■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数83

全83件 21~40 2/5ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.63: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

13歳の「無法者」少女と45歳のウブな警察署長の成長物語

2021年の英国推理作家協会賞で最優秀長編賞を受賞した作品。カリフォルニアの海岸の町とモンタナの農場を舞台に、ある出来事をきっかけに崩壊家庭の少女とその家族を見守る警官が惨事の中から希望を見出していく、謎解きミステリーであり、ロードノベルである。
風光明媚でのどかな田舎町の警察署長でたった一人の警官・ウォークは、15歳の時から刑務所に送られていた幼馴染のヴィンが30年ぶりに出所するのを期待と不安のうちに待っていた。二人の友情は変わらないと信じるウォークだったが、ヴィンは5年前から刑務所での面会を拒絶し、出所時の出迎えも拒否しているのだった。同じ町に暮らす同級生でヴィンの恋人だったスターは30年前の妹の事故死の衝撃から立ち直れず、アルコールと薬物に依存し、13歳の娘・ダッチェスと5歳の息子・ロビンの面倒を見ることができないでいた。何の援助も受けられないダッチェスは幼い弟を守ることを最優先に、あらゆるものに立ち向かう「無法者」を自称し、世間に抗って生きていた。そんな対照的な二人だが、実はウォークは常にスターと姉弟に気を配り見守っているのだった。危ういながらも平穏な日々のはずだったのだが、ヴィンの帰還をきっかけに30年前の出来事の余波が再燃し、ウォークもダッチェスも抜き差しならぬ悲劇に巻き込まれていった…。
なんと言っても、13歳の無法者少女・ダッチェスの存在感が圧倒的で、読み進むほど心を揺さぶられていく。一方のウォークも正直者の少年がそのまま育ったような好人物だが、それでも心の闇は抱えており、親近感を抱かせる。さらにヴィン、スター、ロビン、ダッチェスの祖父・ハルなどの周辺人物もキャラクターが鮮明で、物語の展開に血肉を与えている。ストーリーとしては殺人事件の解明がメインだが、同時にウォークとダッチェスが挫折と悲哀から立ち上がって希望を見出していく成長物語でもある。舞台となるカルフォルニア、モンタナの情景も魅力的だ。
これはもう、ミステリーの枠にとどまらない傑作エンターテイメント作であり、多くの人に自信を持ってオススメする。
われら闇より天を見る
No.62: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

暗号解読に青春を捧げた三人の若き女性の友情と恋と愛国心

「戦場のアリス」、「亡国のハントレス」に続く現代史ミステリーの第三弾。欧州戦線の行方を左右したと言われるイギリスのナチス暗号解読施設を舞台に、戦時下で出会った若い女性三人の友情と恋と愛国心を描いた極上のエンターテイメント作品である。
社交界デビューしたばかりの上流階級の娘・オスラ、ロンドンの下町育ちの元気な長身女・マブ、厳しい母親に縛られて何事にも自信を持てない田舎娘・ベスの三人が出会ったのは、ナチスのエニグマ暗号を解読するために英国が設立した秘密施設「ブレっチリー・パーク」だった。生まれた階級も育った環境も異なる三人だが、一風変わった人材ばかりが集まり、業務は厳しいものの寛大な雰囲気の中で友情を育み、無二の親友となった。三人それぞれに恋をし、それを互いに助け合っていたのだが、ある事態をきっかけに互いに憎み合うようになる。そして終戦後の1947年、友情を壊し、愛する国を裏切った敵に立ち向かうため、三人は再び力を合わせて戦うことを決意する…。
実話をベースにしているために、イギリスの暗号解読施設の実態がリアルで迫力がある。しかしそれ以上に、三人の若い女性の戦時下ならではの恋と成長が印象的。エリザベス女王の夫・フィリップ殿下を始めとする実在の人物や史実に大胆な解釈と脚色を加えた物語の完成度は、これぞ歴史ミステリーの醍醐味と言える。700ページを超える長大作だが、一気に読み進めたくなる力強さを持っている。
ケイト・クインのファンにはもちろん、現代史ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。
ローズ・コード (ハーパーBOOKS)
ケイト・クインローズ・コード についてのレビュー
No.61: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

「ラストの衝撃が」という惹句は嘘じゃない、傑作!

グレーンス警部シリーズの9作目であり、潜入捜査官ピート・ホフマン・シリーズの第4作。グレーンスとホフマンが互いに潜入捜査を依頼し合い、命の危機にさらされながら真相を解明するサスペンスあふれる警察アクションである。
17年前の一家惨殺事件を彷彿させるギャング殺害事件が連続し、さらに当時唯一生き残った5歳の少女の行方を記録した関連資料が紛失しているのが判明した。当時も捜査線上に浮かんだ武器密輸組織が再び動き出し、少女が狙われるのではないかと危惧したグレーンスは、警備会社を経営して落ち着いた生活を送っていたホフマンに武器商人の世界の調査を依頼する。一方ホフマンには「おまえの正体を知っている」という脅迫状が届き、家族の命まで狙われる恐怖に襲われた。極秘のはずの潜入捜査に関する資料が流出したのは警察内部に敵がいるからだと確信したホフマンは、グレーンスに警察内部への潜入捜査を依頼する。二つの事件に関連があると見たグレーンスは交換条件をのみ、二人はお互いの背中を預け合うことになった…。
「三秒間の死角」からのタイムリミットものの面白さはそのままに、さらに連続殺人事件の捜査、警察内での裏切り者探しという心理サスペンスまで加わって盛りだくさん。しかも、それぞれのエピソードがしっかり構成されているので極めて密度が濃いサスペンス・ミステリーとなっている。しかも、定年目前になったグレーンスの心理描写が濃密で味わい深い。
グレーンスとホフマンのシリーズでは「三秒間の死角」と並ぶ傑作であり、ルースルンドのファンには必読とオススメする。シリーズ未読の方には最低限、前作「三時間の導線」を読んでから読むことを強くオススメしたい。
三日間の隔絶 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド三日間の隔絶 についてのレビュー
No.60: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

分かるなぁ~、登場人物たちのせこさと悲哀

2010年から11年に雑誌連載された長編小説。目の前に現れた大金に自分を見失ってしまう小物たちの悲喜こもごもをユーモラスに描いたノワールである。
自営の理髪店をつぶしてサウナの従業員として働く赤松は、挙動不審の男性客がロッカーに入れたバッグに1億円近い大金があるのを発見した。認知症の母親を抱え日々の生活費にも苦労する赤松はネコババの誘惑にかられる。信頼していた女にヤクザへの借金だけを残されて裏切られた生活安全課の刑事・江波戸は大金を横領した同級生の逃亡を助けることで一攫千金を企んでいた。DV夫に悩まされている美奈はFXの失敗で作った借金を返済するためにデリヘルと工場のパートを掛け持ちし、何の展望もない暮らしを続けていたのだが、客の若者から夫の殺害を持ち掛けられた。夫が死ねば保険金が入るだけでなく、自由になれる…。
三者三様の理由から金に憑かれてしまった小心者たちが目の前の大金に我を失って思いがけない行動をとり、因果が巡り巡って絡み合い、ついには奈落の底に落ちていく。非常なまでにドライでありながらとぼけたユーモアがあふれる破滅型エンターテイメントである。韓国で映画化されていて、それを観たあとで本作を読んだのだが、それでも最後まで面白かった。
面白いミステリーを読みたい!という読者に、自信をもっておススメする。
藁にもすがる獣たち
曽根圭介藁にもすがる獣たち についてのレビュー
No.59:
(9pt)

ネット時代の「シャドー81」か。ハイジャック物の新傑作。

客室乗務員経験があるという女性作家のデビュー作。テロリストにハイジャックされた旅客機の乗務員、家族、捜査陣が航空機テロを防ぐために死に物狂いで活躍するハイジャック・サスペンスである。
LAからNYへ飛んでいる民間航空機のパイロット・ビルのもとに届いた一通のメールには、妻のキャリーが自爆ベストを着せられ拘束されている写真が添付されていた。直後、PCのフェイスタイムで「飛行機を墜落させろ。さもないとあんたの家族を殺す」とのメッセージが届いた。墜落させるつもりはなく、家族を殺させるつもりもないと拒否したビルだったが、機内にテロリスト仲間が潜んでいると告げられた。窮地に陥ったビルは信頼するフライトアテンダントのジョーに密かに相談し、ジョーは甥でFBI捜査官のセオにメール連絡し、ビルの家族を救出する手配を依頼した。ハイジャック犯からは警察に知らせたら家族の命はないと言われていたのだが、機内の様子が乗客のSNSに投稿されたことから事件はマスコミに知られてしまった…。
家族か乗客かの決断を迫られるビル、パニックに陥った機内を落ち着かせようとするジョーたち、ビルの家族を助けるために犯人を追うFBI職員、それぞれが苦境を打開するために命を賭けて戦うアクションが主題だが、それを彩るビルやジョーの家族、テロリスト、航空管制官などの描写もリアルで迫力満点。一気読みの面白さである。機上と地上、それをつなぐネットの場面展開がスピーディーかつダイナミック。ハリウッド映画を見るようなエンターテイメント満点のサスペンス(すでに映画化権が売却されたという)である。
ハイジャック物に新しい可能性を開いた作品として、多くのサスペンス作品ファンに自信をもってオススメしたい。
フォーリング―墜落―
T・J・ニューマンフォーリング 墜落 についてのレビュー
No.58: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

どんどん引き込まれる、パワフルな警察ミステリー大作

ドイツの大人気警察ミステリー「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第9作。史上まれな連続殺人事件の難題に挑むピアとオリヴァーたちの粘り強い捜査と複雑な背景が魅力的な超大作警察ミステリーである。
かつて修道院だった豪邸で、死後数日が経過したと思われる老人の腐敗死体が発見された。死んでいたのは一人暮らしをしていた舘の主人・テオで、単純な孤独死かと思われたが、敷地内でラップフィルムにくるまれ、死蝋化した死体が3体、発見されたことで事態は一変する。テオはかつて夫婦で孤児院から大勢の子供たちを引き取り、里子として育ててきた篤志家だという。テオは心優しい善意の人か、善人の仮面をかぶった連続殺人鬼なのか。捜査を進めたオリヴァーとピアのチームは過去数十年にさかのぼる複雑怪奇な背景に惑わされ、つまづかされながらも、徐々に犯人に迫っていったのだが、捜査は思いもかけない形でピアの愛する人を脅かす事態につながっていった…。
連続殺人と判明するまでのプロセスから最後の犯人逮捕まで、意表を突く展開の連続で手に汗握るサスペンスが維持され、700ページの長編だが少しも退屈させない。これこそ犯人と思いたくなる人物が次々に登場し、読者が最後まで悩まされるのも魅力的だ。また、意外な形でピアとピアの家族の隠され秘密が事件とかかわっていることが明らかになるのもインパクトがある。
オリヴァーの復帰とピアの新展開という、シリーズのターニングポイント的な作品であり、シリーズ愛読者は必読。もちろん、単独作品としても一級品の警察ミステリーであり、どなたにもおススメしたい。
母の日に死んだ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス母の日に死んだ についてのレビュー
No.57: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

二転三転、最後まで読者を惑わせる謎解きサスペンス

「ときどき私は嘘をつく」に続く、イギリス女性作家の邦訳第二作。連続殺人事件の謎解きだが、それぞれに秘密を隠した登場人物の視点から語られる物語が微妙に食い違い、最後まで真相がわからなくてハラハラする傑作サスペンスである。
主要登場人物は彼女・BBC記者のアナと彼・警察官のジャック。イギリスの田舎町で起きた女性殺人事件の捜査を担当することになった地元警察の警部・ジャックは、被害者を見て衝撃を受ける。被害者は、昨夜、ジャックが一緒にいた女性だった。一方、BBCから事件の取材に派遣されたのは、事件の現場が出身地であるアナだったが、実はアナは故郷には帰りたくない理由があった。それぞれに事情がある二人が自分の視点で語る事件捜査の状況はリアルでありながら微妙にすれ違い、矛盾し、真相が不明のまま物語が進んで行く…。
事件は連続殺人に発展するのだが、ジャックとアナが元夫婦で、被害者はアナの同級生という狭い町の物語なのだが、ストーリーが進行するにつれて容疑者がくるくる入れ替わり、そのたびに読者は迷わされる。さらに、ジャックとアナが交互に繰り返す語りに、ところどころで挿入される犯人の独白が、一層事件解明を混乱させる。とにかく、最後まで息をつかせないサスペンスは見事である。
サスペンス・ミステリーファンには自信をもってオススメしたい。
彼と彼女の衝撃の瞬間 (創元推理文庫)
No.56: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

勝利なく終わったアート・ケラーの40年戦争

「犬の力」から始まったアート・ケラーの麻薬戦争三部作の完結編。総ページ数3800を超える超大作の終わりを飾るにふさわしい壮大な犯罪小説である。
シナロア・カルテルのドンであるアダン・バレーラを殺害したアート・ケラーはアメリカ麻薬取締局局長に就任し、これまでの麻薬流入防止・カルテル殲滅作戦とは異なる方針で臨むことを決意し、ごく限られた信頼できるメンバーとともに密売組織に囮捜査官を潜入させる作戦を開始した。一方メキシコでは、首領の中の首領アダン・バレーラ亡き後の空白を埋めるようとシナロア・カルテル内部だけでなく、様々なカルテルが加わって血で血を洗う戦争が始まっていた。麻薬戦争はメキシコとの戦いではなく、アメリカ内部での戦いであると認識するケラーが麻薬資金の流れを追いかけると、アメリカ大統領もかかわる政財界の構造的な腐敗が見えてきた。40年の麻薬戦争の末にケラーが行き着いた決断は、命を賭けた告発だった。
最初から最後まで力がみなぎるパワフルな犯罪物語である。50年以上の年月と膨大な公的資金、人材をつぎ込みながらアメリカはなぜ麻薬戦争に勝てないのか。その答えは世界最大の違法薬物消費国に甘んじているアメリカ社会の中にあり、戦うべき相手はメキシコの麻薬カルテルではなくアメリカ社会の腐敗であるという訴えがビンビン伝わってくる。
三部作なので「犬の力」から読むのが一番だが、本作からさかのぼって読んでも十分に楽しめる。骨太の社会派犯罪小説のファンに絶対のオススメだ。
ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)
ドン・ウィンズロウザ・ボーダー についてのレビュー
No.55: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

イタリアにもいた! 還暦過ぎのハードボイルド・ヒーロー

イタリア人ベテラン脚本家の小説デビュー作。還暦をとうに過ぎた殺し屋が40年間秘めて来た願いを叶えるために組織に逆らい、生き別れた妻と娘を捜す旅に出る、情感あふれたノワール・エンターテイメントである。
心臓発作に襲われ緊急手術を受けたマルセイユの国際犯罪組織の老殺し屋オルソは、病室で目を覚まし、これまでの自分の人生を振り返ったとき、40年前に組織のために別れることになった妻・アマルと娘・グレタに一目会いたいという、狂おしいまでの思いが募って来た。しかし、オルソを訪ねて来た組織のボス・ロッソは、周りから不死身の殺し屋として恐れられ自分の右腕と頼むオルソが軟弱になることを嫌い、アマルとグレタを探す手がかりの情報をくれたものの、組織としての手助けは一切しないと宣告した。二人がイタリアに暮らしているとの情報をつかんだオルソは、ボスの意向に反しひとりイタリアへと旅立ったのだが、目的地に着く前に列車内で正体不明の2人組に襲われた。その場はかろうじて逃れたものの、敵は次々と襲って来た。オルソの命を狙うのは誰か、孤立無援のオルソは組織の古くからのメンバーも信じられず、孤独な戦いを進めるしかなかった・・・。
イタリアのテレビ、映画界で活躍するベテラン脚本家だけあって、ストーリー展開がスピーディーだし、エピソードが映像的だし、主要登場人物の絵が無理なく浮かんで来るほどキャラ設定が巧みで、まさに第一級のアクション・ドラマである。さらにチャンドラーやエルロイの影響を強く感じさせるノワール要素、ハードボイルド要素もレベルが高い。最近、一つのジャンルを確立した感がある「高齢者ハードボイルド」だが、その中では最も娯楽性が豊かな成功作と言える。
老ヒーローもの、ハードボイルド、不器用な男の再生物語のファンに自信を持ってオススメする。
老いた殺し屋の祈り (ハーパーBOOKS)
マルコ・マルターニ老いた殺し屋の祈り についてのレビュー
No.54: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

捜査側と弁護側、正義を貫く手段は異なれど

デビュー作「償いの雪が降る」で鮮烈な印象を残したエスケンスの邦訳第2弾。富豪である妻殺しの疑いをかけられた刑事弁護士の裁判を巡って、親友同士である刑事と弁護士が対決することになる犯人探しと法廷劇の傑作ミステリーである。
ミネアポリスの高級住宅地に住む刑事弁護士・プルイットの妻が殺害され、捜査を担当するマックス刑事は、向かいの家の住人の証言もあり被害者の夫を第一容疑者として捜査を進める。事件当時、プルイットはシカゴにいたというアリバイがあるのだが、それを疑問視する捜査側によって裁判に追い込まれたプルイットは、かつての同僚で敏腕弁護士だったボーディに弁護を依頼する。母を亡くし、父を失うことになりそうなプルイットの一人娘を気にかけるボーディは弁護を引受けるのだが、それはまた、親友であるマックス刑事と敵対することでもあった。しかしながら、たとえ天が墜ちようとも正義は貫かれるべきだと信じるボーディは裁判に勝利すべく、友情を犠牲にした裁判闘争を展開するのだった…。
まず、弁護士の妻殺しの犯人は誰か? 動機、犯行手段の解明プロセスがスリリング。言わばアリバイ崩しのパターンなのだが、アリバイが成立するかしないか、めまぐるしく入れ替わりサスペンスがある。さらに、正義と正義がぶつかり合う知性の戦いである裁判劇は検察官、弁護人、裁判官のそれぞれの個性が遺憾なく発揮されて白熱するアメリカの裁判の典型で、最後まで予断を許さずぐいぐい引き込まれる。謎解きミステリーとしても、法廷ミステリーとしても一級品である。それに加えて、登場人物の背景、人物像がきちんと描かれていてヒューマン・ドラマとしても完成度が高い。
謎解きミステリーのファン、法廷ミステリーのファン、どちらも満足させる傑作としてオススメする。
たとえ天が墜ちようとも (創元推理文庫)
No.53: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

予備知識なく流れに身を任せれば、大満足!

アメリカ本国に比べて日本での人気は高くないトマス・ペリーの久しぶりの邦訳長編。引退し2匹の犬と静かに暮らしていた元工作員が突然何者かに襲撃され、生き延びるためにひたすら逃げて逃げて逃げまくる、逃亡アクション・サスペンス小説である。
ニューイングランドの田舎町に暮らす60歳のダン・チェイスはある日、自宅で何者かに襲撃された。同居する犬たちにも助けられて襲撃者を倒したものの、危機を悟ったチェイスは名前を変え逃亡することにしたのだが、敵は執拗に追ってきた。どこまで逃げても追いかけてくる、この襲撃の背景には、35年前にチェイスが関わったCIAの工作作戦があり、敵は巨大な組織力を持っていた。それに対しチェイスは、工作員として身に着けたサバイバル技術をフルに発揮し、ただ一人で逃げ、反撃するのだった。果たしてチェイスは逃げ切れるのか?
最初から最後までひたすら逃亡する物語なのだがストーリーは波乱万丈、最後まで気を抜けない緊張感があるサスペンス・アクションである。逃亡に備えた主人公の周到な準備、若者に負けない格闘技術、相棒になる犬たちの活躍、IT時代における身の隠し方のノウハウなど読みどころがいっぱいで最後までゆるみがない。
近頃よく目にする老人を主人公にしたアクションもの、ハードボイルドもののファンには、ぜひ読むべしとおススメする。もちろん、一般のアクション・サスペンスのファンにもおススメしたい。
老いた男 (ハヤカワ文庫NV)
トマス・ペリー老いた男 についてのレビュー
No.52:
(9pt)

絵に描いたようなアメリカン・ハードボイルド・ヒーロー

コール&パイク・シリーズの2019年の作品。シリーズには欠かせない脇役・パイクを主役にした、正統派のハードボイルドである。
銀行に立ち寄ったパイクは窓口係のイザベルが誘拐される現場に遭遇し、彼女を助け出し、2人組の犯人を警察に引き渡した。ところが数日後、2人組は釈放され、不安を覚えたイザベルはパイクに話したいことがあると伝言を残したのだが、その後は姿が見えなくなった。2人組がまたイザベルを誘拐したのかと思われたのだが、なんと2人組は殺害されていた。警察からは2人組殺害の犯人ではないかと疑われ、否応なくイザベルの行方を探すことになったパイクは、執拗にイザベルを狙う謎の集団を相手に相棒・コールの助けを得ながら果敢な戦いを挑むのだった・・・。
銀行の窓口係の若い女性に過ぎないイザベルが、なぜ誘拐されるのか? ストーリーの本筋はイザベルの行方探しとその背景の解明で、アメリカンPIハードボイルドの王道を行く展開である。それでも最後まで飽きさせないのは、なんと言っても主人公パイクのかっこよさ。寡黙な武闘派で、しかも熱いハートの正義感という絵に描いたようなヒーローである。ただひたすら、それを楽しむだけで本作を読む価値がある。
シリーズ愛読者はもちろん、すべてのハードボイルドファンにオススメする。
危険な男 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス危険な男 についてのレビュー
No.51: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

ウィンズロウのオールスターズ!

メキシコ麻薬戦争三部作を始め、重量感がある長編が続いていたウィンズロウの中編作品集。中編とは言え、各6作品100ページ以上あって読み応え十分な、高レベルなノワール・エンターテイメント作品である。
表題作「壊れた世界の者たちよ」は「ダ・フォース」系列の警察サスペンスで、壮絶な暴力シーンが続くのだが全体のテイストは極めてドライである。ちなみに、巻頭にはヘミングウェイの一節が引用されている。「犯罪心得一の一」にはスティーブ・マックイーン、「サンディエゴ動物園」にはエルモア・レナード、「サンセット」にはレイモンド・チャンドラーへの献辞が掲げられており、その意味を考えるだけでも楽しめる。また「サンセット」、「パラダイス」は過去の作品の登場人物が主役や脇役として年齢を重ねた姿を見せているのが楽しい。
6作品、どれを取ってもウィンズロウならではのストーリー展開、物語アイディア、魅力的なエピソードがちりばめられており、長編には無いオールスターズ的な楽しさに満ちている。
長年のウィンズロウ・ファンにはもちろん、レナード、チャンドラーを始めとするアメリカン・ハードボイルドのファンには絶対のオススメである。
壊れた世界の者たちよ (ハーパーBOOKS)
No.50: 6人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

人間は孤独には生きられない

70歳になるベテラン野生動物学者の初めてのフィクションで、一年半以上、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに載り続けているという大ヒット作品。ノース・カロライナ州の湿地の小屋にひとり残された少女の成長と残酷な事件の真相をリリカルに描いた、超一級のエンターテイメント作である。
1969年、ノース・カロライナ州の湿地で村人から愛されていた青年・チェイスの死体が発見され、周囲の目を避けながら湿地で一人で暮らしている変わり者の少女・カイアに疑惑の目が向けられる。捜査を進めた保安官は、次々にカイアの犯行を示唆する証拠や証言を入手した。果たして、真犯人はカイアなのか? という、フーダニットのミステリーが本筋。それと並行して、学校に通うことも無く、徹底的に村人たちとの接触を避けるカイアは、なぜ一人残され、どのように成長してきたのかという、少女の成長物語が重ねられている。さらに、鳥や獣、小動物、昆虫、植物など湿地を彩る色彩豊かな生き物たちを生き生きと描いた自然愛好小説の側面も見逃せない。つまり、犯人探しミステリー、少女の成長物語、自然愛好小説の3つのジャンルが、生きることと愛することの関係性の奥深さという1つのテーマで見事に結集された作品である。
読むほどに心にしみ込む詩情豊かなミステリーとして、ミステリーファンの枠を超えて広くオススメしたい。
ザリガニの鳴くところ (ハヤカワ文庫NV)
No.49: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

970ページ余りを一気に読ませる、傑作エンターテイメント

テレビドラマ「相棒」などで人気の脚本家の小説デビュー作。緻密なプロットと巧みな表現力で読者をぐいぐい引き込んで行く、力強くてスケールが大きな犯罪エンターテイメントである。
私鉄駅前の広場で起きた通り魔事件。4人が殺されたのだが、ただ一人、18歳の青年・修司は犯人に抵抗し、怪我を負いながらも生き残った。搬送先の病院で警察と喧嘩し、アパートに戻った修司だったが、そこで再び何者かに襲われ、危ういところを組織からはみ出している刑事・相馬に助けられ、相馬の友人で元テレビマンの鑓水宅にかくまわれる。殺人犯が事件の直後にヤクの過剰摂取で死んでいるのを発見され、事件は解決したはずなのになぜ修司は再度襲われたのか。しかも、修司は病院内で見知らぬ男から「逃げろ、あと10日生き延びれば助かる。生き延びてくれ。君が最後のひとりなんだ」と言われていた。殺された4人と修司に面識はなく、襲撃されるような理由は全く思いつかない修司は、相馬と鑓水の協力を得て通り魔事件の謎を解こうとする。一方、修司たちの動きとは関係なく、巨大食品企業内部で発生したトラブルが社会を震撼させる事態に発展する恐れが出てきて、関係者たちは隠蔽工作に奔走するのだった。この二つの事件の重なりが見え始めたとき、三人は巨大な敵に遭遇し、命を賭けた戦いの場に直面せざるを得なくなった・・・。
文庫上下巻970ページ余りの長編だが少しも緩むことなく、しかも明快なストーリーでまさに一気読みの面白さである。さらに事件の様相、謎解きの予想外の展開、事件の背景に潜む社会悪など、小説としての構成要素が極めてハイレベルに結合されている。また、事件の原因となる企業や政治の暗部を告発するだけでなく、それを受け入れる社会の脆弱さにもきちんと目が届いており、単純な勧善懲悪で終わっていないのが素晴らしい。
犯罪サスペンス、社会派ミステリーのファンには絶対のオススメ作である。
犯罪者 上 (角川文庫)
太田愛犯罪者 クリミナル についてのレビュー
No.48:
(9pt)

逃げろ、青柳! 逃げ切るんだ!

2008年の本屋大賞をはじめ、各種ランキングで上位に入った長編小説。首相暗殺というとんでもない濡れ衣を着せられた若者が仙台の街を逃げ回る、スリリングでユーモラスな逃亡エンターテイメント作品である。
パレード中の現役首相がリモコンヘリで爆殺され、仙台の街は大騒ぎになる。大学時代の旧友・森田と会っていた元宅配便ドライバーの青柳は、突然、森田に「逃げろ、逃げ切るんだ」と言われ、迫ってきた警官から訳が分からないまま逃げ出した。次から次へと襲って来る追っ手から逃げ回っていると、いつの間にか「首相暗殺犯は青柳だ」という報道が流れていた。身に覚えがないものの世間は青柳犯人説を信じ込んでおり、無実を証明する手段も無い。孤立無援の元宅配ドライバーは、警察のみならず、暴力的手段も辞さない正体不明の巨大な組織の追跡から逃げ切ることができるのだろうか?
突然、濡れ衣を着せられた男がひたすら逃げ回る三日間の話なのだが、実に面白い。事件までの青柳のエピソード、事件に関する裏話、噂、憶測、逃亡を助けてくれる人たちの個性的な言動、監視社会の危険性に鈍感な社会への批判など、サブ・ストーリーが充実しているので何本もの小説を読んだような満足感がある。さらに、随所にちりばめられた独特のユーモアが効果的で、サスペンスがありながらクスッと笑える、肩が凝らない作品である。
伊坂幸太郎を代表する作品として、ミステリーファンのみならず、幅広いエンターテイメント作品ファンにオススメしたい。
ゴールデンスランバー (新潮文庫)
伊坂幸太郎ゴールデンスランバー についてのレビュー
No.47: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

純粋な悪を倒せるは、誰か?

「グラスホッパー」に続く「殺し屋」シリーズの第2作。東京から盛岡まで、疾走する東北新幹線の中で凄腕の殺し屋たちが互いに狙い合う、密室・タイムリミットサスペンスの傑作である。
人生すべてについてない殺し屋「天道虫」は、東京駅から新幹線に乗り、指示されたトランクを持って大宮で降りるという仕事を請け負った。簡単に済むはずだったのだが、降車しようとした大宮駅で仇敵に出くわしてトラブルになったため降りられず、次に停車する仙台までトランクを持ったまま乗り続けることになってしまった。そのトランクは、凄腕の殺し屋デュオ「蜜柑」と「檸檬」が大物犯罪者から運搬を依頼されたものだったため、「天道虫」は二人に追われることになる。さらに、自分の息子に危害を加えた、優等生の仮面をかぶった悪魔のような中学生「王子」を殺そうと目論む元殺し屋「木村」も同じ新幹線に乗っており、「王子」がトランクを巡る争いに興味を持ったことから、追うものと追われるものが複雑に交錯することになり、走り続ける新幹線車内で密やかに、しかもスリルに満ちた戦いが繰り広げられることになる・・・。
停車駅間は長いが、必ず次の停車駅が来る新幹線車内という時間、空間を限った舞台でのサスペンス・アクションという設定が成功している。さらに登場する殺し屋たちが全員、くせ者揃いで、ストーリーもエピソードも読者の予想を軽やかに裏切り、超高速でエンディングまで疾走する。このスピード溢れるアクションだけで傑作と言えるのだが、さらに「悪とは何か」、「純粋培養された悪に立ち向かえるのは、誰か」というテーマが、笑いを包み込んだ見事なエンターテイメント形式で語られているのが素晴らしい。
殺し屋シリーズの一作だが、本作だけで十分に楽しむことができる。伊坂幸太郎ファンはもちろん、軽快で楽しいアクション・サスペンスを読みたい方にオススメしたい。
マリアビートル (角川文庫)
伊坂幸太郎マリアビートル についてのレビュー
No.46:
(9pt)

舞台設定と物語のテーマが見事に一致

デビュー作「渇きと偽り」が高い評価を得た「連邦警察官フォーク」シリーズの第2弾。オーストラリアの大自然を舞台に、密室劇とも言うべき心理サスペンスが繰り広げられる濃密なヒューマンミステリーである。
企業の研修合宿でオーストラリアの深い森に送り込まれた5人の女性たちが道に迷い、疲れ果てて集合地点に到着した時、人数は4人に減っていた。消えたアリスがいつはぐれて森に入ったのか、他の4人は誰も見ていないという。また、アリスは誰の恨みを買ってもおかしくないほど身勝手な人物だったという。アリスは実はフォークたちが捜査を進めていた企業の内部協力者で、しかもフォークの携帯電話にはアリスが行方不明になったタイミングで発信された「〜彼女を苦しめて〜」という謎のメッセージが残されていた。アリスは一人で勝手に行動して遭難したのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか?
大干ばつに苦しむ前作とは180度違って、今回は雨が降り止まず、携帯電波も届かない深い森が舞台である。外界から隔絶された厳しい自然の中に取り残された5人の女性たちの壮絶な人間ドラマとワイダニット、フーダニットが見事に重なり合って息詰まるサスペンスが繰り広げられる。また、主人公・フォークの人間性を示唆するドラマも興味深い。
本格的な謎解きミステリーとして、人間観察をベースにしたサスペンスとして読み応えがあり、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン・ハーパー潤みと翳り についてのレビュー
No.45: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

軽快なストーリー展開のロードノベル&ノワールの傑作

2018年度ハメット賞受賞作。超絶な技能を持つ殺し屋に追われながらニューオーリンズからロサンゼルスをめざす犯罪組織幹部の逃避行を描いたロードノベルであり、アウトローの美学を描いたノワールでもある。
1963年、ダラスでケネディ大統領が暗殺されたとのニュースを聞いて、犯罪組織幹部・ギドリーはいやな予感を抱いた。数日前、ボスからダラスに置いて来るように頼まれた車は、暗殺犯が乗って逃げるためだったのではないか? だとすると、その秘密を知っている自分は消されるのではないか? 恐怖に駆られて西へ逃げ延びようとするギドリーを追うのは、頭が切れて執念深い凄腕の殺し屋・バローネだった。ギドリーが逃走中のモーテルで出会ったのが、二人の娘と犬一匹を連れて家出してきたオクラホマの主婦・シャーロットで、家族連れと偽装するためにギドリーは彼女たちと一緒に旅することになる。やがてギドリーとシャーロットたちは心を通わせ、本当の家族のようになろうとしていたのだが、すぐ背後にはバローネが迫ってきていた・・・。
1960年代、ルート66を西へひた走る、典型的なアメリカン・ロードノベルである。しかも、犯罪組織の容赦ない暴力が加味され、さらに主要人物のキャラが抜群で、リーダビリティの良さと読み応えが見事に両立している。
前作「ガットショット・ストレート」でファンになった方はもちろん、レナード、ハイアセン、ウィンズロウのファンには文句無しのオススメ、傑作である。
11月に去りし者
ルー・バーニー11月に去りし者 についてのレビュー
No.44: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

ハードボイルドの王道、文句なし

アメリカでは新作が発売されるたびにベストセラーになるという「コール&パイク」シリーズの第17作。日本では初期の6作品のみ邦訳され、7作目以降は中断されていたのだが、シリーズ外の「容疑者」が人気を博したことから再注目され、19年ぶりに翻訳出版に至ったという。アメリカでの人気のほどが納得できる、ハードボイルドの王道を行く作品である。
シングルマザーのデヴォンはひとり息子のタイソンが最近、ロレックスや高級な衣服を身に付け、自分の部屋に大金を隠していることを心配して、よからぬ仲間がいるのではないかと、コールに調査を依頼する。コールが調査を進めると、ロレックスが盗品であるだけでなく、タイソンと仲間の3人が高級邸宅ばかりを狙った連続窃盗事件を起こしていることが分かった。コールはデヴォンに真実を告げ、自首することをすすめたのだが、タイソンが身をくらませてしまった。警察が逮捕する前にタイソンを見つけ自首させようとするコールだったが、謎の2人組の男がタイソンと仲間を追っているのを知った。この2人組は凶暴で、周辺では死者が出始めていた。2人組、警察の追及をかわしながら、コールとパイクはタイソンと仲間の行方を追う・・・。
主役の二人がカッコいい。中年ではあるが身体強健、精神堅固、しかも女性や子どもに優しい、典型的なハードボイルド・ヒーローである。さらに、悪役の2人組もストーリーが進むほどにじわじわと味わい深くなり強い印象を残す。事件の解決プロセスも説得力があり、どんどん引き込まれていく。
シリーズ作品ながらこれまで未読でも違和感無く楽しめる。ハードボイルド・ファン、バディものファンには絶対のオススメである。
指名手配 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス指名手配 についてのレビュー