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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 441~460 23/57ページ

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No.697: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

オーソドックスな密室トリックものの良さと限界

東野圭吾の初期の長編ミステリー。孤立した山荘での密室殺人とマザー・グースに隠された暗号という、オーソドックスなジャンルに挑戦した、若さと意欲を感じさせる謎解きミステリーである。
白馬にあるペンション「まざあ・ぐうす」で死んだ兄の自殺扱いに疑問を抱いた女子大生・ナオコは、親友であるマコトと二人で真相解明に乗り出した。山の中の孤立したペンションには毎年、同じようなメンバーが集まり、オーナーやスタッフも含めて全員で仲間意識を高めていると知り、兄が死んだのと同じ時期に「まざあ・ぐうす」を訪れる。ペンションの各部屋にはマザー・グースにちなんだ名前がつけられ、それぞれの名前の由来を示す額が掛けられていた。兄が熱心に額を調べ、そこに隠された暗号を解明しようとしていたと知ったナオコとマコトは自分たちでも暗号を解こうとする。そんな中、新たな殺人事件が発生し、二人はいよいよ兄が殺害されたことを確信するようになった・・・。
密室で死んでいた兄の事件の謎を解く密室トリックと、マザー・グースの額に隠された暗号を解くという、ダブルの謎解きに挑んだ意欲的なミステリーである。密室トリックの方は論理的で腑に落ちるのだが、マザー・グーズの暗号はあまりにも飛躍が大きくてすんなりとは納得しずらく、違和感が残るのが残念。
ファンを選ばないオーソドックスな謎解きものなので、ミステリーファンならどなたにもオススメできる佳作である。
白馬山荘殺人事件 新装版 (光文社文庫)
東野圭吾白馬山荘殺人事件 についてのレビュー
No.696: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

地球滅亡まで3年、人はどう変わるのか?(非ミステリー)

2004〜5年に雑誌掲載された8本の連作短編集。8年後に小惑星が衝突し地球は滅亡すると予告されてから5年後、仙台市のとある団地に住む(逃げないで残った)人びとが織り成す、8つのドラマ。突拍子もない前提の世界だが、人間らしさとは何かをゆっくりと分からせてくれるヒューマン・ドラマである。
予告が発せられた当初は人びとは混乱し、パニックによる暴動や事件が頻発したのだが、5年も経つと多少は慣れてきて、世の中は不安をはらみながらの小康状態が続いていた。団地に住んでいるのは、それぞれの事情があって逃げなかった人たちで、常にあと3年の期限を意識しながら、それぞれの日々を過ごしている。8つの物語、それぞれの主人公は死と隣り合わせの世界で、家族について、生きる意味について、将来(!)について、地球滅亡の予告など無い世界の人びとと同じように悩み、考え、行動して行く。その、皮肉な見方をすれば無駄な努力が、とても尊いものに見えてくる。設定自体はSF的なのだが、物語はまさに現在の社会を反映したヒューマン・ドラマである。
死を目前にした終末の物語だが、内容はとても明るく、ユーモラスで、良質なエンターテイメント作品である。ミステリー・ファンに限らず、幅広い読書ファンにオススメしたい。
終末のフール (集英社文庫)
伊坂幸太郎終末のフール についてのレビュー
No.695:
(8pt)

異なるものへの恐怖は時代も文化も超越し、暴力へと変化する

本国スウェーデンを始め北欧では大人気の「エリカ&パトリック事件簿」シリーズの第10作(表4解説)。30年前と同じ状況で発生した幼女殺害事件を巡る警察ミステリーであり、異端の者、弱者に対する暴力、恐怖を嫌悪に変換せずにはいられない人間の醜さと悲しさを描いた社会派ミステリーでもある。
フィエルバッカ郊外の農場で、その家の4歳の少女・ネーアが行方不明になり、警察、地元住民の捜索により死体で発見されたのだが、そこは30年前に同じ農場の4歳の娘・ステラが惨殺死体で発見された場所だった。ステラ事件では、ステラのベビーシッターを頼まれていた当時13歳の少女二人が取り調べられ、当初は犯行を自白したのだが後に否認、未成年だったこともあり逮捕されることはなかった。二人の少女のうちマリーはハリウッド女優として成功し、新たな映画撮影のためにフィエルバッカに戻って来たばかりだった。もう一人の少女・ヘレンは父親の友人だった年上の軍人と結婚し、地元で園芸店を営んでいた。ネーアとステラ、二つの事件の類似性に悩まされながらパトリックたちは30年前の事件も掘り起こして捜査を進めたのだが真相解明は遅々として進まなかった。そんな中、シリア難民の犯行だと断言するものたちが現われ、難民収容所が放火される事件が発生し、捜査はさらに混迷した。
幼女殺害事件の犯人探しが本筋だが、現在の事件だけでなく、30年前の事件の解明まで必要になりストーリーはどんどん複雑になる。それに加えて、外国人排斥、親子の断絶、学校でのいじめ、17世紀の魔女狩りも重要なテーマになっており、上下巻1000ページを超える大作なのだが、登場人物のキャラクターが立っていることと「人物関係図」が添付されていることで、さほど苦労することなくストーリーを追うことが出来る。
格差や差別化が激しくなり分断が広がる一方の社会に対する著者の怒りの熱量がひしひしと伝わる熱い物語だが、ミステリーとして、エンターテイメントとしての完成度が高く、読書の楽しみが損なわれることはない。
シリーズファンはもちろん、北欧ミステリーに限らない幅広いジャンルの現代ミステリーファンにオススメしたい。
魔女 エリカ&パトリック事件簿 上 (集英社文庫)
No.694:
(8pt)

個性が強い女と軟弱な男のありふれた、だが深い話(非ミステリー)

2004〜5年に雑誌連載された11作品を収めた短編集。平成の時代を漂う若い男たちが個性的な女たちと出会い、別れる、ちょっとおかしくて悲しげなラブストーリーたちである。
文庫200ページ余りに11作品が収録されており、1作品は20ページ弱。しかも、登場人物たちがキャラ立ちしていて話の展開が分かりやすいのでスイスイ読める。だが、作品に込められた女性たちの強さが印象的でリアリティがある。
ジャンルを問わず、面白さを求める読者にオススメしたい。
女たちは二度遊ぶ (角川文庫)
吉田修一女たちは二度遊ぶ についてのレビュー
No.693:
(7pt)

安心して楽しめる、大阪府警シリーズの短編集

1987年から91年にかけて雑誌掲載された6作品を収めた短編集。著者初の短編集だが、それぞれに工夫や才気を感じさせる秀逸な作品揃いである。
バブル真っ盛りの大阪で小狡く立ち回る小悪人たちと大阪府警の刑事たちが繰り広げる、ちょっとユーモラスで人間味を感じさせる犯罪小説は、関西の喜劇を見るようで肩肘張らずに楽しめる。
ミステリーファンのみならず、人情もののファンにも安心してオススメできる佳作である。
てとろどときしん 大阪府警・捜査一課事件報告書 (角川文庫)
No.692:
(8pt)

思い込みは生きる力である(非ミステリー)

2004年文芸誌に掲載された恋愛小説。ものを思うことが生きる力になることを、若い女性の恋心で表現した文芸ロマンである。
小さな港町でOL生活を送る小百合は、自分の町をリスボンだと夢想することで、非日常の世界を楽しんでいた。地味で目立たず、無理をしない、臆病な小百合を支えているのは弟が、女子なら誰もが憧れる超イケメンであることだった。それが、高校の同窓会に無理やり誘われて参加したことから、現実世界でも過去と現在が入り交じる非日常な展開に巻き込まれることになった。さらには、弟が恋した相手が、自分以上に地味で臆病そうな女だったことにも動揺し、アイデンティティの危機に陥った。そんなさなか、恋の予感を感じさせる出会いがあったのだが・・・。
全体構成が抜群に上手い。田舎の港町をリスボンだとして生きる地味なOLという設定が物語が上滑りするのを防いでいて、しみじみと面白さが沸いて来る佳作である。
性別、年齢を問わず、人生の迷い道に差し掛かっている人にオススメしたい。
7月24日通り (新潮文庫)
吉田修一7月24日通り についてのレビュー
No.691:
(8pt)

サイコ、ヘイト、カルト。アメリカの宿痾を凝縮した暴力の爆発

ジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレント・シリーズの第9作(巻末解説による)。女性が主役となる暴力事件を描き続けているカリン・スローターが本領を発揮した、全編凄まじい暴力のアクションサスペンスである。
アトランタのショッピングモールで疾病予防管理センターに勤務する女性疫学者が拉致・誘拐されてから一ヶ月後、市の中心部で大規模な爆発事件が発生した。被害者救助のため現場に駆けつけたウィルとサラは、車の衝突事故に遭遇し、けが人を助けようとしたのだが、被害者のはずの車に乗っていて負傷した男たちから銃を突きつけられ、ウィルは負傷、サラは誘拐されてしまった。車に乗っていたのは逃走中の爆破犯たちで、しかも一緒にいたのは拉致されている疫学者だった。爆破犯である白人至上主義者のキャンプに監禁されたサラを救うために、ウィルと相棒のフェイス、上司のアマンダはFBIとの確執もありながらも連携し、犯人たちの目的、組織、キャンプを解明しようと必死に駆け回るのだった・・・。
全編700ページ弱、いたるところに凄まじい暴力が横溢し、読み続けるのにかなりの精神力が要求されるハードな作品である。当たり前のように身の周りに銃があり、当たり前のように市中で銃撃戦が発生する病んだアメリカ社会は、絶望的といわざるを得ない。そして、アメリカのみならず世界が同じような崩壊への道を歩んでいるとしたら、法や秩序はどこに存在するのだろうか?
シリーズ最新作だが、これまでシリーズ未読でも十分に楽しめる。サイコ・サスペンス、現代社会に材をとったサスペンスのファンにオススメする。
破滅のループ (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター破滅のループ についてのレビュー
No.690:
(8pt)

警察小説で始まり、最後はサイコ・ミステリー

イギリスの女性作家のデビュー作。ひき逃げ殺人事件の捜査から始まった警察小説が、いつのまにかサイコ・サスペンスに変化している、不思議な構成のミステリーである。
ブリストル市の住宅街の雨の夕刻、5歳の息子を学校に迎えに行った母親が自宅を目前にしてちょっと手を離したすきに子供が駆け出し、猛スピードで走ってきた車にはねられた。道路に倒れた息子に駆け寄り半狂乱で助けを求める母親を無視して、車はその場で方向転換し、街路樹に車体をこすりながら猛スピードで逃げて行った。事件を捜査することになったブリストル警察犯罪捜査課のスティーブンス警部補たちは、犯行の悪質さに怒りを募らせ必死んで捜査を進めたが、一向に手がかりをつかむことが出来なかった。それから半年後、警察上層部は捜査を打ち切るようにスティーブンスたちに命じたのだが、納得がいかない若手女性刑事・ケイトはこっそり捜査を継続し、スティーブンスもそれを黙認した。
一方、忌まわしい事故の記憶から逃れるためにウェールズの鄙びた寒村に来た、謎の女性・ジェナは親切な地元民に助けられ、徐々に海辺の村での生活を築き上げていたのだが、常に何かに怯えながら暮らしていた。
物語の前半は捜査の進行とジェナの動向が交互に語られ、事件の全体像が見えてきたと思われたのだが、スティーブンスたちとジェナが交差したとき、物語は急展開し、さらに複雑に、ミステリアスになって行く。
ひき逃げ犯を追いかける警察小説に、捜査陣内部の人間ドラマを加味したものだと思っていると、途中から一気にサイコ・サスペンスの恐怖に引きずり込まれている。新人のデビュー作とは思えない、なかなかに歯ごたえがあるミステリーである。
警察ミステリー、サイコもののファンにオススメする。
その手を離すのは、私 (小学館文庫)
No.689:
(8pt)

賑やかで楽しい、ブンと総長コンビの登場作

大阪府警シリーズの第3作。ベテラン刑事部長・総田と平刑事・文田の新コンビが主役の警察ミステリーである。
名神高速道路を走行中の乗用車がダイナマイトで爆破されるという派手な事件が起き、乗っていた男女二人が死亡した。捜査を担当することになった府警捜査一課の深町班では、ベテランの総長こと総田とブンこと文田のコンビは、年下の上司である東大卒のキャリア・萩原警部補と一緒に行動することになった。何かにつけ東京を持ち出して大阪を見下すような萩原に対し反感を覚えるブンだったが、総長は案外寛容な態度で接していた。死亡した二人の身元が分からず苦戦していた捜査陣だったが、ほどなくしてマンションで爆発があり死体が発見されたことから、二つの事件の関連性を見つけ、被害者の身元を特定することが出来た。さらに、高速上で死亡した女性の背景を調べるために出身地の高知に赴いたブンと総長は、事件の背景に保険金目当ての偽装海難事故があるのではないかと疑った。足を棒にして聞き込みを続ける二人を尻目に、時々行方をくらませていた萩原だったが、ある日、周囲をビックリさせる捜査見立てを持ち出した・・・。
本筋は偽装海難事故の真相解明の警察ミステリーだが、サブストーリーとしてブンと総長の新コンビの掛け合い、大阪人と東京人の文化摩擦がちりばめられている。作者本人もあとがきに「東京と大阪の文化の比較を試みた」と書いている通り、すれ違いの面白みが加わっているところが、本シリーズでの中では特色的である。もちろん、大阪の刑事ならでは緩いユーモアは健在で、謎解きミステリーとしてもきちんと納得できる起承転結である。
黒川博行ファン、大阪府警シリーズのファンには安心してオススメする。
海の稜線 (角川文庫)
黒川博行海の稜線 についてのレビュー
No.688: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

シリーズの感動が戻ってきた

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの邦訳第12弾(シリーズとしては13作目)。今回から版元が代わったが訳者は同じなので安心して楽しめる、冒険サスペンス・アクションの傑作である。
ジョーの知人である地元の建設業者・ブッチが所有する住宅建設予定地で、武装した政府の環境保護局の職員2人が射殺されているのが発見された。2人はブッチに住宅建設を禁止する環境保護局からの通達を渡す目的で派遣されており、ブッチは姿を消していた。ブッチを逮捕するために、環境保護局は特別捜査官チームを送り込み、地元保安官事務所を押しのけて強引に捜査を進めようとする。パトロール中に偶然、逃亡中のブッチと会っていたジョーは、新任の上司の命令で捜査班を案内することになる。ブッチの人柄を知るジョーは事件のストーリーに納得がいかず、メアリーベスの助けを借りて背景を探ってみると、過去の因縁を引きずった暗い陰謀が見えてきた・・・。
殺人の動機の解明と、険しい大自然の中で繰り広げられる逃亡と追跡のアクションが主題のサスペンス作品である。ジョーが自分の生活圏とするワイオミング州の山の中でのアクションは、まさに本シリーズの真骨頂、いつもながら読み応えがある。さらに、事件の真相解明のプロセスもミステリーとして合格点で、家族の愛情を素直に歌い上げるところと合わせ、ジョー・ピケット・シリーズの真価を発揮した作品と言える。
シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読のアクション小説、ミステリー小説のファンにも自信を持ってオススメする。
発火点 (創元推理文庫)
C・J・ボックス発火点 についてのレビュー
No.687:
(7pt)

前代未聞の誘拐犯からの要求。だが、その真相は腰砕け

政治家の孫が誘拐され、政権のスキャンダルが明かされる危機に陥るという、書き下ろし長編ミステリー。タイムリミットものであり、また犯人探しミステリーでもある。
総理の関与が疑われるスキャンダルの渦中にあった与党政治家・宇田の孫が誘拐されたのだが、誘拐犯からの要求は「記者会見を開き、自分の罪をすべて自白しろ」という前代未聞のものだった。孫娘を救い出すために要求に応えるしかないと決心した宇田は、それでも自身の立場や政治家である息子たちの将来を守るための術策を尽くそうとする。それに対し、総理を守る官邸側は圧倒的な権力差を武器に宇田を追いつめる。一方、誘拐事件を捜査する警察は見えて来ない犯行動機に戸惑い、一向に犯人に迫ることが出来ないでいた・・・。
記者会見までのタイムリミットが迫る中、被害者一族、所属する政党や派閥の思惑、権力闘争が絡んで事態が進展せず、じりじりとサスペンスが盛り上がる。最終的には宇田の記者会見によって孫娘は無事に解放されるのだが、事件の背景には意外な真相が隠されていた。また、宇田の次男で父親の議員秘書を務めている宇田晄司は権力争いの実相に触れ、自分の生き方を変えるようになる。本作は、誘拐犯追跡の警察小説であり、さらに政治スキャンダル小説でもあるという、二つの側面があるのだが、どちらかといえば政治小説の色が濃い構成である。事件の深層が解明されたとき、その陳腐さにちょっとガッカリした。
誘拐もののサスペンスを期待すると不満が残る。政治スキャンダルを楽しむ作品として読むことをオススメする。
おまえの罪を自白しろ (文春文庫)
真保裕一おまえの罪を自白しろ についてのレビュー
No.686:
(7pt)

いつもに比べて、設定に無理を感じた

ジョー・ピケット・シリーズの第8作。舞台はいつも通りのワイオミングの山岳地帯だが、州知事直属の捜査官という立場になったジョーがハンター連続殺害事件を捜査するという、犯人探しミステリーである。
殺害されたハンターは、まるで捕獲した獲物を処理したように頭部が無く、木に吊るされていた。さらに、現場に残されていたポーカーチップから、他にも同じように狩猟中に殺されたハンターがいたことが分かった。犯人は狩猟に反対する狂信者なのか? 州の重要産業である狩猟を守るために、ルーロン知事は緊急対策チームを立ち上げ、ジョーに参加するように命令する。事件をきっかけに、全国的な反狩猟運動のリーダーもワイオミングに駆けつけ、落ち着かない状況の中でジョーは思い通りに進まない捜査に手こずり、自分の責任の元にFBIに拘束されている盟友ネイトの釈放を願い出て、背水の陣で難問に挑むことになった。
毎回、社会性のあるテーマを設定するシリーズだが、今回は飽食の時代における狩猟の意味が事件の背景に設定されている。ジョーは職業柄、マナーを守った狩猟を守る立場で行動する。ただ、反狩猟運動側が中途半端なため問題追及が甘く、議論が深まっていない。さらに、事件の動機との関連が薄く、やや肩透かしをくらったように感じた。
シリーズ作品としては十分に及第点で、ファンには安心してオススメできる。
復讐のトレイル (講談社文庫)
C・J・ボックス復讐のトレイル についてのレビュー
No.685: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

まさにイタリアンな警察小説!

イタリアではすでに8作が刊行され、テレビドラマとしてもシリーズ化されているという大人気の警察小説シリーズの第一作。「イタリア発 21世紀の87分署シリーズ」という帯の惹句通り、シリーズとしての邦訳を期待したい傑作警察ミステリーである。
ナポリでもとりわけ治安が悪い地域を担当するピッツォファルコーネ分署は、捜査班の4人の刑事が押収したコカインを横領したことで逮捕され、分署は存続の危機を迎えていた。そこに送り込まれてきたのが、切れ者ながら上司との折り合いが悪くて放出されたロヤコーノ警部、捜査中に暴力事件を起こしたロマーノ巡査長、署内で発砲したアレックス巡査長補、アメリカ刑事ドラマかぶれのスピード狂のアラゴーナ巡査という、いずれも癖があり過ぎて、前任署で持て余しものになっていた刑事たちだった。それを統括するのは人格者で新任のパルマ署長、さらに従来から分署にいた二人のベテランを加え、7人の捜査班が結成された。彼らが着任そうそうに直面したのが、スノードーム収集が唯一の趣味という資産家の中年女性の殺害事件だった。ロヤコーノたちが事件を伝えるために被害者の夫の事務所に行くと夫は不在で、連絡が取れなかった。後で夫に会うと、最初に伝えた出張という不在の理由は嘘で、愛人と泊っていたことを告白する。にわかに重要参考人となった夫だったのだが、犯行を裏付ける証拠は何も見つからなかった・・・。
本書冒頭の「謝辞」で筆頭にエド・マクベインの名を挙げていることからも明らかなように、87分署シリーズを意識して書かれた作品である。87分署をリスペクトするシリーズは世界中で書かれているが、本作はその中でも傑作に挙げられる完成度を達成している。本筋の事件解明プロセス、事件の背景となる社会状況、警察内部の事情など、警察ミステリーに必要な要素はきちんと押さえられている。さらに、7人の捜査班メンバーの個性、それぞれの生活、個人的な悩みなどが彩り豊かに描かれ、現代イタリアのヒューマン・ドラマとしても楽しめる。
すべての警察ミステリーファンに今後の展開が楽しみなシリーズが登場したと、自信を持ってオススメする。
集結 (P分署捜査班) (創元推理文庫)
No.684: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

憎悪の極限まで突っ走る男の生き様を描いた、傑作ノワール

「虎狼の血」シリーズ三部作の完結編。ヤクザ以上にヤクザな暴対刑事を描いた前二作とはやや異なり、自分の腕力一つでのし上がって行く野良犬を主人公にしたノワール色の濃い警察サスペンスである。
組織暴力がそれなりの態勢を整えた昭和後期の広島で、無類の喧嘩度胸で愚連隊「呉寅会」を引っ張る沖虎彦。ヤクザをも恐れぬ無鉄砲さと人を引きつけずに置かないカリスマ性で仲間を集め、ついには地元の暴力団と全面対決するハメになった。沖の破壊力を、ヤクザの排除に利用したいと考えていた大上刑事は、愚連隊がヤクザと全面対決して勝てる訳がないと判断し、呉寅会が行動を起こす直前に沖たちを逮捕する。その18年後、服役を終えた沖は広島に戻り、昔の仲間を集めて「広島で天下を取る」ために再び行動を起こそうとする。しかし、時代は変わり、暴対法でがんじがらめにされているヤクザの行動様式は沖の想像とは異なっており、沖は満たされない思いに苛まれながら、自分が信じる唯一の手段「暴力」で野望を遂げようとする・・・。
警察小説シリーズの形式は踏襲しているものの、本作は時代に乗り、時代に取り残された男の悲哀を描いたノワール小説である。暴対デカ・大上刑事の破天荒な捜査、大上の薫陶を受けた日岡刑事の剛直さなど、前二作の面白さを継承した部分以上に、沖という男の無頼な生き方が強い訴求力を持っている。暴力が主役のエンターテイメントとして一級品である。
シリーズ読者は必読。警察小説ファン、ノワール小説ファンにも自信を持ってオススメする。
暴虎の牙
柚月裕子暴虎の牙 についてのレビュー
No.683: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

途中のどんでん返しは見事

2012年〜14年に雑誌連載された長編ミステリー。平凡な主婦が陥った冷酷な犯人の甘い罠の謎を解く、警察ミステリーである。
幼い娘二人、夫とともに郊外で暮らす主婦・文絵は、趣味の懸賞応募で当選して出かけたディナーショーで中学時代の同級生だという加奈子から声をかけられた。自堕落な生活で醜く太っている自分に比べ、美しく着飾った加奈子に気後れする文絵だったが、加奈子から意外な言葉をかけられる。加奈子は実は整形したのであり、それ以来人生が好転したという。さらに、現在は高級化粧品の販売会社を立ち上げようとしており、文絵にビジネスパートナーになって欲しいと提案する。マルチ商法ではないかと疑った文絵だったが、「あなたはもっと美しくなれる」という言葉を信じ、加奈子の提案を受けることにした。
一方、鎌倉の別荘で頭を殴られて死亡した男が発見され、神奈川県警の秦刑事は地元署の女性刑事・中川と組んで被害者の身辺捜査を担当することになった。別荘は被害者・田崎が借りたもので、サングラス姿の女性が出入りしていたとの情報をつかんだのだが、女性の身元につながる情報は全く出て来なかった。それでも細い糸をたぐる地道な捜査によって、秦と中川は重要参考人として文絵にたどり着いたのだった・・・。
前半は、主婦・文絵が甘い罠に絡めとられて行くプロセスと田崎殺害事件の捜査プロセスが交互に展開され、二つのエピソードはどうつながるのか、サスペンスたっぷりのストーリー展開である。が、ある地点で重大などんでん返しがあり、後半はサングラス姿の謎の女性を追いつめる警察サスペンスになる。犯罪の構成、捜査の進め方、徐々に明らかになる犯人像など、警察ミステリーとしての読み応えは十分である。ただ、最後の犯人の独白的な解説、重要参考人となった文絵の扱いなどに若干の不満が残る。
女性が主役のミステリーファン、警察ミステリーファンにオススメする。
ウツボカズラの甘い息 (幻冬舎文庫)
柚月裕子ウツボカズラの甘い息 についてのレビュー
No.682:
(8pt)

絶対に「ザ・プロフェッサー」から読むべし

新たに誕生したリーガルミステリーの傑作「トム・マクマートリー」シリーズの第2弾。KKK誕生の地・テネシー州ブラスキを舞台に、人種差別犯罪に立ち向かうトム、リック、ボーの戦いを描いた熱血法廷ミステリーである。
前作でトムに協力した黒人弁護士・ボーが逮捕された。45年前、5歳のときにKKKによって自分の面前で父親をリンチ殺人されたボーが、父の命日に当時のKKKのリーダーで主犯と思われた地元の有力者・ウォルトンを殺害したという。遺体はボーの父と同じように木に吊るされ、火をつけられており、復讐犯罪なのは明白だとして死刑を前提にした裁判にかけられたボーは、恩師であるトムに弁護を依頼する。トムと相棒のリックは地元を離れ、ブラスキまで駆けつけて弁護を始めるのだが、今なお露骨な人種差別がはびこる町で、しかも相手は就任以来負け知らずの女性検事長・ヘレン、さらに目撃証言や物的証拠も不利なものばかりという逆境で、いかにして活路を見出すのか。トムとリック、ボーはわずかな可能性にかけ、不屈の粘りで戦うのだった・・・。
本作も、人間のつながり、不屈の精神、貫き通す正義など、感情を揺さぶる要素が満載のヒューマンドラマである。がしかし、前作に比べるとミステリーの側面が強くなっている。反面、主役以外の人物、特に悪役がやや類型化されている印象である。
前作の主要登場人物が揃って登場し、前作のエピソードに関連するストーリー展開もあるので、絶対に前作「ザ・プロフェッサー」から読むことをオススメする。
黒と白のはざま (小学館文庫)
ロバート・ベイリー黒と白のはざま についてのレビュー
No.681:
(8pt)

大阪府警にも働き者のデカがいる!

大阪府警シリーズの第8作。新登場のコンビが、若い女性の連続猟奇殺害事件を追うサスペンス・ミステリーである。
殺害された若い女性はセーラー服に着替えさせられ、なおかつ全身に剃毛が施されていた。大阪府警捜査一課のベテラン刑事・谷井と若手の矢代のコンビは制服マニアか、コスプレマニアの犯行を疑って捜査に取りかかったのだが、今度は女子大生の格好をさせられた若い女性の遺体が発見され、連続殺人事件の様相を呈してきた。さらに、ほどなくしてOLの格好をした女性の遺体が発見された。女性を着せ替え人形のように扱う犯人はサイコパスだと推測されたが、被害者はなぜ選ばれたのか、谷井と矢代は被害者に共通する背景を必死に追及し、女性の恋愛感情を利用して高額な宝石や呉服を売りつける恋人商法が関係しているのではないかと結論付けた。同じ頃、府立高校の教員・足立由実は知り合って間もないファッション・メーカーの社員・大迫との仲を徐々に深めつつあった・・・。
今回主役の刑事コンビは、このシリーズには珍しく仕事ひとすじである。それでも、大阪府警らしいとぼけた味わいは忘れておらず、要所要所でクスりとさせる。さらに、メインとなる事件がサイコ・ミステリーとしてしっかり構成されていて、真犯人解明までのプロセスも破綻が無い。また、被害者予備軍の女性教諭の視点からのサスペンスも読み応えがある。
大阪府警シリーズではやや異色の作品だが、シリーズファンには必読。さらに、サイコ・サスペンスや警察ミステリーのファンにもオススメする。
アニーの冷たい朝 (創元推理文庫)
黒川博行アニーの冷たい朝 についてのレビュー
No.680:
(8pt)

人種差別と、女性蔑視と、二日酔いと。戦い続ける生きのいいヒロイン!

現役の女性弁護士でもある作者の本邦初訳で、MWA最優秀長編賞にノミネートされた作品。型破りではあるが憎めない、生きのいい女性弁護士が奮闘する社会派リーガル・ミステリーである。
ユタ州ソルトレイクシティで刑事弁護士を開業しているダニエルに持ち込まれたのは、知的障害者の黒人少年・テディが麻薬密売を行ったとして逮捕された案件だった。本人に会ってみれば「幼児レベル」の知性しか無く、しかも未成年であるため、容易に不起訴に持ち込めると思ったのだが、なぜか検察も判事も成年犯罪として扱うことにこだわっていた。テディは当日の行動を理路整然と説明することが出来ず、しかもテディに同行したという3人の白人少年たちの証言まであった。圧倒的に不利な状況にもかかわらず、弱者が人権を踏みにじられるのが許せないダニエルは、テディを守るために自分が持てる力のすべてを発揮して権力への戦いを挑むのだった・・・。
ヒロインのキャラクター設定が最高に面白い。自分が浮気したことが原因で別れた元夫に(夫と一緒に暮らしている息子にも)執着し、元夫の再婚話が進むと酒浸りになり(毎回のように二日酔いで法廷に出て、判事や検察に嫌がられている)、ほとんどストーカー行為を繰り返すという、性格破綻者レベルのダメ人間なのだが、一旦、理不尽なことに直面すると何ものをも恐れぬ火の玉となる激しい女性でもある。さらに、ダニエルを支えてくれる調査員、友人などのキャラクターも秀逸で、シリーズ化を期待したい。また、悪人側になる判事や検察もキャラ立ちしていて、波乱万丈なストーリー展開が無理なく頭に入って来る。
作者はアフガニスタン出身の人権派弁護士ということもあって、アメリカ社会の様々な差別に対する強烈な批判がビシビシ伝わって来る。がしかし、ヒロインの魅力を十分に引き出したユーモアのあるエンターテイメント作品でもある。
社会派のリーガル作品ではあるが、予備知識なしで十分に楽しめるエンタメ作品として多くの人にオススメしたい。
弁護士ダニエル・ローリンズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.679:
(7pt)

仕事ひとすじの死神とは、怖過ぎる

8年ぶりの死神シリーズ作品。死神・千葉が、一人娘を殺しながら無罪になった犯人に復讐しようとする夫婦と行動を共にする、長編アクション・ミステリーである。
山野辺夫妻は、自分たちの一人娘を殺害し、証拠となる動画を送ってきたにもかかわらず目撃証言の曖昧さから無罪放免となった犯人・本城に復讐すべく人生のすべてをかけた復讐計画を実行しようとする。そこに現われたのが、山野辺の死の可否を判定する調査を担当する死神・千葉だった。仕事ひとすじ、趣味と言えばミュージックだけの千葉は山野辺夫妻に密着し、様々な危険の状況にも臆すること無く山野辺と一緒に行動するのが、人間世界とはズレた言動と判断基準により、行く先々で珍妙な悲喜劇を引き起こしてしまう。それはまるで、山野辺夫妻を助けながら妨害しているようでもあった。それでもクライマックス、山野辺と本城の対決は・・・。
前作「死神の精度」が短編集だったのに比べ、本作は山野辺夫妻に絞った長編である。その分、同じようなエピソードが繰り返され、やや冗長な部分があるのが残念。途中で飽きて来る。
シリーズ作品だが、独立した長編として成立しており、本作から読み始めても問題ない。読者を迷宮に誘い込む伊坂ワールドにひたりたい方にオススメする。
死神の浮力
伊坂幸太郎死神の浮力 についてのレビュー
No.678: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

事件解決に飢えた、新ヒロイン登場

マイクル・コナリーの30冊目の長編で、新たなヒロインが登場した新シリーズの第1作。ロス市警の本流から外された女性刑事が、執念と使命感で難事件を解決する本格的警察ミステリーである。
レイトショーと呼ばれる深夜勤務専門の女性刑事・レネイ・バラードは、女装男性が激しく暴行された事件に遭遇した。レイトショーの役割りは初動捜査だけで本格的な捜査は昼間の刑事たちに引き継がれるのが本来なのだが、悲惨な犯行に怒りを覚えたバラードは独力で捜査を進めようとした。同じ夜、ナイトクラブで銃撃事件が発生し、近くにいたバラードも現場に駆けつけた。しかし、この事件を担当するのはバラードが深夜勤務に追いやられる原因になった元上司で、バラードは捜査に関わるのを拒否される。それでも諦めないバラードは独自の捜査を進め、ロス市警内部に存在する闇の中から真相を引き出すのだった。
主人公の女性刑事が特筆すべきキャラクターで、まさに新シリーズの登場を強く印象づける。刑事としての資質はハリー・ボッシュ同様、熱い行動派で粘り強く正義感に溢れている。しかも、バックグラウンドにまだ謎の部分が多く、これからの展開が楽しみである。
ハリー・ボッシュ・シリーズのファンはもちろん、正統派の警察ミステリーファンに自信を持ってオススメする。
レイトショー(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーレイトショー についてのレビュー