わたしたちが孤児だったころ

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わたしたちが孤児だったころの評価:

4.00/5点 レビュー 80件。 E ランク

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Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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全162件 141〜160 8/9ページ
No.22
(5pt)

ああ、レベルが違う

エンターテイメントよりの純文学といった様相でしょうか。主人公は二十世紀の探偵。探偵小説の技法を用いた小説、という意味ではポール・オースターみたいに思えてしまうかもしれないが、その内実は全然違う。

 探偵小説というのは基本的に虚構を前提とした小説であるが、その探偵を日中戦争の中へ放り込むことで徹底的に相対化、世界と戦う探偵という意味では、セカイ系作品としても読める。

 後半から主人公の行動に「?」と思うでしょう。自分も何か読み違いをしているのかと不安になったが、それも手の内。信用ならざる語り手の手法を違い、リアリズムの中の妄想(?)を生み出し、しかも、その妄想もリアリズムにのっとっているという、技巧をこらしまくった傑作。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.21
(5pt)

ああ、レベルが違う

エンターテイメントよりの純文学といった様相でしょうか。主人公は二十世紀の探偵。探偵小説の技法を用いた小説、という意味ではポール・オースターみたいに思えてしまうかもしれないが、その内実は全然違う。

 探偵小説というのは基本的に虚構を前提とした小説であるが、その探偵を日中戦争の中へ放り込むことで徹底的に相対化、世界と戦う探偵という意味では、セカイ系作品としても読める。

 後半から主人公の行動に「?」と思うでしょう。自分も何か読み違いをしているのかと不安になったが、それも手の内。信用ならざる語り手の手法を違い、リアリズムの中の妄想(?)を生み出し、しかも、その妄想もリアリズムにのっとっているという、技巧をこらしまくった傑作。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.20
(3pt)

文章は美しいが、荒削り

作品全体を見るとイシグロさんならではのとても美しい文章で書かれていますが、中盤以降は荒削りな展開で首を傾げてしまいます。 個人の視点が中心とはいえ話のスケールが大きいため、もう少し丁寧に展開したらもっと良かったのでは…後半は急ぎ足になり過ぎています。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.19
(3pt)

文章は美しいが、荒削り

作品全体を見るとイシグロさんならではのとても美しい文章で書かれていますが、中盤以降は荒削りな展開で首を傾げてしまいます。 個人の視点が中心とはいえ話のスケールが大きいため、もう少し丁寧に展開したらもっと良かったのでは…後半は急ぎ足になり過ぎています。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.18
(4pt)

筆致が丁寧

幼い頃に上海で両親が失踪したイギリス人男性の主人公が、大人になって探偵として社会的に成功し、孤児を引き取り、両親の失踪事件を解決すべく、上海へと戻る。

前半は、緻密な追憶の描写がゆっくりと続き、なんとも地味な物語だと思いきや、後半から一気に展開が早くなる。

長年微妙な関係を続けてきたサラから駆け落ちを持ち掛けられたり、両親が幽閉されていると思われる家の情報をつかみ、日中戦争の前線に飛び込み、負傷した日本兵と逃げ回ったり、とスリリングな場面が展開される。

最終章。

両親が失踪した本当の理由を、かつて信頼しきっていた人物から聞かされる。最初はずいぶんとお堅い上品な語り口からのスタートだっただけに、このショッキングな顛末は大変意外で、驚いた。

高貴な小説「日の名残り」の印象が強いイシグロ氏も、しょせんは一介の男性に過ぎず、また彼がひそかに抱く、白人への劣等感を垣間見てしまったような気がした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.17
(4pt)

筆致が丁寧

幼い頃に上海で両親が失踪したイギリス人男性の主人公が、大人になって探偵として社会的に成功し、孤児を引き取り、両親の失踪事件を解決すべく、上海へと戻る。

前半は、緻密な追憶の描写がゆっくりと続き、なんとも地味な物語だと思いきや、後半から一気に展開が早くなる。

長年微妙な関係を続けてきたサラから駆け落ちを持ち掛けられたり、両親が幽閉されていると思われる家の情報をつかみ、日中戦争の前線に飛び込み、負傷した日本兵と逃げ回ったり、とスリリングな場面が展開される。

最終章。

両親が失踪した本当の理由を、かつて信頼しきっていた人物から聞かされる。最初はずいぶんとお堅い上品な語り口からのスタートだっただけに、このショッキングな顛末は大変意外で、驚いた。

高貴な小説「日の名残り」の印象が強いイシグロ氏も、しょせんは一介の男性に過ぎず、また彼がひそかに抱く、白人への劣等感を垣間見てしまったような気がした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.16
(5pt)

冒険

ポールオースターの「鍵のかかった部屋」がそうであるように、また村上春樹の「羊をめぐる冒険」がそうであるように、この作品もまた冒険小説なんだなと思う。 ただしそれはあくまでカズオイシグロ的なものに変貌している。 これまでの彼の作品は小綺麗で優雅な作品が続いたがこの作品で彼は自身の創作自体においても「冒険」をした。 この作品における著者の筆運びは勇ましく挑戦的で多少荒削りなやり方を試しているが、やはり同時に優雅でもある。 そしてそれがどうにもこうにも心地よい。 物語はある一つの点に向けて探偵小説的な要素を含みながら展開する。 一瞬めまいさえしそうな鮮烈で優美な文章の応酬が我々を襲う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.15
(5pt)

冒険

ポールオースターの「鍵のかかった部屋」がそうであるように、また村上春樹の「羊をめぐる冒険」がそうであるように、この作品もまた冒険小説なんだなと思う。 ただしそれはあくまでカズオイシグロ的なものに変貌している。 これまでの彼の作品は小綺麗で優雅な作品が続いたがこの作品で彼は自身の創作自体においても「冒険」をした。 この作品における著者の筆運びは勇ましく挑戦的で多少荒削りなやり方を試しているが、やはり同時に優雅でもある。 そしてそれがどうにもこうにも心地よい。 物語はある一つの点に向けて探偵小説的な要素を含みながら展開する。 一瞬めまいさえしそうな鮮烈で優美な文章の応酬が我々を襲う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.14
(5pt)

事実と真実

事実と真実は別の場所にあるものだ。 イシグロの構成力が、幻想的なまでのズレを見事にかさねあげ、世界を立体にしている。 リアリズム、というのとはちょっと外れる確固たる世界。 明かされない謎と明かされない命題の間を読者は滑らされる。 とても面白かった。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.13
(5pt)

事実と真実

事実と真実は別の場所にあるものだ。 イシグロの構成力が、幻想的なまでのズレを見事にかさねあげ、世界を立体にしている。 リアリズム、というのとはちょっと外れる確固たる世界。 明かされない謎と明かされない命題の間を読者は滑らされる。 とても面白かった。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.12
(5pt)

イシグロ的な世界

舞台は上海。 最初に父が消え、次に母がいなくなった。 そして少年は孤児になった。 少年は成長し、イギリスで高名な探偵になる。 彼は再び上海を訪れ、両親を探し始める。 探偵小説の形式を得て、信頼できない語り手というイシグロ十八番の手法がさえまくる。 この小説はトリッキーで美しく、強烈なカタストロフを読者に与えてくれる。 はっきりって、傑作だ。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.11
(5pt)

イシグロ的な世界

舞台は上海。 最初に父が消え、次に母がいなくなった。 そして少年は孤児になった。 少年は成長し、イギリスで高名な探偵になる。 彼は再び上海を訪れ、両親を探し始める。 探偵小説の形式を得て、信頼できない語り手というイシグロ十八番の手法がさえまくる。 この小説はトリッキーで美しく、強烈なカタストロフを読者に与えてくれる。 はっきりって、傑作だ。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.10
(4pt)

喪失感と希望

「日の名残り」にしても本書にしても、イシグロの作品を読むと、「喪失感」という言葉が浮かんできます。私達は生きている間にいろいろなものを失っていく。時にはかけがえのない大切なものを、自分がそうとは知らぬ間になくしていき、後から振り返ってそれに気づくのだが、そのときはもう全てが終わっている。本書を読むとそんなメッセージが伝わるように思います。
物語の前半は比較的ゆっくりと登場人物のあり方が描かれているのに対して、後半は下手すると荒唐無稽な展開が繰り広げられ、驚きと不安を読者に持たせ、一気に切ない大団円を迎えます。
喪失そのものは哀しく切ないのですが、しかし読後感は決して悲愴感だけではありません。失うことを現実としてあるがまま受け入れ、はじめてそこから何かが始められる、そんなそこはかとない希望を持たせてくれる、素敵な小説でした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.9
(4pt)

喪失感と希望

「日の名残り」にしても本書にしても、イシグロの作品を読むと、「喪失感」という言葉が浮かんできます。私達は生きている間にいろいろなものを失っていく。時にはかけがえのない大切なものを、自分がそうとは知らぬ間になくしていき、後から振り返ってそれに気づくのだが、そのときはもう全てが終わっている。本書を読むとそんなメッセージが伝わるように思います。
物語の前半は比較的ゆっくりと登場人物のあり方が描かれているのに対して、後半は下手すると荒唐無稽な展開が繰り広げられ、驚きと不安を読者に持たせ、一気に切ない大団円を迎えます。
喪失そのものは哀しく切ないのですが、しかし読後感は決して悲愴感だけではありません。失うことを現実としてあるがまま受け入れ、はじめてそこから何かが始められる、そんなそこはかとない希望を持たせてくれる、素敵な小説でした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.8
(5pt)

租界で暮らして味わったのは何。

劇中に日本人が現れる小説でもあり、読むにつれて次第に、日本人であるが故に読み取ることの可能な感傷や描写によって、我々は何かしらの特権的な優越感に浸る。カズオ・イシグロの小説の読者の多くは英国の、恐らく白人である。彼らが支持するイシグロの小説が我々の国の歴史と伝統に基づく敬虔な姿勢を示していることで、作品にとてつもなく敬意と幸福感を覚える。
事実と期待とのはざまで、秀でた才能を持つ探偵が見たもの、体験したものは何だったのか。それは個人的なもの、大きな歴史のうねりの中に見出したもの、そして人間そのものに見出したもの。探偵であることにより失い、見つけ得たもの。
読み終えたとき、幅の広い小説であった、という感想を得られる。それは、面白かった、と同じ意味だということである。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.7
(5pt)

租界で暮らして味わったのは何。

劇中に日本人が現れる小説でもあり、読むにつれて次第に、日本人であるが故に読み取ることの可能な感傷や描写によって、我々は何かしらの特権的な優越感に浸る。カズオ・イシグロの小説の読者の多くは英国の、恐らく白人である。彼らが支持するイシグロの小説が我々の国の歴史と伝統に基づく敬虔な姿勢を示していることで、作品にとてつもなく敬意と幸福感を覚える。
事実と期待とのはざまで、秀でた才能を持つ探偵が見たもの、体験したものは何だったのか。それは個人的なもの、大きな歴史のうねりの中に見出したもの、そして人間そのものに見出したもの。探偵であることにより失い、見つけ得たもの。
読み終えたとき、幅の広い小説であった、という感想を得られる。それは、面白かった、と同じ意味だということである。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.6
(4pt)

独白の恣意的な歪みを

「英国」作家カズオ・イシグロ五番目の長編である。
今までのイシグロの作品と同じく、語り手の独白に近い「語り」により
ストーリーが淡々と語られていく。
しかし気を付けなければならない点は、
イシグロの語り手は決して真実を語っていないということだ。
起きたこと、台詞、そして語り手の心情でさえも
語り手の恣意によって歪められ、都合の良いように隠匿される。
つまりイシグロの小説世界は寄る辺無い世界なのだ。
足許が安定していないだけに、読み手の位置も、
他の登場人物との距離感も判然とはしない。
普通の小説に慣れた感覚で読み進めると、かなり気分の悪い思いをするはずだ。
本書の舞台は上海租界。
中国大陸にありながら、中国でも欧米でもない魔都を舞台に選んだということは
ありきたりではあるが、そのイシグロの小説に流れる浮遊感覚
を表現するには最適な舞台なのだろう。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.5
(4pt)

独白の恣意的な歪みを

「英国」作家カズオ・イシグロ五番目の長編である。
今までのイシグロの作品と同じく、語り手の独白に近い「語り」により
ストーリーが淡々と語られていく。
しかし気を付けなければならない点は、
イシグロの語り手は決して真実を語っていないということだ。
起きたこと、台詞、そして語り手の心情でさえも
語り手の恣意によって歪められ、都合の良いように隠匿される。
つまりイシグロの小説世界は寄る辺無い世界なのだ。
足許が安定していないだけに、読み手の位置も、
他の登場人物との距離感も判然とはしない。
普通の小説に慣れた感覚で読み進めると、かなり気分の悪い思いをするはずだ。
本書の舞台は上海租界。
中国大陸にありながら、中国でも欧米でもない魔都を舞台に選んだということは
ありきたりではあるが、そのイシグロの小説に流れる浮遊感覚
を表現するには最適な舞台なのだろう。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.4
(4pt)

トラウマと否認

主人公は、表面的には、両親の失踪という自らのトラウマを解きほぐすために、探偵を志す。しかし、真のトラウマに対しては、語りの中で何度も接近しながら、自己に開示されることはない。そのため、語りは、イシグロの小説の主人公が常にそうであるように、時に不自然に蛇行し、もつれ、最後には破綻していく。
人はトラウマを心の底に持ち、否認しながら自らのストーリーを紡いでいくものであり、その意味でこの小説には普遍的な力がある。特に家族をめぐるトラウマとして私はこの小説を読み、心を揺さぶられた。『日の名残り』に比べると、帝国主義英国の黄昏というもう一つのトラウマへの書き込みはちょっと弱いかな、とも思った。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.3
(4pt)

トラウマと否認

主人公は、表面的には、両親の失踪という自らのトラウマを解きほぐすために、探偵を志す。しかし、真のトラウマに対しては、語りの中で何度も接近しながら、自己に開示されることはない。そのため、語りは、イシグロの小説の主人公が常にそうであるように、時に不自然に蛇行し、もつれ、最後には破綻していく。
人はトラウマを心の底に持ち、否認しながら自らのストーリーを紡いでいくものであり、その意味でこの小説には普遍的な力がある。特に家族をめぐるトラウマとして私はこの小説を読み、心を揺さぶられた。『日の名残り』に比べると、帝国主義英国の黄昏というもう一つのトラウマへの書き込みはちょっと弱いかな、とも思った。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347