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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1136

全1136件 201~220 11/57ページ

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No.936: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

状況設定が上手い、展開が上手い

アイルランドの新進作家による長編第5作で、本国を始め英語圏では高く評価された2021年の作品。2020年、コロナのパンデミックに襲われたダブリンを舞台に、出会いと別れ、お互いの秘密と恋情、過去と現在が複雑に絡み合い、どうしようもなく悲劇の結末を迎えてしまった男女の恋愛サスペンス・ミステリーである。
コロナによるロックダウン中のダブリンの集合住宅で、死後2週間以上経ったと思われる男性の腐乱死体が発見された。住人であることは間違いないようだが、身元がはっきりしなかった。その56日前、スーパーのレジで出会ったオリヴァーとキアラはすぐに意気投合し、ぎこちないながらも付き合いをスタートさせた。お互いに恋愛下手を自認するふたりだったが、自由に出歩けないロックダウンという事態に急かされ、オリヴァーの家で同居することになる。だが、関係が深まるとともに、それぞれが抱えているらしい秘密が垣間見えてきて、もどかしい思いに苛まれるようになる。一方、警察が身元調査により特定した被害者は、かつて有名な少年事件の当事者だった。過去と現在が交錯しながら明らかにされた事件の真相は…。
男女の出会い、恋愛の深化、そして悲劇の死へ、というプロセスはありきたりの恋愛サスペンスだが、ロックダウンという異常な舞台、過去と現在を行き来しながら明かされるお互いの秘密というスピーディーなストーリー展開が見事で、緊迫感のあるタイムリミット・サスペンスに仕上がっている。オリヴァーとキアラ、どちらが真実を語り、どちらが作為で騙っているのか? 最後までハラハラさせて読者を引っ張っていくパワーがある。
イヤミスではない、恋愛サスペンスのファンにオススメする。
56日間 (新潮文庫)
キャサリン・R・ハワード56日間 についてのレビュー
No.935: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

古さを感じさせない、青春ノワール

ゴダール監督の長編映画「はなればなれに」の原作となった、1958年の作品。若く軽薄な三人が軽いノリで立てた現金窃盗計画が思わぬ結果を招いてしまう、サスペンスフルなクライムノベルである。
22歳の前科者同士のスキップとエディは職業訓練のための夜間学校で17歳のカレンと出会い、彼女の養親である老婦人の家に大金が隠されていることを知った。金の持ち主はラスベガスのカジノ関係者らしいのだが、たまにしか顔を見せず、しかも現金は無防備に保管されているという。「ちょろい仕事」だと考えたスキップはエディを仲間に引き込み、カレンをそそのかして深夜に忍び込む計画を立てる。誰も傷つけず、一晩で大金をせしめるはずだったのだが、スキップが同居する叔父で前科者のウィリーに計画を漏らしたことから歯車が狂い始め、思いもかけない結末を迎えることになる…。
無軌道な若者がちょっとしたことで運命を狂わせていく、青春ノワールではよくあるパターンの物語だが、関係してくる大人たちが癖のある人物ばかりで、そこに生じる複雑な人間ドラマ、心理ドラマが作品の味わいを深くしている。ゴダールの映画(優れた作品だが、優れたサスペンス映画ではない)に比べると数段サスペンスフルなミステリーである。
映画の原作という評価は関係なく、古さを感じさせない青春ノワールの傑作であり、多くのクライムノベル・ファンにオススメしたい。
はなればなれに
ドロレス・ヒッチェンズはなればなれに についてのレビュー
No.934: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「タワーリング・インフェルノ」への見事なオマージュ作品

後書きと謝辞にある通り映画「タワーリング・インフェルノ」にインスパイアされた、超一級のパニック小説。日本が舞台のパニック小説はさほど面白くないものが多いが、本作はそんな思い込みを覆す傑作エンターテイメントである。
東京の新たなランドマークとなる地上100階建て、高さ450メートルの超高層タワービルが営業初日に火災に襲われる。ショッピングフロア、ビジネスフロア、ホテルフロアには数万人が押し寄せており、しかも100階のホールでは千人を集めたオープニング・セレモニーが行われていた。最新の防災設備を備えた超高層タワーで火災が起きるはずがない、そんな思い込みや願望から初期対応が遅れ、最上階の1000人が取り残された…。
これまで誰も経験したことがない大災害に必死に立ち向かう消防士たちの死力を尽くした戦いがメインで、物語としては単純だが最後まで息をつかせない緊迫感が見事。さりげなく散りばめられていたエピソードが俄然、重要な要素になっていくストーリー展開も素晴らしい。
パニック小説のファンには、文句なしのオススメである。
炎の塔 (祥伝社文庫)
五十嵐貴久炎の塔 についてのレビュー
No.933: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

刑事であろうとなかろうと、熱過ぎるボッシュ

高レベルなハードボイルドを発表し続ける「ハリー・ボッシュ」シリーズの第9作。ロス市警を退職したボッシュが心残りな未解決事件に個人的に決着を付ける、ハードボイルド・ミステリーである。
刑事を引退したボッシュの私立探偵としての日々は退屈でしかなかった。そんな時、ずっと心に引っかかっていた4年前の女性殺害事件に関する情報が、引退した元同僚刑事からもたらされた。被害者は映画製作会社に勤める若い女性で、数日後、その映画会社のロケ現場で200万ドルの現金強奪事件が起き、事件捜査中のボッシュが現場に居合わせたという因縁があった。たとえバッジを身に付けていなくても被害者の無念を晴らすのが使命であると再確認したボッシュは、私人として捜査を始めたのだが、ロス市警とFBIから手を出すなと警告され、さまざまな妨害を受ける。それでも怯むことなく、あの手この手で真相に近づいていったボッシュだったが、たどり着いた真相は、あまりにも苦く切ないものだった…。
警官ではなくなり、しかも誰かに依頼されたわけでもないのに、ひたすら正義のために粉骨砕身するボッシュが熱いこと。これぞハードボイルドの真髄が味わえる作品として、ボッシュ・シリーズのファンにはもちろん、すべてのハードボイルド・ファンに必読!とオススメしたい。
暗く聖なる夜(下) (講談社文庫)
マイクル・コナリー暗く聖なる夜 についてのレビュー
No.932: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

工夫はあるけど、ややマンネリ気味

ドイツでは大人気の「ヴァルナー&クロイトナー」シリーズの第四作。今回はクロイトナーの警察官らしき行動が鍵となるフーダニット、ワイダニット作品である。
いつも通り「死体に好かれる」男・クロイトナーが雪山で、ベンチに座って雪だるまとなっている死体を発見したのだが、そこには偶然、被害者の妹が居合わせていた。自殺かと思われたのだが、被害者・ゾフィーが持っていた奇妙な写真と妹・ダニエラの証言から他殺の疑いが濃くなった。ゾフィーの人間関係を中心に捜査進めた捜査陣がさしたる成果をあげられずにいるうちにクロイトナーが同じように演出された新たな死体に遭遇し、事件は連続殺人事件の様相を呈してきた。担当者ではないが興味津々のクロイトナーは、何か利益がありそうな予感に誘われたこともあり、勝手に捜査を始め、ヴァルナーたちとは異なる事件の背景を掴み…。
本作の主役はクロイトナーで、ヴァルナーたちのオーソドックスな捜査では考えられない破天荒な手段で謎を解いていく。事件の背景、構図などはちゃんとしたミステリーになっているのだが、捜査プロセスはかなり型破りでご都合主義的。事件の謎解きよりも落ちこぼれ警官・クロイトナーの魅力が読みどころとなっている。
登場人物のキャラクターが主要な役割を果たしているので、ぜひ、シリーズ第1作から順に読むことをおススメする。
急斜面
アンドレアス・フェーア急斜面 についてのレビュー
No.931: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

やばい、“P分署のろくでなしたち”がまともな刑事に見えてきた!

21世紀の87分署シリーズことイタリアP分署捜査班シリーズの第三作。アパートの一室で仲の良い兄妹が殺害された事件を、存続の危機にあるP分署のろくでなし刑事たちが解決する、チームワーク警察ミステリーである。
史上稀に見る寒波がナポリを襲った朝、若き研究者の兄とモデルの妹が同居しているアパートの別々の部屋で殺されているのが発見された。居直り強盗とも性的目的とも考えられず、凶器は見つからず、さらに死体を発見した兄の友人やアパートの住人から事件前に兄が誰かと言い争っていたとの証言を得た刑事たちは、被害者の人間関係から糸口をつかもうとする。決定的な証拠はないものの容疑者を三人に絞り込んだ捜査班だったが、解決を急ぐ市警上層部から捜査権を返上するように圧力をかけられ、ついにはタイムリミットを設定されてしまった…。
時間が限られるなか、警察のお荷物扱いされていた“P分署のろくでなしたち”が刑事本来の使命感を取り戻し、見事なチームワークで成果を上げるところが読みどころ。前二作にはなかったメンバーの生き生きとした捜査活動が新鮮である。さらに、メンバーそれぞれが抱える家族や私生活の問題に変化が見えてくるのも、シリーズものならではの面白さ。ろくでなしたちも居場所を見つければ生き返るという、再生の物語にもなっている。
前二作よりパワーアップした警察群像小説であり、ヨーロッパ系警察ミステリーのファンならきっと満足できる傑作としてオススメする。
寒波: P分署捜査班 (創元推理文庫)
No.930: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

38年前と現在の2つの事件を同時に捜査する新米保安官補、荷が重過ぎた?

傷付いた女性たちの再生をテーマにヒット作を連発しているカリン・スローターの2022年の作品。34歳の新人保安官補が現在の任務と並行して迷宮入りした38年前の事件の真相を解明する刑事ミステリーである。
新人保安官補のアンドレアが最初に命じられた任務は、脅迫を受けている女性判事エスターの身辺警護だったのだが、エスターは38年前に一人娘のエミリーを殺害されており、事件は未解決のままだった。人気者で優等生だった18歳のエミリーは当時、妊娠七ヶ月で、ドラッグで意識がない時にレイプされたと主張し犯人を探していたため、口封じのために殺されたのではないかと思われた。事件は迷宮入りしたのだが、容疑者と目されたエミリーの周辺人物にアンドレアの実父・クレイが含まれていたことから、アンドレアは判事の警護とともにエミリー事件の真相を突き止めようとする。
アンドレアが事件捜査する現在のパートとエミリー視点での過去のパートが交互に進行し、やがて二つの事件が繋がって38年前からの因縁が明らかにされるプロセスはそれなりに緊迫感があるのだが、隠された真相の深さとアンドレアの捜査手腕が上手くマッチしていない。捜査の流れが途中で切れたり、思わぬところで繋がったりで、物語世界にすんなりと入っていけないのが惜しい。
ヒット作「彼女のかけら」の関連作品だが、スタンドアロンとして成立しているので「彼女のかけら」が未読でも問題ない。刑事ミステリーのファン、スローターのファンにオススメする。
忘れられた少女 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター忘れられた少女 についてのレビュー
No.929: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国警察小説の遺伝子を受け継ぎ発展させた傑作

イギリス国家犯罪対策庁重大犯罪分析課の刑事「ワシントン・ポー」シリーズの第二作。6年前に犯人逮捕して解決したはずの殺人事件の被害者が生きて現れた! ポーの捜査が間違っていて犯人は冤罪だったのか? 信念の男・ポーが信頼する仲間と共に不可能犯罪の謎を解く、サイコ・サスペンス警察ミステリーである。
6年前、18歳のエリザベスが行方不明になり死体は見つからなかったのだが、経営するレストランにエリザベスの血痕があったことからポーは、父親でカリスマ・シェフとして知られるジャレド・キートンを逮捕し、ジャレドは実刑判決を受けた。ところが、殺されたはずのエリザベスが現れ、血液検査の結果、本人であることが確認された。ジャレドはサイコパスであり真犯人だと確信するポーは納得できず、血液検査の再鑑定や化学検査など求めたのだが結果は変わりなく、冤罪との見方が強まってきた。さらに、またもやエリザベスが姿を消したため、ポーは殺人容疑までかけられた…。
DNAの一致という致命的な証拠を前に絶体絶命の窮地に陥ったポーだったが、決して諦めず、前作でもコンビを組んだ分析官のティリー、理解がある上司のフリンの助けを借りて犯人に辿り着く、正統派の警察ミステリーである。それにサイコ・サスペンスの不気味さと科学捜査の意外性が加えられ、さらに場面転換もスピーディかつ衝撃的で、物語はハラハラ、ドキドキでテンポよく進行する。シリーズものらしく、登場人物の身辺の物語が徐々に明らかになるのも読みどころ。
イギリス警察小説、サイコ・サスペンスのファンなら絶対に満足できる作品であり、できるだけ第一作から読むことをオススメする。
ブラックサマーの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴンブラックサマーの殺人 についてのレビュー
No.928: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

賛否が分かれるのは仕方がない、これぞ怪作!

フランスの新進作家の本邦初訳作品。フランスではいくつもの賞を受賞し高く評価されているサイコ・ミステリーである。
新聞記者のサンドリーヌは長く音信不通だった祖母の訃報と共に、遺品整理のために来て欲しいという連絡を受けた。サンドリーヌの母と折り合いが悪く、生まれてから会ったこともなかった祖母だったが他に身寄りもないため仕方なく、祖母や四人の老人が社会的に隔絶されて暮らしている孤島に渡った。かつてここには子供のキャンプ施設があったのだが、連絡船の事故で子供十人が全員死亡するという不幸により施設は廃止になったという。不吉な運命に見舞われた島に渡ったサンドリーヌは謎めいた住人や不気味な雰囲気に圧倒され、逃げ出そうとするのだが、本土との連絡手段が壊されて島に閉じ込められてしまった…。
サイコキラーと島の歴史に関わる謎を解いていくのが本筋なのだが、ストーリーにさまざまな仕掛け、二重三重の罠が隠されており、一筋縄では読み進めることができない。訳者あとがきにあるように、何を書いてもネタバレになりそうで、これ以上の説明は不可能。というか、これ以上の先入観は持たないで読んだ方が面白いと言える。
サイコ・サスペンスのファン、唖然とするような作者の仕掛けを知っても腹を立てずに楽しめる方にオススメする。
魔王の島 (文春文庫 ル 8-1)
ジェローム・ルブリ魔王の島 についてのレビュー
No.927: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ハードボイルドとベースボール。これぞアメリカ!

現代文学作家として知られるポール・オースターの幻のデビュー作。1980年代のニューヨークを舞台にした正統派のハードボイルドである。
冴えない私立探偵・マックスの事務所を訪れたのは、絶頂期に交通事故に遭って引退し、今は議員候補と目されている元大リーガー・チャップマンだった。命を狙うという脅迫状を受け取ったという。脅迫状は殺意を匂わせているのだが抽象的で、さらに5年前の約束を守れというのだが、チャップマンは心当たりがないという。犯人の意図を探るために関係者に聞き込みを始めたマックスはいきなり危険な雰囲気の男たちから脅迫された。男たちをよこしたのは誰か? 調査を進めると5年前の交通事故、チャップマンの妻の不倫などを巡って不可解な事態がいくつも判明し、背景には複雑な人間関係があるようだった…。
私立探偵、マフィア、警官、弁護士、郊外住宅の富裕層など完璧な道具立てで、登場人物のセリフ、行動も全て古典的なハードボイルドを踏襲している。それにさらに、メジャーリーグが絡んでくるのだから、アメリカン・エンタメの完成品というべきだろう。
正統派ハードボイルのファンに絶対のオススメである。
スクイズ・プレー (新潮文庫)
ポール・ベンジャミンスクイズ・プレー についてのレビュー
No.926: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

読みやすくなり、毒が薄められてきた桐野作品(非ミステリー)

2021〜22年の週刊誌連載を加筆・修正した長編小説。日本中がマネーゲームに熱中した時代の波に乗り、狂騒の中を駆け上ろうとした若者たちのドラマである。
バブルが膨らみ続けていた1986年、大手証券会社福岡支店に入った三人の若者。母子家庭で進学を諦め、事務職で採用された18歳の水矢子、福岡の田舎の短大卒ながら証券販売のプロを目指す20歳の佳奈、無名の私大卒で風采が上がらない男だが野心だけは巨大な22歳の営業職の望月。三人はそれぞれの事情から「金を貯め、2年後には東京に出ていく」との夢を持っていた。しかし厳しい現実に押し潰されて悪戦苦闘していたのだが、ある出来事をきっかけに証券業界のマネーゲームに乗っかって突っ走り、2年を待たずに夢に手が届くところまで来た。そしてバブルは崩壊した。
バブル経済とは何だったのか? 日本人はなぜバブルに熱狂したのか? 今の時点で振り返れば呆れるほどの単純さだが、同時代を必死で生きた若者たちはおそらくこうだったのだろうというのが、よく分かる。分かり過ぎるぐらい、よく分かる作品である。つまりとても理解しやすい論理立てだし、かなりパターン化されたキャラクター作りだし、とても読みやすい。その分、初期の桐野作品に埋め込まれていた毒が薄めれていて、古くからのファンとしてはちょっと物足りない。
ミステリーではない、軽めの社会派エンタメ作品としてオススメする。
真珠とダイヤモンド 上
桐野夏生真珠とダイヤモンド についてのレビュー
No.925: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読み通すのが辛いけど、読み通す価値あり!

1940年に出版された「20世紀アメリカ文学最大の問題作」と言われ、日本では「アメリカの息子」の邦題で出版されながら長らく絶版になっていた作品の新訳版。貧しい黒人青年が偶発的に富豪の娘である白人女性を殺害して逃走、逮捕、裁判にかけられ死刑になるまでの黒人差別を犯人視点で語り尽くした、熱情あふれる社会派ミステリーである。
大恐慌下にあった1930年代のシカゴ、失業中の黒人青年・ビッガーは運転手として雇われた不動産業の富豪・ドルトン家で働き始めたその日に、一人娘のメアリーを殺害する事態に陥った。恐怖に駆られたビッガーはメアリーの遺体を暖房炉で焼いて証拠隠滅を図ろうとする。さらに死体が発見される前に身代金を取ろうとして脅迫状を届けた。しかし、事件は発覚し、警察に追われて必死で逃走したものの逮捕され、群衆の憎悪の嵐の中で裁判にかけられる…。
黒人青年はなぜ殺害したのか、死体を焼こうとしたのか、何を考えながら逃走し、勾留中はどのような心理だったのか? 制度や法として黒人差別が当たり前だった時代に生きる黒人の恐怖心がとてつもなく重い。「自分の意志が、この恐怖と殺人と逃亡の日夜ほど自由であったことはなかったのだ」というビッガーの独白の救いのない重苦しさは、現在のアメリカ(に限らないが)の人種差別を考えると、ほんの少しも軽くなっていないことが恐ろしい。アメリカの読書界を震撼させたというのも納得できる力作である。
780ページ超の重厚長大作だが絶対に読む価値ありとオススメする。
ネイティヴ・サン: アメリカの息子 (新潮文庫 ラ 20-1)
No.924: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

大日本帝国の侵略に抵抗する大韓帝国の暗闘を舞台にした歴史ミステリー

1907年のハーグ平和会議に参加するために大韓帝国から3名の特使が派遣された史実、「ハーグ密使事件」を歴史ミステリーに仕立てた異色の韓国小説である。
日本から属国化の圧力を受けていた1907年の大韓帝国の首都ソウルで、ロシア系女性が経営するソンタクホテルにボーイとして就職した16歳の正根は、ソンタク女史が失踪するという事件に巻き込まれた。経営者の失踪に動揺するボーイたちの中にあって正根は気丈に、失踪の真相を探り出そうとする。ソウルの外国人ネットワークを手繰って調べを進めた正根は事件の背後に、独立を守るために大韓帝国皇帝が命じた重大な使命が絡んでいることを知った…。
巻末の作品解説によると、大多数の日本人にとっては曖昧な知識しかない当時の状況、事実をかなり正確に反映しているという。その意味では、日韓関係史を考えるときに新たな視点を与えてくれる教養小説である。もちろんエンタメ作品なのでミステリー、冒険小説の面白さも備えている。だが全体的にストーリーはそれなりに面白いのだが、エピソードや会話などがエンタメ作品としてはイマイチ。
珍しいバックグラウンドのミステリーが好きな方、日本による韓国の植民地支配に関心のある方にオススメする。
消えたソンタクホテルの支配人 (YA! STAND UP)
No.923: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

故郷喪失者は故郷を憎み、故郷に執着する

2020年から21年に雑誌連載されたものを加筆改稿した長編小説。実際に起きた幼児連続殺人事件を下敷きに、犯人女性の動機、背景を解明しようとした心理ノワールである。
自分の娘と近所の子供の二人を殺害した死刑囚・三原響子の刑が執行された。遠縁にあたる吉沢香純は響子に近親がおらず、さらに香純の母が身元引受人にされていたため遺骨の引き取りに行き、そこで響子の最後の言葉が「約束は守ったよ。褒めて」だったと知らされた。香純が三原家の本家に納骨を依頼すると断固として断られ、一切連絡をするなという。さらに菩提寺に無縁仏として収めることも住職に拒否された。殺人犯と関わりになることを嫌がるのは分かるが、ここまで拒否されるのは何故か。また響子は誰と、どんな約束をしていたのか? 解明しきれない謎を抱えた香純は響子の故郷である青森へ向かった…。
事件の関係者、犯行様態は分かっており、謎は動機の解明だけというシンプルな設定だが、誰もが少しずつ自分の思いとズレて行動することから生まれる悲劇を盛り込んで、読み応えがある心理ノワールに仕上げられている。どんな理由があれ殺人は大罪だが、犯人を責め、刑を執行するだけで解決できるものではない。「検事の本懐」など佐方貞人シリーズを重くしたような作品と言えば、本作の持ち味が伝わるだろうか。
社会派ミステリー、心理ミステリーのファンにオススメする。
教誨
柚月裕子教誨 についてのレビュー
No.922: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

寒村の人間関係が絡む粘ついたミステリー、北欧の湊かなえ?

英国推理作家協会新人賞を受賞した、北欧の新星のデビュー作。アイスランドの小さな漁港の町の女性刑事が古くからの人間関係と因縁が絡む殺人事件に挑む、警察ミステリーである。
長年の恋人との別れを機にレイキャヴィーク警察を辞職して故郷・アークラネスに戻り、警察に職を得たエルマ。誰もが顔見知りで事件・事故といえば酔っ払いか交通事故しかないような田舎のはずが、町外れの海岸で身元不明の女性の死体が発見され、エルマは首都警察でのキャリアの真価を問われることになった。被害者は子供時代をアークラネスで過ごし、今は近郊に住む主婦のエリーサベトと判明するのだが、夫によると「妻はあの町に行くのを嫌がっていた。憎んでいたと言ってもいい」という。エリーサベトはなぜ、30年も近寄らなかった町に来たのか、殺されなければならなかったのか? エルマは田舎町の濃密な人間関係の闇に分け入り、埋もれていた事件の真相を解き明かそうとする。
一つの殺人事件の真相を明かしていく、正統派の犯人探しミステリー。事件の背景や動機も目新しくはないのだが、ポイントとなる人間関係の組み立てが複雑かつ巧妙で読ませる。欲を言えば、エルマのキャラがやや平凡なのが惜しいが、すでに2作目、3作目が発売され好評を得ているというので今後の展開に期待したい。
北欧ミステリーファンには間違いなくオススメ作である。
軋み (小学館文庫 あ 7-1)
No.921: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ひと捻りが入った模倣犯もの

アメリカの新人作家のデビュー作。二十年前に自分の父親が起こした事件を模倣した連続殺人に巻き込まれた女性臨床心理士が事件の真相を求めて苦闘する、重苦しい心理ミステリーである。
12歳の夏に父親が6人の少女を殺して埋めた連続殺人犯として逮捕されてから20年、臨床心理士として独立し結婚を間近に控えていたクロエだったが、またしても彼女の周りで少女が殺される事件が連続した。しかも、犯行の手口はまるで父親の事件を真似したようで、クロエは過去の心の傷がフラッシュバックし、自分自身も含めてあらゆるものが信じられなくなった。疑心暗鬼に陥ったクロエは最大の理解者である婚約者・ダニエルまでもを疑い、どんどん負のスパイラルに落ち込んでしまう…。
昔の事件のコピーキャットもののセオリー通り、主人公の関係者に次々と疑惑が持ち上がり、読者を惑わせていく。読者の予想を裏切りながらストーリーが展開していくところは、ミステリーとしてよく出来ている。が、心理ミステリーとしては、やや深みや叙情に欠ける。
イヤミスというほどの読後感の悪さはなく、多くのミステリーファンにオススメしたい。
すべての罪は沼地に眠る (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.920: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

組織の壁を超えて結束した、はみ出し警官たちの矜持

北海道警シリーズ第10作。組織のメインストリームから外されながらも警察官としての矜持を失わない3組の警官たちが、職務権限の壁を越えて結束して事件を解決する警察ミステリーである。
男性が轢き逃げされたとの通報で駆けつけた機動捜査隊の津久井は、ドラレコなどから事故ではなく拉致・暴行事件ではないかと判断する。生活安全課の小島は別居中の父親に会いたい一心で旭川から札幌に一人で来た9歳の少女を保護する。刑事課盗犯係の佐伯は住宅街にある弁護士事務所の窃盗事件に臨場したのだが、犯人たちの狙いが金銭ではないことに気づき、弁護士の業務を調べるうちに、轢き逃げされた男性が弁護士に相談事を持ちかけていたことを知る。無関係に見える三つの事象だが、警察官としての嗅覚を研ぎ澄まし、組織の壁など気にしない彼らには徐々に全体像が見えて来た…。
いつものメンバーが独自の責任感と使命感でベストを尽くすうちに強力なチームとなり、埋もれていた犯罪を明らかにしていく安定したストーリー運びで、読んでる途中も読み終わった後も爽快感がある。
シリーズ未読でも問題なく楽しめる作品であり、警察ミステリーファンならどなたにもオススメしたい。
樹林の罠
佐々木譲樹林の罠 についてのレビュー
No.919: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ニューイングランド版の「仁義なき戦い」

ギャング小説の巨匠・ウィンズロウの新たな三部作の第一部。ロードアイランド州の小さな都市を舞台にアイルランド系とイタリア系のマフィアが壮絶な戦いを繰り広げるバイオレンス・ノワールである。
1986年、ロードアイランド州の州都プロヴィデンスはアイルランド系とイタリア系のマフィアが共存共栄の関係を保っていたのだが、一人の美女をきっかけに小さな綻びが生じ、両組織が血で血をあらう抗争に突入した。アイリッシュ・マフィアの前ボスの息子・ダニーは一兵卒の地味な立場に甘んじながらも戦いの中で頭角を表し、やがてはボスの位置に押し上げられていく。両組織ともに内部に権謀術策が渦巻き、裏切り、仲間割れなど不協和音を出しながらも破滅まで止まらない抗争に明け暮れることになる。そして…。物語は1990年代にまで続くスケールの大きな叙事詩となる予定で、第二作、第三作への期待を高める結末となっている。
メキシコの麻薬戦争もの、ニューヨーク市警ものという複雑で分厚い物語を書いてきた最近のウィンズロウだが、本作はマフィアの抗争を主題にした、よりシンプルで読みやすいノワール・エンタメ作品である。暴力と謀略で裏社会の世代交代が進められていくところは、東映映画の傑作「仁義なき戦い」と通じるところがあり、日本人読者にも理解しやすい。
ノワールのファンには自信を持ってオススメする。
業火の市 (ハーパーBOOKS)
ドン・ウィンズロウ業火の市 についてのレビュー
No.918: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今回も期待に違わぬ傑作。

大阪府警シリーズの中でも独自の世界を築いている上坂刑事のバディもの。2019年から22年にかけて雑誌連載された長編警察ミステリーである。
中小企業経営者・篠原が行方不明になったという届出があり、妻・真須美によると篠原は資金繰りに苦しんでおり、自殺の恐れがあるという。しかも、振り出した手形が闇金に渡り脅迫されていたらしい。闇金がらみということで担当となった暴犯係の上坂、磯野コンビが捜査に着手するとすぐ、高速の非常駐車帯に駐められていた車で篠原の遺体が発見された。車は篠原のもので、ドアはロックされており自殺と判断されかけたのだが、篠原に掛けられていた巨額の生命保険、手形をめぐる異常で複雑な動き、篠原の周辺に出没する怪しげな輩などが次々に判明。背後に犯罪が隠れていることを察知した上坂、磯野コンビは、今にも途切れそうな細い糸をたぐって全貌を明らかにしようとする…。
相変わらず絶好調の大阪府警シリーズ、今回も期待は裏切られない。目の前で躍動する刑事たちのキャラクター、絶妙なテンポの会話のキャッチボール、意外と真剣で細やかな捜査プロセスなど読みどころ満載。最後まで一気読みの傑作エンターテイメントと言える。
黒川博行ファンなら必読。警察ミステリーのファンにも絶対の自信を持ってオススメする。
連鎖 (単行本)
黒川博行連鎖 についてのレビュー
No.917:
(7pt)

趣味は暴力とセックスだが、他人の暴力は許さない。ふむ!

アメリカで大人気の「マイロン・ボライター」シリーズのスピンオフ作品。マイロンを助ける立場だったウィンが主役になり、自身の一族と関わりがある難事件を自分の価値基準で解決していくミステリー・アクションである。
N.Y.の超高級アパートメントで世捨て人の暮らしをしていた身元不明の男が殺害されたのだが、その部屋にはウィンの一族が所有し、過去に盗難に遭って行方が分からなくなっていたフェルメールの名画が残されていた。しかも、現場に一族の紋章とウィンのイニシャルが入ったスーツケースがあったことから、FBIはウィンに疑いの目を向けてきた。スーツケースはかつて従姉妹のパトリシアに譲った物であり、このままではウィンとパトリシアが容疑者にされてしまう。パトリシアに確認するとスーツケースは、18歳の時にパトリシアの父と自身が遭遇した事件の時に犯人側に渡ったのだという。さらに、殺害された人物の驚愕の身元が判明し、ウィンはFBI時代の恩師から「法の枠外」での非公式の調査を依頼される。莫大すぎる資産、並外れた容姿と頭脳、圧倒的な武術を持ち、セックスと暴力が趣味というウィンは、50年以上前からつながっていた難事件を彼独特の倫理に基づいて解決していくのだった…。
まるで神話の英雄のような主人公が大活躍する物語だが、思うほどファンタジックではなく、事態の背景、捜査プロセスなどは地に足が着いている。時代を超えた複数の事件のつながりも展開に無理がなく、謎解きとしてもよくできていて、完璧すぎるヒーローに鼻白むかもしれないが、読んで損はないエンターテイメント作品と言える。
シリーズを読んでいなくても何の問題もない、現代風ミステリー・アクションであり、多くの方にオススメしたい。
WIN (小学館文庫 コ 3-4)
ハーラン・コーベンWIN についてのレビュー