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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数529

全529件 481~500 25/27ページ

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No.49: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

期待通りの面白さ!

オリヴァー&ピア・シリーズの2冊目(本来はシリーズの4作目だが、現在までに翻訳されているのは3作目と4作目のみ)。前作同様に、過去と現在が入り乱れ、登場人物が数多く、ストーリーの流れを把握するまでは読みづらいが、全体像が見えて来てからはどんどん読み進められた。
ドイツの片田舎で、二人の少女(17歳)を殺害したとして服役していた青年が11年の刑期を終えて帰ってきた。本人は冤罪を主張していたが、村人はこぞって彼を犯人だと断定し、彼が帰ってきたことに嫌悪感と反感を隠そうとしない。折も折、閉鎖された空軍基地跡地の燃料貯蔵庫から白骨死体が発見され、11年前の被害者の一人であることが判明する。さらに、出獄した青年が自宅で暴漢に襲われ、別れて暮らしていた彼の母親が歩道橋から突き落とされて大けがを負う事件まで発生した。どちらの事件も犯人は村の住人だと思われたが、村人たちは誰一人、犯人について言及しようとしない・・・。
困難な捜査を進めるオリヴァーとピアを中心とした警察は、運命共同体として縛り付けられている田舎(まるで八つ墓村みたい)にうずくまっている暗黒の歴史に翻弄され、なかなか事件の全容をつかむことができず、新たな少女(高校生)行方不明事件まで発生してしまう。
物語全体の構図は、過去の出来事が現在の悲劇を引き起こすという、よくあるパターンだが、真犯人がなかなか判明せず(怪しい人物は、かなり登場するが)、最後までフーダニット、ワイダニットの緊張感を引っ張っていく。また、シリーズものならではの読みどころ、レギュラー登場人物の人生の変化もいろいろあって、次作への期待も持たせてくれる。
できれば前作「深い疵」から読むことをおススメするが、本作だけでも十分に楽しめることは間違いない。

白雪姫には死んでもらう (創元推理文庫)
No.48: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

構成がしっかりした、骨太のミステリー

著者のデイヴィッド・ダフィは、これがデビュー作品だというから驚かされる。MWA最優秀新人賞にノミネートされたというのも納得の、完成度が高い私立探偵小説である。
主人公は、旧ソ連の強制収容所育ち(ソ連では、犯罪者同様の扱いを受ける)でKGBの辣腕エージェントとして活躍しながら、ある事情から退職し、現在はニューヨークで独立した調査員として生計を立てているターボ・ブロスト。彼のもとに、ある銀行の会長から「誘拐された娘を救出してほしい」という依頼が入る。その銀行家のビジネスに好感が持てなかったターボは、依頼を受けるかどうか未定のまま銀行家の家を訪れるのだが、なんとその目前で、銀行家がFBIに逮捕されてしまう。さらに、そこに現れた銀行家の妻は、二十数年前にソビエトで別れたターボの元妻だった。
物語の発端からして驚きの展開だが、誘拐された娘を発見するプロセスでは、ターボの過去と現在を作り上げてきた因縁ある組織と人々が続々と登場し、単なる誘拐事件では終わらない、ソ連とロシアの歴史に根差した陰謀劇が繰り広げられることになる。
本作品の優れている点は、過去の因縁に基づく陰謀と復讐の話にとどまることなく、現在のアメリカ社会をむしばみつつあるロシア・マフィアの問題も取り込み、きわめて現代的な物語に仕上がっているところだろう。
とは言いながら、作品の基本テイストはハードボイルドの王道そのものであり、社会派ミステリーファンからPIものファンまで、幅広いジャンルの人々に受け入れられることだろう。すでに、同シリーズの第2作が発表されているというが、今度はどういう展開で驚かせてくれるのか、期待が高まるばかりである。
KGBから来た男 (ハヤカワ文庫 NV タ 6-1)
デイヴィッド・ダフィKGBから来た男 についてのレビュー
No.47: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

過去に、誠実に向き合う勇気

ベルリンで、67歳のイタリア人労働者コリーニが著名なドイツ人老実業家を射殺する。現場から逃げようとしなかった犯人は逮捕されたが、動機についてはまったく語ろうとしない。
弁護士資格を取得してから4ヵ月の新米弁護士ライネンは、回ってきた国選弁護人の仕事を引き受けることにする。ところが、犯人は弁護士にも心を開かず、さらに被害者が、今は亡き親友の祖父で、昔、自分も可愛がってもらった人物であることが判明し、ライネンは弁護人を辞任しようとする。しかし、被害者側に雇われたベテランの辣腕弁護士に弁護士としての在り方を説かれ、辞意を撤回し、全力で弁護活動にあたり、事件の背景に隠されていた苦い真実を発見する。
さらに、犯罪の実相に正義の裁きを下そうとしたとき、ある法律が大きな壁となって立ちはだかってくる。法と正義は矛盾するものなのか? 正義が法に阻まれるとき、人は何をなすべきなのか? すべての関係者に難題が突きつけられた・・・。
ナチスドイツ時代の戦争犯罪と、それを償うための戦後の取り組み。それはドイツ国民に課せられた歴史的課題であり、今なおドイツ社会に大きな影を落としている。しかし、本作品でも分かるように、ドイツは市民も社会も国家も真剣に過去に向き合い、たとえ痛みを伴っても真摯に解決策を追求し、いまだに問題に取り組んでいる。そうした態度こそが、周辺諸国からの“新しいドイツ”への信頼の回復につながっていると言えるだろう。ひるがえって、現在の日本の状況を見るとき、その落差の大きさに愕然とし、果たしてこのままで良いのだろうかと考えさせられる。
そうした社会的な側面は置くとしても、法廷ミステリーとして非常に面白く、多くの人にオススメしたい。

コリーニ事件 (創元推理文庫)
No.46: 5人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

過去からの警鐘が響く

デンマークの人気警察小説シリーズの第4作は、良質なエンターテイメントであると同時に、社会派の作品としても高く評価できる傑作だ。
物語の発端は、23年前のエスコート・サービス経営の女性の失踪事件。未解決事件の再捜査が専門の特捜部Qが調査を始めると、同時期に5人もの行方不明者が出ていることが判明し、カール・マーク警部補を始めとするQのメンバーは本格的な捜査を開始する。すると、デンマークの歴史の恥部ともいうべき事態が明らかになり、しかもその驚くべき犯罪は現代の社会にも影響を及ぼそうとしていた・・・。
物語の最初から犯人と犯罪の概要は明らかにされており、また犯罪の背景となる社会病理についても読者に提示されている。従って、犯人探しは本作の主題ではなく、犯行に至るまでの犯人の人生、それを左右してきた社会悪の追求が主題となっている。
1920年代から欧州を中心に台頭してきた「優性思想」に基づく人権侵害。その行き着く先がナチス・ドイツだったわけだが、同様の気運は欧米諸国にも広がっており、デンマークでも1923年から1961年まで「女子収容所」が存在し、倫理に反した女性、知的障害がある女性に対し、監禁や望まない不妊手術が行われていた。その史実に衝撃を受けた作者は、こうした社会病理が過去のものではなく、現代のデンマーク社会にも大きな影響を及ぼしていることを鋭く指摘し、大きな警鐘を鳴らしている。
人種差別を筆頭に、あらゆる社会的弱者への差別、「生きるに値する者と値しない者」の選別、人権の軽視などは、デンマークだけの問題ではない。現在の自民党の主流派、維新の会などにも同じ思想が隠されており、日本の社会にとっても真剣に対応しなければならない問題である。
特捜部Q―カルテ番号64―(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.45: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

パトリック&アンジーの最終章

12年ぶりに発表されたパトリック&アンジー・シリーズの第6作は、第4作「愛しき者はすべて去りゆく」の後日談であり、最終作でもある。
アンジーと結婚し4歳の娘を育てているパトリックは、アンジーとの共同の探偵事務所をたたみ、今は超上流階級を顧客に持つボストンの老舗調査事務所から仕事を貰いながら、健康保険、保育費などを心配する日々を過ごしていた。折からアメリカ社会はリーマン・ショックの後遺症で不況にあえいでおり、パトリックは調査事務所の正社員として雇われることを願っていたが、ストリート育ちの正義感から生まれる上流社会の鼻持ちならない人々への反感は隠しようもなく、正社員への道は閉ざされたままだった。
そんな折、パトリックとアンジーが12年前に誘拐犯から救け出したアマンダという少女の叔母から、16歳になっているアマンダがまた姿を消したので探してほしいという依頼を受ける。気乗りしないパトリックだったが、アマンダの救出にまつわる苦い思い出と、依頼の直後に「アマンダに手を出すな」と脅迫されたことがあいまって、再びアマンダを探すことにする。中年期に差し掛かって気力、体力が衰えてきたことを自覚し、守るべき家族もかかえるパトリックはかつて自分が過ごした暴力の世界からは身を引くつもりだったのだが、捜索の過程でいやおうなくその世界へと引きずり込まれていく。
シリーズの終わりにふさわしい、感傷的で穏やかなラストシーンが印象的だった。

ムーンライト・マイル (角川文庫)
デニス・ルヘインムーンライト・マイル についてのレビュー
No.44: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

流される血の多さの割に、悪くない読後感

聞いたことが無い作家だし、ブッカー賞の最終候補作になったという触れ込みなので、果たしてミステリーと呼べるかどうかと疑問を持ちながら読んだのだが、そんなジャンル分けがまったく無意味に感じられる、非常に面白い小説だった。
ちょっとふざけたタイトルの意味は、チャーリー・シスターズとイーライ・シスターズの殺し屋兄弟が主人公だからという、ひとを食ったところが、この作品の奇妙な風合いを良く表しているといえるだろう。
物語の舞台は、1851年のゴールドラッシュに沸き返るアメリカ西海岸。凄腕の殺し屋兄弟「シスターズ・ブラザーズ」は雇い主である“提督”から請け負った、ある山師を消す仕事のためにオレゴンからサンフランシスコへと旅立って行く。一獲千金を夢見る男達が集結した半ば無法地帯で、凄腕兄弟は知恵と度胸を駆使して暴れ回り、苦労の末に目的の山師に遭遇する。そして二人は・・・
言ってみれば、一種の西部劇であり、悪漢小説であり、青春小説でもあり、アクションミステリーでもあり、ユーモア小説でもある。最初から最後まで血まみれで、数え切れないほどの殺人が、それも非情な殺人が描かれているにもかかわらず、それほど悪い読後感ではなかった。その理由は、一人称語りで物語を進めて行く弟のイーライが人の好さを残した憎めない悪人で、苛酷な環境の中でも新たな生き方を見つけようとする、ある種の成長物語とも読めるところにある。
「面白い小説」をお探しの多くの方にオススメしたい。
シスターズ・ブラザーズ
No.43: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

バカの正義感ほど傍迷惑なものはない

最近の新大久保での人種差別デモもそうだが、常識ある人なら絶対に口にできないような罵詈雑言をまき散らす人々は、自らの言動が社会的敗者としての自分を慰撫することにすぎないことには無自覚で、むしろ社会を正す行為だと思っているところが救いがたく、また始末に悪い。歴史的に階級社会であり、また階層分化が激しくなっている英国社会でも、同様のことが起きているのだろう。
ミネット・ウォルターズの「遮断地区」は、経済格差、人種差別、人間関係の破たんなどの社会病理を背景に、ほんのささいな抗議行動が制御不可能な激しい暴動に変化していく様をダイナミックに描き、読者をぐいぐい引き込んでいく面白いパニック小説であり、きわめて読み応えのある社会派小説でもある。
社会的弱者を押し込めた袋小路のような公営団地で、思慮に欠ける巡回看護師がうかつに「小児性愛者が引っ越してきた」ことをもらしたことから、不安を覚えた母親たちが排斥デモを計画する。それに悪乗りしたのが、真夏の暑さに不満のエネルギーを溜め込んでいた不良少年グループで、酒やドラッグの力を借りて大騒動を巻き起こすことになる。興奮した群衆は警察を介入させないためのバリケードを築き、小児性愛者の家を焼き、リンチを実行しようとする。
物語の主役は「悪意ある社会的病理」だが、それに立ち向かって暴動からサバイブする主人公たちの言動に励まされるところが多いため、重苦しい結末にもかかわらず、読後感には救われるところがある。人は、社会は、簡単に狂ってしまうことを痛感すると同時に、「地獄への道は善意で敷き詰められている」ことを、あらためて考えさせられた。

遮断地区 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ遮断地区 についてのレビュー
No.42: 6人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読ませる、サイコミステリー

初めて手に取ったオーストリアのサイコミステリーは、予想以上の面白さだった。近頃人気が高まっている北欧、ドイツのミステリーのテイストに近く、アメリカのサイコものとは少し違う読後感をもたらした。
オーストリアで小児科医がマンホールに落ちて死亡し、市会議員が運転中にエアバッグが作動して事故死した。ドイツの精神病院では若い女性患者が自殺した。どれも単純な事件・事故と思われたが、意外な事実が判明し、隠されていた忌まわしい過去が暴かれていく・・・。
ウィーンの事故を担当した女性弁護士と、ドイツのやもめの機動捜査官(刑事としては閑職の立場)が、それぞれの事情(と正義感)から真相究明に突っ走る。それぞれのストーリーが交互に、スピーディーに記述され、やがて一本の道に合流し、驚くべき結末を迎える。
事態が動き始めてからわずか一週間ほどで解決に至る物語の展開の速さがスリリングで、犯行動機、登場人物の背景描写も深みがあり、実に読み応え十分の作品だ。
夏を殺す少女 (創元推理文庫)
アンドレアス・グルーバー夏を殺す少女 についてのレビュー
No.41: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

禁酒法時代の成り上がり物語

デニス・ルヘインの新作は禁酒法時代の若きギャングの成り上がりの物語。「運命の日」からの三部作の2作目ということだが、訳者後書きを読むまで、「運命の日」の続編とは気づかなかった。もちろんこちらの注意力不足だが、主人公が前作に登場していたこと以外は、あまり関係無いように思った。本作は、独立した作品としても非常に完成度が高くて面白いと言える。
ボストン市警幹部の息子でありながら、禁酒法と大恐慌が作り出した混乱の時代の裏社会を腕一本でのし上がっていく主人公・ジョー。仲間と強盗に入った賭博場で出会った女に一目ぼれしてしまうが、彼女が敵対する組織のボスの情婦だったことから運命が大きく転換する。監獄でのサバイバル、出所して新しい土地でのギャング組織づくり、裏社会のボスとしての成功と組織を維持することの苛烈さなど波乱万丈のストーリーが、友情、愛、裏切りなどの人間臭いドラマと共に展開されていく。
最初から最後まで、まったく読者を飽きさせないストーリーの面白さに、デニス・ルヘインならではの鋭い人間観察、社会的批評性がバランスよく加えられており、ノワール小説ファンのみならず、多くの読者を満足させること間違いなし。
夜に生きる 〔ハヤカワ・ミステリ1869〕
デニス・ルヘイン夜に生きる についてのレビュー
No.40: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

かなり苦い読後感

ボストンの私立探偵、パトリック&アンジー・シリーズの第4作。今回、二人が挑戦するのは幼児誘拐事件。麻薬がらみの比較的単純な事件で、問題は誘拐された4歳の女の子アマンダの命が助かるかどうかだけと思われたが、捜索を進めるうちに複雑な背景が浮かび上がってくる。
どうしようもないダメ母、ダメ母に育てられているアマンダの現状と未来に心を痛める、ダメ母の兄夫婦、幼児が被害者となる事件の撲滅に心血を注いでいるボストン市警の幼児犯罪被害防止班の警官たち、さらには不気味な小児性愛者たちまで登場して、ストーリーは希望と絶望の間をジェットコースターで走り抜けていく。中盤からは一気読みの面白さで最後まで飽きさせない。
そして迎える衝撃のラスト、あまりにも切なく、悲しくなり、「この社会に正義はあるのか?」と疑問に思わざるを得なくなる。さらに、パトリックとアンジーの今後まで予断を許さなくなり、シリーズ愛好者は荒野に放り出されたような気分にさせられる。
前作「穢れしものに祝福を」でちょっと評価を下げた本シリーズだが、本作で失地挽回したことは間違いない。
愛しき者はすべて去りゆく (角川文庫)
No.39: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人間は、社会は進歩しているのか?

ヴァランダー・シリーズで有名なヘニング・マンケルのシリーズ外作品。とはいえ、物語の構成、社会背景などはシリーズと共通するものがあり、シリーズの愛読者も十分に満足できるだろう。
舌癌と診断され、自分は「40歳を前に死ぬ」のだろうかと苦悩する刑事が、引退して隠匿生活を送っていた先輩刑事が惨殺されたという新聞記事を目にして、事件現場を訪ねることにする。最初はただ、どういう生活をしていたのかを知りたいというだけの気持ちだった刑事だが、謎に満ちた事件の様相を知るにつけ、自分は担当外(まったく別の警察の管轄である)であるにもかかわらず、捜査活動にのめりこんでいく。舌癌の本格的な治療が始まるのを前に絶望的な気持ちにかられたこともあり、主人公の刑事はかなり乱暴な手段で捜査を進め、やがては事件の真相をあばくことになる。
先輩刑事を殺害した犯人はストーリーの早い部分で登場するので、犯人探しの警察小説ではなく、事件の背景となる社会病理、人間の醜さに鋭く切り込んでいく社会派ミステリーといえる。物語の舞台は2000年前後のスウェーデンだが、まったく同じような病理が日本社会をむしばんでいることが顕在化してきた現在、読後にはきわめて重いものが残された。
タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケルタンゴステップ についてのレビュー
No.38:
(8pt)

パトリックとアンジーの関係は?

ボストンの2人組私立探偵、パトリック&アンジーシリーズの第2弾。解説に「チャンドラーの嫡流」と書かれているように、正統派アメリカン・ハードボイルドの美点を完備した傑作で、シリーズ第1作以上にハラハラ(いろんな意味で)する、読み応えのあるハードボイルド作品だ。
マフィアとのトラブルに悩む精神科医からの依頼で問題解決に乗り出したパトリック&アンジーは、奇怪な連続殺人事件に巻き込まれ、マフィアとサイコキラーを相手に絶望的な戦いを繰り広げることになる…。そうしてたどり着いた真相には、自らのアイデンティティーにも関わってくる地域社会の暗部が隠されていた。
前作からの登場人物はもちろん、今回だけの登場人物も丁寧に造形されており、話は複雑だが非常に読みやすい。さらに、今回の悪役は、いかにも現代的な不気味さが強調されていて、ストーリー全体に緊張感が高くなっている。
また、アンジーがとうとうフィルとの離婚を決意したことで、パトリックとの関係に微妙な変化が現れるのだが、一方のパトリックには夢中になっているグレイスとその娘・メイがいるため、すんなりと結ばれるわけにはいかない。シリーズの重要なサイドストーリーである二人の関係は、果たしてどうなっていくのか? 次回作以降でも気になる点である。
闇よ、我が手を取りたまえ (角川文庫)
No.37:
(8pt)

ハードボイルド探偵小説の王道

パトリック&アンジー・シリーズの第一作。「ミスティック・リバー」からルヘインを読み始めた者としては、こんなに単純明快な小説を書いていたのかというのが、一番の驚きだった。
ボストンのあまり品が良くない地域の教会の中に探偵事務所を構える、パトリックとアンジーの二人組。ある日、上院議員から「失踪した掃除婦が持ち去った重要書類を回収してもらいたい」という依頼を受ける。掃除婦の家を探し出してみると、すでに何者かに家捜しされたあとだった。重要書類を探しているのは、上院議員の他にも誰かいる・・・。
ボストンの暗黒街を駈け回って掃除婦と書類を探す二人の行く手を阻むのは、命知らずのメンバーを抱える二つのギャング団だった。二人を助ける、サイコパスの巨漢、時には助け、時には敵対する刑事達など、ハードボイルド探偵小説ではおなじみの登場人物が揃い、ウィットを競い合うような会話と激しいアクションとおびただしい死体が繰り広げられる、まさに典型的なストーリー展開といえる。
定石通りとも、王道とも言える作品だが、背景にあるものが深いため、けっして安っぽいハードボイルドで終っていないところが、さすがにルヘイン。しかも、本作が処女小説だというのだから驚きだ。
しばらくは、このシリーズを楽しみたい。
スコッチに涙を託して (角川文庫)
デニス・ルヘインスコッチに涙を託して についてのレビュー
No.36: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

お約束を楽しむ作品

「百舌」が登場しない「百舌」シリーズの第5作。主人公の倉木美希と大杉良太が警察内部の陰謀を暴いていくという、まあ、お約束のストーリーだが、今回は悪役がよく書けている分、面白く読めた。
暴力団を襲ってコカインや拳銃を強奪するという犯罪が続き、しかも現役の警官が関与している疑いがもたれ、大杉が捜査を進めるうちに陰謀に直面することになる。警察の捜査より、私立調査員の大杉の調査が事件の解明に通じるとあって、やや強引なストーリー展開が無きにしも非ずだが、犯人探しの面白さは十分に用意されている。
今回の悪役は、美人で評判の独身刑事、その奔放な異性関係に注意を与えるため倉木が面接するところからスタートし、お互いに探り合い、張り合うところが、もうひとつの読みどころと言える。
現在までのところ、本作が「百舌」シリーズの完結編となっているが、エンディングを見ると次作もありそうな…。
のすりの巣
逢坂剛のすりの巣 についてのレビュー
No.35: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ベテランの話芸に酔う

終わってしまったと思っていたマット・スカダーシリーズの復活! それだけでも驚きだが、74歳になったスカダーがミック・バルーに思い出話を聞かせるという構成の妙に脱帽した。さすがに74歳でN.Y.での探偵稼業はきついとみえて、そこで編み出したが炉辺夜話ということで、スカダー45歳のときの物語が展開される。
ストーリーは、幼馴染を殺害した犯人を探す話で、探偵ものとして十分に合格点の出来なのだが、読んでいるうちに犯人探しはどうでもよくなってくる。なにより、スカダーの人間性、人生観、他者とのかかわり方、恋人との関係の感じ方などが深く心を打ってくる。
読み終わったらスカダーをもっと身近に感じるようになる、シリーズファン必読の一冊だ。
償いの報酬 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
ローレンス・ブロック償いの報酬 についてのレビュー
No.34: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

苛立ち、落ち込み、荒れる50男

スウェーデンを代表する警察小説・ヴァランダー警部シリーズの最新作。最新と言っても、翻訳が出たのが最新というだけで、本国での発表は1998年。今から14年も前の作品にもかかわらず、コンピュータ・ネットワークを駆使した経済犯罪と先進国をむしばむ社会の退廃の問題点が鋭く描かれており、社会派作家・マンケルの時代感覚の鋭さが光る作品である。
物語の発端は、19歳と14歳の少女によるタクシー運転手殺し。犯人の少女たちのあまりの社会性の欠如に愕然とし、苛立ったヴァランダーは取り調べ中に14歳の少女を殴ってしまったところを新聞記者に写真を撮られ、イースタ署内での居心地の悪さを感じるようになる。一方、取り調べ中に警察から逃げ出した19歳の少女は、変電所内で黒焦げ死体となって発見され、やがてコンピュータを駆使した不気味な犯罪につながっていく。
シリーズ第8作目の本作品では、ヴァランダー警部もついに50歳の大台に到達し、社会のIT化とグローバル化に着いていけない50男の苦悩にさいなまれ、何かにつけて苛立ち、怒りを相手にぶつけ、そのことに自分で傷つき、落ち込んでしまう。これまでも、何度も警察を辞めようと思ったり、1年以上の長期休職(精神的な理由での休暇)を経験したヴァランダーだが、今回は自分が「新しい芸を習うことができない老犬」であることを自覚しなければならない、新しい犯罪には新しい捜査指揮者が当たらなければならないとまで、自分を追い詰めるようになる。果たして老犬ヴァランダーは、これからも警察官として人生を全うできるのか?
最後の最後に、ヴァランダーをよみがえらせるエピソードが出てきて、シリーズファンは次作への興味を掻き立てられることになる。まだ、2作楽しめる。
ファイアーウォール 上 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケルファイアーウォール についてのレビュー
No.33: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

シリーズは最初から読むに限る

ニューヨーク市警の敏腕刑事で氷の天使と呼ばれるマロリー・シリーズの第6作。
マロリーの同僚・ライカー刑事の情報屋だった娼婦・スパローが口に自身の金髪を詰め込まれて天井から吊るされるという猟奇事件が発生し、マロリーはライカーとともに事件の解明を進めるが、単なるストーカー殺人と思われた犯罪は複雑な背景の連続殺人事件に発展し、マロリーは自分の過去にも直面することになる。
現在の犯罪と過去の犯罪が捜査の進展につれてリンクされるころから、マロリーと養父・マーコヴィッツ、さらにはライカーやスパローの過去と現在が複雑に絡み合い、信頼する仲間同士が傷つけあうような重く悲劇的なエピソードが展開されることになる。
現実の犯罪捜査とマロリーの過去をめぐる回想が入り組んで、最初の内は戸惑うことが多く、ストーリー展開も遅いので退屈だが、第三の被害者が狙われ始めるころから話のスピードがアップしてどんどん引き込まれていった。
実は、このシリーズは本作が最初だったため、マロリーと養父の関連などの知識がなかったので、前半が退屈に感じたのだと思う。シリーズの読者ならいろいろな発見があって楽しめたのだろう。
この作品だけでもミステリーとして十分に楽しめる出来ではあるが、やはり、シリーズ作品は最初から読まないといけないと再認識させられた。
吊るされた女 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル吊るされた女 についてのレビュー
No.32: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

悩む男、苛立つ男、ヴァランダー

シリーズ4作目の本作は、主人公・ヴァランダー警部のキャラクターが際立つ、良質な警察小説に仕上がっている。
前2作が警察小説というより国際謀略小説みたいな展開になっていて、面白くはあるんだが小さな違和感が残っていたのに対し、本作は地元・イースタにとどまり、地道な捜査を重ねて巨悪を暴くという警察小説の王道の作品である。
前作で、正当防衛とはいえ人を殺したことに悩むヴァランダーは、一年半もの引きこもり休暇を過ごした末に立ち直ることができず、とうとう警察を辞める決心をする。引きこもっていたデンマークの海岸に訪ねてきた知人の弁護士の「弁護士である父親の交通事故死に疑問があるので捜査してもらいたい」という依頼も断り、イースタに戻って辞職願を出そうとする。ところが、当日の新聞で知人の弁護士が射殺されたことを知り、依頼を受けなかったことの罪悪感にさいなまれたヴァランダーは、再び捜査の現場に復帰する。
ストーリーの本筋は弁護士親子を殺害した犯人捜しだが、その背景には個人を超越して利益を追求するグローバル経済と個人の良心の対立があり、社会の変化についていけない警察組織の不協和音があり、ヴァランダーは常に悩み、苛立つことになる。さらに、妻とは離婚し、一人娘は家を出て独立し、身近に住む父親とは良好な関係が維持できない、孤独な中年男の悲哀が重なり、小説全体のトーンは重く、暗い、まさにスウェーデンの冬のようになっていく。
しかし、最後には、ヴァランダーの獅子奮迅の活躍で犯人を捕らえることができ、読者はほっとすることができる。
常連登場人物のキャラクターの深化に加えて新たなヒロインも登場し、シリーズの方向性が確立され、これからますます面白くなるという期待が膨らんでくる。
笑う男 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケル笑う男 についてのレビュー
No.31: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

深い! 面白い!

今や“ドイツミステリの女王”と呼ばれているネレ・ノイハウスの本邦デビュー作。本作品は実はシリーズ全5作の3作目で、日本では次には4作目が出版されるという。シリーズものなので、警察小説ではおなじみの組織の軋轢や人間関係なども読みどころではあるが、事件捜査ものとしてきわめて高いレベルで完結しているので、シリーズの途中から読み始めたという違和感はまったく感じなかった。訳者によれば「ノイハウスの真価が分かる」作品から日本に紹介しようということのようだが、本作品だけでいっぺんにファンになりシリーズ全部を読みたくなったのだから、その作戦はずばり成功したといえるだろう。
物語は、ホロコーストを生き延びアメリカ大統領顧問まで努めた著名なユダヤ人が射殺死体で発見されたところから始まる。現場には「16145」の数字が残されていた。さらに、司法解剖の結果、この被害者がナチス親衛隊員だったことが発覚した。そして、第二、第三の殺人現場でも「16145」の数字が残され、連続殺人事件へとつながっていく。果たして、犯人は、動機は? ホーフハイム刑事警察署捜査十一課のメンバーは暗中模索の捜査活動に乗り出して行くが・・・。
ドイツでは総計200万部を突破している警察小説シリーズの一作だけあって、実に面白いストーリーに驚嘆し、緻密な構成にうならされ、本当に読み応えがあった。
最近、スウェーデン、デンマークなどのミステリを読む機会が増えていたが、今度はドイツのミステリの面白さを発見した。ノイハウス同様に評価が高いフォルカー・クッチャーも含め、今後の翻訳出版が大いに楽しみである。
深い疵 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス深い疵 についてのレビュー
No.30: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

さすが、どんでん返しの達人!

どんでん返しの天才・ジェフリー・ディーヴァーのノンシリーズの新作は、ノンストップ追跡劇だ。
読み終った後では多少の疑問点が無きにしもあらずだが、最初から最後まで予断を許さず、読者の予想を裏切り続ける、女性保安官補と殺し屋の緊迫感に満ちた追跡劇がたっぷり楽しめる。
いい意味で「裏切られ」続けることの快感に酔いしれてもらいたい。それ以上の感想は、あえて要らない。
追撃の森 (文春文庫)
ジェフリー・ディーヴァー追撃の森 についてのレビュー