ノルウェイの森

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ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

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全1,951件 1,301〜1,320 66/98ページ
No.651
(4pt)

確かな読み応え

何年か前にこの本を読んだことがありましたが、その内容をすっかり忘れていました。 最近マスコミで著者の名前を何回か耳にしたので、その代表作をもう一度読んでみることにしました。 改めて、文章の巧みさ、読み応えさと言うものに、感動しました。 登場人物は、大学生が中心ですので、特別な境遇の人間では、ありません。我々の近くにいる人かもしれません。でも、それぞれの登場人物の、物の考え方は、非常に深いものがあります。 きっと、著者は、自身の考えを、いろいろな登場人物に言わせているのだな〜と思いました。 私の勝手な見方で、あたりまえなことですが、著者は、鋭い観察力と、考察力を持ってみえるのでしょうね。それらを作品を通して、知ることができ、味わえるのは、素晴らしい経験でした。 ただ、一つだけ気になるのは、では、著者は、この作品を通して、我々に何を訴えているのかと言う点です。著者の訴えが今一つ心に残らなかった私ですが、それは、きっとまだ私自身が著者の作品を読みこんでいないせいなのでしょうね。別の作品も読んでみたいと思います。
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406274869X
No.650
(5pt)

17才の衝撃

わたしは高校生の17才のときにノルウェイの森を図書室で借りて読みました。我が強く、将来を展望していたあの頃。人に流されたくなかった、人に感情移入したくなかったので本は久しく読んでなかったのですが、赤と緑の装丁に目が止まり、久々に「読書」しました。あまりにも斬新で新鮮な描写でした。そして無機質で流されるままの主人公。すごいもの読んだ!と読んだあと余韻があったのは久しぶりでした。10代でこの本に出会えたわたしは幸せです。ぜひ若い皆さん読んでください。
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406274869X
No.649
(3pt)

もはや使い古されてしまったのかもしれない

この作品を今現在、何の先入観も持たずに評価するというのは非常に難しいのだろう。それはもちろん、ベストセラーになった作品でノーベル賞候補の理由にもなっているなどの名声が故だ。そして、この作品から感じ取れる虚無感や不器用さが、この作品以降、多くの場所で取り込まれているのも理由であると思う。 文章は非常に上手で、比喩もユニークな表現が多い。ただ、それだけだ。そこにある空気感を伝えることにおいて、ここにある多くの描写は必要なものかもしれないが、残念ながらそれらはストーリーにおいて、また作品の個性を主張することにおいては役に立っていない。意味のわからない会話でも、登場人物のキャラクターを描く上で重要になったりする場合はよくあるが、この作品においては単純に、「ちょっと変わった奴」という程度の認識しか受けない。ただこの作品を読むと、パートナーがいる人は必ずその人を抱きしめたくなるのではないだろうか。人の愛情とは、その温もりを通して伝わるものなのかもしれない。
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406274869X
No.648
(5pt)

説明になってませんが。

15年前、白くて柔らかい、哀しさが美しい小説だという印象でした。しかし大人になり読み返すと、こんなにグロイ性描写だったっけ?と。あの頃の憂鬱は本当は輝きだった?小説よりリアルに哀しい気持ちになりつつ、読み返す度に変化し、成長というか退化している自分と出会うのでしょうか。
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406274869X
No.647
(5pt)

「静かで平和で孤独な日曜日」

下巻は、あっという間に読み終えることができました。1969年頃、主人公ワタナベが20歳を迎えた頃を個人的な体験として描いています。この小説は、人の内面の柔らかい部分を刺激してくるようです。誰しも普通の顔つきをし、電車に乗って、会社に向かっていますが、傷つきやすい大事な部分を見つからないようにしています。誰にも喋らなければそれは誰にもわかりませんが、自分だけは知っていますし感じています。そんな部分を巧みに連想させられてしまいました。現実が歪んでいるのか、自分が歪んでいるのか。本当の自分はどこにあるのか。どれが本当の自分であるのか。内省的な人が暮らしている日常のようなものを感じられます。日常を内省的に捉えるとこの主人公のようになるのか。「静かで平和で孤独な日曜日」という言葉が印象的です。愛するものに見放されたと思うとき、どれ程理性を振り絞ってみても、それは耐え切れるものではないのです。
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406274869X
No.646
(1pt)

文章を読ませる力があるも、何も残らない

期待値が大きかったせいか、残念な気持ちで読み終わってしまった。村上春樹特有の言い回しで文章を読ませる力は感じられるも内容に乏しいと感じてしまったのと、書いた時代の古臭さを感じてしまう。病に関する事や性に関する受け止め方が古く、現代の感覚とのズレが生じてしまい、素直に感情移入出来なかったのかも。一昔前なら良かったのですが…という残念な結果でした。またもう少し時間がたてば違う取り方になるかもしれません。 ノルウェイの森 上 (講談社文庫) ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
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406274869X
No.645
(4pt)

映画化が決まりましたね。

お恥ずかしながらアラフォー世代にも関わらず、2010年になるまで村上春樹氏の本を読んだことがありませんでした。そもそも、小説というものをほとんど読んだことはありません。ビジネス書以外ほとんど読まずに人生を過ごしてきました。2010年になって今年も村上氏がノーベル文学賞を獲得するのではないかと盛り上がっていたたので、昔流行ったノルウェイの森を上下巻読みました。読み始めたら一気に読めました。出てくる人物の際立ったパーソナリティに興味が持てました。性の描写は読み手によっては嫌悪される向きもあるようですが、私自身はそんなこともなく、普通に読めました。でも、なんで「ノルウェイの森」というタイトルにしたのだろう。もちろん、彼女が好きだった曲で、レイコさんが最後に2回弾いてくれるのはわかるけど、でも、タイトルにするものなのかなぁ。小説って特に内容からタイトルが推測されるものではなくてもいいものなのだろうか。あまり読みなれないので、その辺に違和感がありました。でも、すごいですよね。やっぱり。目の前にありありと空間が現れるようでした。映画化される作品のワタナベ役は松山ケンイチ氏らしいですね。想定のワタナベよりは格好良すぎのような気がしますが、こちらも見てみたいです。
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406274869X
No.644
(5pt)

積極的に生きることを見出している作品

人生に傷ついたとき、人生に迷ったとき手にとって見るとより良い本でしょう。まだ世の中の成り立ちが今以上にわからなかった10代の時にはじめて読んで、その時にうまく解釈できなかった部分のディティールはよく覚えていませんでした。そして、あの頃は鮮烈に焼き付けたものが今にはそれほど響かなかったり、たいしたことじゃないじゃんと思ってみたり。再び33歳になって手に取りましたが、はじめて読んだ後の人生の危機の時に思い返してみたら心を強くできたかもなと思いました。今となってはですが。様々な批評がこの本に対してはありますが、自分にとっては、はじめて読んだ若いころの思い出が蘇ってくる、古い流行り歌みたいな存在でしょうか。どうしようもなく翳りのある設定ですが、最後にそこから積極的に生きることを見出している作品と自分では解釈しています。
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406274869X
No.643
(5pt)

必然の性描写/“文章という不完全な容器”

この作品の評価は極端に別れるようですが、読者の反応を大きく左右する要素の一つに、度々登場する性描写があるようです。なぜ、登場人物が肉体関係を結ぶ必要があるのか、理解できないという意見をよく目にします。最近改めて読んで感じたことですが、この作品の性描写にはちゃんと必然性があります。性的なシーンがなくても物語は成立するという言う人もいるけれど、それは違うと思います。おそらく作者が性行為を描いたのは、作品世界と読者を、作者なりの方法で結ぶためです。他のレビュアーの方も指摘していますが、具体的な曲名や文学作品が多く登場する理由も同じではないでしょうか。ありふれた手法ですが、それらを介することで、作品に流れる時間と読み手の意識が繋がるわけです。この小説は、死者の記憶を共有する人々の物語だという言い方も可能でしょう。死んだ者の存在を、お互いの中に確かめ合おうとする彼/彼女等の想いが、この作品の一番奥にあるように思います。そしてその想いの深さは、同様の体験をしたことのない人間には、本来なら共有の難しいものではないでしょうか。言い換えるなら、物語という形式では、それを表現しきれない。文章という形式で伝えるには無理のある主題を、文章において表現しようするとき、この作者は一見必然性に乏しい行為を描くことで、その矛盾を飛び越えようとしたようのではないでしょうか。例えるなら、ストーリーという平面上の直線に対し、三次元的な振動を読む側の心に引き起こすことで、作品と読者を強く結ぼうとしているように思うのです。作中の生々しい描写は、多分読む手の心にぶつかります。違和感や不快感を抱くのは、自分の中に無理に踏み込まれたように感じるからでしょう。外側にある対象物であったはずの小説が、内側の予期していなかった場所にちょっと触れる。この小説を好きな人が、その魅力をうまく言葉にできないことが多いのは、こうした手法がうまく機能しているからのような気がします。反対に、嫌悪感を抱く人がいることも、作品の特徴を裏付けているのでしょう。はじめてこの本を手にする人には、村上春樹と言うあまりに有名な小説家の代表作であることはとりあえず置いておいて、作品の奥の方にあるものを汲み取るように読んでもらえたらと思います。
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406274869X
No.642
(3pt)

下巻を読んで読み方が変わる

有名な作家の代表作ということで、手にした本。下巻まで読むんなんて私にはきわめて珍しい。 上巻に続いて、正直、何を言いたいのか、はっきりと言い出せない感じがした。 やはりこれは芸術作品なのだろう。正解はない。これが一番、作者の言いたかったことという「正解」はなく、おそらく、今の社会に対して、あれもこれも言いたいことがある、言いたいことをありったけ入れ込んでみようというような思いで描かれていたのではないか。 だから、正解なんていうのはなく、自分自身が読んで何を感じ取ったのか、その部分が唯一の自分にとって正解なのだと思う。読んで不思議な気持ちになった。 ただ、上巻と違って、下巻を読んで私が感じたのは、ワタナベ君を表現する、文中の「僕」の言葉が、次第に読み手、すなわし私自身であるかのような錯覚をしながら読んでしまう点。 だから、正直、心に響くものがあった。なんか、人間社会というのは、きれいさっぱり、分かりやすい形ではなく、人間の心もものすごくいろいろなパターンがある。そういった矛盾、人間の心の奥にある繊細な部分に関して「僕」は、壊れやすい心をもちながらも一生懸命、向き合っている。何よりも、何か、正しいもの、人生の正解を見つけに、探しぬいている。そんな姿を「僕」に感じた。この「僕」は決して、ワタナベ君のことではなく、私自身のことでもある。そういう読み方をさせた村上春樹という人物の、筆力は、やはりすごいものがあるのではないかとも思った。ほかの人の感想をぜんぜん、読んでいなかく、この作品がなんなのか、正直、型どおりの理解はまったくしていないのだが感じたままに書いてみた。青春期の葛藤という部分で、恋、肉体関係などがはずせないテーマではあるのだが、私自身も昔の恋や大切だった人を思い出し、思わず恋慕した。 とりあえず、この作品は松山ケンイチが主人公で映画化されたが、どのように表現するのか、かなり興味がある。内容的にポルノ的な部分の描出ってかなり必要だとも思うし、なんか展開的に起承転結みたいな感じの作品じゃないから、映画向きではまったくないだろうに、それを映画させたのだから、映画の内容が気になります。映画を見れば、作者が何を言いたかったのか、一応、世間的な常識は分かるかもしれない。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.641
(3pt)

大学生の日常に展開される、特殊な世界

1969年、東京。19歳の大学生、ワタナベは学生寮で 周囲と距離を置いた生活を送っていました。 そんな彼が、周りの人との出来事を通じ、様々なことを感じます。 それはどこか不思議な、特殊な感覚でした。 有名なベストセラーの下巻です。分量は262ページ、所要3時間程度です。 この巻では、ワタナベの友人の彼女だった直子や同級生緑など彼の同世代の異性を中心にしたドラマが展開されます。 上巻同様、きれいな文学的表現が多いです。例えば、「まるで特殊な果汁を頭から浴びたような鮮やかな赤だった。」「春の闇の中の桜の花は、まるで皮膚を裂いてはじけ出てきた爛れた肉のように僕には見えた。」などです。 内容について語るのはこれも難しいですが、展開上、上巻よりも人間の喪失感が強く描かれていると思います。それを描こうとするゆえに、上巻より特殊な世界が構築されていると思います。その世界観を共有できるかどうかで、この小説の好き嫌いが分かれるような気がしました。
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406274869X
No.640
(5pt)

青春・現実・喪失・再生

「でも、この大学の連中はほとんどインチキよ。みんな自分が何かをわかってないことを人に知られることが怖くって仕様がなくてビクビクして暮らしてるのよ。それでみんな同じような本を読んで、みんな同じような言葉を振り回してるのよ。」 「冗談じゃないわよ。他の人はたまに来て同情するだけじゃないの。世話をしたり痰を取ったり体拭いてあげたりするのはこの私なのよ。同情するだけでかたつくんなら、私みんなの50倍くらい同情しちゃうわよ。いい歳した人たちなのに、どうしてみんな世の中の仕組みってものが分かんないのかしら。あの人たち?口でなんてなんとでもいえるのよ。大事なのはを片づけるか片づけないかなのよ。」 「自分に同情するな。自分に同情するのは下劣な人間のやることだ。」 「そんな風に考えるのはやめなさい。物事は流れるべき方向に流れるし、どれだけベストを尽くしても人は傷つくときは傷つくのです。偉そうなことを言うようですが、あなたもそういう人生のやり方をそろそろ学んでいい頃です。あなたは時々人生を自分のやり方に引っ張りこもうとしすぎます。精神病院に入りたくなかったら、もう少し心を開いて人生の流れに身をゆだねなさい。私のような無力で不完全な女でもときには生きるって何て素晴らしいんだろうと思うのよ。本当よ、これ!だからあなただってもっともっと幸せになりなさい。幸せになる努力をしなさい。」 「もちろんそのことは残念に思います。しかし、結局のところ何が良かったなんて誰にわかるのですか?だからあなたは誰にも遠慮なんかしないで、幸せになれると思ったらその機会を捕まえて幸せになりなさい。私は経験的に思うのだけれど、そういう機会は人生に2回か3回しかないし、それを逃すと一生悔みますよ。」
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406274869X
No.639
(4pt)

喪失感

●1回目主人公の学生時代の回想を中心に複雑な人間関係を描いた恋愛小説である。思春期の葛藤や人間模様、恋愛、喪失感などが巧に描かれている。 死を迎える事で何かを学び取る事が出来るのならば、他人には理解されない関係を構築し共有することがあっても違和感を感じることはないのかもしれません。 「自分に同情するな」「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」 この先、幾度となく深い喪失感や絶望感に駆られる事があっても自分に同情することなく強く生きていきたい。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------●2回目喪失してしまうこと、そして、それを受け入れること。抱えながら生きていく先には何が待ち受けているのでしょうか。 「自分に同情するな。自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」
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406274869X
No.638
(4pt)

読み終えたときの『おもさ』が腹の底にしみる?

上巻はだらだらと読んでいましたが,下巻は半日で読み終えてしまいました.後半に進むに従って「次はどうなる,次はどうなる」みたいな展開に引き込まれ,最後まで読ませられるストーリー展開は村上文学の特徴なんでしょうね.この小説はおもしろいという表現は適切ではなく,深みにはまっていくというか,考えさせられるというか,読み終えたあとの腹の底に感じる『おもさ』が何とも言え無いですね.登場人物が次から次と消えていくところは,読み進めるにつれて予期できるのですが,いざそうなるとその部分を何回か読み返してしまい,非常に考えさせられました.これは,今の日本人が本当に幸せなんだろうか,世界経済大国第2位の裕福であるはずの日本で自殺者が年間3万人を超える事実は何を示しているかですが,ヒトの生き方に考えさせられてしまいました.内容自体は単純で,主人公のワタナベ君が同時に2人の女性に心が揺れてしまう,ただ少し訳ありと言うことで,その訳がすこし『おもため』と言うことだと思います.それにしても登場人物をあまりにも葬りすぎているような印象は残りますね.メンタルヘルスに関しては最近特に注目度は上がっていますが,大きな心の傷を持ったヒトへのメンタルケアーについては,この小説が実話ではないとしても,非常にセンシティブであることを再認識しました.職場にも,身内にも,同じような問題が内在するわけですから,ヒトの絆が如何に重要かです.
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406274869X
No.637
(5pt)

本は読んで、映画は見ないほうがいい

昨日映画をみたのですが、なぜこんなに長く映画化(の話もたくさんあったであろうに)されず、20年もたってこのような不完全なかたちで映画化されるのかと疑問ですが、大方の予想通りでした。 この人の小説の魅力は、その軽快なエスプリのきいた会話の妙に多分にあるとおもうのですが、映画のではまったくそれが生かされておらず、(というよりも、会話量がすくなすぎるため、それぞれの登場人物の人となりが十分につたえられないまま上滑りに話がすすんでいく)原作の面白さがまったくでていない。(もしかして、外国人監督だから、日本語で理解もしくは日本語版で熟読してないのでは????)しいて言うなら、松山ケンイチさんにニュートラルなたたずまいがあるので、60−70年代背景の作品の中でも自然な感じがでてました。そのほかは、多分、すべてミスキャスト。(女優さんがわるいというのでなく、(女優陣はそれぞれに魅力的なんですが、)脚本と演出と人選の悪さ。) 一番のミスキャストはレイコさん、その次ミドリ その次直子、ハツミさん。 レイコさんは外見はもっとボーイッシュで、人生の哀感を軽いジョークで流すような、痛々しさのあるもっとも魅力的な登場人物だと思うんですが、キャステイングされた女優さんはなんだか女性っぽすぎて、そういう、笑顔の下にある乾いた哀愁が感じられない。ミドリはもっと現実的でジーンセバーグのような雰囲気の、軽快さのある生き生きとしたイメージで、この点が、この小説の中で、直子の非現実的な静的な美しさのある陰の世界と、ミドリの現実に根を張った動的な魅力の間で主人公が行き来するという対比をなしていると思うのですが、映画ではそのメリハリがでてない。  永沢さんは(ちょっと年齢はちがうが、)イメージとしては佐藤浩市さんっぽいもっと骨太な凄みのある感じで、やはりナメクジのエピソードははずしてはいけなかったと思う。なにより、療養所で3人がもつ、「親密であたたかな」心のつながりを描かなくてはこの話の意味そのものが描けない。また、僕と直子が誕生日を祝った夜に直子が延々と異常なまでにしゃべってぷっつりと糸が切れたようになったところとか、僕とレイコさんが二人で歌って直子の弔いをしたシーンを省いては、そのあとにつながる、関係をもつことの意味が説明できない。 もし原作を読んでない方は、原作は読んで、映画は見ない、もしくは少なくとも映画を先に見ないことをお勧めします・・・・。
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4062748681
No.636
(4pt)

一気に読みました

1Q84で初めて村上春樹さんの作品を読みました。それまで、松本清張さん、宮部みゆきさん、堂場瞬一さんらの作品を多く読んでいました。村上春樹さんの作品は”すかした純文学”というイメージで食わず嫌いでした。読後の感想は”深さのある現代の純文学”でした。”純文学”と思ったのは夏目漱石さんの作品と共通するものを感じたからです。”現代の”と感じたのは、夏目漱石さんの作品よりも身近に感じたからです。”深さ”を感じたのは、自分自身の事を振り返って考えさせられたからです。登場人物たちに、共感出来る部分と共感出来ない部分はありましたが、「生きていくって大変だ」と思いながら、楽しく最初から最後まで読みました。1Q84のレビューで「性描写が不適切」という感想を複数見ました。この作品にもそういう点があると思いました。しかし、「不可避な性から逃げていない」と感じられ、その点についても私は好感をもっています。他の作品も読んでいきます。
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4062748681
No.635
(1pt)

村上春樹の大罪

私もこの作品を読んで、おもしろい部分もあると感じたうちの一人であります。たとえば、ヘッセの『車輪の下』やトーマス・マンの『魔の山』の読書描写、ビートルズやジャズの曲の描写などに関してです。が、しかし、私は日本の自殺者数の数を増やしている複合的な要因のうちの一つとして、読者の数も多いがゆえに、このような作品も寄与しているのではないかと考えています。いや、一番問題なのはテレビやマスコミの自殺報道のありかたがまずあげられるでしょう。日本では自殺の問題に関しては普段の風潮としてはそれを取り上げること自体がタブーとされているのに対して(その問題の予防に関して教育の時点で真面目に論じたり教え続けているアメリカなどの国では、自殺率が少なくとも日本に比べて有意に低いのです)、有名人が自殺したり誰かが自殺したりすると、これでもか、というくらいにセンセーショナルに報じたりしています。しかし、日本の自殺の報じ方はWHOの自殺の予防のガイドラインのいくつもの項目を堂々と破っている行為でもあるのです。人間誰でもストレス過多になるとおかしくなることはあるわけで、たまたまそのおかしくなった時にそのような報道がなされていると、そういう方法があるのかという正常でない発想になったりして正常な判断ができなくなってしまう可能性はないわけではありません。いわゆる群発自殺というやつです。ですから、諸外国からすると完全に浮いたそのような報道のありかたをそろそろ考え直す時なのではないでしょうか。話は少しそれましたが、本題に入りますが、私は、たとえば『風の歌を聴け』などの他の村上春樹作品などでも感じるのですが、それらの世界の中では、自殺というものがあたかも当たり前のような、あるいは普通に肯定されているような、あるいは美化されているような印象を受けるのです(もちろんすべての作品がそうだと言っているわけではありません)。私は自殺はよくないことだと考えていますが、その理由としてウェーバーや新渡戸稲造が黒板に文字を書くことすらままならないうつ状態に陥ったにもかかわらずそのあと復活を遂げて、以前にもまして活躍したような事実を知ると(たとえばウェーバーがあの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を書いたのはその後のことです。もし、ウェーバーがうつになった時点で自殺してしまって『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』がこの世に存在しなかったら、と思うとぞっとしませんか)、もったいないということが一つまずあります。もうひとつは自殺によって周りの人でとても傷つき苦しむ人がいるということがあります。まず前提として日本国民に共有されなければならない認識は、自殺は異常なことで決して普通のことではないんだ、という認識です。そういう当たり前の認識が欠けているどころか、このような作品によって、自殺は普通のことなんだという間違った認識を持ったり洗脳されてしまったりすることの方が逆に問題です。しかも、高校生前後などのとても影響を受けやすい時期にこんなものを読んで自殺を肯定するような認識を持ってしまって実際に自殺が起こったりしたならばこんなによくないことはありません。権威に弱い日本人がたとえばフランツなんとか賞とかを取った著者のことを信じこんで、自殺を肯定するような世界観が蔓延することの方がむしろ危険だと考えています。物語でどんなに感動を感じたとしても、それが結果として人を幸せにせず不幸にしたとしたら、なんのための文学や芸術だかわかりません。私は、文学や芸術は人を幸せにするためにあらねばならないと考えています。ゲーテの『ファウスト』は秀作だと考えていますが、『若きウェルテルの悩み』は殺人作だと考えています。そのあとウェルテル効果とかいっておそらくは死ななくてもよかったような命がたくさん自殺したそうです。直接ナイフで刺して殺したというわけではないですが、『若きウェルテルの悩み』を読まなかったら死ななかったという人に対しては、実質上は殺人を犯していることになるのではないでしょうか。ですから、村上春樹の大罪というのは、影響力のある著者であることがかえって、日本の間違った自殺認識を作ったり助長したりしているのではないかということです。繰り返しますが、自殺は肯定するものでも美化するものでもありません。繰り返しますが、自殺は誰でもなりうるストレス過多の状態によってなる異常な精神状態から起こる異常なことであって、普通に肯定することではなく異常なことだという当たり前の認識を日本人全員が共有することが重要です。
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4062748681
No.634
(5pt)

村上春樹という作家

評価が1か5が多くを占めるのが興味深いです。評価が低い人は、文学とはみたいな堅苦しさに囚われている気がします。ビートルズやビーチボーイズがお洒落な言葉か、セックスの描写は必要なのか?読み手のコンプレックスに感じます。ビートルズやビーチボーイズはお洒落な人じゃなくても聴きます。パスタくらい家で作って食べます。誰かの事を笑います。そして村上春樹が過去に書いているように「人はほっといても人と寝ます」それらはただの日常です。生活です。そして、「死もその一部」なのです。ただの人間です。
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4062748681
No.633
(5pt)

忘れられない作品になりました。

ずっとベストセラーを続けていたので、気になり読みました。じわじわと私の心に滲み込んでくる不思議な感覚が忘れられません。この感覚は、他の村上作品でも感じられる独特な「感触」とでもいうか・・・小説を読まなくなった多忙な現役世代におすすめします。
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4062748681
No.632
(4pt)

親しくはなれそうにないが、どこか魅力的な登場人物たち

この小説が大流行したのは学生の時だ。読もうかどうしようか迷ったが、友人が「エッチなシーンばかり多くて気持ち悪い小説だ」と言ったので読むのをやめた。ベストセラーへの反発もあった。それから、20年近くを経て、今初めて読んだ。読んでよかったと思った。とはいえ学生時代によんでいなくてよかった、あのころなら、なんてふしだらな人たちばかりの小説だと呆れていただろう。登場人物たちの行動は、あまり納得できるものではないし、私から見て、理解に苦しむ行動を繰り返している。正直言って、親しく付き合いたいような人間は出てこない。あまりお近づきになりたくないと思う人の方が多い。だが、それぞれの人物の感性、ものの見方、人生への向き合い方のようなものは、たとえ突飛ではあっても一貫性があり、よって、描かれている人物像はすべて、強烈な輪郭を持っている。後半を読み終えた後で書いているので、前半のみの感想をあえて書くのは難しいが、「直子」の感性は一生かかっても理解できないだろうと思った。そして、「緑」のたくましさに魅かれた。同級生に「緑」がいても、友達になれるとは思わないが、いろいろな大変さのなかで自分を貫き、家族との不和を抱えながらも地に足をつけて生きている。それから脇役ではあるが、地図を愛する「突撃隊」くんに共感を覚えた。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681