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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数529件
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2010年に発表されて以来、本国スウェーデンをはじめヨーロッパでベストセラーになっている「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第一作。すでに実績のある脚本家ふたりが書いているだけあって、主人公も、他の登場人物も魅力的で、ストーリーも波乱に富んでいて非常に楽しめる。
ストックホルムにほど近い静かな街で、心臓をえぐり出された男子高校生の死体が発見され、地元警察の要請を受けて国家警察の殺人捜査特別班の4人の腕利き刑事が捜査に乗り出した。殺された少年は家庭に恵まれず、以前の高校ではいじめに遭い、転校先でも友達が少なかったという。捜査が進むにつれ、少年の通う名門高校には隠された問題があることが分かってきた。さらに、少年の関係者が殺害され、家が放火されるという新たな事件まで発生した。 事件捜査の主役は捜査特別班のメンバーだが、ひょんなことから(ちょっと邪な動機から)捜査に加わることになった元プロファイラーのセバスチャンが、物語全体を引っかき回すところが、本作の読みどころ。かつてはトッププロファイラーとして活躍したセバスチャンだが、自信過剰、傲岸不遜、協調性ゼロ、おまけにセックス中毒で捜査関係者であろうと関係なくベッドに入ってしまうという、ねじれにねじれた人間性が影響して、他のメンバーからは総スカンをくらうのだが、そんなことには一向にへこたれず、独自の解釈で捜査の方向性をリードすることになる。 ミステリーにはいろんなタイプの主人公が出て来るが、セバスチャンほどひねくれた捜査側の人物はおそらく初めてだろう。少なくとも、自分の読書体験では出会ったことがないキャラクターである。そういう人間になるには、それなりの背景があるのだが、表面的には実に「イヤな奴」で読んでいて共感を抱くのが非常に困難だった。しかし、最後の最後に、セバスチャンの抱える鬱屈が晴らされるような展開が待っていて、読者は救われる。 ストーリーの魅力と、それ以上の登場人物の魅力。シリーズの成功が納得できるデビュー作である。 |
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ウォールストリートで20年以上の勤務経験を持つ著者が自身の体験をもとに書き上げたデビュー作で、2013年のシェイマス賞最優秀新人賞の受賞作である。
最近目にすることが多い金融サスペンスものだが、花形トレーダーとして大金を稼いでいたのに不正行為で2年間服役し、出所したばかりという主人公・ジェイスンの設定が面白い。裁判所命令で金融関係には就職できず、とりあえずの現金が欲しいジェイスンは、証券会社の最高財務責任者から「事故死した若手社員の取引に不正があるかどうかを確認して欲しい」という依頼を受ける。非協力的な社員や乏しいスタッフに苦労しながら調査を進めたジェイスンは、大掛かりな不正行為の存在を発見し、FBIに協力して摘発しようとする・・・。 ミステリーとしての本筋は金融不正行為をめぐるサスペンスで、一筋縄ではいかないジェイスンの性格もあって、犯罪者やFBIなどとの虚々実々の駆け引きが面白い。しかし、本作品が高い評価を得たのは、ジェイスンが自閉症の息子・キッドと懸命に向き合って親子二人の生活を成り立たせようとする「父子の成長物語」でもあるからと言えるだろう。身勝手な前妻、その再婚相手、さらには世間の無理解に直面しながら奮闘するジェイスンとキッドに思わず声援を送りたくなる。 金融サスペンスというより、父と息子の心温まるハードボイルドとしてオススメしたい。 |
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1958年生まれというから遅咲きの英国人作家ポール・アダムの本邦初訳作品。タイトルの通りにヴァイオリン職人である63歳の素人探偵が主役の静かな味わいのミステリーである。
イタリアのヴァイオリン職人・ジャンニの親友で同業者のトマソが殺害された。共通の友人で地元警察の刑事であるアントニオに協力して犯人探しを始めたジャンニは、トマソが極めて高価なヴァイオリン、幻のストラディヴァリを探してイギリスに行っていたことを突き止めた。金銭的に豊かでなかったトマソがイギリスまで行ったのは、古いヴァイオリンのディーラーかコレクターの依頼に違いないと見当をつけたジャンニは、ヴァイオリンの名器を取引する業界の知り合いに探りを入れ始め、別の殺人事件に遭遇することになった。 主人公は真っ当で誠実な職人だが、幻の名器を巡って巨額の金銭が飛び交う業界は、悪徳ディーラー、詐欺師、贋作師が跋扈し、真実と嘘の見分けがつかなくなる闇の世界だった。ジャンニは持ち前の豊富な知識と人脈を活用し、歴史の謎を解きながら一歩一歩真実に近づいていった。 63歳の素人探偵が主役なので派手なアクションシーンやサスペンスの盛上りはなく、淡々のストーリーが流れていくのだが、所々に挿入されている深い人生経験に基づいた言動がじんわりと心を温めてくれる。ミステリーとしてもレベルが高い作品だが、ヒューマン小説としても高く評価できる。古典的な探偵小説ファン、アームチェアディテクティブのファンにオススメだ。 |
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2012年のデビュー作「ブラック・フライデー」でシェイマス賞最優秀新人賞を受賞した実力派新人マイクル・シアーズの第2作。デビュー作と同じく、ウォールストリートで華々しく活躍していながら金融不正の罪で2年間服役して出所した元花形トレーダー・ジェイスンを主人公とする作品である。
一代で大手投資銀行を築き、大富豪として知られた銀行家が巨額の投資詐欺で逮捕され、拘置所で自殺した。遺族は、父親には30億ドルという巨額の隠し資産があるのではないかと疑い、ジェイスンに調査を依頼する。スイスに500万ドルの年金を隠してはいるものの当面の仕事にも金のやり繰りにも苦労していたジェイスンは、高額の報酬に惹かれて調査を引き受けた。自殺した銀行家の関係者への聞き取りからスタートしたジェイスンは、銀行家が麻薬組織のマネーロンダリングに加担していた疑いを深めていく。それと同時に、ジェイスン本人と家族にあからさまな脅迫が加えられるようになってきた。 投資詐欺やスイスのプライベートバンクを利用した資産隠しという金融犯罪を扱った作品だが、高度な金融知識がなくてもストーリーが理解でき、ミステリーとしてのストーリー展開もよく出来ているので、最後まで退屈することなく読みこなせる。さらに、ジェイスンと発達障害を持つ息子・キッドとの親子関係、あるいは離婚した妻、バーテンダーである父親などとの家族関係などが物語の背景として上手く描かれており、父と息子の心の交流を描いたハードボイルドとしても楽しめる。 このシリーズは好評を得ているようで、すでに3作目を執筆中だという。シリーズ作品なので第1作から読むのがベストだが、本作品から読み始めても問題なく楽しめること、請け合いだ。 |
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日本でも安定した人気を誇る、コペンハーゲン警察の未解決事件専門部・特捜部Qシリーズの第5弾。今回、おなじみQのメンバーが挑むのは、アフリカの開発援助を担当していた外務官僚の失踪事件である。まじめで心優しい男性だったのに、担当するプロジェクトの進行を確認するための出張を一日早く切り上げて帰国したのち、まったく姿を消してしまったのだった。彼の事実婚相手の娘で、彼を慕っていたティルデは、情報提供を依頼するポスターをコペンハーゲン市内に張り出したが、情報は全く得られなかった。
それから3年後、特捜部Qのメンバー・ローセは偶然、そのポスターを入手し、乗り気ではないカール・マーク警部を説得し捜査を始めようとする。実は、そのポスターがローセの目に留まったのは、ロマ(ジプシー)を装った犯罪集団から逃げ出した15歳の少年マルコが、組織の追及を逃れながら一人で生き延びるための仕事としてポスター張りをしていて見つけたものだった。マルコはそのポスターを見て、自分が大変な犯罪の証拠を知っていることに気がついた。マルコは、自分の命が狙われていることを確信する。さらに、外務官僚の失踪に絡む汚職の犯罪者たちもマルコを捕まえようとする。 生粋のストリート・チルドレンであるマルコが、知恵と勇気と偶然を味方にコペンハーゲン中を駆け巡る逃走劇と、いまひとつ覇気が無いカール、病み上がりのアサド、やたらと正義感が強くなったローセというQのメンバーによる失踪事件捜査が並行して進行し、やがて悲劇と感動のクライマックスを迎えることになる。 本作では、読者の関心は圧倒的にマルコの逃走に向けられるだろう。いわば、Qのメンバーがマルコに主役を譲ったと言えるかもしれない。それでも、カールの老いらく?の恋話、ローセの意外な一面の暴露、アサドの秘められた過去の部分的な判明など、シリーズ読者には必読のエピソードも盛り沢山で、主役を譲ったのは彼らの余裕の表れといえるだろう。今回も、オススメの出来栄えだ。 |
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稀代の悪徳刑事・禿鷹シリーズの第2弾。やくざ同士の縄張り争いに悪徳警官同士の勢力争いが加わって、今回も壮絶な暴力の応酬が繰り広げられていく。
渋谷の小さなバー「みはる」に、新宿を根城にする南米マフィア・マスダの幹部・宇和島がちょっかいを出し、ママの世津子を脅迫した。そこに現れた禿鷹は宇和島を痛めつけて放り出したが、その夜、禿鷹は3人組に襲われてしたたかに痛めつけられた。実はこの3人は、宇和島とつながりのある悪徳警官グループだった。絶対にやられっぱなしにはしない禿鷹は、さまざまな策を講じて悪徳警官たちに次々に落とし前をつけていく。 個人も組織も、時には付合っている女性さえ「とかげのように無表情な目」で冷徹に見極め、徹底的に自分の損得で行動するアンチヒーロー・禿鷹。好きと嫌いがはっきり別れるキャラクターだが、もっと読みたくなることは間違いない。日本のハードボイルドにビターな味が欲しいと思っていた読者にはオススメだ。 |
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1995年に発表された作品だが、ミステリーとしての本筋とは別に、16年後の原発事故を予感していたようなリアリティのある話にぞくぞくした。
自衛隊から受注した大型ヘリ「ビッグB」が、最後のテストの日、遠隔操縦装置を駆使する何者かに奪われて無人のまま飛び立ち、高速増殖炉「新陽」の真上でホバリング状態になり、犯人からは「すべての原発を使用不能にすること。ただし、新陽は運転を停止させないこと」という要求が届いた。要求が聞き入れられなければ、ヘリを墜落させるという。原発が人質に取られたのである。ところが、犯人は知らなかったのだが、ビッグBには小学生の男の子がひとり入り込んでいた。子供の救出と原発の事故防止、二つの難題を解決するために、前例の無い危機管理活動が展開されることになる。 子供の救出作戦、犯人探しという本筋のストーリーの完成度の高さもさることながら、本作品では「原発は必要なのか?」という裏のテーマの重さが、読者の心に迫ってくる。原発を推進する政府、電力会社、原発メーカー、誘致する自治体、原発労働者、反対運動を進める人々・・・さまざまな視点から原発を捉え直し、「沈黙する群衆」の責任を問うてくる。 福島第一原発事故の前であれば、「原発は必要か」の部分が多少鬱陶しく感じただろうが、あの事故を経験した今では、こちらにこそ本質があるような気さえしてくる。そうした重い問い掛けを含みながら、エンターテイメントとしても優れた作品であり、多くの方にオススメしたい。 |
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禿鷹シリーズ四部作の完結編(のはずが、禿鷹外伝が誕生したため、シリーズ第4弾になった)。禿鷹の傍若無人が最高潮に達し、極めて緊迫感のあるハードボイルド作品である。
ルールも倫理も一切意に介さず、ヤクザも南米マフィアも警察組織も手玉にとって悪行の限りを尽くす禿鷹を抹殺する密命を帯びて、警察上層部から送り込まれた刺客は、禿鷹以上に凶悪な女警部・岩動寿満子だった。渋谷を縄張りとするヤクザ渋六興業と禿鷹との癒着を暴くため、岩動は権謀術策を巡らせ、さまざまな罠を仕掛けてきた。知恵と度胸で岩動に対抗してきた禿鷹だったが、権力と悪知恵で締めつけてくる岩動に、さすがの禿鷹も追い詰められ、壮絶なラストへと突っ走る。 本作ではなんといっても、禿鷹を追い詰める岩動のキャラクターが際立つところが特筆もの。ハードボイルド、ミステリーはやっぱり悪役(もっとも、禿鷹も悪役なのだが)がインパクトがあるほど面白いことを実証する作品だった。 継続性が強いシリーズなので順番に読むことをお薦めするが、本作だけでも十分満足できるだろう。 |
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1914年の夏、大西洋上で爆発炎上した大型客船から下ろされた救命ボートには、乗客と船員を合わせて39名が乗っていた。大混乱の現場から離れ、沈没する船から逃れたボートだったが、用意された水や食糧は乏しく、さらに乗船可能な定員が実際には30名ほどだったことが判明する。定員オーバーの船は海が荒れればたちまち海水が浸入し、沈没する恐れがある。いつ来るのか分からない救助を待つには、「積み荷」を減らさなければならない・・・。積み荷を減らすための手段は? 減らす積み荷を誰が選別するのか? 極限状態に置かれた人間集団にとって、善と悪はどこで線引きされるのかという厳しい問いが投げかけられる。
物語は、主人公である22歳の女性・グレースが裁判のためにまとめた回想記として進められているが、実はグレースはボート内で起きた出来事について起訴されている立場であり、いわば被告人の弁明のための主観的な記述でしかない。従って読者は、書かれている内容を完全に信用することが難しく、常に緊張感をもって読まなくてはいけなくなる。 遭難サバイバル物語というより、「羅生門」などと同じ「薮の中の物語」と言えるだろう。作者はこれがデビュー作ということだが、じわじわとくるサスペンスの盛り上げ方をみると、かなりの技巧の持ち主である。 アン・ハサウェイ主演で映画化されるということで、これも楽しみだ。 |
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裁判員に選ばれたとき、「あなたは責務を果たせると思いますか?」というテーマのシミュレーションゲーム、ガイドブックである。
現実にありそうな12のケースについて、先に小説家が状況説明のフィクションを提供し、すぐに法律家が刑法での考え方を解説するというユニークな構成で、エンターテイメントと実用の二兎を追って成功している。 刑法の説明のためという縛りがあるので、あまりに荒唐無稽な話は出来ない(「事実は小説より奇なり」ではあるが)ため、小説部分はかなりの制約を受けただろうと思うが、それにしては12編とも面白いストーリーになっていて感心させられた。それ以上に、罪と罰に関する法律の考え方の解説が面白く、今後の事件記事を読むのに大いに役立ちそうである。 |
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フィンランドでは大人気の「マリア・カッリオ」シリーズの邦訳第三弾(本国ではシリーズ6作目)。警部に昇進し、エスポー警察暴力課を率いることになったマリア警部、相変わらずエネルギッシュです。
一年間の出産休暇を終えるにあたり、マリアは夫のアンティ、娘のイーダの三人でヨットで小さな島を訪れる。かつては要塞だったこの島は、船舶塗料メーカーのメリヴァーラ社が所有し、一般に公開していた。マリアがこの島を訪れたかったのは、かつて付き合いがあった鳥類学者ハッリが、一年前にこの島の断崖から落ちて死亡したためだった。島ではメリヴァーラ一家と出会い、面識を得る。 休暇を終えて出勤したマリアは、早速、昇進争いのライバル・ストレム警部がらみの組織内問題に悩まされることになる。さらに、メリヴァーラ家の長男は過激な動物愛護団体のメンバーとしてデモに参加し、警察沙汰になる。しかも、一年前にハッリが死んだのと同じ日に、同じ場所で、メリヴァーラ家の当主が同じように滑落死しているのが発見された。これは、偶然の出来事だろうか、それとも・・・。 前作では妊娠中にも関わらず激しいアクションを繰り広げて読者をハラハラさせたマリア。今回はアクションこそ大人しいものの、心理的には公私共に息を継ぐヒマもなく難題が降りかかってきて大奮闘を見せる。いやいや、並みの男では太刀打ちできないタフな警部です。 二つの死の真相解明というメインストーリーは、まあありがちな動機とプロセスで、さほど新鮮味はない。ただ、さまざまなエピソードの背景となるフィンランド社会、フィンランドの自然が印象的で興味深かった。 前作を読んでいる人はもちろん、本作が初めての人でも十分に楽しめる警察物ミステリーといえる。 |
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ミネソタの保安官、コーク・オコナーシリーズの第7作。もっとも、本作ではコークは保安官を辞めて私立探偵のライセンスを取っているので、私立探偵コークシリーズと呼ぶべきかもしれないが。
今回は、これまでシリーズの重要なサブキャラクターを務めてきた、オジブワ族のまじない師メルーが病に倒れ、いまわの際の願いとして「まだ見ぬ息子を探して欲しい」と依頼するのが、メインストーリー。70年以上前に、生まれる前に別れた息子が、カナダのオンタリオ州にいるらしい。手がかりは、年齢、母親の名前、母親の写真が入った金時計だけだという。コークは、メルーの話に合致する男を探し出すが、その男はカナダ有数の大企業を育て上げ、現在は社会的なつながりを一切断って隠遁生活を送っている奇人だという。コークはメルーの願いに応えるために単身カナダに乗り込むが・・・。 メルーは、なぜ、今ごろになって息子に会いたがるのか? メルーと息子の間には、どんな事情があったのか? メルーがコークに語ったのは、70年前のインディアンが置かれていた過酷な社会状況だった。 さらに、家族を再建するために保安官を辞めたコークだったが、現実の家庭は彼が夢見たような平穏無事なものではなかった。 物語は三部構成になっており、全体を貫くテーマとして家族とは、父親とは何かという問いが設定されている。家族思いでありながら武骨な中年男コークの不器用で懐の深い生き方が、ミネソタからカナダまで広がる厳しくて優しい大自然の情景と相まって、厳しくても清々しい共感を呼び起こす。 シリーズファンはもちろん、初読の人にもオススメだ。 |
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1989〜92年に書かれた10編の連作小説。テーマはいわゆる「劇場型犯罪」だが、ストーリーを進めるのが「各編の主役が持っている財布!」という設定で読者を驚かせる。そして、その奇抜なアイデアが素晴らしい効果を上げている。
事件は、轢き逃げされた会社員に巨額の保険金が掛けられていたことからスタートする。受取人になる妻が疑われるのだが、彼女には完璧なアリバイがあった。捜査を担当する老刑事はやがて、彼女の不倫相手を探り出し、その男の周辺で奇妙な事故が起きているのに遭遇する。保険金目当ての相互殺人ではないかという疑惑が深まり、メディアの報道が過熱していく一方で、捜査陣は決定的な証拠を発見することが出来ず、メディアを利用して冤罪を訴える二人に振り回されることになる。 という、まあ、どこかで見たようなお話なのだが、10のエピソードを10個の財布が一人称で語るうちに全体のストーリーが展開し、完結するという構成が秀逸。財布の視点からの語りでありながら、それぞれの財布の持ち主の性格や行動が見事に描き出されており、その上手さには舌を巻く。アイデア、テクニックともに、「さすがは、宮部みゆき」と脱帽させられた。 |
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タイトル通り、結婚詐欺事件をテーマにしたエンターテイメント小説。文庫の裏表紙には「傑作サスペンス」とあるが、サスペンスではない。また、ミステリーというには、謎解き部分が重視されてはおらず、刑事物、人情物に分類されるジャンルだろうか。
ストーリーは、プロの結婚詐欺師がターゲットを次々に見つけ、見事に金を引き出す詐欺の話と、事件を扱うことになった、平凡な刑事の必死の捜査が並行して進められる。ターゲット(詐欺被害者)の一人が刑事と昔わけありの女性だったことから、単純な犯人追跡だけではすまない愛憎劇の様相を呈してくる。果たして、警察は詐欺師を検挙、起訴できるのだろうか? 刑事を主役として読めば詐欺師を追いつめる捜査物であるが、詐欺師を主役として読めば男女間のコンゲーム小説である。事実、文庫の最後には新潮文庫編集部による「詐欺師のくどき文句『つかみ』の研究」という付録がついている。読む人の好みで、どちらで読んでも満足できるところが、この作品の魅力といえる。 |
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1984年に発表された、佐々木譲がバイク小説からハードボイルド、ミステリーへの飛躍を遂げた記念すべき作品。バブル経済の初期、熱に浮かされたような狂乱が繰り広げられていた歌舞伎町を舞台にした、鮮烈な読後感を残すハードボイルドである。
主人公は1968年、「新宿米タン闘争」の際に機動隊に追われて逃げ込んだ歌舞伎町のジャズの店のマスターにかくまわれて以来、新宿に住み着き、歌舞伎町の片隅で流行らないスナックの雇われマスターとして過ごしてきた。その店が今日で閉店という6月末の土曜日、開店準備をしていた店にケガをした若い女が逃げ込んできた。彼女は不法滞在のベトナム難民で、売春目的に彼女を拉致した暴力団組長を撃って逃げてきたという。歌舞伎町では暴力団員たちが血眼で探し回り、事件を知った警察も暴力団より先に彼女を確保すべく歌舞伎町一体を包囲し始めた。事情を聞いた主人公は、店の常連客の協力を得ながら、彼女を脱出させようとする・・・。 第一に、二人の出会いから脱出まで、わずか6時間ほどの間に繰り広げられる、人間的で密度の濃いストーリー展開がサスペンスを高める。さらに、バブル期の歌舞伎町の無法地帯ともいえる猥雑さがハードボイルドさを際立たせる。 ハードボイルドファンにはかなりオススメだ。 |
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お人好し編集者・杉村三郎の素人探偵シリーズ三部作の完結編。685ページというボリュームもさることながら、内容的にも盛り沢山だし、完結編にふさわしい『落ち』がしっかり付けてあり、三作品の中では一番面白かった。
三作とも徹底して「巻き込まれ型』の事件が中心になるのだが、今回はたまたま乗り合わせたバスが老人にジャックされるという、まあ奇跡的に「トラブルを呼び込む人」でなければ遭遇しないような事件が発端となる。バスジャック自体はたった3時間ほどで解決されるのだが、人質となった7人に、事件現場で自殺した犯人から「慰謝料」が送られてくる。なぜ送られてきたのか、誰が送ってきたのか、慰謝料の出所はどこなのか? 三たび、素人探偵が調査に乗り出すことになる。 バスジャック犯の老人の背景を探りながら現代社会の病巣を描き出すのが第一のストーリーで、サブストーリーして杉村三郎の個人生活の葛藤が描かれ、最後はちょっと苦い結末を迎えることになる。 最初の老人によるバスジャックという設定から最後の甘く切ないエンディングまで、伏線を上手に生かしたストーリーでミステリーファンには十分に満足してもらえると思う。ただ、サブストーリーの杉村三郎の個人生活はシリーズの前2作を読んでいないと面白さが半減してしまうので、ぜひ前2作を読んでから手に取ることをオススメします。 |
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ジョン・ル・カレが2008年に発表した21作目の長編。1931年生まれなので、77歳での作品なのだが、老いをまったく感じさせない、エキサイティングな国際謀略小説に仕上がっている。
イギリスで誕生し、現在はハンブルグに拠点を置くプライベート・バンクの2代目オーナー、トミー・ブルーは、ドイツ人女性弁護士、アナベルから面会を求められ、「わたしの依頼人は、あなたが救ってくれると信じています」と告げられる。その依頼人とは、テロの容疑者としてロシア、トルコの刑務所で拷問を受け、脱走してハンブルグに密入国したチェチェン人とロシア人のハーフの青年イッサで、ブルーの銀行の秘密口座の番号を書いた紙を所持していた。 イスラムの過激派として国際手配されているイッサがハンブルグにいることを発見したドイツの諜報機関は、イッサを利用したある諜報作戦を進めようとする。だが、その作戦はドイツ内部の権力争い、イギリス、アメリカの諜報機関からの介入によって、思い通りにはいかなくなってしまう。果たして、トミーとアナベルはイッサを救うことが出来るのか? 最後の最後に訪れたのは・・・。まるで映画のような幕切れが印象深い(すでに映画化されており、2014年中に日本でも公開予定という)。 ル・カレの作品にしては分かりやすい筋書きで、どんどん物語の世界に引き込まれて行く。また、お得意のスパイの世界での駆け引きもたっぷりと描かれていて、古くからのファンも満足できるだろう。 |
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ミステリーファンには何の説明も不要なスウェーデンの超傑作警察小説シリーズが、全巻新訳になるという。その第一弾(シリーズ4作目)は、シリーズの中でも傑作の評価が高い「笑う警官』で、30数年ぶりに再読したが、期待にたがわぬ面白さだった。
著者ふたりは、シリーズ10作でスウェーデンの10年の同時代史を書き残すという意図を持っていたといわれるが、再読してあらためて、ふたりのジャーナリスティックな視点の鋭さを感じさせられた。さらに、エンターテイメントとしてのレベルの高さがいささかも古びていないことにも驚嘆させられた。 シリーズを初めて手に取る方にはもちろん、再読の方にも文句なくオススメ。今後の新訳の登場が非常に楽しみである。 |
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フィンランドの硬骨の捜査官カリ・ヴァーラ警部シリーズの第2作。前作同様に重苦しく、真相を解明してもカタルシスは味わえない、それでも読者を引き付ける傑作警察小説である。
前作での事件解決の功績により、ヘルシンキ警察殺人捜査課に異動したカリは、上司である国家警察長官から奇妙な極秘捜査を命じられた。それは、ホロコーストへの加担を疑われてドイツから身柄引き渡しを求められている旧フィンランド公安警察職員を調査し、証拠をもみ消せというものだった。その理由は、この老人が戦時中のフィンランドの英雄として知られる人物であり、フィンランドがホロコーストに関わった事実をほじくり返されたくないという政府の意向でもあった。さらに、カリの尊敬する祖父が、この老人と同じ時期に同じ任務に着いていたことも告げられた。複雑な心境のまま調査を始めたカリだが、すぐにロシア人実業家の妻が惨殺された事件の捜査も担当することになり、私生活を犠牲にして捜査に没頭せざるを得なくなる。そんな苦労に苦労を重ねた末にたどり着いたところは、前作同様、真相解明が救いにはならないような事実だった・・・。 物語は、2つの捜査が並行しながら進んでいくのだが、もうひとつ、カリの妻ケイトの出産が迫っていること、カリに原因不明の頑固な頭痛がつきまとっていることなど、私生活のトラブルも重要なエピソードとなっている。特に、ケイトの出産を祝うためにアメリカからやってきたケイトの妹弟との「異文化の衝突」が興味深い。 物語の最後では、カリは国家警察長官から新たな秘密警察を組織することを命じられ、さらに頭痛の原因を探るための検査で思い掛けない事態に直面することになる。これは、次回作が見逃せない。 |
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ポール・リンゼイが別名で発表した、「元FBI捜査官スティーブ・ヴェイル」シリーズの第一作。残念ながら、2011年に作家が亡くなったためシリーズは2作で終わってしまっている。
TV司会者が殺され、FBIに100万ドルを要求する脅迫状が届き、支払われない場合には政治家を殺すと脅迫してきた。FBI捜査官がニセの金を持って指定の場所に赴くが、犯人は捜査官を殺害して逃走し、数日後に予告通り政治家が殺害された。次に犯人は、指名したFBI捜査官が200万ドルを持参するように要求するが、本物の200万ドルとともに捜査官が消えてしまった。捜査に行き詰まったFBI高層部は、犯人追跡に特異な才能を持っていた元捜査官スティーブ・ヴェイルに協力を依頼する。FBIの捜査手法を熟知し、さらに内部情報をつかんでいると思われる狡猾な犯人を相手に、ヴェイルは知力の限りを尽くした戦いを挑む。 ストーリーが明快でテンポ良く展開されるので、非常に読みやすい。また、それぞれのシーンが目に浮かぶように描写されており、登場人物も美男美女で、まさに映画向きのアクションミステリーといえる。 |
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