忘れられた巨人

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忘れられた巨人の評価:

3.88/5点 レビュー 139件。 A ランク

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平均点3.88pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全267件 261〜267 14/14ページ
No.7
(2pt)

期待はずれでがっかり

純粋に物語として面白くなかった。久しぶりの長編で期待していただけにとても残念。冒頭は不安感と好奇心を刺激される感じがよかったものの、どんどん世界観が狭くなっていき、中盤から終盤のエピソードはとってつけたように不自然で退屈だった。後味も良くないし、考えさせられることもない薄い物語。メタファーとしての中途半端なSFよりも、「わたしを離さないで」のように、真剣にSFに向きあった結果生まれるリアリティある物語を読みたかった。
忘れられた巨人 Amazon書評・レビュー: 忘れられた巨人より
4152095369
No.6
(5pt)

考えさせられる

待ちに待ったカズオ・イシグロの長編。人々の記憶が常にあいまいであるという不穏な空気をまといつつ、アーサー王の名や鬼や竜や妖精が出てくるファンタジー的設定に戸惑いを覚えましたが、「過去の罪」あるいは「人種、民族としての罪」「赦し」ということを描く舞台として上手く機能していると思います。「後世の人は~」「現代人が~たとすれば、」など、語り手に現代人の目線が時々挿入されるのは、「これは純粋なファンタジーではない」という目配せなのでしょう。
イシグロ作品の十八番である「あてにならない記憶」「やるせなさ」も健在。
相変わらずの物腰の丁寧な文体、大げさなレトリックもほとんどないのに読者を飽きさせない展開と伏線の回収、最後に明かされる真実とちょっとした驚きなど、ゆっくりと読む楽しみを味わえました。
読後、ウィスタンのとった行動や少年や老夫婦の行く末に思いを馳せる時、それは自分自身への問いにもなっていることに気づきます。
「同じ状況になった時、自分はそれを赦せるだろうか?」
色々考えさせられるという点では、いままでのイシグロ作品にひけをとりませんが、私としては「遠い山なみの光」「日の名残り」「わたしを離さないで」などのずっと一人称で語られる文体が大好きなので次回に期待したいです。
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4152095369
No.5
(5pt)

新作の深み

あまり書くとネタバレなのですが、作者の新作はいろいろ深みを思います。
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4152095369
No.4
(4pt)

文体が…

先に英語で読んだので、日本語訳を見たときはちょっと驚いた。
普通の日本語で書かれてる…?

原書は日常使われる英語では書かれていない。
作者カズオ・イシグロがインタビューで語ったところによると、「忘れられた巨人」ではあえて古語で書くことはせず、通常の英語のセンテンスからいくつかの語を削除することで古語のような雰囲気を出したそうだ。
つまり、擬古語ということである。
(日本語で擬古語で書かれた小説というと「」が思い出されるが、英語話者からすると「忘れられた巨人」も似たような印象になるのだろうか。)

カズオ・イシグロは文体に凝る作家である。「日の名残り」も古めかしい執事の言葉遣いが特徴的な小説だった。
本作でも、擬古語の英語が幻想的な雰囲気の醸成に貢献している。
日本語訳でも、この文体の工夫は反映させるべきだったのではないかと思う。
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4152095369
No.3
(5pt)

いっそ日本でアニメ化しては?

アーサー王伝説、毒の霧を吐く竜など、前提になる知識が欠けている私にはまともに読めるか不安もありましたが、訳がこなれているのか、日本生まれのイシグロの努力と才能なのか、ストーリーに引き込まれて一気に読むことが出来ました。
私自身はイシグロと同い年のせいか、記憶をなくした人々や、主人公が自分自身の記憶や時に愛妻への思いも不確かに感じるあたりについ共感して読んでおりました。
映画化も計画されているようで楽しみですが、CG満載のハリウッド風アクション映画にするくらいなら、いっそ日本アニメの新しい表現に挑戦して欲しいように思いました。
忘れられた巨人 Amazon書評・レビュー: 忘れられた巨人より
4152095369
No.2
(4pt)

日系英国人カズオ・イシグロが挑む英国人の心の故郷アーサー王伝説の世界

本年(2015年)三月に英米で発表されたばかりのカズオ・イシグロの新作が、驚くべき早さで邦訳刊行された。原題は「The Buried Giant」、邦題は「忘れられた巨人」、早川書房が翻訳権を独占していることもあり、「わたしを離さないで」「夜想曲集」に引き続いて土屋政雄氏が翻訳を担当。その丁寧で穏やかな語り口は本書でも変わることはなく、カズオ・イシグロ・ファンとしては嬉しい限り。しかし一点だけ、邦題は今ひとつ適切でない気がする。

 さてその内容だが、「わたしを離さないで」でクローン人間というSF的要素を大胆に取り入れて世界を驚かせたように、今回は日系英国人である作者が英国人の心の故郷とも言える「アーサー王物語」の伝説世界に果敢に挑戦している。
 欧米では概ね好意的に受け入れられ、あとがきでは既に映画化権を某プロデューサーが獲得したとのこと。しかし、残念ながらストーリー自体は残念ながら凡庸。だって、今や伝説のソフトと化した感のある「Wizardry」以降、数多のRPGにアーサー王伝説や竜退治物語が流用され尽した現代において、そうそう目新しい物語を作り出せるわけがない。カズオ・イシグロもそれくらいは承知ていたはずで、解説によると

「(竜や鬼などの)表面的な要素に惑わされないでほしい。新作は単なるファンタジーではない。」

と発言し、却って一部の作家から「ファンタジーを見下している」との批判も受けたらしい。そしてその批判は決して的外れなものではないと私も思う。その上で敢えて言いたいのは、やはりこれは紛れもないカズオ・イシグロの世界であり、人を愛することの痛切な哀しみの物語なのだ、ということ。

 舞台は六~七世紀ごろのブリテン島、伝説のアーサー王が円卓の騎士とともにローマ人やサクソン人を撃退し伝説の島アヴァロンへ去った少し後の時代。例えばまだ円卓の騎士ガウェインは老いて尚健在。しかし平定したと言っても島は今のイングランドのように美しい緑に覆われた平和な世界ではない。物語はこういう文章で始まる。

「 イングランドと聞けば、後世の人はのどかな草地とその中をのんびりとうねっていく小道を連想するだろう。だが、この当時のイングランドにそれを探しても、見つけるのは苦労だったはずだ。あるのは行っても行っても荒涼とした未墾の土地ばかり。」

 その世界はアーサー王の系統であるケルト系のブリトン人(勝者)とゲルマン系のサクソン人(敗者)の微妙なバランスの上に成り立っているが、その世界に暗鬱とした影を落としているのが「健忘の霧」と「鬼、妖精、竜」たちの存在。
 この霧のためにこの世界の住人たちの殆どは1,2日前の記憶も保てない。ブリトン人であり村では疎外されている老主人公夫婦アクセルとベアトリスもその例に漏れず、二人とも時に昔のことを断片的に思い出すことがあるがそれ以上は思い出せないでいるが、何かをある春の日に感じ取り、昔出ていった息子の元へ身を寄せることを決意し旅に出る。

 もちろん老夫婦がそう簡単に息子のいる村へ辿り着けるわけもない。最初に逗留したサクソン人の村では悪鬼騒動に巻き込まれ、知り合いのブリトン人の長老の策略でサクソン人の勇者ウィスタンと悪鬼に傷つけられた少年エドウィンとともに逃げるように村を脱出したり、霧や竜の謎を知るという賢者ジョナスのいる山上の修道院へ向かう途中で見張り番の兵士に行く手を阻まれたり、修道院では賢者ジョナスには出会えたものの何故か突然の脱出を命じられ、雌竜クエリグを追う伝説の円卓の騎士ガウェインやエドウィン少年の助けを借りて修道院の地下から辛くも逃れたり。。。
 一方のサクソン人戦士ウィスタンにも様々な艱難辛苦が用意されており、老夫婦と同行したり離れたり、ガウェインとの運命の出会いお互いを尊敬しつつも不穏な空気が流れたり、エドウィンの覚醒を促したりと、まさにRPGそのものの展開。

 そのようなストーリーに文学的・思想的深みを持たせているのは、アヴァロンを髣髴とさせる「島」の描写の幻想性であったり、その島へ渡るための夫婦愛についての船頭の質問であったり、ウィスタンが疑問を呈する戦争がもたらす「海より深い底なしの憎しみ」やキリスト教の持つ「放置された不正義」であったりするわけだが、カズオ・イシグロのそのような問題提起は、今回ばかりはストーリー展開の速さに流されてやや上滑りしている感が否めない。

 まだ刊行されたばかりなのでこれ以上語ることは避けるが、感想を述べるためにどうしても一つだけネタばらしをお許しいただきたい。人々を健忘に導く霧は雌竜クエリグが吐く息がもたらすものであり、竜の呼気にその様な効果を持たせたのは大魔術師マーリンであり、それを命じたのはアーサー王その人であったのだ。
 アーサー王の命令の理由は?それはその効果が切れるときに明らかになるのでだろう。マクロレベルの変化は伏せておくが、ミクロの方は個人レベルの問題、例えばアクセルとベアトリス夫婦の過去についての謎が明らかになるということ。その謎が明らかになっても夫婦はお互いを愛し続けることができるのだろうか?
 
 「わたしを離さないで」で「限られた生を生きることの痛切な哀しみ」を描ききってみせたカズオ・イシグロが今回描いたのは「人を愛することの痛切な哀しみ」であるとはそういうことであり、結末は読んでのお楽しみ。

 と書いてきたものの正直なところ、まだこの小説が傑作なのが、凡庸なファンタジーなのか確信は持てない。しかし心配はしていない。10年前の小説「わたしを離さないで」が傑作であるとを知るのにそれなりの時間と努力を要したように、この物語も心の奥底に刻まれ熟成されてやがてその素晴らしさを思い知ることになる、と信じているから。
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4152095369
No.1
(5pt)

20世紀への哀惜か、紀元5世紀のクエスト・ロマンス

英語版の発売から二ヶ月も経たないうちに日本語訳が出た。
とりあえずページをめくってみたが、読みやすい、こなれた日本語になっている。
読みやすくしすぎじゃないかと感じる箇所もいくつかあるが、一般読者にとってはこのほうがよいだろう。

ただし、タイトル、The Buried Giantを『忘れられた巨人』としたのは、解釈の先取りであり(誤りではない)、読者の自由をいささか侵害している。
「巨人」は「忘れられた」のではない、個人と集団が「記憶」を巧妙かつ賢明に操作したことによって、すなわち意図的に「葬られた」のである。
(この小説を読み解こうとするとき、英語のburiedには「埋葬」の意味が強いことを意識しなければいけない。)
「埋められた巨人」としておいて、イシグロのメタファーの含蓄を読者が読み解くに任せるべきだった。

「ニューヨーク・タイムズ」、「ザ・ガーディアン」、「TLS」など、主要な新聞・雑誌の書評もほぼ出そろった。
予想通り、好悪が別れた。
『充たされざる者』(このタイトルの訳は『癒やされざる者』とするのがより適切で、『浮かばれない死者たち』とすると訳しすぎになる)が、ごく一部を例外として、一様に不評で、さんざんたたかれたのに比べれば、好意的な評価が多いようだ。
(念のために言っておくと、『充たされざる者』は、これまでのイシグロ作品中、最高の完成度を持つと評者は考えている。)
アーシュラ・K・ルグィンのように、この小説をファンタジーとして議論するのは完全な的外れ。
この小説はファンタジー(とくにクエスト・ロマンス)の形を借りているだけで(『わたしを離さないで』が「改変歴史ものSF」の形を借りたように)、内容は「戦争の世紀」20世紀を描く、現代歴史小説なのだから。
巨大な歴史と小さな個人の歴史とが物語の進行の中で絡み合い、『日の名残り』、『わたしたちが孤児だった頃』、そして『わたしを離さないで』のときと同じく、底深い悲しみが浮かび上がる。

イシグロが「ザ・ガーディアン」のインタビューで語っているように、実は「戦争の世紀」は、ただ追悼すべき過去ではない。
ドラゴンが吐き出す霧の中に消え去ったはずの記憶がよみがえるとき、埋葬されたはずの「巨人」もまたよみがえり、新たな殺戮と破壊を現出させる。
ソ連崩壊の後、旧ユーゴスラヴィアで、ルワンダで、起こったことを念頭に、イシグロは紀元5世紀のブリテン島を舞台として、現代世界の終わりなき凄惨な悲劇をフィクション化したのである。
忘れられた巨人 Amazon書評・レビュー: 忘れられた巨人より
4152095369