イン・ザ・メガチャーチ
評判
イン・ザ・メガチャーチの評価:
3.90/5点 レビュー 304件。 C ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全304件 301〜304 16/16ページ
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イン・ザ・メガチャーチの評価:
3.90/5点 レビュー 304件。 C ランク
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くるのかもしれない” という暗示的な文で始まります。
主人公は、音楽業界に身を置くもののかつての輝きを失ってくすぶる中年の男親と、親の
離婚によって別の土地で母親と暮らす大学生の娘です。この二人のそれぞれの物語が交互
に進行していきます。読み始めてすぐに気づくのは、もう一人の影の主人公の物語が挿入
されていることです。最後の最後で、この影の主人公の役割の存在意義がわかります。
以降は、できるだけネタバレにならないように、「本質」に絞ってレビューします。
父は、仕事一筋で生きてきたことではなく、家庭を顧みなかったことで、「孤独」と
「寂しさ」に直面します。
娘は、父の影響を受けることで得た機会ではなく、自分の世界から踏み出すことを
してこなかったことによって、「アイデンティティの崩壊」に陥ります。
両者はまったく違う価値観で生きているにもかかわらず、もっとも求めるものは「他者
との繋がり」という点では、恐ろしいくらい一致しています。
そして両者ともに吞み込まれていくのが、「物語」と「仲間」をパッケージで提供する
”メガチャーチ” というシステムです。その世界では視野狭窄になって、没入すればする
ほど、誰よりも楽しくなります。
この二人が、それぞれの新しい世界にのめり込んでいく様は、こっけいに見えます。
ここからが、朝井リョウの真骨頂の読み解きです。
父と影の主人公の話には、”視野を広げて、本質を考える” ことを唱える人物が出てきます。
この人生を客観視して、要領よくやっていくスタンスこそがあるべき姿のように見えます。
ただ、まったく楽しそうではない、ニヒリズムを感じます。
この小説をさらに俯瞰すると、現代を生きる私たちのほとんどが、何らかの自身の物語に
夢中になり、周囲から見ると中毒に陥っているように映っているよと朝井リョウは矢印を
読者自身に向けます。そして実際に私たちは中毒になって、限られた世界で生きることの
方に、「楽」と「楽しさ」を感じています。
酒、タバコ、ギャンブル、SNS、海外ドラマ、仕事、陰謀論、そして ”推し活” など。
中毒になると、その世界をほどほどに楽しむというバランスが取れなくなります。
それに、中途半端な関わり方では、楽しくありません。
神がいないこの国で人を操るには、物語を使うのが一番で、何でも選べる時代だからこそ、
誰かが選んだ流行に乗せることだと小説の中で語らせています。
でもこれは、日本だからでも、現代だからでもありません。
近代以前の多くの国では、宗教(そう、メガチャーチという仕組み)が唯一の選択肢だった
のが、現代ではその選択肢が無限になったことが違いです。
単一の信仰を失った私たち現代人は、自分の居心地のよい何かに、仲間らしき誰かと、
物語らしい虚構の世界を共有することで、安心感を得ることができます。
この小説の最後は、渋谷のハチ公前広場という、まったく本質的ではない情報があふれ
出るカオスが舞台になっています。
そこで繰り広げられるのは、違う信仰を持つ人たちが、交わることなく、互いの領分に
は無関心で、狂ったように、でも楽しい表情で生きている世界です。
”視野を広げて、本質的に生きる” ために、読書にのめり込む私を含む読者は、意識高い
系のプライドと好奇心に占領された読書教という、狭く閉じた世界を楽し気に生きて
いるに過ぎないのだと思い知らされます。
本当に望ましいこの小説の読み方は、意味を考えずにただただ物語を愉しむことです。