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猫を抱いて象と泳ぐ
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猫を抱いて象と泳ぐの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.37pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全121件 81~100 5/7ページ
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| 題名通り、登場するキャラクターが海底を自由に動き回っていると主人公がイメージできた一瞬がとても素晴しく、愛おしく思え、そして肉体は滅びてもチェスの美しい棋譜が残されたことに、切なさと共に主人公が精一杯生きたことに対する限りない共感を覚える。 主要キャラクターは何らかの意味で犠牲を払っている。主人公と猫のポーンはマスターとその心地よい居場所だったバスを失い、主人公は十一歳の身体で成長を止め、象のインディラはデパートの屋上で生涯を終え、幻のミイラは壁にはさまれ、現実のミイラは主人公と別れる悲劇に巻き込まれる。老婆令嬢は記憶を失った。 しかし、それらの犠牲は、主人公がチェスの海をさ迷って居場所を求め、幾多の名勝負、つまり詩を作るために必要だった。その透明な、ブルーの、ガラス細工のような世界の美しさの描写はため息がでるほどに素晴らしい。 チェスの勝負のはかなさと美しさがともに見事に表現された大傑作だ。 | ||||
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| 物語の後半から、とてもせつなくなり、たびたび涙を流しながら 読み進めました。 馴染みのないチェスの話ときき、読むのをためらいましたが、 数学嫌いでも博士の生み出す数字の美しさが伝わってきたように、 きっとチェスを知らなくてもそれらが醸し出すメッセージを 受け取ることができるのではと思い、読み始めました。 実際、その通りでした。 全ての小さなエピソードが美しく細やかに織り重なっていて、 ここで物語の要約を書くことができません。 一言でいえば、猫と象と一緒に、リトル・アリョーヒンが静かに 進んでいった、冒険のお話し。 小川洋子さんは、社会的に弱い人や、不器用な人たちを 愛のこもった言葉と文章で丁寧に描き、 いつのまにか彼らの強さと美しさを読者に伝えることができる 素晴らしい作家だと、今回改めて思いました。 | ||||
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| 「博士の愛した数式」を数年前に読んで、優しい小説を書く人だなあとは思っていましたが、この作品もまた一段と優しい。全篇を通してパステルカラーで描かれているかのようです。 ワクワクして次のページが待ちきれない!という話ではないのですが、文章の一つ一つがとても丁寧で、染み込むように心に響いてきます。 登場人物もそれぞれ魅力的。皆きちんと自分をもっている人たちで、すごく愛おしい。 小川さんの小説の魅力は、作品の中に人の悪意が無いことだと思っています。綺麗すぎるかもしれないけれど、そのファンタジーな部分にたまらなく癒やされました。 | ||||
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| 胸に来る作品でした。チェスというゲームのルールは全くわかりません。 しかし、大変よいお話でした。 世界の隅っこでひっそり生きる人間達がうごうごと物語に登場します。 その中の主人公は神に与えられた才能を持つ人物でありながら、隅っこで息を潜めて小さくなって生きています。 しかし、その才能は人々を魅了し、次々に彼の前に座ります。 盤下に潜んで耳を澄まし相手の声(音)を聞き入る、それに応える彼の言葉が琴線に触れます。 全てのチェスの対戦に夫々の物語があり、すべて印象深く心に刻まれるお話でした。 私は「ギルバートグレイプ」という映画を思い出しました。 | ||||
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| 伝説のチェスプレーヤーを名乗る自動人形に扮してテーブルの下に潜む少年。過去のトラウマから成長する事を拒否し、幼いままの姿で裏方として生きることを選んだ少年の奇想天外な生きざまが描かれていきます。献身的な家族や友人、淡い想いを交わす少女、印象的な対局者・・・登場人物も多彩です。 読んでいる内に、ふと、何だか懐かしい感触がして・・・以前読んだ「ミーナの行進」を思い出しました。 そこはかとなく漂う甘く切ない感触・・・子供だった頃の純真な心だけが感じる喜びと哀しみ・・・永遠に失われてしまったあの時・・・そんな感触です・・・。 「ミーナの行進」もそうだったけれど、この作品でも小さな小さな世界が用意されていて、その世界の中で、主人公たちのちょっとコミカルで、ちょっと切なく、それでいて安らぎに満ちた日々が描かれます。ストーリーが進むに連れてその世界も変わりますが、端からみれば不幸と言える境遇の中でも、主人公たちは小さな幸せを感じ、その世界がいつまでも続くことを願うのですね・・・。 でもその幸せは突然の不幸によって終わり、奇跡の物語だけが残される・・・美しいストーリーです。 | ||||
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| 静謐でファンタジーとはまた違う 謎めいた世界が描かれていました。 どんな喧騒の中で読んでいても 今著を読んでいるときは”静けさ”という 純白のシェルターの中にいるかのような 感覚におそわれました。 そんな静寂の中、訪れる衝撃のラスト。 涙なしには読み進められませんでした。 著者の他の本にも興味が出てきました。 是非、購入をして読んでみたいと思います^0^ | ||||
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| 世間では速読とか言って一冊10分!とか流行ってるらしいが ゆっくりとじっくりと時間をかけて読んでほしい一冊。 ちょっと変わった少年のチェスの話。 チェスのルールをまったく知らない人でも、 チェスというゲームの偉大さ、美しさ、おもしろさ、奥深さが 分かるようになっている。 実際私もチェスはコマの動き方はかろうじてわかるだけで ルールはよくわからない。 が、チェスの魅力は十二分に伝わってきた。 言葉以外の何かで人と会話する手段を持っている人は素晴らしい | ||||
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| チェスという馴染みの薄い作品ではありましたが、作品に流れる空気感を堪能しました。 「猫」「象」「ミイラ」などの各ワードの持つ雰囲気も満喫できます。特にデパートの屋上のシーンは大好きです。 もし仮に映像化されるとしたら、ヨーロッパ系の作りでやって欲しいなぁ。 邦画にしたら、なんかすべてオジャンになってしまいそうな気がしています。 | ||||
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| 先日、読み返す機会がありまして、まだレビューを書いていなかったことに気づきました。 遅まきながら、私も評価を加えたいと思います。 さて、感想を書こうとは言うものの、何から書けばいいのか。 とても、私の稚拙な文章では言い表せないほどの感動をいただきました。 最初に読んだ時、まず引き込まれたのはその文章でした。 流れるような美しい文章に夢中になり読み進めました。 しかし間もなく、私は素直に登場人物たちに情を寄せていました。 純粋にチェスと向かい合うリトル・アリョーヒン、彼を支え、ともにある仲間たち。 そして何より「チェス」というものに強く惹かれました。 本物のチェスのことは良く分かりません。ですが、本書の中のチェスはとても美しく、優雅で、心地の良い旋律を奏でるものでした。今でもその光景が目に浮かびます。そしてそのたびに、目頭が熱くなるのです。 そして、2度目の今回。前回よりもその感動は大きいものでした。 何気ない登場人物の会話にすら深く、感じ入りました。 「e2のポーンをe4へ動かすよりももっと豊かな言葉が、一体どこにあるというのか」 作中の言葉です。この言葉を読んで本当に、言葉の不思議さを感じました。 本書を読めば、この言葉の意味は痛いほど伝わります。ですが、それを伝えているのも「言葉」に他ならないのです。これほど深い意味のある言葉が他にあるでしょうか? これほどの「良書」にはめったに出会えないでしょう。 この本と出合えたことを深く感謝します。 | ||||
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| 一見タイトルは「?」ですが、実在したロシアのチェスプレーヤー「アリョーヒン」を 題材にしたチェスプレーヤー「リトル・アリョーヒン」の物語です。 彼は、生まれつき唇が閉じた状態で、満足に話ができない少年でした。 そんな彼が、チェスの上手い「マスター」に出会い、チェスの才能が開花します。 彼がチェスを指す時、傍らには必ず「ミイラ」と呼ばれる少女と 「リトル・アリョーヒン」と呼ばれる人形がいました。 少年は街角の賭けチェスや公式な競技会、グランドマスターとの対局でも 終始美しい手を指すことにこだわります。 相手を負かす「最強の手」ではなく、美しい「最善の手」を指し、美しい棋譜が残ります。 世界には様々な対局ゲームがあります。 ゲーム理論では「二人零和有限確定完全情報ゲーム」と定義しているようですが チェスはその中でも、コンピューターがかなり強いゲームだそうです (日本将棋や中国象棋(シャンチー)は、まだ圧倒的に人間が強いようです)。 コンピューターは、「リトル・アリョーヒン」より美しい棋譜を残せるのでしょうか。 そんなことを考えました。チェスを愛した少年の、美しい物語です。 | ||||
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| チェスはやったことはありませんでした。 ひょっとして、自分にはわからないかもと 思いましたが、読み始めてすぐに 不安は消えました。 詩を読むようにチェスを指し、 人生や気持ちまで読み取ってしまう主人公。 いろんな目的でチェスを指す人に 対して、誠実に駒を進める主人公。 タイトルに象徴されています。 マスターのまなざしのもと、 ミイラと白い鳩とともに 猫を抱いて象と泳ぐ話です。 本を開くたびに癒されました。 | ||||
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| ドクドクあふれて止まらない作者の世界に、みるみる呑み込まれて心地いい。 食べ物の描写が巧みで、今回もマスターの作るおやつにメロメロ。 回送バスの中、猫のポーンを膝に乗せ、マスターのパウンドケーキをほお張りながら リトル・アリョーヒンとマスターのチェスを眺める午後・・・最高。 読後の妄想も止まらない。 | ||||
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| 本屋大賞候補になりましたので再読しました。 この話は現実にありそうだと思える一方、幻想の中をさまようような不思議な感じで物語りは進んでいきます。まったりした進行具合だという印象ですが、悲しいことも寂しいことも面白いことも詰め込まれた物語です。 そんなもろもろのことを含みながらも、物語はたんたんと、実に客観的に進んでいきます。 小川さんの小説は、そのようなたんたんとした感じとそれによるもの悲しさというのを感じるように思います。 このお話も少しもの悲しい感じの印象でした。 しかし落ち込むような悲しいだけのお話ではなく、とても潔いきれいな物語であったと思います。 静かな場所で物語りに浸りたい方にはお勧めの一冊です。 | ||||
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| 自由は人間が求めるものだけれど、本当に完全な自由の下では意外に生きづらいかも知れない。例えば、重力という束縛から解き放たれたら、どこを地面として生活したら良いかも定まらなくなる。愛という概念は何ものからも自由な気がするけれど、人や動物や国という形からも自由になってしまえば愛することも出来ないかも知れない。 だから、人間が自由を行使するには、自然法則やルールなど、世界を形作る枠組み・世界の輪郭が重要な要素となると思う。 本作品の主人公はチェス・プレイヤーとなる少年だ。 囲碁や将棋、チェスに代表されるゲームでは、盤上に表現される駒の動きを"宇宙"と対比させて表現する。この宇宙が人々を魅了するのは、プレイヤー全てが共通して理解できる世界だからであり、共通して理解できるのは、8×8という枠組み、そして6種類の駒が決まったルールに基づいて動くからでもある。 これを象徴するかの様に、リトル・アリョーヒンが出会う人々は閉じられた世界の中で生きている。デパートの屋上で生涯を終えた象のインディラ。改造したバスの中で生活するマスター。地下世界にしか生活の場を求められないミイラ。小さなロープウェーでしか行くことの出来ない施設で生活する人々。だが彼らは不幸なわけではなく、その枠組みの中でそれぞれの宇宙を形成している。 枠組みの中で人が生きるのであれば、人の生き様が枠組みをつくるとも言える。だから、チェスだけに生きるリトル・アリョーヒンの言葉は棋譜にある。しかし、棋譜だけでは伝えきれない想いも確かにある。それは、互いに駒を動かす二人が、矛盾するようではあるが、完全に同じ言葉を共有しているわけではないからだろう。 そのずれを埋めるために、盤の外側にも世界がある。だが、リトル・アリョーヒンの世界は、チェス盤の外側を臨みながらも、棋譜の中だけで閉じた。けれども、残された棋譜から伝えられる想いは、届けるべき者に届いたに違いない。 | ||||
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| 『慌てるな、坊や』 読み終わった後に、何度も思い出しては泣いてしまうマスターの言葉です。 主人公は変わった風貌の持ち主ですがそれはあくまでも1つの要素に過ぎず、物語の中心はチェスの深い、深い海にあります。それがとても心安らぐ文章で書き表されています。小川洋子先生の筆がまさに冴え渡っています。 ものすごく泣いてしまったのですが、決して嫌な気持ちにはなりませんでした。 大切な本になる、そんな気持ちにさせてくれる珠玉の物語です。 | ||||
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| 小川さんの本は全部読んでいるが、久方ぶりにこの長編には満足した。主人公の少年はチェスの天才だが、大きくなれば(大人になれば)不幸になると感じ、自らの意思で体の成長を止めて異形の容貌の人間となり、からくり人形をかぶって対局している。そして、チェス好きの老人が暮らすホームへ流れ、誰にも気づかれずに短い生涯を閉じる……。 こう書くと不幸な人間の物語にも思えるが、主人公は満足していたにちがいない。小さきもの、異形のものがひそかに湛えている美が、繊細な言葉で拾い上げられているからだ。「貴婦人Aの蘇生」にも似た、どこの国ともどの時代ともわからない不思議な時空には、甘美で確固とした世界が確かに息づいている。 小川作品には、耳とか刺繍とか数字とかスケートとか、独特のモチーフが繰り返し出てくるが、チェスが登場したのは数学の延長線上にあるためだろうか。チェス盤に描かれた棋譜が実際にメロディーを奏で、コマを動かすプレーヤーたちの恍惚とした表情が見えてくるような錯覚に、何度も陥った。じっくりと物語世界に浸ることができて、改めて本はいいなあと思わされた一冊だった。 | ||||
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| タイトルを見てもどんな話なのか全く想像できなかったが、 読み終えた今では、タイトルを見るとなぜか安らぎを覚える。 チェスをしたことがない人でも、小川さんの独特な視点から チェスの魅力的な世界がのぞけます。 アレクサンドル・アレヒンという人物もこの小説をきっかけに初めて知りました。 少年が師事したマスターの人柄や言葉は、読み手にもじんわり 心地よいあたたかさが伝わってきます。 小川洋子の世界は静かで穏やかなものだけではなく不穏な出来事も起こるのだが、 すべて受入れてしまうような寛容さがある。 小説の中に出てくる小鳥のように手の平でそっと包みこんでおきたくなるような、 愛おしいような、そんな小説。 | ||||
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| 読み終わるのが悲しく、結末がちゃんと腑に落ち、読んでいる間も幸せな気分になれた。 きっと手元に置いて、何度も開くと思う。 私はチェスに関しては無知だけど、ちゃんと楽しめた。 もちろん、知っていればもっと楽しめるのだろう。それが残念。 | ||||
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| バスに暮らす巨漢の師にチェスの手ほどきを受けた少年は、やがてリトル・アリョーヒンとして伝説のチェス・プレイヤーとなる。しかし彼は決してその姿を対戦相手に見せることなく、ロボット“リトル・アリョーヒン”の姿を借りて駒を握った…。 『博士の愛した数式』で数学に秘められた美しさを見事に描いた小川洋子が今回挑んだのはチェスを言語化すること。ここに描かれているのは、円舞し、滑走し、そして跳躍する駒たちの美しい姿です。私はチェスをやりませんが、頁を繰るごとに駒の躍動するさまを確かに眼前に思い描き、心躍る思いに間違いなくとらわれました。 しかしながらそうしたよどみなく舞い踊るチェスの優美な姿と対比して描かれるのは、リトル・アリョーヒンのあまりに痛ましい人生です。ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』か、John Irvingの『A Prayer for Owen Meany』の主人公を想起させるアリョーヒンの姿は、チェスという美しき詩を描くことを宿命づけられた人間のこの上ない残酷なめぐり合わせを表しています。 そしてまた、もうひとりの主要登場人物である少女ミイラが、人間チェスで強いられた試練の、言葉を失うほどの無残な末路。 チェスが内に秘めたその美を体現するために、人間がかようなまでに過酷に生きなければならないのだとしたら、それはどこかに誤謬があると私は感じざるをえないのです。 そう感じながら私は、チェスに打ち込む少年を描いた映画『ボビー・フィッシャーを探して』のことを思い返していました。あれはまさにチェスの美とそれを具象化しようとする人間の拮抗と均衡を描いた見事な映画でした。あの映画の結末に私は救済と希望を感じたのです。芸術と人はかくあるべしと思ったものです。 本書を読み終えた人には、ぜひあの映画もあわせて見て比べてほしいと強く希望します。 | ||||
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| 『博士が愛した数式』に相通じる小説。今回はチェスを題材にしている。 野球もチェスも知的なスポーツである、ということで共通しているのかな。 チェスの方が愛好者は多いし、題材にする小説も多いのだろうが、愛情の対象とする人たちの感じは共通のような気がする。 ストーリーは淡々と進む。詐欺の場面はちょっとショックだが、それまでは、チェスというゲームの美しさを際立たせる記述で、むしろこの小説の主人公はチェスというゲーム自身であるように感じられる。 自分がその美しさのどこまでを理解できているかは心もとないが、この小説の美しさ、面白さは理解できる。 まさに自分好みの小説。 | ||||
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