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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数608件
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新聞連載を加筆・改稿した、ノンシリーズの長編小説。女子高の美術教師と音楽教師の2人組が、ひょんなことから学園理事長の誘拐騒ぎに巻き込まれ、本物の悪を相手に金塊を奪い合うというアクション作品である。
身分の不安定な非常勤講師の熊谷は、正規講師だが校長ににらまれて左遷寸前の音楽教師・正木菜穂子とともに、不正をただすために理事長に強制談判しようと言う同僚に誘われ、話に乗った。愛人と欧州視察旅行に出かけようとした理事長をつかまえ、不正の証拠を提示して話し合いに応じさせることに成功したのだが、その後、理事長と愛人の姿が消えた。熊谷と菜穂子の二人は身分保証さえ得られれば良かったのだが、二人を操った黒幕の狙いは最初から不正蓄財された隠し財産を奪い取ることだったのだ。隠し財産は金塊100キロに姿を変え、それを狙った悪党たちが丁々発止の駆け引きを繰り広げ、熊谷と菜穂子も否応なしに争奪戦に巻き込まれたのだった・・・。 ただの芸術系講師の二人が行き当たりばったりながら悪党相手に知恵を絞り、裏をかいて行く、暴力より頭の良さと運が左右するアクション・ストーリーである。最後は治まるべきところへ治まる物語なのだが、次から次へ読者の予想を超える問題が起き、二転三転するストーリー展開で飽きさせない。舞台はもちろん大阪で、おなじみの大阪弁のやり取りがテンポよく繰り返されて行く。ノンシリーズではあるが、いつもの黒川博行ワールド全開で楽しめる。 黒川博行ファンには文句なしのオススメ。明るいノワール・アクションのファンにもオススメしたい。 |
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脚本家を経たのち、タイトル作「ジャッジメント」で小説推理新人賞を受賞した女性作家のデビュー作。犯罪被害者の遺族が被害者と同じ方法で加害者に復讐することを合法とする「復讐法」が成立した社会で、人々はどんな行動をとるのかをテーマにした、挑戦的な連作短編集である。
「復讐法」とは、治安の維持、犯罪予防、被害と加害の公平性を求める社会の声に応えて成立したもので、被害側が加害者から受けたのと同じことを刑罰として合法的に執行できるという法律である。ただし、復讐する側は自分の手で刑罰を執行しなければならないという制限がある。「大切な人を殺した者を同じ目に遭わせてやりたい」という素朴な感情が沸騰するとき、人は何を考え、どう振る舞うのか。法の執行をアシストする「応報監察官」を主人公に、5つの犯罪、5つの復讐の物語が展開される。 被害と加害の公平性とは何かという永遠に解答が得られそうもない重いテーマを、ミステリーとして構成しようとした意欲は大いに評価できる。ただ、このテーマでは古くから優れた先行作品があり、それを超えるのはかなりハードルが高い。本作も、因果応報、自業自得、被害者自身の心の救済など重過ぎるテーマに引きずられて主人公が泥沼に落ち込んだ感が否めず、ちょっと残念な結果になっている。全5本のうち「サイレン」、「ジャッジメント」の2作は完成度が高い。 謎解きミステリーではなく、罪と罰を考える社会派のエンターテイメントであり、例えば死刑制度について一度でも考えたことがある方にはオススメする。 |
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1983年の第1回サントリーミステリー大賞で佳作を受賞した黒川博行のデビュー作にして、大阪府警の平刑事二人組・黒マメコンビの登場作。銀行強盗事件に対応する警察の捜査を描いたミステリーであり、大阪人の巧まざるユーモアを活写したエンターテイメントでもある。
白昼、銀行強盗が発生し、現金400万円を奪った犯人は抵抗してきた客の一人に発砲して負傷させ、人質として連れ去った。大阪府警は直ちに捜査を開始したのだが、犯人は翌日、人質の家に身代金一億を要求してきた。人質の安全確保と身代金受け渡し時での逮捕を目論む警察は、さまざまな罠を仕掛けて対応しようとするのだが、犯人はそれを上回る悪知恵を発揮し、捜査陣は振り回され続けるのだった・・・。 のちの黒川博行作品に比べ犯人探し、真相解明にこだわったストーリー展開だが、主人公である刑事二人をはじめとする登場人物たちの大阪弁の軽妙な会話、とぼけた言動など、本シリーズの魅力の萌芽はしっかり読み取れる。 黒川博行ワールドの原点として、黒川博行ファンには必読。テンポのいい警察ミステリーを読みたいというファンにも自信を持ってオススメする。 |
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ノルウェーの大ヒットシリーズ「刑事ハリー・ホーレ」の第8作。満身創痍のハリーがオスロだけでなくアフリカにまで飛んで、希代の連続殺人鬼を追いつめる警察サスペンス・ミステリーである。
前作『スノーマン」で心身ともに深い傷を負ったハリーは香港で燻っていたのだが、ノルウェーで起きた前代未聞の連続殺人に危機感を抱いたオスロ警察に本国に呼び戻された。二人の女性が、殺害方法が不明ながら自分の血液で溺死(窒息)させられたという奇怪な事件。ハリーは、香港まで彼を迎えにきた刑事・カイアと組んで捜査を始めたのだが、被害者の間に共通点が見つからず捜査は難航し、その間に、第三の殺人事件が発生した。苦労の末、ハリーたちは被害者間のつながりを発見したのだが、警察組織間の勢力争いに巻き込まれ、捜査の本筋から外されてしまう。それでも極秘に捜査を続け、ついに有力な容疑者にたどり着いたのだが・・・。 極めて残酷なシリアル・キラー、警察組織の権力争い、死期が近い父親の病状、前作からハリーを悩ませているスノーマンの存在など、本筋の犯人探し、事件の背景解明だけでないサブストーリーも充実しており、上下巻1000ページ近い物語はエピソードが盛り沢山である。しかも、犯人発見と思ったそばからどんでん返しが起き、ストーリー展開は波乱万丈である。ただ、主人公・ハリーが出会う試練があまりにも過酷過ぎて、主人公への共感の熱が冷まされてしまったのがマイナス。さらに、ハリーが主要な人物に「おまえさん」と呼びかけるのにも鼻白む。「おまえさん」が似合うのは銭形平次の女房ぐらいだろう。 ハリー・ホーレ・シリーズ愛読者には必読。シリアル・キラーもののファンにも十分に楽しめるサスペンス・ミステリーである。なお、前作「スノーマン」のエピソードが影響しているシーンが多々あるため、ぜひ前作を先に読むことをオススメする。 |
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2015年から17年に新聞社サイトに連載され、文春ミステリーや本屋大賞で上位にランキングされた長編小説。将棋界を舞台に刑事2人組が犯人探しするミステリー作品である。
埼玉県の山中で発見された白骨遺体には駒袋に入れられた将棋の駒が一緒に埋められていた。遺体は三年ほど前に埋められたようで、身元確認につながるようなものはほとんどなく、唯一、将棋の駒だけが手がかりだった。かつて奨励会に所属しプロ棋士をめざしたことがある新人刑事・佐野は、その経歴を買われてベテラン刑事・石破と組み、駒の線から身元割り出しを命じられた。刑事としては一流だが性格が最低な石破にこき使われながら佐野は、将棋の知識を生かして駒の来歴を辿って行く。すると、名品といわれる一組の駒にまつわる不思議な因縁が立ち現れてきた・・・。 物語の本筋はフーダニット、ワイダニットの本格謎解きミステリーで、将棋の世界を舞台にしたところが時代性と言える。ただ、ミステリーの物語としてはありきたりで、さまざまな先行作品が頭に浮かび、二時間ドラマを見ているような凡庸さだった(2019年にドラマ化)。それでも、主要人物や悪役のキャラクター設定、心理描写などが巧みで十分に楽しめる作品である。 読みやすくて楽しめるミステリーとして、幅広いジャンルのファンにオススメする。 |
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2019年の山本周五郎賞受賞作。50代になった訳アリ同士のカップルがお互いを求めながらも何かに邪魔されて気持ちを重ね合うことが出来ない、哀切な恋愛小説である。
現在の社会状況を反映したと言えば言えるのだろうが、おおよそ華やかさに欠けるラブストーリーで、読んでいて楽しくはない。言ってみれば、洗いざらしのTシャツとジーンズで過ごすような「普段着の心地よさ」が本作の真価だろうか。 不器用な男女の恋話が好きな方にオススメする。 |
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2016年の本の雑誌が選ぶベスト10の1位になった作品。犯人探しの警察小説であると同時に引退した老刑事の生き方を描いたヒューマン・ドラマでもある。
群馬県警の元刑事・神場は引退を機に四国八十八ヶ所巡礼の旅に出た。自分が関わった事件の被害者を供養する目的だったのだが、どうしても付いていくという妻と一緒の旅は、否応無くこれまでの人生を振り返る旅になった。巡礼を始めてすぐ、群馬県で起きた幼女殺害事件の詳細を知り、かつて自分が担当した事件との共通点の多さに衝撃を受けた。あの事件の犯人は服役中で、今回の犯人ではあり得ない。それならば、自分は捜査を間違ったのか、冤罪を引き起こしてしまったのか。当時、警察の組織論に従って自分が口をつぐんでしまったことが激しく後悔され、神場は後輩刑事を介して捜査に加わろうとする。そして、八十八ヶ所を巡り終え結願を迎えた時、神場は新たなスタート地点に立つことを決意するのだった。 元刑事でありながら現在の事件に加わって犯人探しをするという面では警察ミステリーだが、物語の中心は自分は冤罪を引き起こしたのではないかと苦悩する老刑事のドラマに置かれている。その意味で、犯人探し過程のサスペンスや意外性が少なく、ミステリーとしては物足りない。 ヒューマン・ミステリー、社会派エンターテイメント好きの方にオススメする。 |
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心理サスペンスの名手・ミラーの1945年の作品(本邦初訳は1953年で、今回読んだのは二度目の新訳版)。裕福な医師と再婚した主婦が、ある出来事をきっかけに失踪し、狂気の世界に迷い込んでしまう、心理サスペンスである。
16年前に殺害された親友・ミルドレッドの夫であるアンドルーと再婚したルシールは、豊かで平穏そうに見えるのだが実は仕事にとらわれた夫、兄を溺愛する義妹・イーディス、少しも懐かない二人の子供に囲まれ、悩みの多い日々を過ごしていた。そんなある日、うさん臭い男が届けてきた小箱を受け取ったルシールは箱を開けるや悲鳴を上げて、何も言わずに姿を消し、次にルシールが見つかったのは精神科病院でだった。ルシールを狂わせたのは、何だったのか? さらに、ルシールの周辺で続いた不審な事故死は、何が原因なのか? 最終的には警察が事件を解明して行くのだが、物語の本筋は捜査ステップよりルシールの狂気の解明におかれており、捜査小説というより異常心理ミステリーの色が濃い。ただ、近年のサイコ・サスペンスのような異様なパーソナリティの主人公ではなく、普通の性格の人物が錯乱して行くような怖さであり、それゆえに、読後に薄気味悪さを覚えるところがサスペンスと言える。 心理サスペンスのファンなら読んで損はないとオススメする。 |
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本国フランスではピエール・ルメートルを凌ぐ人気で、日本でも前作「ブルックリンの少女」が話題になったミュッソの2017年の作品。偶然の出会いから一緒に行動することになった男女が死んだ天才画家の未発表の遺作を探し始め、やがては天才画家の家族にまつわる忌まわしい出来事の謎を解くサスペンス・ミステリーである。
クリスマス間近のパリ、人間嫌いで偏屈な劇作家・ガスパールと自殺願望をかかえる元刑事・マデリンは、不動産サイトのミスで同じアパルトマンを予約したことになり、お互いにびっくり仰天、互いに譲らず、相手に出て行かせようとする。怒り心頭のマデリンは家主である画商・ベネディックのところに押しかけたのだが、すぐには問題解決できず、しかもマデリンが元刑事であることを知ったベネディックから「一年前にニューヨークで急逝した、アパルトマンの元のオーナーである天才画家・ローレンツが残したはずの3枚の作品が行方不明である。ぜひ探し出して欲しい」と依頼された。ローレンツの数奇な運命と独自の魅力を持つ作品に触発されたガスパールとマデリンは、正反対の性格でことごとく衝突し、反発し合いながらもパリからニューヨークへ、作品を探す旅をすることになった。それは、疾風怒濤のアクション、感情の嵐、運命の力にもてあそばれるような波乱に富んだものだった・・・。 性格が合わない男女が無理やり一緒に行動するハメになり、喧嘩しながら結果を出して行くという、言ってみればラブコメ的な設定だが、事件の背景が親子の関係であり、大きくは家族をテーマにしたもので、読後の印象はやや重く悲劇的である。ただストーリー構成が巧みで、キャラクター描写も秀逸、さらにクリスマスシーズンのパリとニューヨークという舞台設定も効果的で、まさに映画向きの作品である。 前作「ブルックリンの少女」を楽しめた方にはぜひとものオススメ、テンポが良いサスペンスのファンにもオススメできる。 |
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97年から01年に「小説新潮」に掲載された7作品を収めた短編集。満たされない日常から飛び出すために一発勝負をかけた7組の素人たちの無謀な挑戦を描いた浪速ノワールである。
それぞれにエピソードが面白く、ストーリー展開は軽快で、登場人物たちの言動も黒川ワールドのテイストそのままで気楽に楽しめる。黒川博行といえば「厄病神」「大阪府警」シリーズに代表される長編が名高いが、短編の名手でもあることがよく分かる。 黒川博行ファン、軽快で楽しい小悪人エンタメを読みたい方にオススメする。 |
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アメリカの新進女性作家の本邦初訳作品。雪と氷に覆われたオレゴン州の山中で、三年前に行方不明になった少女を捜し出す「チャイルド・ファインダー」というユニークな設定のハードボイルド作品である。
オレゴンの深い山にクリスマスツリー用の木を採りに行き、両親の車から降りたあと行方が分からなくなった5歳の少女。吹雪の中で足跡は消え、捜索隊は何も発見できなかった。しかし、諦めきれない両親は三年後、行方不明の子供専門の探偵・ナオミに最後の望みを託す。自らも行方不明の子供だったナオミは「生きていようが死んでいようが、必ず見つけ出す」という固い信念のもと、雪と氷の深い森に分け入って行くのだった。 失踪した子供を捜すミステリーはいくらでもあるが、行方不明の子供専門の探偵というヒロインの設定が飛び抜けている。しかも、ヒロイン自身が同じ境遇を味わってきたことから生まれる“思い”の強さが、これまでにない固い芯のある物語を作り出している。いわば「卑しい街を行くヒーロー」の、大都会でしか成立しないような現代ハードボイルドを、雪と氷の山で、女性で成立させたところが新しい。欲を言えば、被害者視点で語られるパートにもう少しリアリティがあればと思う。ヒロイン・ナオミを支える養母や同じ家で育てられたジェロームなどの周辺人物のキャラクターも味わい深く、物語が暗いノワール一辺倒で終わっていないのは評価できる。本作では謎のまま積み残されたエピソードが、次作ではすべて明らかにされているというので期待したい。 誘拐犯人探しミステリー、ハードボイルドのファンにオススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第4作。本拠地を離れ、観光地として栄えるジャクソンに臨時に赴任したジョーが前任者の死の謎に挑むアクション・ミステリーである。
ジョーは尊敬する先輩・ウィルが死亡したため代理として、ワイオミング州の花形都市ジャクソンに臨時に赴任することになった。猟区管理官の鑑とも言える勤務態度で尊敬を集めていたウィルが精神的に追いつめられ、銃をくわえて死んでいたという。一体何があったのか、疑問を解明しようとするジョーだったが、当然ながら地元の保安官はあからさまに非協力的だった。更に、過激な動物愛護主義者、自分のやり方に固執する狩猟ガイド、権勢を振るう傲慢な土地開発業者などがジョーの前に立ちはだかった。しかも、メアリーベスが守る留守宅には執拗な無言電話がかかってきて、心配になったジョーはネイトに家族の安全を守ってもらうように依頼した。妻と娘たちを愛するジョーだが、家から離れ連絡も途切れ勝ちになり、家族の間にかすかな亀裂を感じるようになった。あちらでもこちらでも難問が発生する中、正義のみを追求する男・ジョーは命を賭けた厳しい戦いに挑んで行く・・・。 今回は、大自然の真ん中にありながら一大観光地でもあるジャクソンという都会で、自然と開発との対立という現代のアメリカ西部が直面する難問が背景となっている。もちろん、雄大な大自然の中での冒険という本筋は外していないのだが、それに加えてアメリカ社会の病、家族の変貌などがあり、これまでとはややテイストの異なる物語となっている。 シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読であっても、アウトドア系冒険小説、アクション・ミステリーのファンなら十分に楽しめる傑作である。 |
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オスロ警察殺人捜査課特別班シリーズの第2作。前作と同じミアとムンクのコンビを中心とする特別班が、儀式のような奇怪な演出が施された少女殺害事件を捜査する、サイコ・サスペンスである。
フクロウの羽根を敷き詰めた上に横たえられた少女の遺体は口に白い百合の花を差し込まれ、ガリガリにやせていた。しかも、死体の周囲には5本のロウソクが五芒星のカタチに置かれていた。特別班の班長・ムンクは、6ヶ月前に復帰させた天才捜査官・ミアを中心に個性豊かなメンバーたちを率いて、この陰惨な事件の解明に取り組むのだが、犯行動機すら推測できず、捜査は泥沼にはまり込んでしまう。さらに、ミアは薬とアルコール漬けが抜けておらず、自殺願望に囚われており、ムンクは10年前に別れた妻の再婚話に動揺し、班の主要メンバーであるカリーは婚約者とのトラブルで壊れかけていた。常軌を逸したサイコパスの犯人に対し、常軌を逸しかけている捜査陣は事件を解決に導くことが出来るのだろうか・・・。 前作同様、かなり奇怪な犯行で、その様相の描写だけでかなりスリリングだし、次々に怪しい人物が登場する捜査プロセスもきちんとしているのだが、前作同様、最後の最後で物語の構成が崩れ、緊張感が失われている。犯人と捜査官の手に汗握る知恵比べ、犯人を追いつめるサスペンスが乏しく、事件の背景の掘り下げも途中までは興味深いのだが、最後には「何、これ?」というバランスの悪さ。犯人が精神のバランスを崩しているというのはサイコものとして当然なのだが、捜査官まで精神のバランスに問題があると、北欧警察ミステリーでは肝になるリアリティが薄められてしまう。 前作よりパワーダウンしているが、シリーズ愛読者なら楽しめるだろうし、北欧警察ミステリー、サイコ・サスペンスファンにもオススメできる。 |
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1992年の作品。元ボクサーの釘師がヤクザとパチンコ業界の闇に徒手空拳で戦いを挑むハードボイルドである。
網膜剥離のためにボクサーを引退した酒井はパチンコ業界のベテラン津村に拾われ、一人前の釘師として津村の経営するパチンコ機ブローカー会社に勤めていた。ある日、関係するパチンコ店への苦情に対応したのだが、その後も津村の会社を狙ったような妨害が相次ぎ、さらには酒井がヤクザに身に覚えのない品物を隠しているだろうと脅迫される事態が起きた。しかも、その事態を治めようと動き始めた津村が行方不明になってしまった。自分の身に降り掛かった火の粉を払い、恩人である津村を助けるために、酒井は封印してきたボクサーの拳を頼りにヤクザとパチンコ業界の大物たちに戦いを挑んで行く・・・。 何のバックも持たない男が、自分の拳と度胸だけで事態を切り開いて行く、正統派のハードボイルド小説である。事件の背景となるパチンコ業界と警察、ヤクザが絡んだスキャンダル、ヤクザ独特の言動、幼い恋物語など、本筋を彩る周辺エピソードも充実しており、内容豊富なストーリーがテンポよく展開される。ただひとつ、黒川博行ワールドの真骨頂とも言えるユーモラスで軽快な会話が、主人公・酒井が東京弁を使っていることもあって、上手く噛みあ合っていないところが残念ではある。 ノン・シリーズ作品であり、気軽に読めるエンターテイメント作品として、どなたにもオススメしたい。 |
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「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第7作。猟区管理官の職を解かれていたジョーが州知事からの内密の依頼でイエローストーン公園で起きた殺人事件の謎を解く、シリーズでは特異な設定のミステリー・アクションである。
妻の母の再婚相手の牧場で牧童頭として働いていたジョーはある日、州知事から呼び出され、ある事件を内密に調査して欲しいといわれる。事件は、州の北西部にある国立公園でキャンプしていた4人の若者が銃殺され、犯人の弁護士・マッキャンが出頭してきたのだが、連邦法と州法のすき間「死のゾーン」と呼ばれる抜け穴があったため、マッキャンは罪に問われること無く釈放されたという奇妙なものだった。知事からの依頼とはいえ何の権限も無いジョーが再調査することに、地元のパークレンジャーたちは反発し、あからさまに非協力的だった。冬の訪れを前にほとんど人がいなくなったイエローストーン公園で、ジョーは孤独な調査を余儀なくされた。そんなジョーを密かに助けてくれるのは、影のように寄り添うネイト、上司のやり方に疑問を抱く地元の女性レンジャーだけだった。そして、事件の背景に利権絡みの裏がありそうなことに気づいたとき、ジョーは命の危険にさらされるのだった・・・。 もともとひとりで行動するジョーだが、今回は地元を離れ孤立無援で戦うため、いつも以上に悲壮感があるストーリーである。さらに、イエローストーン公園の広大さ、自然の魅力と恐ろしさが物語のスケールを大きくし、人間の卑小さを際立たせている。ジョーの決して折れない正義感によって事件の謎は解明されるものの、すべてがスッキリと終わった訳ではなく、次作へ積み残したものがあり、今後の展開に期待を抱かせる。また、これまであまり語られてなかったジョーの両親や兄弟の物語が登場したことも注目点といえる。 シリーズ愛読者はもちろん、サスペンス・アクション、ネイチャー・アクションのファンに自信を持ってオススメする。 |
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アイスランドの新米警官「アリ=ソウル」シリーズで人気のヨナソンによる新シリーズの第1作。退職間近の女性警部の公私にわたる苦悩を丁寧に描いた、静かで味のある警察ミステリーである。
64歳の女性警部・フルダは数ヶ月後の退職を前に上司から「二週間後までに席を後輩に譲れ」と告げられる。フルダは納得がいかないながら逆らうすべも無く、退職するまでの最後に未解決事件の再捜査をやらせて欲しいと要望する。そうしてフルダが手をつけたのが難民申請中に自殺したとして片付けられていたロシア人女性の不審死事件だった。当初に捜査を担当した同僚刑事の怠慢を疑ったフルダが調べ始めると、被害者は売春組織に利用されていたのではないかという疑問が浮かび上がってきた。捜査を担当できる期間として許されたのはたった三日間、フルダは進まない捜査に焦りを深めて行くのだった・・・。 退職間近の女性警部という主人公の設定が、『アリ=ソウル」シリーズと真逆なのが面白い。物語の本筋はロシア人女性の不審死の真相解明だが、サブストーリーとしてシングルマザーの苦悩、被害者とおぼしき女性の行動が展開され、やがてはひとつにまとまって行く。舞台が世界でも一、二を争う平和な国・アイスランドなので警察ミステリーとしても地味な話なのだが、サブで展開される人間ドラマがスリリングで読み応えがある。 北欧ミステリーのファンには文句なしのオススメ作品である。 |
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2007年から約1年間、漫画週刊誌に連載された長編小説。「魔王」の約50年後、二十一世紀半ばを舞台にした続編という位置づけの社会派エンターテイメント作品である。
システムエンジニアの渡辺が請け負ったのは、ある出会い系サイトの仕様変更だった。すぐに終わる、簡単な作業のはずだったのだが、プログラムに不明点が多く、発注元とは連絡が取れず、しかも、作業中にある検索ワードを使った仕事仲間に次々に不幸が襲いかかった。この検索ワードに秘密が隠されているのではないかと不審を抱いた渡辺は、友人である作家の井坂に相談し、真相を究明しようとするのだが・・・。 基本的なテーマは、個人と国家の力関係、社会を動かしている原動力は何か、という根源的な問いかけである。社会にとって個人は歯車、目に見えないシステムの一部に過ぎないのか? アイヒマンやアリのコロニーなどの比喩を多用して、ホラ話のカタチでこの難問に挑んでいる。雑誌連載に付きものの冗長さがあるものの、予想を裏切るストーリー展開、伊坂幸太郎ならではの個性的な登場人物たちのユーモラスな言動など、エンターテイメント作品としての要素はきちんと盛り込まれている。 ミステリーとしては物足りないが、良質な社会派エンターテイメントとしてオススメしたい。 |
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スウェーデンで各種の賞を受賞し大ヒットしたという新人作家のデビュー作。題名通り、1793年のストックホルムを舞台に猟奇殺人事件の謎を解いて行く歴史ミステリーである。
ストックホルムの貧民街で四肢を切断された上に舌や目も切り取られた惨殺死体が発見された。警視総監からの依頼を受けた法律家・ヴィンゲは、死体の発見者でもある引立て屋(同時代の日本で言えば、岡っ引き?)ミッケルの助けを借りて事件捜査に乗り出した。二人は乏しい証拠を頼りに聞き込みを続け、被害者がおぞましい娼館にいたことまでは突き止めたのだが、そこを支配する闇の世界に切り込むことができず、捜査は行き詰まってしまったのだが・・・。 物語は、第一部が事件発生と二人の捜査、第二部が事件前の被害者に関わる関係者の独白、第三部が周辺人物の第二部よりさらに前を描いたサブストーリー、第四部は謎解きという四部構成で、最後には犯人が判明し伏線が回収されてミステリーとして完結する。ただ、犯人探し、謎解きミステリーとしてはさほどレベルが高いとは言えない。それより、当時のストックホルムの風俗を生き生きと甦らせている歴史風俗小説として読み応えがある。描写があまりにもリアル過ぎてグロテスクな場面が多く、潔癖性の人にはオススメできないのだが。本作は三部作の第一作で、本国ではすでに第二作が刊行されているという。 一般受けする作品ではないが、歴史ミステリーファン、残酷なシーンに耐えられる方にはオススメできる。 |
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「そしてミランダを殺す」で日本でブレイクしたスワンソンの邦訳第3作。今回も視点が変わるたびに事件の様相がくるくると変化し、「誰が嘘を吐いているか」を解き明かして行くサイコ・サスペンスである。
一度も会ったことが無い又従兄弟のコービンと半年間、住まいを交換してボストンに留学することになったケイトがロンドンからボストンに着いてみると、そこは豪勢なアパートメント・ハウスだった。豪華な部屋に落ち着かない気分で一晩過ごしたケイトだったが、翌朝、隣に住む女性・オードリーの死体が発見されたことを知り、さらに不安を募らせる。中庭を挟んでオードリーと向かい合う部屋の住人・アランや、オードリーの昔の恋人を名乗るジャックからは「コービンはオードリーと付合っていた」と聞かされたのだが、コービンはオードリーとの付き合いを否定した。嘘を吐いているのは誰か? コービンはオードリー殺害犯なのか? 自らのトラウマにも悩まされながらケイトは真相を探り出そうとする・・・。 ヒロインのケイトは強度の強迫神経症だし、コービンは隠し事が過ぎるし、アランは覗き魔だし、ジャックは落ち着きが無く挙動不審だし、主要登場人物が全員神経症を病んでいるため、物語世界にすっと入り込むことが難しく、読書の流れが悪い。犯人探しミステリーとしては良く出来ているが、サイコ・サスペンス、ゴシック・ミステリーの風味が強過ぎるため、ミステリー専門家やマニアには好評でも、一般受けはしないだろう。 読者を選ぶ作品である。 |
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リンカーン・ライム・シリーズ外の作品。2001年という古い(ネットの世界では4世代ぐらい前?)作品だが、今でも十分通用するネットワーク・ミステリーである。
シリコンバレーで惨殺された女性はネット上でストーキングされていたようだった。その手口の高度さに気づいた警察は、容疑者を追跡するために刑務所に収容中の天才ハッカーであるジレットを呼び出し、捜査に協力させることにした。毒をもって毒を制する、ハッカー同士の戦いは現実世界での犯罪を誘発し、命を賭けた戦いが繰り広げられるのだった。 こういう作品はどこまでリアリティを持たせられるかが重要なポイントになるが、さすがに取材が徹底している上に想像力が半端ではないディーヴァーだけあって、今日か明日には実際のことになるのではと想像すると、背筋が寒くなるような怖さがある。ネットの世界、特にハッカーが中心となる物語だけに専門的なエピソードが多いのだが、重要人物にコンピュータやネットに詳しくない刑事が登場することで適切な解説が加えられているので、さほど苦労することなくストーリーを追うことが出来る。さらに、比較的初期の作品なので、ジェットコースター的展開、どんでん返しもそれほどあざとくなく、その点でも読みやすい。 リンカーン・ライム・シリーズ愛読者であるか否かを問わず、幅広いジャンルのミステリーファンが楽しめる作品としてオススメできる。 |
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