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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.41pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全563件 501~520 26/29ページ
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村上春樹作品は20年程前に初めて読み(その際、私は19歳で2つ年上のガールフレンドから羊をめぐる冒険を進められ、貸してもらったのが始まりでした。)以来、全ての作品を読ませていただいています。 今回の作品もそうですが、過去の作品も含めて言えること。それはどれだけ共感出来る(自分と重ね合わせる)部分があるかにより随分と作品のニュアンスが変化し、言葉の読み取り方、感じ方が変わってくると言うことです。 今回の作品に関して評価が分かれている様ですが、『つまらない、駄作』と思われた方は恐らくある意味で平穏無事な生活(それをつまらない人生とまでは言いませんが)を送られている幸福な方々なのだと感じます。 この作品の中に自分の分身である部分を見付け、過去や未来の自分(主に過去との対比になると思いますが)と重ね合わせながら読んで行けた方の評価は自ずと高評価になるのは当然だと思います。私を含め、その方々が波乱万丈で不幸な人生を送っているかと言われれば、それはそのポイントによって感じ方は変わりますよね。 一度読んだ作品を5年後、10年後にもう一度読んでみると評価は変化します。それは村上春樹作品ではないどの小説にも起こり得ますが、この作品は特にその色が濃いのだと皆様の評価を拝見し、面白く感じました。 | ||||
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これまでの村上春樹の作品のなかで、最高傑作の1つだろうと思う。 読み進めながら、ときに『ノルウェイの森』や『ねじまき鳥』を読んだときの印象が思い起こされる。それから『ダンスダンスダンス』も。 彼の小説を読みながら、胸が熱くなったり、涙がこぼれそうになったりしたことは あまりなかったように思う。けれども、この本はそんな感情を起こさせる。 主題は、「人生に生きる意味はあるか」だと思う。 それに対して村上春樹は、作品を通して「イエス」と言っている。 私にはそう思える。 久しぶりに何度か読み直したい本に出合った。 蛇足:このページ数の小説は通常1500円の値付けだが、1700円をつけたところに出版業界の今後が少し見える。 | ||||
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あくまで個人的な話… 村上春樹の作品は人を落ち込ませもするし、元気にもする。それは人の本質を描いているから。人の痛いところを余すところなく描いているから。人の欲望を包み隠さずえがいているから。そう思います。 主人公に名前がついたことで、より自分に身近なものと感じた。 数ある村上春樹作品の中でもよりリアリティーが感じられる作品。より人を落ち込ませ、より人を元気にする力をもった作品。 抽象が具体へ一歩進んだ、村上春樹らしくもあり、らしくなくもある作品。 私は大好きです。自分自信を見つめなおさせられ反省し、いきる活力をもらいました。 | ||||
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一通り読んでみてやはり著者村上春樹のストーリーテラーとしてのレベルの高さ、センスの高さを感じ取ることができます。色を持つ4人とそれに関わる多崎つくるの物語は、どこかしら不思議な点を感じさせます。そして誰にでも訪れるであろう人間関係の不和とそこからの復帰が今回の主要テーマで、読む人を選ぶ趣はあるものの、やはり著者の人間観察の鋭さと、根底を流れる精神の奥深さを感じさせます。今回の作品は物語的な面白さを追求したというよりは、何が言いたいのかに重きを置いた作品であるといえる、とそう思います。その点を探りながら読んでみると、著者の考え、言いたいことが理解できるのではないでしょうか。 | ||||
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この小説、いやどのような作家のどのような作品にも、本来評価などというものは当てはまらない。ましてや村上春樹さんを評価するなど、僭越なことです。 半日を費やして、一気に読ませていただきました。登場人物は多くなく、それぞれがそれぞれの役割を担うべく発言をしますが、結局は主人公の心の葛藤がテーマ。 高校時代から大学二年に至るまでの友好的な友人関係の崩壊に端を発し、30歳半ばにしてその理由を確かめる旅に名古屋へフィンランドへと旅をするのだが、そこには単なる事実だけが存在し、それを受け入れ自分の人生を再考するきっかけにしかならない。 様々な人生での出来事を一夜の夢の物語として捉え、目覚めてしまえばまた新しい一日を過ごすしかない。 そんな繰り返しを、村上春樹さん流の巧みな文章で綴られた物語。 飽きもせず、眠くもならず、360ページを一気に読ませられる小説を書ける数少ない存在の作家、村上春樹さん。 楽しませていただきました。 | ||||
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村上春樹氏の小説には、デビュー作「風の歌を聴け」以来、作中に音楽が頻繁に登場し、重要な役割を担っています。ビートルズの「ノルウェイの森」はそのままタイトルに使われましたし、前作「1Q84」ではヤナーチェックの「シンフォニエッタ」が天吾と青豆を結びつけるキーファクターでした。村上作品を読む楽しみのひとつは、音楽に造詣の深い村上春樹氏が取り上げる曲にどのような意味を込めたのかを思いめぐらしながら、彼に導かれて音楽を聴くことだと私は考えています。 この新作では、フランツ・リストがかつて訪れた土地の印象を表現したピアノ曲集「巡礼の年」がそのままタイトルに使われています。また、4集あるうちの第1集「第1年スイス」から8曲目「郷愁 Le mal du pays」(作中では「ル・マル・デュ・ペイ」と表記される)が繰り返し出てきて、作品全体の通奏低音の役割を果たしています。 リストは「ル・マル・デュ・ペイ」でふるさとへの望郷の念を表現しています。主人公の多崎つくるに置き換えれば、高校時代の友人との親密な関係への「郷愁」に当たるでしょう。彼が高校時代にあこがれた美少女「シロ」は「ル・マル・デュ・ペイ」をピアノで弾いて何度も彼に聴かせました。彼は一方的に拒絶されて「シロ」に会えなくなってもこの「ル・マル・デュ・ペイ」を弾く彼女の姿をなつかしく思い出すのです。やがて彼は大学の後輩・灰田からこのLPを譲り受けて、繰り返し聴くようになります。多崎は、恋人の勧めにしたがって彼に死を考えさせた出来事の真相を知るために高校時代の友人を訪ねる「巡礼」へと出発します。そして最後のフィンランドへの「巡礼」の旅で「クロ」と再会し、真相の一端を掴むのでした。 村上春樹氏は「巡礼の年」と「ル・マル・デュ・ペイ」をリストの作曲動機にまで遡って考察し、この曲をモチーフに選んだのは明らかです。作家はこの曲からストーリーを着想してのでしょうか、それともストーリーが先にあって曲を選んだのでしょうか、私の疑問です。ピアニストに有名なアラウやブレンデル盤ではなくベルマン盤を選んでいるのには理由があります。前2者の演奏にベートーベンのような剛直さがみられるのに対してベルマン盤にあふれるロマンチズムが女子高生の演奏に通じると共にこの小説の主題にふさわしいからでしょう。この作品の読後感とピアノ曲の印象は共にあたたかく、両者がシンクロしているように感じられました。村上春樹氏は何と思慮深く、センスのいい文学者だろうと、私は感嘆したのでした。 | ||||
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皆さん、読み終えるのが早いですね。 私は仕事の合間などに読んでいるので、まだ「2」を読み終えたところです。 ですので、まず、さわりのところまでの印象を書いておこうかと思います。 まず、表紙。 カラフルな鉛筆のような、煙突のようなものが並んでおり、タイトルの「色彩をもたない」とは逆になっているところが面白い。 で、書き出し。 本の帯に「ある日ふと思い立って、数行書き始め、どうなるかわからないまま半年書き続けた」とあるように、 出だしは主人公のいきなりの虚無宣言で始まるという、まるで漫画版のエヴァンゲリオンのような始まり方。 物語の冒頭が「死」から始まるという出発は、最終的に「生」へと転化されるであろうと予測でき、期待が高まる。 でも、最初の数行で、個人的な話で申し訳ないのですが、自分が書いた小説と同じ始まり方、語り口だったため、 妙にコミットされてしまった。 私の年齢も主人公とほぼ同じ。つまり同年代の心の空虚感が描かれている、と思った。 それなりに生活できる、物質的に豊かな団塊ジュニア世代は、ある種のマニュアル神話の中で幸福を追求する人生を求められる。 でも、そこには常に空っぽな自分を感じては来なかっただろうか? たぶん、高校生ぐらいで何か熱狂的のなれるもの、信じられる安定した世界観を欲しがったはずだ。 しかしそれは、幻想でしかなく、逃避でしかないことに、社会に出ると気づかされる。 私は三十代を前にして、どうやら鬱になったらしい。 メンタルクリニックにも行かずに耐えていたので、長いこと苦しかったのだが、 昨年あたりから病院を進められ、確かに鬱だったということがわかった。 どうしてそんなところに落ちこんだかというと、どのように生きていいのかわからなくなったからだ。 正解が見えない。しかし、正解なんてないのだ。 だからとにかく試行錯誤してきたのだが、何か進むべき運命が、巨大な無意識の塊の奥から語りかけていることは感じていた。今、それがなんなのか、理解できるようになってきた。 この作品の主人公は自殺に失敗して、死のことばかり考えていた。 私も死のことばかり考えて、自殺に何度も失敗した経験があるので、その辛さや痛みはわかる。 そして、無為にならざるを得ない日々をすごさねばならなかった。しかし、その無為と思われる時間というものは どうやら必要なのだと、最近河合隼雄氏の著作を何冊か読んでわかった。 河合隼雄氏は、すでに数十年前のインタビューでね四十代を前にして我々世代が危機に陥るだろうことを指摘している。 そして、今の我々は、自分の内的宇宙の存在ほ包含して、進まなくてはならないようだ。 この「2」までを読み終えてみて、なんだか河合隼雄氏の指摘した課題を村上春樹氏も感じているようだと思った。 読み終えたら、改めてまた追記として感想を書いてみるつもりだが、今のところ私は、この作品は読みやすく、優しい、 綺麗な文章だと思って評価している。 だだ、星をひとつ減らしたのは、それほど強いインパクトがあるテーマではなかったから。 やはり私は村上氏には、アフターダーク的な新たな試みを期待してしまうので。 でも、この作品、村上春樹さんにとっては、必要な過程のように思える。 何かの区切りのために、必要だったのではないだろうか、と感じられる。 | ||||
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名前に色の名前を含む5人の仲良しグループの中で、 ひとり色を持たない多崎つくるが突然グループから決別させられ、 36歳になってその理由を確認するため、友人一人ひとりを巡礼していく。 途中殺人で死んでる友人や、突然出てくるホモ等ミステリアスな展開がありますが、 けっきょく犯人もホモの行方もなにも解決せず、全てがうやむやに終わるところは、 いつも通りの村上春樹作品らしい真骨頂でした。 | ||||
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深く結びついていた4人の仲間から、大学2年の夏に突如、 絶縁された、多崎つくる。 その理由を16年後の「巡礼」によって知るという 村上春樹にしては、分かりやすく、読みやすい物語。 毎日死を考えるほど絶望する出来事はあまりないかもしれないけれど 誰にでも向き合うべき過去はあり、それを記憶の底に沈めることはできても、 なかったことには出来ない、というのは、そうかなと思った。 つくるの佇まい、つくると沙羅、つくるとエリの会話は、 いかにも村上春樹的で、心地よい。 やはり、いいですね。堪能しました。 | ||||
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村上春樹 新作読了して やはり感嘆すべき作家です。 想像する力と、緻密な言葉の積み重ねが 読み手のイメージを多層的に拡げ、 時にはユーモアと絶望が交響して、 読書する醍醐味を味わせてくれました。 もし私がもう少し青春時代に近ければ、 かなり胸が痛み、呼吸がつらくなってしまったかも知れません。 この人は「失い続けること」を意識させる名人です。 この厚さ、ポイントで1700円はちょっと高いかなと思いましたが 値打ちは十二分にあります。 ただ気になることもあります。 この人はファンは中国や韓国にも多いと聞きます。 作中の重要なタームの一つとして 「記憶に蓋をすることは出来る。でも歴史を隠すことは出来ない。」 という言葉が数度出てきます。 これが単に、個人の切実な経験に言及した、普遍的な人間感情として 書かれているのなら良いのですが(そう願っていますが)、 何か政治的なものを指向しているなら鼻持ちならない言葉であり、 また或るもくろみを持った「何か」に利用されかねない危惧を感じました。 さらに突っ込めば、それがどんなに当人にとって切実であり、 かけがえのない経験、記憶でも、それが個人のものである限り、 正確には「歴史」とは言いません。 でも、とにかく素晴らしい小説がまた読めて幸せでした。 | ||||
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「巡礼の年」というフレーズに惹かれ、『海辺のカフカ』以来、久々の購入です。 文体に引き込まれ、一気に読了しました。 読了直後の感想は ・技巧的には最高傑作であろう。 ・脱線や物語に不要な虚飾が廃されている。 ・春樹作品らしい、現在の主人公とパラレルな世界(一応今作は過去のエピソードということになってるが、過去作品と同じく心象風景的な側面のものと捉えた方が良いかもしれない)が挿入されて展開されるストーリー。 今作ではかなり早い段階で、現在の主人公の物語一本に収束する。その点に村上春樹自身の成長が感じた。 ・『国境の南、太陽の西』で描こうしたテーマ。それにもう一度取り組んだ作品? というものです。 他のレビューで書かれている程、不親切で投げっぱなしという印象は受けませんでした。 そのような疑問の答えや最終的な結末を暗示させる隠喩や象徴が作品中に散りばめられていますし それを探しながら、もう一度読むというのもまた楽しいのではないでしょうか? | ||||
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「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」とても長いタイトルで最初は、全然意味がわからなかった。しかし、今の自分にはとても良く理解できているし、こんな簡単なことだったのかと頭を悩ませていた。文章は解りやすくどんどん進んでいった。内容も一人の青年をとりまく周囲の友人関係の話で、興味深い物語だ。今回は、ネットで予約をして購入したから、販売当日から読むことができたが、そうでない人はどうなのだろうか?書店で手に入れることができたのだろうか。他の評価を見るとそんなに高くはないが、私的にはいい評価をつけたいと思います。主人公の多崎つくるの行動力そして過去をさかのぼって問題を知り解決することに感心した。その中から・・・・・・。 「限定された目的は人生を簡素にする」 「記憶を隠すことはできても、歴史を変えることはできない」 最後まで読んで解ったことがある。これはラブ・ストーリーだということだ。やはりいつ読んでもラブ・ストリーはいいものだ。この小説の評価は高い。とても解りやすくて優しい内容に対してそして飽きない文章に・・・・・・。 | ||||
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相変わらずの心地よい文体、メタファーの洪水…。 直近の村上春樹にしては平易な長編…むしろ短編群に近い空気感。 自分の年齢もあるのか、「羊をめぐる…」や「世界の終り…」の時のような衝撃ときらめき感は弱かったが…。 シロとクロの転化を想定させる灰田くんや(光の三原色?)絡みでアカ・アオに呼応する緑川さんが消えていく挿話も村上春樹らしい心地よい仕込みだと感じました。 | ||||
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まず冒頭でこの不思議なタイトルの意味が判明し、そこからはこの物語に於いて主人公が終始負い目として感じ続ける自分自身の存在意義の希薄さ、そして自ら望んだものでは無いにせよそれを探しに行くという、作者得意の「喪失とその奪還」の物語です。 とてもフィットした五人の少年少女達は絶妙なバランスで五角形を保っていたが、その一角=主人公はそこから強制的に排斥される。それは主人公に意向常に死を考えさせる程深い傷を与える事になり、そこから物語は始まります。 人は誰でも一度は「夜の冷たい海を一人で泳ぎ切らなければならない時」が来る。 | ||||
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はじめて村上春樹の世界観に触れて、面白くときにヒリヒリと傷むような感じがして揺り動かされた。 そして、次の新しい小説はもう用意されていると思えてならない。 | ||||
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「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読み終わりました。村上さんの作品にはいつも、見たくない自分の暗部、しかし見なければならない、もしくは見たほうがいい暗部を見せつけられる。できれば、眼を背けておきたい気もするけど、しかし、そこを直視すると何か「勇気」というか、自分の中の自分で気が付いていなかった「強さ」というようなものに気がついたりする。それはやはり「希望」なんだろうか?でも、村上さんは「過剰に期待した希望」についての「大いなる絶望」にまで思いを巡らせて、読者を包んでくれる。 そう、べったりとまとわりつくわけではない、本当の「優しさ」が全世界を巻き込んで人々に「危うさとだからこその安定」を感じさせてくれるのだろう。そこに世界中の人々は救いを求めているのかもしれない。 | ||||
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比較的理解しやすい表現で書かれた、若者の葛藤を描いた作品でした。 それは今の時代をもがきながら生きる日本の若い人たちに向けた村上春樹さんからのエール。 そのように私は受けとめました。 難解な文学作品など読む余裕もない、もしくは読んだこともないような人たちにもちゃんとメッセージが届くように。 伝えたい相手にちゃんと伝わるように書かれているのだな、と勝手に解釈しつつ、読み終えました。 村上春樹さんの新刊発売というお祭り騒ぎにどんどん便乗して、読者の裾野が広がればいい。 この作品を必要としている人にまっすぐに届きますように。 今後の作品も楽しみです。 | ||||
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近年の作品の中では一番好きでした。 村上さんの作品にしては珍しく、固有名詞がたくさん出て来て、現実感のある登場人物たちが新鮮。 自分に馴染みのある、名古屋と東京の舞台で、空気感がよく分かったのか余計面白かったのかもしれません。 方言が無くて不自然とのレビューもありましたが、実際コテコテの名古屋弁はあまり聞かないし、そもそもこのお話では不必要だと思いました。 ただ、いつも適度にワークアウトしてこざっぱりしている主人公像に少々飽き飽きしているので、☆ー1です…(まぁ、小気味良くはありますが。) この時代に生きて、村上さんの“新作”を読めるのは幸せなことだなぁと思います。 | ||||
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多崎つくるは,20歳のときほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。 名古屋での高校生の時から親密に交際していた4人の友だちから,ある日,もうお前とは顔を合わせたくないし,口をききたくもないと告げられたのだ。妥協の余地なく唐突に。そしてその理由はなにひとつ説明してもらえなかった。 「乱れなく調和する共同体」みたいなものを維持しようとしていた高校時代の5人。 それなのになぜ・・。あまりの出来事に何もかもがどうでもよくなってしまったつくるは,半年で体重が7キロ落ち,顔つきも一変し世界を見る目も変わってしまった。 それから16年。 多崎つくるは36歳。 突然夜の海に突き落とされたような状態からなんとか一人で泳ぎ切れたつくるは,東京で駅をつくる仕事をしている。 20歳の時の経験が原因か,人と深いところで関われない,他人との間に常に一定のスペースを置くような傾向を持つようになっている。 そして,現在,木元沙羅という二つ年上の女性とつきあい始めた。 沙羅はつくるの高校時代の話に興味を持ち,つくるが抱えている心の問題を解決するには名古屋に行って,突然関係を打ち切られた原因を確認する必要があり,そうしない限り二人の関係は前に進まないと言われる。 こうして多崎つくるが高校時代の友人たちを訪ね,16年前の原因を確認する過程がえがかれる。 ただ,本書では,時系列的に原因究明の旅をえがくだけでなく,同時に,つくるが大学時代,なんとか死ぬことを乗り越えた直後に出会った二学年年下のある男(灰谷)との関係が描かれ,この物語が本書全体に村上春樹ならではの不思議な雰囲気を与えている。 灰谷は,鉄道の駅を作ることに興味を持つ多崎つくるに対し「限定して興味を持てる対象がこの人生でひとつでもみつかれば,それはもう立派な達成じゃないか」と言って,つくるに関心を寄せる。 そんな灰谷がつくるに話した,灰谷の父の経験談が奇妙だ。 そして私は「海辺のカフカ」や「スプートニクの恋人」などに含まれる奇妙な物語が大好きだ。 村上春樹の作品は,すべてなんらかの奇妙な物語が含まれ,それこそが村上春樹の醍醐味だと思います(「ノルウェーの森」だけはリアリズムの手法で書かれたものだと思いますが,それでも何か奇妙な感じも内包しています)。 本書において,灰谷の物語がなくとも作品は成り立ちそうですが,この灰谷の物語によって,本書を安易に,多崎つくるの喪失から再生への物語だ,とも言えないような雰囲気を醸し出しています。 | ||||
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今までの村上春樹さんの作品と少し違う感じでしたが、村上春樹初心者でも読みやすかったと思います。 ひとつひとつの言葉が厳選されていて、心地よく感じました。 | ||||
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