八日目の蝉

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評判

八日目の蝉の評価:

4.06/5点 レビュー 425件。 A ランク

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平均点4.06pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全735件 241〜260 13/37ページ
No.495
(5pt)

母となっても、母になれない

ある人の書評を読んで、読みたくなりました。奪った子を慈しむ女を憎みきれなかったです。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.494
(2pt)

「母性」があれば、誘拐をしても許されるとでもいいたいのか

角田光代の小説は、女性に対して肯定的な描写が多いが、男性に対しては否定的な描写が多いと感じる(「対岸の彼女」など)。この作品はまさにそうだった。

どうしてだらしがなく、無責任な男ばかりを描くのか。確かにそのような男性は現実にもいるが、それを考慮しても描写が偏りすぎている。作者は男性全般に対して嫌悪感を抱いているとしか思えない。

加えて、女性の男性に対する文句や愚痴は赤裸々に語られるが、女性の女性に対する愚痴はほとんどないか、あってもあまり否定的ではない。不平等である。自分は男性なので、これらの部分が非常に不愉快だった。

また、作中ではなんとなく誘拐犯の女性が肯定的に描かれている。しかし主人公が行ったのは、子供の一生を狂わせる重大な犯罪であり、それを肯定するなど(たとえ肯定的な雰囲気だけでも)あり得ない。「母性」豊かであれば、誘拐をしても許されるとでも言いたいのか。作者は母性というものをはき違えている。主人公の抱いた「母性」は本当の母性ではなく、ただの自己中心的な所有欲でしかない。もし主人公が本当に母性を理解していたならば、たとえ不倫相手の妻を憎らしく思っていたとしても、生まれたての一番かわいい時期の子供を引き離されれば母親はどのように感じるのか、容易に想像できたはずである。

男性である私には、女性についてつくづくわからないことが多い。おそらく作者は男性が女性や母性といった事柄を完全には理解できないことを逆手に取っているのだろう。「男性には不思議だろうけど、女性ってこうなのよ。母性ってこんな感情なのよ」と。しかしそれは自らが女性であることに甘え、女性であることに胡坐をかいているのに他ならない。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.493
(5pt)

母となっても、母になれない

ある人の書評を読んで、読みたくなりました。奪った子を慈しむ女を憎みきれなかったです。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.492
(2pt)

「母性」があれば、誘拐をしても許されるとでもいいたいのか

角田光代の小説は、女性に対して肯定的な描写が多いが、男性に対しては否定的な描写が多いと感じる(「対岸の彼女」など)。この作品はまさにそうだった。

どうしてだらしがなく、無責任な男ばかりを描くのか。確かにそのような男性は現実にもいるが、それを考慮しても描写が偏りすぎている。作者は男性全般に対して嫌悪感を抱いているとしか思えない。

加えて、女性の男性に対する文句や愚痴は赤裸々に語られるが、女性の女性に対する愚痴はほとんどないか、あってもあまり否定的ではない。不平等である。自分は男性なので、これらの部分が非常に不愉快だった。

また、作中ではなんとなく誘拐犯の女性が肯定的に描かれている。しかし主人公が行ったのは、子供の一生を狂わせる重大な犯罪であり、それを肯定するなど(たとえ肯定的な雰囲気だけでも)あり得ない。「母性」豊かであれば、誘拐をしても許されるとでも言いたいのか。作者は母性というものをはき違えている。主人公の抱いた「母性」は本当の母性ではなく、ただの自己中心的な所有欲でしかない。もし主人公が本当に母性を理解していたならば、たとえ不倫相手の妻を憎らしく思っていたとしても、生まれたての一番かわいい時期の子供を引き離されれば母親はどのように感じるのか、容易に想像できたはずである。

男性である私には、女性についてつくづくわからないことが多い。おそらく作者は男性が女性や母性といった事柄を完全には理解できないことを逆手に取っているのだろう。「男性には不思議だろうけど、女性ってこうなのよ。母性ってこんな感情なのよ」と。しかしそれは自らが女性であることに甘え、女性であることに胡坐をかいているのに他ならない。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.491
(1pt)

うーん

自分は堕胎をしたのに(不倫相手との将来のためにと説き伏せられ) 不倫相手は妻との子供は産ませます。その赤ちゃんを主人公が盗んで5歳になるまで逃亡しながら育てる話で、後半は子供が大人になった視点で書かれます。
母親の心理として、中途半端な気がします。

予防接種もしないで主人公が不安になるシーンがありますが、子供の健康に対する不安は、頭から離れられないくらいだと思いますが、そこは目の前の子供が笑っていれば済んでしまいます。
主人公が実際に産んだ子供ではないから、何かしら未熟だから、という視点で書いているならすばらしく掘り下げていると思いますが、 最後まで読んでみても ただ 一緒にいたい、血はつながってなくても愛しているんだ、自分勝手だけど親子なんだ、というメッセージしか受けません。 

そして主人公が不自然な生活を自覚してて心の中で謝罪してるのが読めますが、究極 自分はどうなっても自分の子だけがよければいいという血なまぐさい、本当の母親になっていく感じがないです。
主人公はあくまで自分と子供の関係(いつまでも共にいる)にこだわります。 ねらって書いてるならたいしたものですが。 

母親の思考はもっと偏っていて これだけ子供に依存しているならもっと支配的になりますし、予防接種をみすごせるなら生活全体がネグレクトのようになる方が自然だと思います。
健康にも、環境にも無責任でありながら 自然を見せてやりたいとか、暖かい食事を用意するとか、愛しているとかいうのはある意味とても器用な生き方で、これができる母親というものがしっくりきません。
それを、逃亡生活だからだよ、と片付けちゃってる感じです。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.490
(5pt)

こんなにおもしろい読み物があったのか

小説はほとんど読まないのですが
これはドキュメントかと錯覚するようで、夢中で読み終えました。
場面ごとに鮮やかに情景が浮かんで来て、とてもリアル。
書き方が上手いんだと思いました。
このような作品にまた出会いたいものです。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.489
(1pt)

うーん

自分は堕胎をしたのに(不倫相手との将来のためにと説き伏せられ) 不倫相手は妻との子供は産ませます。その赤ちゃんを主人公が盗んで5歳になるまで逃亡しながら育てる話で、後半は子供が大人になった視点で書かれます。
母親の心理として、中途半端な気がします。

予防接種もしないで主人公が不安になるシーンがありますが、子供の健康に対する不安は、頭から離れられないくらいだと思いますが、そこは目の前の子供が笑っていれば済んでしまいます。
主人公が実際に産んだ子供ではないから、何かしら未熟だから、という視点で書いているならすばらしく掘り下げていると思いますが、 最後まで読んでみても ただ 一緒にいたい、血はつながってなくても愛しているんだ、自分勝手だけど親子なんだ、というメッセージしか受けません。 

そして主人公が不自然な生活を自覚してて心の中で謝罪してるのが読めますが、究極 自分はどうなっても自分の子だけがよければいいという血なまぐさい、本当の母親になっていく感じがないです。
主人公はあくまで自分と子供の関係(いつまでも共にいる)にこだわります。 ねらって書いてるならたいしたものですが。 

母親の思考はもっと偏っていて これだけ子供に依存しているならもっと支配的になりますし、予防接種をみすごせるなら生活全体がネグレクトのようになる方が自然だと思います。
健康にも、環境にも無責任でありながら 自然を見せてやりたいとか、暖かい食事を用意するとか、愛しているとかいうのはある意味とても器用な生き方で、これができる母親というものがしっくりきません。
それを、逃亡生活だからだよ、と片付けちゃってる感じです。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.488
(5pt)

こんなにおもしろい読み物があったのか

小説はほとんど読まないのですが
これはドキュメントかと錯覚するようで、夢中で読み終えました。
場面ごとに鮮やかに情景が浮かんで来て、とてもリアル。
書き方が上手いんだと思いました。
このような作品にまた出会いたいものです。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.487
(4pt)

引き込まれた

最初から引き込まれてしまって、最後までとても面白かった!

気持ちがぐいぐい入ってきた。他の作品も読みたい。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.486
(1pt)

コピーライターが書いたような作品

つまり、掴みは良いけどその後がね・・・。という(苦笑)

何なんですかね−
この小説って誰に照準をあわせているのかよく分からない。まぁ一応薫がメインなんでしょうけど、不倫相手の子を生む決意をしたところ以外はあまり内面が良く分からない。希和子は希和子で薫への愛情(但し自分勝手な愛情)に殉じたところ以外に特に見るべき所は無い。一番色々な葛藤がありそうな薫の実の母親は、描写が殆ど無い上、実は自分も浮気しちゃう粘着質で痛い人物で、全く共感できない・・・。
テーマの目の付け所は良いと思うんですけど、なんかイマイチ掘り下げられて無い気がするんですよねぇ。これは賞を取る程の作品なのか??というのが正直な感想でした。

結局、良かったのは着想まで、でしたね。(あとはタイトル、この作品で秀逸なのはココだけ!)
作者の力量を見た思いです。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.485
(5pt)

なんども泣きました

子供を持つ身として、胸がかきむしられるようなシーンが何度もありました。
この一冊で、角田光代さんのファンになりました。
他の作品も読んでみたいと思います。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.484
(3pt)

八日目の蝉の意味

登場する男性が情けない。子供を産み一人で育てる決意をする恵理菜には女性の本能的な強さを感じる。八日目の蝉は困難から逃げず立ち向かう物にだけ与えられる充実した意味のある時間と感じる。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.483
(3pt)

2010年代を決定づけた作品

最初に読んだ時は、涙が止まらなかった。
しかし、その後に沸き上がる違和感。涙など流す必要はない。涙を流す作品でなくとも、私は真実を見たいのだ。
最初の数ページと、ラストの数ページを読めばわかる。この小説は構成が破綻している。

最初の数ページで、この小説のテーマがわかる。誘拐された赤ん坊にとって、精神的に繋がれる母親は誰かが、この小説のテーマである。
誘拐された赤ん坊、秋山恵理菜が成長して採る行動で、恵理菜にとっての真の母親がわかる。恵理菜は、妻子ある男と不倫関係になり、男の子供を妊娠する。
この行動は夫に浮気をされた、実の母親の影響によるものではない。恵理菜を誘拐した、野々宮希和子の性格を受け継いだ結果である。
そして、恵理菜自身が、実の母親より希和子に心情を寄せている。しかし、ラストで恵理菜はこう言うのである。
「私は世界一悪い女にさらわれたのだ。私が家を好きになれないのは、父と母が私に背を向けるのは、すべてあの女のせいだと思えば、少しだけ気持ちが楽になった。楽でいるために私はあの女を憎んだ。あの女の存在を私たち家族のなかにひっぱりこんだ」
子供の自分をここまで痛め付ける必要はないだろう。これは子供の自分に不必要な倫理観を要求する、不自然な成長である。

恵理菜にとって、精神的に繋がれる母親は希和子である。
その恵理菜は妊娠して、子供を産む決意をする。
ここまではいい。しかしこの後、恵理菜は急速に大人になる。
誘拐事件により崩壊した家庭、無責任な父、家事を放棄した母に理解を示していく。
母親になるのだから、強くなるのはいい。しかしまだ19歳で、人への理解が急速に深まるのは不自然である。元々大人びた性格というわけでもないから、なおさらである。
そして小豆島に向かう途中の岡山で、恵理菜は希和子とすれ違う。希和子の方は恵理菜に、かつて自分が育てた幼児の面影を見たが、恵理菜は気づかなかった。
岡山から小豆島に向かうフェリーで、恵理菜は実家で子供を育てる決心をする。
一方の希和子の描写で、
「海は陽射しを受けて、海面をちかちかと瞬かせている。茶化すみたいに、認めるみたいに、なぐさめるみたいに、許すみたいに、海面で光は踊っている」
という言葉で、物語は結ばれる。
一見、将来の恵理菜との再会が約束されているようである。しかし文章がうまいので騙されそうだが、「茶化すみたいに」の言葉に、わずかに作者の本音が垣間見えるようである。あるいは作者の罪悪感とでも言うべきか。
将来の再会の約束をするくらいなら、互いを認めた上での再会をさせて、物語を終わらせればいい。そうしなければ、物語は終わらない。
しかし作者は「許すみたいに」と言うのである。希和子は罪人のまま、許されないまま、恵理菜の真の母である。作者が希和子に思い入れを持っていないとは思わないが、作者は希和子が恵理菜の真の母であることを認めなかった。

90年代に日本の個人主義は最高潮に達し、大なり小なり、個人主義に関わる様々な事件が起こった。
個人主義を批判する者は、集団主義をもって個人主義を批判した。
2000年代とは、個人主義から集団主義への移行期だと、
私は思っている。この2000年代の半ばに、『八日目の』は世に出た。時代の流れに沿う形で、『八日目の』はヒットしたが、勢い余って、2010年代の少なくとも一部を形成した観さえある。
すなわち、自分の真の願望を封印することで集団に溶け込む形の集団主義の形成に、この作品は貢献したのである。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.482
(4pt)

引き込まれた

最初から引き込まれてしまって、最後までとても面白かった!

気持ちがぐいぐい入ってきた。他の作品も読みたい。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.481
(1pt)

コピーライターが書いたような作品

つまり、掴みは良いけどその後がね・・・。という(苦笑)

何なんですかね−
この小説って誰に照準をあわせているのかよく分からない。まぁ一応薫がメインなんでしょうけど、不倫相手の子を生む決意をしたところ以外はあまり内面が良く分からない。希和子は希和子で薫への愛情(但し自分勝手な愛情)に殉じたところ以外に特に見るべき所は無い。一番色々な葛藤がありそうな薫の実の母親は、描写が殆ど無い上、実は自分も浮気しちゃう粘着質で痛い人物で、全く共感できない・・・。
テーマの目の付け所は良いと思うんですけど、なんかイマイチ掘り下げられて無い気がするんですよねぇ。これは賞を取る程の作品なのか??というのが正直な感想でした。

結局、良かったのは着想まで、でしたね。(あとはタイトル、この作品で秀逸なのはココだけ!)
作者の力量を見た思いです。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.480
(5pt)

なんども泣きました

子供を持つ身として、胸がかきむしられるようなシーンが何度もありました。
この一冊で、角田光代さんのファンになりました。
他の作品も読んでみたいと思います。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.479
(3pt)

八日目の蝉の意味

登場する男性が情けない。子供を産み一人で育てる決意をする恵理菜には女性の本能的な強さを感じる。八日目の蝉は困難から逃げず立ち向かう物にだけ与えられる充実した意味のある時間と感じる。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.478
(3pt)

2010年代を決定づけた作品

最初に読んだ時は、涙が止まらなかった。
しかし、その後に沸き上がる違和感。涙など流す必要はない。涙を流す作品でなくとも、私は真実を見たいのだ。
最初の数ページと、ラストの数ページを読めばわかる。この小説は構成が破綻している。

最初の数ページで、この小説のテーマがわかる。誘拐された赤ん坊にとって、精神的に繋がれる母親は誰かが、この小説のテーマである。
誘拐された赤ん坊、秋山恵理菜が成長して採る行動で、恵理菜にとっての真の母親がわかる。恵理菜は、妻子ある男と不倫関係になり、男の子供を妊娠する。
この行動は夫に浮気をされた、実の母親の影響によるものではない。恵理菜を誘拐した、野々宮希和子の性格を受け継いだ結果である。
そして、恵理菜自身が、実の母親より希和子に心情を寄せている。しかし、ラストで恵理菜はこう言うのである。
「私は世界一悪い女にさらわれたのだ。私が家を好きになれないのは、父と母が私に背を向けるのは、すべてあの女のせいだと思えば、少しだけ気持ちが楽になった。楽でいるために私はあの女を憎んだ。あの女の存在を私たち家族のなかにひっぱりこんだ」
子供の自分をここまで痛め付ける必要はないだろう。これは子供の自分に不必要な倫理観を要求する、不自然な成長である。

恵理菜にとって、精神的に繋がれる母親は希和子である。
その恵理菜は妊娠して、子供を産む決意をする。
ここまではいい。しかしこの後、恵理菜は急速に大人になる。
誘拐事件により崩壊した家庭、無責任な父、家事を放棄した母に理解を示していく。
母親になるのだから、強くなるのはいい。しかしまだ19歳で、人への理解が急速に深まるのは不自然である。元々大人びた性格というわけでもないから、なおさらである。
そして小豆島に向かう途中の岡山で、恵理菜は希和子とすれ違う。希和子の方は恵理菜に、かつて自分が育てた幼児の面影を見たが、恵理菜は気づかなかった。
岡山から小豆島に向かうフェリーで、恵理菜は実家で子供を育てる決心をする。
一方の希和子の描写で、
「海は陽射しを受けて、海面をちかちかと瞬かせている。茶化すみたいに、認めるみたいに、なぐさめるみたいに、許すみたいに、海面で光は踊っている」
という言葉で、物語は結ばれる。
一見、将来の恵理菜との再会が約束されているようである。しかし文章がうまいので騙されそうだが、「茶化すみたいに」の言葉に、わずかに作者の本音が垣間見えるようである。あるいは作者の罪悪感とでも言うべきか。
将来の再会の約束をするくらいなら、互いを認めた上での再会をさせて、物語を終わらせればいい。そうしなければ、物語は終わらない。
しかし作者は「許すみたいに」と言うのである。希和子は罪人のまま、許されないまま、恵理菜の真の母である。作者が希和子に思い入れを持っていないとは思わないが、作者は希和子が恵理菜の真の母であることを認めなかった。

90年代に日本の個人主義は最高潮に達し、大なり小なり、個人主義に関わる様々な事件が起こった。
個人主義を批判する者は、集団主義をもって個人主義を批判した。
2000年代とは、個人主義から集団主義への移行期だと、
私は思っている。この2000年代の半ばに、『八日目の』は世に出た。時代の流れに沿う形で、『八日目の』はヒットしたが、勢い余って、2010年代の少なくとも一部を形成した観さえある。
すなわち、自分の真の願望を封印することで集団に溶け込む形の集団主義の形成に、この作品は貢献したのである。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.477
(5pt)

小説を読む醍醐味を十分に味わうことができました。

第二回中央公論文芸賞受賞という肩書に惹かれて購入。

0章から2章からなり、特に希和子の逃避行が描かれている1章は、鬼気迫る文体で、ドキドキしながらページをめくりました。

1章があまりに迫力がありすぎて、2章は少し退屈な感じがしてしまいましたが、やはり希和子には心打たれました。

ストーリーも文体も秀逸で、小説を読む醍醐味を十分に味わうことができる作品でした。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.476
(3pt)

救いようのない話

他人の子供を盗み、乳児期から幼児期までを、ただただ可愛がる。
子供の将来を真剣に考えることもせず、その子の一生を背負う覚悟の重さもない。
それを「母性」だと勝手に感違いする未熟な女性の話だろうか。
そういう狂気は、うまく表現されていると思う。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257