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女王の百年密室 GOD SAVE THE QUEEN



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女王の百年密室 GOD SAVE THE QUEENの評価: 5.00/10点 レビュー 3件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点5.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(3pt)

先見性に満ち満ちて、理解が伴わない

森作品ノンシリーズ2作目。中国とチベットの境だと思われる、何らかの意思によって作られた完全に独立したコミュニティを舞台にしたミステリ。

森氏独特の価値観が横溢したルナティック・シティの文化や価値観は我々の社会とは一線を画し、非常に興味深いものがある。

人口わずか300人で形成された100年都市。そのうち約半数は「永遠の眠り」に就いており、全てが自給自足で賄えられている。さらにエネルギーは100年前に開発された大型の自家発電設備によって満たされ、住民一人一人がそれぞれ役割を与えられている。
四方を高い壁に囲われた、明らかに人為的に作られた閉ざされたコミュニティに迷いこんだフリーライターと思しきサエバ・ミチルが事件の解決に乗り出すというのが本書の骨子だ。

死や殺人という概念のない世界ではいわゆる我々の社会における死というものが単なる永遠の眠りとされ、何年後かに復活するチャンスが与えられると信じられているため、彼らは全ての住民の亡骸を保存する施設を保有している。さらに死自体が事件ではないため、警察という機構を有さない。
さらには人を裁くというルールもない。コミュニティにいる医者も死因を突き止める役割は果たさず、永遠の眠りに就くための儀式を滞りなく行う、指導者のような立場に過ぎない。

さらに女王デボウ・スホは宮殿の部屋から出ず、女王の務めを果たすだけに存在する。しかも風貌は20代でありながら実年齢は52歳と最近よく話題になる美魔女でもある。彼女の若さの秘密は1年の半分を冷凍睡眠で過ごしていることであった。
しかし現在ならば前述のように案外自制して若さを保っている女性もいるので(20代の風貌はさすがにないが)、この秘密は時代を感じてしまった。

一方現代社会の象徴として異世界に送り込まれたサエバ・ミチルだが、彼の住む世界は我々の住む時代より先の2113年の設定になっている。

まず彼の相棒ロイディはウォーカロンと呼ばれる人型のアンドロイドで全く人間と変わらない風貌をしており、人間のサポートをする。外部との通信を果たすルーターでもあり、また人の言葉の記録をしたり、調べ物をしたりと、いわばスマートフォンのアンドロイド版のようなものだ。

またミチルが常時つけているゴーグルは今ようやく販売されたウェアラブル通信ツールであり、全ての情報はそのゴーグルを通じて検索され提供される。そして全てがデジタル化しているその世界では図書館というものはなく、書物はそれを好んで形にする人たちの記念品や贈答品としてしか存在しない。
いつもそうだが、2000年に書かれた本書で既にウェアラブル通信ツールや電子書籍の存在を予見しているのは改めて驚きに値する。

そのサエバ・ミチルが捜し求めているマノ・キョーヤという人物との関係が本書のサブストーリーとなっている。本書の冒頭では取材旅行で道に迷ったと述べているが、実は彼はマノ・キョーヤという探し人がいた。そして彼もまたルナティック・シティに迷い込んでいたことが判明する。
この謎めいた人物とミチルとの関係は意外にも物語の中盤で仄めかされる。

そして謎の騎士の存在。
馬に乗り、枯れた植物を寄せ集めたような衣装をまとい、黄色と黄緑色と紫色のリボンを身につけ、頭に2本の角と灰色の長い毛、赤いリングが幾重にも重なる手首に光る顔。ルナティック・シティにおいて見てはいけない、語ってもいけない不可侵の存在。このシティの秩序を管理する者として現れる。

この、完全に支配されたシステムを敢えて壊したくなるという衝動は一連の森ミステリの共通項だろう。
先に読んだ『そして二人だけになった』も全く同じ動機だった。完璧だからこそ壊し甲斐があり、また完璧の物が壊れる姿もまた完璧に美しいものだと思っていたのかもしれない。

思えば森氏は閉鎖された特殊空間で起きる事件を主に扱っていた。デビュー作の『すべてはFになる』然り、またその作品から始まるS&Mシリーズでも大学の研究室や実験室というこれもまたいわばそれを研究する者にとって恣意的に作られた空間である。

『有限と微小のパン』に出てくるユーロパークもまたそうであり、さらに『そして二人だけになった』のアンカレイジもそうだろう。
しかしそれらはまだどこか現代と地続きであったのだが、とうとう本書では2113年という未来を設定し、中国とチベットの辺りにある完全に秩序化されたルナティック・シティという世界を作り上げてミステリに仕上げた。これぞ森氏が望んでいた箱庭だったのだろう。
そしてこのルナティック・シティはまだまだこれから出てくる森氏が神として作り出した世界のほんの足掛かりに過ぎないことだろう。『笑わない数学者』で犀川が「人類史上最大のトリック……?(それは、人々に神がいると信じさせたことだ)」と呟いたが、まさしく森氏は自身が神になることで最大のトリックを考案しようとしたのではないだろうか。

閉鎖空間、秩序、システム、そして崩壊が森ミステリの共通キーワードと云えよう。
あとはそれに読者がフィットするか否か。私はややピースとして当て嵌まらないようだった。
しかしそれもまた慣れるかもしれない。次の作品に期待しよう。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
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