ノルウェイの森

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評判

ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

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平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,951件 1,341〜1,360 68/98ページ
No.611
(4pt)

1987/2010

wikipediaによると、この作品は1987年に発表されものだという。
2010年の現在から23年も前のことだ。
日本はその頃、足下がふらふらとした不安定な、いつ割れるとも知れない
巨大なる風船だということにも気がつかないまま、
戦後空前のバブル景気に酔い、歌い、踊り狂っていた。
日本人が大量消費という資本主義的な贅沢を覚え始めて間もない頃であり、
性や人間性は好景気の溢れるような富という膜によって、逆説的に資本主義の浸食から逃れ、
かろうじて尊重されてしかるものだった。
溢れる物質と日本を包むオプティミズムは、喪失を、ファンタジーの中に存在するだけの、
ロマンチシズムに占領されたペシミズムへと追いやっていた。
翻って2010年現在。
バブルの炸裂から20年が経過しようというのに、
まだ日本は深い傷跡から立ち直れずもがき続けている。
グローバリズム経済の終焉に追い討ちをかけられた、
この空前の不景気という猛吹雪の中、守られなければならないはずの
性や人間性は、何からも保護されることなく、
援助交際や風俗、アダルトビデオ、日雇い派遣のように、
ほんのはした金で取引される、ありふれ、凍てついた、下手をしたら
誰も買い手のつかない、単なるつまらない消費財と成り果てた。
すべての光を吸収する漆黒の暗闇のようなベールで包み隠された未来は、
日本人の精神を極限まで疲弊さしめ、
決して油の切れることのないドリルが、酷薄なる地面に、轟音をたてながら、
見栄えの悪い、しかしながらとにかく巨大な穴を無遠慮に空け続けるかのように、
心の奥底に喪失という深淵なる空洞を堀り進み続けている。
この作品は、セックスが日常生活に氾濫し、グローバリズムが人間性を摩耗し尽くし、
喪失が国民病となった現在の日本の予言の書だ。
だからこそ、1987年の当時は画期的にその存在価値を燦爛とした暗黒の太陽のように輝かすことができた。
「溢れるような量のセックスと精神病と喪失。なんだこの異様な世界は?」
2010年の現在、そこに描かれる世界はほとんどそのまま、我々が細々と暮らす日常であり、
1987年時点での暗黒の太陽の輝きは、まるでその輝きを受け身的に反射するだけの、
三日月の微弱ではかない光となってしまった。
「溢れるような量のセックスと精神病と喪失。
 なんだ、そこらに転がっている、ありふれた、珍しくもない、ただの日常ではないか。」
この作品は、だから、読み手の世代(読み手が過ごした時代)に依って、賛否両論、評価が分かれるのだろう。
やれやれ、村上春樹が警鐘を鳴らし続けた、来るべき災難はすべて、
どうやらとっくの昔に実体をもったリアルになってしまっていたようだ。
この先の僕らはどうしたらいいのか、その答えはもしかしたらこの本の中に隠されているのかもしれない。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.610
(4pt)

静かに響く作品

ずっと手元にあったけれど、なかなか読めずにいました。触りの部分だけ読んでは頭に残らず本棚へ戻して他の本へ…忘れた頃にまた触りの部分だけ読むというのを何度も繰り返し。読破もせずなぜこの作品がベストセラーなのか不思議だと考えていました。しかし一度読み進めていくと静かに静かに引き込まれていくのです。不思議な感覚でした。自分の体に浸透していくかのごとくすんなり入ってくるのです。これから下巻を読み始めますが、「ノルウェイの森」読破後、自分の中に何が残るのか、楽しみです。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.609
(1pt)

傲慢なる作品

 この「ノルウェイの森」には確かに魅力があります。その語りたい真意が難しいかどうかはしりませんが、読みやすいです。確かに、多くの方の批判にあるように登場人物たちの行動には根拠がないです。でも、この小説に登場する人たちのような感情を抱くのは誰しもが経験していることです。そして、根拠のない行動は誰でもします。まあ、そういった文学的な価値があるかは私には分かりません。
 ただ、僕はこの本は「悪書」であると断言します。ただ読みやすくて、性描写やおしゃれだなぁと錯覚させる横文字の音楽を無駄に並び立てることで、私たちに得体の知れない魅力を与えるのです。でも、この小説を読んで何を得ると言うのでしょう。私たちは人間です。動物ではありません。一時の感情や衝動で生きていくわけにはいかないのです。それとも、この小説に登場する人々のように傲慢にも「この腐った世界と大衆」と社会を見下すのが高尚な人種なのでしょうか。
 
 あまり本を読んでいない免疫がない方には、とてもおすすめできません。無意識に精神が蝕まれます。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.608
(4pt)

喪失感

●1回目主人公の学生時代の回想を中心に複雑な人間関係を描いた恋愛小説である。思春期の葛藤や人間模様、恋愛、喪失感などが巧に描かれている。
歪んでいる事は正常から来るものなのか、あるいは異常から来るものなのか…。
「生」と「死」という暗く重いテーマが随所に垣間見れるが、どこか情緒的であり美しさを感じる作品である。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ●2回目ある事柄は対峙すればするほど無に近づいていくものなのでしょう。そして、それは予め想定が出来るものなのかもしれません。
「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」
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4062035154
No.607
(5pt)

惹きつけられるもの

賛否両論が繰り広げられる村上作品の中でも、特にその傾向が強い作品ではないかと想う。 当時この本を手にしたのは19才の時であり、その年代特有の微妙な感受性が強烈な共振、共鳴を受けた事を鮮明に覚えている。 それから20年近く経て読み返してみると、冒頭の主人公の回想する年齢と重なる故なのか、またまた違う意味での衝撃を間違いなく受ける事となる。 今改めて感じる事は、数ある村上作品の中で当作品はやはり自分にとっての原点であり、最も心に響くという事実である。 誤解を恐れずに咀嚼すると村上作品に魅せられる本質とは、金、女性、名声といった物事に執着しない主人公の生き様なのではと想う。多かれ少なかれ、男というものはそういう生き様に憧れており、求めており、同時に殆ど実現出来ていないからなのではないだろうか。
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4062035154
No.606
(5pt)

ALL THINGS MUST PASS

この本を読み終わったとき、(JOHNがLIVING THIS CRAZY WORLDと歌ったように) 世界はなんて無常なものだろうとおもった。人は必ずいつか死ぬし、時間は自分が何をしていようが無常に過ぎていく。時間は限られている。誰もが運命から逃れることは出来ない。そばにあるものは必ずいつかなくなるし、その重要性に気付くのは、いつだってそれをなくした後だ。誰もが自分の理想を追い求め、理想を実現するべく前に進もうとするが、なにもかもが思い通りになるはずはなく、自分の居場所もわからず、理想の森をさまようことになる。そういう意味で、この世界全体がノルウェイの森であり、そこかしこに野井戸があいている。野井戸の深さは落ちた人にしかわからない、ワタナベが直子の闇の深さを認識できなかったように、人の心の闇はその人自身にしかわからないのだ。だが、それでも、この世には愛がある。愛だけは世界を救うことが出来る。だからレイコさんはBeatlesを歌ったのだろう。この本には人生の教訓、楽しみ方、うまくやりぬく方法がつまっている。つまらないという人もいるが、この本が面白いという人ばかりだったら、世界はゆがんで、教室は静まり返り、窓の外を眺める人ばかりになるだろうと思うので、それはそれで良いと思うが、僕はこの本を好きな人と友達になりたい。ちなみにこの本を読むときは「SEA CHANGE」、読み終わったら「KID A」を聞くのが良いと思う。
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4062035154
No.605
(5pt)

単純に、面白い

88年ころの高校2年生か、3年生のころに読みました。
残っている印象は、やたら人が死ぬ、やたらすぐに寝るということだけでした。
ただ、面白くて一気に読んだ記憶があります。
2010年、39歳、レイコさんの年で改めて読み直しました。
それも初めての病気入院のベッドの上で。
やはり面白い。一日で一気に上下二冊を読みました。
そして、ああ、こんな話だったのかと初めて読むように面白く読めました。
何が面白いのかと考えるに、表現の軽妙さもさることながら、
主人公のワタナベくんのこだわりのなさ、川に流されるように漂う感じが
物語が次にどうなるのかと読ませられてしまうのだろうと思います。
ただ、最後、さすがにワタナベくんとレイコさんの話には驚きましたが。
あら、びっくり、そうくるか、とさすがに39歳でも思いました。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.604
(4pt)

人間の内面を描いた作品

初めて読んだときには、はっきりいって何がいいのか全くわからなかった。
それどころか性描写が多かったり、まわりくどい表現に嫌悪感すら感じた。
しかし、2回、3回と読み返すうちに、人間の内面の描写の奥深さに感嘆し、この作品を見る目が180度変わった。
村上春樹作品全般にいえることだと思うが、この人は人間の心の奥、喪失感や孤独を描くのが本当にうまいと思う。
この作品もしかりだ。登場人物の心の動き、孤独や悩み、葛藤や喪失感が実にうまく描かれていると思う。
村上作品はかなり好き嫌いが分かれるし、あわないと感じる人の気持ちもわかる。
しかし、この作品を評価するのであれば、2回以上読んでみてからにしてほしい。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.603
(5pt)

時の流れに対する先見性が見える,現状の社会問題をテーマとしている驚き

今更なんですが読んでみたわけです.下巻はこれからですが,当然の事ながら「1Q84」からの流れです.この小説は1987年に書かれており(小生はまだ学生(大学院で研究室に泊まり込んで実験に入り浸り)だった頃),村上春木の文章にも年齢(ここでは若さ?)を,今(23年後の2010年)からすると「ういういしさ」を感じるような印象です.内容を今更書き表すまでもなく,『はっ』とするようなシリアスな部分と,いつもながらの性描写が特徴の村上春樹文学,読者が若かりし青春時代に引き戻されてしまうことがその魅了だと思います.
さて,この小説の中に描かれている『(精神的に)切れる』状況に対してヒトはどのような行動を取るのか,その悲しい一つの選択肢が「自殺」であり,現代社会の大きな問題になっている事実があります.実は村上春樹は30年近く前に年間自殺者3万人を超える状況が来ることを予想し,人の心のケアー(今で言うメンタルヘルスの重要性)が如何に重要であるかを説いていたのかもしれません? 時代背景はかなり昔であるにもかかわらず,取り上げているテーマに陳腐性が感じられないところがすごいと思いました.
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.602
(5pt)

村上春樹代表作かつ傑作

とにかく、この本が好きだ。
初めて読んだ時から、何度読んでも、何年経っても好きだ。
初期村上作品に登場する「僕」と同じ性格であろうと思われる「ワタナベ」と「直子」、そして「緑」との若き日々を記録した物語。
どうしてこれほど、この物語が若い頃から私の心に居着いて離れないのだろう。
それも性的な描写がふんだんに盛り込まれているにもかかわらず。
まずは、登場人物のキャラクターに依るところが大きいのだと思う。
この物語以前の村上作品には、とにかくクールな人物ばかりが登場し、やや浮世離れしていた感はある。
しかし、「ノルウェイ」ではみんなが生きている。
特に「緑」の生へのエネルギーは読む者を快く圧倒する。
静的で内向的な「直子」とは非常に対照的であるところが、物語を面白くする。
その間で「ワタナベ」は揺れ動く。
こう端的に書くと、若者がただ二人の女性の間を揺れ動くだけの物語になってしまうが、まったく違う。
これ以上深く書くとあらすじになってしまうのでやめておくが、そんな薄っぺらい話ではない。
故にあれから20年近く経った今読んでも心を打つ内容なのだ。
なぜなら
それは、「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」
このテーマが、この小説の頭から最後まで一貫して色濃く流れているからだ。
だから、悲しいほどに物語の中の「性」的な描写が「生」の象徴として違和感なく流れていく。
改めて読み返して、この本からも自分は影響を受けていたことをまた見つけてしまった。
数年前まで、酒のツマミにピスタチオを好んで食べていたのは、そういえばこの小説の影響だった。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.601
(4pt)

インチキな大人なりの楽しみ方

二十代後半で別の作品を読んで嫌いになって以来だが、
四十歳近い今、それでも根強い昨今の評価が気になり。
性やエロティシズムを俯瞰したり、ある程度自己が安定した今なお、
内容や話自体はやっぱり好きにはなれないものの、
楽しみ方は私なりに多々発見できた。
若者に特有の自己と相反する他人との距離感と境界に対する考え方。
高度成長時代のカオスを思春期時代で過ごした若者とその時代の空気の
ひとつという捉え方で読んでみたり。
意味や答えや共感、とにかく何をも求めていはいない。心を限りなく忠実に
表現しようとしたのではないだろうか。その時どう感じたか、考えたか、
考えてもわからないことはそのままに、ただ生きること、
正常か異状か、何が正しくて間違っているなかという違いについてこだわる潔癖さ、
人が人を、自分を理解することの不可能さ、無意味さ、
でもなおそうせずにいられなさについて語られる。
少しおかしなキャラクターに社会に対する不満やうっくつを語らせるところは
巧いのかずるいのか。。
はっきりと断定したり押しつけないところがいいのか。
カオスをカオスのままに簡潔に表現し、読ませるところが称賛されるのか。
世代と世相へのうっくつに悩める若者がそんなに多いのか。
(それに比べ自分の青春時代のお気楽さといったら。)
読みやすく、だれもが論議に参加できる。
論議によっては人の心模様も露わになる。
好き嫌いと面白い面白くないが複雑に交差する。
こうして新たなカオスを人々や個人の中に生み出してしまうところがたいへん興味深い。
そんな私もまた「下劣な連中」「インチキなやつら」の一員なのかも知れないが。
さあ、見知らぬ他人の皆様、年代とあわせてご意見をきかせておくれ。
ただし、純粋でまだ悩みも知らない柔らかい心の若者、
不安定な気分に揺れている人にはおススメしたくない気がする。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.600
(5pt)

春樹作品では間違いなく傑作です。

「作品の売上部数=傑作」という単純な判断にはならないとは思いますが、この作品のクオリティは売上に比例して村上春樹の作品の中でも最高傑作と言えると思います。内容云々では無く、読んだ時のはまり具合、衝撃、読了後の感覚、余韻など全部ひっくるめてこれほどエキセントリックかつノスタルジックかつナルシスティックな作品は無い、と思いました。
賛否はあると思います。しかし、村上春樹に興味があるのであれば避けては通れない作品である事は確かです。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.599
(1pt)

ある本屋の「む」の棚の前で聞こえよがしの書評会がおっ広げられたとさ。

日本語としてどこかぎこちない翻訳小説風な文体が、「ある所にモテるにいちゃんがいましたとさ」というだけの話なのに、やたら「読む」に対する自己陶酔を煽るんだよね。
とにかく登場人物が生きていない。トレンドを意識して作られた人形にしか見えない。サナトリウムが出てくる辺り、こんなものまで商売道具(あまりに薄っぺらである種の「ハッタリ」にしか思われない)に使うのかと噴飯ものだった。後年、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」の登場人名(スメルヂャコフ)を自身の書のタイトルに使ったやり口も、恐らく全く同じ思考回路を通って出てきたものと思う。
究極の軽薄小説。
卵の側に立つとか、(そりゃそうだ、潰れる筈の卵がなければ氏は永遠にヒーローになれないのだ)いい加減くすぐったいイスラエルでの演説もそうだが、手垢にまみれた「ピンチ」の場面で俄然張り切る浅ましさ。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.598
(5pt)

この本の発するメッセージ

ここには色々な意味で愚かな人間が次から次へと出てくる。
語り手にしても人間的な魅力に乏しく一言でいえばどこにでもいるような男だ。
作者はこの本を書くにあたって「リアリズム小説」を書くということへのこだわりがあったそうだ。
リアリズム小説にこだわると愚か者しか出てこないのかと皮肉を言いたくなるような気分になるが、
私はこの本を読み終えて馬鹿馬鹿しいという気分にはならなかった。
読後感として私の心に残ったのは、口はばったい言い方だが、「希望」という二文字だ。
たしかなものが何もない人生で、それでも生き続けていかなければならないのだという無言のメッセージを
登場人物たちすべてが発しているように思える。
また、ここでは重要な登場人物が二人自殺する。自ら命を断つことが人生の重要な選択肢として扱われていて、
「自殺=悪いこと」という簡単な図式のなかに読者を留まらせないようになっている。
これからこの本を読む人は、登場人物の瑣末で下世話な愚かさにとらわれず、この本全体の発するメッセージを
読み取っていただきたいと思う。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.597
(4pt)

大学生の日常を通して投影される、特殊な感覚

1969年、東京。19歳の大学生、ワタナベは学生寮で
周囲と距離を置いた生活を送っていました。
そんな彼が、周りの人との出来事を通じ、様々なことを感じます。
それはどこか不思議な、特殊な感覚でした。
有名なベストセラーの上巻です。分量は302ページ、所要3時間程度です。
この巻では、ワタナベと彼を取り巻く主要な登場人物がすべて登場し
複雑なドラマが始まり、展開されます。
きれいな文学的表現が多いです。例えば、「まるで春を迎えて世界にとびだしたばかりの
小動物のように瑞々しい生命感を体中からほとばしらせていた。」
「初秋の太陽が彼女の頬の上にまつ毛の影を落とし、
それが細かく震えているのが見えた。」などです。
内容について語るのは難しいです。現実的かどうかと言われれば、
非現実的だと思います。ただ、まったく否定できるものではなく
誰もが持っている感情を、小説という作られた舞台を通じて表現した作品、
という感じでしょうか。
その感情を共有できるかどうかで、この小説の好き嫌いが分かれるような気がしました。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.596
(5pt)

特別な時期に読むべき特別な小説

今からもう、10年以上前、大学生の時に読みました。そして、折にふれて、何年かに1度読み返しています。村上春樹の他の小説も大好きでよく読みますが、この本だけは本当に特別です。若い時に読んで本当に良かったと思いますし、読み返すと新たな発見とともにその時の感情がよみがえってきます。そして、小説と同じように、過ぎ去った時間を思い、過ぎ去った時間はもう永遠に取り戻すことができないことを実感します。
いろんな作家の作品を読んでいくと、その人がその時にしか書けない作品というのがあることがわかります。そして、多くの作家は、大体初期の頃、そのようなその人にとって最高の作品を残し、後は何作書いてもその作品を超えることができないということが多い気がします(才能を出しきったというか、才能が枯渇したというか……)。
村上春樹はそのようなことのない稀有な作家(それは村上春樹の生き方自体にも表れていると思います)ですが、それでも、この「ノルウェイの森」は、村上春樹にとって、そのような作品なのではないかと思っています。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.595
(1pt)

村下春樹は、最低のゴミだ。

村上春樹なんかを、なぜ読むのか? なぜベストセラーになるのか?
そんな日本人は、普段いかに本を読んでいないかが分かる。
村上春樹だけをちょっと読んで、それを過大評価するのは間違っている。
もっと良い作家、もっと面白い本は、いくらでもあるのに。
西洋かぶれの、軽薄で安直な村上春樹は、日本のゴミだ。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.594
(3pt)

美しい文体だが分からない

 夏だし、何か深みのある作品に触れたいと思い、まだ読んだことのなかった村上春樹の作品の代表作の上巻だけを読んでみた。アマゾンでも高評価だったし。
 読んでみて、何よりも引きつけられたのは、表現力の豊かさで、私の薄い読書体験の中でも、最もきれいで、思わず情景が浮かぶ表現を使う作家だと思った。
 内容の深さという点は、よく分からない。何を言いたいのかが分からない。小説も芸術作品の一つだから、論理性よりも、自らの感性で感じるものなのだから、分からないと思うのも当たり前なのだが。
 分からないなりに、考えてみる。
 「歪み」と表現されているように、何か社会とうまく付き合えなくなった人に焦点があたって物語が進行していく。でも、主人公のワタナベくんはその、社会とうまく付き合えなくない人に魅力を感じ、愛するようになる。精神的におかしく、壊れてしまうのは、決して本人たちが悪いのではなく、世間、社会の方に何か「歪み」があるのではということを暗にほのめかしている作品、ということは言えるのかもしれない。
 分からないなりに。村上作品を一度だけ読めたことが、私の人生経験にとっては、何か自信になる気がする。だから下巻も読んでみるが、感想は変わるかも知れない。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.593
(4pt)

1987/2010

wikipediaによると、この作品は1987年に発表されものだという。
2010年の現在から23年も前のことだ。
日本はその頃、足下がふらふらとした不安定な、いつ割れるとも知れない
巨大なる風船だということにも気がつかないまま、
戦後空前のバブル景気に酔い、歌い、踊り狂っていた。
日本人が大量消費という資本主義的な贅沢を覚え始めて間もない頃であり、
性や人間性は好景気の溢れるような富という膜によって、逆説的に資本主義の浸食から逃れ、
かろうじて尊重されてしかるものだった。
溢れる物質と日本を包むオプティミズムは、喪失を、ファンタジーの中に存在するだけの、
ロマンチシズムに占領されたペシミズムへと追いやっていた。
翻って2010年現在。
バブルの炸裂から20年が経過しようというのに、
まだ日本は深い傷跡から立ち直れずもがき続けている。
グローバリズム経済の終焉に追い討ちをかけられた、
この空前の不景気という猛吹雪の中、守られなければならないはずの
性や人間性は、何からも保護されることなく、
援助交際や風俗、アダルトビデオ、日雇い派遣のように、
ほんのはした金で取引される、ありふれ、凍てついた、下手をしたら
誰も買い手のつかない、単なるつまらない消費財と成り果てた。
すべての光を吸収する漆黒の暗闇のようなベールで包み隠された未来は、
日本人の精神を極限まで疲弊さしめ、
決して油の切れることのないドリルが、酷薄なる地面に、轟音をたてながら、
見栄えの悪い、しかしながらとにかく巨大な穴を無遠慮に空け続けるかのように、
心の奥底に喪失という深淵なる空洞を堀り進み続けている。
この作品は、セックスが日常生活に氾濫し、グローバリズムが人間性を摩耗し尽くし、
喪失が国民病となった現在の日本の予言の書だ。
だからこそ、1987年の当時は画期的にその存在価値を燦爛とした暗黒の太陽のように輝かすことができた。
「溢れるような量のセックスと精神病と喪失。なんだこの異様な世界は?」
2010年の現在、そこに描かれる世界はほとんどそのまま、我々が細々と暮らす日常であり、
1987年時点での暗黒の太陽の輝きは、まるでその輝きを受け身的に反射するだけの、
三日月の微弱ではかない光となってしまった。
「溢れるような量のセックスと精神病と喪失。
 なんだ、そこらに転がっている、ありふれた、珍しくもない、ただの日常ではないか。」
この作品は、だから、読み手の世代(読み手が過ごした時代)に依って、賛否両論、評価が分かれるのだろう。
やれやれ、村上春樹が警鐘を鳴らし続けた、来るべき災難はすべて、
どうやらとっくの昔に実体をもったリアルになってしまっていたようだ。
この先の僕らはどうしたらいいのか、その答えはもしかしたらこの本の中に隠されているのかもしれない。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.592
(4pt)

静かに響く作品

ずっと手元にあったけれど、なかなか読めずにいました。触りの部分だけ読んでは頭に残らず本棚へ戻して他の本へ…忘れた頃にまた触りの部分だけ読むというのを何度も繰り返し。読破もせずなぜこの作品がベストセラーなのか不思議だと考えていました。しかし一度読み進めていくと静かに静かに引き込まれていくのです。不思議な感覚でした。自分の体に浸透していくかのごとくすんなり入ってくるのです。これから下巻を読み始めますが、「ノルウェイの森」読破後、自分の中に何が残るのか、楽しみです。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681