1Q84

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評判

1Q84の評価:

3.66/5点 レビュー 983件。 D ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.66pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,146件 321〜340 17/58ページ
No.826
(2pt)

軽いのに量だけ多く苦痛でした

読み終わった私の感想は、

●軽い
●オタク、ロリコンぽい
●知識のボリュームは無駄に多い
●表現がくどい
●エネルギーがない。
●伝えることを放棄している

です。あんまり人と会話せずに箱にこもって書いているのか、非常にダラダラとし、暗くてジメジメしている割にはペラペラに軽い印象しか受けませんでした。

エバ世代?の子達には受けるのかな。「作品には意味がある」ことを前提にしか考えない人たちから見たら謎?をたくさん残してくれてるからハマれるのかも。

私の好きな明治文学と比べると、気持ちが動くことがほぼない作品でした。

とくに意味も無いけど、好きなキャラクターを妄想のまま落としたかったのかな、と思います。押し付けがましくないのが救いではありました。

これ読んでた時間、もったいなかったなーと思います。

1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.825
(4pt)

It’s NEVER only a paper moon.

背水の陣で臨む。現代の小説は嫌いだ。読者を同じ感情へ誘導する乗り物でしかない浅薄な作品が、取っかえひっかえ、脚光を浴びている。さもなくばマニア相手の特殊作品。「もしこれが駄作だったら、もう小説とは訣別するかもしれない」と私。「じゃあもう、近代(文学)へ行くしかないね」と妹。近代文学。文豪の時代。しかし現代は違う。小説はテーマパーク。A honky-tonk parade.

この作品は筋を追うだけなら簡単だと思う。文壇を、宗教を、権力を、一刀両断するサービスもある。しかし、村上春樹の作品はすべて暗喩である。比喩やアナロジーを多用し、表面的な筋書きが単に水面の光景でしかないことを示唆している。水の奥に何が蠢き、どんな水流があるか、それを考えることが醍醐味なのだ。そこには重層する「多義的」な「意味」がある。だからこそ世界の知識人に読まれるのである。お話として面白いかどうかとか、焼き直しだとか、作者の女性観がどうとか、そういった皮相な批判は、だからまったく意味をなさない。そんな読み方しかできない人は、この先彼の作品など手に取らず(「説明しなくてはわからないということは、説明してもわからないということだ」)、もっとずっと易しい、大量消費型お子様ランチでも読んでいればよい。その方がずっと楽しい時間つぶしになる。

とはいえ、物語としての緊密さは、第2巻よりも第1巻の方が優る。次第に謎が明かされるにつれ、表層的な動きが増し、多義性が薄れて、つい読み飛ばしたくなる。「海辺のカフカ」では最後まで維持された緊張が、次第に緩んでしまったのを残念に思った。妹は「第2巻で一旦完結の感あり」と言う。だからここで感想を書くのだが、この結末は必然性を欠く。ここからは難業だろう。しかし前に進まねばならない。

そして結論。現代小説との訣別まで、今少しの猶予を設けたい。少なくとも彼の作品に、私はまだ未練がある。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.824
(2pt)

18歳未満にはお勧めしない内容かも

文学といえども、内容がちょっと過激の様な気が。。。
幼い娘がいますが、高校にあがるまでは、ちょっと読ませたく内容かも。。。

そら豆さんと言い間違えて妻に話していたら笑われました。。。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.823
(3pt)

通りすがりの一読者として


(私は、熱烈な村上春樹ファンでなく、通りすがりの、一読者の感想です)

以下、ネタバレの感想を書いています。






3巻をとおしての感想としては、私はBOOK2の中盤で、窮屈に感じました。思えば、青豆・老夫人の怒りが『おびただしい落雷のさなかに失われてしまった』という表記がありますが、まるで読者も、本に対する期待感や楽しみなども、失われた気がします。というのも著者特有の表現、性的表現の多用で、物語を楽しむ気をなくし、また著者の宗教観も見え初め、読者にとっては違和感を感じるせいかもしれません。
(著者は、物語の中で描くカルト的な宗教を、その宗教によって翻弄される人達を通して、肯定的に書いていると思います。)それがBOOK3に入っても続き完結に向かうため、ただただ単調で長いだけと感じました。
しかし終盤のミステリアスなタマルに興味を感じて読みました。BOOK3では、青豆主観ではなく、タマルを通しての青豆を描かれたら全く違っていたかもしれません。またSF的な言い方ですが、平行世界を描いた物語としては、賛辞を送ります。

基準点を3点とし、今回は3点としました。
1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.822
(1pt)

苦しい…

物語の終わりをなんとか作り出したという印象を受けた。

book2までばら蒔いた沢山の伏線は曖昧に消え失せて
なんとなく作者が苦慮して話を終らせた三巻目な感じで、
話として魅力的な部分は無い。

2で登場した河牛は単なる怪しい探偵だったし
連続殺人を犯した青豆は、
すっかり恋愛モードの乙女になり、

自分のしてきた事の重みは無いようだし、
周りで起き続けた猟奇的な出来事にもとくに何も感じなくなってるよう。

普通なら警察が追う可能性だとか、あらゆる精神的葛藤を背負うはずだろうとおもうけど、
その辺のめんどくささは一才排除して

物語は、
散りばめた意味深そうな?議題の上部だけすくいとって軽いテイストに収束した。(これで終わりなのかは分からないけど)


本巻は、
book2で撒いてきた不可思議な出来事の回収というか、
ケジメみたいの着けようとするんだけど、
いくら言葉を尽くしても説得力を獲得出来ず、
結局うやむやになり終わりになってしまう。

同じように不可思議な話だったねじまき鳥のに比べても、話しに引力がなくて読み進めるのが退屈だった。


結局、1Q84という話しは、
70年代から90年代にかけての、共産主義的なコミューンやヒッピー達、オウムのような新興宗教が、今の世界に拒否されたり解体された後にも、
多分色濃く幻影を残していて、

それが人の心にどう深く影響していっているのか、

その核心みたいのを

まとめて(現代的な恋愛や、
人智を超えた何かを面白く描いて)総決算したかった作品なのかなあと自分は解釈したけど、

深くは入ることが出来ないままなにも描けなかったんでは無いかと思った。

この小説を書いた人がノーベル賞候補者だなんて、
ノーベル賞というのは下らないものなのかなあと思う。

どうして村上は世界に受けるのか、
それを考えることの方が1Q84よりずっと面白くてミステリアスな話だと思う。

1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.821
(5pt)

認知的世界の物語的現実

これは現実の大地に足をつけたファンタジーであり、ファンタジーの世界の現実である。
1Q84年は、どこか遠い星のできごとではなく、「あったかもしれない」可能性の世界であり、わたしたちが生きている“いま”の時代と根っこでつながっている場所なのだ。
G・オーウェルは未来の可能性について書き、村上春樹は現在の蓋然性を描いたと言える。それは小説でなければできないことである。

著者は1984年とよく似た、しかし「どこか違う」1Q84年を設定することで、読者に、単なる想像の世界ではない「浮遊感のある現実」を提示した。
2つの月は、主人公の二人が“出会っていたかもしれない可能性”を示しているが(天吾が2つの月に気付いたことが2人の出会いにつながる)、同時に“異なる現実”を読者に認識させるための小道具でもあり、2人の主人公をのぞく1Q84年の登場人物にとっては大きな意味をもたない(もしかすると私たちが見ている月も2つあるのかもしれない)。

物語は、主人公の青豆が首都高の渋滞に巻き込まれる場面からはじまる。この書き出しは秀逸だと思う。
これまでの村上作品にあった、並行世界という舞台装置の作為的なぎこちなさが取り払われ、読者は主人公とともに、文字通り“知らない間に”1Q84の物語世界に引き込まれていく。一方もうひとりの主人公、天吾は知り合いの編集者からある企てを持ちかけられる…

本作品でもっとも議論を呼ぶと思われるのは、宗教に関する描写であろう。
著者は、あのオウム真理教事件に際して被害者と信者にインタビューを重ね、2冊を刊行している。わかることはわかって反論するところは反論した上で、神秘的(極端に主観性が強い)な領域に関しては、あくまでわからないという不可知論的立場をたもっているように見える。
本文中では「さきがけ」のリーダーの言葉を借りて、小説の構造と自身の疑問を明らかにしているが(※ただし答えは提示されない)、人間の認知能力(主観)が、現実世界とどのようにつながっているか(またはいないか)についての問題提起としてとらえることも可能だろう。
宗教に対する見解も(あくまでフィクションということを前提とした上で)、人間自身の内部(主観)と外部(社会)の問題として整理する視点で見れば、比較的公平な書き方に近いのではないか。

この小説は読者によっては自身の内面を写し出す鏡のような役割を果たすもので、読者がもうひとつの現実について思いをめぐらせるとすれば、著者のねらいは成功していると言えるだろう。
結論は読み手にゆだねられているが、諸説ある中で自分が気に入っているのは次のようなものだ。

 いまここに君がいることに、どんな意味があるんだろう
 君と現実の世界で出会って、いまの時代を生きている
 もしかしたら、なかったかもしれない現実について考えることで、
 僕たちは、そのかけがえのなさ(と同時に救いのなさ)を知るのだ
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.820
(5pt)

癒しの過程としてとらえるなら

3度の再読後の感想。

「作家は自身が一冊の本なんだ。一作だけ翻訳しても彼の身体の一部を切りとったにすぎない」''ある欧州の作家/翻訳家の言葉。
「作家の全作品が長い道筋として感知される」と書いたのは、ミラン・クンデラ。これは別の本のレビューからの引用ですが、村上春樹の1Q84、全3巻についてもそのまま言えることのように思います。

心のある部分を再生できないまま、それを抱えながら小説家として歩んできた自身の癒しのメカニズムが、これからの作品の中で、どのように変化を遂げていくのか・・・期待を込めて。(特にファンというわけではありませんが、一応初期の作品から読んでいます。それゆえに才能の使い方が残念に思う)
1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.819
(3pt)

「続編」があるのかな?

20年以上前「羊をめぐる冒険」の出版を待ちきれずに雑誌「群像」
を読み、その面白さに引き込まれました。
また 訳本、特に Raymond Carverは、原書で読むようになりました。
それから、だんだんと村上作品に疎遠になって行きましたが、短編や、
音楽 特にJAZZに関するエッセイは、とても面白く、今も読み返します。

この話題作、3冊の長編を 仕事-決算という毎度の心理的な重圧
の「反作用」もあってか、遅ればせながら手にとって
通勤の道すがらに読み終えました。「”やれやれ”学生時代 
試験前に文庫本を手に取る習慣がまだ抜けない。」

さて、本作ですが百家争鳴のコメントも判るような気がします。
物語を進める脇役、また猥雑さも平板に思える。
純粋さも「ノルウェイの森」を思わせるサナトリウムで培養される
病的で違和感を感じる。

文章は 「内田百閧」が、逆に印象に残るぐらいで、
無論 長編の物語を牽引していくには、そこに
拘泥できないのでしょうが、でも 比喩がうまい
とも特に思えない。

でも、結末?の青豆と天吾の戻った世界の「エッソの虎が逆向き?」
「牛河の口から出たリトル・ピープルは?」等 気懸かりと言えば
気がかり。続編が出たら、読みたい、ということは、やはり
面白かった、ということでしょう。


1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.818
(3pt)

通りすがりの一読者として

長い物語の2巻目です。


(私は、熱烈な村上春樹ファンでなく、通りすがりの、一読者の感想です)

私はBOOK1には、基準点を3点とし、4点の評価をしました。続きが楽しみで、このBOOK2を読み始めましたが、中盤以降は、著者特有の表現を窮屈に感じ、楽しんでいない自分がいました。
(村上春樹作品に馴れ親しんでいる方とは感想が変わると思います)

ただBOOK3まで読んだ感想としては、BOOK3の中で疑問や不思議に思ったことは、BOOK2の中に隠れていて『あの時、ああいう事だったんだ』というようなセリフや描写がある気がしました。
また、中盤以降が物語の転機となります。


基準点を3点とし、中盤以降の窮屈さ、しかし上記に述べてるセリフや描写の、感想で評価を3点としました。

1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.817
(4pt)

通りすがりの一読者として

長い物語の始まりです。


(私は、熱烈な村上春樹ファンでなく、通りすがりの、一読者の感想です)

自分自身が読んだのは、BOOK3まで出版されている時期です。すぐに、続きを読もうと思わなければ、ワクワク感や次の展開が楽しみなどの余韻が残りました。(実際、BOOK2を読み始めるまで、2〜3週間あきました)

ただBOOK3まで、立て続けに読む環境の中では、読者によっては、感想も変わり、また性的表現も含まれますので、嫌悪を感じる方もいるかもしれません。 (これは、村上春樹作品に馴れ親しんでいる方とは、感想が変わると思います)

基準点を3点とし、今回は4点としました。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.816
(1pt)

この作者は勉強が足りないな。

こんな本じゃ、一般の人は二ページぐらいしか読まないだろうな。
つまらないと言われても仕方ない。

売れたのは1Q84が「IQ84」に見えるからだろうな。
話の構成やら読ませるための構造になってねぇよ。

こんなの素人のオナニー漫画である同人誌と大差なし

小説は買ってから読むからつまらなくても売れる
漫画は面白くなければ売れない。

話題性で売れたんだからラッキーな作家だな。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.815
(5pt)

大変なことになってます。

ようやく読み終えましたが、1Q84はどんどん先を読みたくなってしまって、ナカナカ大変でした。
ムラカミ作品には珍しい終わり方でしたが、現実と空想とサスペンスとお伽噺とエロス(笑)。
また良い作品に出会えたと思います。次は3年後ぐらいですかね...。楽しみに待ってます。
1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.814
(4pt)

純愛

1Q84の完結。
素晴らしい文章力が、読ませます。
でも、あの問題は??ふかえりは??
謎。

やっぱり、恋愛小説、純愛。
癒される、BOOK3です。
1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.813
(5pt)

面白いか面白くないかという判断

これだけのベストセラーだから、
普段村上春樹を読まない、
あるいは読書の習慣もあまりない人が手にとっていてもおかしくない。
それにしてもレビューを読んで、
これは「面白いのか」「面白くないのか」
のどちらかの判断を下している人が多いなあと。
読書ってその本がそれだけ売れるに値するほど面白いのか否かについて判断する作業への準備なのかなと。
皮肉っぽく書いてしまいましたが、
結局これは面白かったのかそれとも面白くなかったのか判断なんてつかないけれど、
とにかく読んでしまったという読書体験なんて山ほどあります。
その本を読んでどう感じたか、
というのはこんなレビューを書いておいて逆説的ですが実はどうでもいいことだと思う。
読んでるその最中、その過程が読書であり、
それから人生のどこかでその本のことが不意に思い出されるのが附随する唯一のおまけみたいなものかと。
読んでみようかどうしようか迷っている方は、
期待はずれだったらどうしよう?
面白くなかったら損するかな?
なんて考えている時間がもったいない。
お金がもったいないならまずは図書館で借りてもいいから、
読んでみるのが大切なのかなと思います。
偉そうにすみません・・・。
全然この小説そのものの評価になってませんが、
わたしはとにもかくにも迷っているならまずは迷わず読む本であることは確かだと思っています。



1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.812
(5pt)

面白かったけどかなり物足りない。まだ続くのかな

文学作品と言うよりは並行世界SFものとしてBOOK1、BOOK2は読んできた。このBOOK3も面白かったけど、だんだんとSFっぽさは薄れ、天吾と青豆とのラブストーリーに...

それはそれで面白かったし、この終わらせかたも悪くはないんだけど、ちょっと物足りない終わらせ方というか、勿体無いなって感じ。謎は謎のまま、っていう終わり方も、まぁ分かるんだけど、残された謎が気になってしょうがない。実はまだ完結してないってことはないよね...

ふかえりの行方、リトル・ピープルやパラレルワールドの謎なんて、まだまだ話は続けられそうだし、というか、続けてもらわないと困る。自分の中で決着がつかないような読後感。これを狙ってるとしたら、村上春樹はやっぱりスゴイ作家だけどなぁ。でも、違うのかな。もともとこの展開、エンディングを考えていたとしたら、尻すぼみと言われてもしょうがないかも。そんなはずはないと思うけど、やっぱり、物足りないかも。

1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257
No.811
(1pt)

愚作でありましょう。

村上春樹のほとんどの小説に共通して云えることがあります。巨編ということです。小説は基本的には、長編よりかは中編、中編よりかは短編の方が、好ましいものですが、それは、長々しいものは、確実に冗長になり、最後まで読み通すのが困難、というよりも苦痛になるからであります。長編小説を読み、苦痛になるというのは、あるいは読者とその小説との相性の問題もあるのかもしれませんが、しかし、大抵の場合には、書き手の力量に問題があるように思われます。巧みに物語を構築し、洗練された文体で創造された長編小説は実は読めるし、もっと読みたくなるものであります。つまりは、巨編でも面白く読めるものもあるのであります。たとへば三島由紀夫の豊饒の海、四部作、その一作一作が誠に素晴らしく、洗練された豪奢な小説となっておりますので、巨編ですが、読書が甘美なものに感じられることでしょう。幾何学的精神によって、論理的に構築された構想に、磐石の重みを感じさせながら、毒性が強く、悪の魔力を帯びた物語、そして宝石箱の中の燦然たる輝きに似た絢爛豪華な文体。読ませる魅力があります。それこそ、三島由紀夫の腕力なのであります。少しく脱線しましたが、ともかく長編でも、あるいは巨編でも、読める小説は読めるのです。村上春樹の小説は読めません。ほとんどの作品が巨編過ぎるので、了読不可能なんです。大した腕力もないくせに巨編を書けば読むに耐えないものに成り果てる事ぐらい自覚してほしいものです。最早、高い価格で売り捌く為の商業目的のような小説としか思えません。なんて狡猾で、傲慢な作家なんでしょう。そういえば、彼は、カフカに魅了され、かなりの影響を受けたらしいのですが、カフカを本当に読んでるのか、いささか疑問です。よしんば読んでいても吸収しきれてないのでしょう。安部公房とは対極的ですね。天賦の才という言葉の通り、生まれつき才能がある者は確かにいて、あとはその上でその能力の原石を磨くか磨かないかで、その道のプロになれるか否かが決定されるのでありましょう。無論、プロになっても、生きているうちに、成功をおさめられるかどうかは運次第でありましょう。もし、村上春樹が成功者であるならば、それは、とにかく才能以上に運があったということですね。まぁ、運も才能のうちという言葉もありますが。しかし、安部公房や三島由紀夫は、運と才能とを兼ね備えた真のプロフェッショナルであったことは間違いないでしょう。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.810
(1pt)

「やれやれ」な作品。春樹ファンでもがっかり。

「ノルウエーの森」「アンダーグランド」「約束された場所で」が、好きなものです。
まったく、中身のない、メッセージも、心に残ることもない、最悪の作品でした。
せっかく、オウムや新興宗教の研究をしたのに、こんな作品にしかならなくて残念です。
全然、読書が進まなかった。時間が、かかった。
なんとか無理やり3まで読みこんだ。最後になにか、すごいことがおこるのかと。
村上作品が、こんな状態であるはずがないという、期待感のためか。
結局、何も残らなかった。お金も無駄だけど、時間はもっと無駄だった。
つまらない小説は、誰が書いたものでも、途中で捨てなさい、とう教訓をしみじみとかみしめた。

こんな駄作をさんざん宣伝して、はじめて村上を読む人たちを、がっかりさせてしまった罪は重い。
もうけ主義の出版社は、反省しなさい。
それにのっかってしまった、村上さんも反省すべきか。(笑)
それに乗っかった消費者も悪いのか。(笑)
読まないほうがいいですよ、この作品は。
やれやれ・・・

1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.809
(5pt)

宗教について

なにか宗教団体の無差別テロとか、メディアが教えてくれない事実や犯罪なんかを彷彿とさせる。被害者には分かるパラレルワールドへの囲い込み感覚にインスパイアされた物語で、社会問題を見つめているのかもしれない。世の中は比喩に満ちていて。

いろいろな人に癒しがおとずれる日が来ますように、青豆と彼が再会したように、大切なものを思い出すように。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.808
(5pt)

BOOK1同様、非常に面白く優れた作品

これまでBOOK1とBOOK2を読んだが、どちらも物語に引き込まれて非常に面白かった。

表現の豊かさ、洗練された技巧的な文章、モダンな洒落た会話、意表を突く物語の展開はBOOK1と同じくすばらしいと思った。

登場人物にはBOOK1を読んでいるときよりも感情移入させられた。天吾と青豆の幸福を願わざるをえなかった。BOOK2の時点での青豆の結果には非常に残念だ、と思わせてくれる。

BOOK2では光と影、天使と悪魔といった古典的な(「古典的」に否定的なニュアンスは意図していない)図式で物語は展開される。私としては「悪」をもう少し悪らしく描いて欲しかった。この物語(BOOK2)の「悪」は外見が可愛らしいし、善の衣を纏うこと(偽善性)もあまりなく、知性(狡猾さ)も力も不充分に感じた。「悪」には単純な感情的な反応は見せないでもらいたい。

まだ解決されていない問題や謎は多く、物語は始まったばかりという印象だ。最初発売はBOOK2までだったので、覚えていないが、もしこのときBOOK3の出版が公にされていなかったとしたら、読者は満足しなかっただろう。

天吾の子どものころに受けた心の傷や過去へのわだかまりが或る程度解決されたことはよかったと思う。ただ、それぞれの読者が抱える傷や過去の問題を解決する一般的なヒントにはなりにくいかもしれない。他のレビューにも書かれているが、この物語から何か人生の指針のようなものを得るのは難しいだろう。私はこの作品から優れた文学的表現やストーリーの巧みさを楽しんだ。この作品にも(どこに書かれていたか忘れてしまったが)『空気さなぎ』という小説が読者を最後まで惹きつけながら作品を終えるだけでも十分すごいことではないかというようなことを確か天吾に語らせていたが、意外とそれが村上の小説に望むことへの本音なのかもしれない。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.807
(3pt)

もう一度読みたくなるか?

良い作品の判断基準が、読み終えた後に、また読みたいと思うかどうかである。

残念ながら、ノルウェーの森のように再読したい、と少しも思えなかった。

結論から言えば、会話と話の流れが一方的過ぎるのである。

会話のやり取りで、釈然としないのは、発言した後のセリフが全てお見通しのような返しで収まっている点だ。

謎めいたセリフやら、難しいくだりを発言した後に、みんな物分かりがよいもんだから、このセリフが重要なのかどうかが全くわからなかった。

春樹氏は、人と会話するのが嫌いなのではなかろうか?

2つの月、リトルピープルの世界観が良かっただけに、残念である。
1Q84 BOOK 3 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 3より
4103534257