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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 641~660 33/57ページ

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No.497: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

欠落している自分を、何で埋めるのか?

柴田錬三郎賞を受賞し、テレビドラマ化、映画化されて高い評価を得た長編小説。41歳の女性契約社員が、勤務する銀行から一億円もの巨額を横領したのは何故なのか? ミステリー部分は弱いものの、現代人の精神的な渇望を深く掘り下げた傑作エンターテイメント作品である。
裕福な家庭に育ち、平凡な結婚をし、子どもに恵まれなかったことからパートで勤め始めた銀行で真面目に勤務し、契約社員に抜擢された梅澤梨花が、ふとしたことから銀行の金に手を出し、やがては一億の巨額を横領し、タイに逃げ出すまでの転落の道が、周辺人物のストーリーを交えながらスリリングに描かれている。主人公の梨花を始め、彼女に関係する友人たちも「自分が自分でない」違和感を抱えており、その欠落を金(経済)で埋めようとする。特に梨花の場合は、精神的な飢餓を癒すはずだった恋愛も、いつしか金を与えることで自分の満足を得るという代償行為に変質してしまっていた。それを自覚したとき、梨花はもういちど逃げ出そうとする。
犯罪行為そのものや犯行が発覚するプロセスなどはさらりと描かれており、ノワール小説のスリルは無いが、金に縛られ、金に溺れる登場人物たちの姿には冷たい手で肌をなでられるような恐怖感がある。
犯罪小説ファンというより、宮部みゆき、奥田英朗などのファンにオススメだ。
紙の月
角田光代紙の月 についてのレビュー
No.496:
(7pt)

話が大きくなり過ぎたかな?

シカゴの女性私立探偵V.I.ウォーショースキーシリーズの第18作。今回はホームであるシカゴを離れ、カンザスの田舎町で巨大な陰謀に立ち向かう、スケールの大きな社会派ミステリーである。
「カナダの小さな火山」ことバーニーが大学の友人・アンジェラと一緒にヴィクを訪ねてきた。アンジェラのいとこの黒人青年オーガストが勤務先のジムで窃盗を働いた疑いをかけられ、行方不明になったので探して欲しいと言う。若くて無遠慮な二人に押され、しぶしぶ捜査を始めたヴィクは、オーガストの自宅と勤務先が何者かに家捜しされていたことを知り、さらにオーガストは映画監督をめざしており、黒人女優エメラルドに誘われて彼女のドキュメンタリー映画を取るためにエメラルドの故郷であるカンザス州に出かけたことをつかんだ。エメラルドの身の回りの世話をしている人物からも二人のゆくえを探すように依頼され、ヴィクは愛犬ベビーだけを連れて単身でカンザス州に乗り込んだ。エメラルドの故郷はかつて核ミサイル基地が建設され、それに対する抗議行動があった街だった。聞き込みをはじめたヴィクはすぐに地元の捜査機関や米軍から監視されるようになり、何かの陰謀が隠されていることに気づき始め、しかも、ミサイルサイロ近くの農場で女性の腐乱死体を発見したことから、さらなる混乱に巻き込まれて行った・・・。
思わぬカタチで国家的な陰謀に巻き込まれたヴィクが孤軍奮闘するという、派手な物語。事件の背景に冷戦時代の軍事機密、人種間対立、親子の葛藤など盛りだくさんの要素が含まれ、さらに30年以上前の出来事も絡んで来るので、かなり複雑な展開になっており、いつものスカッとする読後感ではない。
これまでの作品とはちょっと趣きがちがうのは、レギュラー陣がほんの少ししか登場しないこともあるのだろう。
シリーズ読者には新しいヴィクの世界が楽しめるし、本作が初めてのヴィクという読者にも十分に楽しめる作品である。
フォールアウト (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラ・パレツキーフォールアウト についてのレビュー
No.495:
(7pt)

「家族とは」を問いかける、悲しくて強い物語(非ミステリー)

同じ雑誌に不定期に掲載された6本を集めた短編作品集。主人公が重なる作品が2本あるが、その他は北海道を舞台にしている以外の共通点はない。
どれも作者が得意とする、社会的に不器用で生きづらさを抱えた女性(2本は男性が主人公だが)たちのロードノベルである。
人生に疑問を持ったとき、生きづらさを感じたときに先入観なく読むことをオススメする。
起終点駅 (講談社文庫 さ 128-3)
桜木紫乃起終点駅(ターミナル) についてのレビュー
No.494: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主役級キャストが勢揃いの豪華版

ハリー・ボッシュ・シリーズの第10作。私立探偵になったボッシュが連続殺人犯を追い詰める、サスペンスミステリーである。
自分が所有する釣り船の中で死亡した元FBI捜査官テリー・マッケイレブの死因について、彼の妻から調査を依頼されたボッシュは、友人のために調査を開始し、テリーがある事件に関心を持っていたことを知る。同じ頃、ラスベガス近郊の砂漠で男性ばかりの多数の死体が埋められている事件が発覚し、犯人「詩人」からのメッセージによって、左遷されていたFBI捜査官レイチェル・ウォリングが現地に呼び出された。紆余曲折を経た後、ボッシュとレイチェルの行く道が交差し、二人は力を合わせて連続殺人犯「詩人」の足どりを追跡することになる。狡智に長けた「詩人」に翻弄されながらも、二人は反発したり共感し合ったりを繰り返しながら「詩人」にじりじりと迫って行く。
話の始めの方から犯人は分かっており、ストーリーの中心は犯人とボッシュたちの知恵比べ、逃亡と追跡、反撃というサスペンス・アクションに主眼が置かれた派手なストーリー展開。しかも、ボッシュ、レイチェル、テリーという、コナリー作品の主役たちが揃い踏みするというサービス満点のエンターテイメント作品である。さらに、連続殺人犯「詩人」が驚異的な頭脳の持ち主で、「悪役が魅力的なほどサスペンスミステリーは面白い」というセオリーを再認識させられた。
ボッシュ・シリーズのファンには絶対のオススメ。単発で読んだサスペンスミステリーのファンも絶対に失望させない、傑作ミステリーである。
天使と罪の街(下) (講談社文庫)
マイクル・コナリー天使と罪の街 についてのレビュー
No.493:
(8pt)

退職警官もので時効捜査もの

スウェーデンを代表するベテラン作家だが、これまで日本では翻訳されておらず、本邦初訳という作品。脳梗塞で倒れ麻痺が残る元犯罪捜査局長官が、時効を過ぎた未解決事件を解決するという、骨太でスリリングな警察ミステリーである。
脳梗塞で入院した元長官ヨハンソンは、主治医である女性から「牧師だった父が、25年前の少女惨殺事件の犯人を知っているという懺悔を聞き、悩んでいた。犯人を見つけ出せないだろうか」という相談を受ける。だが、事件は数ヶ月前に時効を迎えており、公に捜査をすることはできなかった。そこでヨハンソンは、麻痺が残った体に不満を覚えながらも、信頼する元同僚、外見とは裏腹に頭が良い個人介護士、大金持ちの長兄から派遣されてきた頭脳も肉体も優秀な若者などの手を借り、鋭い推理力で犯人をあぶり出すのだった。そしてついに犯人を発見したのだが、時効の壁があって裁判にかけることはできなかった。そこで罪を償わせるためにヨハンソンが選択した手段は・・・。
老いた警官や探偵が主役という点では「もう年はとれない」などと同系列で、さらに法で裁けない罪をどう償わせるかという時効捜査もののテイストも加えられている。主人公をはじめ主要な人物のキャラクターがきちんと立ち上がっているし、ひたすら未解決事件の犯人を追うというストーリーも明確で、560ページを越える長編だがとても読みやすい。
本作はヨハンソンを主人公にしたシリーズの最終作とのこと。次は、シリーズの前作になるのか、他のシリーズになるのか、いずれにしても今後の翻訳が期待できる作家といえる。
北欧の警察ミステリーファン、老人が主人公のミステリーファンには絶対のオススメ。のみならず、事件捜査ものが好きな読者には自信を持ってオススメしたい。
許されざる者 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション許されざる者 についてのレビュー
No.492:
(7pt)

すべての上京青年に(非ミステリー)

2001年に刊行された連作短編集。1980年代に上京、青春を過ごした一人のコピーライターの挫折と成長を描いたユーモラスな青春小説である。
大学受験に失敗し、1浪するために上京し、大学では演劇部に所属、途中退学して飛び込んだ広告業界で駆け出しコピーライターとしてスタートし、バブルの波に乗って独立し、自分では成功したと考えている若者が、青春が終わり大人の人生が始まることを予感するまでのバカバカしく、ほろ苦い物語。80年代の社会風俗をふんだんに交えながらダイナミックに描いている。
意欲だけは人一倍ながら実態が伴わず、日々の様々な出来事に一喜一憂し、それでも都会を生き抜いてきたすべての上京青年に贈るエールのような作品集である。
50代以上の方にオススメだ。
東京物語 (集英社文庫)
奥田英朗東京物語 についてのレビュー
No.491: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

刑事生活最後の年も、ボッシュは衰えず

ハリー・ボッシュ・シリーズの第17作。定年延長制度での勤務も最後の年を迎えたボッシュが、これまでと一つも変わらぬ激しさで2つの難事件を解決して行く、傑作警察小説である。
ラテン系の若い女性刑事ソトとコンビを組むことになったボッシュが取り組むのは、10年前に銃撃されたときに体の中に残った銃弾が原因で死亡した、マリアッチ楽士・メルセドの事件である。検屍解剖で銃弾が取り出されたことから、再捜査が始まったのだった。事件で車椅子になったメルセドが市長選に利用された経緯もあり、捜査は政治的な案件として注目され、警察上層部や外部から様々なプレッシャーを受けた。
また、ソトは7歳のときに遭遇した火災事件にとらわれており、ひとりで密かに捜査を再開しようとするのだがボッシュに知られ、メルセドの事件と並行して捜査することになった。10年前、20年前の事件だけに物証はほとんどなく、事件関係者もバラバラになっており、捜査は難航するのだが、引退した元刑事の話からボッシュたちは新たな事件解明の糸口をつかむのだった・・・。
一見無関係な2つの未解決事件が思わぬところからつながって行くというのは、よくあるパターンだが、本作ではそれぞれの事件捜査が丁寧に描かれているので、ストーリー展開に無理がない。ただ、最後の真相判明が徹底的ではなかったのが、ちょっと物足りない。
定年延長も最後を迎えたボッシュだが、シリーズはまだ続いており、2018年には21作目が発表された。ボッシュは、まだまだ衰えそうにない。
シリーズ読者には必読。警察小説ファンにも自信を持ってオススメできる。
燃える部屋(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー燃える部屋 についてのレビュー
No.490:
(7pt)

怒りを派手にぶちまける主人公に苦笑い

イギリスの新人作家のデビュー作。サービス精神にあふれた、娯楽ミステリーである。
ロンドン警視庁殺人課の部長刑事ウルフが電話で行くように指示された殺人現場は、ウルフの自宅の真向かいのアパートだった。そこにあった死体は、それぞれ別人から取った頭、胴体、両腕、両足が縫い合わされているというグロテスクなものだった。しかも、頭は4年前にウルフと因縁浅からぬ経緯があった服役中の連続殺人犯ハリドのものであり、右腕の指はウルフの自宅を指し示していた。さらに、ウルフの元妻でテレビレポーターのアンドレアのもとに6人の名前を記した実行日の日付入りの殺人予告リストが届けられ、その6番目にはウルフの名前が書かれていた。ウルフを中心に警察は厳重な警戒態勢を取るのだが、リストの一番目に書かれていたロンドン市長が、予告通りの日に殺害されてしまった。無様な事態に焦った警察上層部は、ウルフを外して捜査を続けようとするのだが、事件に執着するウルフは納得せず、一人で暴走してしまう・・・。
とにかく派手な仕掛けで読者の度肝を抜き、性格破綻者気味の主人公と一癖も二癖もある周辺人物とがぶつかり合い、ストーリーは波乱万丈。シリアルキラーものでは珍しく、犯人視点での部分がまったくないにも関わらずスリリングである。犯行動機、事件の背景などに若干の不満はあるものの、スピード感、キャラクターの立ち具合などが、その欠点を補っている。
連続殺人ものだが恐怖感を煽るようなところがないので、娯楽性の強い犯罪ミステリー、警察小説ファンにオススメだ。
人形は指をさす (集英社文庫)
ダニエル・コール人形は指をさす についてのレビュー
No.489: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ボッシュの原点に戻る旅

ハリー・ボッシュシリーズとしては「転落の街」に続く、2012年の作品。ボッシュが原点に戻って「怒り」を燃やす、アメリカらしい警察小説の王道を行く作品である。
1992年のロス暴動時に射殺体で発見されたデンマーク人女性記者の事件は、ボッシュが担当したものの暴動の騒ぎにまぎれて満足な捜査が行えず、未解決のままになっていた。2012年、新たな事実が発見されたことから、未解決事件班のボッシュに再捜査の役割りが回ってきた。この事件をトラウマとして抱えてきたボッシュは精力的に捜査を進めるのだが、新任の上司の思惑によって捜査にブレーキをかけられる。それにもめげず、いつも通りボッシュは信じる道を突っ走って行き、やがてロス暴動の前年、湾岸戦争時にクウェートであった出来事が関係していることを発見する・・・。
前作はミステリーに徹して面白かったのだが、本作は未解決事件捜査と並行してボッシュ自身の心情の変化にも重点が置かれているため、スリルとサスペンスの点では、やや前作より劣っている。クライマックスの展開もややご都合主義だし。それでも「正義を求めるボッシュの怒り」が強力なエンジンとなり、物語はスリリングに展開して行く。
シリーズ読者には必読。アウトロー刑事の活躍が好きな警察ミステリーファンにもオススメだ。
ブラックボックス(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーブラックボックス についてのレビュー
No.488: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

したり顔で語らないハードボイルドヒーロー

リュウ・アーチャー・シリーズの第12作で、ミステリーベスト100などの企画では必ず上位にランクされる、ロス・マクドナルドの代表作。1963年の作品ながら、今でも十分に読み応えがある傑作である。
裁判所でアーチャーに話しかけてきた青年・アレックスは新婚旅行の初日に失踪してしまった新妻ドリーを探して欲しいと言う。アレックスを気の毒に思ったアーチャーは調査を開始し、ドリーを見つけたのだが、ドリーは夫の元に戻るのを拒否した。しかもドリーがアレックスに語っていた身の上話はほとんど嘘だったことが明らかになる。さらに、アーチャーが次に目にしたのは、殺人現場に遭遇して半狂乱になったドリーの姿だった。そして、殺されていたのは、その日アーチャーがドリーが通う大学で会った女性教授だった。謎の多いドリーとその周辺の人物たちを探って行くと、どうやら事件は過去の殺人事件とつながっているようだった・・・。
現在の事件と過去の事件を行き来しながら真相が明らかになるというのは、ありがちな構成だが、謎解きがしっかりしているのでミステリーとしてもレベルが高い作品である。が、それ以上に、ハードボイルドとしての完成度がきわめて高い。なんと言っても、主人公アーチャーが自分の私生活をほとんど見せず、語らず、徹底して透明なのが素晴らしい。さらに、人間の愚かさや哀しさを見てもしたり顔で説教しないところがいい。まさに、チャンドラーとは異なる、ハードボイルドの一頂点を極めた作品と言える。
すべてのハードボイルドファンにオススメする。
さむけ (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-4)
ロス・マクドナルドさむけ についてのレビュー
No.487:
(7pt)

アメリカンなテイストの北欧ハードボイルド

北欧ミステリーの巨匠ジョー・ネスボの代表作「ハリー・ホーレ」シリーズの第6作。「顔のない殺し屋」との間で緊迫感あふれる追跡劇が繰り広げられる、スリリングなサスペンスミステリーである。
クリスマスを迎えようとするオスロの繁華街で街頭コンサートを開いていた救世軍のメンバーが射殺された。大勢の目撃者がいたはずなのに犯人につながる情報が全く得られず、犯行動機も皆目、見当がつかなかった。一方、すばやく国外に脱出しようとした犯人だったが、大雪のため足止めされ、しかも、翌日の新聞で自分が殺したのが別人であることを知り、本来の目的を果たすために、再び暗殺を実行しようとする。
物語はハリーを中心にした警察の捜査、暗殺犯の孤独な戦い、被害者を巡る人間関係という、大きく三つのストーリーが並行し、絡み合いながらスピーディに展開する。犯行動機や犯人像に関わる謎解きと、警察官、暗殺者、宗教者それぞれが抱えている社会的な問題が重なり合い、単なる警察小説では終わらない深みが加わっている。さらに、最後の真相解明も衝撃的で、まさに解説者が書いている通り「マイクル・コナリーのハリー・ボッシュシリーズを思い出させる、高レベルな謎解きとハードボイルドの融合作である。
シリーズ読者にはもちろん、北欧ミステリーファン、ハードボイルドファンにオススメだ。
贖い主 上 顔なき暗殺者 (集英社文庫)
ジョー・ネスボ贖い主 顔なき暗殺者 についてのレビュー
No.486:
(8pt)

心を読ませないヒロインが魅力的

著者の第三長編である2010年の作品を加筆改訂した文庫版。変則的な恋愛小説かと思わせて実はノワールなミステリー小説である。
母の愛人であった歳の離れた男と結婚した幸田節子は、夫が交通事故で意識不明になったことから、平穏な日常が崩れ始めたのを感じるようになる。夫が事故にあった場所は母の家から近く、母と夫はまだ関係を続けていたのだろうか? また、趣味の短歌仲間の女性が実の娘を虐待しているのではないかと疑問を持ち、自分の育ってきた環境を思い出し、嫌な思いに囚われるようになる。さらに、節子は愛人である澤木に、幸田の前妻との間の娘探しを依頼したのだが、捜索の過程でさまざまな過去が浮かび上がってきた。沈着冷静、ときには冷血にも見える節子は壊れてしまいそうな心を抱えながらも、強靭な意志の力で苦境を乗り越え、最後まで自分の思いを貫徹する。
序章でいきなり主人公が焼死し、その半月ほど前から第1章が始まるという展開からしてミステリアス。歳の離れた夫婦、母と娘の確執、女同士の軋轢、腐れ縁のごとき愛人関係など、通俗的な泥沼恋愛小説かと思わせる道具立てながら、本筋はきちんとした犯罪小説である。さらに、主人公・節子のタフな態度が一本筋を通しており、ハードボイルドでサスペンスフルなミステリーに仕上がっている。
桜木紫乃ファンはもちろん、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
硝子の葦 (新潮文庫)
桜木紫乃硝子の葦 についてのレビュー
No.485: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

新たなハードボイルドヒーロー登場

50代後半の日系人作家のデビュー作。2017年のシェイマス賞など3つの新人賞を受賞し、MWA、CWAの最優秀新人賞にもノミネートされたという傑作ハードボイルドミステリーである。
主人公の黒人青年アイゼイア・クィンターベイは、通称IQと呼ばれ、地域の黒人社会から様々な問題を持ち込まれる、便利屋的な無免許の私立探偵である。社会の役に立てばいいというスタンスで仕事をしていたIQだったが、世話をしている身体障害の少年のために大金が必要になり、高校時代の泥棒仲間であるドッドソンの口利きで、大物ラッパー・カルの仕事を請け負った。カルはある夜、自宅で巨大なピットブルに襲われて殺されそうになったので、犯人を捜してもらいたいという。防犯ビデオを見たIQは、巨大な犬を操る男の存在を発見し、この男がプロの殺し屋であると推定。わずかな手がかりから凶悪な犯人を追い詰めて行く。
物語は、ラッパー襲撃犯を追い詰めるパートと、頭のいい高校生だったIQが便利屋的な探偵になるきっかけとなった過去の出来事のパートが交互に繰り返されて展開するのだが、双方のつながりが分かりやすいので読み辛さは全く感じない。というか、物語に奥行きの深さが加えられている。さらに、ラップを中心にした黒人音楽の世界、LAの黒人とヒスパニックのギャングたちの抗争などが彩りを添え、非情に読み応えがある。
すでに第2作は発表されており、今年中に第3作も発売予定というので、邦訳が待ち遠しい。
ハードボイルドファン、テンポのいいサスペンスのファン、軽めのアクションミステリーのファンにオススメだ。
IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー・イデIQ についてのレビュー
No.484: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

今回はストーリーが最高

ボッシュ・シリーズとしては「ナイン・ドラゴンズ」に続く2011年の作品。前作とは違い、ホームグラウンドであるLAで事件捜査に活躍する本格的な警察小説である。
未解決事件班に戻ったボッシュは、新たな相棒になったチュー刑事と、DNA鑑定で有力な手がかりが見つかった20年以上前の強姦殺人事件を担当することになった。被害者の体に着いていた血痕が、ある性犯罪常習者のDNAと一致したという。ところが、その容疑者は当時8歳の少年だったのだ。なぜ、8歳の子どもの血液が成人女性である被害者の遺体に着いていたのか、本格的に捜査を始めようとしたとき、ボッシュたちは市警本部本部長から呼び出され、警察に影響力を持つ市議会議員の息子が高級ホテルから転落死した事件の捜査を命じられる。市議と警察上層部の両方からプレッシャーを受けたボッシュは、2つの事件を並行して捜査しようとするのだが、市議会と警察の政治的な駆け引きにも巻き込まれ、事態は複雑になるばかりだった。
厳しい状況にもめげず冷静に正義を貫こうとするハードボイルドな刑事・ボッシュが戻ってきた、警察小説の王道を行く作品である。派手なアクションは無く、緻密な推理と徹底した証拠固めで事件の真相に迫るボッシュには、一種の神々しさもある。ボッシュも派手に立ち回るには歳をとり過ぎたという理由もあるのかもしれないが、それでも女性関係では現役バリバリで、まだまだ活躍しそうである。
シリーズ読者には必読。本格派の警察小説ファン、ミステリーファンにもオススメできる。
転落の街(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー転落の街 についてのレビュー
No.483:
(8pt)

狂ひけん人の心(非ミステリー)

谷崎潤一郎の晩年を、三番目の妻の妹の視点から描いた私小説風の物語。作家という人種の業の深さを感じさせる作品である。
登場人物のキャラクターが明確で、ストーリー展開も波乱に富んでいて最後まで読み飽きることが無い。谷崎潤一郎に興味があろうと無かろうと関係なく楽しめる、一級品のエンターテイメント作品である。
デンジャラス
桐野夏生デンジャラス についてのレビュー
No.482: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

「スティーブン・キング強力推薦!」は嘘じゃない

イギリスの女性作家のデビュー作。スティーブン・キングの「スタンド・バイ・ミー」のほろ苦さを持つミステリーである。
1986年、イギリス南部の田舎町に暮らす12歳の少年エディは、4人の仲間たちと森で遊んでいて少女のバラバラ死体を発見する。被害者の少女は、夏休みに移動遊園地で事故にあったときにエディが助けた美少女だった。そのときエディと一緒に助けたのは、新任教師のハローラン先生だった。アルビノで白墨のように真っ白なハローラン先生に教わってエディたちは、白墨人形の絵を使った秘密の伝言ごっこに興じていた。
遊園地での事故から少女の殺害までの間に町では、中絶手術を行うエディの母の診療所に対する反対運動が起き、仲間のひとりの兄が川で溺死し、警官の娘の妊娠騒ぎがあり、大人の社会が反目と対立を深めるに連れて、仲が良かった5人の間にも亀裂が入り、いつしかバラバラになって少年時代が終わってしまった。
それから30年後の2016年、地元の町で教師になっていたエディの元に白墨人形の絵とチョークが送られてきたことから、エディは少女殺害事件の真相を探り始めることになった。
1986年と2016年を行き来しながら薄皮をはぐように事件の真相が明らかにされて行くのだが、シーンが変わるたびに新たな発見があり、関係者の隠したい、忘れたい過去を突きつけてくる残酷さに、読者は戦慄する。そして最後の最後、読者は思いがけない衝撃に襲われることになる。
スティーブン・キング読者にはもちろん、ホラー要素が少ないので広く一般のミステリーファンにもオススメできる、良質なエンターテイメント作品である。
白墨人形 (文春文庫 チ 13-1)
C・J・チューダー白墨人形 についてのレビュー
No.481:
(7pt)

桜木作品には珍しい読後感(非ミステリー)

北海道を舞台にした6作品の連作短編集である。作品ごとに中心人物が異なるが、全体として大きな1本のストーリーとなっている。
いつも通り、訳ありの男女が様々な喜びと悲しみのドラマを綴って行くのだが、本作品は最後がハッピーエンドになっていて驚かされた。
文庫の解説で北上次郎氏が書いているように、「いい小説だ。静かで、力強い小説だ」。読者の立場によって様々に読み込むことができる、奥の深い連作小説である。
ワン・モア
桜木紫乃ワン・モア についてのレビュー
No.480:
(8pt)

死にとりつかれたヒロイン

ジュリア・ロバーツが惚れ込んで映画化を進めているという売り文句の作品。ヒロインが個性的で、ストーリーも面白いハードボイルドなサスペンスミステリーである。
従軍したイラク戦争のPTSDに悩まされている元ヘリパイロットのマヤは、二週間前に公園で富豪の御曹司である夫を目前で射殺された。しかも、4ヶ月前には姉のクレアも殺されていた。身辺に不安を覚えたマヤは、二歳の娘の安全のために親友の勧めで自宅に監視カメラを設置したのだが、そこに死んだはずの夫の姿が映っていた。さらに、姉を殺した銃と夫を殺した銃が同一であることを、警察から知らされた。警察には犯人と疑われ、監視カメラ映像で夫の姿を見たことをPTSDによる幻覚ではないかと指摘され、動揺し、混乱しながらもマヤは、夫と姉の殺人の真実を探ろうと奮闘する。その調査はやがて、イラクでの自分の行動が巻き起こした波紋、17年前の夫の高校時代の出来事にまで遡っていった。
まず第一に、イラク戦争のPTSDに悩む女性兵士という設定がユニーク。戦争の後遺症に悩む男性主人公は数多くいるが、女性というのは珍しい。しかも、この女性が精神的にも肉体的にもタフで、行動力があり、感情を動かされることがほとんどないという、まさに現代ハードボイルドの王道である。また、事件の謎解きもきちんとしており、複雑な伏線の回収も見事。様々なエピソードやストーリー展開も映像的で、ジュリア・ロバーツが活躍するシーンが目に浮かんでくる。
ハードボイルドファン、サスペンスミステリーファンには、絶対のオススメだ。
偽りの銃弾 (小学館文庫)
ハーラン・コーベン偽りの銃弾 についてのレビュー
No.479:
(8pt)

北の大地の女たち(非ミステリー)

桜木紫乃のデビュー作「雪虫」を始め、6作品を収録した短編集。どれもさびしく、悲しく、それでも温もりを感じる男と女の物語である。
全作品が、作者のホームグラウンド北海道を舞台に展開される男と女の物語ばかりだが、どれも物語の軸になっているのは女の生き方である。まさに桜木紫乃の原点が見える作品集といえる。
桜木紫乃ファンには必読。生きることの苦さを否定しない方にもオススメだ。
氷平線 (文春文庫)
桜木紫乃氷平線 についてのレビュー
No.478:
(8pt)

不惑は揺れる(非ミステリー)

40代の中間管理職を主人公にした5作品の短編集。不惑と言われる年代の男たちの迷いと戸惑いをユーモラスに描いた、良質なエンターテイメント作品である。
恋に、仕事に、家族に、友情に揺れ動き、時に暴走し、時に立ち止まる。男たちの馬鹿さと可愛さが真に迫って、思わず苦笑してしまう。
老若男女を問わず、オススメだ。
マドンナ (講談社文庫)
奥田英朗マドンナ についてのレビュー