■スポンサードリンク
iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数608件
閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
2019年に発表された著者3作目の書き下ろし長編。現在の子供たちが置かれた状況をどう改善して行くのか、近未来の設定でその解答を試みた意欲的な社会派ヒューマン・ミステリーである。
義務教育期間の生徒全員に「ライフバンド」装着が義務づけられ、SOSを求める子供がライフバンドを起動させると「児童救命士」が駆けつけるという制度が機能している社会。新人「児童救命士」の長谷川は初任地である江戸川児童保護署で様々なケースに遭遇し、自分の経験不足、無力さに悔しさを痛感しながらも「子供たちを救う」という使命感だけを頼りに奮闘する。SOSを発する子供は何らかの問題に直面しているはずなのに、その悩みをなかなか素直には告白してくれない。その裏側には「その大人が信頼できるのか?」という、子供の真剣な迷いがある。その迷いを断ち切るには、大人の側からどこまでも子供を信じることではないか? 長谷川は、冷笑的な世間からは鼻で笑われそうな信念を持つようになる。 4章に別れていて、それぞれに現実に起きた事件を想起させるエピソードが使われている。それだけに、作者の意図するものがリアルに見えて来て、作者自身も迷いながら、考えながら問題に取り組んでいることが伝わって来る。どれも簡単に正解が分かるような問題ではなく、読む側にも解答を考えることを求めて来る重さを持っている。ミステリーとしての完成度は高くなく、文章力もさほどではないが、テーマの追及力で読ませる作品である。 社会派ミステリー、ヒューマン・ミステリーのファンにオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
東野圭吾の初期の長編ミステリー。孤立した山荘での密室殺人とマザー・グースに隠された暗号という、オーソドックスなジャンルに挑戦した、若さと意欲を感じさせる謎解きミステリーである。
白馬にあるペンション「まざあ・ぐうす」で死んだ兄の自殺扱いに疑問を抱いた女子大生・ナオコは、親友であるマコトと二人で真相解明に乗り出した。山の中の孤立したペンションには毎年、同じようなメンバーが集まり、オーナーやスタッフも含めて全員で仲間意識を高めていると知り、兄が死んだのと同じ時期に「まざあ・ぐうす」を訪れる。ペンションの各部屋にはマザー・グースにちなんだ名前がつけられ、それぞれの名前の由来を示す額が掛けられていた。兄が熱心に額を調べ、そこに隠された暗号を解明しようとしていたと知ったナオコとマコトは自分たちでも暗号を解こうとする。そんな中、新たな殺人事件が発生し、二人はいよいよ兄が殺害されたことを確信するようになった・・・。 密室で死んでいた兄の事件の謎を解く密室トリックと、マザー・グースの額に隠された暗号を解くという、ダブルの謎解きに挑んだ意欲的なミステリーである。密室トリックの方は論理的で腑に落ちるのだが、マザー・グーズの暗号はあまりにも飛躍が大きくてすんなりとは納得しずらく、違和感が残るのが残念。 ファンを選ばないオーソドックスな謎解きものなので、ミステリーファンならどなたにもオススメできる佳作である。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
2004〜5年に雑誌掲載された8本の連作短編集。8年後に小惑星が衝突し地球は滅亡すると予告されてから5年後、仙台市のとある団地に住む(逃げないで残った)人びとが織り成す、8つのドラマ。突拍子もない前提の世界だが、人間らしさとは何かをゆっくりと分からせてくれるヒューマン・ドラマである。
予告が発せられた当初は人びとは混乱し、パニックによる暴動や事件が頻発したのだが、5年も経つと多少は慣れてきて、世の中は不安をはらみながらの小康状態が続いていた。団地に住んでいるのは、それぞれの事情があって逃げなかった人たちで、常にあと3年の期限を意識しながら、それぞれの日々を過ごしている。8つの物語、それぞれの主人公は死と隣り合わせの世界で、家族について、生きる意味について、将来(!)について、地球滅亡の予告など無い世界の人びとと同じように悩み、考え、行動して行く。その、皮肉な見方をすれば無駄な努力が、とても尊いものに見えてくる。設定自体はSF的なのだが、物語はまさに現在の社会を反映したヒューマン・ドラマである。 死を目前にした終末の物語だが、内容はとても明るく、ユーモラスで、良質なエンターテイメント作品である。ミステリー・ファンに限らず、幅広い読書ファンにオススメしたい。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
1987年から91年にかけて雑誌掲載された6作品を収めた短編集。著者初の短編集だが、それぞれに工夫や才気を感じさせる秀逸な作品揃いである。
バブル真っ盛りの大阪で小狡く立ち回る小悪人たちと大阪府警の刑事たちが繰り広げる、ちょっとユーモラスで人間味を感じさせる犯罪小説は、関西の喜劇を見るようで肩肘張らずに楽しめる。 ミステリーファンのみならず、人情もののファンにも安心してオススメできる佳作である。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
政治家の孫が誘拐され、政権のスキャンダルが明かされる危機に陥るという、書き下ろし長編ミステリー。タイムリミットものであり、また犯人探しミステリーでもある。
総理の関与が疑われるスキャンダルの渦中にあった与党政治家・宇田の孫が誘拐されたのだが、誘拐犯からの要求は「記者会見を開き、自分の罪をすべて自白しろ」という前代未聞のものだった。孫娘を救い出すために要求に応えるしかないと決心した宇田は、それでも自身の立場や政治家である息子たちの将来を守るための術策を尽くそうとする。それに対し、総理を守る官邸側は圧倒的な権力差を武器に宇田を追いつめる。一方、誘拐事件を捜査する警察は見えて来ない犯行動機に戸惑い、一向に犯人に迫ることが出来ないでいた・・・。 記者会見までのタイムリミットが迫る中、被害者一族、所属する政党や派閥の思惑、権力闘争が絡んで事態が進展せず、じりじりとサスペンスが盛り上がる。最終的には宇田の記者会見によって孫娘は無事に解放されるのだが、事件の背景には意外な真相が隠されていた。また、宇田の次男で父親の議員秘書を務めている宇田晄司は権力争いの実相に触れ、自分の生き方を変えるようになる。本作は、誘拐犯追跡の警察小説であり、さらに政治スキャンダル小説でもあるという、二つの側面があるのだが、どちらかといえば政治小説の色が濃い構成である。事件の深層が解明されたとき、その陳腐さにちょっとガッカリした。 誘拐もののサスペンスを期待すると不満が残る。政治スキャンダルを楽しむ作品として読むことをオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
ジョー・ピケット・シリーズの第8作。舞台はいつも通りのワイオミングの山岳地帯だが、州知事直属の捜査官という立場になったジョーがハンター連続殺害事件を捜査するという、犯人探しミステリーである。
殺害されたハンターは、まるで捕獲した獲物を処理したように頭部が無く、木に吊るされていた。さらに、現場に残されていたポーカーチップから、他にも同じように狩猟中に殺されたハンターがいたことが分かった。犯人は狩猟に反対する狂信者なのか? 州の重要産業である狩猟を守るために、ルーロン知事は緊急対策チームを立ち上げ、ジョーに参加するように命令する。事件をきっかけに、全国的な反狩猟運動のリーダーもワイオミングに駆けつけ、落ち着かない状況の中でジョーは思い通りに進まない捜査に手こずり、自分の責任の元にFBIに拘束されている盟友ネイトの釈放を願い出て、背水の陣で難問に挑むことになった。 毎回、社会性のあるテーマを設定するシリーズだが、今回は飽食の時代における狩猟の意味が事件の背景に設定されている。ジョーは職業柄、マナーを守った狩猟を守る立場で行動する。ただ、反狩猟運動側が中途半端なため問題追及が甘く、議論が深まっていない。さらに、事件の動機との関連が薄く、やや肩透かしをくらったように感じた。 シリーズ作品としては十分に及第点で、ファンには安心してオススメできる。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
2012年〜14年に雑誌連載された長編ミステリー。平凡な主婦が陥った冷酷な犯人の甘い罠の謎を解く、警察ミステリーである。
幼い娘二人、夫とともに郊外で暮らす主婦・文絵は、趣味の懸賞応募で当選して出かけたディナーショーで中学時代の同級生だという加奈子から声をかけられた。自堕落な生活で醜く太っている自分に比べ、美しく着飾った加奈子に気後れする文絵だったが、加奈子から意外な言葉をかけられる。加奈子は実は整形したのであり、それ以来人生が好転したという。さらに、現在は高級化粧品の販売会社を立ち上げようとしており、文絵にビジネスパートナーになって欲しいと提案する。マルチ商法ではないかと疑った文絵だったが、「あなたはもっと美しくなれる」という言葉を信じ、加奈子の提案を受けることにした。 一方、鎌倉の別荘で頭を殴られて死亡した男が発見され、神奈川県警の秦刑事は地元署の女性刑事・中川と組んで被害者の身辺捜査を担当することになった。別荘は被害者・田崎が借りたもので、サングラス姿の女性が出入りしていたとの情報をつかんだのだが、女性の身元につながる情報は全く出て来なかった。それでも細い糸をたぐる地道な捜査によって、秦と中川は重要参考人として文絵にたどり着いたのだった・・・。 前半は、主婦・文絵が甘い罠に絡めとられて行くプロセスと田崎殺害事件の捜査プロセスが交互に展開され、二つのエピソードはどうつながるのか、サスペンスたっぷりのストーリー展開である。が、ある地点で重大などんでん返しがあり、後半はサングラス姿の謎の女性を追いつめる警察サスペンスになる。犯罪の構成、捜査の進め方、徐々に明らかになる犯人像など、警察ミステリーとしての読み応えは十分である。ただ、最後の犯人の独白的な解説、重要参考人となった文絵の扱いなどに若干の不満が残る。 女性が主役のミステリーファン、警察ミステリーファンにオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
8年ぶりの死神シリーズ作品。死神・千葉が、一人娘を殺しながら無罪になった犯人に復讐しようとする夫婦と行動を共にする、長編アクション・ミステリーである。
山野辺夫妻は、自分たちの一人娘を殺害し、証拠となる動画を送ってきたにもかかわらず目撃証言の曖昧さから無罪放免となった犯人・本城に復讐すべく人生のすべてをかけた復讐計画を実行しようとする。そこに現われたのが、山野辺の死の可否を判定する調査を担当する死神・千葉だった。仕事ひとすじ、趣味と言えばミュージックだけの千葉は山野辺夫妻に密着し、様々な危険の状況にも臆すること無く山野辺と一緒に行動するのが、人間世界とはズレた言動と判断基準により、行く先々で珍妙な悲喜劇を引き起こしてしまう。それはまるで、山野辺夫妻を助けながら妨害しているようでもあった。それでもクライマックス、山野辺と本城の対決は・・・。 前作「死神の精度」が短編集だったのに比べ、本作は山野辺夫妻に絞った長編である。その分、同じようなエピソードが繰り返され、やや冗長な部分があるのが残念。途中で飽きて来る。 シリーズ作品だが、独立した長編として成立しており、本作から読み始めても問題ない。読者を迷宮に誘い込む伊坂ワールドにひたりたい方にオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
マイクル・コナリーの30冊目の長編で、新たなヒロインが登場した新シリーズの第1作。ロス市警の本流から外された女性刑事が、執念と使命感で難事件を解決する本格的警察ミステリーである。
レイトショーと呼ばれる深夜勤務専門の女性刑事・レネイ・バラードは、女装男性が激しく暴行された事件に遭遇した。レイトショーの役割りは初動捜査だけで本格的な捜査は昼間の刑事たちに引き継がれるのが本来なのだが、悲惨な犯行に怒りを覚えたバラードは独力で捜査を進めようとした。同じ夜、ナイトクラブで銃撃事件が発生し、近くにいたバラードも現場に駆けつけた。しかし、この事件を担当するのはバラードが深夜勤務に追いやられる原因になった元上司で、バラードは捜査に関わるのを拒否される。それでも諦めないバラードは独自の捜査を進め、ロス市警内部に存在する闇の中から真相を引き出すのだった。 主人公の女性刑事が特筆すべきキャラクターで、まさに新シリーズの登場を強く印象づける。刑事としての資質はハリー・ボッシュ同様、熱い行動派で粘り強く正義感に溢れている。しかも、バックグラウンドにまだ謎の部分が多く、これからの展開が楽しみである。 ハリー・ボッシュ・シリーズのファンはもちろん、正統派の警察ミステリーファンに自信を持ってオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
2013年大藪春彦賞を受賞した、佐方貞人シリーズの第二弾。地方検事時代の佐方の仕事ぶりと人となりを丁寧に描いた5作品からなる連作短編集である。
成果を焦って強引な捜査を進める上層部に対し愚直に信義を重んじる佐方の頑固な捜査が勝利を収める話、佐方の父親を主題にした生い立ちの話、恩義のある人のために佐方がハードボイルドな一面を見せる話など、5つの物語がそれぞれに独立して高レベルで成立しており、トータルとして佐方貞人の魅力が見えて来る。 シリーズファンは必読。人情ミステリーファンにも自信を持ってオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
英国ミステリーの女王・ウォルターズの長編第12作。ロンドンで起きた男性老人連続殺人の犯人探しミステリーだが、犯人と目された男の謎が深く、その深層心理の闇に読者を引きずり込む心理サスペンスでもある。
イラクで瀕死の重傷を負ったアクランド中尉は本国の病院で目覚めたとき、イラクでの記憶を失っていた。さらに、病床を訪れた母親や元婚約者、世話をする看護師など女性を嫌悪し、体に触れられると暴力を振るい、担当の精神科医のアドバイスも無視し、周囲を戸惑わせるのだった。顔面形成手術を拒否して退院し、ロンドンで一人暮らしを始めた矢先、パブで暴力事件を起こし、ちょうどその頃連続して起きていた老人への暴力的な殺害事件の犯人ではないかと疑われた。具体的な証拠が見つからず釈放されたアクランド中尉だったが、その言動は一向に改まらず、警察は引き続き監視の目を光らせるのだった。 ストーリーが進めば進むほどアクランドの疑惑は深くなるのだが、いかんせん状況証拠ばかりで、しかも記憶喪失と嘘か真か分からない極端な心理が謎を深めるので、読者は最後まで翻弄されることになる。話が複雑かといえば、そうでもなく、主要登場人物のキャラクターもきちんと確立されているためストーリーはきちんと追えるのだが、読んでいて常に次は奈落に突き落とされるのではないかと疑心暗鬼になる。巻末の三橋暁氏の解説にもある通り、あまり類を見ない独創的なジャンルを開いた作品と言える。 心理サスペンス、心理が絡んだ謎解きがお好きな方にオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
子供がいない、平凡な主婦が夫の浮気を機に本人も気が付かない狂気の世界へ暴走する、ちょっとブラックな物語である。
結婚8年目で夫の実家の敷地に建つ離れに夫婦で住む桃子は、週に一度のカルチャー講師を勤めるほかは主婦に専念していた。そんな生活は、義父が脳梗塞で入院し、義母の手伝いをするようになったある日、一本の無言電話がかかってきたことで一変する。無言電話の向こうからかすかに聞こえてきたのは夫の声ではないか? 疑心暗鬼に陥った桃子の日常は徐々に変化し、平穏だと思っていた夫婦仲に生じた亀裂は広がるばかり。そして、いつもは使っていない部屋の畳と床下が気になり始めた桃子は床下を見たいという衝動が抑えきれなくなり、とうとうチェーンソーを買ってしまった。そして、夫の浮気相手と対面した桃子は・・・。 実は桃子も現在の夫とは不倫の末に前妻を追い出す形で結ばれた過去があり、その因果が巡る形で現状を迎えているのだった。何事にも優柔不断な夫との関係、義父母との関係というありがちな家族問題と愛情のもつれを、どう解きほぐして行くのか。2時間ドラマみたいな構図の物語だが、そこは吉田修一、思いがけない結末が用意されている。人を愛することは自分の妄想を愛すること、愛は狂気でしかないことがじわじわと伝わってくる寓話である。 途中、ミステリーになるかと思わせる部分もあるが肩すかしで、ブラックでユーモラスなヒューマンドラマとして楽しめる。ミステリー・ファン以外のエンターテイメント作品ファンにオススメしたい作品である。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
2019年度の各種ミステリーランキング、本屋大賞などで高く評価された長編小説。一人の少女を通して敗戦国民の悔恨、絶望、再生への希望を救い上げた社会派ミステリーの力作である。
1945年7月、敗戦直後のベルリンで米軍の食堂で働いていた17歳の少女・アウグステは、ある日、MPにソ連の占領地域に連行され、そこでソ連の公安警察から、戦争時代のアウグステの恩人であるクリストフの死体に対面させられた。しかも、クリストフは殺害され、犯人はアウグステではないかと問いつめられた。動機が無いと強く主張し釈放されたアウグステは、クリストフの妻で同じく恩義があるフレデリカの焦燥ぶりに同情し、クリストフの訃報を知らせるためにフレデリカの甥で行方不明のエーリヒを探すことになった。その道連れになったのが、元俳優で泥棒の陽気な男・カフカで、ソ連占領下からアメリカ占領下を経由し、ポツダム近郊の旧撮影所をめざして旅立った。敗戦の混乱から立ち直っていないベルリンは危険だらけで、しかも米英ソの三巨頭会談を目前にして街は緊張に包まれており、二人は思いがけない危機に直面し、命がけの旅になった・・・。 ミステリーとしてはクリストフ殺害の動機、犯人探しで、それなりの筋が通ったまずまずの完成度である。それよりも、ドイツが背負うことになったナチスとユダヤ人迫害という罪と罰を17歳のアーリア人少女の体験として摘出した社会派小説として高く評価したい。 「戦場のコックたち」にも通じるヒューマン・ドラマとして読むことをオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
書き下ろし全7作品を収めた短編集。
どれも一ひねりしたトリックというか、仕掛けが効いた味のある小品ばかり。短編ながら起承転結があり、最後の種明かしに納得感がある。 旅行中のお供に、休日の昼下がりに、ちょっとした読物が欲しいときに最適だ。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
NYPDの氷の天使・キャシー・マロリー・シリーズの第12作。修道女殺害事件の裏に隠された事件の真相を暴き、人質を救出する警察ミステリーである。
きっかけは「街中で行方不明になった尼僧を探して欲しい」というマロリーへの訴えだった。居合わせた相棒のライカー刑事は、消えた尼僧シスター・マイケルと同じ顔、同じ名字の盲目の少年ジョーナも行方不明になっていることに気が付いた。さらに数日後、シスター・マイケルの死体が市長公邸の前庭で他の3人の死体と一緒に発見された。遺棄された死者4人の間に関連性は見つからず、誰が、何のために犯した犯罪なのか、動機が分からず捜査は混迷する。そのころ、少年ジョーナは知らない男に監禁されていた。マロリーたち捜査陣は4人殺害事件を解明し、さらに行方不明の少年を助け出すことができるだろうか? シリーズの特徴である機能不全家族による人格破壊という側面は継承しつつ、ヒロインのマロリー、犯人ともに時たま人間性をかいま見せるところが最近の傾向だったのだが、本作ではそれがさらにはっきりと出ている。その分だけヒロインのクールさは減衰したと言えるが、物語に感情移入しやすくなったのも事実である。本格警察ミステリーとしては、犯行の背景があまりにも大雑把で作り事感が過剰なのが惜しい。 シリーズ読者には必読。警察ミステリーファンにも、読んで損は無いとオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
デビュー作「オーデュポンの祈り」に続く長編第2作。仙台を舞台に5つの現代寓話が並行して進行し、最後に不思議な形で結びついて行く、突拍子もない群像劇である。
5つのストーリーはそれぞれに独立したファンタジックなミステリーで、一つひとつで物語となっているのだが、最後に意表をつく5つの関連が明かされる。つまり予想を覆す伏線の回収になっているのだが、扉のイラストに有名なエッシャーの騙し絵が使われていることで分かるように、時間と空間を操作した巧妙な仕掛けが施された構成で、騙されるのを楽しむ作品になっている。 登場人物、ストーリー、テーマには、のちに傑作として花開いて行く作品のつぼみともいうべきものがあり、その意味でも伊坂幸太郎ファンには必読と言える。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
1997〜98年に雑誌掲載された3編の短編を収めた、吉田修一の初期作品集。高校生、大学生、ヒモ暮らしというモラトリアムな状況を生きる若者の日常を描いた青春小説である。
3作品それぞれに舞台設定は異なるものの、何ものかをつかもうと生真面目に生きている、でも世間的には不器用な青春がリアルに、ファンタジックに描かれていて甘酸っぱい読後感を残す。 吉田修一の歩んできた小説世界を知る上で、吉田修一ファンには欠かせない作品といえる。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
台湾新幹線の建設に日本が応札し、7年の歳月をかけて一番列車を走らせるまでの軌跡と、建設にたずさわった人物の人間ドラマを描いた長編小説。そこにさらに日台の市民の歴史を絡めることで、単なる「プロジェクトX」ではない完成度に到達したエンターテイメント作品である。
商社の台湾新幹線事業部に勤務する、入社4年目の多田春香は受注が決まったプロジェクトに参加するため台北に赴任した。やりがいのある仕事に情熱を燃やす春香には、6年前に初めて台湾旅行したときにエリックと名乗る学生と出会った思い出があり、ひょっとして再会できればという淡い期待も抱いていた。事情を知った台湾人の同僚の尽力でエリックのその後を調べてみると、なんと彼は日本で就職しているのだった。お互いの国を入れ替えた二人は、それぞれの事情を抱えながら不器用な関係を続け、7年の歳月をかけた台湾新幹線が開通したとき、新たな路を走り出すことになる。 ビッグプロジェクトの成功への軌跡を追いかけながら、現在を生きる二人に加えて、青年時代まで台湾で過ごした日本人の老人により、時代と国を超えた人々のドラマが生き生きと描かれて行く。ビジネス小説ではなく、しっかりと読み応えがあるヒューマンドラマである。また、日本ではあまり知られていない台湾人の思考や行動の様式が優しいまなざしで描かれているのも、読後感を爽やかにしている。 吉田修一がカバーする分野の広さを示す一編として、すべての吉田修一ファンにオススメしたい。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
1994年から97年にかけて雑誌掲載された9作品を収めた短編集。
随所に別の長編につながるようなアイデアが見られ、どの作品も一ひねりしてあってそれなりに面白いのだが、やはり短編だと食い足りない。どれも短いので、休日の午後の暇つぶしにはぴったりで、気楽に読むことをオススメする。 |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
---|---|---|---|---|
ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット・シリーズの第5弾(本来は第6作だが、邦訳では第5弾)。凶悪な殺人鬼の恐怖にひとり立ち向かうジョーの孤独な戦いを描いたアクション・ミステリーである。
ジョーの管轄地域であるトゥエルブ・スリープ郡の名門牧場の女主人が行方不明となり、残された莫大な牧場を巡って三人の兄弟がいがみ合い、街を二分する騒ぎに発展し、無関係なはずのジョー一家も巻き込まれる事態になった。さらに、過去の事件が原因でジョーに対して一方的な恨みを募らせた男が、ジョーのみならず家族をも脅迫してきた。しかも、ジョーに敵対する上司、牧場に支配された地元司法機関は全く協力しようとせず、ジョーは愛する家族を守るため、たった一人で戦うことになる。 今回は地元を舞台にしたドメスティックな話で、ワイオミングの大自然はあるものの話のスケールは地理的な広がりより、時間軸で広がっており、これまでの作品のような社会性があるテーマではなく、複雑な人間関係が中心となっている。なので、主人公ジョーが信念を貫くために様々な困難に直面させられ、最後の最後に爆発し正義が達成されるという、正統派東映ヤクザ映画のようなテイストである。いつもはジョーに寄り添って活躍するネイトが最後の最後にしか登場しないのも、唐獅子牡丹を彷彿させる。 シリーズ読者には必読。シリーズ未読の方には、これまでの流れを解説した巻末の「訳者あとがき」から読むことをオススメする。 |
||||
|
||||
|