシュは激烈な法廷闘争に巻き込まれる。というのが、本筋。そこに、ドールメイカーと同じ手口で殺害された死体が見つかり、真犯人はほかにいるのではないかという疑惑が加えられ、しかも暗い過去が残したボッシュの精神的な傷痕の疼きまで加わって、警察ミステリー、ハードボイルド、リーガルものという複雑な構成で、読み応えのある作品である。
特に、裁判開始の直前に同じ手口の殺人が発見され、ボッシュ自身まで誤認逮捕だったのではないかと動揺し、さらにそれが裁判の行方を左右するという展開は実にスリリング。また、恋人となったシルヴィアとの仲が深まったり、ぎこちなくなったりするところも、シリーズものならではの面白さである。
単なる警察ヒーロー物語ではない、味わい深いハードボイルド・ミステリーとして多くの方にオススメしたい。
ブラック・ハート〈上〉 (扶桑社ミステリー)
マイクル・コナリーブラック・ハート についてのレビュー
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(8pt)

読むほどに深まる謎とサスペンス、第一級のエンタメだ!

ハリー・ボッシュ・シリーズの第8作。散歩中の犬がくわえてきた古い骨から始まった事件捜査が公私にわたってボッシュを揺さぶる、シリーズのカギとなる作品である。
犬がくわえてきた骨を鑑定した結果、12歳ぐらいの少年のもので20年ほど前に鈍器で殴られて死亡したらしいことが判明した。しかも、少年は生前に激しい虐待を受けていたと思われ、ボッシュとエドガーのコンビは絶対に犯人を逮捕すると決心したのだが物証、証言ともに乏しく、捜査は難航する。さらに、現場近くに住み、小児性愛事件を起こした過去を持つ男性を取り調べていることがマスコミに漏洩し、男性が自殺する事態となり、ボッシュは警察内部からも厳しく批判された。そんな中、一本の通報電話から身元解明へのきっかけをつかんだボッシュは寝食を忘れて事件の真相を探っていく…。
20年も埋もれていた骨がボッシュの刑事魂を激しく揺さぶる。怒涛の警察ハードボイルドである。上層部からにらまれながら、なぜボッシュは真相解明に突き進むのか、ボッシュの熱さがメインテーマと言っても過言ではない。古い骨の鑑定という地味なスタートだが、被害者の身元が判明してからはスピーディーで緊張感あふれる捜査が展開され、どんどん引き込まれていった。
シリーズの転機となる作品であり、ボッシュ・ファンは必読。しっかりした構成のサスペンス・ミステリーを読みたいという読者にも自信をもっておススメしたい。
シティ・オブ・ボーンズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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(7pt)

これもまた、逃げ場がないけど逃げ出すお話

2019年から21年にかけて雑誌連載された長編小説。地方から出てきて東京で底辺の暮らしをする若い女性が自分が持つ最後の武器「子宮」を頼って人生を逆転させようとする、限りなくリアルな社会派ファンタジーである。
派遣の病院の事務職として働くリキは同僚のテルに「卵子提供」のアルバイトに誘われる。一回50万という高額に引かれて面接を受けたリキは代理母になることを提案される。10円単位で切り詰める生活に嫌気がさしていたリキが紹介されたのは、人工授精を試みながら結果が得られていない裕福な夫婦で、面談の結果、リキは代理母を受諾し、一千万の成功報酬を約束される。金のために自分の最後の武器を使うことを決心したリキだったが、いざ具体的なプロセスが始まると精神的に不安定になる。それでも妊娠に成功したリキは母になるのか、子を産む機械になるのか、悩みながら出産予定日を迎えることになる…。
地縁も血縁もバックアップもない都会で生きる若い女性の物質的な苦しさ、そこに否応なく生まれてくる精神的な苦境。大傑作「OUT」から続く、虐げられた女性たちの物語は、読むのがつらくなるほど重苦しい。底なし沼に捕らわれたような絶望感が漂うストーリーで、ヒロイン・リキの逃げ場のなさが痛々しい。その背景には、桐野夏生の激しい怒りが見えてくる。
最近は観念的すぎる作品が続いていた桐野夏生だが本作は情と熱を感じる傑作エンターテイメントであり、多くの方におススメしたい。
燕は戻ってこない (集英社文庫)
桐野夏生燕は戻ってこない についてのレビュー
No.870: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

アイデアは秀逸だが、ちょっと読みづらかった

映画「イミテーション・ゲーム」でアカデミー脚本賞を受賞した脚本家で、ミステリー作家でもあるムーアのリーガル・ミステリー。10年前に大富豪の娘の誘拐・殺人事件で無罪判決を出した陪審員たちが、事件を再検討する番組企画のためにホテルに集められた夜、無罪を覆す新証拠を見つけたと語っていた男が殺害された。新たな事件の真相は、いかに?
大富豪の15歳の娘・ジェシカが行方不明になり、ジェシカと“不適切な関係”を持っていた黒人教師・ボビーが裁判にかけられた。ジェシカの死体は発見されておらず、確固たる証拠はなかったが世間はボビーが犯人だと決めつけていた。そんな状況の裁判で11人の陪審員が有罪としたのだが、マヤ・シールだけは無罪を主張して延々と論議を続け、最後には無罪の評決を出した。裁判後、陪審員たちは世間から激しいバッシングに会い、厳しい目を向けられた。さらに陪審員の一人だった黒人青年・リックは判決が誤りだったとして謝罪し、マヤをバッシングするようになり、裁判期間中は恋人関係になっていたマヤとリックだったが、裁判後は別々の道を歩んでいた。そして10年後、刑事弁護士になっていたマヤは事件を再検証する番組制作に参加するためにホテルに行き、昔の陪審員仲間と再会した。その夜、ボビーの有罪の証拠をつかんだというリックがマヤの部屋で殺害され、警察はマヤを容疑者として逮捕した。自らの潔白を証明するためにマヤは、10年前の事件を再度、解明することになった。
10年前の死体なき殺人、現在のリック殺害事件という、二つの事件の謎解きをメインに、陪審員制度の問題点、法と正義の対立、真実解明の難しさなど、リーガルものに必要な要素がてんこ盛りで非常に面白のだが、読み進めるのに苦労した。テーマとエピソードをもっと絞り込めば傑作リーガル・ミステリーになっていたと思う。
陪審員制度に興味がある方、アメリカのリーガル・ミステリーのファンにオススメする。
評決の代償 (ハヤカワ・ミステリ 1969)
グレアム・ムーア評決の代償 についてのレビュー
No.869: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

現在と過去、二つの事件の関りが秀逸

現代フランス・ミステリーを代表する一人であるミニエの「セルヴァズ警部(警部補)」シリーズの第5作。新人時代に遭遇した事件に関連すると思われる殺人事件に直面したセルヴァズが複雑に絡み合った事件の謎を解くパワフルな警察ミステリーである。
1993年、刑事になったばかりのセルヴァズは美人大学生姉妹の惨殺事件に遭遇する。その奇妙な犯行は人気ミステリーの内容を模倣したようで、しかも被害者二人とミステリー作家ラングは知り合いだった。警察はラングを有力容疑者として追求したのだが、想定外の犯人が見つかり事件は幕引きされた。その25年後、こんどはラングの妻が殺害され、その殺害現場は25年前の事件を想起させた。セルヴァズは二つの事件を切り離して考えることができず、両方の謎を解くべくもつれにもつれた人間関係を解きほぐしていくのだった…。
前半では奇妙な事件の捜査を通じて新人刑事のセルヴァズが成長していく姿が丁寧に描かれ、後半では実力ナンバーワン刑事になったセルヴァズが優れた推理力と行動力を発揮する王道の警察ミステリーとなっている。さらに、セルヴァズの人物像の背景となるエピソードがあるのが、シリーズ読者にはうれしい。700ページ近い長編だが謎解き、ヒューマンドラマの両面とも完成度が高く、中だるみすることもない。
シリーズ愛読者は必読。セルヴァズの刑事人生の原点が描かれているので、本作から読み始めても全く問題なし。警察ミステリーの傑作としてオススメする。
姉妹殺し (ハーパーBOOKS)
ベルナール・ミニエ姉妹殺し についてのレビュー
No.868: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

簡単に判りそうで、最後まで迷わせる犯人像が面白い

アイスランドのベストセラー「エーレンデュル」シリーズの第6作。首吊り自殺した女性の背景をエーレンデュルが一人で探っていく、私立探偵的ミステリーである。
湖のそばのサマーハウスで首をつっているのが見つかったマリアは、2年前に母親が病死してから精神的に不安定だったとの証言があり、自殺として処理された。しかし、自殺説に疑問を持つマリアの友人が警察を訪れ、マリアが霊媒師と会話しているテープを提出し、捜査するように依頼した。霊媒師など信じないエーレンデュルだったが、内容に驚き、強い違和感を抱き、違和感の正体を解明すべく、組織としてではなく個人として背景を探ろうとする。警察の捜査ではなく、あくまで個人的な調査としてマリアの関係者を訪ね歩き、様々な証言を積み重ねるうちに、マリアの父親の事故死、家族の関係に深い闇が隠されていることに気付いていく。そしてたどり着いたのは、エーレンデュルが裁ききれない人間性の悲しみだった…。
典型的な北欧警察ミステリーとして続いてきた「エーレンデュル」シリーズだが、本作は警察捜査ではなくエーレンデュルの個人の調査が主体で、それに伴いエーレンデュルの家族関係、人間観などが重要な要素になっている。もちろん、犯人捜しの面白さも十分に楽しめることは間違いない。
シリーズのファン、北欧ミステリーのファンにオススメする。
印 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン についてのレビュー
No.867: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

衝撃の犯人! でもスリル、サスペンスは無い

ボストン市警D.D.ウォレン刑事シリーズの第11作。ウォレン刑事、生還者フローラに加えて被害者の妻・イーヴィの3人がヒロインとなる複雑な犯人捜しミステリーである。
銃声を聞いたとの通報で警察が駆け付けると、部屋では男が銃殺されており、銃を手にした被害者・コンラッドの妻・イーヴィがいて、その場で逮捕された。容疑を否認するイーヴィだったが、イーヴィには16年前に銃の暴発事故で父親を射殺してしまったという過去があり、取り調べに当たったウォレンは二度も同じことが起きるものかと疑問を持った。しかも、現場にあったパソコンが12発もの銃弾で破壊されており、何かが隠されようとしたようだった。さらに、悲惨な監禁事件の生還者(「棺の女」)で被害女性のためのサバイバルサークルを運営し、ウォレン刑事の情報提供者でもあるフローラが「被害者の男の顔を知っている。(フローラを監禁した)ジェイコブの知り合いだ」と知らせてきた。良き夫で多忙なセールスマンだと思われていたコンラッドは正体を隠した、おぞましい性犯罪者だったのか? コンラッド殺害の犯人、動機、さらにコンラッドとジェイコブの関係は? それに加えて、16年前のイーヴィの事故は本当に事故だったのだろうか? いくつもの重なり合う疑問がウォレン、フローラ、イーヴィの3人の視点から解き明かされていく。
コンラッド殺害事件の犯人捜しがメインだが、それ以外の要素からも目が離せない、複雑な謎解きミステリーである。さらに犯人像、犯行動機なども読み応えがある。それでも、ミステリーとしてはスリル、サスペンスが不足していると感じるのは、被害女性たちの再生という重いテーマが強く出ていて話の展開が重苦しいためだろう。
「棺の女」、「完璧な家族」とつながっている作品なので、前2作を先に読むことをおススメするが、本作だけでも楽しめるのは間違いない。
噤みの家 (小学館文庫)
リサ・ガードナー噤みの家 についてのレビュー
No.866: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

孤高の人の誇りと悲しみ(非ミステリー)

カルーセル麻紀さんを題材にした長編小説。美しく生まれついた少年が自分を貫きとおし、自分自身になっていく成長物語である。
持って生まれた気質、背景となる家族や地域社会、時代の流れが絡み合い、押しつぶされ叩き落されながらも自分の道を切り開いていったパイオニアの純粋さと強さが印象的。世の中全体がふわふわと付和雷同するばかりの今こそ読まれるべき作品である。
緋の河
桜木紫乃緋の河 についてのレビュー
No.865: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

5年たっても不器用で、見放せないジョー

「償いの雪が降る」に続くジョー・タルバート・シリーズの第2作。顔も知らない父親かもしれない男の死の真相を探るために、素人探偵となるジョーの不器用で誠実な生き方を描いた、情感豊かな青春小説であり、謎解きミステリーである。
前作から5年後、大学を卒業し恋人のライラ、弟のジェレミーと三人で暮らしながらAP通信社の記者として働いていたジョーはある日、上司から「近くの田舎町で、ジョー・タルバートという男性が不審死したという」プレスリリースを見せられた。確かに、ジョーが生まれるとすぐ自分と母親を捨てて出て行った男の名前はジョー・タルバートだった。もし自分の父親だったら? ジョーは真相を探るために田舎町に向かい聞き込みを始めたのだが、聞かされるのジョー・タルバートが「殺されて当然のくず野郎」だったという話ばかりで、ジョーの父親捜しは、ジョーを苦しめるばかりだった。それでも「真っ当な人でいる」ことにこだわるジョーは決してあきらめず、事件の真相を明らかにするのだった。
基本的にはフーダニット、ワイダニットのミステリーだが、父親(そして母親も)と対峙することで成長する青年の物語でもある。さらに、恋人のライラ、自閉症の弟のジェレミーと家族を築いていく家族小説でもある。
ジョー・タルバートのファンには必読。読後感がよい爽やかなミステリーを読みたい方にもおススメしたい。
過ちの雨が止む (創元推理文庫)
アレン・エスケンス過ちの雨が止む についてのレビュー
No.864: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

LAPDに帰ってきたボッシュが生き生きしている

ハリー・ボッシュ・シリーズの第11作。3年ぶりに私立探偵からロス市警に戻ったハリーが17年前の未解決事件に取り組み、様々な困難に見舞われながらもきちんと真相を解明する正統派警察ミステリーである。
ロス市警に復帰し、未解決事件班に配属されたボッシュに与えられたのは、17年前の少女殺害事件だった。技術の進化により新たなDNAが見つかったという。これを手掛かりに捜査を進めようとしたボッシュと相棒のライダー刑事のコンビは、最初の捜査がずさんで、しかも途中から捜査の方向性が変わってしまっていたことに気が付いた。警察上層部の意向によって事件の背景が解明されないままになってしまったのではないか、疑問を持ったボッシュはマスコミを使った、おとり捜査に近い手段を強行したのだが、望んでいた結果を得ることができなかった。プレッシャーに押しつぶされそうになったボッシュは、徹底的に捜査資料を再検討することで解決への道筋を見つけようとする…。
ボッシュにはやはり私立探偵より刑事が似合う。地道な聞き込み、証拠の再検討、人間関係への深い洞察など、派手ではないが綿密な捜査がリアルな緊迫感を生み出し、最後までサスペンスを高めていく。
ボッシュ・シリーズ第三幕の開幕を告げる傑作であり、シリーズ・ファンは必読。シリーズ未読であっても十分に楽しめるので、警察ミステリーファンならどなたにもおススメしたい。
終決者たち(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー終決者たち についてのレビュー
No.863: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

こういう幸せもありかな、という異色作(非ミステリー)

夫婦の関係を淡々と綴る、桜木紫乃としては異色の連作短編集。これまでの桜木作品にはなかった、平穏で淡白な物語である。
こういう生き方、幸せの見つけ方も確かにあるよなぁ~と思わせる心優しい作品で、いつもの桜木ワールドを期待すると肩透かしを食らう。
読んで損はないというか、家族物語が好きな方なら十分に楽しめるだろう。
ふたりぐらし
桜木紫乃ふたりぐらし についてのレビュー
No.862:
(7pt)

派手な物語になったが、その分、深みに欠ける

ノルウェーの大ヒットミステリー「警部ヴィスティング」シリーズの第14作、邦訳では4冊目。解説によると「未解決事件4部作」の「カタリーナ・コード」、「鍵穴」に続く第3作である。
二人の女性を虐殺して服役中の男トム・ケルが、人道的だと言われる刑務所への移送を条件に第三の殺人を告白し、死体を埋めた場所に案内するという。警備の警察官、弁護士らが立ち会い現場に到着したケルは手足を拘束されていたのだが、足場の悪い森の中で何度も転倒したため足かせだけは外された。すると一瞬のスキをついて逃げ出し、追いかけた警察はブービートラップによる爆発で負傷者を出しただけでなく、まんまと逃げられてしまった。ケルの犯行には正体不明の共犯者「アザー・ワン」がいるとされていて、今回の事態もアザー・ワンの関与が疑われた。大失態を犯した警察はヴィスティングを中心に必死でケルを追いかけるのだが、まんまと裏をかかれ足跡をつかむこともできなかった。ヴィスティングたちはわずかな可能性を求めてアザー・ワンの割り出しに注力する…。
冒頭の派手な爆発から始まり最後の流血戦まで、北欧警察ミステリーの枠を外れてはいないが、これまでのシリーズとは異なるアクションたっぷりの物語である。アザー・ワンの正体が判明しそうになるとどんでん返しがあり、なかなかスリリングな展開で飽きさせない。ただ、その分だけ事件の背景やキャラクターに深みがない。
読みやすさはシリーズの中では一番で、シリーズ未読の方、北欧警察ミステリーに慣れていない方にもおススメできる。
これは作品の出来とは無関係だが、読みながら頭に浮かぶヴィスティングのイメージと表紙のイラストとの違和感がさらに強まったのが残念。何とかならないものか(苦笑)
警部ヴィスティング 悪意
No.861: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

半熟だけど、ハードボイルドの風味あり

いくつかの賞を得ている中堅作家の2021年の書き下ろし長編。還暦間近の元刑事が子供時代の因縁を引きずって仲間の死の真相を探る、謎解きミステリーである。
元警視庁捜査一課の刑事で、現在は派遣風俗のドライバーで身過ぎしている河辺のもとに、見知らぬ男から「あんた、五味佐登志って知ってるか」という電話があり、佐登志が死に、河辺宛の伝言があると告げられた。「栄光の五人組」と呼ばれて高校卒業まで一緒に育ってきた仲間の訃報に、仕事を放棄して松本市まで駆けつけた河辺が見たのは、衰弱しきって死んでいる佐登志と、彼の面倒を見ていたという地元のチンピラ・茂田だった。茂田の話では、佐登志はM資金の金塊を隠した場所の暗号を含んだ詩文を残しているという。金塊を手にしたい茂田と佐登志の死の真相を知りたい河辺は互いに反発し合い、対立しながらも一緒に真相を探り始めたのだが、そこには40年前、10年前からの「栄光の五人組」につながる深い闇が隠されていた…。
70年代の左翼過激派の活動、朝鮮人差別、警察・検察の内部事情などの社会的要素を背景に、素人と半グレが主役となる謎解きが本筋で、斜に構えたヒーローの軽口、鋭い推理がハードボイルド風味を醸し出している。ただ、暴力があまり得意でないという日本のハードボイルドの主役の枠を超えていないので、読みごたえは半熟である。謎解き(暗号の解明)部分も独り善がりでピンとこない。
良くも悪くも日本のハードボイルドであり、それなりに楽しめることは間違いない。
おれたちの歌をうたえ
呉勝浩おれたちの歌をうたえ についてのレビュー
No.860: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ずいぶん乱暴な話になってきた

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第11作。今回は、殺人の疑いをかけられた義母・ミッシーを救うためにジョーが探偵役を果たす犯人捜しミステリーである。
あまりにも上昇志向が強く自分勝手で、ジョーにとっては天敵ともいえる義母・ミッシーの5人目の夫である大富豪・アールが射殺され、自分が経営する風力発電施設の発電タービンに吊るされているのを発見したジョーはすぐに保安官事務所に通報した。ところが、ジョーの宿敵であるマクラナハン保安官はすでに事件の概要を把握しているようだった。さらに、ミッシーが殺人容疑で逮捕されたという。なぜ保安官は事件を予測していたのか、ミッシーを逮捕する根拠は何か? 疑問だらけの事件を解明するために、ジョーは一人で真相を探り始めた。一方、ジョーの盟友・ネイトはかつて因縁があったシカゴギャングの女に狙われ、隠れ家をロケットランチャーで襲撃されて恋人のアリーシャを殺害された。ジョーは最愛の妻の母であり、娘たちの祖母であるミッシーの容疑を晴らすために、ネイトはアリーシャの復讐のために、すべてを投げうって走り出した…。
う~~ん、全体に西部劇的な自己中心の正義が強調された乱暴な物語になっている。ジョーの正義が信じられればこの展開でいいのだろうが、あまりにも独善的で「正義の暴走」が鼻につき、シリーズの基調である社会的正義が薄められた感がある。
シリーズのファンには安心してオススメする。冒険サスペンスのファンも楽しめるだろう。
冷酷な丘 (講談社文庫)
C・J・ボックス冷酷な丘 についてのレビュー
No.859:
(7pt)

「太陽がいっぱい」の孫みたい

発売前から映画化権が売れ、2021年の年間ベストミステリーの一冊に選ばれるなど話題となったアメリカ人女性作家のデビュー作。著者が「太陽がいっぱい」を再読して執筆したと言っている通り、殺人が起きても陰惨ではなく、舞台となったモロッコの風土をほうふつさせる、明るくてひねりが効いた心理ミステリーである。
作家になる野望を抱いて都会に出てきたフローレンスだったが、編集アシスタントとして働く出版社の同僚をはじめとする周囲に圧倒され、一行も書けなくなっていた。厳しい現実に意気消沈し、生活が壊れかけていたフローレンスだったが、著名な匿名作家モード・ディクソンのアシスタントの仕事が舞い込んできた。願ってもないチャンスと喜んだフローレンスは住み込みで働き始め、次第にモードの生き方に影響されていった。そして、モードの取材旅行に同行したモロッコである事件が発生し、モードになりたいというフローレンスの欲望が爆発することになった…。
成功のためにすべてをかける野心的な若者がルールを踏み外し、崖を飛び越えて…という、よくあるパターンの物語で、途中から結末が見えてくるのだが、最後に一ひねりして今風の心理ミステリーに仕上がっている。「驚愕必至のサスペンス」という謳い文句はオーバーだが、最後まで面白く読める作品である。
軽めの心理ミステリーのファンにオススメする。
匿名作家は二人もいらない (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.858: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

燃え尽きた、決してあきらめない男

胸アツ法廷ミステリー「トム・マクマートリー」シリーズの第4作にして完結編。シリーズの最後を飾るにふさわしい激情的なロマンチック・サスペンスである。
トムの宿敵である凶悪な殺人鬼ボーン・ウィーラーが仲間である殺し屋マニーの手引きで脱獄した。自分を監獄に送り込んだトムへの復讐の念に燃えるボーンは、トムが苦しむ姿を見たいがために、トムが愛する者たちを次々と襲い、トムを追い詰めてゆく。末期がんでいよいよ死期が迫っているトムだったが、愛する人々を守るために、命を削ってボーンに立ち向かうのだった…。
決してあきらめない男の最後なら、これしかないだろうという胸アツの物語で、第一作の時点ですでにがんに侵されていたトムが最後の気力を振り絞って戦う姿がこれでもかというぐらいに熱く、雄々しく、気高く描かれている。その分、ミステリー的な深さはなく、単調な勧善懲悪ものなのが惜しい。
シリーズのファンは必読。法廷ミステリー、現代的なヒーロー物語のファンにもオススメしたい。
本シリーズはこれで完結だが、トムの熱血を受け継ぐ弁護士ボーが主役の新シリーズが始まっているという。期待したい。
最後の審判 (小学館文庫 ヘ 2-4)
ロバート・ベイリー最後の審判 についてのレビュー
No.857:
(8pt)

新人とは思えない読み応えあり

テレビの報道キャスターでもある著者のデビュー作。報道記者としての経験を生かした、社会派ミステリーである。
テレビの報道記者として成功してきた榊美貴だったが、部下のミスの責任をかぶり深夜ドキュメンタリー制作という地味な部署に異動させられた。そこで出会ったのが、小学生の校舎からの転落死で、警察は事故として処理したのだが、死亡した清水大河の母親・結子の異様な言動にピンときた美貴が取材を始めると大河の祖父、裕子の父である今井武虎が少女と母親の誘拐殺人で死刑にされていたことが分かった。さらに、今井武虎は最後まで無実を主張し、しかも有罪の決め手となったDNA鑑定、目撃証言があやふやだったことも判明した。冤罪事件ではないかとして番組制作を企画した美貴だったが、それは警察と対決することであり、また事件の周辺人物と軋轢を生むことにもなった。事件の背景を探るにつれ「真実を明らかにすることが正義なのか」と悩みながら、美貴は自分の信じるところを貫き通すのだった。
犯人捜しというより事件の背景、波紋を描いた社会派作品で、シングルマザーである美貴をはじめ主要な登場人物が皆、それぞれのマイナスを抱えているところが作品に深みを与えている。ミステリーとしてのアイデア、構成、展開などは新人離れした上手さで、読み応えがあるエンターテイメント作品に仕上がっている。ただ、文章表現にやや過剰な装飾が感じられるのが玉に瑕。もう少しだけ削り込めば、さらに緊迫感がある作品になっただろう。
次作も期待できる作家の登場として、社会派ミステリーのファンにオススメしたい。
蝶の眠る場所
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