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過去からの狙撃者



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過去からの狙撃者の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

途轍もなくスピーディー!

訪米中のソ連外務大臣ポノマレフが何者かに暗殺されるという事件が起こる。ソ連とアメリカ政府の間に緊張が走る。特にポノマレフは合衆国を敵視していた外相でもあり、この暗殺には合衆国側が意図して起こした物だという臆測まで流れる始末だった。
即刻合衆国大統領はFBI、CIA、警察からえりすぐりの精鋭を選出して事件解決へ取り組むよう要請した。そして第2の殺人が起こる。ポノマレフの運転手スロボディンが殺されたのだ。

そして調査の結果、ポノマレフは当日ニュージャージーからニューヨークへ向かう途中で射殺されたことが解る。彼は自ら運転し、ニュージャージーに住む愛人オルガ・キリレンコと逢った帰り道の出来事だったことが解る。

捜査チームはオルガの夫ディミトリイが犯人ではないかと睨むが、それは全く違っていた。そしてチームの中心人物FBI捜査官のビル・パティスンは驚くべき見解を示す。
暗殺者の標的はスロボディンであり、ポノマレフは彼と誤って暗殺されたのだと。
ポノマレフとスロボディンはかつて第二次大戦中、軍隊で上司と部下の関係にあり、スロボディンは捕虜となって収容所を転々とした挙句、ドイツ領内のダッハウに収容され、その後祖国に送還され、無職になったところをポノマレフの専属運転手として雇われたという過去があった。

そんな混迷を極める事件の捜査を務める人間としてCIA長官は以前の部下ソーンダーズに白羽の矢を立てる。これまでの捜査の一部始終を聞いたソーンダーズは早速フロリダで2人を殺害したライフルと同じ銃で起こった殺人事件の報が入るや否やフロリダへ飛ぶ。

フロリダで殺されたのは隠居した元造船会社社長スティーヴン・ドラグナ―だった。彼は元ロシア人で実名をステパン・ドラグンスキーと云った。ソーンダーズは彼の身辺を探るうちに彼もまたスロボディンと同じくダッハウ収容所に収容されていたことを知る。全ての鍵はドイルにあり。ソーンダーズはすぐさま彼のよく知る仕事仲間エゴン・シュナイダーを訪ねる。

そこで判明したのは2人とも収容所の第13号ブロックに収容されていたことだった。第13号ブロックで一体何が起きたのか?しかしシュナイダーは何かを隠しているようだった。ソーンダーズはシュナイダーを詰問したところ、実は彼を訪ねたフランスの出版社の青年に件のロシア人を第13号ブロックの生存者のリストを渡したことを打ち明ける。
その男の名はジャン-マルク・ルソー。ソーンダーズはすぐさまフランスへ飛ぶが、そこには同じ情報を狙う暗殺者の手が迫っていた。


本書はスパイ小説の重鎮マイケル・バー=ゾウハーのデビュー作。
上に書いた長々としたあらすじは実に起伏に富んでいるが実は本書のちょうど半分でしかない。この目くるめく舞台展開の速さとストーリーの移り行くスピードがバー=ゾウハーのスパイ小説の持ち味だ。

舞台は事件の起きたアメリカからドイツ、フランス、イスラエル、ポーランドと実に目まぐるしく変わる。たった280ページの物語にこれだけの舞台転換が込められており、しかも物語は重層的だ。スパイ小説隆盛時期の小説とはこれだ!と云わんばかりの充実ぶりだ。

ソ連外相がアメリカ訪問中に暗殺されるという政治的にショッキングな事件から幕を開ける本書はFBIの捜査で実は外相の暗殺は誤殺で本命は彼の運転手だったという捻りが面白い。
それから派生する連続暗殺事件。彼らを繋ぐミッシングリンクはナチス時代のドイツの収容所ダッハウに繋がる。さらに彼らはその中の第13ブロックに収容されていたという事実に行き当たる。

そこで起きた地獄のような惨劇の正体は物語の中盤の終わりで明かされる。

この重層的な物語こそマイケル・バー=ゾウハーの職人技。デビュー作からこんな物語を見せてくれるとは恐るべし。

そして初期のシリーズキャラクターを務めるソーンダーズも本作から登場している。しかも彼がCIA工作員だった頃に親友ともいうべき有能な工作員を自分の失敗から亡くしてしまうという苦い過去も織り込まれている。
そこにはジェイムズ・ボンドのような任務先で知り合った女性と懇ろになるという優雅なスパイの姿が描かれている。これはバー=ゾウハーによる一種の007シリーズへの皮肉なのかもしれない。

またこれら複雑な物語は世界を股に掛けた大規模な一種の操りのトリックでもある。つまり根っこは本格ミステリ、特に後期のクイーンが取り組み、そして悩むこととなった後期クイーン問題に繋がっている。
スパイ小説の起源がクイーンにあるとまでは云わないが、特に『間違いの悲劇』を読んだ後であったためか、近似性を強く感じた。

しかしデビュー作もナチス時代の復讐譚が絡む物語ならば現時点での最新作『ベルリン・コンスピラシー』もナチス時代の事件の物語。どうやらバー=ゾウハーにとってナチスとは現代社会にも根ざす戦争の亡霊でありながら忘れてはならない過ちであり、生涯語るべきライフワーク的なテーマなのかもしれない。

最近ラドラムのジェイソン・ボーンシリーズの映画化、そしてル・カレの有名な傑作までもが映画化され、かなりの高評価となっている。
本書を読む限りバー=ゾウハーの作品もそれらに比肩するクオリティを持っているし、280ページと云う尺の長さはやはり映画向きだとも云える。もしかしたら近い将来、このシリーズも映画として甦るのかもしれない。そうすれば復刊されたりもするのかと淡い期待と抱きながらこの感想を終えよう。


▼以下、ネタバレ感想

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