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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数608件
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2018年に雑誌連載された長編ミステリー。莫大な遺産の相続を目前にした三人の相続人が、遺産を残してくれる父親の策謀に翻弄される、アイデアが秀逸なワイダニット、ハウダニット作品である。
「親父が死んでくれるまであと一時間半ーー」という冒頭の一文が不気味かつパワフルで、読者はいきなり謎の渦に引き込まれる。主人公が親父を殺すのか、誰かに殺害を依頼しているのか、一時間半という時間設定の意味はすぐに明らかにされるのだが、そこに「親父が生きている」という衝撃の情報がネット経由でもたらされる。死んでもらわなければ遺産を受け取れない三人は、父親が生きてはいない証拠を探すとともに、少しでも多くの取り分を確保しようと協力しあい、いがみ合い、不毛なコンゲームを繰り広げることになる…。 棚から牡丹餅、濡れ手で粟がいかに人間の醜さを露わにするかを嫌というほど見せつける家族ドラマ、ヒューマンドラマだが、仕掛けの上手さ、ストーリーテリングの巧みさで意外なほど読後感が悪くない。犯人探し、謎解きより、作者の技巧を楽しむエンターテイメント作品としておススメする。 |
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フランスの人気作家の1957年と59年の2作を収録した中編集の改訳版(1979年)。
表題作「殺人交差点」は解決したはずの10年前の殺人事件が蘇り、関係者を振り回すフーダニット。もう一作「連鎖反応」は平凡な会社員が抱いた邪な願望が、思いもよらぬ形で事件を巻き起こしていくハウダニット。どちらもオチの意外さと皮肉さで楽しませる、一級品のブラックユーモア・ミステリーである。 いかんせん50年代の作品とあって、現代の読者からすれば意外性に乏しいと思われるだろうが、じっくり読めば味わい深い作品で、読んで損はないとおススメする。 |
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ドイツでは大人気の「ヴァルナー&クロイトナー」シリーズの第四作。今回はクロイトナーの警察官らしき行動が鍵となるフーダニット、ワイダニット作品である。
いつも通り「死体に好かれる」男・クロイトナーが雪山で、ベンチに座って雪だるまとなっている死体を発見したのだが、そこには偶然、被害者の妹が居合わせていた。自殺かと思われたのだが、被害者・ゾフィーが持っていた奇妙な写真と妹・ダニエラの証言から他殺の疑いが濃くなった。ゾフィーの人間関係を中心に捜査進めた捜査陣がさしたる成果をあげられずにいるうちにクロイトナーが同じように演出された新たな死体に遭遇し、事件は連続殺人事件の様相を呈してきた。担当者ではないが興味津々のクロイトナーは、何か利益がありそうな予感に誘われたこともあり、勝手に捜査を始め、ヴァルナーたちとは異なる事件の背景を掴み…。 本作の主役はクロイトナーで、ヴァルナーたちのオーソドックスな捜査では考えられない破天荒な手段で謎を解いていく。事件の背景、構図などはちゃんとしたミステリーになっているのだが、捜査プロセスはかなり型破りでご都合主義的。事件の謎解きよりも落ちこぼれ警官・クロイトナーの魅力が読みどころとなっている。 登場人物のキャラクターが主要な役割を果たしているので、ぜひ、シリーズ第1作から順に読むことをおススメする。 |
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傷付いた女性たちの再生をテーマにヒット作を連発しているカリン・スローターの2022年の作品。34歳の新人保安官補が現在の任務と並行して迷宮入りした38年前の事件の真相を解明する刑事ミステリーである。
新人保安官補のアンドレアが最初に命じられた任務は、脅迫を受けている女性判事エスターの身辺警護だったのだが、エスターは38年前に一人娘のエミリーを殺害されており、事件は未解決のままだった。人気者で優等生だった18歳のエミリーは当時、妊娠七ヶ月で、ドラッグで意識がない時にレイプされたと主張し犯人を探していたため、口封じのために殺されたのではないかと思われた。事件は迷宮入りしたのだが、容疑者と目されたエミリーの周辺人物にアンドレアの実父・クレイが含まれていたことから、アンドレアは判事の警護とともにエミリー事件の真相を突き止めようとする。 アンドレアが事件捜査する現在のパートとエミリー視点での過去のパートが交互に進行し、やがて二つの事件が繋がって38年前からの因縁が明らかにされるプロセスはそれなりに緊迫感があるのだが、隠された真相の深さとアンドレアの捜査手腕が上手くマッチしていない。捜査の流れが途中で切れたり、思わぬところで繋がったりで、物語世界にすんなりと入っていけないのが惜しい。 ヒット作「彼女のかけら」の関連作品だが、スタンドアロンとして成立しているので「彼女のかけら」が未読でも問題ない。刑事ミステリーのファン、スローターのファンにオススメする。 |
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フランスの新進作家の本邦初訳作品。フランスではいくつもの賞を受賞し高く評価されているサイコ・ミステリーである。
新聞記者のサンドリーヌは長く音信不通だった祖母の訃報と共に、遺品整理のために来て欲しいという連絡を受けた。サンドリーヌの母と折り合いが悪く、生まれてから会ったこともなかった祖母だったが他に身寄りもないため仕方なく、祖母や四人の老人が社会的に隔絶されて暮らしている孤島に渡った。かつてここには子供のキャンプ施設があったのだが、連絡船の事故で子供十人が全員死亡するという不幸により施設は廃止になったという。不吉な運命に見舞われた島に渡ったサンドリーヌは謎めいた住人や不気味な雰囲気に圧倒され、逃げ出そうとするのだが、本土との連絡手段が壊されて島に閉じ込められてしまった…。 サイコキラーと島の歴史に関わる謎を解いていくのが本筋なのだが、ストーリーにさまざまな仕掛け、二重三重の罠が隠されており、一筋縄では読み進めることができない。訳者あとがきにあるように、何を書いてもネタバレになりそうで、これ以上の説明は不可能。というか、これ以上の先入観は持たないで読んだ方が面白いと言える。 サイコ・サスペンスのファン、唖然とするような作者の仕掛けを知っても腹を立てずに楽しめる方にオススメする。 |
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2021〜22年の週刊誌連載を加筆・修正した長編小説。日本中がマネーゲームに熱中した時代の波に乗り、狂騒の中を駆け上ろうとした若者たちのドラマである。
バブルが膨らみ続けていた1986年、大手証券会社福岡支店に入った三人の若者。母子家庭で進学を諦め、事務職で採用された18歳の水矢子、福岡の田舎の短大卒ながら証券販売のプロを目指す20歳の佳奈、無名の私大卒で風采が上がらない男だが野心だけは巨大な22歳の営業職の望月。三人はそれぞれの事情から「金を貯め、2年後には東京に出ていく」との夢を持っていた。しかし厳しい現実に押し潰されて悪戦苦闘していたのだが、ある出来事をきっかけに証券業界のマネーゲームに乗っかって突っ走り、2年を待たずに夢に手が届くところまで来た。そしてバブルは崩壊した。 バブル経済とは何だったのか? 日本人はなぜバブルに熱狂したのか? 今の時点で振り返れば呆れるほどの単純さだが、同時代を必死で生きた若者たちはおそらくこうだったのだろうというのが、よく分かる。分かり過ぎるぐらい、よく分かる作品である。つまりとても理解しやすい論理立てだし、かなりパターン化されたキャラクター作りだし、とても読みやすい。その分、初期の桐野作品に埋め込まれていた毒が薄めれていて、古くからのファンとしてはちょっと物足りない。 ミステリーではない、軽めの社会派エンタメ作品としてオススメする。 |
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1907年のハーグ平和会議に参加するために大韓帝国から3名の特使が派遣された史実、「ハーグ密使事件」を歴史ミステリーに仕立てた異色の韓国小説である。
日本から属国化の圧力を受けていた1907年の大韓帝国の首都ソウルで、ロシア系女性が経営するソンタクホテルにボーイとして就職した16歳の正根は、ソンタク女史が失踪するという事件に巻き込まれた。経営者の失踪に動揺するボーイたちの中にあって正根は気丈に、失踪の真相を探り出そうとする。ソウルの外国人ネットワークを手繰って調べを進めた正根は事件の背後に、独立を守るために大韓帝国皇帝が命じた重大な使命が絡んでいることを知った…。 巻末の作品解説によると、大多数の日本人にとっては曖昧な知識しかない当時の状況、事実をかなり正確に反映しているという。その意味では、日韓関係史を考えるときに新たな視点を与えてくれる教養小説である。もちろんエンタメ作品なのでミステリー、冒険小説の面白さも備えている。だが全体的にストーリーはそれなりに面白いのだが、エピソードや会話などがエンタメ作品としてはイマイチ。 珍しいバックグラウンドのミステリーが好きな方、日本による韓国の植民地支配に関心のある方にオススメする。 |
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2020年から21年に雑誌連載されたものを加筆改稿した長編小説。実際に起きた幼児連続殺人事件を下敷きに、犯人女性の動機、背景を解明しようとした心理ノワールである。
自分の娘と近所の子供の二人を殺害した死刑囚・三原響子の刑が執行された。遠縁にあたる吉沢香純は響子に近親がおらず、さらに香純の母が身元引受人にされていたため遺骨の引き取りに行き、そこで響子の最後の言葉が「約束は守ったよ。褒めて」だったと知らされた。香純が三原家の本家に納骨を依頼すると断固として断られ、一切連絡をするなという。さらに菩提寺に無縁仏として収めることも住職に拒否された。殺人犯と関わりになることを嫌がるのは分かるが、ここまで拒否されるのは何故か。また響子は誰と、どんな約束をしていたのか? 解明しきれない謎を抱えた香純は響子の故郷である青森へ向かった…。 事件の関係者、犯行様態は分かっており、謎は動機の解明だけというシンプルな設定だが、誰もが少しずつ自分の思いとズレて行動することから生まれる悲劇を盛り込んで、読み応えがある心理ノワールに仕上げられている。どんな理由があれ殺人は大罪だが、犯人を責め、刑を執行するだけで解決できるものではない。「検事の本懐」など佐方貞人シリーズを重くしたような作品と言えば、本作の持ち味が伝わるだろうか。 社会派ミステリー、心理ミステリーのファンにオススメする。 |
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英国推理作家協会新人賞を受賞した、北欧の新星のデビュー作。アイスランドの小さな漁港の町の女性刑事が古くからの人間関係と因縁が絡む殺人事件に挑む、警察ミステリーである。
長年の恋人との別れを機にレイキャヴィーク警察を辞職して故郷・アークラネスに戻り、警察に職を得たエルマ。誰もが顔見知りで事件・事故といえば酔っ払いか交通事故しかないような田舎のはずが、町外れの海岸で身元不明の女性の死体が発見され、エルマは首都警察でのキャリアの真価を問われることになった。被害者は子供時代をアークラネスで過ごし、今は近郊に住む主婦のエリーサベトと判明するのだが、夫によると「妻はあの町に行くのを嫌がっていた。憎んでいたと言ってもいい」という。エリーサベトはなぜ、30年も近寄らなかった町に来たのか、殺されなければならなかったのか? エルマは田舎町の濃密な人間関係の闇に分け入り、埋もれていた事件の真相を解き明かそうとする。 一つの殺人事件の真相を明かしていく、正統派の犯人探しミステリー。事件の背景や動機も目新しくはないのだが、ポイントとなる人間関係の組み立てが複雑かつ巧妙で読ませる。欲を言えば、エルマのキャラがやや平凡なのが惜しいが、すでに2作目、3作目が発売され好評を得ているというので今後の展開に期待したい。 北欧ミステリーファンには間違いなくオススメ作である。 |
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アメリカの新人作家のデビュー作。二十年前に自分の父親が起こした事件を模倣した連続殺人に巻き込まれた女性臨床心理士が事件の真相を求めて苦闘する、重苦しい心理ミステリーである。
12歳の夏に父親が6人の少女を殺して埋めた連続殺人犯として逮捕されてから20年、臨床心理士として独立し結婚を間近に控えていたクロエだったが、またしても彼女の周りで少女が殺される事件が連続した。しかも、犯行の手口はまるで父親の事件を真似したようで、クロエは過去の心の傷がフラッシュバックし、自分自身も含めてあらゆるものが信じられなくなった。疑心暗鬼に陥ったクロエは最大の理解者である婚約者・ダニエルまでもを疑い、どんどん負のスパイラルに落ち込んでしまう…。 昔の事件のコピーキャットもののセオリー通り、主人公の関係者に次々と疑惑が持ち上がり、読者を惑わせていく。読者の予想を裏切りながらストーリーが展開していくところは、ミステリーとしてよく出来ている。が、心理ミステリーとしては、やや深みや叙情に欠ける。 イヤミスというほどの読後感の悪さはなく、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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アメリカで大人気の「マイロン・ボライター」シリーズのスピンオフ作品。マイロンを助ける立場だったウィンが主役になり、自身の一族と関わりがある難事件を自分の価値基準で解決していくミステリー・アクションである。
N.Y.の超高級アパートメントで世捨て人の暮らしをしていた身元不明の男が殺害されたのだが、その部屋にはウィンの一族が所有し、過去に盗難に遭って行方が分からなくなっていたフェルメールの名画が残されていた。しかも、現場に一族の紋章とウィンのイニシャルが入ったスーツケースがあったことから、FBIはウィンに疑いの目を向けてきた。スーツケースはかつて従姉妹のパトリシアに譲った物であり、このままではウィンとパトリシアが容疑者にされてしまう。パトリシアに確認するとスーツケースは、18歳の時にパトリシアの父と自身が遭遇した事件の時に犯人側に渡ったのだという。さらに、殺害された人物の驚愕の身元が判明し、ウィンはFBI時代の恩師から「法の枠外」での非公式の調査を依頼される。莫大すぎる資産、並外れた容姿と頭脳、圧倒的な武術を持ち、セックスと暴力が趣味というウィンは、50年以上前からつながっていた難事件を彼独特の倫理に基づいて解決していくのだった…。 まるで神話の英雄のような主人公が大活躍する物語だが、思うほどファンタジックではなく、事態の背景、捜査プロセスなどは地に足が着いている。時代を超えた複数の事件のつながりも展開に無理がなく、謎解きとしてもよくできていて、完璧すぎるヒーローに鼻白むかもしれないが、読んで損はないエンターテイメント作品と言える。 シリーズを読んでいなくても何の問題もない、現代風ミステリー・アクションであり、多くの方にオススメしたい。 |
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前作「マーダー・ミステリ・ブッククラブ」が評判を呼んだオージー・ミステリーのシリーズ第2弾。シドニーからニュージーランドへのクルーズ船を舞台にした本格推理もの、古典的名作「オリエント急行の殺人」のオマージュ作品である。
豪華客船「オリエント号」に乗り込んだブッククラブのメンバーたちは華やかなクルーズに酔っていたのだが、翌朝、乗客の一人が突然死し、さらに二日目には乗客の女性が海に転落したため、観光旅行どころではなくなってしまった。クラブのメンバーで船の代理医師を務めているアンダースは「自然死と事故だ」というのだがアリシアたちは納得できず、独自の調査を進めることにする。何百人もの乗客・乗員、さらに個性的すぎるキャラクター揃いという状況で、クラブ・メンバーは得意の推理力を駆使して果たして謎を解くことができるのだろうか? 事件の動機、犯行態様、肝となるトリック、推理のプロセスはオーソドックスというか、本格推理の基本通り。最後に主要登場人物を集めた場で謎が解明されるのも、パターン通り。絵に描いたようなクリスティ・オマージュ作品である。 本格推理のファン、クリスティのファン、コージー・ミステリーのファンにオススメする。 |
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雑誌連載された12本の連作短編を収めた短編集。
本格推理でよく登場するトリックや犯罪の背景をテーマに、読者側、作者側の視点からさまざまな蘊蓄、揶揄、注文、考え方などを披露する一種のガイドブックである。密室、時刻表トリック、アリバイ崩しなど一作品一テーマで、登場人物がネタバラシ、作品世界からの逸脱などを繰り返しながら本格推理でのトリックの面白さ、陳腐さ、可能性を披露していく、いわば初心者読者向けのユーモア・パロディである。 純粋なミステリー作品としての評価はできないが、本格推理を読み進めるときにちょっとだけ役に立つトリセツとして読んで損ではない。 |
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「ワニ町」シリーズの第5作。いつもの3人がドタバタと走り回り、最後には事件を解決してしまう、毎度お馴染みのユーモア・ミステリーである。
ついにイケメン保安官助手・カーターとの初デートを実現したフォーチュンが甘い余韻に浸ろうとしていた朝、アイダ・ベル、ガーティが飛び込んできて「宿敵・シーリアが町長選に立候補した」と騒ぎだした。さらに、保安官事務所からは「バイユーにボートで出かけたカーターが銃撃され、SOSを送ってきた」と知らされる。それ一大事と、三人はボートを盗んで助けに駆けつけ、沈没しているボートから瀕死のカーターを助け出した。法執行機関の職員を狙った銃撃に衝撃を受けた三人だが、カーター不在の状況で事件を解決できるのは自分たちしかいないと大張り切り。町中を巻き込んで、今まで以上の混乱を引き起こすのだった。 フォーチュンがワニ町に住むのは三ヶ月限定だが、一月とたたないうちに5つ目の事件。まさに世界一の事件多発地域である。そこで身分を隠したCIA職員と老婆が活躍するのだから、ご都合主義の展開だらけだが、それが楽しい。フォーチュンとカーターの恋物語ももどかしいほどのスピードではあるが進行中で、今後に楽しみを残している。 何も考えずにひたすらマンネリを笑う、コージー・ミステリー好きの方にオススメする。 |
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警察小説の古典的名作「マルティン・ベック」シリーズの第二作、日本の新訳版では3番目の作品。鉄のカーテンの向こう側、ブダペストで失踪したスウェーデン人ジャーナリストの行方を探る、シリーズでも異色の警察ミステリーである。
本国で防諜機関の調査対象になったことがあるジャーナリストがハンガリーで行方不明となり、外交関係への影響を危惧する政府はベックに極秘調査を依頼する。夏休暇を中止させられたベックは鬱々とした気分のままブダペストに赴き、調査を開始するのだが、言葉に不自由な上に鉄のカーテンの向こう側の状況がさっぱり分からず、調査は一向に進まなかった。さらに、ハンガリー警察に監視されるだけでなく、誰かに尾行されている気配が濃厚で、ベックは八方塞がりに陥ったのだった…。 ジャーナリストが行方不明になった理由が最後に明かされて警察ミステリーとして完結するのだが、全体を読んだ印象は冷戦時のスパイ小説風味の推理小説と言うべきか。何よりも東欧の古都ブダペストの建物、風景、暮らしなどの描写が印象深い。その分、ミステリーとしての味わいはシリーズの他作品ほど高くない。 それでも、警察小説というジャンルを確立したシリーズの初期作品であり、全ての警察ミステリーファンに「読む価値あり」とオススメしたい。 |
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1991年の「鍵」と同じ兄妹を主人公にした、1996年の作品。よって立つ基盤を見つけられない若者たちの形のない不安が引き起こした殺人を描いた青春ミステリーである。
麻里子は高校3年になり、進学や恋愛など様々な場面で聾者であることから湧き上がる不完全感に苛立ち、自分の気持ちを整理できないでいた。そんな時、兄の友人で新聞記者の有作から毒入りジュース事件で容疑者にされた少年・直久が聴覚障害者と聞き、会わせてくれるように依頼する。突然現れた麻里子に戸惑う直久はぶっきらぼうな態度をとったのだが、直久が健聴者に向ける敵意が気になり、まりこは何とかコミュニケーションを取ろうとする。一方、毒入りジュース事件を起こしたケーキ屋の息子・恩は親の過干渉に苛立ち、胸の中で育っていく怒りを犯罪で解放しようとしていた。そんな三人が見えない糸で結ばれ、思いがけない事態が起きたのだった…。 事件の犯人は最初から明示されていて、謎解きミステリーではない。事件の背景となる家族の不確かさ、自分を信じきれない若さの揺れがメインの青春小説である。シリーズ作品だが、解説にあるように前作を読んでいなくても問題はない。軽いテイストの家族物語、青春ミステリーのファンにオススメする。 |
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尖閣諸島の問題をベースにした政治陰謀小説。偶然発覚した残虐な暴行事件が現役総理大臣暗殺事件と繋がっていく、サスペンス・アクションである。
奥多摩の交通事故現場に残された車のトランクから激しい暴行を受けた男が発見された。被害者の身元を証明するものは何もなく、運転していた人物も逃走とあって捜査は手探りで始まったのだが、担当する荻刑事の粘り強い捜査で被害者が判明した。さらに、事故車両の所有者と被害者との間に隠されたつながりがあるのではないかと疑った荻刑事は、警察上層部からのプレッシャーを跳ね除けながらじわじわと真相に迫って行く。同時進行のエピソードとして、理不尽な理由で自衛隊を辞めさせられた射撃の名手の自衛官・佐々岡は、自衛隊情報保全部員の三枝から「自衛隊OBが絡む政治団体への潜入捜査」に勧誘される。難病の妻の治療に便宜を図るという条件に心を動かされた佐々岡は任務を承諾し、団体の中心に近づくことに成功した。そして現役総理大臣が暗殺され、二つのエピソードは繋がって行く…。 中国が尖閣諸島を占拠し日本と戦闘が起きたら、アメリカはどうするのか? という大問題を背景に、自衛隊はどう動くべきなのかをメインに据え、政治家と軍人の思惑を絡ませたシミュレーション・ゲームであり、ところどころ都合が良すぎる人物が登場したり、首をひねる展開もあるものの、国産の政治陰謀小説としては十分に合格点に到達している。 政治サスペンスのファンにオススメする。 |
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2005年に発表された書き下ろし長編。著者の青春三部作の第2作。仕方なく工業高校に進んで落ちこぼれていた主人公が、ひょんなことからロケット(正確にはキューブサット)打ち上げに挑戦することになり、個性的な落ちこぼれ仲間を集め、最後には成功するという、見事なまでの青春小説である。
同工異曲の作品は枚挙にいとまがないが、それでも読ませる力を持った作品であり、読後感が良い。 あれこれ考えず、素直に読み進めることをオススメする。 |
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オウム真理教事件を思い起こさせる新興宗教の教祖と、それに関わったり巻き込まれたりした人々。その生き方はあらかじめ決められたものなのか、それとも自ら選び取ったものなのか、いつの時代にも人を悩ませてきた永遠のテーマを平成の日本社会に持ち込んだ社会派エンターテイメントである。
バラバラに展開しながらも強く連関を感じさせる4つの物語が新興宗教の凶行を軸に繋げられるのだが、繋げるものの正体が幻想的すぎて分かりにくい。というか、分からないから物語になるのだろうけど。読んでいて落ち着かないこと、この上ない。 |
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コメディアンにしてミステリー作家というアイルランドの作家の初長編。誰にでも誰かに似ていると見られる青年・ポールが老ギャングの最後に立ち会ったことからギャングの秘密を知ったと疑われて命を狙われる、巻き込まれ型ユーモア・ミステリーである。
ホスピス慰問のボランティアをしているポールはある日、死期が迫った老人に知人の息子と間違えられて大騒動になった。老人が実は悪名高いギャング仲間で、ある有名な誘拐事件に関わっていたことがあり、最後に立ち会ったポールは事件の秘密を知ったのではないかと疑われ、爆弾で命を狙われることになる。たった一人で逃げ回る羽目になったポールに救いの手を差し伸べてくれたのが、ホスピスの看護師・ブリジットと子供時代からの恩人であり宿敵でもある中年刑事・バニーだった。訳も分からず逃げ回る三人だったが、追いかける組織と追いかける理由を知るために逃げながら探偵するという綱渡りを繰り広げることになった。 典型的な巻き込まれ型ドタバタ・ミステリーで、訳が分からないうちにどんどん話が進む。さらに登場人物がくせ者揃いで、至る所でユーモアたっぷりのエピソードが繰り広げられる。その割に事件の謎や犯人像が凡庸で、ミステリーとしてはイマイチ。2時間もののコメディにはなりそうだが、次作を期待するほどではない。 |
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