八日目の蝉

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評判

八日目の蝉の評価:

4.06/5点 レビュー 425件。 A ランク

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平均点4.06pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全735件 161〜180 9/37ページ
No.575
(5pt)

息もつかせない逃亡劇

子供を連れた逃避行が作中ずっと描かれていますが、いく先々で触れる人々の気遣いや温かさを感じ、また狡さも感じる作品。いつの時代も、大人が逃げ回ったいざこざの影響を受けるのは子供だけれど、その子供がどう生きるかによって将来は変えられる。そんな事を思いました。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.574
(5pt)

パパだって泣いたよ

誘拐犯(主人公)は赤ちゃんをその自宅からさらい、逃亡しながら育てる。自分をママと呼 ばせ、誰からも親子として扱われる。主人公は、この子との生活のためにすべてを犠牲にする。居場所を求めて有り金すべてを修道院のような施設に寄付して入所を許される。世間に自分の正体を知られることを恐れ、その危険が近づいたときには即座にその場の生活を捨て逃亡する。小豆島での生活は、幸福の絶頂だった。初めての2人だけの生活。互いを 常に求め周囲からの慈しみにも恵まれていた。しかし、ついに発覚。逮捕されたとき子どもは4歳。

この物語の何が心を動かすのだろうか。

小豆島の素麺屋の女主人が子どもを抱きしめながら「子どもはこのくらいが一番良いねえ」と言ったが、確かにそうだろう。
私自身、娘が小さかった頃のことを思い出さない日は一日としてない。まだ赤ん坊の時、一緒にお風呂に入れたこと。体中に肉がぷっくりと付いていてそれを抱きかかえたときの感触の何とも言えない心持ち。あのころは私が折った脚の膝と腰の間に子ども寝かせて湯につからせた。少し大きくなって、湯船から出るとき、 自分の脚で出たがるようになると、私の膝を踏み台にして出た。あの手の小ささ。ふっくらとして指。自分と私の股間を見比べて「自分はまだちっちゃいからこうなんだよね。大人になればパパみたいになるんだよね」と聞かれて、「そうだよ」と答えたな。
居間で腹這いになって新聞を読んでいると、その下に強引に潜り込んできておもちゃをいじった。私が椅子に座ってテレビを見ていると私の膝の上に上がってきたので、私が子どもの頭の上に顎を載せてぐりぐりをした。
自転車の練習では苦労した。クルマの来ない道路で、腰をかがめて、小さな自転車を押して走る。ゼイゼイしてたまらず立ち止まると、自転車はそのままスーッと走っていく。いいぞ!と見ていると、前輪が左にそれ、蓋のない側溝にはまり娘は顎をハ ンドルに打ち付けた。あわてて飛んでいって抱き上げると、大粒の涙を流しながら「パパが悪いんだよ。パパが悪いんだよ。パパ、大っ嫌い」と言いながらしがみつ いてきた。

そんな、子どもにとって親の占める位置が圧倒的に高かった日々、こどもが親を全身で求めてくれた時代をすくい取って、物語の中心に据える。そりゃたまらないよ。育てる者にはかわいい子どもの姿しかない。子どもにとっても、圧倒的な愛の対象としての親しかない。そこだけつかみ取っ て、これでもかこれでもかと愛情生活を表現する。しかも、それが突然失われることを意識させられ見せられ読まされ、生木を裂きようなそのシーンを実際に描 く。涙がこぼれざるを得ない。何と気の毒な子どもか。何とかわいそうな母親かと。その感情は高みから見る傍観者のものではない。読者・視聴者自身が経験し た生の感情が投影される。

主人公が逮捕され、本当の親のところに戻された女の子は、新しい環境になじむことができなかった。後半部分はこの子の話が中心となる。大学2年になったその子は様々な葛藤を抱えて成長を遂げていた。その過程で主人公のことは記憶の外に押し出していた。終盤になり、修道院のような施設で互いに幼児で遊び友達だった女性が現れ、その誘いにより小豆島に向かう。すると、主人公との別離前の記憶がよみがえってくる。話す言葉まで小豆島の方言に変わる。そし て、主人公との別離の瞬間の記憶がよみがえり、それまで「あの女」としか表現していなかった主人公のことを「おかあさん」と声に出し、求め、激しく慟哭する。

今現在の私の生活の中で、かつてのような親子関係は望むべくも無い。もう娘たちは私の存在を何も必要としてないし、なかなか話もしてくれない。この娘たちと あの可愛かった子どもはすでに異質の存在である。親である自分にとって、かつての「こども」は既にある意味死んでしまっていると言って良いのかもしれない。子どもにとっても、かつての親は既にもういない。こどもの成長には、このような悲劇が必然的に伴うものなのだろう。

赤ん坊時代から幼児までの養育時代を、主人公の逮捕という形で終結させるこの作品の展開は、そのことを象徴的に表現している。緩慢なる喪失を突然の遮断という形で。うまい設定だなと感心する。

何にしても泣かされました。傑作。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.573
(5pt)

引き込まれます

子供を持つ親であれば少なからず考えさせられる内容です。表出が上手なのでついつい読み進めてしまいます。読み終わった時の、まぁそうだよな〜、と言った心境や、でもなぁ〜、と言った心境がこの本の全てかと思います。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.572
(5pt)

絶対にこれらの愛!

私は完全に満足しています。 我々は非常にそれらを持って喜んでいた。 お店は大丈夫です。数回を購入するには、サービスや古い顧客は非常に思慮深い、後で頻繁に来る!店がそのようなサービス態度を保つことができれば、それはすぐに王冠であることを信じる! その価格は私が見た店の中でかなり妥当です。 それは高品質の素晴らしいものです。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.571
(3pt)

いいね

逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか…。東京から名古屋へ、女たちにかくまわれながら、小豆島へ。偽りの母子の先が見えない逃亡生活、そしてその後のふたりに光はきざすのか。心ゆさぶるラストまで息もつがせぬ傑作長編。第二回中央公論文芸賞受賞作。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.570
(5pt)

息もつかせない逃亡劇

子供を連れた逃避行が作中ずっと描かれていますが、いく先々で触れる人々の気遣いや温かさを感じ、また狡さも感じる作品。いつの時代も、大人が逃げ回ったいざこざの影響を受けるのは子供だけれど、その子供がどう生きるかによって将来は変えられる。そんな事を思いました。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.569
(5pt)

映画を見た後に読みました。

昔から探偵小説(推理小説)しか読まない私ですが、映画を見てとても良かったので(永作さんの芝居に感心しました。)、本も読んでみました。映画より登場人物も多く内容が詳しいのと、結末に違いがありこちらはこちらで、面白く読みました。ドラマも是非観てみたいと思います。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.568
(5pt)

映画を見た後に読みました。

昔から探偵小説(推理小説)しか読まない私ですが、映画を見てとても良かったので(永作さんの芝居に感心しました。)、本も読んでみました。映画より登場人物も多く内容が詳しいのと、結末に違いがありこちらはこちらで、面白く読みました。ドラマも是非観てみたいと思います。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.567
(5pt)

解説がひどい。

涙ぐみながら読みました。
繊細な描写や感情の書き方がとてもよかった
巻末の解説が残念すぎる。
なぜこんなの載せたのか疑問。
作品の余韻ぶちこわしです
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.566
(5pt)

はじめての角田光代

表紙を見て、つまらなそう。 でも、はじめの1ページ目から、希和子に感情移入してしまった。あかちゃんが、まさに私の目の前にいるような気持ちになった。かわいい。自分の子どもを中絶しなければならなかった希和子の気持ちが痛いほど伝わってくる。世の中全てを敵に回しても、この子を守り育てよう。一緒に生きてゆこう。なんか涙がでてくる。
逮捕される時も、自分のことより、あの子は朝ごはんをまだ食べてないの。あぁ、おかあさんなんだ。
希和子はちいさかった薫とすごした、小豆島での生活に思いをはせる。秋山恵理奈になった薫も、幼児期仲良しだったマロンちゃんと一緒に小豆島へ向かう。エンディングもすばらしい。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.565
(5pt)

解説がひどい。

涙ぐみながら読みました。
繊細な描写や感情の書き方がとてもよかった
巻末の解説が残念すぎる。
なぜこんなの載せたのか疑問。
作品の余韻ぶちこわしです
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.564
(5pt)

はじめての角田光代

表紙を見て、つまらなそう。 でも、はじめの1ページ目から、希和子に感情移入してしまった。あかちゃんが、まさに私の目の前にいるような気持ちになった。かわいい。自分の子どもを中絶しなければならなかった希和子の気持ちが痛いほど伝わってくる。世の中全てを敵に回しても、この子を守り育てよう。一緒に生きてゆこう。なんか涙がでてくる。
逮捕される時も、自分のことより、あの子は朝ごはんをまだ食べてないの。あぁ、おかあさんなんだ。
希和子はちいさかった薫とすごした、小豆島での生活に思いをはせる。秋山恵理奈になった薫も、幼児期仲良しだったマロンちゃんと一緒に小豆島へ向かう。エンディングもすばらしい。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.563
(5pt)

It's fabulous beyond description!

筆舌に尽くし難い程、素晴らしいです。たいへん有難うございます。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.562
(4pt)

スリルに満ちた面白さ

愛人の赤ん坊を盗むというとてつもない犯罪を犯して、逃亡生活をする主人公. それはスリルがあってとても臨場感があってあっという間に読み終えた。以前にあったホステス殺しで逃亡して時効寸前で捕まった事件を思い出した。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.561
(5pt)

母性

いかがわしい設定ですが、小説なんでぶっ飛んでる方が良いわけで。
逮捕されるシーンでの一言がヤバいのだ。母性って凄いやと思わされた。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.560
(4pt)

目眩がするほど深くて暗い、罪と愛。

自ら罪を選んだ女の、だからこそ手に入った至福の時間と
自ら罪を招いた女の、憎悪と渇望にまみれた時間を
罪も愛も執着も無関心も醜さも美しさも全部混ぜこんで
何一つ選べなかった少女の人生に刻み込んだお話
*****

だいぶ前に壇れい主演のドラマを観て、
その後、永作博美主演の映画を見て、その後に原作を読んだ。
やっぱり私は本が好きなんだなあと再認識。
文字から、コトバから、文章から、行間から、
匂い立って溢れだして迫りくる情景や心情は
映像が直接的に見せてくるそれよりも
ずっとずっと濃ゆくて深くて目眩がした。

家族とは、母性とは、愛情とは、我欲とは、男とは、女とは、罪とは、道徳とは。
それらの根底にある価値基準に、ゆらーりゆらりと揺さぶりかけてくるよな話。

一貫したテーマは「母親」であろうけれど、
それぞれが、手も足も出せぬような人生の網目に絡み取られながら
なんとか生き抜こうとする、その足掻きぶりが描かれている。
ただ足掻きながら進もうとするのは女ばかりで、
本書に登場する男はあまりに情けないダメ男ばかりなので、
主人公への共感しづらさも含め全般的に男性は読みにくいであろう。
そして様々な事情で、人生で母親として過ごす時間は無いだろうなと
予感したり腹をくくったりしている女性には、かなり精神的拷問のような小説かもしれない。

ー以下レビューというより個人的雑感。

不倫の末に、夫婦の赤ちゃんを誘拐した女を突き動かしていたものは、本当に母性だろうか、愛情だろうか。
自分の元へ取り戻した娘とうまく向き合えず、
自分の想いとかけ離れたところにいる娘にヒステリックに自我をぶつける実母は、
やはり母親と呼ぶに値しないのだろうか。

誘拐犯・希和子と薫(本来は恵理菜)が過ごした時間は、とても温かく愛情たっぷりに描かれる。
対して実の家族の元へ戻ってからの時間は、苦痛に満ちた時間として描かれる。
その苦痛の種を撒いたのが希和子だったとしても、
希和子と共に過ごした時間は断罪すべきものばかりではなかったと、
母親らしかったのはむしろ希和子の方だと、感じさせるような描き方。
でも親子ってそんな綺麗でヌルイもんじゃない。
ざらざらしていて厄介で、だけどもだからこそ、
温かいものが通う瞬間を、愛おしく抱きしめたくなるような、
そういうものなんじゃないかと思う。
恵理菜が息苦しくていたたまれなくて、
早く出たいと思っていた実の家族との間には、
家族特有の、親子だからこその、厄介なざらつきがへばり付いている。
それは希和子と薫のクリーンルームみたいな関係では存在しなかったもの。

私には希和子が薫と共に過ごした時間は、薫を愛した時間には思えない。
希和子が薫を通して己を愛した時間だ。
希和子の母性とは、むしろその手を薫から離した瞬間に芽生えたものではないか。
薫を失ってからの長い長い歳月こそが、薫を愛する為に与えられた時間。
一方、実の母親の方はと言えば、
自分の元に愛する娘が戻ってきた瞬間に、自我に母性を奪われてしまった。
希和子とは対照的に、長い長い歳月をかけて、母性を取り戻す業を強いられる。
いずれにせよ、過酷な時間。

ただ言えるのは、醜く逞しく愛を掲げる女たちも、
無責任で情けない男たちも、
なんにせよ大人は自分で選んだ結果だった。
だけどこどもは何も選べなかった。
後半部分は、何も選べず翻弄されてきたこどもたちが、
自らの人生を自分で選び取りながら進もうとする姿が描かれる。
この後半部分のリアリティが私はとても好きだ。
結局、どちらの母親へも感情移入できず、恵理菜に一番共感できた私は、
母性の薄いオコチャマだと言うことなのかもしれぬ。

そしてドラマ・映画全てのキャストの中で一番素晴らしい配役だったなと思うのは、
映画の千草役、小池栄子かな。ぴったり。

ーそうだ、どこかにいきたいと願うのだったら、だれも連れていってなんかくれやしない、
私が自分の足で歩き出すしかないのだ。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.559
(4pt)

誘拐犯ではあるのですが愛すると言う選択をした女性の物語

矢川澄子著、失われた庭を読んでから八日目の蝉を読みました。

矢川さんは全ての妹たちへ、と言う遺言を残して自殺されてしまっているのですが、遺族の意向により遺言の内容は公表されていないため、矢川さんが私達に伝えたかった事はなんだろう、そういう疑問を私は心の片隅に置いて生きてきました。

八日目の蝉は矢川さんの遺言の内容にかぶっているような気が私はします、矢川さんは人間性を否定するのではなく肯定する事、人を傷つけるのではなく愛すると言う選択があると言う事、そんな事を私達に伝えたかったのではないかと。

角田光代さんの著書と矢川澄子さんの遺言をごっちゃにしてはいけないのですが、人間性を失ってはいけない、愛すると言う事が私達に出来る唯一の選択ではないか、神や悪魔ではない人間はそれ以外の選択(人を傷つける、貶める、殺す)をしても苦しむだけで、自分の心の中の憎むと言う感情ではなく愛するに苦しくても焦点を当てる事が結局は相手だけでなく自分自身を守る事、生かす事につながるんじゃないか?。

八日目の蝉は、ありえない、かなり珍しい事例をタイトルにしているのですが、ありえない、めったにない事を私達は選択して別の未来を見る事ができる、今までとは違う結末、世界を知る事ができる、(もしかしたら矢川さんの遺言も家族の意向で見れる可能性も将来あるわけで)、八日目の蝉は大変ツラい経過を辿ってはいるのですが、人間性を尊重した選択、世界と言うものをほんの少しですがかいま見えた、そういう結末を迎える内容です。

矢川澄子さんの冥福を私は祈る事は出来ないのですが、矢川さんが私達に伝えたかった内容について、私はいつまでも忘れる事は出来ないので、別の物語の中に矢川さんの心情も反映して読んでしまうかもしれません。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.558
(4pt)

八日目の蝉の未来

1章の希和子の逃走劇も2章の薫(恵里菜)の現況もすべて「私」で語られる。それを読んでいる読者も「私」と一体になるが、同時に全体を俯瞰し個別のことがらを行ったり来たりするいわば「神」の目を持ってこの物語を追うことになる。
薫と希和子、恵里菜と恵津子/秋山の関係は一体化している。とてもエゴイスティックな人たちだ。自分の延長線上でないと人を愛せないという皮膚感覚の愛、というより愛着。それをさらに延長すれば嬰児殺しにまで行き着く。哺乳類である人間の本能だ。「動物」としての非常に強い縛り。これを克服するにはなにか超越的なものを持たないと難しいことは容易に察しが付く。だが一方で、希和子の薫への愛情は本当に親の愛情なのだろうかと思う。その反面、作者が母親でない実の母恵津子と偽の母希和子という設定は上手く機能していて、薫と希和子、薫と恵津子を見ていると親子といっても血統より皮膚感覚で成立するのではないかと考えさせる。薫は千種とも岸田とも恐ろしく危険な形をとることでしか信頼関係を築けない。とても危うい関係の築き方だが、こんな子はいまきっとたくさんいるのだろう。
「母親」という社会から期待され役割を演じるのは恐ろしくたいへんなことだ。この小説は解説で池澤夏樹がいっているようにフェミニズム小説だ。ろくでもない男しか出てこない。女の闘いとは現代の社会に組み込まれた暴力性といかに闘うかということだろうし、一方、男とは一体何者なのか。

出所後小豆島に渡る勇気がなく、休日や勤務の合間に岡山の港のフェリー乗り場で乗客を眺めることを喜びとする希和子と、岸田の子を身ごもって親に積年の恨みを晴らして、青い空と美しい緑の待つ小豆島に渡ろうとする薫はすれ違う。どんなになろうとも人間には最後には生きていく力がわき上がる、ということがこの小説の基底部をなしているが、その一方でとても憂鬱なトーンに支配されている。いわば、すべてが「後の祭り」の世界なのだ。これでよかったのだという感想も持ちうるが、薫は今後とてつもない困難を背負い込むだろうし、希和子も祭りの後の憂鬱さの中で少し輝いて見えるだけだ。日本社会は益々この憂鬱な色彩を濃くしている。
果たして人間がやり直すということはできるのだろうか?過去を振り返る形でしか未来に顔を向けられないというのではなく、希望を持って未来を切り開くということができるのか?

この小説は現在の日本のこの憂鬱な状況を見事に描いた。善悪というものははっきりしない。目に見えぬ何かのほうが見える何かよりもずっと大事なのだ。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.557
(5pt)

タイトルとは裏腹に

角田光代さんのお話は好きなのですが、タイトルの八日目の蝉とはやはり死をイメージしてしまい、長い間手を出せずにいました。
しかし読み始めたら、一気に読み進めていました。
タイトルの死のイメージとは裏腹に、読み終えた時には生に繋がっています。長いトンネルを抜けたように、重々しいテーマを潜り抜け読後感はスッキリとしていることに感動しています。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.556
(4pt)

私にとって薫としてではない、恵理菜が主人公でした。そして恵理菜の何もかもがまるで自分の姿でした。今度ドラマ化されるそうです。みようかどうしようか、少し考えています。

私にとって薫としてではない、恵理菜が主人公でした。そして恵理菜の何もかもがまるで自分の姿でした。今度ドラマ化されるそうです。みようかどうしようか、少し考えています。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257