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(短編集)
幻の女 ミステリ短篇傑作選
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幻の女 ミステリ短篇傑作選の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.75pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全4件 1~4 1/1ページ
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月並みな感想で恐縮ながら 『洋パン・ハニーの最期』が滅法面白かった。 片や、駐留米軍の兵隊さんの人気投票で ケネディ大統領と肩を並べるパンパンのハニー。 片や、”情報部員”を志願しながらゴミ処理場勤務しか任せられない 黒人兵スター。 おおよそ嚙み合うはずのない二人の奇妙な運命がcrashしたら⁈ 作中人物の見解に反して ホントの腕っこきな"秘密諜報部員"ってな、 こんな奴らなんじゃなかろうか? との思いに駆られずにいられない。 CIA長官だったアレン・ダレスの ”もしもジェームズ・ボンドが実在したら半年も生きてはいられない” というような意味の発言を思い出す。 と、まぁ上のような奇妙な味わいの と、言うよりも長年の旨味が染みついた老舗スッポン屋の土鍋の如く 翻訳を手掛けてきた傑作、名作のエッセンスがじわじわぁッと にじみ出てきてるみたいな短編集。 | ||||
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作品の幾つかは日本版EQMMのバックナンバーで既読だったが、メディアで知られた著者のイメージ通りの飄々たる個性が横溢したワンアンドオンリーの世界だと改めて感じ入った。ミステリ作品集と謳われてはいるが、ストレートな謎解き物は皆無で、プロットの紆余曲折よりもいささか露悪的な戯作調の語り口を愉しむべき短編が並ぶ。狂った男の独白による表題作はその典型。ただし都筑道夫が絶賛した「氷の時計」は例外中の例外、モダン怪談の知られざる傑作。 | ||||
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part1には60年から67年にかけての短編11篇、part2には75年~79年の4篇が収録されている。作者の名前はもちろん知っていたが、ストリップやテキヤなどアングラ系カルチャーについて語るライターだと思っていた。直木賞を受賞した小説家でもあるのだ。 半世紀前のおしゃべり文体は、現在ではちょっと読みづらい。でもしばらく読むうちに、若いころの時代の空気を思い出してしばしタイムスリップした気分だ。ミステリ傑作選とは言うものの、謎が論理的に解かれる話はひとつもない。恐怖小説と奇妙な味の犯罪小説が半々といったところか。 独特のクセのある作風だ。生臭くいじましい俗物たちのドラマが続く。でも、どこか浮世離れして突き抜けたような、独特の味わいだ。ユニークな作家だが、残念ながら夢中にはなれない。きわめて単純な理由で、登場人物の半分くらいは酔っぱらいだから。私は下戸なので、飲んだくれの言い分には生理的に共感できないのだ。これは仕方ないな。 印象に残った作品は、 『洋パン・ハニーの最期』ポンコツな黒人兵スターが、人気娼婦の頭上に飛び降りて二人とも死んだ。笑えるのに哀しく、ミステリアス。純文学に近い秀作だ。 『先払いのユーレイ』『部分品のユーレイ』奇妙な味の怪奇譚である。 『C面のあるレコード』レコードに女の声が入っていた。アナログ音源時代ならではの切れ味鋭いショート・ホラーの逸品だ。 | ||||
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. 本書(文庫版『幻の女』)には、サブタイトル的に「ミステリ短篇傑作選」との言葉が添えられているが、これは二つの意味で、「誤解」を招く表現である。 まず、本書は、田中小実昌の『ミステリ』系短編の多くを集成したものだから、「傑作選」という言い方は、あまり正確な表現ではない。 収録作はそれぞれに面白い作品ではあるけれども、しかし、「傑出した作品だけを選んだもの」であってこその「傑作選」であって、本短編集の場合は「集成」と呼ぶべきものだからである。 次に、ここで言われる『ミステリ』とは、「推理小説=本格探偵小説=本格ミステリ」という意味での「ミステリ」ではなく、かなり「広義のミステリ」であり、例えば「幻想文学」なども含む(戦前作品に多い)「変格探偵小説」、あるいは戦後の「何でもかんでも」含む「ミステリー」に近い言葉だと言えるだろう。 事実、編者の日下三蔵も「編者解説」の中で『ミステリといっても、謎解きメインの本格推理ではなく、サスペンス、ハードボイルド、SF、ホラー、奇妙な味の作品集である。』(文庫版『幻の女』P388)と書いている。 では、なぜ「ミステリ短篇傑作選」などという、誤解を招くサブタイトルを、わざわざ付けたのかと言えば、それは初版単行本『幻の女』(桃源社・1979年刊)の「あとがき」で、著者の田中小実昌自身が本書を『長い期間の、ぼくのわがままなミステリをあつめて一冊の本にしてもらえた』と書いており、その言葉を尊重したからだろう。 本格ミステリの「冬の時代」であった当時のこと、田中自身は、早川書房の海外ミステリを翻訳していたから「ミステリー」とは書かなかったものの、その意味するところは、ほとんど「ミステリー」と同じだったのではないだろうか。 ともあれ、本書所収の作品は、現在の「(ある程度は厳密な)分類」からすれば、いわゆる「ミステリ」とは呼べないものが大半なのだ。 たしかに「ミステリ」と呼べる結構を持つ作品も含まれてはいるが、なにしろ「ユーレイ」が登場する「不条理な世界」などが好んで描かれており、今の基準では、とても「ミステリ傑作選」だなどとは呼べないものになっている。 そしてさらに言えば、数少ないミステリ作品も、「ミステリ」として見るなら、「謎解き興味」や「論理性」「意外性」に乏しく、その意味では、つまらないのだ。 したがって読者諸兄は、「ミステリ」を期待するのではなく、あくまでも「田中小実昌の小説」を読むつもりで、本書を手に取るべきなのである。 ○ ○ ○ さて、では、この「田中小実昌の小説」とは、一体どのようなものなのであろうか。だが、この説明がけっこう難しい。 前述のとおり、文庫版の編者である日下三蔵が『ミステリといっても、謎解きメインの本格推理ではなく、サスペンス、ハードボイルド、SF、ホラー、奇妙な味の作品集である。』と書いたのは、田中小実昌という作家の「固有性」を説明し難かったからこそ、やむなく無難に「小説ジャンルの列挙」で、しのいだのであろうと推察できる。「ジャンルとして、こうとも言えるし、そうとも見える」みたいなもので、これは無難な紹介のしかただ。 しかしながら、日下のこうした説明では、この短編集には「非常にバラエティーに富んだ作品が収録されている」という「誤った印象」を与える蓋然性が高い。だが、そうではないのだ。 「いろんなジャンルの作品が収録」されているのではなく、本書は「いろんなジャンルの要素が渾然一体となった、田中小実昌ワールドの短編集」だと考えるべきなのだ。つまり、決して「バラエティーに富んで」はおらず、どれも見事に「田中小実昌じるしの作品」なのである。 では、次に語るべきは、「田中小実昌じるし」とか「田中小実昌ワールド」とは、どのようなものか、ということになるだろう。だが、繰り返すが、これが難しい。 だが、それでもあえて私の言葉で表現するならば、田中小実昌が描く世界とは「世界のズレの狭間で生きる人のリアリズム」とでも呼べるだろうか。 田中の描く世界は、ごく俗っぽく下世話な世界でありながら、どこかリアルな「生活感」に欠け、「現実感」さえ欠けている。題材は、リアリズム的なのに、その描き方が、どこか「現実から遊離」しており、視点人物は、その世界の地面から数センチほど浮いているような感じなのだ。 だからこそ、オリジナルの初版『幻の女』に収められた作品も、文庫版で日下三蔵によって増補された作品も、概して描かれるのは、「事件の真相」「謎の真相」「ある人物の真の顔」といったものについての「探求譚」であり、その意味で形式的には「ミステリ」的でありながら、しかし最後は「確たる真相には至れない」「宙吊りになって終わる」「二つの世界の狭間に取り残される」といったかたちになってしまう場合が多く、決して「謎解き小説としてのミステリ」にはなっていない。「着地」しないのだ。 言うなれば、こうした「夢と現の狭間を徘徊する」ような、「ズレた世界」における「〈不在〉をめぐって」なされる、決して「〈他者〉には届かない」「〈真相不在〉の世界」、そんな「半透明のベール越しに見た、薄暗い世界」。それが「田中小実昌ワールド」だと言えるだろう。「幻の女」とは、まさにそうした世界の象徴なのだ。 一見、明るいユーモアものに見える作品でも、よく読めば、そこには必ずこうした「ズレ」が存在しているのである。 だから、本書に「明快な解決」や「謎解き」を期待してはいけない。 そうではなく、そうした期待が満たされることのない「不全感に満ちた世界」をこそ、楽しめるか否か。そこで読者は「作者に選ばれてしまう」のである。 . | ||||
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