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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1167件
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「人間嘘発見器」キャサリン・ダンスシリーズの第4作。今回は、人間の恐怖心を操って大量殺人を目論む殺人鬼を相手にしたパニック・サスペンス作品である。
ダンスが無罪と判断した男が麻薬組織の殺し屋であることが分かり、ダンスは刑事事件捜査から外された。失意のダンスにまかされたのは、満員のコンサート会場に煙が流れ込み、火事だと思ってパニックになった人々が将棋倒しになって死傷した事件だった。実際には、会場の外のドラム缶で何かが燃やされて煙が発生しただけで、しかも会場には非常口があったのだが、大型トレーラーが停めてあり開けなくなっていた。単なる事故ではないと気付いたダンスだったが、犯人を捕らえる前に、第二、第三の事件を引き起こされてしまった。卑劣で狡知な犯人との知恵比べに、ダンスは勝利することができるのだろうか・・・。 犯行の形態、犯人像、犯罪の背景などは非常に興味深く、どんでん返しが続くストーリー展開もいいのだが、どうも今ひとつ喰い足りない。リンカーン・ライムシリーズに比べると緻密さが足りないというか、ミステリーとしての重要ポイントでご都合主義が顔をのぞかせ過ぎる。本の帯の惹句にある「読者に背負い投げを食わせる」という表現が(悪い意味で)ぴったりしすぎる気がした。特に、犯人逮捕後の2つのエピソードが語られる最後の章は「おいおい、それはないよ〜」という印象だった。 ディーヴァー・ファンにはオススメだが、サスペンスファン、サイコミステリーファンには物足りないかもしれない。 |
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2015年の直木賞作品。しっかりした構成と巧みな文章力が印象的な骨太の青春小説であり、傑作エンターテイメントである。
国共内戦で国民党兵士として戦い、台湾に逃れてきた祖父を持つ主人公・秋生は、17歳の高校生のとき、自分を寵愛してくれた祖父が殺されているのを発見する。秋生は、誰が祖父を殺したのか、何故殺されたのかを知りたいと思うのだが、自分が成長して行くことに精一杯で、その疑問は心の中でずっと引きずったままだった。やがて青年となり、結婚を決意し始めた時、秋生は疑問の答えを求めて祖父の故郷である中国・青島を訪れた。そこで発見した真実の物語とは・・・。 祖父の殺害から始まって、犯人が判明して終わるという構成だが、ストーリーの比重は犯人探しミステリーより、17歳の高校生の成長物語に置かれている。頭はいいのだが無鉄砲で一本気な若者が、個性的な周囲の人々と触れ合う中で、様々な愛と人生を学んで行くという、絵に描いたような青春小説である。ただし、その中味が凡百の青春小説とは大違いで、実に読み応えがあり、味わい深い。 読後感も爽やかで、ミステリーファンに限らず、多くのエンターテイメント小説ファンにオススメしたい。 |
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すでに映画でもテレビドラマでも高評価を得ている、角田光代の代表作。幼児誘拐の話ではあるが、ミステリーではない。
不倫相手の子どもをおろした希和子は、男の家族が住むアパートを隠れて訪れているうちに夫婦の行動パターンを知り、二人が留守の間に衝動的に忍び込み、生後6ヶ月の娘を誘拐した。薫と名付けた子どもと、実の親子と偽って学生時代の友人宅に緊急避難したのを皮切りに、名古屋、奈良、小豆島へと逃避行を続けることになる。薫が5歳になり、小豆島での生活も落ち着いていたある日、アマチュアカメラマンが撮った写真から居場所がバレて、希和子は逮捕され、薫は実の両親の下に戻されることになった。 それから16年、大学生になった薫はアルバイト先から帰る途中で、奈良の女性団体にかくまわれていた時代の幼なじみに声をかけられた。千草と名乗った彼女は、薫の誘拐事件のことを本にしたいという。乗り気ではなかった薫だったが、千草の熱意に負けて自分の半生をたどってみることにした・・。 子どもを産み、育てることと、結婚し家庭を維持することのどちらが大事で、どちらが人間的なのか? 生物としての本質と社会制度の間で軋みが生じたとき、尊重されるべきはどちらなのか? 簡単に優劣がつけられる問題ではなく、いつの時代にあっても人間の苦悩の素になる問題だが、特に女性にとってはよりリアルで深刻なテーマである。 周りの蝉がみんな七日で死んでしまう中、八日目まで生き延びた蝉は何を感じるのか? 幸せなのか、不幸なのか? 希和子と薫、血のつながらない「親娘」の奇妙な類似性が暗示しているのは何か? ミステリーではないがサスペンスフルな傑作である。 |
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疫病神シリーズの最新作。やっぱり面白いシリーズだ。
疫病神・桑原は二蝶会を破門され、堅気になっているのだが、二宮が受けた地方議会選挙と極道がらみのトラブルを、いつものコンビでさばくことになる。代紋を失い、自称「素っ堅気」になった桑原だが、その本質はまったく変わっておらず、地方政治家やヤクザを相手ににイケイケどんどんで突っかかって、どうにもならない状況を切り開いて行く。そして最後には、それなりのシノギを得て、二宮にもおこぼれが回ってくることになる。 いや〜、このシリーズはまだまだ好調で、期待に違わない面白さだ。特に今回は、悪役がヤクザより品が無い地方政治家とその周辺の有象無象で、彼らが桑原にしてやられるところは、胸がすっとする。暴対法や暴排条例で、楽な仕事では無くなった暴力団の切なさもリアルで、このシリーズも先は桑原の破壊的な暴力一辺倒ではいかないだろうと予感させるが、どうやら破門をとかれそうな桑原の暴れん坊ぶりはまだまだ続きそうだ。 疫病神シリーズのファンはもちろん、ノワール、ヤクザアクション系が好きなミステリーファンにオススメだ。 |
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現実の事件をベースにした5作品を収めた短編小説集。
どれも「ああ、あの事件」と想起できるものばかりで、謎解きやサスペンスを楽しむミステリーというより、社会派小説の趣きが強い作品ばかりである。もちろん、事件ルポではなく吉田修一的世界が展開される作品なのだが、いかんせん短か過ぎて、「悪人」や「怒り」のような恐さ、奥深さがないのが残念。どの作品も吉田修一ならではの独自の視点があり、長編になればもっと面白いだろうなぁ〜と。 短編としての完成度は高く、吉田修一ファン、社会派ミステリーファンには十分に楽しめるだろう。 |
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週刊現代に連載された長編小説。男女の愛憎と悪人を描かせたら抜群の冴えを見せる桐野夏生の本領が発揮された、初老男の悶々滑稽小説である。
大手銀行から町の中小企業に転籍したものの、その会社が大成功して、今や一部上場企業の財務担当取締役になった薄井は、妻と愛人の間を上手く渡り歩いているつもりだったのだが、自分を引っ張ってくれた会長から「社長のセクハラスキャンダルを処理して欲しい」と頼まれたことから、思いもよらぬトラブルに巻き込まれることになる。まあ、巻き込まれる理由の半分以上は、小心なクセに女性にもてたい、自分はモテると妄想して先走ってしまう薄井本人にあるのだが、その言動のスケールの小ささは、まさに週刊現代読者のカリカチュアとして上出来。こういう底意地の悪さは、さすがに桐野夏生である。 主人公の敵役として登場する占い師のばあさんの胡散臭さが、ちょっとだけミステリー、ノワールっぽいが、全体としては滑稽話(ユーモアではない)である。定年を前にさまよう男たちの哀感を、厳しくもおかしく描いた風俗小説として読むことをオススメする。 |
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2008年に単行本が刊行され、吉川英治文学賞を受賞した、奥田英朗の代表作。昭和39年の東京オリンピックを題材に、当時の社会状況をサスペンスに表現した傑作エンターテイメントである。
昭和39年(1964年)夏、アジア初のオリンピックを開催し、敗戦国から一等国に成り上がろうとする日本の首都東京。次々と建設される競技場や高速道路、新幹線などに、日本人は感動し、うきうきした気分で沸き上がっていた。しかしその裏には、人権も人格も無視して奴隷か牛馬のように働かされている地方からの出稼ぎ労働者の大群が隠されていた。そんな出稼ぎ者の一人がヒロポンで死亡し、種違いの弟で東大大学院生の島崎国男は遺骨を引き取り、葬儀のために故郷に帰ることになった。そこで見た現実は、東京の復活とは全く無縁の、敗戦時から一つも変わっていない貧困な故郷の姿だった。東京と故郷の格差に打ちのめされた島崎は、オリンピックを人質に国家権力から身代金を奪う計画を立てた・・・。 スケールの大きな計画犯罪なのに、島崎には思的な主張も金銭欲も名誉欲もなく、淡々と計画を実行して行くところがアナーキーでサスペンスフルである。政治的な主張を掲げるテロリストであれば、その主張に対する賛否があり、好悪が生まれてくるのだが、島崎国男の場合はすべてが虚無の塊のようで、物語の主人公でありながらキャラクターに対する共感や反発が生まれて来ない。ただひたすら、犯罪計画が実行されるプロセスのタイムリミットのサスペンスで読者を引っ張って行く。 当時の時代状況を物語るエピソードがノンフィクションのようなリアリティをもってちりばめられているのも、社会派ミステリーとして成功している。貧困と格差を抑圧した「繁栄の神話としてのオリンピック」という構図は、2020年もまったく同じではないのだろうか? 社会派ミステリーファンには絶対のオススメだ。 |
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巨匠スティーブン・キングが挑んだ、タイムトラベルものの超大作。ケネディ大統領暗殺阻止という重大な任務に挑戦する高校教師の大冒険を描いた、上下合わせて1000ページを越えるボリューム満点のエンターテイメント大作である。
2011年の世界に暮らす高校教師ジェイクは、友人であるダイナーの経営者アルから「オズワルドによるケネディ大統領の暗殺を阻止して欲しい」と依頼された。アルの話では、ダイナーの倉庫には過去につながる「兎の穴」があり、1958年9月19日に行くことができ、また現在に戻ってくることもできるという。半信半疑で「穴」を通ってみたジェイクは本当に1958年を体験し、アルの依頼を受けて「11/23/63」の運命の日まで過去に滞在して、悲劇を防ぐために死力を尽くすのだった・・・。 タイムトラベルと言っても、自由に過去を移動するのではなく、常に1958年9月19日に行き、どれだけ長く過去に過ごしても、現在に戻ると2分しか経過していないという設定が面白い。この不自由さから生み出される過去と現在の因果関係が、物語をどんどん複雑で味わい深いものにしている。さらに、「過去は改変を好まない」、「歴史はバタフライ効果で無限に変化する」という2つの大きな命題に縛られるところも、単なるハッピーエンドに終わらせない、重みのある作品につながっている。 週刊文春、翻訳ミステリー大賞をはじめ、日本国内でも数々のベストテンに選ばれているだけのことはある傑作エンターテイメントとして、ホラー以外のミステリーファンにオススメだ。 |
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2001年に発表された書き下ろし長編。ヴィクトルという元KGBの殺し屋が主役のシリーズの第一作である。
日本人とのハーフでKGBの工作員として日本で活動し、ソ連崩壊後KGBを解雇され、貧窮にあえいでいたヴィクトルは、かつての上司でロシアンマフィアのボス・オギエンコから日本人ヤクザの組長暗殺を依頼される。高額の報酬に惹かれて仕事を引き受けたヴィクトルは、日本に潜入し、単独で任務を果たそうとする。そのヴィクトルの前に立ちはだかったのが、組長のボディーガードの兵藤、警視庁公安部の倉島警部補だった・・・。 ゴルゴ13以来のプロのヒットマンの伝統を受け継いだヴィクトルの見事な仕事っぷりが、第一の読みどころ。それに触発されて、それぞれに鬱屈を抱えていた兵藤と倉島が、人生や仕事に対する情熱を取り戻し、人間として再生への道を歩み始めることになるというのが、第二の読みどころ。安全な社会に安住して危機感を失っている日本人に対する作者の苛立ちが、全編を貫く通奏低音である。 日本を舞台にしたサスペンスアクション、警察小説のファンにオススメだ。 |
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著者の長編ミステリーデビュー作で、2012年の日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。壮大な問題意識を魅力的なミステリーに仕上げた、社会派ミステリーの傑作である。
2016年に日本中を震撼させた「津久井やまゆり園」事件を想起させる「要介護老人連続殺人事件」をテーマに、犯人、検事、被害者家族、介護関係者それぞれの視点から事件の背景と真相が語られて行く。そこに表われるのは、「そうなることは分かっていたのに」何も手を打って来なかった、真剣に考えることを逃げてきた社会の無責任と、それが引き起こした生きづらさ、矛盾、不幸、絶望、善悪の基準の崩壊である。 「全国民への問題提起」と言いたくなる重い社会性を持ちながら、ミステリーとしても非常に完成度が高い。「介護と殺人」という紹介文で読むのを回避するのはもったいない。ミステリーファンに限らず、多くの人にオススメしたい。 |
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2009年の日本推理作家協会賞受賞作。テンポよく読ませるコン・ゲームミステリーである。
ケチな詐欺を生業とする武沢とテツのくたびれた中年の2人組が、ふとしたことから18歳の少女・まひろと同居を始めると、さらにまひろの姉・やひろと恋人の貫太郎まで転がり込み、5人での奇妙な共同生活が始まった。ところが、それぞれに闇金がらみでの悲惨な過去を抱えていた彼らに、再び過去からの暗雲が襲いかかってきた。追い詰められた5人は命をかけて、闇金組織相手に逆襲のコン・ゲームを仕掛けていった・・。 とぼけた中年2人組の詐欺話と、つかみ所の無いまひろ・やひろ姉妹の生き方がテンポよく展開されて行く中盤までは非常に読みやすく、軽快である。また、武沢と姉妹との隠された因縁が適度な緊張感を醸し出し、どんどん話に引き込まれていく。闇金相手のコン・ゲームの仕掛けもまずまずで、クライマックスは盛り上がる。 それでも不満が残ったのは、最後のネタばらしがイマイチだったこと。文末の解説にあるように「相手が騙されたことに気付かせない」詐欺と「騙されたことを自覚させる」マジックの違いで、本作品はマジックを楽しむ作品ということなのだろう。 読みやすくて面白い、手軽なエンターテイメント作品を読みたいという読者にはオススメだ。 |
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「どんでん返し職人ディーヴァーが初めて挑んだ歴史サスペンス」という裏表紙の解説にある通り、1936年のベルリンを舞台にした、ナチス幹部の暗殺を巡るサスペンス。2004年度の英国推理作家協会のスパイ・冒険小説部門賞を受賞したという、本格派の作品である。
マフィアの仕事を受けていた殺し屋ポールは、米海軍情報部の罠にかかって捉えられ、刑務所送りかドイツに渡ってナチス要人を暗殺するかの二者択一を提示された。ベルリン・オリンピックに参加する米国選手団と一緒にベルリンに着いたポールは、現地工作員と接触する際に誤って殺人事件をひき起こし、現地警察に追われることになる。凄腕の殺し屋とは言え、逃亡しながらでは思うように行動できず、暗殺計画を実行するのは不可能かと思われたのだが・・・。 物語自体はもちろんフィクションなのだが、時代背景、登場人物などは史実に基づいており、660ページという大作だが、緩むこと無く読者を引っ張って行くところはさすが。ただ、ライム・シリーズほどのどんでん返しの連続ではない。それでも、ベルリンに潜入してから脱出するまで、わずか4日間の緊迫したストーリー展開がサスペンスを高めて、最後までスリリングである。 第二次世界大戦時のスパイもの、逢坂剛氏のイベリア・シリーズなどのファンをはじめ、ラドラム・ファンなどにオススメしたい。 |
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「凍原」と同じく「北海道警釧路方面本部刑事第一課」の女性刑事が主役の長編ミステリーだが、ヒロインは前作の松崎比呂から大門真由に変わっている。
釧路の海岸で老人男性の変死体が発見された。被害者は札幌でタクシー運転手をしていた80歳の滝川という一人暮らしの男性と判明し、大門は先輩刑事の片桐とのコンビで、被害者の身元調査を担当することになった。老人のアパートに残された数少ない遺品や周辺への聞き込みから、滝川老人は青森出身で、半世紀以上前に八戸から北海道にわたってきたらしいことは分かったが、詳しい履歴はなかなか判明しなかった。生涯独身で人付き合いも少なかった老人が、なぜ釧路へ来て殺害されたのか? 大門と片桐の粘り強い調査で分かってきた被害者と釧路とのつながりは、あまりにも切なく悲しいものだった・・・。 Amazonのレビューでも指摘されているように、被害者と犯人の出会い、殺害動機などに弱点はあるものの、それを補ってあまりある魅力を持つ作品である。特に、ヒロインの大門刑事の背景設定が効果的で、事件の真相が解明されるたびにじわじわと胸が熱くなってくる。 フーダニット、ワイダニットの面白さとともに「人が幸せに生きるとは、どういうことか」を考えさせる重厚な作品として、多くの方にオススメしたい。 |
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著者のデビュー長編で、2001年の江戸川乱歩賞受賞作。死刑制度という重いテーマを一級のエンターテイメントに仕上げた傑作ミステリーである。
死刑執行のトラウマを抱える刑務官・南郷は、冤罪の可能性がある死刑囚・樹原を救うための調査を高額の報酬で依頼されたのを機に早期退職し、傷害致死罪で服役後に出所したばかりの青年・三上を助手にして調査を開始した。再調査の手がかりになるのは、犯行時の記憶を失っていた樹原が思い出した「階段を上った」という根拠が無い記憶だけ。二人は、当時の関係者から話を聞き、犯行現場周辺を掘り返して調べるのだが、冤罪の証拠を見つけることはできなかった。一方、樹原の死刑執行命令書は役所の手続きの階段を踏み、執行の時間は刻々と迫っていた。南郷と三上の調査は、死刑執行に間に合うのだろうか・・・。 誰が、何故、どうやってという謎解きに、タイムリミットのサスペンスが加わって非常に読み応えがある。当然のこととして人の命を奪う業務を背負わされた刑務官、傷害致死の前科を持つ青年という異色の探偵役を設定したことで、罪と罰、法の正義と私怨、応報と更生という重いテーマがストーリーに無理無く取り入れられ、物語に厚みを増している。「誰が死刑囚を救う調査を依頼したのか」という、構成の肝になる部分がやや強引すぎる気がするが、作品全体から見れば大した問題ではない。 ジャンルを選ばず、幅広いミステリーファンにオススメできる。 |
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エラリイ・クイーンの代表作にも挙げられる1942年の作品。新訳版での感想である。
ニューイングランドの田舎町・ライツヴィルを訪れたエラリイ・クイーン(なぜかエラリイ・スミスの偽名を使用)は、地元の名家ライト家の敷地に建つ空家を借りることにした。この家は、ライト家の次女ノーラが新婚で住むはずだったのだが、結婚式前日に花婿ジムが姿を消したために空いていたのだった。ところが、ほどなくジムが町に帰ってきたため、ノーラとジムは結婚し、この家で新婚生活をスタートさせた。幸せな生活を送っていた二人だったが、ジムの蔵書を整理していたローラが三通の未投函の手紙を発見したことから事態は暗転する。その手紙はジムの姉に宛てたもので、妻の発病、悪化、死亡を告げていた。そして手紙に書かれていた通り、大晦日のパーティーで悲劇が発生した。 ヒ素を使った毒殺事件の謎を解明する本格派の謎解きミステリーである。ストーリー展開の基本は殺害の動機と手段の解明にあるのだが、同時に被害者と加害者の人間性にも重点が置かれていて、単なる謎解きだけではない心理ミステリーにもなっている。ただいかんせん時代状況が古過ぎて、ミステリーとしては「これはないだろう」というのが事件のポイントになっているのが残念だ。 古典作品を古典として楽しめる読者にはオススメだ。 |
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1941年に発表されたヘレン・マクロイの第三長編で、精神科医ウィリング博士シリーズの第三作でもある。
美貌の資産家クローディアが知人の研究室から開発中の新しい自白促進剤を盗み出し、夫と友人を招いたパーティーで飲み物に入れて使用したことから、クローディアが殺害される事件が発生した。恋人とのデートの帰りに殺害現場に遭遇したウィリング博士は、自分の足音を聞きつけた犯人が現場から立ち去る音を聞いたのだが、警察の事情聴取に現われた友人たちの中から犯人を特定することは出来なかった。クローディアを中心とする人間関係から捜査を進めた警察と博士は、パーティー参加者全員にクローディア殺害の動機があることを確認したのだが、実行に移したのは誰なのか? 登場人物の紹介、人間関係、人々の言動など、犯人の特定に至る伏線はきちんと張られていて、とんでもない論理の飛躍やオカルト的なものはない、まさに正統派の謎解きミステリーである。 犯人探しで作者との知恵比べに挑戦したい人には、絶対のオススメだ。 |
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スウェーデンの歴史家、歴史小説家によるユーモラスな犯罪小説。本作の成功を受けてシリーズ化され、すでに第三作まで発表されたというのも納得の良質な犯罪小説である。
居住する老人ホームの待遇が悪くなったことに怒っていたコーラス仲間の5人は、テレビで刑務所のドキュメンタリーを見て「ホームより刑務所の方がましじゃない」と意見が一致し、大金を盗んで隠してから刑務所に入り、出所後に大金を使って豊かに暮らそうと目論み、平均年齢80歳?の犯罪集団を結成することになる。体力は無く、計画は行き当たりばったりながら老人ならではの知恵と厚かましさを発揮して、国立美術館からモネとルノワールの作品2点を誘拐(盗み出し)し、身代金を要求する・・・。 なんせ主人公がみんな、老人なのでスピード感はゼロ。ドンパチも殺人も無い(カーチェイスはあり)のだが、老人たちは金を手に入れられるのか、失敗するのか、犯行のスリルはなかなかで最後までハラハラさせられる。高齢者を主人公にしたハードボイルドやミステリーが散見される時代ではあるが、老人集団を主役にしたアイデアが秀逸。全体を覆う明るいユーモアも楽しい。 「もう年はとれない」や「フロスト警部シリーズ」がお好きなら絶対のオススメだ。 |
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1979年度のアメリカ探偵作家クラブ最優秀ペーパーバック賞受賞作。かなりヒネリが利いたディテクティブミステリーである。
ブリーザードが吹き荒れるニューヨーク州の地方都市で連続殺人事件が発生。自らをHOGと名乗る犯人は、車の事故、家庭内での事故、麻薬の使用ミスなどに見せかけながら、まったく共通項が見つからない被害者を殺害し、事件のたびに地元紙の記者にメッセージを送りつけてきた。捜査の方向性が見つからない警察は、犯罪学の研究者・ベイネディッティ教授に協力を要請し、教授は教え子の私立探偵ロンとともに調査に乗り出した・・・。 シリアルキラーものではあるが、サイコパスが登場するわけではない。殺人事件そのものには重点が置かれていないので、凄惨さや恐さは無い。ただ、犯人が見つかりそうで見つからないこと、捜査陣の中に裏切り者(犯人?)がいそうな疑惑がつきまとうこと、犯行の目的や動機がまったく推測できないことなどから、かなりジリジリさせられる。そして、真相が判明した時の意外性もなかなかで、読み応えがあるミステリーに仕上がっている。 サイコ系の連続殺人ものを読み慣れた今の時代の読者には、ちょっと生ぬるいかもしれないが、構成の上手さがそれをカバーしているので、謎解きもの、私立探偵ものなどオーソドックスなミステリーが好きな方にはオススメだ。 |
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1954年に発表された古典的ノワール小説。謎解きやサスペンスとは無縁のノワール世界だが、人間の闇を描いて魅力的である。
50年代のサンフランシスコ。ハンパ仕事で食いつないでいたカフェのカウンター係ハリーの前に、酔っぱらった美女ヘレンが現われた。コーヒーを飲んだあと文無しだと言うヘレンの面倒を見、ホテルまで連れて行ったハリーは、翌日、金を返しに来たヘレンに触発され、衝動的に店を辞めヘレンと行動をともにすることになる。ヘレンが家出するときに持ってきた200ドルを頼りに、酒浸りの日々を送っていた二人だったが、やがて金が底を尽き、絶望の果てに心中を図ることになった・・・。 物語の構成は人生に希望を見出せない男女の破滅型の恋愛であるが、ストーリーは恋愛部分と破滅衝動の部分で、前後半に分かれている。全編にわたって「死の誘惑」が充満して重苦しいのだが、特に前半での二人の救いの無さが印象的である。かといって、悪辣な犯罪や目を背けるような暴力があるわけではなく、むしろたんたんと破滅して行くプロセスが恐いといえる。 詳しいストーリーは紹介しない方が良いだろう。とにかく、最後の二文でガツンと衝撃を受け、最初から読み直す誘惑に駆られること間違い無し。古さを感じさせない傑作である。 |
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メキシコの30年にわたる凄絶な麻薬戦争を描いた「犬の力」の続編。上下巻1200ページの全編にわたって凄まじい戦いが繰り広げられる、暴力で圧倒する作品である。
主人公は前作と同じ、DEA捜査官のケラーと麻薬王のパレーラで、アメリカで囚われていたパレーラがメキシコに移送され、脱獄するところから物語が始まる。再び、メキシコの麻薬の世界に戻ったパレーラは、自らのカルテルをまとめ、他の勢力との戦闘状態に入って行く。一方、修道院に紛れ込み静かな生活を送っていたケラーだが、DEAによって麻薬戦争の現場に引き戻された。運命の糸に結ばれたように二人は、命をかけた戦いを繰り広げることになる。 麻薬戦争とは、何か? 「麻薬」と「戦争」という2つの禍々しきものが掛け合わされたとき、そこから生まれるのは、勝者も敗者も無く、戦争の出口すら見つからない絶望でしかない。その無意味さと狂気が、読者を圧倒する。「人間がカルテルを動かしているのではなく、カルテルが人間を動かしている」という一文が、麻薬との戦いの救いの無さを表わしている。 読後の疲労感はハンパではないが、世界の麻薬の問題に関心を持つ人には、絶対のオススメだ。 |
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