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パレード
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パレードの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.76pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全123件 21~40 2/7ページ
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川上弘美の書評につられて買いました。 第4章迄は一気読み。 そうすると第4章のサトルが○○でないと言うことは、最後の第5章で主役となる直輝が○○になりますよね。…てことで先が見えます。 ま、それはそれ。 一気読み出来る小説はある程度の水準にあると考えていますので。 確かに同時期に書かれた、筆者の芥川賞受賞の[パークライフ]とも繋がるところはあります。 | ||||
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ルームシェアをする若者の日常を描いてくのだが、 されぞれの視点から語ることにより、読者は登場人物それぞれを主人公とした目線で見ることになる。 だれでも表の顔と裏の顔があたっり、表裏とまでは言わないかもしれないが、会社の自分と、家族の一員として の自分、通っている教室での自分と赤の他人に接する時の自分は、同じ自分だけれどちょっと違う。 それは嘘をついてるとも言えるし、どれも本当の自分ともいえるのではないだろうか。 たくさんの顔を持つ機会が増えた現代において、そのことをちょっと怖いな、って思う気持ちを 巧みに小説として、表現したのではないかと思う。 | ||||
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私はこの本で吉田修一を読み始めました。 だいぶ前に買ったのですが、今でも思い出して読み返してしまう、飽きない本です。 それぞれの感情、秘密、事情を抱えた登場人物たちが、絶妙なバランスで同居生活を送っている。青春小説かなと思って手にとったのですが、予想は見事に覆されました。 ラストまで一気に読むことをお勧めします。 途中までそんなことなかったのに、後半疾走し、急に終わる。そのラストは私にとって衝撃で、しばらく余韻に浸ってしまいました。この後味は新鮮で、とにかく読んで欲しいです。ちょっとだけ人間不信に、なってしまうかも。。。? | ||||
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最終章の震えるような感動によって、 予想外の結末ものと勘違いしそうになるけれど、 読んだ後思いだすと すべて素晴らしかったな、と思える傑作です。 手放しに「おもしろかったよ!」とおすすめしたくなる作品です。 読後感の悪さが、いっそすがすがしい。 ここでもし座りのよい結末を用意されていたら、と思うとそれの方が怖いです。 | ||||
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今流行りの、ルームシェア(と言っていいんだろうか)をテーマに、それぞれの目線で描いて行くのですが、それぞれの人間関係の希薄さと、深さが絡みあった何とも不思議な気分にさせられる小説です。 買って損をしない本だと思います。 | ||||
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「人と人とは、きっと心を開き合って、お互いを理解し合えるんだ」 という、ポジティブな考えと、 「自分と他人。他人は自分ではなく、結局理解し合えることは永遠にないんだ」 という、ネガティブな考え方があると思います。 私は、どちらも正しいというか、 これらを行ったり来たり、永遠に繰り返していくんだろうなーと、常日頃感じているのですが、、 この本は、後者のネガティブマインドをとんでもなく増幅させます。 読後に感じる薄気味悪さは、ここから来ているようです。 東京新宿まですぐの、千歳烏山のマンションで、共同生活をしている5人の若者が主人公。 先輩の恋人への横恋慕に悩む大学生や、退路を断ってゴールの見えない恋愛に立ち向かう美人フリーター、 何も産み出せない呑んだくれアーティスト、自称夜の仕事に勤務する少年、一番年長の映画配給会社勤務の男。 マンションで5人全員が絡むお話というのは、物語の本筋ではありません。そもそもそんなエピソード自体ありません。 重きが置かれるのは、各人それぞれに起こる、マンション外での出来事です。 5人に特別な共通点はなく、それらの出来事も独立して起こります。対処も各々で。 とんでもなくバラバラな5人ですが、付かず離れずの距離感というやつです。 それでもなお、人と人との ”ほどよい” 触れ合いを、 5人は気に入っているようですし、その気持は何か分かる気がします。 自分自身、問題をさらけ出さなくとも、一緒に生活も出来るし、仲良くもやれる。 でも、一緒の家に住んでいても、いつまでたっても、自分を本当に理解してくれる他人は現れない。 でも、人のぬくもりは欲しい。 そんな人間の不完全さ、チグハグさを突きつけられる本でした。 物語のちょっとした小道具(隣人、友人、恋人、浮気相手)など、結構多くの人物が登場しますが、 あまりうざったくないし、物語をよりリアルに深くしています。そんな所も凄い小説。 | ||||
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リアル世界とヴァーチャル世界は対立するものではなく、ヴァーチャル世界のなかに空胞のようにしてリアル世界がある。そんな世界観を見せてくれる本。SNSもスマホもない時代に書かれた小説。携帯やメールといった小道具もほとんど。5人の若者の独白のリレーによって話が展開していく。読んでいくうちに私たちは誰ひとりとして同じ世界には住んでいないということに気づく。同じ人物に対しても異なる評価、同じ出来事に対するしても異なる解釈がいく通りも存在し、最大公約数的なものを「真実」とか「事実」と私たちは思い込んでいるに過ぎない。この感覚は、私たち一人一人が自分の世界観を意図的に可視化することができるネット空間においてさらに強く感じる。たとえば私が今日死んでも、フェイスブックの「友だち」は誰ひとり気づかないだろうし、私のタイムライン上に出てくる人間が死んだとしても、私がそれを知るのはFB上ではないだろう。私のタイムラインと「友だち」のタイムラインは並行して走っているだけで、たまに相互乗り入れはしても、完全に交わって一本化することはない。本書に登場する5人の主観はそのまま五つの世界である。シェアハウスという言葉のない時代にその本質を描いたともいえる作品だが、こうして考えるとシェアハウスとはリアルなフェイスブックのようなものではないだろうか。著者は本書の5人の主要登場人物のうちの一人、「琴美」に、こんな発言をさせている。 「[ネット空間の]中には適度にフレンドリーかつ適度に真摯な会話を楽しめるサイトもあるという。そこは『善意に満ち溢れた場所』らしい。互いに悩みを打ち明け、心からの同情と声援を送り合う。(中略)そこは善意のみが入場可能な、出入り自由の空間なのだ。たぶん私たちが暮らしているこの部屋も、そんな場所なのだと思う。嫌なら出ていくしかない。いるなら笑っているしかない。(中略)」 そして「未来」にはこう言わせる。 「ここでうまく暮らしていくには、ここに一番ぴったりと適応できそうな自分を、自分で演じていくしかない。(中略)ここで暮らしている私は、間違いなく私が創り出した『この部屋用の私』である。(『この部屋用の私』はシリアスなものを受け付けない)よって、実際の私は、この部屋には存在しない。ここの住人(良助や琴や直輝やサトル)とうまくやっているのは、『この部屋用の私』なのだと思う」 最後に本書のトリをつとめるキーパーソン直輝はこう語る。 「ふと浮かんだ奇妙な疑念というのは、美咲だけではなく、あのマンションで暮らしている誰もが、実はそれぞれ別の場所で暮らしているのではないか……。美咲が日頃は晴海の高層マンションで暮らしているように、未来や琴ちゃんや良介やサトルも、それぞれここ以外の場所に、自分の部屋を持っているんじゃないだろうかというものだった」 同じ屋根の下に住んでいてもまったく違う世界に棲んでいるということへ絶望。しかしその絶望の先にぽっかりとあいた暗い穴に入り込むことができたなら、深い安堵が得られるのかもしれない。 朝井リョウの『何者』、平野啓一郎の『私とは何か―個人から分人へ』など、ネット時代におけるペルソナの細分化をテーマにした本を最近何冊か読んだが、これらの本より10年以上前(2002年)も本書のほうが掘り下げ方が深く、描き方がしたたかである。 | ||||
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すでに100本を超えるレビューが書かれており、しかも読み方は十人十色。「退屈だった」と投げ出す方もいれば、最終章に愕然としつつ「リアル過ぎる」と称賛を惜しまない方も多数といった具合。こちらとしては、いろいろな読み方が出来る現代風ロマンの傑作だととりあえずピン留めしたうえで、最後までクイクイ読ませるプロットのうまさはさすがだ、というにとどめておきたい。若い男女5人の共同生活の書き分けは面白かったものの、結局、キモの部分はよく分からなかったから。川上弘美さんの「解説」は、さらに輪をかけて難しかったし。 | ||||
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さまざまな人間関係で、それぞれのキャラクターに個性があり楽しめます。 さいごには結構びっくり! | ||||
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本作品は、2LDKのマンションをシェアする男女の群像劇だ。 登場人物は、H大学経済学部 杉本良介(21)、無職 大垣内琴美(23)、イラストレータ兼雑貨屋店長 相馬未来(24)、「夜のお仕事」に勤務 小窪サトル(18)、映画配給会社勤務 伊原直輝(28)。彼らが、各章の語り手になって、ストーリーが展開していく。 冒頭の、先輩の彼女に恋してしまった杉本良介の話は、ゆるゆるの青春小説の趣だ。酒を酌み交わしたり、ドライブしたり、ちょっとした悩み事を相談したり。概ねその人のことを理解しているけれど、内面にはけっして踏み込んでいかない、至極あっさりした関係。シェアハウスを舞台として、上辺だけの心地よい付き合いを満喫する、男女の姿が描かれている。 涙あり笑いありで最後はホットなドラマを予想してしまったが、これは、すっかり裏切られることになる。 リビングでの集いが、チャットルームに例えられている通り、彼らは、それぞれが皆に期待される人物として振舞っている。読み進めるうちに、そのギャップと心に抱える闇が明らかになっていくのだ。同居人に適応するための形づくられたペルソナ。本当の自分が、熾火のように燻り続けている。男娼のサトルの登場が引き金となって、彼らの仮面に綻びを見せ始めるわけだが、ゆるゆるな出だしとの落差が大きいだけに衝撃的である。 クライマックスの沸騰する悪意を決定づけるシーンより、それでもなお、チャットルームの匿名性に戻ろうとする彼らの意思に寒々としたものを感じる。 | ||||
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人間の表層面に見えている部分と、深層面にひそんでいる闇。 ごくごくあたりまえの日常風景をベーストしながら、確実にその表と裏の部分をえぐり出している。 極めて優れた人間観察と洞察によりもたらされる秀作。 | ||||
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心理描写 情景描写 そして構成力 抜群だなあと思う 問題の最終章は個人的にはありかな という感じ 犯罪うんぬんはさておき狂気はありふれたものだと思うから 伏線はあるけどこれ以上説明はいらない ひとつひとつ味わいながら読める作品でもある | ||||
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この作品は章毎に主人公を変えて共同生活を描いているのですが、それぞれの章で登場人物の人格をみずみずしく描写し、且つストーリー性も両立させることに成功しています。 | ||||
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どうでもいい奴らが、どうでもいい暮らしをしている小説。なのに、引き込まれて一気に読んでしまった。ああうらやましいな、とさえ思ったところもある。 登場人物のひとり、サトルのモノローグ。 「ふぬけの大学生。恋愛依存気味の女。自称イラストレーターのおこげ。健康おたくのジョギング野郎。どう考えても、あそこで知り合っていなければ、絶対に口もききたくないタイプの奴らばかりだ。それなのに、どうもあの連中の中に入ってしまうと、自分でも不思議なくらい、一緒にいて楽しくて仕方がない」 僕が感じた感覚も、これとまったく同じだった。 衝撃的なラストは、正直、ここに描かれる特殊な生活構造というか人間関係の在り方をより浮き彫りにするための「駄目押し」として機能しているに過ぎない、と僕は思う。それよりも吉田修一の本質は、ときどきチラッ、チラッと顔を出してはすぐに舌を見せながら行間に消えていく、何気ないディテールにこそあるのではないか。 「俺、思うんだけどさ、人に頼られる時って……、人から真剣に頼られる時って、頼られてる方は気づかないんじゃないかな。なんていうか、気づいてはいるんだけど、その人がどれくらい真剣に、どれくらい必死に自分のことを頼ってるか、そこまでは気づけないでいるんじゃないかな」 大学生の良介の言葉だ。チクリ、と胸に刺さってくるこうした小骨が、いつまでたっても体から抜けない感じを、多くの読者は体験しているだろう。その小骨の集積というか総体が、吉田修一の屋台骨であり魅力になっている、という気がしなくもない。 | ||||
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パレード=目で楽しむ娯楽と思いました。ルームシェアの皆は直樹の事件に気付いてなんかいないし、サトルもたまたま目撃して知っただけ。サトルは危険と隣り合わせで生きているから直樹を助けただけ。サトルにとっては、傷害事件なんて日常なんだと思いました。直樹はどうしてあんな事するのか原作の中に説明がないし、登場人物達が自己嫌悪することがあるのかどうか?の描写もないので、お祭り騒ぎのパレードを見ているときの様に、本当のところは読者には解らない。 ただ、最後に直樹がサトルの言う通り"皆は知っていた"と誤解してしまうところがポイントだと思います。ルームシェアじゃなくても、隣近所の家族構成とかどんな人なのか?を知らなくても毎日の生活に支障がない現代の生活が、まるでパレードの様だという作者からの強いメッセージだ思いました。 人間は、生まれるときと死ぬときはとても弱い存在のはず。" 誰からも知られていなくてもこの先一生困らない" という錯覚をしている人生の一時期を、作者が"パレード"と称して皮肉っているのかなぁ?とも思いました。 | ||||
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吉田修一氏の事は知らずに、たまたまこの本を手に取りました。 読んでいくうちに、かなり引き込まれていきました。 私の住んでいる所は田舎なので、東京に住んでいたらこんな感じ なのかなぁ…と思ったり。 でも、自分の中にも共感できる部分もありつつ、登場人物も好きになり、 かなりスラスラと読むことが出来ました。 ラストはびっくりしましたけど。 私の中に、良介、琴ちゃん、未来、サトル、直輝それぞれの 一部が居るのではないかと思ってしまいました。 だから、あまり『怖い』という印象はなかったです。 何回も読み直して、自分の中で一番好きな本になりました。 それが『怖い』ことなんでしょうか? | ||||
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「赤いリンゴを想像してください」 と言われて、頭に思い描くリンゴは人によってちがう。 形も大きさも色も、それぞれ平均から大きくズレはしないかもしれないが、 それでも、まったく同じリンゴを思い浮かべるということはない。 各要素の平均をゼロとしたら、それぞれプラスかマイナスかにかたよるだろう。 人の評価もリンゴと同じだ。 たとえば、合コンで連れて来ると約束した「かわいい子」は、 たいていの場合、かわいいかどうかはともかくとして、 こちらが思い描いていたような女性ではないことが多い。 Aさん、という人がいたとして、その人への評価も人それぞれ。 俺からしたら良い人なのに、他の誰かからしたら嫌いな人、ということもけっこうある。 誰かが今この文章を書いている『俺』という存在を思い浮かべるとき、 その人の思い描く『俺』と、また別の人が思い描く『俺』は、 各要素が平均評価から大きくずれることはないにしても、プラスかマイナスかにかたよっているはずだ。 この思い描かれた『俺』を虚像とするなら(実像が何かという議論は置いといて)、 世界には、俺の知り合いの数だけ虚像が存在することになる。 そして、その虚像を俺自身が見ることができたなら、 「おい、お前、いったい誰だよ?」 と言いたくなるような虚像もあるかもしれない。 本書は5章からなり、各章が別々の人物の視点から描かれる。 この5人はマンションの同じ部屋に住んでいて、近づきすぎず遠すぎず、という距離感を保っている。 それぞれの目から、それぞれを見て、それぞれに人物評価をくだし、 それぞれの思い描く虚像に納得して、それぞれ自由に生きている。 ストーリーは淡々として事件らしい事件もないのだが、読み終えると全体が事件となる。 最後の最後、唐突さを感じる人もいるだろう。 だがそれは、あなたが小説を読みながら登場人物の虚像を頭に思い描いていたことの証明だ。 以上、なんのことやらサッパリ分からないだろうが、本書を読んでビックリしてみるのも良いと思う。 | ||||
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人間関係の再考を投げかけられました。怖いです。自分と他人の人間関係は何で成り立っているのでしょうか。 考えるのが怖いです。考えずに避けたいです。考えない方がうまくやっていけるのかもしれません。 「話したいことではなく、話してもいいことだけを話しているから、こうやってうまく暮らせている。」そう気遣いながら同居する5人は仲良く暮らしていると見えた。5人の少し変わった日常生活が語られているうちは。だが最終章で衝撃の事実が語られる。事実を知りながらも、今の生活をこわしたくないので知らないふりをして生活していたのだろうか。 | ||||
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こういうタイプの本はあまり読まないのですが、山本周五郎賞受賞作という事で読んでみました。普通の日常の話なのですが、どんどん引き込まれていって、おもしろかったです。 | ||||
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本作は吉田修一氏による山本周五郎賞受賞作。 2LDKのマンションで共同生活する男女5人の物語。 色恋関係の全くない男女5人(男3人、女2人)が、それぞれの視点で自らを語るというスタイルであり、特に事件らしい事件は直接は起こらない。 起こっても同居人に関係のない恋であったり、ちょっとしたいざこざであったり。 なんて凡庸なと思いつつ、ちょっと風変わりな職業を持つ住人もあったからか、読み進めるうちに徐々に物語に引き込まれた。 そして終盤、「えっ!?」となる。油断していただけにこれは衝撃である。 一度読んだ後、どこかにさりげない伏線はなかったかと、思わず読み返したくなる。 これは登場人物の心の闇を探らなければならなかったのか、果たして闇そのものはあったのか。 ミステリーでもサスペンスでも、はたまたサイコホラーでもない、とてもとても意外な作品。 | ||||
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