ソラリス

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評判

ソラリスの評価:

4.32/5点 レビュー 136件。 A ランク

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平均点4.32pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全221件 21〜40 2/12ページ
No.201
(5pt)

発想が素晴らしい。

なし。
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.200
(3pt)

わたしも飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』のほうがよかったと思います。

他の方が書かれているように、わたしも飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』のほうがよかったと思います。なので、★3つです。(飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』は★5つと評価しました)

こちらの翻訳を読んで「がっかり」したり「うんざり」した方は是非、飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』を読んでみることをおすすめします。

こちらのバージョンは図書館で借りて’読んだのですがいささかうんざししました。しかし内容的には同じなので『ソラリスの陽のもとに』を読み返しながら感じたことを書きます。

★★★
 
いまから45年前に購入したハヤカワ文庫・飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』の背表紙にある短い解説には次のように記されている。
 
「すみれ色の霞に覆われ、ものうげにたゆたう惑星ソラリスの海。だが、一見何の変哲もなく見える海も、その内部では、一種数学的な会話が交わされ、ソラリスの複雑な公転軌道を自己修正する能力さえ持つ驚くべき高等生命だった! しかしその知性は、人類のそれとはあまりにも異質であった。いかなる理論をも、いかなる仮説をも受け入れず、常にその形を変え、人類を嘲笑(ちょうしょう)するかのように新たなる謎を提出する怪物=生きている「海」。 人類と「思考する海」との奇妙な交渉を通して、人間の認識の限界を探り、大宇宙における超知性の問題に肉薄する傑作!」
 
2022年の現在に於いて、とりわけこの作品が書かれてから61年を経た現在において上記のテーマはきわめて「現代的」な問題提起として読む者の知性を激しく揺さぶるものがあると思う。
 
読んでみるとわかるのだけれど、この作品はその一見難解な形而上的展開と同時に古典的とも言える人間の心の問題、人間としての愛と倫理を取り扱うラブ・ストーリーでもあるのであって、わたしはむしろその部分に強く魅かれる。
 
ポーランドの作家、スタニスラフ・レムによって書かれたこの小説を基にアンドレイ・タルコフスキーによって映画化された「惑星ソラリス」をもう一度この機会に見てみようと思っている。映画では後者が(どちらかといえば)メインテーマになっていて、その切なさは見る者をつきることのない優しい哀しみでいっぱいにするに違いない。
 
惑星ソラリスの周回軌道上に浮かぶ宇宙船の奇妙な状況をようやく理解し始めた彼のところに、かつて自殺した妻が突然現れる。もちろん幽霊などではない。彼は驚愕するとともに彼女を失った癒しようのない苦痛と悔恨とを改めて喚起される。
 
これは紛れもない彼女だ、しかし「これは自分の記憶の中にある限りの彼女なのだ」と気づくのにさほど時間はかからなかった。
 
彼の苦しみはそこから始まる。この「彼女」自身が自分が誰なのか,なぜここにいるのかを知らないからだ。しかも彼の記憶どおり彼を心から愛している。その所作も笑顔も寸分たがわず愛しい彼女そのものだ。
苦しみから逃れようと彼は「彼女」を何度も宇宙船から追放しようとするが、いつのまにかふたたび「彼女」は彼の前に現れる。
 
やがて彼の苦しみを察した「彼女」液体酸素を飲んで自殺を図る。かつての妻としてではなく「彼女自身」賭して彼を愛すようになったからだ。
 
しかし、ニュートリノで形作られている「彼女」はすぐに再生してしまい死ぬことができない。苦しみ抜いたすえ、死ぬことができず、再生してしまう。そのことがまた「彼女」を苦しめるのだ。
 
物語の終盤、彼の同僚の研究者に頼み「彼女」は自分を形作るニュートリノを分解する装置を使って消滅する道を選ぶ。「彼女」が消滅したあと彼はその事実を知る。
 
彼はこの一連の出来事を神の罰と考えるようになる。そしてその神とは「この惑星ソラリスの海」なのだと確信する。
 
悲嘆に暮れて窓から海面を見下ろすと、そこに小さな島が形成されていた。彼の見慣れた世界がそこに実物大で再現されていた,彼自身までも。
 
幼い頃の想い出に満ちた実家周辺の風景、その色、におい、湖沼部の水の輝き、小川を流れる涼やかな水の音、太陽の光・・・。そのなかを黙想しながら歩く主人公。その場面はこの作品の冒頭の情景とうりふたつだ。
 
われわれの「現実」とはいったい何なのだろう。
 
物語の最後に主人公は深い思索へと沈んでいく。
 
私が前回語った 意識(顕在意識) 無意識(潜在意識) によるフレームワークを寓話として語るとこのような物語になるのかと思うので、ご一読をお薦めしたい。
 
心に残った主人公の台詞:
 
「わからない。でも、ぼくにはそれこそが本当に、本当に正しいものじゃないかと思えた。僕が信じてもいいと思えるような唯一の神だ。その神は苦しんでも、罪を贖うわけではないし、何も救わないし、何にも奉仕しない。ただ存在するだけ」
 
ソラリスの「海」とはそのようななにものかなのだ。主人公にとってもわたし自身にとっても。
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.199
(5pt)

発想が素晴らしい。

なし。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.198
(3pt)

わたしも飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』のほうがよかったと思います。

他の方が書かれているように、わたしも飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』のほうがよかったと思います。なので、★3つです。(飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』は★5つと評価しました)

こちらの翻訳を読んで「がっかり」したり「うんざり」した方は是非、飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』を読んでみることをおすすめします。

こちらのバージョンは図書館で借りて’読んだのですがいささかうんざししました。しかし内容的には同じなので『ソラリスの陽のもとに』を読み返しながら感じたことを書きます。

★★★
 
いまから45年前に購入したハヤカワ文庫・飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』の背表紙にある短い解説には次のように記されている。
 
「すみれ色の霞に覆われ、ものうげにたゆたう惑星ソラリスの海。だが、一見何の変哲もなく見える海も、その内部では、一種数学的な会話が交わされ、ソラリスの複雑な公転軌道を自己修正する能力さえ持つ驚くべき高等生命だった! しかしその知性は、人類のそれとはあまりにも異質であった。いかなる理論をも、いかなる仮説をも受け入れず、常にその形を変え、人類を嘲笑(ちょうしょう)するかのように新たなる謎を提出する怪物=生きている「海」。 人類と「思考する海」との奇妙な交渉を通して、人間の認識の限界を探り、大宇宙における超知性の問題に肉薄する傑作!」
 
2022年の現在に於いて、とりわけこの作品が書かれてから61年を経た現在において上記のテーマはきわめて「現代的」な問題提起として読む者の知性を激しく揺さぶるものがあると思う。
 
読んでみるとわかるのだけれど、この作品はその一見難解な形而上的展開と同時に古典的とも言える人間の心の問題、人間としての愛と倫理を取り扱うラブ・ストーリーでもあるのであって、わたしはむしろその部分に強く魅かれる。
 
ポーランドの作家、スタニスラフ・レムによって書かれたこの小説を基にアンドレイ・タルコフスキーによって映画化された「惑星ソラリス」をもう一度この機会に見てみようと思っている。映画では後者が(どちらかといえば)メインテーマになっていて、その切なさは見る者をつきることのない優しい哀しみでいっぱいにするに違いない。
 
惑星ソラリスの周回軌道上に浮かぶ宇宙船の奇妙な状況をようやく理解し始めた彼のところに、かつて自殺した妻が突然現れる。もちろん幽霊などではない。彼は驚愕するとともに彼女を失った癒しようのない苦痛と悔恨とを改めて喚起される。
 
これは紛れもない彼女だ、しかし「これは自分の記憶の中にある限りの彼女なのだ」と気づくのにさほど時間はかからなかった。
 
彼の苦しみはそこから始まる。この「彼女」自身が自分が誰なのか,なぜここにいるのかを知らないからだ。しかも彼の記憶どおり彼を心から愛している。その所作も笑顔も寸分たがわず愛しい彼女そのものだ。
苦しみから逃れようと彼は「彼女」を何度も宇宙船から追放しようとするが、いつのまにかふたたび「彼女」は彼の前に現れる。
 
やがて彼の苦しみを察した「彼女」液体酸素を飲んで自殺を図る。かつての妻としてではなく「彼女自身」賭して彼を愛すようになったからだ。
 
しかし、ニュートリノで形作られている「彼女」はすぐに再生してしまい死ぬことができない。苦しみ抜いたすえ、死ぬことができず、再生してしまう。そのことがまた「彼女」を苦しめるのだ。
 
物語の終盤、彼の同僚の研究者に頼み「彼女」は自分を形作るニュートリノを分解する装置を使って消滅する道を選ぶ。「彼女」が消滅したあと彼はその事実を知る。
 
彼はこの一連の出来事を神の罰と考えるようになる。そしてその神とは「この惑星ソラリスの海」なのだと確信する。
 
悲嘆に暮れて窓から海面を見下ろすと、そこに小さな島が形成されていた。彼の見慣れた世界がそこに実物大で再現されていた,彼自身までも。
 
幼い頃の想い出に満ちた実家周辺の風景、その色、におい、湖沼部の水の輝き、小川を流れる涼やかな水の音、太陽の光・・・。そのなかを黙想しながら歩く主人公。その場面はこの作品の冒頭の情景とうりふたつだ。
 
われわれの「現実」とはいったい何なのだろう。
 
物語の最後に主人公は深い思索へと沈んでいく。
 
私が前回語った 意識(顕在意識) 無意識(潜在意識) によるフレームワークを寓話として語るとこのような物語になるのかと思うので、ご一読をお薦めしたい。
 
心に残った主人公の台詞:
 
「わからない。でも、ぼくにはそれこそが本当に、本当に正しいものじゃないかと思えた。僕が信じてもいいと思えるような唯一の神だ。その神は苦しんでも、罪を贖うわけではないし、何も救わないし、何にも奉仕しない。ただ存在するだけ」
 
ソラリスの「海」とはそのようななにものかなのだ。主人公にとってもわたし自身にとっても。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.197
(5pt)

わたしにとってこの作品との出会いは人生の転機となった。

「ソラリスの陽のもとに」という小説を読んでわたしの感じたことを書く。
 
いまから45年前に購入したハヤカワ文庫の背表紙にある短い解説には次のように記されている。
 
「すみれ色の霞に覆われ、ものうげにたゆたう惑星ソラリスの海。だが、一見何の変哲もなく見える海も、その内部では、一種数学的な会話が交わされ、ソラリスの複雑な公転軌道を自己修正する能力さえ持つ驚くべき高等生命だった! しかしその知性は、人類のそれとはあまりにも異質であった。いかなる理論をも、いかなる仮説をも受け入れず、常にその形を変え、人類を嘲笑(ちょうしょう)するかのように新たなる謎を提出する怪物=生きている「海」。 人類と「思考する海」との奇妙な交渉を通して、人間の認識の限界を探り、大宇宙における超知性の問題に肉薄する傑作!」
 
2022年の現在に於いて、とりわけこの作品が書かれてから61年を経た現在において上記のテーマはきわめて「現代的」な問題提起として読む者の知性を激しく揺さぶるものがあると思う。
 
読んでみるとわかるのだけれど、この作品はその一見難解な形而上的展開と同時に古典的とも言える人間の心の問題、人間としての愛と倫理を取り扱うラブ・ストーリーでもあるのであって、わたしはむしろその部分に強く魅かれる。
 
ポーランドの作家、スタニスラフ・レムによって書かれたこの小説を基にアンドレイ・タルコフスキーによって映画化された「惑星ソラリス」をもう一度この機会に見てみようと思っている。映画では後者が(どちらかといえば)メインテーマになっていて、その切なさは見る者をつきることのない優しい哀しみでいっぱいにするに違いない。
 
惑星ソラリスの周回軌道上に浮かぶ宇宙船の奇妙な状況をようやく理解し始めた彼のところに、かつて自殺した妻が突然現れる。もちろん幽霊などではない。彼は驚愕するとともに彼女を失った癒しようのない苦痛と悔恨とを改めて喚起される。
 
これは紛れもない彼女だ、しかし「これは自分の記憶の中にある限りの彼女なのだ」と気づくのにさほど時間はかからなかった。
 
彼の苦しみはそこから始まる。この「彼女」自身が自分が誰なのか,なぜここにいるのかを知らないからだ。しかも彼の記憶どおり彼を心から愛している。その所作も笑顔も寸分たがわず愛しい彼女そのものだ。
苦しみから逃れようと彼は「彼女」を何度も宇宙船から追放しようとするが、いつのまにかふたたび「彼女」は彼の前に現れる。
 
やがて彼の苦しみを察した「彼女」液体酸素を飲んで自殺を図る。かつての妻としてではなく「彼女自身」賭して彼を愛すようになったからだ。
 
しかし、ニュートリノで形作られている「彼女」はすぐに再生してしまい死ぬことができない。苦しみ抜いたすえ、死ぬことができず、再生してしまう。そのことがまた「彼女」を苦しめるのだ。
 
物語の終盤、彼の同僚の研究者に頼み「彼女」は自分を形作るニュートリノを分解する装置を使って消滅する道を選ぶ。「彼女」が消滅したあと彼はその事実を知る。
 
彼はこの一連の出来事を神の罰と考えるようになる。そしてその神とは「この惑星ソラリスの海」なのだと確信する。
 
悲嘆に暮れて窓から海面を見下ろすと、そこに小さな島が形成されていた。彼の見慣れた世界がそこに実物大で再現されていた,彼自身までも。
 
幼い頃の想い出に満ちた実家周辺の風景、その色、におい、湖沼部の水の輝き、小川を流れる涼やかな水の音、太陽の光・・・。そのなかを黙想しながら歩く主人公。その場面はこの作品の冒頭の情景とうりふたつだ。
 
われわれの「現実」とはいったい何なのだろう。
 
物語の最後に主人公は深い思索へと沈んでいく。
 
私が前回語った 意識(顕在意識) 無意識(潜在意識) によるフレームワークを寓話として語るとこのような物語になるのかと思うので、ご一読をお薦めしたい。
 
心に残った主人公の台詞:
 
「わからない。でも、ぼくにはそれこそが本当に、本当に正しいものじゃないかと思えた。僕が信じてもいいと思えるような唯一の神だ。その神は苦しんでも、罪を贖うわけではないし、何も救わないし、何にも奉仕しない。ただ存在するだけ」
 
ソラリスの「海」とはそのようななにものかなのだ。主人公にとってもわたし自身にとっても。
ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237) Amazon書評・レビュー: ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)より
4150102376
No.196
(3pt)

飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』のほうがよかった

沼野充義氏のポーランド語原典からの翻訳には、旧ハヤカワ文庫に所収された飯田規和氏の翻訳『ソラリスの陽のもとに』(ロシア語からの重訳)で欠落していた箇所も含まれている。いわば、本邦初の全訳である。そのこと自体には価値があるのが、しかし、沼野氏の翻訳の文章は躍動感がなく、日本語としてきわめて読みづらい、典型的な学者の訳文となっている。
また、肝心の欠落部も主にレムの思弁的な叙述箇所が多く、分量的にも内容的にも、必ずしも作品のキモに関わるものではないというのが私の読後感である。作家本人による余計な自己言及的解説といった趣きさえあり、むしろ、欠落部の補填により作品の奥行きが失われてしまったのではないかと危惧する。
ロシア語版での削除は基本的に政治的なものだが、皮肉にも、削除(検閲)により作品は文学的に洗練化されていたのではないかというのが両者の日本語訳を読んだうえでの私の印象である。

沼野訳『ソラリス』冒頭
「宇宙時間の十九時、私は竪穴(シャフト)の周りに立っている人たちの前を通りすぎ、金属製の梯子を降りてカプセルの中に入った。内部はちょうど肘を持ち上げるだけの空間しかなかった。壁から突き出ている管にホースの先端をねじ込むと、宇宙服が膨れあがり、もう身動きがまったくできなくなっていた。私はこうしてエアー・ベッドの中で立ちーーいや、宙ぶらりんになってーー金属製の殻と一体化していた。」

飯田訳『ソラリスの陽のもとに』冒頭
「宇宙時間12.00時、私は狭い金属の階段を降りて、カプセルの中にはいった。カプセルには、ひじを張ればつかえてしまうほどの空間しかなかった。私は管の先端を、壁から突き出ているネジにはめこんだ。宇宙服がふくらんで、完全に身動きができなくなった。私は金属のケースと一体になっていた。いや、正確には、空気のボックスの中で宙ぶらりんになっていたと言うべきだろう。」

冒頭の訳文を読みくらべてみるだけで、飯田訳には日本語としての文章のリズムがあることが分かる。リリカルであり、可能な限り文学性を留めようと志向しながらも、短文の積み重ねで読者にイメージしやすい描写を届けようという確かな意思が感じられる。一方、沼野訳は原文の構造に忠実であろうとしたのかもしれないが、複文の訳し方に生硬さやぎこちなさが感じられ、あたかも「ヴォイス」のない機械翻訳のようであり、特に副詞を置く位置に関していえば文章のリズムを破壊する致命的なポジションにあり、忌憚なく言うと、日本語として「小説」の文章になっていない。

既に何人かのレビュアーが指摘されているように、純粋にSF小説を楽しみたいかたには、飯田訳 『ソラリスの陽のもとに』 をおすすめしたい。また、レムの原文により忠実な翻訳としては、BIll Johnstonの2014年のKindle版英訳 Solaris(English Editon) がいいだろう。
沼野訳がハヤカワ文庫でスタンダードとなることには個人的に抵抗感があり、早川書房にも旧訳の復刊を希望したい。

無論、沼野充義氏が日本におけるロシア・スラブ文学の第一線の紹介者であることは疑いがない。エッセイや時事的な文芸評論(特に90年代)では良い仕事をされたと思う。ただ、このレムの『ソラリス』訳に関していうなら、沼野氏はレムをやや神格化しすぎているきらいがあり、翻訳に際しても原文テキストを前に一紹介者として萎縮してしまった感が否めない。自由な日本語話者として、ご自身で再翻訳・改訳されてみてもいいのではなかろうか。

(追記)
『ペンギン・ハイウェイ』に触れられているレビューが多いので所感を一言。
3年前にアニメ映画を見て、 森見登美彦氏の原作小説 も読んだが、レムの『ソラリス』の根本テーマと繋がる要素の全くない、独立したファンタジーだった。唯一「スタニスワフ症候群」のネタだけがレムへのオマージュか。
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.195
(3pt)

飯田規和訳『ソラリスの陽のもとに』のほうがよかった

沼野充義氏のポーランド語原典からの翻訳には、旧ハヤカワ文庫に所収された飯田規和氏の翻訳『ソラリスの陽のもとに』(ロシア語からの重訳)で欠落していた箇所も含まれている。いわば、本邦初の全訳である。そのこと自体には価値があるのが、しかし、沼野氏の翻訳の文章は躍動感がなく、日本語としてきわめて読みづらい、典型的な学者の訳文となっている。
また、肝心の欠落部も主にレムの思弁的な叙述箇所が多く、分量的にも内容的にも、必ずしも作品のキモに関わるものではないというのが私の読後感である。作家本人による余計な自己言及的解説といった趣きさえあり、むしろ、欠落部の補填により作品の奥行きが失われてしまったのではないかと危惧する。
ロシア語版での削除は基本的に政治的なものだが、皮肉にも、削除(検閲)により作品は文学的に洗練化されていたのではないかというのが両者の日本語訳を読んだうえでの私の印象である。

沼野訳『ソラリス』冒頭
「宇宙時間の十九時、私は竪穴(シャフト)の周りに立っている人たちの前を通りすぎ、金属製の梯子を降りてカプセルの中に入った。内部はちょうど肘を持ち上げるだけの空間しかなかった。壁から突き出ている管にホースの先端をねじ込むと、宇宙服が膨れあがり、もう身動きがまったくできなくなっていた。私はこうしてエアー・ベッドの中で立ちーーいや、宙ぶらりんになってーー金属製の殻と一体化していた。」

飯田訳『ソラリスの陽のもとに』冒頭
「宇宙時間12.00時、私は狭い金属の階段を降りて、カプセルの中にはいった。カプセルには、ひじを張ればつかえてしまうほどの空間しかなかった。私は管の先端を、壁から突き出ているネジにはめこんだ。宇宙服がふくらんで、完全に身動きができなくなった。私は金属のケースと一体になっていた。いや、正確には、空気のボックスの中で宙ぶらりんになっていたと言うべきだろう。」

冒頭の訳文を読みくらべてみるだけで、飯田訳には日本語としての文章のリズムがあることが分かる。リリカルであり、可能な限り文学性を留めようと志向しながらも、短文の積み重ねで読者にイメージしやすい描写を届けようという確かな意思が感じられる。一方、沼野訳は原文の構造に忠実であろうとしたのかもしれないが、複文の訳し方に生硬さやぎこちなさが感じられ、あたかも「ヴォイス」のない機械翻訳のようであり、特に副詞を置く位置に関していえば文章のリズムを破壊する致命的なポジションにあり、忌憚なく言うと、日本語として「小説」の文章になっていない。

既に何人かのレビュアーが指摘されているように、純粋にSF小説を楽しみたいかたには、飯田訳 『ソラリスの陽のもとに』 をおすすめしたい。また、レムの原文により忠実な翻訳としては、BIll Johnstonの2014年のKindle版英訳 Solaris(English Editon) がいいだろう。
沼野訳がハヤカワ文庫でスタンダードとなることには個人的に抵抗感があり、早川書房にも旧訳の復刊を希望したい。

無論、沼野充義氏が日本におけるロシア・スラブ文学の第一線の紹介者であることは疑いがない。エッセイや時事的な文芸評論(特に90年代)では良い仕事をされたと思う。ただ、このレムの『ソラリス』訳に関していうなら、沼野氏はレムをやや神格化しすぎているきらいがあり、翻訳に際しても原文テキストを前に一紹介者として萎縮してしまった感が否めない。自由な日本語話者として、ご自身で再翻訳・改訳されてみてもいいのではなかろうか。

(追記)
『ペンギン・ハイウェイ』に触れられているレビューが多いので所感を一言。
3年前にアニメ映画を見て、 森見登美彦氏の原作小説 も読んだが、レムの『ソラリス』の根本テーマと繋がる要素の全くない、独立したファンタジーだった。唯一「スタニスワフ症候群」のネタだけがレムへのオマージュか。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.194
(5pt)

検閲なしのフルバージョン

削除部分がありません
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.193
(5pt)

検閲なしのフルバージョン

削除部分がありません
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.192
(1pt)

暗く長く難解

暗く長く難解
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.191
(1pt)

暗く長く難解

暗く長く難解
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.190
(3pt)

読み方としては俗だったかも

惑星ソラリスに行った心理学者クリスと、ソラリスの海が複製したらしい10年前に死んだクリスの元恋人ハリー。人間ではない、しかし知性や感情もハリーとそっくりでなおかつ複製であるとも認知している複製ハリーへ感情移入したせいか、クリスと(複製)ハリーとのラブ・ロマンスとして読んでしまった。訳者あとがきで解説されていたように、レム自身はテーマは違うところにあるということらしい。ラブ・ロマンス部分は作品を駆動させる装置であるということかもしれないが、でも、複製ハリーの心情がけっこう気になるのだ。
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.189
(3pt)

読み方としては俗だったかも

惑星ソラリスに行った心理学者クリスと、ソラリスの海が複製したらしい10年前に死んだクリスの元恋人ハリー。人間ではない、しかし知性や感情もハリーとそっくりでなおかつ複製であるとも認知している複製ハリーへ感情移入したせいか、クリスと(複製)ハリーとのラブ・ロマンスとして読んでしまった。訳者あとがきで解説されていたように、レム自身はテーマは違うところにあるということらしい。ラブ・ロマンス部分は作品を駆動させる装置であるということかもしれないが、でも、複製ハリーの心情がけっこう気になるのだ。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.188
(4pt)

引き込まれる作品ですが、難解は難解。

有名なSF作品ですが、47歳にして初めて読みました。謎が謎を呼ぶ作品で、引き込まれてしまいますが、難解は難解でしょう。読み易くはありません。解説を読むと、文字通り、理解し難いものを描くこと自体が目的だったのかと思いましたが。2021年10月の購入ですが、「スタニスワフ・レム生誕100周年記念限定カバー」のデザインが素晴らしいと思います。このデザインの素晴らしさも、今回、この古典的名作を購入した理由の1つです。
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.187
(4pt)

引き込まれる作品ですが、難解は難解。

有名なSF作品ですが、47歳にして初めて読みました。謎が謎を呼ぶ作品で、引き込まれてしまいますが、難解は難解でしょう。読み易くはありません。解説を読むと、文字通り、理解し難いものを描くこと自体が目的だったのかと思いましたが。2021年10月の購入ですが、「スタニスワフ・レム生誕100周年記念限定カバー」のデザインが素晴らしいと思います。このデザインの素晴らしさも、今回、この古典的名作を購入した理由の1つです。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.186
(4pt)

訳者の労力に感服

こんな難しい内容の本をポーランド語の原著から訳すなんて凄い作業ですね。訳者解説の分量からも、その作業の労力と、訳者の熱量が伝わってきます。
削られていた部分を除いても、旧訳と比べてもかなり内容が分かりやすくなっていると感じました。(それでもかなり難しい内容ですね。特にソラリス学のメタフィクションが延々と続くところが読むのがキツい ^_^;)
海そのものが知性を持ち、なおかつコンタクトすらままならない人類にとっての大いなる"他者"である、というテーマの本作は、刊行された1961年以降の様々な作品(思想?)に計り知れない影響を与えたであろうことは想像にかたくありません。
素晴らしい新訳をありがとうございました。
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.185
(4pt)

訳者の労力に感服

こんな難しい内容の本をポーランド語の原著から訳すなんて凄い作業ですね。訳者解説の分量からも、その作業の労力と、訳者の熱量が伝わってきます。
削られていた部分を除いても、旧訳と比べてもかなり内容が分かりやすくなっていると感じました。(それでもかなり難しい内容ですね。特にソラリス学のメタフィクションが延々と続くところが読むのがキツい ^_^;)
海そのものが知性を持ち、なおかつコンタクトすらままならない人類にとっての大いなる"他者"である、というテーマの本作は、刊行された1961年以降の様々な作品(思想?)に計り知れない影響を与えたであろうことは想像にかたくありません。
素晴らしい新訳をありがとうございました。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.184
(5pt)

認識の問題

第三者からみて「意識がある」とは、外的刺激に対し何らかの精神活動を思わせる反応がある状態を言う。しかし主観的には違う。臨死体験では「意識がない」のに、自己は活発な精神活動を行っている。自己が体験する「意識」とは「認識」(本書解説での意味ではない)に他ならない。

ある朝目覚めると私は、昔住んでいた家のいつもの部屋で寝ている。あそこにあれがありこれがあり家具の位置もわかる、何より寝具の感触、それが外界との関わりのすべてだった。ああこんなだった、でも目を開いたらお終いだとじっとしているうちにまた眠ったらしく、次目覚めたときにはすべてが現実に戻っていた。そうか、「外界」とは「認識」に他ならないのだ。外界の「実在」は認識の必須条件ではない。自己は認識を介してのみ自己の外と繋がれるのだと知った。我思う故に我あり。

認識のみが外界との接点であるなら、害意を持たないらしい海が作り出した幻影を、どうして恐れる必要があろう。ハリーは10年前に死んだハリーでないかもしれないが、それでもハリーなのだ。その姿、声、小さな仕草や癖までがすっかりハリーであるなら。ハリーだと認識できるなら、愛すればいい。

また別の朝、横に小さかった頃の私の子が私と手をつないで眠っていた。私に懐いて、朝から寝るまでずっと一緒だった最愛の子、今ではすっかり大きくなって、もう家を出て久しい。けれどそこには小さな手があり暖かい小さな体があって、あの頃と同じ柔らかいパジャマを着てぐっすり眠っている。私はそれをはっきりと感じ、「いま、このまま死んでいけるなら」、そう思った。今この時、心臓が止まって、意識が薄れていくなら、どんなに幸せなことだろう。しかし私に訪れたのは短い眠りに過ぎなかった。

作者の意図の一部だけだろう。しかし認識の問題として私はソラリスをすでに経験している、すでに知っていることを読んでいる。そんな思いが途中から消えなかった。
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
4150120005
No.183
(5pt)

認識の問題

第三者からみて「意識がある」とは、外的刺激に対し何らかの精神活動を思わせる反応がある状態を言う。しかし主観的には違う。臨死体験では「意識がない」のに、自己は活発な精神活動を行っている。自己が体験する「意識」とは「認識」(本書解説での意味ではない)に他ならない。

ある朝目覚めると私は、昔住んでいた家のいつもの部屋で寝ている。あそこにあれがありこれがあり家具の位置もわかる、何より寝具の感触、それが外界との関わりのすべてだった。ああこんなだった、でも目を開いたらお終いだとじっとしているうちにまた眠ったらしく、次目覚めたときにはすべてが現実に戻っていた。そうか、「外界」とは「認識」に他ならないのだ。外界の「実在」は認識の必須条件ではない。自己は認識を介してのみ自己の外と繋がれるのだと知った。我思う故に我あり。

認識のみが外界との接点であるなら、害意を持たないらしい海が作り出した幻影を、どうして恐れる必要があろう。ハリーは10年前に死んだハリーでないかもしれないが、それでもハリーなのだ。その姿、声、小さな仕草や癖までがすっかりハリーであるなら。ハリーだと認識できるなら、愛すればいい。

また別の朝、横に小さかった頃の私の子が私と手をつないで眠っていた。私に懐いて、朝から寝るまでずっと一緒だった最愛の子、今ではすっかり大きくなって、もう家を出て久しい。けれどそこには小さな手があり暖かい小さな体があって、あの頃と同じ柔らかいパジャマを着てぐっすり眠っている。私はそれをはっきりと感じ、「いま、このまま死んでいけるなら」、そう思った。今この時、心臓が止まって、意識が薄れていくなら、どんなに幸せなことだろう。しかし私に訪れたのは短い眠りに過ぎなかった。

作者の意図の一部だけだろう。しかし認識の問題として私はソラリスをすでに経験している、すでに知っていることを読んでいる。そんな思いが途中から消えなかった。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション) Amazon書評・レビュー: ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)より
4336045011
No.182
(5pt)

きれいでした

表装も中身もきれい
丁寧に梱包して送って頂きました
ソラリス (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ソラリス (ハヤカワ文庫SF)より
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