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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1167件
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63歳で長編3作目という遅咲きのアメリカ人作家の本邦初訳。ケンタッキー州東部、アパラチア山脈の片田舎で、短期帰郷した米陸軍犯罪捜査官が殺人事件を捜査する犯人探しミステリーである。
妻・ペギーが妊娠したことを知り海外任地から戻ってきた米陸軍犯罪捜査官のミックは、郡保安官である妹のリンダから「町はずれの森林で発見された女性殺人事件の捜査を手伝って欲しい」と依頼される。女性であるがゆえに町の有力者たちから軽んじられているリンダは捜査から外されそうになっており、兄に助力を求めたのだった。妻の妊娠を機に帰郷したもののペギーとの仲がしっくり行かず鬱屈を抱えていたミックは、自分のためにもと捜査に関わったのだが、濃密な血縁関係と変わらない因習に凝り固まった町の住人はミックに対しても容易には心を開かず、事件の全体像も見えないうちに事件に誘発された殺人が起きてしまう…。 まるで大正・昭和前期の日本の片田舎のような重苦しい町の雰囲気がいやで陸軍に入ったミックの故郷に対する複雑な心理が重要なテーマとなり、犯罪捜査は二の次とまでは言わないが、本作の主要テーマではない。従って、純粋なミステリーとしてはやや力不足であるが、アメリカの複雑さ、捉えどころのなさを理解するには有益である。アメリカではすでに第3作まで書かれているようで、次作を見てから再度評価してみたい作家である。 アメリカ・ディープサウスの泥臭さを好む読者にオススメしたい。 |
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警察小説の金字塔「マルティン・ベック」シリーズの新訳版、第5作。突然、爆発炎上したアパートから発見された死者の隠された謎を解いていく、警察捜査ミステリーである。
ピストル自殺した男のベッド脇に残された紙にはマルティン・ベックの名前が書かれていたのだが、ベックは自殺した男の名前さえ聞いた記憶がなかった。同じ日、ラーソン警部補が監視していたアパートが爆発炎上し、ラーソンは住人を救い出すべく奮闘したのだが数人が焼死体で発見され、その中に監視対象の男・マルムが含まれていた。ベックたちが捜査を進めると、奇妙なことにマルムは自分の部屋で自殺を図ろうとしていた形跡が見つかった。さらに、通報を受けて出動したはずの消防車が現場に到着しなかった事態も発覚し、事件の謎は深まる一方だった…。 出動したのに到着しなかった消防車、さらにルン警部補が息子に買い与えたのだがいつの間にか姿を消したおもちゃの消防車、という二つの謎が物語全体の通奏低音となり、ゆったりと静かに、しかし着実に進んでいく捜査が意外なきっかけから解決に辿り着き、おまけとして派手なクライマックスを迎えることになる。現在の感覚からするとスローすぎる展開だが、そこに味わいが生まれていることは確かである。お馴染みの登場人物たちの日々の悩みや喜びが丁寧に描写されるのも、一つの楽しみである。 せっかく5作目まで来た新訳版シリーズだが、まだ5作も残して、これで打ち切りになると言うのは残念。いつか再開してもらいたいものである。 マルティン・ベック信奉者、警察ミステリー愛好家にオススメする。 |
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ノワールの巨匠・ウィンズロウの「ダニー・ライアン」シリーズの第2作。東海岸を追われたダニーが西へ逃亡し、わずかなチャンスに賭けて復活を目論むノワール・サスペンスである。
1988年、イタリア系マフィアとの戦いに敗れたダニーは命にかけても守りたい息子・イアンと父親、わずか数人の昔からの仲間とともに西へ西へと逃亡する。だが、執拗なイタリア系マフィアだけでなくFBIにも追い詰められ、かつて自分を捨て、今では国家的なフィクサーにまで上り詰めている母・マデリーンに助けを求めた。そこでマデリーンの手引きで当局と取引し、メキシコ麻薬カルテルが絡む危険な仕事を引き受けて仲間と共に成功させ、金と自由の身を手に入れた。しかし、体の奥底を流れるアイリッシュ・マフィアの血は平穏に耐えきれず、自ら望む形で再び争いの世界に身を投じるのだった…。 前半はダニーたちの逃亡の物語、後半はハリウッドの映画製作にまつわるマフィアの利権争いの物語という二部構成。それぞれが単作として成立する中身の濃さで読み応えたっぷり。ノワールでありながら家族の物語でもあるところが、日本人読者の情感にもアピールするパワーを持っている。 極めて連続性が高い三部作なので、前作「業火の市」を読んでから本作を読むことをオススメする。 |
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「家裁調査官・庵原かのん」シリーズの第2弾、雑誌掲載の7本を集めた短編集である。
川崎の家裁に転勤になった庵原かのんが出会った事件は離婚、親権、相続など、どれも普通の人々が巻き込まれる家族のトラブルばかり。それだけに、扱われる題材、テーマが身近で、話を自分に引き取って読んでしまう。根底に世の中悪い人ばかりじゃないという善人視があるので、読後感は悪くない。 人情物語が好きな方にオススメする。 |
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第33回柴田錬三郎賞を受賞した短編集。6作品とも、子供なら当たり前に抱えている生きづらさ、不全感を逆転させる小学高学年の児童たちと大人の物語である。
子供だってそれぞれに自分らしさとは何かに悩み、周りからの決めつけに傷つき、反発し、それでも周りに優しくあり、スロウペースではあるが成長していく。そんな当たり前のお話を読み応えのあるエンターテイメントに仕上げたのは、さすが伊坂幸太郎である。 読後感の良い作品ばかりで、ミステリーファンにもオススメしたい。 |
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ロス・トーマスのデビュー作「冷戦交換ゲーム」の続編として1967年に刊行されながら、なぜか邦訳が2009年という、いわば幻の傑作。とはいえ、冷戦期のスパイゲームというより、クセのある人物が金を動機に非情な争いを繰り広げるノワール・エンターテイメントである。
ワシントンに戻り「マックの店」を再開したマッコークルの元に、ベルリン時代からの相棒・パディロが転がり込んでくる。ライン川に落ちて亡くなったはずのパディロだが、西アフリカで生き延びて今回、アメリカに戻ったところでトラブルに遭い負傷したという。しかも、パディロが原因でマックの愛妻・フレドルが誘拐され、犯人はパディロに依頼を引き受けるように強要する手紙を残していた。その依頼とはアフリカの某国の政府筋からの「自国の首相を暗殺しろ」というものだった。パディロはもちろん、怒りに駆られたマックも力を合わせ、フレドル奪還のために手持ちのコネをフルに使って動き出す・・・。 物語の本筋はフレドルを助け出すためのマックとパディロのサスペンス・アクションだが、周囲を固める登場人物が曲者揃いで、隙あらば仲間であろうとも出し抜こうとするところは、後年の「五百万ドルの迷宮」などに通じるコン・ゲーム的である。主役の二人はもちろん、仲間となるギャングたちの会話やアクションがいかにも60年代のハードボイルド・テイストで楽しめる。 ロス・トーマスのファン、60年代のハードボイルドのファンにオススメする。 |
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シリーズ第54作目と言う驚異的な長寿ミステリー・シリーズが版元を変え、訳者を代えて登場。2060年代のN.Y.、美人警部と超富豪の夫という「イヴ&ローク」コンビが難事件を解決するお約束パターンは何も変わっていない。
再開発が続くN.Y.の工事現場でホームレス女性の惨殺死体が発見され、現場に駆けつけたイヴたちは、別の一画で解体中の壁から白骨死体が見つかったと知らされる。白骨死体の方は女性と胎児らしい。2つの事件は現在と35年から40年前という時間の差はあれ、ホームレスと妊婦という弱者が被害者という共通点があり、イヴの正義感に火が付いた…。 現在と過去の事件が意外な繋がりを見せるという、よくあるパターンだが、事件の動機、背景、捜査プロセスなどがしっかりしているので、謎解きミステリーとしては合格点。時代は変わっても人間は変わらないという作者の思いが十分に読み取れる。ただ、ロマンス作家として著名な作者だけに全編にロマンス色が濃厚なのが鼻につく。 読者を選ぶ作品であり、ミステリー一辺倒ではなくロマンスが欲しいという読者にはオススメする。 |
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スウェーデン・ミステリーの女王が友人である売れっ子メンタリストと組んだ新シリーズの第1作。奇術や読心術がふんだんに散りばめられた、華やかな連続殺人ミステリーである。
箱に閉じ込められた人物に剣を刺していく「剣刺しボックス」という奇術を真似た状況で、若い女性が殺害された。ストックホルム警察特捜班の女性刑事・ミーナは、売れっ子メンタリストのヴィンセントに捜査協力を依頼する。気が進まなかったヴィンセントだが、ミーナの熱心さにほだされアドバイザーとして参加し、早速、死体に数字が刻まれているのに気が付いた。特捜部のベテランたちは奇術やメンタリストを馬鹿にするのだが、お構いなくミーナが捜査を進めると、自殺として処理された死体に同じような数字が刻まれていることが判明した。連続殺人だと確信したヴィンセントとミーナは捜査を進めるのだが、ついに3人目の被害者が発見された…。 連続殺人と奇術という派手な舞台設定だけでなく、捜査陣の人間模様、徐々に明らかになる犯人の異常性など読みどころが連続するストーリー展開は、さすが女王と呼ばれるだけのことはある。主役のミーナ、ヴィンセントだけでなく捜査班メンバーそれぞれに個性的で、人間的な興味が尽きないのもシリーズものとして成功する要因となるだろう。さらに、ミーナの隠された過去が明かされそうで明かされないのが、次作への大きなフックとなっている。 殺人シーンがかなり残酷だし、嫌悪感を催す描写もあることを覚悟すれば、謎解きもの、警察もののファンには絶対に満足できる作品としてオススメする。 |
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「五百万ドルの迷宮」の5人組が5年ぶりに帰ってきた。舞台をL.A.の映画界に移し、映画女優が恐喝される事件を見事に解決するスピーディーで楽しい謎解きアクション小説である。
女優のアイオニは婚約を破棄した相手を殺した疑いで逮捕されたのだが、彼女は酔っていて当日の記憶がないという。アイオニの弁護士は彼女の記憶を呼び起こすためにイギリスの専門人材派遣会社から催眠術師の兄妹を呼び寄せた。ところが、催眠術師兄妹はアイオニに三度、催眠術をかけた後に姿を消してしまった。催眠術師兄妹あるいは他者による脅迫などを危惧した派遣会社は、ことが起こらないうちに催眠術師兄妹を探して欲しいと、ウーとデュラントの「トラブル処理会社」に依頼してきた。ウーとデュラントが大金が絡んだ仕事を受注したことを知ったアザガイは老友ブースとともに話に割り込んできた。ちょうどその時、5年間服役してきたブルーがマニラの刑務所から出所したため、ウーは彼女も仲間に加えることにした。かくしてL.A.に集まった5人はそれぞれの特技を発揮して、狡猾な脅迫者に立ち向かっていく…。 前作同様、5人の個性的な詐欺師たちが協力し合いながら、反発し合いながら事件を解決していくストーリーは読み出したら止まらない面白さ。文句なしの傑作エンターテイメントである。 前作にハマった人、ロス・トーマスのファンはもちろん、コン・ゲーム系がお好きな方にオススメする。 |
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イギリスのYA作家の本格謎解きミステリー。アスペルガー症候群の少年がロンドンの大観覧車から姿を消したいとこを探して、密室脱出の謎を解く本格的なミステリーである。
他人の気持ちを読み取るのは苦手だが気象学の知識は専門的で、物事の仕組みを考え続けるのは得意な12歳のテッド。おおむね暖かく接してくれる家族に囲まれ、自分が他の人とは違うことは自覚しながらも素直に成長していた。ある日、ニューヨークへ移住するという叔母がいとこのサリムと一緒にテッドの家を訪れ、出発の前にロンドン見物をすることになった。テッドと姉のカット、サリムの3人が大観覧車のチケット売り場で並んでいると男が現れ、チケットを1枚譲ってくれるというので、サリムだけが乗り込んだ。30分後、一周してきた観覧車のカプセルからサリムは降りてこなかった。密室状態のカプセルからサリムは、なぜ、どうやって姿を消したのか? テッドは姉のカットと力を合わせ、常識にとらわれない、素直な論理的思考で真相に辿り着くのだった。 アスペルガー症候群の少年が主人公というユニークな設定だが、謎解きに関しては極めてオーソドックスで、大人が読んでも十分に楽しめる本格派の作品である。YA作家だけにテッド、カット、サリムの3人の人物造形が巧みだし、周りの大人たちも存在感があり家族の物語としても読み応えがある。 子どもから大人まで、どなたにもオススメできる良作である。 |
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エドガー賞をはじめ数々の賞に輝いた「ありふれた祈り」の姉妹篇。大恐慌時代の中西部を舞台に、過酷な環境の寄宿学校を逃げ出した孤児の少年が擬似家族である三人の仲間と共に探し求める家(ホーム)がある信じるセントルイスまで川を下って行くロードノベルであり、成長物語である。
大恐慌時代のミネソタ州で孤児となった12歳のオディが兄のアルバートと一緒に預けられたのは、インディアンのための寄宿学校だった。「黒い魔女」と呼ばれる冷酷な女性院長が支配する施設は児童虐待も日常で、我慢できなくなったオディはある事件をきっかけにアルバート、インディアンの少年モーズ、竜巻で母親を亡くしたばかりの6歳の少女エミーと共に施設を逃げ出した。4人が目指したのは叔母の住むセントルイスで、唯一の交通手段であるカヌーでミシシッピ川まで下ろうという冒険旅行だった。まだ少年の4人が大恐慌で荒れた世の中を巡る旅で出会ったのは善良な人々も悪人もさまざまで、想像以上に波瀾万丈な出来事の連続にオディは社会に対する目を開かされるのだった。 仲間の3人をはじめ関係者が個性的で、冒険に満ちたロードノベルが楽しめる。大恐慌時代という舞台設定も興味深い。しかし、何よりも施設育ちで世の中を分かっていなかったオディが迷いながらも理想の家族を信じて進む姿が清々しい。ロードノベル、成長物語のファンには絶対のオススメ作である。 なお、著者は別項となっている「ウィリアム・K・クルーガー」と同一人物であることにご注意を。 |
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2020年から21年に週刊文春に連載された、長編小説。手術支援ロボットか、従来の手術かで対立する医師たちの葛藤を描いた医療小説だが、ミステリーではない。
ポイントは「ロボットの欠陥を知った時、それでも手術で救える命があれば使用すべき」なのか、「万が一を考えれば、欠陥を公表すべき」なのかで悩む、ロボット支援手術のカリスマ医師の葛藤。対立する従来手術の天才がいい味を出していて、これは面白そうと思ったところで、まあ現状では誰もが容認する予定調和なエピローグになり、ちょっと肩透かし。ただ、筆者の筆力が抜群なので、ミステリーとしては物足りないが最後まで面白く読めることは間違いない。 医療ミステリー、医療小説のファンにオススメする。 |
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猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第17作。今回はジョーの盟友ネイトが主役を務める、砂漠が舞台の派手なアクション・サスペンスである。
世間から隠れて暮らすネイトのもとを政府の秘密組織を名乗る男たちが訪れた。彼らはネイトが負わされている全ての罪状を帳消しにする代わりに、ワイオミングの砂漠地帯で大規模テロを準備していると思われる集団に接近し、動静を探れという。恋人・リブの命も取引材料にされたネイトは仕方なく依頼を引き受ける。ジョーは殺人グリズリーを追っていたのだが、ルーロン知事から「ネイトの居場所を確認しろ」との特別任務を命じられる。二人は、それぞれの事情を抱えたまま、荒涼たる砂漠に赴き悪戦苦闘する。さらに、全く別の理由からジョーの長女・シェリダンもこの件に巻き込まれた…。 突然現れて、いつの間にか消える、常に単独行動のネイトが今回は出ずっぱりの主役というのが珍しい。で、なんだかんだの末、最後は二人一緒に決死の覚悟で流血の戦いに挑むという、東映任侠映画的ストーリーである。仕掛けが大掛かりな物語だけに、最後の方はやや辻褄合わせなところもあるが、今回もアメリカ社会が抱える問題点にしっかりと向き合った社会性を保っている。さらに、これまで謎に包まれていたネイトの考え、心情がちらちらと見えてくるのも、シリーズ読者には新鮮でニヤリとさせられる。 シリーズ愛読者はもちろん、アクション・サスペンス・ファンに自信を持ってオススメする。 |
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フランスの人気作家・ビュッシが「そして誰もいなくなった」に挑戦した作品。隔絶されてはいないけど連絡が取りにくい島に集まったグループのメンバーが次々に犠牲になるという、クラシックな趣向の謎解きミステリーである。
女性に大人気の作家が主宰する「創作アトリエ」がゴーギャンが愛した島で開催され、五人の作家志望の女性が集まった。ところが作家は、「死ぬまでに私がしたいのは」と「海に流す私の瓶」という課題を出したのち、行方をくらませてしまう。さらに一人、また一人と参加者が殺害され、現場には怪しいメッセージが残された。次の被害者は誰か、誰が犯人なのか、五人は互いに疑心暗鬼に陥って行った。 参加者の娘と、同じく参加者の夫である憲兵隊長が探偵役となり、五人が書いた課題作を手掛かりに謎を解いていくのだが、そのプロセスで明らかになるのは「信頼できない語り手」ばかりで、ミステリーにミステリーを重ねた物語である。そこに作者の超絶技巧が凝らされており、見事に騙された。 クリスティーへのオマージュというより、いかにして読者を幻惑するかが主眼の作品として、作者との知恵比べが好きな方にオススメする。 |
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スウェーデンの人気警察小説「ベックストレーム警部」シリーズの第4作にして、おそらく最終作。12年前、タイの大津波で死んだはずのタイ人女性の骨が見つかったのだが、その骨は5、6年ほどしか経過していないことが分かり、「人は二度死ぬことができるのか?」という難題にベックストレームたちが挑む、警察ミステリーである。
ベックストレームと同じアパートに住む10歳の少年が持ち込んできたのは、サマーキャンプで見つけた頭蓋骨だった。銃弾を受けた痕があったことから調べ始めると、12年前にタイで起きた大津波で死んだはずのタイ人女性の骨と思われた。女性の夫であるスウェーデン外務省職員によると現地でスウェーデン警察官が身元を確認し、埋葬したという。身元確認時の単なる手違いなのか、それとも隠された犯罪があるのか? ベックストレーム率いるチームは頑迷な検察官や官僚組織に悩まされながらも真相を求めて奮闘するのだった…。 死者の身元確認という技術的、鑑識的要素が重要な役割を果たすからか、本作でのベックストレームはちょっと引き気味である。その分、鑑識官のニエミ、データ分析のプロであるナディア、強力な突破力を誇るアニカなどが活躍し、本来の捜査小説的テイストが濃く、ミステリーとしてはシリーズ最高の作品である。 シリーズ愛読者にはもちろん、警察ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。 |
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犯罪小説の巨匠・ウェストレイクの1969年の作品。60年代のニューヨークを舞台にノミ屋で穴を当てたタクシー運転手がノミ屋が殺されている現場を訪ねたことから大騒動に巻き込まれる、軽やかな犯罪小説である。
ギャンブル好きのタクシー運転手・チェットは乗客から聞いた穴馬情報を信じて、いつものノミ屋・トミーに申し込み、見事に大金を当てた。喜び勇んで配当を受け取りにトミーを訪ねてみると、トミーは射殺されていた。配当を受け取り損ねたばかりか、トミーの妻や警察から容疑者扱いされ、さらにトミーが関わっていた2つのギャング勢力から命を狙われることになった。必死で逃亡しながらもチェットはトミーの妹・アビーと組んで、真犯人を探し始めるのだったが…。 60年代のニューヨークらしい洒落た会話、アビーとのロマンス、ギャングからの必死の逃亡アクション、関係者を集めての謎解き、犯人当てなど、ミステリー・エンタメの要素を全てぶち込んだ大サービス作品。半世紀以上前の作品だが、全く古さを感じさせず楽しませてくれる。オススメだ。 |
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クライムノベルの巨匠・ロス・トーマスの1987年の作品。フィリピンの反政府組織指導者を500万ドルで亡命させる仕事を請け負ったテロ専門家が海千山千の曲者たちを集め、虚々実々の駆け引きを繰り返す、複雑で精緻なコンゲーム・サスペンスである。
テロ専門家・ブースは仕事先をクビになったのだが、それを待っていたかのように「フィリピンの反政府組織NPAの指導者・エスピリトに500万ドルを渡して香港に亡命させる」という仕事が飛び込んできた。ブースの報酬は50万ドルだという。ブースとエスピリトには第二次大戦時、一緒に日本軍と戦った経緯があり、エスピリトが取引き相手としてブースを指名したのだという。訳ありの胡散臭い仕事だったが、高額の報酬に釣られてブースは引き受け、フィリピン事情に通じた4人のプロをマニラに集め作戦を開始する。ところが、一癖も二癖もある曲者揃いのメンバーは「50万ドルの報酬の山分けではなく、500万ドルを全部もらってしまえ」という結論に達した…。 500万ドルを出す黒幕はもちろん、仲介者、反政府組織を騙すのは当然として、さらにメンバー内でも様々な思惑が絡み合い、誰もが誰も信用できないカオスなコンゲームが繰り広げられるのが痛快。ストーリーは複雑怪奇だが、5人のメンバーの個性がクリアに描かれているので物語を理解するのは難しくない。メンバーがそれぞれの得意技で仕掛ける騙しが全て「最後は金」という一点で集約されており、これぞ究極のコンゲームである。 コンゲーム、ノワール・サスペンスのファンには絶対のオススメだ。 |
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2021年のNYT紙「注目の一冊」に選出された長編ミステリー。落ち目の作家が他人のプロットを使ってベストセラーを書き、再び栄光を得たのだが、「おまえは盗人だ」という脅迫が届き追い詰められていく心理サスペンスである。
デビュー作が評論家から高く評価されたジェイコブだったが2作目以降は鳴かず飛ばずですっかり落ちぶれ、地方大学の短期創作講座の臨時講師などで食いつないでいた。箸にも棒にもかからない受講生たちにうんざりする日々の中でも態度が傲慢なエヴァンは最悪だった。だが、ある日、個人面談でエヴァンが語ったプロットは最高で、素晴らしい小説になると予感した。それから3年、ふとしたことからエヴァンが死んだことを知り、しかもエヴァンが語ったプロットが作品になっていないことを確信したジェイコブは、そのプロットを小説に仕上げることにした。作品「クリブ」は大ヒットし、ジェイコブは再び脚光を浴びたのだが、一通のメールから地獄の日々に引き摺り込まれることになった…。 死んだエヴァンの頭の中にしかなかったはずのプロットの存在を知っていたのは、誰か? 脅迫者の目的は何か? 犯人探しがメインで、サブとして物語の骨格を借りることと盗用との違い、同業者に対する妬みやライバル意識など、職業作家の頭の中がリアルに描かれている。犯人探しミステリーとしては、それほど捻りがある作品ではないが、起承転結のメリハリが効いていて読みやすい。 大人の緑陰図書として、ミステリーファンならどなたにもオススメできる良作である。 |
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2017年から21年にかけて小説誌に連載した作品を加筆した長編小説。善良で温厚で真っ当な父親たちが殺人犯と被害者になったのはなぜか? 被害者・加害者の子供、警察が、謎だらけの犯行動機を解明していくヒューマン・ミステリーである。
刑事弁護士として評価が高かった白石弁護士が刺殺死体で発見された。家族や職場でも思い当たる動機が見つからなかったのだが、警察が身辺捜査を進めると事件前に白石氏が土地勘がない、仕事でも縁がなさそうな隅田川テラスや門前仲町などで不可解な行動をとっていたことが判明した。行動履歴を丹念に追いかけた警察は白石の事務所に一度だけ電話してきた、愛知県に住む倉木という男に注目し、捜査員を派遣した。そこで捜査員が門前仲町にある富岡八幡宮のお札を見つけたのだが、倉木は誰かにもらったというだけで言葉を濁すばかりだった。倉木と白石は繋がりがあると睨んだ警察が倉木の身辺を調べると、倉木は門前仲町にある居酒屋に常連として通っていたことが分かった。愛知で隠居生活している倉木が、なぜ門前仲町の居酒屋に通うのか? その理由は、30年前に愛知県で起きた殺人事件に起因するものだと判明し、倉木を問い詰めると犯行を自供した。事件は解決し警察は祝杯をあげ、あとは裁判を待つばかりになったのだが、倉木が自供した犯行動機に納得できない倉木の息子・和真は、なんとか真相を知ろうと独自に調査を進めていた。また、被害者の娘・美令も倉木の自供に納得できず、警察や弁護士相手に孤独な挑戦を続けていた。やがてある時、事件現場で和真と美令が遭遇し…。 至極真っ当な人物だと信じていた父親たちが、なぜ犯人や被害者になったのか? 家族として謂れのない誹謗中傷に晒されながらも真相だけを追求する二人の若者が中心だが、事件の解明プロセスは警察ミステリーの流れである。それはそれで面白いのだが、本作の読みどころは罪と罰、正義の目的なら犯罪も許されるのかという、永遠に解答の出ない哲学問答にある。問題が難問だけに、クライマックス、犯人像には賛否いろいろあるだろうが、そこまで一気に読者を引っ張っていく力を持った傑作であることは間違いない。 東野圭吾ファンのみならず、幅広いジャンルのミステリー愛好家にオススメする。 |
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54歳でデビューした遅咲き作家の長編第1作。60年代のアメリカ中西部を舞台に、環境に翻弄される青年と暴力と狂信に支配された人々の出口のない日々を容赦なく描いたノワールである。
狂信的な父親に支配されて少年期を過ごしたアーヴィンの成長を中心に、彼を取り巻く碌でもない人々の奇行、蛮行を積み重ね、60年代アメリカのどうしようもなさ、今に続いている暴力と狂信の底流が暴かれる。人間はどこまで愚かで、悪魔的になれるのかを否応なく突きつけられる。決して読後感の良い作品ではないが、長くインパクトを残す作品である。 好悪がはっきり分かれる作品で、ノワール愛好家にしかオススメできない。 |
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