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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数608件
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大阪府警シリーズの第6弾(文庫表4の解説による)。行方不明で事故死と思われていた日本画家の白骨死体が発見されたのをきっかけに、画商の世界の闇を暴き事件を解決するオーソドックスな警察ミステリーである。
丹後半島で行方不明になったはずの日本画家の白骨死体が富田林で発見された。大阪府警捜査一課深町班が担当になり、ハンサムコップこと吉永刑事は頼りない新人刑事・小沢と組み、被害者の背後関係を洗うことになった。まったく知識のない画商、画廊、美術ジャーナリストの世界を訪ね歩く二人は様々な壁に突き当たるのだが、やがて贋作づくりが絡んでいるらしいことをつかむ。ところが、事件の全体像が見えないうちに、関係者の一人が能登半島で死んでいるのが発見され、青酸カリ自殺と思われた。が、自殺説に違和感を持った吉永は粘り強い聞き込み捜査を続け、ついに犯人を特定したと確信したのだが、状況証拠ばかりで決定的な物証をつかむことができなかった・・・。 犯行動機の解明、アリバイ崩しなどオーソドックスな謎解きが中心になっており、正統派の警察ミステリーと言える。もちろん、シリーズの大きな魅力である大阪弁でのやり取り、とぼけたエピソードもたっぷりで安定した面白さは失われていない。さらに著者が得意とする美術関係の裏話が満載で飽きさせない。 大阪府警シリーズのファンはもちろん、警察ミステリーのファンには絶対のおススメである。 |
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刑事ヴァランダー・シリーズで知られるマンケルのノン・シリーズ作品。恋人を捨て、世の中を捨てて一人孤島に暮らす男が否応なく過去に連れ戻され、自分が歩んできた道を苦悩とともに振り返るヒューマンドラマである。
一匹の犬と一匹の猫だけを同居人に、一人で離れ小島に暮らす66歳の元外科医フレドリックは厳寒の朝、凍り付いた道を歩行器を使って歩いてくる女性の姿を発見し、驚愕する。それは37年前に捨てた恋人ハリエットだったのだ。意識を失って氷の上に倒れこんだハリエットを家に運び込んだフレドリックは彼女が死の病に侵されており、「人生で一番美しい約束」を果たしてもらうために最後の死力を尽くして訪れたことを知らされる。その約束とは「深い森の中の湖にハリエットを連れていくこと」だった。ハリエットの望みをかなえるために一度だけ付き合って行動することを渋々承知したフレドリックだったが、その旅は彼が捨ててきた世の中に戻っていくことであり、忘れようとした過去と否応なく向き合うことでもあった・・・。 フレドリックが世捨て人になったのは、なぜか? 子供時代から現在まで、彼が求めたこと、逃げてきたことは何なのか? 老年期に入った男が過去を振り返り、赤裸々に語る物語は後悔と自己弁護が入り乱れ、かなり重苦しい。それを救っているのが、スウェーデンの厳しくも美しい自然で、特に冬景色の描写が印象的である。 ヴァランダー・シリーズとは全く異なるタイプの作品であり、ミステリーファンというより、生きることの意味を追求する文学作品のファンにおススメする。 |
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2014年から15年にかけて週刊文春に連載されたものに加筆した長編小説。誰も見通せない未来を前に自分の決断、選択に惑う人間の弱さと諦念、その結果として招いたディストピアを描いた、シュールなエンターテイメント作品である。
2014年の東京に暮らす3人の迷い多き日々と日々の決断から生まれた物語が前半3/4、その70年後、2085年の世界が残り1/4という構成で、最後には2つのパートの関係が明かされる。前半の3つの物語は現実の社会状況からインスパイアされた、リアリティのあるストーリーが展開されるのだが、最後の未来のパートはSF的で、その落差に戸惑ってしまう。ただテーマがつながっているので、じっくり読めば腑に落ちる。「あの時に変えればよかったと誰でも思う。でも今変えようとしない」という言葉と、「一人の子供、一人の教師、一冊の本、そして一本のペンでも、世界は変えられる」(マララ・ユスフザイ ノーベル平和賞)というスピーチの対比が重く心に残ってくる。 ミステリーとしては期待外れだが、味わい深い社会派作品としておススメしたい。 |
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中央公論新社130周年記念で発刊された「小説BOC」の企画、8人の作家が同じテーマで、しかし時代を変えて競作するという「螺旋プロジェクト」の作品として書かれた2作品を収めた中編集である。
1作目は昭和のバブル期を舞台にした「シーソーモンスター」で、2作目は2050年代を舞台にした「スピンモンスター」。どちらも「日本を舞台に二つの一族が対立する」という企画のルールに基づき、海族と山族が宿命的に対立し、争う姿を描いているのだが、「シーソー」は嫁と義母の対立、「スピン」は同じ体験をして来た同級生の対立という、伊坂幸太郎らしい焦点のずらし方が効果的でユーモラス。「人はなぜ争うのか」という、まともに挑戦すれば重すぎるテーマを実に見事にエンターテイメントに仕上げている。 競作企画とは言え独立した作品なので、他の作家の作品を読んでいなくても問題なく楽しめる。伊坂幸太郎ファンには安心してオススメする。 |
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1992年から2008年に雑誌掲載された7作品を収めた短編集。欲が突っ張った男たちが結局はババをつかむ可笑しさと哀れさを描いたコメディである。
出来がいい寄席の観客になったように楽しめる、まさにエンターテイメント作品。黒川博行の習作集として気軽に読むことをおススメする。 |
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杉村三郎シリーズの第5弾。2017年から18年に雑誌掲載された3作品を加筆改稿した中編集である。
3作品とも、やっかいな女性が相手の難問に杉村が人間力を発揮して対応する話なのだが、今回はこれまでのシリーズとは違って最後のオチが結構残酷なのが目を引いた。宮部みゆきは同性には厳しい人なのかもしれない。ミステリーとしてはいまいちだが、話の展開が上手いので、なるほどなるほどと思ってるうちに読み終わった感じ。 宮部みゆきファンにおススメする。 |
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世界的ベストセラー「ミレニアム」の第6部でシリーズ完結作。スティーグ・ラーソン亡き後のシリーズ三部作では主役となってきたリスベットが生涯の宿敵である妹・カミラと決着をつけるサスペンス・アクションである。
ストックホルムの公園で死亡したホームレスの男がミカエル・ブルムクヴィストの電話番号を書いた紙を持っていた。男は国防大臣・フォシェルに関する何かを喚いていたとか、支離滅裂な文章を書いた紙をバス停の掲示板に張り出していたなどの情報もあり、ミカエルは男の身元調査を始めることになった。男は殺害されたのではないかと疑問を持った法医学者の協力を得て、ミカエルは自宅を売却して行方をくらませていたリスベットに死んだ男のDNA情報を送り、解明を依頼する。そのときリスベットは、自分の命を狙うカミラに逆襲するためにモスクワにいたのだが、カミラ襲撃に失敗し身を隠すことになった。一方カミラは、リスベットに逆襲するためにストックホルムに飛び、リスベットをおびき出すためにミカエルを利用しようとする。それを察知したリスベットはストックホルムに舞い戻り、カミラと決着をつけようとする・・・。 本作の中心はリスベットとカミラの最終決戦なのだが、ホームレスの男と国防大臣との因縁もかなりの部分を占めていて物語が二分されてしまっているため、作品密度がやや薄まっている。特に、ホームレスの男と国防大臣が絡むエベレストのエピソードは、作者の得意分野ということで、これだけで一作になるほどの力の入れようでとても面白いのだが、作品全体として完成度を落としている印象なのが残念である。 完結編でもあり、シリーズ愛読者には必読。というか、シリーズ愛読者以外には、それほどおススメできる作品ではない。 |
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「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第8作。オリヴァーが少年時代を過ごし、現在も住んでいる小さな村で起きた連続殺人事件の謎を解明する警察ミステリーである。
オリヴァーとピアが勤務する警察署管内で起きたキャンピングトレーラーの放火殺人事件。トレーラーの所有者はオリヴァーが知っている老婦人で、しかも被害者はその息子だと判明する。さらに、余命いくばくも無くホスピスに入っていた所有者の老婦人が殺害された。連続殺人事件として捜査を開始した警察だったが、事件の関係者や周辺人物がほとんどオリヴァーの知り合いで、しかもオリヴァーが関係した42年前の事件との関連をうかがわせる背景が判明し、オリヴァーは微妙な立場に立たされる。さらに、オリヴァーが一年間の長期休暇を取得する直前だったこともあり、捜査の指揮はピアがとることになった。閉鎖的な村社会で起きた事件は、そこに住む人々に激しい動揺を与え、それぞれが抱えてきた愛憎、隠された人間関係を容赦なく暴いていくことになる・・・。 現在の事件を42年前の事件を並行して解明していく、2つのワイダニット、フーダニットが重なり合う展開で、登場人物の数が多いのに加え人物間の姻戚関係、友人関係が複雑で、しょっちゅう登場人物リストや関係図を参照しないと物語についていけないのが難点。サクサクと読める作品ではない。最終的な真相も、事件の悲惨さの割には薄っぺらだが、複雑怪奇な事件を地道に解明していくプロセスは警察小説の王道を行くもので読み応えがある。本作ではオリヴァーの少年時代が詳しく書かれており、次作ではピアの家族の秘密が明らかにされるという。 シリーズのターニングポイントとしてファン必読。また、北欧警察ミステリーのファンには十分に満足できる作品といえる。 |
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検事・佐方貞人シリーズの第4作。雑誌掲載された4作品を加筆・訂正した短編集である。
4作品はどれも、検察上層部と対立してでも「罪が真っ当に裁かれる」ことを追及する佐方の意地を描いたこれまで通りのパターン。各作品のテーマは現実に起きた事件を下敷きにしており、それなりのリアリティがあり、物語展開も巧みで読みやすい。 シリーズの愛読者、2時間ドラマのファン、正義が達成される結末で安心したい読者にオススメする。 |
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2014年度のドイツ推理作家協会賞受賞作。ともに54歳になる作家と教師が再会し、二人の出会いと別れ、それをかかえて生きて来た人生を語り合う、大人の恋愛ドラマである。
作家と生徒たちのワークショップという企画によって16年ぶりの再会することになった人気作家のクサヴァーと国語教師のマティルダ。かつて恋人同士として16年間を過ごした二人は、過去を振り返り、それぞれの思いをぶつけ合うのだが、そこに「物語にして語り合う」という技法を用いることで、お互いの思いの違いが明らかになっていく。運命的とも言える出会いで感じる愛、人生に求める物の違いによって生じる別れ、そして相手を理解しきれなかったことの後悔。いわゆる謎解きミステリーではないが、人間という生き物が謎であるという意味でミステリーである。 訳者あとがきにもあるように、ケイト・モートンの作品が好きな人なら親近感を持つだろう。 |
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小林由香の「ジャッジメント」に続く第二作。いじめをテーマに報復の意味を追及した、ヒューマン・ミステリーである。
壮絶ないじめ(暴力犯罪レベルである)にあっていた高校一年生の時田は、いじめの現場を救ってくれたピエロ・ペニーに、いじめている少年を殺して自殺したいと心のウチを打ち明ける。するとペニーは、殺害計画を立てたら手伝ってやるという。半信半疑ながらも時田は殺害計画を立て、ペニーの助けを得て実行しようとする。一方、息子がいじめを苦にして自殺し、それが原因で妻も自殺してしまった風見は抜け殻のような生活を送っていたのだがが、同じようにいじめで苦しんでいる人々のサークルで知り合ったハギノと名乗る高校生から情報を得て、息子をいじめた少年たちを特定し、報復することを決意する。そして二人の計画が重なって実行されたのは、正義なのか、犯罪なのか? 小林由香のメインテーマである犯罪と報復のバランス、被害と加害の公平性を真摯に追及した社会派ミステリーであり、答えが出ない問いに真剣に応えようとする人間ドラマである。従って、重いテーマの周りを堂々巡りしているようなもどかしさがあるのも否めない。物語の展開も下手ではないのだが、小説としてはやや硬さがあるのが残念。 ミステリーの楽しさを求めるより、社会的テーマの追及を求める読者にオススメしたい。 |
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「フランスの特捜部Q」という触れ込みのシリーズ第2作。落ちこぼれ軍団が、難解な殺人事件を解明してエリート組織の鼻を明かすユーモア警察ミステリーである。
カペスタン警視正率いる迷宮捜査班が新たな殺人事件の捜査を指示されたのは、被害者がカペスタンの元夫の父親だったからだった。しかも、この被害者が元パリ司法警察のエリートだったため、捜査介入部、刑事部というエリートたちとの共同捜査になった。警察のゴミ溜めと揶揄される迷宮捜査班は最初から馬鹿にされ、十分な情報も与えられなかったのだが、メンバーたちの独自の働きにより、かつて南仏で起きた未解決殺人事件との関連性を発見し、捜査は大きく進展したのだった・・・。 前作同様、事件捜査がそれなりの要素を占めてはいるものの、物語の本筋は迷宮捜査班メンバーの個性あふれるキャラの面白さにある。前作でもかなりの特異さだったのが、今回はさらに新メンバーが増え(その中には犬とネズミも含まれる)、さらにばか騒ぎ状態になり、ミステリーとしての緊迫感が薄れ、ドタバタ喜劇の側面が強くなっている。そのため、全体にとっちらかった印象に終わっているのが残念。 ユーモア・ミステリーのファンには楽しめるかもしれないが、謎解きミステリーや警察もののファンにはちょっと物足りないだろう。 |
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雑誌掲載の3作品に書き下ろしを加えた4作品の中短編集。収載作品間の関連性は少なく(他作品と共通する人物は登場)、それぞれに趣向を凝らした、独立したヒューマンドラマである。
4作品ともに伊坂幸太郎ならではのぶっ飛んだ設定で楽しめるのだが、ストーリーでは「ポテチ」、作品世界のユニークでは「動物園のエンジン」が面白かった。どれもミステリーとしての読み応えは無い。 伊坂幸太郎ならではのホラ話に喜んで付合える人にオススメする。 |
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リンカーン・ライム、キャサリン・ダンスに続く第三のヒーローの登場。「懸賞金ハンター」という聞き慣れない仕事を持つヒーローが失踪人を探し、事件を解明して行くサスペンス・ミステリーの新シリーズ第一作である。
異常なまでに用心深かった父親からサバイバル技能を叩き込まれた探偵コルター・ショウは、身に付けた追跡技術を生かし、アメリカ中を旅しながら懸賞金を掛けられた失踪人を探して懸賞金を得ている。今回ショウが依頼を受けたのはシリコンバレーに住む19歳の女子学生で、カフェに立ち寄ったあと姿を消してしまったのだが、身代金の要求は無く、事故に遭った様子も無かった。わずかな手がかりを追ううちに、失踪の裏側にビデオゲームが関係しているのではないかと疑ったショウだったが、警察は馬鹿げているとして全く協力しようとせず、調査は難航を極めていた。そこに、新たな誘拐殺人事件が発生、事件の背景にゲームが存在するとの確信をさらに深めたショウは、シリコンバレーのゲーム業界の闇に単身で切り込んで行く・・・。 まず「懸賞金ハンター」という設定がユニーク。逃亡犯や保釈金を踏み倒した人物を連れ戻して報酬を得る賞金稼ぎとは異なり、ショウは行方不明の人なら迷子から認知症の老人まで、誰でも対象として居場所を特定し、家族が出す懸賞金を受け取るのを生業としている。一応、探偵ではあるのだが正式な免許は取得していないため警察には信用されず、基本的に一人で動き回るしかない。そんなショウの最大の武器は、子供の時に叩き込まれたサバイバル術に基づく「追跡」技術である。アメリカ開拓時代のフロンティア精神の塊りみたいな男が、IT技術のフロンティアであるビデオゲームの世界に切り込むという対比が面白い。ストーリー展開は、犯人探しであると同時に、刻々と死が迫る被害者を救出するタイムリミット・サスペンスでもあり、犯人が特定できたと思ったのもつかの間、新たな疑問に突き当たって振り出しに戻るという、ディーヴァーお得意の二転三転、どんでん返しが繰り広げられる。それでも本作ではリンカーン・ライム・シリーズほどのあざとさがないので、読んでいて安心感がある。 ディーヴァー・ファンはもちろん、サスペンス・ミステリーのファンならどなたにもオススメしたい。 |
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雑誌に連載された長編というより中編の小説。激しく変化する忙しい職場で神経をすり減らしている男が、耳が聞こえない女性に恋をする恋愛ファンタジーである。
ふとした出会いから始まり、ゆっくりと付き合いを深め、理由が分からないまま危機に陥り、また元の状態に戻って行く。ありふれたといえばありふれた若い男女のラブ・ストーリーなのだが、主人公が携わる仕事の狂気と対比されることで、人を愛することの意義がじんわりと心にしみ込んで来る。説明されない物語展開がいくつもあるのだが、それも気にならない淡白なトーンが心地いい。 心に余裕があるときに読むことをオススメする。 |
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北欧を代表する警察小説シリーズ「特捜部Q」の第8作。主要登場人物ながら、これまで謎に包まれていたアサドの過去が明らかになる、中東テロの歴史を背景にしたアクション・サスペンスである。
キプロスの海岸に打ち上げられたシリア難民の女性の報道写真を目にして、アサドは激しく動揺する。それは、アサドが絶対に忘れられない過去の出来事に深く関わっている女性だったのだ。その写真に隠された意図を察知したアサドは、これまでひた隠しにして来た人生の秘密を特捜部Qのメンバーに打ち明け、忌まわしい過去の因縁を清算するために宿敵であるテロ組織のリーダー・ガーリブと対決することを決意する。同じ頃、特捜部は若い男から無差別殺人の予告を受けて捜査を進めていたのだが、リーダーのカールはアサドに同行することを優先し、事件の捜査を若いローセとゴードンに任せることにした。二つの難問に直面し、戦力の分散を余儀なくされた特捜部Qは、その存在意義を証明できるのだろうか? フセイン政権崩壊時の混乱に遡るアサドの壮絶な過去が明かされるのが、本作の一番の読みどころ。これまでもただ者ではないところを見せて来たアサドだったが、その素性が判明すると、なるほどと納得させられる。中東とヨーロッパの歴史の狭間で翻弄される社会的被害者としてのアサドが選択せざるを得なかった個人として、家庭人としての悲劇は限りなく深い。さらにそれは、殺人予告をしてきた男の生きづらさと絶望にもつながっているのだった。ただ、国際テロを相手にする戦いで、舞台背景がヨーロッパ全土や中東の現代史まで広がったため、特捜部Qのメンバーの存在感がやや薄れてしまったのが玉にきずである。 シリーズ読者にとってはアサドの背景を知るために必読。ポリティカル・サスペンスのファンにもオススメできる。 |
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1998年から2000年代に雑誌掲載された10本を集めた短編集。
どれも登場人物は普通の生活をしている人物なのだが、周りとの関係性や社会の認識にちょっとだけズレがあり、それがドラマを生みそうで、結局はドラマチックではない物語ばかりである。それぞれに小説的な技巧やアイデアがあり、決して退屈な作品ではない。 休日の昼下がり、旅の途中での待ち時間などに最適。 |
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「猿シリーズ」か「サム・ポーター刑事シリーズ」かはさておき、三部作の第二作。前作で取り逃がした「四猿」がまた犯行を重ねているのか? 事件の真相解明に奮闘するシカゴ市警とFBIをあざ笑うかのごとく、凶悪で狡猾な犯行を繰り返す「四猿」が主役となったサイコ・サスペンスである。
「四猿」が姿を消してから4ヶ月後、再びシカゴ市民を震撼させる少女殺害事件が発生し、マスコミを始め世間は「四猿」が戻って来たとして騒然となる。連続少女誘拐事件の発生当初から「四猿」を追って来た刑事ポーターたちのチームは、再び集結し、事件を解明しようとする。しかし、前回の捜査が失敗だったとして捜査の主導権をFBIに奪われ、さらにポーターは越権行為をとがめられて捜査から外されてしまう。そんな中、新たな少女行方不明事件が発生、さらには行方不明者の親が殺害される事態まで起き、捜査は混乱を深めて行く。そして捜査から外され一人で独自の捜査を進めていたポーターのもとに一枚の写真が届き、そこには「四猿」からのメッセージが書かれていた・・・ 前作に引き続き、シカゴ市警とポーター刑事が捜査をする警察ミステリーの構成だが、主役は希代のサイコパス「四猿」になっている。衝撃的な犯行とその裏側を読む捜査の進行がメインストーリーだが、犯人である「四猿」の過去が重要な意味を持っているため、「四猿」の過去をメインに据えた前作「悪の猿」を読んでいないと、意味不明とまでは言わないが理解しづらいところがある。ストーリー展開は緊張感があり、登場するエピソードもスリリングで、極めて完成度が高いサイコ・サスペンスと言える。さらに、第三部へとつながるエンディングは巧妙で、次作への期待を盛り上げる。 シリーズとして、必ず第一作から読むことをオススメする。 |
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大阪府警シリーズの第4作。遺跡発掘を舞台に考古学界の闇を解明していく黒マメ・コンビの活躍を描いた警察ミステリーである。
遺跡発掘現場で、崩れ落ちた土砂の下から現場責任者である大学教授の死体が発見された。事故死かと思われたが不可解な点が多く、府警捜査一課が乗り出したところ、死体から採取された土が現場の土とは一致しないことが判明、殺人事件として捜査が始まった。さらに、別の発掘現場では教授と同じ研究室のスタッフが墜死するという事故が発生し、警察が二つの事態の関連性を中心に捜査を進めると、研究室を中心にした複雑な人間関係、権力争いが見えてきた。これは連続殺人事件なのか、動機は何か、日ごろはグータラで文句たれの黒マメ・コンビだが、マメちゃんの鋭い推理を基に寝る間も惜しんで真相解明に奮闘した・・・。 謎解きミステリーとしてはやや平凡、よくあるパターンの展開と言えるのだが、大阪府警シリーズのキモとなる軽妙な会話とユーモア、綿密な取材に基づく業界の内情の暴露と社会的な問題提起という構成が高い完成度を見せた作品である。特に、黒マメ・コンビの掛け合いが見事で、二人のキャラクターが生き生きと眼前に現われて来るのが楽しい。 大阪府警シリーズの成熟を告げる作品として、シリーズ・ファン、黒川博行ファンは必読。軽めの警察ミステリー・ファンにもオススメする。 |
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デビューから間もない1985年の作品。彫刻の世界を舞台に、芸術家たちの欲望が生み出した事件を女子大生コンビと兵庫県警の刑事が解明する正統派ミステリーである。
京都の美大に通う美和と冴子のコンビが彫刻界の大物に嫁いだ美和の姉の邸を訪ね、邸内のアトリエで倒れている姉を発見した。姉の命は助かったのだが、現場の状況から睡眠薬を飲みガス栓を開いての自殺未遂と推定された。ところが、事件後から姉の夫の行方が分からなくなっていることから、警察は夫による自殺偽装を疑うようになった。警察の捜査とは別に、好奇心旺盛で行動派の美和は冴子を巻き込んで独自に犯人探しを始め、なかなかの素人探偵ぶりを発揮し・・・。 謎解きの構成、登場人物たちの軽妙な会話、業界の裏話から生まれるリアルなエピソードなど、代表作である大阪府警シリーズほどの完成度ではないが、そこに至る道筋がくっきりと見える傑作エンターテイメントである。 黒川博行ファンには絶対のオススメ。謎解きミステリー、軽快なバディもののファンにもオススメする。 |
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