1Q84
評判
1Q84の評価:
3.66/5点 レビュー 983件。 D ランク
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全1,146件 281〜300 15/58ページ
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1Q84の評価:
3.66/5点 レビュー 983件。 D ランク
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小説の詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。最近閲覧した小説詳細ページへ簡単に戻る事が出来ます。
この物語においてのヘックラー&コッホは、9mm弾を発射しないままで、しかし確実に、青豆との強い関わりを持っています。彼女はある十分な時期を経て、自身の一部とも言えるほどにこの自動拳銃の取り扱いに習熟します。このタマルからの贈り物は、あきらかに彼女の精神を支え行動規範を保ち、特殊な友情を繋ぎ、物語を前に進めました。
そう、火を吹く事が必ずしも、物語に正しい句読点を与え、意味を付与するものとは限らないのではないでしょうか。
(あるいは、こういった影響さえ必要ないのかもしれません。拳銃はただの拳銃として登場して、ただの拳銃として退場することもできたでしょう。)
おそらく、プルーストの「失われた時を求めて」は、最後まで青豆に読み通されることはなかったでしょう。しかしこれもまた、彼女が潜んだマンションの「金のかかった」外装のタイル以上に、彼女の潜伏期間を形作り、支えだことは間違いないことでしょう。
最後にはその響きを繰り返すことをやめてしまった、ヤナーチェッタの「シンフォニエッタ」についてもそうです。
他にもたくさんのこういった、やってきては去っていく、いくつものエピソードがこの小説には描かれます。しかし、これらはほとんどすべて、火を吹かないのです。
火を吹かないまま、登場人物とすれ違い、あるいは何がしかの交流を得て、舞台の影に隠れるものもあれば、また気配を変えて立ち現れることもあります。中には詰問を受けて立場を変えざるを得なくなった者もいれば、血も流さずしかし大変な苦しみの時間を経て生命を失い、舞台から去る者も居ました。引退退職後も往年の職務を果たすべく、自らの昏睡状態に陥った世界の中でただドアを叩き続けた者も居ました。
そして1Q84年を生きる登場人物は、「着実に前に進んでいる時間」との折り合いをつけようとする中で、別の世界へ旅立つ可能性をより高め、確実なものにしていきます。これらは断片として隠されつつ、彼らは導かれています。
主人公であり1Q84年の住人である青豆や天吾にとっては、それらは、導き、そして役目を終えれば去るもの達です。
そして、それらと関わった証は、残された天吾や青豆たちのなかにも何かの形で残ります。去った者達はある意味で、残された彼らに含まれた一部となります。
導かれ、目指すべき場所に、少し近づきます。
たとえばそれが、ちょっとした日常の習慣であっても、誰かの死であっても、事の大きさは異なるけれど、繋がるべき場所はひとつです。
断片がくりかえされます。
知らされているかどうかもわからないし、たどり着けるかどうかもわからない事だけれど、青豆や天吾には結果として(10歳で出会ったそもそもから)、目指すべき場所がありました。
あるいはこれは神の肯定なのかもしれませんし、世界の成り立ちについてのごく簡単な説明なのかもしれません。そのうえ物語の最後には、1Q84年の世界における超越的な存在であるマザとドウタ、空気さなぎといったものたちと共に、この物語を去らなければいけないのです。幸いなことにリトルピープルは、1Q84年に留まるものかもしれません。月がひとつの世界には、マザとドウタはまた別の形で存在するのかも知れません。
ともかく、新しい世界には新しい世界の脅威があり危険がある。しかし彼らにとってはそれこそが目指すべきものであり、永遠の続きなのです。
教団の形をとったあるシステムや、その内部での意思決定についての断片的な情報についても、ひとつながりと言える程の情報は、最後までもたられないままでした。それは、秘密として扱われたというよりも、より現実的に、断片的にのみ示されました。
信じがたい、リーダーと、リーダーを囲む者達の立場とが大変具体的に明かされる話もあれば、団体の構成員として、つつましやかな生活をおくる多くの人達の話もあり、組織を維持するための、もはやとっくに誰か個人の手に負えなくなっているシステムの様子が垣間見える話もあります。
彼らがこのあと、リトルピープルとの関係を立て直す事が出来るのかはわかりません。しかしいずれにしてもそれはきっと、きわめてシステマティックに行われることでしょう。
青豆は青豆自身の神を自覚します。
1964年の約束を果たすためには1984年から1Q84年に入り込まざるを得なかった上、さんざんな目に会っているものの、青豆は今また別の世界へ旅経つことさえも恐れていないでしょう(天吾もまたそうでしょう)。彼らはもう、いつかまたさらに世界を移ることをも恐れないでしょう。
一方で、「声」に見放されかけ神を不在とする、いまはただリトルピープルの再来を待たざるを得ない教団のシステムがあり、これらは対照的です。
ところで、一番多くの1Q84年の断片を引き受けてしまったのは、意外にも、牛河だったのかもしれません。天吾の物語、青豆の物語、小説空気さなぎのあらわす物語。
ふかえりがカメラのレンズ越しに見通したのは彼のそういった部分であり、1Q84年への闖入者と思われた牛河が最も1Q84年らしく弔われるということについての、巫女としての振る舞いだったのかもしれないとも思えます。
彼が生命を絶ってしまった後も、1Q84年の世界は1Q84年の世界として機能することでしょう。そのためにもリトルピープルは、ふたたび現れました。ここでは、マザとドウタ、レシバとパッシバの法則はまだ有効なのです。
なぜ牛河が1Q84年の世界に紛れ込まなければいけなかったのか、そしてそこで生命を絶たれなければならなかったのかはわかりません。
ただ、タマルの言葉を借りるなら「紙一重」だということなのかもしれません。生死についても、あちらがわとこちらがわの世界についても。
知りすぎたために「紙一重」のあちらがわに紛れ込んでしまい、「紙一重」のために命を落としたのが牛河であったかもしれません。しかし、牛河とNHK集金人の亡霊との交感があったのも間違いないことです。彼もまた、1Q84年に移るまっとうな資格を持ったひとりの主人公であったことは認めてよいことでしょう。
ひょっとすると、牛河は1Q84年の世界で、生まれ変わるかもしれません。一体何に?と思います。
それは物語の中ですでに示されてたかもしれませんし、示されていないかもしれません。
しかしこの世界では、深い森の中にリトルピープルが居ます。リトルピープルは牛河とつながりました。
他のことはわからないのですが、これだけはどうやら間違いの無いことのようです。
ひとつ気になるのは、青豆はアイスピックを携えて世界を移り、今度は自動拳銃を携えて、もういちど世界を移ろうとしています。
天吾は、書きかけの原稿と共にやってきて、また新たな原稿と共に、猫の街の町から出て行こうとしています。
これは何かを意味するのでしょうか。
神話的な象徴かもしれませんし、ただのキャラクターズアイテムかもしれません。
結局のところ僕にとって小説1Q84は、まわりくどい純愛小説ではありませんでした。ある世界の成り立ちや、あるいはある個人の成り立ち(そしてそれらの間には、そう大きな相違が無いのかもしれません)について著されている物語でした。
また、村上春樹さんがこれまで用いてきた手法やちょっとした要点を、上手に別の世界に平行移動させて成立させたいくつものポップテクニックが楽しめるという意味でも、面白い作品でした。