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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1136件
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2020年から21年に週刊文春に連載された、長編小説。手術支援ロボットか、従来の手術かで対立する医師たちの葛藤を描いた医療小説だが、ミステリーではない。
ポイントは「ロボットの欠陥を知った時、それでも手術で救える命があれば使用すべき」なのか、「万が一を考えれば、欠陥を公表すべき」なのかで悩む、ロボット支援手術のカリスマ医師の葛藤。対立する従来手術の天才がいい味を出していて、これは面白そうと思ったところで、まあ現状では誰もが容認する予定調和なエピローグになり、ちょっと肩透かし。ただ、筆者の筆力が抜群なので、ミステリーとしては物足りないが最後まで面白く読めることは間違いない。 医療ミステリー、医療小説のファンにオススメする。 |
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猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第17作。今回はジョーの盟友ネイトが主役を務める、砂漠が舞台の派手なアクション・サスペンスである。
世間から隠れて暮らすネイトのもとを政府の秘密組織を名乗る男たちが訪れた。彼らはネイトが負わされている全ての罪状を帳消しにする代わりに、ワイオミングの砂漠地帯で大規模テロを準備していると思われる集団に接近し、動静を探れという。恋人・リブの命も取引材料にされたネイトは仕方なく依頼を引き受ける。ジョーは殺人グリズリーを追っていたのだが、ルーロン知事から「ネイトの居場所を確認しろ」との特別任務を命じられる。二人は、それぞれの事情を抱えたまま、荒涼たる砂漠に赴き悪戦苦闘する。さらに、全く別の理由からジョーの長女・シェリダンもこの件に巻き込まれた…。 突然現れて、いつの間にか消える、常に単独行動のネイトが今回は出ずっぱりの主役というのが珍しい。で、なんだかんだの末、最後は二人一緒に決死の覚悟で流血の戦いに挑むという、東映任侠映画的ストーリーである。仕掛けが大掛かりな物語だけに、最後の方はやや辻褄合わせなところもあるが、今回もアメリカ社会が抱える問題点にしっかりと向き合った社会性を保っている。さらに、これまで謎に包まれていたネイトの考え、心情がちらちらと見えてくるのも、シリーズ読者には新鮮でニヤリとさせられる。 シリーズ愛読者はもちろん、アクション・サスペンス・ファンに自信を持ってオススメする。 |
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フランスの人気作家・ビュッシが「そして誰もいなくなった」に挑戦した作品。隔絶されてはいないけど連絡が取りにくい島に集まったグループのメンバーが次々に犠牲になるという、クラシックな趣向の謎解きミステリーである。
女性に大人気の作家が主宰する「創作アトリエ」がゴーギャンが愛した島で開催され、五人の作家志望の女性が集まった。ところが作家は、「死ぬまでに私がしたいのは」と「海に流す私の瓶」という課題を出したのち、行方をくらませてしまう。さらに一人、また一人と参加者が殺害され、現場には怪しいメッセージが残された。次の被害者は誰か、誰が犯人なのか、五人は互いに疑心暗鬼に陥って行った。 参加者の娘と、同じく参加者の夫である憲兵隊長が探偵役となり、五人が書いた課題作を手掛かりに謎を解いていくのだが、そのプロセスで明らかになるのは「信頼できない語り手」ばかりで、ミステリーにミステリーを重ねた物語である。そこに作者の超絶技巧が凝らされており、見事に騙された。 クリスティーへのオマージュというより、いかにして読者を幻惑するかが主眼の作品として、作者との知恵比べが好きな方にオススメする。 |
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スウェーデンの人気警察小説「ベックストレーム警部」シリーズの第4作にして、おそらく最終作。12年前、タイの大津波で死んだはずのタイ人女性の骨が見つかったのだが、その骨は5、6年ほどしか経過していないことが分かり、「人は二度死ぬことができるのか?」という難題にベックストレームたちが挑む、警察ミステリーである。
ベックストレームと同じアパートに住む10歳の少年が持ち込んできたのは、サマーキャンプで見つけた頭蓋骨だった。銃弾を受けた痕があったことから調べ始めると、12年前にタイで起きた大津波で死んだはずのタイ人女性の骨と思われた。女性の夫であるスウェーデン外務省職員によると現地でスウェーデン警察官が身元を確認し、埋葬したという。身元確認時の単なる手違いなのか、それとも隠された犯罪があるのか? ベックストレーム率いるチームは頑迷な検察官や官僚組織に悩まされながらも真相を求めて奮闘するのだった…。 死者の身元確認という技術的、鑑識的要素が重要な役割を果たすからか、本作でのベックストレームはちょっと引き気味である。その分、鑑識官のニエミ、データ分析のプロであるナディア、強力な突破力を誇るアニカなどが活躍し、本来の捜査小説的テイストが濃く、ミステリーとしてはシリーズ最高の作品である。 シリーズ愛読者にはもちろん、警察ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。 |
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犯罪小説の巨匠・ウェストレイクの1969年の作品。60年代のニューヨークを舞台にノミ屋で穴を当てたタクシー運転手がノミ屋が殺されている現場を訪ねたことから大騒動に巻き込まれる、軽やかな犯罪小説である。
ギャンブル好きのタクシー運転手・チェットは乗客から聞いた穴馬情報を信じて、いつものノミ屋・トミーに申し込み、見事に大金を当てた。喜び勇んで配当を受け取りにトミーを訪ねてみると、トミーは射殺されていた。配当を受け取り損ねたばかりか、トミーの妻や警察から容疑者扱いされ、さらにトミーが関わっていた2つのギャング勢力から命を狙われることになった。必死で逃亡しながらもチェットはトミーの妹・アビーと組んで、真犯人を探し始めるのだったが…。 60年代のニューヨークらしい洒落た会話、アビーとのロマンス、ギャングからの必死の逃亡アクション、関係者を集めての謎解き、犯人当てなど、ミステリー・エンタメの要素を全てぶち込んだ大サービス作品。半世紀以上前の作品だが、全く古さを感じさせず楽しませてくれる。オススメだ。 |
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クライムノベルの巨匠・ロス・トーマスの1987年の作品。フィリピンの反政府組織指導者を500万ドルで亡命させる仕事を請け負ったテロ専門家が海千山千の曲者たちを集め、虚々実々の駆け引きを繰り返す、複雑で精緻なコンゲーム・サスペンスである。
テロ専門家・ブースは仕事先をクビになったのだが、それを待っていたかのように「フィリピンの反政府組織NPAの指導者・エスピリトに500万ドルを渡して香港に亡命させる」という仕事が飛び込んできた。ブースの報酬は50万ドルだという。ブースとエスピリトには第二次大戦時、一緒に日本軍と戦った経緯があり、エスピリトが取引き相手としてブースを指名したのだという。訳ありの胡散臭い仕事だったが、高額の報酬に釣られてブースは引き受け、フィリピン事情に通じた4人のプロをマニラに集め作戦を開始する。ところが、一癖も二癖もある曲者揃いのメンバーは「50万ドルの報酬の山分けではなく、500万ドルを全部もらってしまえ」という結論に達した…。 500万ドルを出す黒幕はもちろん、仲介者、反政府組織を騙すのは当然として、さらにメンバー内でも様々な思惑が絡み合い、誰もが誰も信用できないカオスなコンゲームが繰り広げられるのが痛快。ストーリーは複雑怪奇だが、5人のメンバーの個性がクリアに描かれているので物語を理解するのは難しくない。メンバーがそれぞれの得意技で仕掛ける騙しが全て「最後は金」という一点で集約されており、これぞ究極のコンゲームである。 コンゲーム、ノワール・サスペンスのファンには絶対のオススメだ。 |
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2021年のNYT紙「注目の一冊」に選出された長編ミステリー。落ち目の作家が他人のプロットを使ってベストセラーを書き、再び栄光を得たのだが、「おまえは盗人だ」という脅迫が届き追い詰められていく心理サスペンスである。
デビュー作が評論家から高く評価されたジェイコブだったが2作目以降は鳴かず飛ばずですっかり落ちぶれ、地方大学の短期創作講座の臨時講師などで食いつないでいた。箸にも棒にもかからない受講生たちにうんざりする日々の中でも態度が傲慢なエヴァンは最悪だった。だが、ある日、個人面談でエヴァンが語ったプロットは最高で、素晴らしい小説になると予感した。それから3年、ふとしたことからエヴァンが死んだことを知り、しかもエヴァンが語ったプロットが作品になっていないことを確信したジェイコブは、そのプロットを小説に仕上げることにした。作品「クリブ」は大ヒットし、ジェイコブは再び脚光を浴びたのだが、一通のメールから地獄の日々に引き摺り込まれることになった…。 死んだエヴァンの頭の中にしかなかったはずのプロットの存在を知っていたのは、誰か? 脅迫者の目的は何か? 犯人探しがメインで、サブとして物語の骨格を借りることと盗用との違い、同業者に対する妬みやライバル意識など、職業作家の頭の中がリアルに描かれている。犯人探しミステリーとしては、それほど捻りがある作品ではないが、起承転結のメリハリが効いていて読みやすい。 大人の緑陰図書として、ミステリーファンならどなたにもオススメできる良作である。 |
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2017年から21年にかけて小説誌に連載した作品を加筆した長編小説。善良で温厚で真っ当な父親たちが殺人犯と被害者になったのはなぜか? 被害者・加害者の子供、警察が、謎だらけの犯行動機を解明していくヒューマン・ミステリーである。
刑事弁護士として評価が高かった白石弁護士が刺殺死体で発見された。家族や職場でも思い当たる動機が見つからなかったのだが、警察が身辺捜査を進めると事件前に白石氏が土地勘がない、仕事でも縁がなさそうな隅田川テラスや門前仲町などで不可解な行動をとっていたことが判明した。行動履歴を丹念に追いかけた警察は白石の事務所に一度だけ電話してきた、愛知県に住む倉木という男に注目し、捜査員を派遣した。そこで捜査員が門前仲町にある富岡八幡宮のお札を見つけたのだが、倉木は誰かにもらったというだけで言葉を濁すばかりだった。倉木と白石は繋がりがあると睨んだ警察が倉木の身辺を調べると、倉木は門前仲町にある居酒屋に常連として通っていたことが分かった。愛知で隠居生活している倉木が、なぜ門前仲町の居酒屋に通うのか? その理由は、30年前に愛知県で起きた殺人事件に起因するものだと判明し、倉木を問い詰めると犯行を自供した。事件は解決し警察は祝杯をあげ、あとは裁判を待つばかりになったのだが、倉木が自供した犯行動機に納得できない倉木の息子・和真は、なんとか真相を知ろうと独自に調査を進めていた。また、被害者の娘・美令も倉木の自供に納得できず、警察や弁護士相手に孤独な挑戦を続けていた。やがてある時、事件現場で和真と美令が遭遇し…。 至極真っ当な人物だと信じていた父親たちが、なぜ犯人や被害者になったのか? 家族として謂れのない誹謗中傷に晒されながらも真相だけを追求する二人の若者が中心だが、事件の解明プロセスは警察ミステリーの流れである。それはそれで面白いのだが、本作の読みどころは罪と罰、正義の目的なら犯罪も許されるのかという、永遠に解答の出ない哲学問答にある。問題が難問だけに、クライマックス、犯人像には賛否いろいろあるだろうが、そこまで一気に読者を引っ張っていく力を持った傑作であることは間違いない。 東野圭吾ファンのみならず、幅広いジャンルのミステリー愛好家にオススメする。 |
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54歳でデビューした遅咲き作家の長編第1作。60年代のアメリカ中西部を舞台に、環境に翻弄される青年と暴力と狂信に支配された人々の出口のない日々を容赦なく描いたノワールである。
狂信的な父親に支配されて少年期を過ごしたアーヴィンの成長を中心に、彼を取り巻く碌でもない人々の奇行、蛮行を積み重ね、60年代アメリカのどうしようもなさ、今に続いている暴力と狂信の底流が暴かれる。人間はどこまで愚かで、悪魔的になれるのかを否応なく突きつけられる。決して読後感の良い作品ではないが、長くインパクトを残す作品である。 好悪がはっきり分かれる作品で、ノワール愛好家にしかオススメできない。 |
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ピーター・スワンソンの長編第5作。躁うつ病で問題を起こした過去がある女性が隣人を連続殺人犯と見破り、犯行を証明しようとする心理サスペンスである。
版画家のヘンは引っ越し先で隣家の夫婦から親交を深めるディナーに招待されて家の中を見せてもらった時、隣家の夫・マシューの書斎で目にしたものに衝撃を受ける。そのフェンシングのトロフィーは2年半前に起きて未解決になっている殺人の被害者・ダスティンの部屋から犯人が持ち去ったものに見えた。マシューは殺人犯ではないかと疑ったヘンは、その証拠を求めてマシューを調べようとする。一方のマシューはヘンが疑い始めたことに気づき、トロフィーを隠してしまう。ヘンは警察や夫のロイドにマシューの犯行を告げるのだが、確たる証拠がなく、推測だけでは説得できなかった。さらに、ヘンには学生時代に躁鬱病で同級生を殺人犯と決め付けて襲撃した過去があったため周囲に信頼されておらず、ヘンがマシューを追い詰めようとすればするほど、ヘン自身が追い詰められるのだった…。 物語はヘンの視点とマシューの視点で交互に進められ、複雑な背景や動機、もつれ合う人間関係が徐々に明らかになるのだが、登場人物が全員、信頼できない部分を持っているため、物語が進むほど謎が深まってくる。最後に謎が解き明かされるのだが、その仕掛けには正直言ってちょっとがっかり。物語を捻りすぎて収拾がつかなくなったような物足りなさがあった。 「そしてミランダを殺す」ほどの完成度ではないが、読んで損はない心理サスペンスとしてオススメする。 |
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意図することなく拳銃を手に入れることになったとき、人はどう変わっていくのだろうかという、実験的5作品を収めた短編集。
家出少女に一万円をあげたお礼に貰った紙袋から拳銃が出てきた平凡な主婦の第一話から始まって、その拳銃の履歴を遡っていくという構成、さらに各話の主人公が主婦、家出少女、新入社員、退職警官、婚約中の若い娘とバラバラであるところも意欲的である。短編だけに起承転結がはっきりしていて読みやすい。 旅のお供というか、気軽な読み物としてオススメする。 |
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イギリスに暮らすムスリムの生きづらさをエンターテイメントにした「ジェイ・カシーム」シリーズの第2作。前作「ロスト・アイデンティティ」でショッキングな最後を迎えていたジェイが、再び絶望的な戦いを繰り広げるアクション・サスペンスである。
MI5にいいように使われて民族的、政治的なストレスに押しつぶされたジェイはぐうたら公務員として働きながら、穏健なイスラムの仲間たちの集会に参加し、彼らが過激思想に走るのを防ごうと勤めていた。だが、年少メンバーのナイームがガールフレンドのライラとバスに乗っていた時、白人差別主義者と遭遇し、辱めを受けたライラが自殺する事件が起きた。絶望したナイームは復讐を誓い、集会仲間のアイラと共に行動に出ようとする。ナイームの心情は理解するものの「テロリスト」と呼ばれることを阻止したいジェイは、ナイームの行動を思いとどまらせようと奮闘する。一方、ジェイがMI5に協力したことを知ったイスラム系テロ組織はジェイの抹殺を、ロンドンに潜伏しているスリーパーのイムランに指示した。イギリス生活に慣れ、一児の母である白人のシングルマザーとの結婚を夢見るイムランだったが、組織の命令は絶対であり、新しい家族を守るためにも指示を実行しようと決意する…。 前作同様、イギリスで暮らすムスリムの苦悩がベースにしながら民族間対立の解消という出口のない難問を、ユーモアを交えた軽快なアクション・エンターテイメントに仕上げている。さらに、親子や家族、恋人など濃密な人間関係のドラマも効果的に挿入されており、殺伐としたサスペンスとは一線を画した人間味が印象的である。 前作を受けたストーリーなので、ぜひ「ロスト・アイデンティティ」から読み進めることをオススメする。 |
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「その手を離すのは、私」でデビューしたイギリス女性作家の第2作。娘の命と引き換えにハイジャックに協力することを強制されたCAの苦悩と恐怖、決断を描いたタイムリミット・サスペンスである。
歴史的なロンドン・シドニー直行便の初フライトにCAのミアが搭乗したのは、夫・アダムから離れていたいからだった。養女のソフィアを中心に幸せな家族だと思っていたのだが、アダムの浮気疑惑をきっかけに夫婦仲がギクシャクしたため冷却期間を置きたいとの思いでミアが志願し、ソフィアは別居中のアダムが預かることになっていた。353人の乗客とともに順調にフライトしていた機内だったが、ミアの手元に「以下の指示に従えば、娘の命は助かる」とのメッセージが届き、ハイジャックに協力せよと脅迫された…。 ハイジャックものではよくあるパターンの話だが、物語の構成が巧みで読み応えがある。航空機内での攻防、アダムとソフィアが閉じ込められた地下室という対照的な場所でのサスペンス、ミアとアダムの夫婦それぞれが抱える秘密、娘・ソフィアの聡明さなど、各構成要素がしっかりしていて、物語の展開から目を離せない。愛する者の命か飛行機の安全かという決断不可能な選択は、結局、誰が書いても想定内の結末に終わらざるを得ないのだと納得した。それでも、最後の最後にクレア・マッキントッシュの毒が見られたのは収穫だった。 ハイジャック、タイムリミット・サスペンスのファンにオススメする。 |
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パキスタン系英国人作家のデビュー作。MWA賞やCWA賞にノミネートされるなど、英語圏では高く評価された社会性・時代性を色濃く反映したエンターテイメント・サスペンスである。
ロンドンのムスリム・コミュニティーで育ったジェイは酒も肉食もギャンブルもやり、小遣い稼ぎにドラッグの売人もやるという、ヤンチャな若者だった。それでもムスリムのアイデンティティはあり、自分が通うモスクが差別主義者に荒らされると、報復として白人たちを襲撃したのだが、その襲撃のどさくさに紛れ、ドラッグと売上金を積んだ愛車を盗まれ、さらに、ドラッグ密売容疑で逮捕された。窮地に陥ったジェイの前に現れたのがMI5の局員で、MI5のエージェントになりイスラム過激組織の動向を探れば、司法取引で無罪にしてやるという。他の選択肢がないジェイは申し出を受け、ムスリム・コミュニティーに潜むテロ組織に接近していく…。 イギリスの移民社会の閉塞感、ムスリムに対する偏見、ホームグローン・テロ対策の難しさなど、極めて現代的で重いバックグラウンドを持つ作品だが、主人公のキャラをはじめ、周囲の人物やエピソードが明るく、軽やかで、物語全体のテイストはユーモラスである。ポリティカル・サスペンスというより、アクション・コメディかつチャラい若者の成長物語である。 イギリス社会の現状を描いたエンターテイメント作品として、幅広いジャンルの読者にオススメしたい。 |
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老いぼれ犬こと高樹良文刑事が主役の「老犬シリーズ」の第1作。13歳の高樹良文少年が暴力と悪意に支配された焼け跡・闇市を生き抜いていく、ノワール成長物語である。
浮浪児狩りを避けながら二人だけで生きていこうとする13歳の良文と幸太は、良文の知恵と幸太の腕力を頼りに闇市でタバコやウィスキーを売って日銭を稼ぎ、焼け跡を不法占拠した「城」で暮らしていた。関係するヤクザに脅され、騙されながらも、他の浮浪児を集めて買出しに手を広げ、仲間や手持ちの物資、金を増やしていった。しかし、大人たちの圧倒的な暴力や悪知恵、仲間の裏切りに遭い心をズタズタにされる。それでも自分の生き方を貫こうとする良文は命をかけた状況に向かって行く…。 シリーズ読者には、主人公の少年時代を知る作品として必読。シリーズ未読でも、戦後の混乱期を生きた少年たちの冒険・成長物語として楽しめる傑作としてオススメする。 |
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「ザ・プロフェッサー」に始まった「トム・マクマトリー」四部作を受け継ぐ新シリーズの第1作。トムの教え子で親友の黒人弁護士・ボー・ヘインズが主役を務める、熱血リーガル・サスペンスである。
師であるトムばかりか愛妻のジャズまで亡くし、さらに二人の子供の親権まで奪われたボーがトムから受け継いだ老犬を相手に酒浸りの生活を送っている農場を、かつてボーを殺人で起訴した(第二作「黒と白のはざま」)無敵の検事長・ヘレンが訪ねてきた。女子高生レイプ事件で街の有力者・マイケル・ザニックを起訴しようとしていたヘレンは、元夫が殺害された事件の第一容疑者として逮捕されそうになっていた。圧倒的に不利な証拠が並べられ、絶体絶命の危機にあるヘレンは「最も信頼できる弁護士」が必要で、ボーに力を貸せと言う。失意のどん底にあったボーだが、立ち直って子供たちの親権を取り戻すためにも、ヘレンを助けようと決意した。しかし、保守的な街の有力者たちの嘘や思惑、策謀に惑わされ、裁判は不利な状況が深まるばかりだった…。 メインテーマは、「トム・マクマトリー」シリーズ第1作と同じく弁護士の正義をかけた再生物語で、それに南部の人種差別、中絶を巡る偏見が重なり、なかなか激しく感情を揺さぶる作品である。「トム・マクマトリー」シリーズの愛読者には絶対のオススメ。また、法律的な問題より情熱や人間が主題となる法廷もののファンも満足できるだろう。 前シリーズを受け継いだキャラクター、エピソードが多いので、できれば前シリーズを読んでから本作を読むことをオススメする。 |
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2018年に雑誌連載された長編ミステリー。莫大な遺産の相続を目前にした三人の相続人が、遺産を残してくれる父親の策謀に翻弄される、アイデアが秀逸なワイダニット、ハウダニット作品である。
「親父が死んでくれるまであと一時間半ーー」という冒頭の一文が不気味かつパワフルで、読者はいきなり謎の渦に引き込まれる。主人公が親父を殺すのか、誰かに殺害を依頼しているのか、一時間半という時間設定の意味はすぐに明らかにされるのだが、そこに「親父が生きている」という衝撃の情報がネット経由でもたらされる。死んでもらわなければ遺産を受け取れない三人は、父親が生きてはいない証拠を探すとともに、少しでも多くの取り分を確保しようと協力しあい、いがみ合い、不毛なコンゲームを繰り広げることになる…。 棚から牡丹餅、濡れ手で粟がいかに人間の醜さを露わにするかを嫌というほど見せつける家族ドラマ、ヒューマンドラマだが、仕掛けの上手さ、ストーリーテリングの巧みさで意外なほど読後感が悪くない。犯人探し、謎解きより、作者の技巧を楽しむエンターテイメント作品としておススメする。 |
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フランスの人気作家の1957年と59年の2作を収録した中編集の改訳版(1979年)。
表題作「殺人交差点」は解決したはずの10年前の殺人事件が蘇り、関係者を振り回すフーダニット。もう一作「連鎖反応」は平凡な会社員が抱いた邪な願望が、思いもよらぬ形で事件を巻き起こしていくハウダニット。どちらもオチの意外さと皮肉さで楽しませる、一級品のブラックユーモア・ミステリーである。 いかんせん50年代の作品とあって、現代の読者からすれば意外性に乏しいと思われるだろうが、じっくり読めば味わい深い作品で、読んで損はないとおススメする。 |
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2022年のエドガー賞最優秀新人賞に輝いた作品。1985年11月、冬を迎えるネブラスカ州の田舎町で起きた女子高校生失踪事件が巻き起こした町の人々の動揺、疑心暗鬼、摩擦や衝突、許しや受容をシビアに描いたヒューマン・サスペンスである。
美人で成績優秀なチアリーダーとして人気の女子高生・ペギーが失踪した。田舎町から出たいと常々語っていたペギーは家出したのか、あるいは事件に巻き込まれたのか? 憶測と噂が駆け巡る町では、ペギーに片想いしていた知的障害の青年・ハルに疑惑の目が集まって来た。頼りにならない実母に代わってハルの保護者となっていた農場主のクライルとアルマ夫妻は、必要な自己弁護ができないハルの代弁者として無実を証明しようと奮闘する。一方、ペギーの弟・マイロも大好きな姉を見つけるために、町の人々の言動に細心の注意を払い、不可解な姉の行動の記憶を思い出していた。お互いが全てを知り尽くしているような濃密な人間関係が支配する田舎町で起きた事件は、人々が隠してきた秘密を明らかにし、否応なく新たな日々へ人々を導くのだった。 女子高生が失踪し、周りの偏見から被差別状態に置かれていた青年が犯人視されるという、珍しくないパターンの作品だが、登場人物の関係性、個性、それぞれの悩みや秘密、葛藤がリアリティ豊かに描かれており、最後まで目が話せないサスペンスフルなヒューマン・ドラマを楽しめる。読者はきっとクライル、アルマ、ハルの誰かに感情移入し、ハラハラドキドキしながら結末を迎えることだろう。 謎解きより人間ドラマに惹かれる人にオススメする。 |
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北欧を代表する作家・マンケルの最後の作品で、CWAインターナショナルダガー受賞作。70歳の孤独な男が過去に囚われながら現在に苛立ち、やがて来る死を受容するヒューマンドラマである。
医師を引退し、祖父母から受け継いだ小島に一人で暮らしていたフレドリックの古い家が全焼した。住む家も思い出の品々も全てを失ったフレドリックは、同じ島に娘のルイースが置いて行ったトレーラーハウスで不自由な生活を余儀なくされる。さらに、火事の原因は放火と断定され、フレドリックが保険金目当てに自作自演したのではないかと疑われた。唯一の身内であるルイースが島を訪れ、しばらく一緒に生活していたのだが、ある日突然、姿を消してしまった。暮らしを再建するために細々とした用事をするとともに放火犯を見つけようとしたフレドリックだが、何も判明しないうちに、ルイースから「フランス警察に逮捕された、助けてくれ」というSOSを受け取り、急遽、パリへ赴いた。 70歳の孤独な男が暮らしを再建する中で家族との関係、親子の関係を回顧し、悩み、後悔し、さらにかつて何度も訪れたパリでも過去に囚われながら、娘との新しい関係性を作り出そうとするのがメイン・ストーリー。それに放火犯探し、さらには30歳ほども年下の新聞記者・リーサへの恋情が絡んで来る。ミステリー要素は重視されておらず(放火犯は、途中で予測がつく)、70歳を過ぎて左足用の長靴2個だけで人生を歩むような男の不安感、焦燥感、諦観を丁寧に描写した老境小説と言える。前作「イタリアン・シューズ」を受けた作品だが、独立した作品であり、前作を読んでいなくても問題ない。 ミステリーというより、老いの受容の物語として、ある程度の年齢以上の方には共感を呼ぶ作品である。 |
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