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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数617

全617件 381~400 20/31ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.237:
(7pt)

世代をつなぐ復讐?

ニューヨーク市警刑事キャシー・マロリーシリーズの第10作。氷の天使が義憤に駆られて復讐を遂げるという物語で、従来の路線を踏襲しながらも、新しいマロリーが垣間見える作品である。
セントラルパークで、袋に入れられて木から吊るされている3人の男女が発見された。脳に腫瘍があり気がふれていた女は死亡し、社交界のスキャンダルで知られていた女は負傷しており、小児性愛者の男は入院したものの後に死亡した。年齢的に近いという以外の共通点が見つからない3人の被害者は、なぜ吊るされたのか? マロリーとライカー刑事は捜査を進めるうちに、15年前に同じ場所で同じような事件が発生していたことを発見した。しかも、その事件は記録が全く残されていなかった。誰が、何のために隠蔽工作をしたのか? 古い謎を追って二人の刑事はNY市の警察と司法の闇に踏み込んで行った。
一方、同じ日にセントラルパークで発見された8歳の少女ココは、小児性愛者に誘拐されており、誘拐犯が吊るされるのを目撃していた。少女は社会適合性に欠けるウィリアムズ症候群の診断され、チャールズ・バトラーの保護の下に置かれたのだが、マロリーは少女から証言を得ようとして、チャールズと対立する。
事件の背景には、小児性愛者といじめにあった子どもを巡る大人たちの醜悪な思惑があり、それを知ったマロリーが被害者の子どもの代わりに復讐するという展開になる。また、ウィリアムズ症候群の少女に過去の自分を見て、マロリーが少女に温かく接するという、氷の天使らしからぬ面を見せるのも、従来のシリーズ作品とは異なっている。そういう意味では、シリーズの転換点になる作品かもしれない。
過去と現在が複雑に入り交じる凝ったストーリーと複雑な文章表現で、読みにくいという点は、従来通り。シリーズ読者以外にはなじみにくい作品である。
生贄の木 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル生贄の木 についてのレビュー
No.236:
(7pt)

芸術家が長命な理由が分かる

雑誌連載された長編小説。ミステリーではないが、一種の犯罪小説、ノンフィクションに近いスキャンダル小説である。
京都の日本画画壇の実力者で芸術院会員の座を巡って争う二人の猛烈な選挙活動を、リアルに、執拗に、傷口に塩を擦り込むようにして描いている。ある関係者が「これはノンフィクションです」と言ったそうだが、おそらくその通りだろう。とにかく、登場人物がみな一癖も二癖もある老人ばかりで、驚くべき執念深さで猟官活動に邁進する。そのエネルギーは驚異的で、芸術家と呼ばれる人種が長生きする理由はここにあるのかと納得させられる。
キャラクターの立て方、それぞれの言動などが、厄病神シリーズに通じるような切れ味とテンポの良さがあり、ページを捲るごとにどんどん物語の世界に引き込まれていく。
社会派のモデル小説がお好きな方には特にオススメ。厄病神シリーズのファンも十分に満足できるだろう。
蒼煌 (文春文庫)
黒川博行蒼煌 についてのレビュー
No.235:
(7pt)

やや薄味かな?

ミレニアム・シリーズの第5作。作者が代わってからの第2作である。
前作の事件での行動が原因で刑務所に入れられたリスベットは、囚人を牛耳るギャング・ベニートに虐待されていたバングラデシュ人の女性・ファリアを助けるためにベニートと対立し、ベニートに瀕死のケガを負わせたが、看守の証言などもあって刑務所から釈放された。収容中に面会に訪れた元後見人のホルゲルから、自分の子ども時代の秘密につながるヒントを聞いたリスベットは、ミカエルにも協力を求めて、その謎を解き明かそうとする。一方、リスベットの要請で調査を始めたミカエルは、調査対象である証券アナリストを調べるうちに、何か大きな秘密が隠されていることに気がついた。さらに、ホルゲルが何者かに殺害され、しかも瀕死のベニートが病院から脱走し、リスベットを殺すべく動き始めたのだった・・・。
「ドラゴン・タトゥーの秘密が、ついに明かされる」というのが本作のキャッチフレーズで、リスベットの過去を解き明かして行くのがメインストーリーであるが、サブストーリーとしてイスラム原理主義の女性差別、優生学的な研究の忌まわしさ、サイバーテロなどが取り上げられており、社会性の強いシリーズの特徴がきちんと受け継がれている。ストーリー展開もテンポよく、スリルやサスペンスもたっぷりで、ミステリーとしてのレベルは高い。ただ、これまでの4作品に比べると、物語としての密度がやや薄まっている気がした。
シリーズファンには必読の作品である。シリーズ未読の方は、ぜひ第1作から読むことをオススメする。
ミレニアム 5 上: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-3)
No.234:
(7pt)

気持ちよくダマされましょう

1995年から98年までに雑誌連載された、700ページを越える長編作品。スペイン現代史という逢坂剛の得意の舞台で繰り広げられる、豪華な政治アクション小説である。
1966年、スペイン上空で米軍機同士が衝突し、爆撃機に搭載されていた核爆弾4基が放出された。うち3基は地上で回収されたのだったが、残りの核爆弾1基は海中に没したらしく、米軍の必死の捜索でも見つけることができなかった。事実を隠しながら核爆弾を探す米国、その事実を暴露し、あわよくば核爆弾を入手しようとするソ連側のスパイが、スペインの田舎町で激しい神経戦を繰り広げ、この町に住むギター製作者・ディエゴのもとを訪れてギター製作を依頼し、出来上がるのを待っていた日本人・古城も否応無く、その争いに巻き込まれて行った。
1995年、新宿ゴールデン街でバーを営む・織部は、イギリス人ギタリスト・ファラオナのコンサートで彼女のギターに心を奪われ、彼女を店に招待する。店を訪れたファラオナは、古城と自分のギターが同じディエゴの作品であることに驚き、ディエゴに会うために一緒にスペインへ行こうと古城を誘ってきた。そして翌年、核爆弾墜落から30年が経ったスペインの田舎町で、二人は幻のギター製作者・ディエゴを探し始めたのだったが・・・。
スペイン現代史、情報戦、ギター、史実をベースにした現在と過去の並行した話の展開など、これぞ逢坂剛の世界という要素がびっちり詰まった超重量級の作品である。最終盤で、極めて重要な仕掛け(トリック?)が明かされるのだが、「それは無いだろう」とはならない。気持ちよくダマされた快感が味わえる。
逢坂剛ファンには文句なしのオススメ。スパイミステリー、軽いアクション小説のファンにもオススメだ。
燃える地の果てに(上) (角川文庫)
逢坂剛燃える地の果てに についてのレビュー
No.233: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ラブコメとして、楽しめる

タイトルと表紙写真からある程度想像できて、強いインパクトは無いが、それなりに楽しめる長編エンターテイメント作品である。
獣医の手島伯朗は、突然、父親違いの弟・矢神明人の妻を名乗る女性・楓から「明人が行方不明になった」と知らされた。明人が結婚したことも知らなかった伯朗だったが、楓に頼まれて明人の行方を探すのに協力することになった。矢神一族は没落寸前の資産家で、周りはうるさい親族だらけ。突然姿を現した明人の妻を名乗る女が真相を究明するのは並大抵ではなく、協力する伯朗も自分の母親と義理の父親との関係で問題を抱えており、二人の調査は遅々として進まなかった・・・。
謎の女・楓のキャラクターが強烈で、行方不明探しはオマケで、楓と伯朗の関係の方がメインの物語である。スリルやサスペンスは皆無で、伏線の張り方やオチの付け方も、ラブコメミステリーだと思えば納得できるレベルであるが、さすがに東野作品だけあって読んで損は無い。
旅行中の待ち時間や乗り物の中で、肩が凝らないミステリーで楽しく時間を過ごしたい方にオススメだ。
危険なビーナス (講談社文庫)
東野圭吾危険なビーナス についてのレビュー
No.232: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

さすがに巧みな構成力

雑誌連載を下敷きにした書き下ろし長編作品。タイトルから想像できるように、花の幻覚作用をテーマにした、軽快なミステリー小説である。
水泳のオリンピック候補に挙げられていながら挫折した大学生・秋山梨乃の従兄弟・鳥井尚人が自殺した。プロ目前のミュージシャンとして夢を持っていたはずの尚人は、何故自殺したのか? さらに、梨乃の祖父・秋山周治が殺害される事件が起きた。単純な強盗殺人のように見えた事件だったが、周治が気にかけていた黄色い花の鉢植えが無くなっていることを不思議に思った梨乃が調査を始めてみると、その花には何かが隠されているような疑問が次々に出て来るのだった。謎の黄色い花の正体は何か? 祖父の殺害犯人は誰か? 動機は?
プロローグが1と2の2つあることから、両方の事件の関係者の間に因縁があるだろうという想像はつくのだが、その因縁は最後の最後まで明かされることが無く、物語のテーマとして読者を引っ張って行く。最後の種明かしはやや強引ではあるが、ストンと収まって行く巧みな構成で読後の満足感は高い。登場人物の設定が上手いし、話の展開もテンポがよく、相変わらずのストリーテラーである。
東野圭吾ファンはもちろん、重苦しくないミステリーを読みたいというファンにはオススメだ。
夢幻花(むげんばな)
東野圭吾夢幻花 についてのレビュー
No.231:
(7pt)

好都合な偶然が多いけど

1990年から91年にかけて新聞連載された長編小説。文庫本で750ページというボリューム満点の冒険エンターテイメント作品である。
「スペイン内戦で反乱軍側に参加していた日本人がいる」という情報を手に入れた通信社の記者・龍門二郎は、その正体を探り記事にしようとスペインに飛び、雲をつかむような頼りない情報をもとに取材を始めたのだが、知れば知るほど謎が深まり、さらに謎の殺し屋に狙われて我が身に危険が迫ってきた・・・。
スペイン内戦で反乱軍に参加した日本人を捜すというのが、本筋。それに加えて、龍門の母方のルーツを探るというサブストーリー、さらに、バスク独立派のテロ組織と右翼の秘密暗殺部隊の対立、さらに、内戦時に隠された金塊を巡る争い、さらには龍門の苦い恋愛、という、いくつものストーリーが重なった盛りだくさんの物語である。しかも、逢坂剛ファンにはうれしい岡坂シリーズのヒロイン花形理絵が登場し、主役・岡坂もちょこっと友情出演するなど大サービス、もう満腹をとおりこしそうなボリューム感である。したがって、いたるところで話の展開を楽にするための好都合な偶然の出会いがあるのが、ちょっと難点と言える。
スペイン内戦時と現代を行き来する物語の複雑な構成の割にストーリーを追うのが楽で、アクション、サスペンス、政治的なスリルもたっぷりと詰まっていて退屈することがない。アクション小説ファンにはオススメだ。
斜影はるかな国 文春文庫
逢坂剛斜影はるかな国 についてのレビュー
No.230:
(7pt)

砂漠を舞台にしたサバイバル小説

2017年の雑誌連載を単行本化した長編小説。サハラ砂漠を舞台に、墜落した飛行機の生存者たちが砂漠からの脱出をはかる冒険小説である。
エジプトで発掘作業をしていた考古学者・峰がミイラを発見したのだが、それは仲間内の争いで殺された盗賊で、考古学的価値があるものではなかった。失望し、エジプトでの作業を諦めて日本に帰ろうとして峰だが、フランスの博物館から招待を受け、フランスに行くことにした。ところが、峰が乗った飛行機が墜落し、サハラ砂漠の真ん中に数人の乗客が取り残されることになった。墜落現場にとどまって救助を待つか、オアシスを見たという情報を頼りに歩き出すかで乗客は分裂し、峰を含む6人がオアシスをめざして歩き出した・・・。
物語の中心は、灼熱の砂漠での壮絶なサバイバルゲーム。読んでいるだけで息苦しくなるような熱砂との戦い、グループ内での疑心暗鬼と殺人事件、それにゲリラの襲撃まで加わって、面白い冒険小説になっている。ただ、タイトルとも関連する、もう一つのテーマが中途半端な付け足しのようで、最後に息切れした感が否めない。冒険小説と、もう一つのテーマでの社会派ミステリーとに分けて、2つの作品にすれば、もっと満足度が高かったのではないかと思う。
サバイバルもの、冒険小説がお好きな方にはオススメだ。
サハラの薔薇 (角川文庫)
下村敦史サハラの薔薇 についてのレビュー
No.229:
(7pt)

弱くて、狡くて、空回りする男と女(非ミステリー)

2013年に発表された長編小説。文庫本には心理サスペンスとあるが、心理小説ではあっても、サスペンス作品ではない。
釧路の図書館長に赴任してきた30代の男、その妹で発達障害と天才的な署の才能を併せ持った25歳の女、地元で書道教室を開いている40代の男、その妻で高校の養護教諭を勤める40代の女。この4人を主要な登場人物として、舞台となった釧路の霧と寒風のような重苦しくて悲しい心理ドラマが展開される。25歳の女の純粋さが、周りの3人の心の弱さをあぶり出し、それぞれに卑屈さを隠す狡猾な言動とわずかなプライドでお互いを傷つけ合って行く。
どこにも逃げ道が無い重いストーリーなので、男と女の恋の話を読みたい読者にはオススメできないが、恋に育ち損ねたビターな物語がお好きな方にはオススメだ。桜木紫乃の救いの無い世界は、一度ハマるとクセになる。
無垢の領域 (新潮文庫)
桜木紫乃無垢の領域 についてのレビュー
No.228:
(7pt)

うん、確かに14歳は永遠だ(非ミステリー)

2003年度の直木賞受賞作。中学1年生から3年生になる直前までの男の子たちの成長物語を、いつもの石田衣良節で軽快に綴った8本の連作短編集。
東京の下町・月島の中学に通う同級生4人が、それぞれの危うい少年期を危ういまま乗り越えようとする友情と成長の物語は、どうということは無い物語だが、読後感は悪くない。男性の読者なら、きっと思い当たることが一つや二つはあるはずだ。女性の読者なら、馬鹿にして見ていた同級生の男子たちの顔を思い出すことだろう。そして、14歳のときからさほど成長していない自分を発見し、ほろ苦い思いに駆られることだろう。人間、14歳以上には成長できないのかもしれない、早老症のナオトを除いては。
4TEEN (新潮文庫)
石田衣良4TEEN フォーティーン についてのレビュー
No.227:
(7pt)

ちょっと奇をてらい過ぎたかな?

現代調査研究所・岡坂シリーズの一作。文庫700ページの大作である。
大手家電メーカーのオーディオ製品のイメージキャラクター探しに関わった岡坂は、無名の女性ギタリスト・香華ハルナを見出し、契約に成功する。しかし、重大な企業秘密であるはずのこの話が、なぜか業界紙に嗅ぎ付けられ、執拗に追いかけられることになる。契約から60日間、秘密を守り通さなければ契約破棄になってしまう。果たして岡坂は、業界紙ゴロ、怪しい調査員、ライバル広告会社の社員、社内にいるかもしれないスパイなど、周囲の不審な人物たちの手から香華ハルナを守りきれるのか?
著者のバックグラウンドである広告業界、クラシックギター、神保町界隈と、著者お得意の舞台装置で繰り広げられる企業&PIミステリーである。登場人物のキャラクターやエピソードは巧く描かれているし、ストーリー展開もテンポがいい。それでもやや不満が残るのは、ヒロイン・香華ハルナのイメージが途中から変化して平凡になってしまうことと、最後に明かされる悪役側の動機に疑問を感じることが原因である。
サスペンス作品というより、ピストルも殺しも出て来ない、日本のハードボイルドらしいエンターテイメント作品としてオススメする。
あでやかな落日 (講談社文庫)
逢坂剛あでやかな落日 についてのレビュー
No.226: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

スノボファンでなくても楽しめるスノボ小説(非ミステリー)

スノーボードを舞台にした連作短編集。個々の作品がそれぞれに完結していながら、7つの作品がぐるっと一回りして衝撃的(笑劇的?)なオチにつながるという、にやりとさせられる仕掛けが、いかにも東野作品である。
ストーリー展開が早いし、登場人物のキャラクター設定も会話も巧いので、すいすい読める。
スノボファンでなくても面白く読める。暇つぶしにはもってこいである。
恋のゴンドラ (実業之日本社文庫)
東野圭吾恋のゴンドラ についてのレビュー
No.225: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

宮部みゆきの「芽」がしっかり見える

1987年のオール読物推理小説新人賞を受賞した表題作を始め、5作品を納めた初期短編集。どれも荒削りながら、のちの宮部みゆき作品に通じる「芽」を感じる個性的な作品揃いである。
5本の中では、表題作の「我らが隣人の犯罪」がミステリーとしての完成度が一番高くて面白い。他の4作品も、それぞれにアイデアや構成の妙があり、新人離れした巧さを感じさせる作品ばかりである。
我らが隣人の犯罪 (宮部みゆきアーリーコレクション)
宮部みゆき我らが隣人の犯罪 についてのレビュー
No.224:
(7pt)

事件捜査より、ボス・オリヴァーが気になる

本国ドイツはもちろん、日本でも人気が高いオリヴァー&ピアシリーズの第5作。日本では、これまで3、4、1、2の順で翻訳刊行されてきたのが、ようやく順番通りになった。
風力発電施設建設会社で夜警が侵入者に殺され、さらに、社長の机の上にハムスターの死骸が置かれているのが発見された。捜査に乗り出した警察に対し、会社の経営陣は非協力的で、何かを隠したがっているようだった。さらに、この会社が計画中の風力発電プロジェクトに対しては、地元で反対運動が繰り広げられていた。ところが、反対派の中も複雑で、仲間内での対立が起きていた。そんな中、プロジェクト予定地を所有する老人が殺害される事件が発生し、老人との喧嘩を目撃された市民運動家の男が犯人ではないかと目された。関係者の誰もが警察に非協力的で何かを隠している中、オリヴァーとピアは地道な聞き込みと心理を読む捜査でじりじりと真相に迫って行く・・・。
風力発電という巨大な利権に群がる政財界、官僚の汚職や陰謀、施設建設がもたらす巨額に目がくらむ関係者の欲望が重なりあい、事件を生み出して行く。という意味では社会派ミステリーだが、本作の力点は親子や家族、恋人関係の複雑さとどうしようもなさにおかれており、オーソドックスなヒューマンドラマである。中でも、捜査を指揮するはずのオリヴァーが女性関係の悩みからほとんど役立たずになって行くのが衝撃的で、事件捜査の展開より、そっちの方が気になった。
主要登場人物たちの変化が興味深く、シリーズ読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の方には、ぜひ第1作から順に読むことをオススメする。
穢れた風 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス穢れた風 についてのレビュー
No.223:
(7pt)

予想通りのオチだった

スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビによる「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズの第2作。2005年に刊行され、日本では2009年に翻訳されたた作品が2017年に再文庫化された作品である。
ストックホルムの病院で、激しい暴行を受けて救急搬送されてきたリトアニア人娼婦・リディアが医師と学生を人質に遺体安置所に立てこもるという事件が起きた。別の殺人事件捜査で病院にいて事件に出くわし、現場を指揮することになったエーヴェルト警部は、リディアの要求で同僚のベングト刑事を交渉役として派遣した。ところが、リディアはベングトを射殺し、自らも拳銃自殺してしまう。リディアはなぜ、なんの勝算もない立てこもり事件を引き起こしたのか? 捜査を進めたエーヴェルト警部は衝撃的な事実に直面する・・・。
立てこもり事件と並行して、エーヴェルトの運命を決めることになった凶悪犯・ラングによる暴行殺人の捜査が展開され、二つが微妙に重なりあってエーヴェルトの苦悩は深まって行く。社会的正義とは何か、警察の役割りはどこにあるのか、エーヴェルトは厳しい決断を迫られることになる。
立てこもり事件の終結までの展開はサスペンスがあり、ラングを追い詰める捜査も真に迫ってはらはらさせる。だが、両方の事件が一定の結果を出してからのエーヴェルトの苦悩の部分になると「なんだかなぁ〜」と肩すかしをくらったような気分になった。前に読んだ同じコンビの作品「三秒間の死角」があまりにもレベルが高かったので、期待し過ぎたのかもしれない。
シリーズ作品ではあるが、シリーズとしての骨格がまだ決まっていない感じで、単独で読んでも何の支障もない。北欧警察小説、社会派ミステリーのファンにはオススメだ。
ボックス21 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンドボックス21 についてのレビュー
No.222:
(7pt)

ベトナム戦争時代を引きずった青春小説

1993年から94年にかけて新聞連載された長編ミステリー。93年の殺人事件捜査と69年の青春時代の懐古とが入り交じった、青春小説ミステリーである。
1993年、サンディエゴの公園で北海道余市で果樹園を営む男が射殺された。農業視察団の一行としてアメリカを訪れ、途中から単独行動でサンディエゴにに来たらしい彼は、なぜ人気のない夜の公園で殺されたのか。市警のマルチネス刑事が捜査を担当することになった。一方、被害者の側は、残された妻とアメリカ留学中だった娘だけでなく、高校時代からの親友という3人の男が日本から駆けつけてきた。マルチネス刑事は、被害者の関係者に聞き取りを始めたのだが、妻も友人たちも何かを隠しているようで、全面的に協力的な態度ではなかった。彼らが非協力的だった理由は、1969年のサイゴンでの日本人の爆死事件が絡む、彼らの青春の出来事にあった。
物語は、殺人事件の捜査と青春の懐古の二つの大きな流れで構成されており、それぞれに読みどころがあり、良くできた作品である。ただ、どちらも中途半端になってしまった感は否めない。それでもエンターテイメントとしては十分に成立しており、評価に値する作品である。
北海道の大地が生み出す開放感とベトナム戦争という時代が作った陰が、当時の若者たちに様々な影響を与えたことが窺える。
佐々木譲ファンであれば、失望することはない作品であり、ファンでなくても時代感覚が分かる50代以上の読者にはオススメできる。
勇士は還らず (文春文庫)
佐々木譲勇士は還らず についてのレビュー
No.221: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

犯行は残虐、犯人は小粒?

リンカーン・ライム・シリーズの第12作。現代社会の盲点を突いた犯罪の怖さを見せつけて日常生活に恐怖を覚えさせる、ある意味ホラーなサスペンス大作である。
NY市警のコンサルタントを辞めたライムのもとに持ち込まれたのは、ショッピングセンターでエスカレーター事故に巻き込まれた被害者遺族の損害賠償訴訟への協力だった。これは実は、殺人事件の犯人追跡中に事故現場に居合わせたアメリア・サックスからの依頼だった。安全なはずのエスカレーターで、なぜ予想もしない事故が起きたのか? ライムのチームが原因を探ってみると、これは事故ではなく、仕組まれたものではないか、殺人ではないかとの疑いが濃くなってきた。一方、事故現場で犯人を取り逃がしたサックスの捜査は行き詰まり、それをあざ笑うかのように、同じ犯人による殺人事件が引き起こされた。しかも、エスカレーターによる殺人も同一犯によるものではないかと思われた。日常生活に普通に使われている電子機器を凶器に変える犯行の動機は何か、犯人の意図するものは何か?
毎日使っている装置や道具に、こんな危険が潜んでいるのかと、読んでいる途中で怖くなる。まさに、作者の意図通りの反応をしてしまうサスペンスフルな作品で、いつも通りのどんでん返しもたっぷり仕掛けられており、ハラハラドキドキの度合いは期待通りと言える。ただ、今回は犯人の狂気というか、ねじれ具合がイマイチ。こういうサイコな作品は悪人次第という点から言うと、やや小粒な作品である。
いつものメンバーに、新たに魅力的なキャラクターの新人が加わったし、ライムとサックスの関係にも変化が訪れそうで、次作へ期待を持たせるのも、いつも通り。期待以上ではないが、期待通りに面白い、安定した作品である。シリーズのファンにも、単発で読む読者にもオススメできる。
スティール・キス 上 (文春文庫)
No.220:
(7pt)

気まぐれの旅のはずが迷宮への旅だった・・・

1966年に発表されたフランスの作品。自分が誰なのか分からなくなるという不条理系のストーリー展開ながら、最後には明確な答えが用意されているサスペンス・ミステリーである。
勤務先の社長から、新車のサンダーバードを空港から自宅まで回送するように依頼されたタイピストのダニーは、ふとした気まぐれから車を無断借用して地中海をめざすドライブに出た。白いスーツにサングラスで派手な車を乗り回しながらダニーは、女王様気分に浸っていた。ところが、理由も分からぬまま襲われて負傷し、さらに行く先々で「あなたを知っている」という人々に出会い、自分のアイデンティティに不安を覚えるのだった。しかも、サンダーバードのトランクに、見知らぬ男の死体が入っているのを発見した。何が起きたのか、自分は誰なのか? ダニーは迷路のような道を歩み、真相を発見しようとする・・・。
謎解きミステリーとしての構成がしっかりしているので、最後にはすべての真相が明らかにされる。明らか過ぎて、現代ミステリーを読み込んできた読者には物足りないだろうが、最後の謎解きまではサスペンスがあって楽しめる。良くも悪くも古典的名作ということである。
古典を古典として楽しめるミステリーファンにはオススメだ。
新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)
セバスチアン・ジャプリゾ新車の中の女 についてのレビュー
No.219:
(7pt)

アガサ・クリスティと言うのも、ちょっと強引?

アイスランドのアガサ・クリスティという異名を持つ作家の人気シリーズ「ダーク・アイスランド」シリーズの第一作。雪に閉ざされた地方都市での事件という、古典的な謎解きミステリーである。
アイスランド北部の小さな町で市民劇団の主宰者である老作家が、劇場の階段から転落して死亡した。新人警官アリ=ソウルは、事故死だという上司の判断に疑問を持ち、それとなく調査を進めるのだが、住人全員が顔なじみという小さな町では思うようには動けないでいた。そこに今度は、雪の中で重傷を負って倒れている半裸の若い女性が発見されるという事件が発生した。しかも、その女性は市民劇団員の同棲相手だった。老作家の死は事件なのか事故なのか、若い女性の事件と関連性があるのだろうか? 捜査が進むにつれ、人口1200人前後、警察官3人という寒村にも人間の闇が隠されていることが明らかになってきた・・・。
ストーリーの基本は「フーダニット」なのだが、ミステリーをある程度読み慣れた読者なら途中で犯人の想像が付くだろう。事件の背景の古臭さはクリスティ風ではあるが、謎解きの完成度としてはクリスティとは比べようも無い。それより、経済危機下にあるアイスランドの若者の生活信条や寂れ行く小都市の住民の生活の描写などの方に面白さがある。
あまりなじみが無い国の人々や生活を想像しながら読むのがお好きな方にオススメする。
雪盲: SNOW BLIND (小学館文庫)
ラグナル・ヨナソン雪盲~SNOW BLIND~ についてのレビュー
No.218:
(7pt)

誘拐サバイバー

日本ではほとんど紹介されていないが、アメリカではベストセラーの常連という「D.Dウォレン」シリーズの一作。タフな女性刑事とタフな女性誘拐サバイバーが主役のサスペンスである。
暴行目的で女性を誘拐した男が、逆に女性に焼殺されるという衝撃的な事件が起きた。しかも、被害者となった女性フローラは7年前の誘拐監禁事件の被害者で、殺害した男は3か月前から行方不明になっている女子大生の誘拐犯ではないかと主張している。ボストン市警の刑事D.D.ウォレンたちは、男の自宅から過去の犯罪の証拠らしき物を発見し、捜査を進めようとしたのだが、その矢先にフローラが行方不明になってしまった。謎に包まれた事件の背景には、7年前の残忍な監禁事件が隠されていた・・・。
誘拐から生還したサバイバーが、なぜもう一度被害にあったのか? という謎解きがストーリーの中心で、「その女 アレックス」などに代表される誘拐監禁小説のジャンルに分類される作品である。監禁からの脱出劇のサスペンス、犯人のサイコパスぶり、警察小説ならではの仲間意識や人間関係の面白さなど、エンタメ要素はたっぷりなのだが、全体的にやや薄味なのが惜しい。ページは分厚いんだけど。
誘拐監禁もののサスペンスがお好きな方にはオススメできる。
棺の女 (小学館文庫)
リサ・ガードナー棺の女 についてのレビュー