■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数608

全608件 321~340 17/31ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.288: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

題材の目の付け所が新鮮

1991年、第37回江戸川乱歩賞受賞作。厚生省の食品検査Gメンという特殊な人物を主人公にした、社会派ハードボイルドである。
東京検疫所で輸入食品の検疫を担当するGメンの羽川は、学生時代からの友人で週刊誌記者の竹脇が晴海ふ頭から港に車で飛び込み、病院に運ばれたという電話を竹脇の妻・枝里子から受け、急遽、駆けつけた。病院では警察から尋問を受け、自殺ではないかと示唆された。実は、枝里子は羽川の昔の恋人で、最近、よりを戻し、それが原因で竹脇が家を出ていたのだった。竹脇が自殺した原因は自分にあるのか? やり切れない思いを抱えて出勤した羽川は、事務所で「レストラン・チェーンの冷凍倉庫の肉に毒物を混入した」という脅迫状を発見する。脅迫の事実解明をまかされた羽川が調査を始めると、事件の裏には輸入食品の汚染を巡る計り知れない闇があるように感じられた。竹脇が記者として一躍有名になったのは、汚染輸入食品を告発した記事からだった。ひょっとして竹脇は、闇を解明しようとして殺されかけたのではないのか? 警察も自殺説をとる中、羽川は食品検査Gメンの限られた権限を駆使して真相に迫るのだった・・・。
ハードボイルドの主人公がおおよそヒーローとは縁遠い、冴えない(陽の当たらない)小役人という設定が秀逸。派手なアクションは無いが、経験に基づく説得力がある推理で真相を解明するプロセスが真に迫っている。ハードボイルドに欠かせない自虐的なユーモアも、消化不良ながら随所に挿入されていて楽しめる。拳銃やカーチェイスが現実的ではない日本のハードボイルドとしては、スリルやサスペンスもよく盛り込まれている方だ。
ハードボイルドファン、社会派ミステリーファンにオススメだ。
連鎖 新装版 (講談社文庫)
真保裕一連鎖 についてのレビュー
No.287:
(7pt)

古いアルバムを捲るような(非ミステリー)

雑誌に掲載された5作品を集めた連作短編集。カメラマンとして一応の成功を収めた男が辿ってきた歴史を、5つの時代ごとのエピソードで繋いだ風俗エンターテイメント作品である。
あるカメラマンの50歳、42歳、37歳、31歳、22歳の「あの日々」を個人史と時代背景を絡めて独立した5つの話に仕上げているのだが、第5章から始まって第1章で終わるという独特の(奇をてらった)構成にしたため、ともすれば回顧談、人間成長物語になりがちなストーリーが、波乱のあるダイナミックな展開になった。絶対に巻き戻せない歴史というフィルムに写された「あのときの自分」のアルバムを見るような懐かしさとほろ苦さが味わい深い。
ミステリーを期待すると裏切られるが、社会風俗エンターテイメント作品としては十分に楽しめる作品である。
ストロボ (新潮文庫)
真保裕一ストロボ についてのレビュー
No.286:
(7pt)

純粋な悪人

韓国のエンタメ小説をリードする女性作家の長編第5作。発売早々にベストセラーを記録したサイコ・ミステリーの話題作である。
ある朝、血腥い臭いで目覚めた25歳の法学部学生ユジンは、自分が血まみれで階段の下では母親が首を切られて死んでいるのを発見する。癲癇の持病があり、発作が起きると記憶が無くなるユジンには昨夜の記憶が全く無く、自分の名前を呼ぶ母の声だけをかすかに覚えている気がしていた。誰もいない、誰も侵入した形跡がない家の中のできごと。母を殺したのは自分なのか?
主人公ユジンが記憶をたどり、自分と母親・兄弟との関係を見つめ直すことで真相を探り出していく、心理サスペンスである。ただ、主人公がサイコパスの中でも最悪(最強)の「純粋な悪人」であり、しかもほぼ全編が主人公視点で語られるところが異色である。物語の始まりから第一部が終わるまでの約100ページは、現在と過去が入り交じり、妄想と現実が交差して非常に読みづらい。ほとんど投げ出したくなるのだが、そこを過ぎた第二部からはストーリー展開も明快でサイコパスの心理描写に引きつけられる。
「悪を追求し続ける作家」と呼ばれるだけに、この作品世界に入り込める人は少ないかもしれないが、サイコ・ミステリーファンなら楽しめるだろう。
種の起源 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
チョン・ユジョン種の起源 についてのレビュー
No.285:
(7pt)

これだけ人が殺される日本の小説は珍しい

2016年に刊行された長編パニック小説。動物愛護のためなら殺人も辞さない団体が、品種改良から生まれた化け物のような犬たちをけしかけて、ペット販売イベントに集まった人々を殺戮するという、社会派エンターテイメントである。
種の違いも肌色や性別の違いと同じであり、種の違いを根拠に動物と人間を区別するのは差別である。そう主張する団体「DOG」が世界にアピールするために選んだのは東京湾埋め立て地で開かれたECOイベントで、品種改良したペット販売でぼろ儲けしている企業から無償の譲渡会を開催しようと言う慈善団体までが参加し、イベントを盛り上げるために駆り出された中学生たち、ペットを買いたい家族連れ、イベントを政治利用したい政治家など、さまざまな人々が集まった。その会場の建物を封鎖した「DOG」は超巨大化した犬の群れを放ち、無差別な殺戮を行い、その模様を映像に収めて世界に配信しようとするのだった。
話の本筋は、品種改良によって生み出された怪獣が人間の倫理をあざ笑うという、パニックものの王道的作品である。物語の始まりから最後まで、とにかく人が犬に殺される。日本の小説で、これほどの人数が殺される作品は珍しいだろう。しかも、主要登場人物や「いい人」も容赦なく被害に遭う。まさに「突き抜けた」恐怖小説である。
人が犬に殺されるなんて耐えられないという方には絶対にオススメできないが、一般的なホラーやパニックものが好きというかたにはオススメしたい。

ブラック・ドッグ (講談社文庫)
葉真中顕ブラック・ドッグ についてのレビュー
No.284:
(7pt)

パリの特捜部Q、やや散漫

フランスの女性作家のデビュー作。フランスの特捜部Qと評され、すでにシリーズ化されているコミカルな警察小説の第1作である。
同世代の星と称されてきた女性警視正アンヌ・カペスタンは、容疑者を至近距離から射殺したことによる停職から復帰したのだが、与えられた仕事は新たに結成された特別捜査班の指揮だった。しかし、特別捜査班とは名ばかりで、オフィスは警察からは遠く離れた雑居ビルの一室、集められたメンバーはパリ警視庁の各部署からはじき出されたお荷物警官ばかり。さらに、仕事は未解決事件のファイルの山から探し出せという。つまり、警察上層部からは何も期待されず、何もしなくてもとがめられないというチームだった。それでも使命感に燃えるカペスタンたちは、20年前と8年前に起きた迷宮入り殺人事件を見つけ出し、捜査をスタートしたのだった。
まあ、骨格がまるっきり「特捜部Q」なので、あとはどれだけキャラクターが立つか、エピソードがユニークか、会話が面白いかの勝負なのだが、どれも一定レベルに達してはいるものの突出したものがない。凄惨な描写や異常な犯罪者などが出てこず、警官たちもみんな生き生きとしていて読後感がいいことは確かで、安心して読めるユーモラスなエンターテイメント作品である。
軽めの警察小説、クスッと笑えるミステリーを読みたい方にはオススメだ。
パリ警視庁迷宮捜査班 (ハヤカワ・ミステリ)
ソフィー・エナフパリ警視庁迷宮捜査班 についてのレビュー
No.283:
(7pt)

罪を償うことの難しさ

週刊誌の連載に加筆修正した長編小説。少年犯罪をテーマに、加害者と被害者の関係性、罪と罰、更生するとはどういうことかを追求したサスペンス作品である。
19歳のとき、自分の恋人につきまとうチンピラを追い払おうとして喧嘩になり、護身用に持っていたナイフで刺殺してしまった中道隆太。5〜7年の不定期刑を受けて少年刑務所に服役し、6年が過ぎた26歳で仮釈放された。刑期満了までの11ヶ月間は保護観察下に置かれることになり、保護司の大室、解体工事業者の黛などにサポートされながら、解体現場での仕事とアパートでのひとり暮らしを始めることになった。何とか自力で立ち直ろうとしていた隆太だったが、一週間もしないうちに昔の遊び仲間が現われ、さらには隆太の写真と罪状を記載したビラがアパートの周囲や、離れて暮らす母と妹の住まいの周辺にまでバラまかれた。誰が、なぜ、隆太の更生を邪魔しようとするのか? 事態の深層を探るために動き出した隆太は、周囲の善意と悪意に遭遇するたびに悩みながら、怒りながら、自分の罪と罰について考え続けざるを得ないのだった。
罪を犯した者は服役という罰を受けても許されないのか? 少年が更生するとは、どういうことなのか。加害者が「被害者にも落ち度があった」と思うのは卑怯なのか・・・。永遠に答えが見つからない問題を自問自答する若者の苦悩がメインの物語。従って、同じような内面描写が何度も何度も出て来るため、文庫で500ページの長さがやや冗長に感じられる。しかし、物語の構成、エピソードの面白さ、ストーリー展開のテンポはレベルが高く、サスペンスに満ちたエンターテイメント作品に仕上がっている。
ミステリーというより社会派サスペンス作品として読むことをオススメする。
繋がれた明日 (新潮文庫)
真保裕一繋がれた明日 についてのレビュー
No.282:
(7pt)

邦訳3作品の中では、これが一番面白いかな

極北の田舎町の警官を主人公にした「ダーク・アイスランド」シリーズの第2作。日本では第1作「雪盲」、第5作「極夜の警官」に続く3作目の邦訳作品である。
恋人・クリスティンと別れ、もんもんとした日々を送る極北の町の警官・アリ=ソウルは、近くの町の別荘建設現場で発生した男性殺害事件の捜査に駆り出された。被害者はよそから来た、謎の多い人物で、捜査が進むに連れ、表向きの建設業とは別の裏稼業を持っていた可能性が高まってきた。被害者はなぜ殺されたのか? 事件の動機が不明のままの捜査は迷路にはまり込み、行き詰まりになるかと思われたのだが、首都レイキャヴィークから来たテレビ記者の取材によって突破口が開かれた。
警官二年目のアリ=ソウルは失恋、上司のトーマスは妻との別居、同僚のフリーヌルは過去からの告発への脅えと、三者三様に問題を抱えたシグルフィヨルズル警察署は半ば機能不全状態で、とても警察小説とは思えない体たらくなのだが、顔に傷を持つ女性ジャーナリスト・イースルンの執念の取材によって社会派サスペンスとして成立した作品である。
これまで邦訳された作品の中では、本作が一番面白い。なお、シリーズ物の常として前作までの人間関係を引き継いだエピソードも多いので、本作の前に「雪盲」から読むことをオススメする。
白夜の警官 (小学館文庫)
ラグナル・ヨナソン白夜の警官 についてのレビュー
No.281:
(7pt)

愛妻家・ダイヤモンドに女性ストーカーが・・・

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第9作かつ最後の(?)作品。おなじみの古都・バースを舞台に、自殺偽装された連続殺人事件を追う警察ミステリーである。
公園のブランコに女性の首吊り死体がぶら下がっているのが発見された。自殺で片付けられようとしたのだが、首を吊る前に絞殺されたことが分かり、被害女性の身辺を捜査すると、元夫、仕事先のレストランの同僚、客のセールスマンなど、怪しい人物は多いのだが決定的な証拠が見つからず、捜査は難航していた。そんななか、今度は行方が分からなくなっていた被害者女性の元夫が、首吊り状態で鉄橋からぶら下がっているのが発見された。
殺人事件捜査では文句なしに張り切るダイヤモンドだが、今回ばかりは捜査に集中しきれていなかった。というのも、彼のもとに「秘密の崇拝者」と名乗る女性から手紙が届き、さらには手作りのケーキまで届けられた。男としてのプライドをくすぐられるダイヤモンドだったが、その反面、正体の分からない人物に不安も抱くのだった・・・。
連続殺人、それも人目の多い場所に首吊り状態でさらすという派手な事件で、丁寧な捜査によって真相を明らかにする警察小説としての本筋はしっかり押さえられているものの、サスペンスがイマイチ。シリーズの最終作(多分)としては、やや物足りない。
シリーズ読者には必読。それ以外の方には、本作だけではダイアモンドの魅力が十分に伝わらないので、シリーズの最初の方から読むことをオススメする。
処刑人の秘めごと (ハヤカワ・ノヴェルズ)
ピーター・ラヴゼイ処刑人の秘めごと についてのレビュー
No.280:
(7pt)

上手い、けど驚きが無い

2009年の「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した、柚月裕子のデビュー作。医療をテーマにしたものかと思わせるタイトルだが、障碍者問題をテーマにした社会派ミステリーである。
新人臨床心理士・佐久間美帆が担当したのは「話している言葉が、どういう感情から発せられているのが色で分かる」という共感覚を持つ20歳の藤木司だった。藤木は、同じ福祉施設で暮らしていた少女・彩が死んだのは「殺されたからだ」と訴えて来る。なかなか信じることができなかった美帆だが、藤木の治療のためにも事実を解明しなければと考え、藤木と彩が暮らしていた福祉施設を調べ始めると、何かが隠されようとしている、不審なことに気が付き始めた。学生時代の友人で警察官の栗原の協力を得て美帆がたどり着いた真相は、思いも掛けないおぞましいものだった・・・。
物語の構成、人物キャラクターの設定、各シーンの描写、すべてにレベルが高い。とてもデビュー作とは思えない上手さである。ただ、それだけに意表をつくような展開が皆無で、盛り上がりやサスペンスに欠けるのが残念。
絶賛するほどではないが、多くの社会派ミステリーファンに安心してオススメできる傑作エンターテイメント作品である。
臨床真理 (角川文庫)
柚月裕子臨床真理 についてのレビュー
No.279: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

検事の理想像を描いた、シリーズ前日譚

ヤメ検弁護士・佐方貞人シリーズの第3作。佐方が弁護士になる前の検事時代のエピソードを描いた4作品を収めた作品集である。
「心を掬う」は郵便局員の不正事件捜査、「業をおろす」は第二作の中の一編の後日談、「死命を賭ける」と「死命を決する」は痴漢事件をテーマに検事の正義感を描いた連作である。各作品それぞれに色合いは異なっているものの、通底するテーマは検事の使命とは何かという一本気で硬質な覚悟である。犯罪の動機、背景の描き方などにゆるさはあるが、物語の構成はうまい。
主人公のキャラクターを知るためにも第1作から読んだ方が良いのだが、本作だけでも楽しめる。社会派というより、人情派ミステリーのファンにオススメしたい。
検事の死命 (角川文庫)
柚月裕子検事の死命 についてのレビュー
No.278: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

横山秀夫のイメージが変わる

2004〜6年の雑誌連載を全面改稿したという長編作品。表3の著者紹介に「作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー」とあるように、これまでの横山秀夫のイメージとは異なるエンターテイメント作品である。
「あなた自身が住みたい家を建ててください」という依頼を受け、一級建築士・青瀬稔は自信作を完成させた。ところが、引き渡し後4ヶ月が過ぎたというのに、新居には依頼主の吉野一家が住んでいないという。不審に思った青瀬が新しい家に電話してみると留守電になっていた。その後も連絡が取れないため気になった青瀬が新居を訪ねると、家の中は無人で、引っ越してきた様子さえ窺えなかった。あれほど新居の完成を喜んでいた吉野一家は、一体どうしたのか? 青瀬は素人探偵になって吉野一家の行方を探し始めたのだが、探れば探るほど吉野一家の存在はあやふやになって来るのだった・・・。
行方不明者探しを本筋に、建築家の夢と現実をサブストーリーに物語が展開される。キーポイントとなっているのがブルーノ・タウトのデザインによる椅子で、物語の前半過ぎまでブルーノ・タウトを巡るあれこれが続き、これまでの横山秀夫の世界とは大きくテイストが異なっているため、ちょっと冗長に感じられる。ミステリーとしては謎解きはまずまずだが、肝心の動機、背景がやや弱く、横山秀夫の警察小説ファンにはやや物足りないだろう。芸術と技術の狭間で揺れるクリエイターの物語として読むことをオススメする。
ノースライト
横山秀夫ノースライト についてのレビュー
No.277: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

乾いた情感のサラリーマン小説(非ミステリー)

2005年の山本周五郎賞受賞作。リストラ請負会社の若い社員を主人公にした、5本の連作短編集である。
サラリーマンの人生の分岐点・リストラ(首切り)を仕事とする割には、情に厚く、だが決してウエットではない主人公が、リストラ対象となる人々と繰り広げる人生ドラマ。大時代ではなく、ベトベトしていないところが読みやすさにつながっている。
池井戸潤系のサラリーマンしょうせつのファンには安心してオススメできる。
君たちに明日はない (新潮文庫)
垣根涼介君たちに明日はない についてのレビュー
No.276:
(7pt)

念動力(テレキネシス)を信じる人には面白いだろうけど

「退職刑事ビル・ホッジス」シリーズ三部作の完結編。私立探偵対サイコキラーの命を賭けた戦いにオカルトテイストを加えた、サスペンス作品である。
ホッジスの相棒ホリーによって頭蓋骨を砕かれ、体は動かず、周囲との意思疎通もできない植物状態で入院中のメルセデス・キラーことブレイディだったが、その周辺では様々な奇怪な出来事が起こっていた。ブレイディの詐病を疑うホッジスは、メルセデス事件の被害者が無理心中させられた事件現場で奇妙なものを発見し、単なる心中事件ではないのではないかと疑問を持った。病院に閉じ込められているブレイディが関与できる訳は無いと思いつつも、ホッジスとホリーが自分たちの直感を信じて調査を進めていると、二人の身近な人々に危険が迫ってきた。人智を超えたブレイディの悪意は、メルセデス事件で阻止された企みの実現をめざすとともに、ついにホッジスとホリーの命を狙って解き放されたのだった・・・。
サイコサスペンスは悪のスケールが大きいほど面白いというセオリー通り、ホッジスとブレイディの死闘は非常に読み応えがある。ただ、悪を発動させる手段が念動力(テレキネシス)というところで、ミステリーというよりオカルトに流れてしまうのが残念。念動力にすんなりなじめる読者には何の問題も無いのだろうけど。
三部作の完結編で、当然ながら前作までの流れを受けた描写が多いので、本作だけ単独で読むと満足度が半減してしまう。最低でも「ミスター・メルセデス」を読んでから手に取るよう、強くオススメしたい。
任務の終わり 上 (文春文庫 キ 2-63)
スティーヴン・キング任務の終わり についてのレビュー
No.275:
(7pt)

犯行動機と犯人像が、やや弱い

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第5作。風光明媚なバースを舞台に、頑迷ながらどこか憎めないダイヤモンド警視の魅力が満開の警察ミステリーである。
記憶喪失のまま病院で目覚め、社会福祉施設に助けられた若い女性ローズ(仮の名前)は、同部屋になったホームレスの女・エイダに協力してもらい自分の過去を探し始めたのだが、怪しい人物たちにさらわれそうになる。そのころ、事件が無くて手持ち無沙汰のダイヤモンド警視は、農夫のショットガンによる自殺と若い女性のアパートからの転落死という、管轄外の自殺事件の担当を命じられた。気乗りしないまま捜査を始めたダイヤモンドだったが、どちらの事件でも自殺を疑わせる事実に気が付き、殺人事件ではないかと考えて本格的に捜査を進めると、3つの出来事がつながっているのを発見した。
ダイヤモンドの推理によって3つの事件が最後には一本の糸で結ばれていく、警察小説ではよくあるパターンの物語である。が、それぞれの事件が独立して物語性を持っているのでストーリーが生き生きしているし、シリーズ物ならではの人物像の描き方も冴えており、読んでいてワクワクさせる力がある。しかしながら、最後に明かされる犯行動機、犯人の人物像が、それまでの物語に比べて薄っぺらな印象が免れないのが残念。
シリーズ読者には安心してオススメでき、シリーズ未読の人でも十分に楽しめるレベルの作品である。
暗い迷宮 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・ラヴゼイ暗い迷宮 についてのレビュー
No.274:
(7pt)

癒し系探偵の現代人情話

2014年から16年にかけて雑誌掲載された杉村三郎シリーズの中短編4作を収めた作品集。犯人探しや謎解きが含まれているものの、スリルやサスペンスとは無縁の人情ミステリーである。
それぞれの作品ごとにミステリーとしての仕掛けは施されているのだが、ストーリーの重点は登場人物たちの情と主人公・杉村三郎の人間くささに置かれており、ミステリーを読んでいるという緊張感が無い。ただ、さすがに宮部みゆきというべきで、どの作品も話の面白さに引き込まれていく。
シリーズ作品ではあるが、杉村三郎の背景なども適宜説明されているので、前作を読んでいなくても本書だけで十分に楽しめる。
希望荘 (文春文庫)
宮部みゆき希望荘 についてのレビュー
No.273: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

気弱な始末屋の切ない逃避と再スタート

「刑事ハリー・ホーレ」シリーズで世界的な人気を持つジョー・ネスボのシリーズ外作品。「その雪と血を」に続く作品で、同じようなテイストの叙情的ノワール小説である。
北方少数民族サーミ族が住むノルウェー最北の田舎に、ウルフと名乗る男がやってきた。ウルフはオスロから逃げてきた犯罪組織の始末屋で、親分である麻薬業者から命を狙われている身だった。素性を隠したまま地元の狩猟小屋に住みつき、サーミ族の教会の堂守りであるレアとクヌートの母子と交わるようになったのだが、犯罪組織が差し向けた殺し屋の手は徐々に迫って来るのだった。極北の白夜の地でウルフは、自らの命を守り、レアとクヌートを守るために決死の戦いを決意する・・・。
ウルフが親分から追われるようになった理由、孤独な犯罪者の割には稚拙なサバイバル技能などにより、単純なスーパーヒーローの物語ではなく、人生と愛の物語になっている。犯罪者の悩める心情を丁寧に描写して行くところは「その雪と血を」と同様で、今回は夏には太陽が沈まないという地の果ての風景と独特の文化を持つサーミ族の暮らしとが、物語の陰影を深めている。
「その雪と血を」と同じ登場人物が出て来るが物語としては独立しており、前作を読んでいなくても不都合は無い。ノワール小説ファンに限らず、人間ドラマが中心のミステリーがお好きな方にオススメしたい。
真夜中の太陽 (ハヤカワ・ミステリ)
ジョー・ネスボ真夜中の太陽 についてのレビュー
No.272:
(7pt)

濃厚過ぎるアクション・ノワール

2017年のカンヌ映画祭で高評価を得た同名映画の原作。文庫本110ページのすべてに緊迫感がある、中身の濃いノワール小説である。
元海兵隊員、FBI捜査官で、現在は売春を強要されている少女たちの救出を生業としているジョーのもとに、誘拐された13歳の上院議員の娘を助け出すという依頼があった。救出を妨害するものは躊躇無く金槌をふるって排除する凄腕のジョーは無事に少女を取り戻し、上院議員の待つホテルへ連れて行ったのだが、なぜかそこに上院議員はおらず、待ち構えていた悪徳警官たちに襲撃された。自らは傷を負わされ、助けた少女を再びさらわれてしまったジョーは、猛烈な反撃を開始した・・・。
あっという間に読みきれる中編小説だが、最初から最後まで、いかにも映画の原作らしい映像的で徹底的にハードボイルドな作品である。あらゆる周辺エピソードを削った、まさにノワールの極致のすごみがある。普通にエンターテイメント作品として楽しむには短か過ぎるし、息苦しさを覚えるだろうが、独特の味わいを持った作品である。
アンドリュー・ヴァクスのファンならオススメだ。
ビューティフル・デイ (ハヤカワ文庫NV)
No.271:
(7pt)

良くできた話ではあるが(非ミステリー)

ちょっと幻想的な7本のお話を集めた短編集。
それぞれに特徴的な仕掛けがある話ばかりで、どれも長編になればきちんとしたホラー、ファンタジー、サスペンス作品になるのだろうが、短編のため、そこまでの完成度は無い。表4の解説にある「ストーリーテリングの才に酔う」というのが、この本の楽しみ方である。宮部みゆきのミステリーを期待すると、肩透かしされた気分になるだろう。
地下街の雨 (集英社文庫)
宮部みゆき地下街の雨 についてのレビュー
No.270:
(7pt)

密室ミステリーへの郷愁

ピーター・ラヴゼイの代表作である「ダイヤモンド警視」シリーズの第4作。密室ミステリーの面白さをテーマにした、軽めの警察ミステリーである。
世界最古と言われる切手「ペニー・ブラック」が、バースの郵便博物館から盗まれた。数日後、ミステリー愛好者の集まり「猟犬クラブ」の会合で会員のマイロが読み上げようとしたディクスン・カー「三つの棺」の中に、「ペニー・ブラック」がはさまれていた。さらに、運河に浮かぶボートで暮らしているマイロが帰宅してみると、船内では猟犬クラブの会員であるシドの死体が横たわっていた。死体があった船室は施錠されており、1本しかない鍵はマイロが所持しており、しかもマイロには完璧なアリバイがあった。どうやって密室での犯行が可能だったのか? ダイヤモンド警視たちと猟犬クラブ会員たちは、知識と推理を総動員して密室トリックの解明に挑戦し、犯人との知恵比べに乗り出した・・・。
犯行の動機や背景は二次的で、もっぱらミステリーの歴史と密室トリックにまつわるあれこれを楽しむ物語である。今どきはそれほど人気があるとは言えない密室ものだが、ミステリーファンならだれもが通過儀礼として一度ははまる面白さを持っていることが再確認できた。さらに、バースという街の情景、登場人物たちの個性が見事に描かれており、シンプルな物語ながら読み応えがある。
シリーズ読者であるか否かを問わず、多くのミステリーファンにオススメできる傑作エンターテイメント作品である。
猟犬クラブ (Hayakawa Novels)
ピーター・ラヴゼイ猟犬クラブ についてのレビュー
No.269:
(7pt)

二転三転が面白いんだけど、現実感が無い

ドイツでは警察ミステリーのシリーズで人気が高い作家の日本初登場。凄腕の女性刑事弁護士が主役という、これまでにない設定のエンターテイメント・ミステリーである。
20人の職員を抱える弁護士事務所の代表で刑事事件が専門のラヘル・アイゼンベルクのもとを、ホームレスの少女が助けを求めて訪れた。ホームレス仲間の男が若い女性を殺害した容疑で逮捕されたので弁護して欲しいという。金にはならないだろうがマスコミの注目を集めるのではないかという思惑で弁護を引受けたラヘルが拘置所で出会った容疑者は、彼女の元恋人で優秀な物理学教授だった。彼は何故ホームレスになり、容疑者になったのか? 検察側が持ち出した証拠は万全に見え、これを覆すのは至難のわざと思えたのだが、ラヘルは違法スレスレの調査も辞さず、あらゆる手段で元恋人を救い出そうとする・・・。
元恋人を救出する裁判劇がメインストーリーで、それに絡んで来るのがコソボから脱出しドイツに避難しようとした女性が襲撃された事件。二つの事件は、意外なカタチでつながり、二転三転しながら衝撃的なクライマックスを迎えることになる。どんでん返しというより、一筋縄では行かない話のねじれが面白いのだが、逆転を重視するあまり逆転の背景や理由がややおろそかになっている。ヒロインのラヘルを始め、主要登場人物のキャラクターは上手く造形されているのだが、その言動に深みが無いのが惜しい。
これまでのドイツ・ミステリーにはないスピーディーで波乱に富んだストーリー展開で読ませる作品であり、英米系の弁護士もののファンにも十分に楽しめるエンターテイメント作である。法廷ものファンというより、サイコ・ミステリーファンにオススメだ。
弁護士アイゼンベルク (創元推理文庫)