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アフターダーク
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アフターダークの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.47pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全256件 181~200 10/13ページ
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私にとって「ねじまき鳥クロニクル」が村上作品を読む上での分水嶺だったように思います。それまでの現実世界と、そこから少しずれたパラレルワールドが交差するようなファンタジー的な味わいが大好きで、何度も繰り返しよみたくなってしまいます。でも「ねじまき鳥クロニクル」から少しずつ村上作品が変質していくんですよね、テーマが重苦しくなっていったと言うか・・(いやテーマの重苦しさは以前の作品にも包含しているのかも知れないが、その描き方が、ファンタジーの要素に包まれて、どこか清涼感を持って描かれていた・・・)おそらく、村上春樹が時を重ねるに従って書きたくなった世界と、少なくとも初期作品が大好きでたまらない読者が求める作品世界との間に開きが出てしまったのではないでしょうか?それは今回の「アフターダーク」を読んでも感じます。中国から来た娘が受ける暴力、白川へ向けられる非情な復讐の予感、この辺りの生々しい描写が、どうも好きになれません。「ねじまき鳥」でも皮剥のシーンがやけに丁寧に描かれてましたが、現実世界の闇やバイオレンスを余りリアルに書いて欲しくない。そういうのを書かなくても深い闇をファンタジーに包んで表現できるのが村上春樹じゃなかったのかな? | ||||
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前作は、途切れることの無いメタファーの創出と、多少選民的ですらある人たちが自己の存在に悩みながら世界を救い、前にすすんでいくというお話。多少私にとっては攻撃的とも感じられるテーマでした。アフターダークはやわらかくある意味、多少肩透かしさえ感じてしまう物語です。読者を複数次元に飛ばす語り口や視点を誘導する表現は、シンプルなだけに、老獪なものさえ感じます。あえて掘り下げることをせず、不親切なほどに登場人物を描いていくのは抑制の美学、書かれていること以上のものを様々な切り口で読者に考えさせることを意図しているのでしょうか。この読後のフラストレーションこそ、村上春樹なのだと感じます。満足だけど不満足。 | ||||
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ハルキストにとっては、従来の作風とは毛色が違う印象を受けたのではないでしょうか。本人が気付く、気付かないはあっても、実はほとんどの人が持っている「二つの世界」、読み進むうちに感じるなんともいえない閉塞感は1995年以降の日本を象徴しているようであり、また、本作品は、羊三部作に始まり、ノルウェイ、世界の終わり、ねじまき鳥など、実は作者の過去の全作品の解説本であるような気もします。コオロギが言う「記憶という燃料」があるから、人はなんとか生きていけるという考えに共感します。この本の内容は決して「アフターダーク」ではなく、実は「インザダーク」です。でも村上春樹は「アフターダーク」という表題にしたかった。それは希望、願い、がこめられているからでしょうか。やれやれ。 | ||||
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春樹さんの作品に、時にはあこがれを、時にはもどかしさを、時には鬱陶しさを、時にはいとおしさを感じながら、かれこれ15年の時がたち、私はもうすぐ30になります。50になっても、春樹さんを読み続けたいな、と読後最初に思いました。 | ||||
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これまでの春樹氏の作品に比べ、現代により近づいた雰囲気が強い。『風の歌』から『カフカ』に至るまで、彼の描き出してきた世界は、勿論日本の中の、確かにある場所なのだが、何処か隔世の感があった。眠らない街、渋谷での出来事は、独特の世界観は保っていながら、ある意味で現代人にとっては最も共感し得るものだったのではないだろうか。切り詰められた文体は、「限られた時間の切迫感」のようなものを彼なりに解釈した結果なのかもしれない。正直に言って、もっともっと引き延ばして読ませていただきたいという思いはあるが、ユニークなレトリック、年不相応に個性的なキャラクターなど、彼のファンならばこれまで同様、十分に楽しめるのでは。私個人としては、是非再読したいと思う。 | ||||
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僕にとって村上春樹と言う人は一貫してモラリストであり、ヒューマニストです。 最初からそれとどう付き合うのか、を基調にしていたと思っています。 近作はそれが少し前のめりすぎな印象がありましたが、「アフターダーク」でやっとちょうどいいところに着地してきた印象でした。 コオロギの言葉、タカハシくんのスタイル、全てがいとおしいです。 | ||||
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村上作品は全て読ませて頂いておりますが、地下鉄サリン事件や阪神大震災の辺りから現実的な身に迫るような感じの文章が増えたかなーという印象を持っておりました。前作のカフカが、村上さん若返ったのか?と思える程エネルギッシュな作品だったので、今回の作品は読む前から期待しすぎたのが良くなかったようです。作品の中の現実と空想のバランスが確実に現実の方へ傾いてきているように感じます。ですが終わり方が昔と同じようにポンと突然切られたようなモノだったので「続編があるのか?」とか「もうちょっと先を知りたい」とか現実的な読了感が残りました。私のような読み方の浅い人間の「あのまったりした物語に浸りたい」というような楽しみ方では付いていけなくなるのかなーと少し心配になりました。でも他の作家さんにはない世界観に、嫌いになる事は絶対ないなと思いました。 | ||||
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ねじまき鳥以降の村上作品は、作者の混乱と試行錯誤の連続だったと思います。しかし彼の作品には常に小説に対する「誠意」が感じられます。それが同時代の作家の中でも「村上春樹」という存在が、好き嫌いを別にして独特の特異なポジションを獲得した要因だと思います。アフターダークでもその「誠意」を感じる事ができ、一文、一文を噛み締めるように気持ちよく読む事が出来ました。確かに、以前のような流れる文体ではないかもしれませんが、確実に「味のある」作風へと変貌した事は確かだと思います。 | ||||
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マリ、を羨ましく思った。マリ、は自分と似ていると思った。マリ、が子供のように思えた。マリ、を大人に感じた。たった一晩。人の思いはくるくる変わる。それで、いいんだって思えた…そんな本。何かが吹っ切れた気がする、そんな読後。 | ||||
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最後のエリとマリのシーンに行くずっと前から、なぜか弟のことを思い出していました。(といっても弟はまだ生きてるのですが)私も弟ももうおっさんなのですが、昔は家が狭かったので小学校まで一緒の布団でねていまして、そのころを思い出させる小説でした。村上氏が何を意図してこの作品を書いたのかはわかりませんでしたがまあ彼の意図がわかるときの方が私には少ないので気にはしていません。 | ||||
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みんな だれかと つながっていたい 心の奥底では つながることを 希求している つながりかたの あり方は 時には 暴力的なこともあるのだが | ||||
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村上氏の作品は良くも悪くも「社会」全体からはやや断絶した「個」の内部にとどまる傾向があったが、本作品は「神の子どもたちはみな踊る」同様、「社会」の一部としての「個」をテーマとしているようだ。 全文現在形の文体も、まさに今、我々の生活と同時進行でこの話が進んでいるのだ、という臨場感が「生放送」的な感覚を与え、今までの村上作品よりもより現実味を帯びて読み手に迫ってくる。またテレビカメラ的(神にも近い者なのか?)な視点や、現代日本の固有名詞(スガシカオやサザンまで!)が生で表現される点からも、村上氏が現代の日本をしっかりと踏みしめて作品を書いているのがしっかりと見て取れる。 「海辺のカフカ」は「個」を中心とした今までの村上作品の集大成的な印象を受けたが、「アンダーグラウンド」「神の…」の系譜をたどる本作品からは、現実社会を直視した村上氏の新しい流れを感じる。 加えて今までよりも幾分読みやすい文体は若い読者にこそ読んで欲しいという村上氏のメッセージも感じ取ることができる。 しかし安易な表現の中にも、今まで同様、「個」を深く掘り下げた表現は多い。エリや白川の心の深淵などは、もっと読み込む必要がある。 | ||||
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村上春樹の最新作にして、実験作。不安にまみれた社会世相に対するメッセージがモチーフである、という明らかさにもかかわらず、それを実験的技法と、ハルキストにはお馴染みの二面構造世界をさらに多面化した舞台設定で、巧みな文学作品へと仕上げている。・・・というのはやっぱり村上春樹信奉者の言い分で、ふつうの人が読めば辛いのかもしれない。物語に結末はなく、全ての希望も絶望も夜が明けた後にさえ繰り返し、言葉は夜に吸い込まれていくだけ。救いが、あるようでない世界。それを実験作というか独り善がりというかは、著者への思い入れによって変わってくるのだろう。僕はそれでも好きだ。かすかな予兆をたぐって生きていくことを、静かに描いた小説だと思う。そして、僕は村上春樹の新たな胎動を、ほんの少し感じて、やっぱり嬉しく思うのだ。 | ||||
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「ねじまき鳥クロニクル」が出る前に、出るぞ、出るぞと話題になりながら、それが遅れて「国境の南太陽の西」が先にリリースされたのを思い出します。また、ねじまき鳥も第1部、第2部から1年以上経って、完結編がリリースされた。明らかに村上春樹は、これまでと別のステージにたった。新しく得た道具を使って何を次につむぎだすのか、それこそが大切なのではないでしょうか。進行役は何故複数形なのか、また、同時存在は出来ないように思わせられるが、実際は同時存在しているのは何故か・・・など謎の多い作品。 | ||||
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一夜のお話。夜の香りがします。登場人物が、入れ替わり立ち代り場所を変えて登場しますが、皆一人一人それぞれ生きて独立した存在となっており読後もふと彼らを思い出します。夜のお話というのもあるのですが、やはりテーマが『闇』なんでしょうか、深く重いものを感じます。ラストは今まで春樹作品に無かった新しさを感じました。また新しい村上春樹の作品が読みたいと思いました。 | ||||
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もともとこの作家には物語の筋なんか期待していなくて、語り口というか、物語の周りのセンスのいい描写を読みたくて楽しみにしているのだが、今回はただの散文を読んでるみたいで、(いつものように)筋もなければ、心地よい余韻もない。深みもなければ、迫力もない。という、ないないずくし。サスペンス作家のような巧妙な伏線や結末を期待できないこの作家には、ブツッとストーリーが切れるが、それによって得れる絶妙な読後の余韻があったのだが、それは今回はない。全てが肩すかし。でも、読んでて「やっぱり村上春樹の小説だ」と思ってしまった。これが彼の魅力と人気だ。 | ||||
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「現実と、想像力による世界の、交錯」(「かべぬけ」のような。)とでもいうような、村上諸作品の特徴的体験そのものを、より正確で具体的な言葉を使って緻密に分析し、掘り下げ、再構成した(しようとした)作品ではないか、と思いました。いわゆる「かべぬけ」のような意識体験そのものを、よりリアルに読者に提示して、追体験させるには、どうすればいいのかな?という問いがまずあって、それにたいする答えが、このナラティブだったのかな、と。村上春樹さんにとっては、この作品で描かれた、空間的、時間的あり方は、私たちが実際に生活している世界のあり方として、本当にリアルに実感されているものなのだと思います。すごく濃密な読書体験でした。 | ||||
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長編小説と言うには食い足りない、というのが率直な感想です。『海辺のカフカ』の後だけに余計そう感じるのかも知れません。しかし、村上氏のメッセージとしては、『海辺のカフカ』を継承し、更に別の視点からアプローチしたものである、と私は受け取りました。それは、若くして人生に行き惑っている人達の苦しみを汲み取り、静かに、しかし力強く励まそうとすることではないでしょうか。主人公のマリ・姉のエリ・そして高橋くんも、成長する過程で、家族に束縛され、あるいは裏切られてきた若者たちです。同じような苦しみ・生きづらさを抱えている若い人達に、是非読んで欲しい。全体を俯瞰するような斬新な文体も、とても魅力的です。少なくとも私は、マリの流した涙に深い共感を覚えました。村上春樹のこれからを、私は期待を持って見守っています。 | ||||
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いつもの通り、2話が平行して進む村上ワールド。いったいこれが何時つながっていくのだろうか?深夜のでニーズから始まる音楽と本、そこに偶然ではなく必然と現れる男、ラブホテルで繰り広げられる男と女のストーリー、そこに現代を巡る悲惨なストーリーが、ようやく2話がその接点を結ぼうとするときページが終わりを告げる。はやく続編を・・・ | ||||
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高橋が「最後のほうはよく見なかった」って言って『ある愛の詩』のでたらめな結末を教えたのは、某有名小説(映画化、ドラマ化、漫画化されてる)へのあてこすりのようにも思えた。雪投げのバックにフランシス・レイの感傷的な音楽が流れたのは、日本のTV局が放映の時「演出」と称して勝手にやったことだ。(『昼顔』に音楽付けたことさえある)『ファイブスポット・アフターダーク』を知ってる今どき女の子に驚く前に、ジミ・ヘンドリックスやピート・タウンゼントがステージで電気ギターを壊すことが共通認識になる今どきの若者たちって…映画化するならデヴィッド・リンチ監督にお願いしたい。(浅井エリの部屋のTVが点くシーンなんかぴったりだ) | ||||
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