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(短編集)
アマニタ・パンセリナ
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アマニタ・パンセリナの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.43pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全42件 21~40 2/3ページ
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私も自分の体で実験してみたくなります。 どの話もメチャクチャ面白い。 らもさんには長生きしてほしかった。 | ||||
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明らかにゴーストライターと共作した人生体験を綴る書籍は枚件にいとまないが、らもさんの全作品はガチガチの物! (らもさんと比較する事態おかしいが) その中でこの書籍は特に強烈な1冊に数えられる作品! おかしいも哀しくも、でもどこか愛しい中島らもの世界爆発である! | ||||
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らもさんの読み物はとても面白い。しかし無茶苦茶な人だ。 欲望と快楽を、自らの体で試した物書きのあるべき姿。 なかでもシャブに対する憎悪と、小市民への警告が際立っていた。 中島らもの、冷えた中にも垣間見えるやさしさが何ともいえず好きである。 | ||||
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この本はドラッグの解説とゆうよりも、著者を取り囲む愉快な回想記で、アルコールを始め睡眠薬、ブロン、その他のドラッグについて、著者の独特な見解がなかなか面白い!それにしても中島さん、酒と睡眠薬やり過ぎでしょー | ||||
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クスリは楽しい。特に抗精神病系のクスリは。 現役躁鬱病患者の私はそれを知っている。 あの、たった一粒のタブレットが導いてくれる爽快感、時には酩酊感、眠り。 クスリは魔術だ。 故・中島らも氏もそんなクスリ(ドラッグと云った方が適当なのか)の魔力に, 強烈にとりつかれた方だった。自身も精神を患っていたらも氏の、ドラッグに対する執着はすさまじい。 本書は、実に軽く読める楽しいエッセイだが、らも氏が心の闇をさらけだした痛切な書でもあると思う。 結局、最期までアルコールはやめられなかったしね。冥福をお祈りします。 | ||||
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周りに合法でリタリンを処方されてる友人や、自分自身も向精神薬や睡眠導入剤を処方されてるのもあって 妙に身近に感じた本。 作中らも氏がトリップした時に色が…というのは、私は病状として類似した状態がたまに起きることなので、脳の働きについても考えられて面白かった。 | ||||
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アル中の薬中のらもさん。懲りずにまたやっちゃってますね。 これは、どちらかというとサブカルチャーの本です。小説ではありません。 皆さんは間違ってもまねをしないように。天国でらもさんが笑っていますよ。 | ||||
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自身のドラッグ体験から、「人はなぜ快楽を求めるのか」ということに迫った作品で、自身の体験をときにはコミカルに、ときにはシリアスに書いています。自身の実体験から書いている書き方は、ドラッグというものを実態的に感じることができます。 | ||||
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アル中で,定期的に睡眠薬中毒になり,10年近くブロン(咳止めシロップ)中毒だった中島らもが,自分の体験を含めて,薬物の話を色々と紹介する。 中島らもは,基本的には違法な薬物には手を出さない主義らしいが,数回だけ覚せい剤を使用した経験もある。 次の一文は,その時の経験談で,覚せい剤の影響のとてもリアルな描写だと思う。 ≪滑り込んできた新幹線の車輌に乗ると,なぜか僕たちの指定席のある車輌だけに,電気がついていなかった。 薄暗い車輌の中を自分たちの席まで進んでいくと,僕の席に誰かが座っていた。 はげ頭の,やせて青白い顔をした中年男だった。 「あの,その席は我々のなんですが」 と声をかけた。男はゆっくり立ち上がると,僕たちをジロリとにらみ,一言も発せずに隣の車輌へ歩いていった。 何もかもが変だった。 僕には,どうもこの列車が無事に新大阪まで着くような気がしなかった。≫(58頁) ブロンをやめた禁断症状(「全身がとろとろじくじくと意地の悪い火で煮られているような,そんなだるさ」)に耐えるため,酒に手を伸ばす。 仕事が山のように詰まっているのに,うつ病で何も手に付けられない不安状態を,一人,ウイスキーと抗うつ剤ばかりを飲んで過ごす。 中島らもらしく,本書でも随所で笑わせてくれるのだが,読んでいて,中島らもが陥っていたであろう閉塞状況を想像すると,これはもう,アル中で死に至らなければ終らないだろうなぁという辛さも感じた。 | ||||
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化学を学んでいくうちに天然毒や神経伝達システムに興味を持つようになり、 自然と毒の本が増え、読み進んでいくうちにらもさんの「アマニタ・パンセリナ」に たどり着いた。 耽溺するもお縄になるもそれは個人の責任。合法ドラッグなんかありえないし、 由緒正しいドラッグも末路は悲惨なもの。 自分が医学薬学化学に携わる人間になって改めて読み返して そして「心が雨漏りする日には」も読んでみて、不思議な怒りが湧いて来た。 「先達がさんざん苦労して作って来た化合物を勝手に違法な使い方をして さんざん楽しんで、正しく使えなくして、あげくの果てはわたし達のせいに するのか。最後は誰のせいにする気だ?」 「バンド・オブ・ザ・ナイト」読後にもこう思った。 | ||||
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人間、清く正しく美しくあらねばならないと思っている皆さんが読んだら、頭から火が吹き出しそうなほど危ないエッセイである。「非合法ではない」と、さりげなくあちこちで強調しているが、ほんとにこんなことして捕まらないの?と思うほど、いろんなドラッグを実体験して書かれている。ただ、中島らもは、決してふざけているわけではない。ここに書かれているのは、どんなに聖人君子ぶっても、人間である以上、意識の奥底には弱い心、快楽を求める心を持っているのだという彼の人間観そのもの。 例えばこんなくだり。一見、求道者のように見える東洋医学の権威が、かなりきわどい体験を何度もしていることにふれ「あらゆるものにむかって目を開いていないと、我々は世界のほとんどを切り捨てることになる。目を開いた状態で、光も闇も受け入れ、そこから自分の信じるものを見つけていくものだ」。本当はもっと格調高い表現をしているのだが、その後に、「(それができるのとできないのは)ま、サルと人間ほども違う」とわかりやすく痛烈に締めくくる。 さあ、どんなにカッコつけてても、人間、みな同じ。「人間、こうあらねばならぬ」とか「人類、みな平等」などと小難しく説教されるより、よっぽど効果アリ!な、エッセイです。 | ||||
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らも先生。 お元気ですか。そちらでも、いろいろな嗜好品をかっくらっていますか。それとも、「憂き世」でないから、もう必要ないのかもしれませんね。 私は○○○と、○ー○ーと、○いものがまだやめられません。○ー○は今のところやめています。これが一番人間失格になってしまうので、なんとかがまんしています。 らも先生の最高傑作は、「アマニタ・パンセリナ」だと信じています。小説や落語のほうは私には面白くありませんでした。ごめんなさい。 特にすばらしいのは、なんといっても先生が身を削ってボロボロになりながら記された、「ブロン断ち」のくだりです。こんなにすばらしいエッセイは、ほかにはありません。 ブロン中であることを人目に隠しながら、ブロンを求めて薬局から薬局へさまよっていたらも先生。ああ、よーくわかります。何かを隠しながら、それをしないではいられない、うしろめたーいその行動の逐一。私とて、○○○がやめられないばっかりに、対人関係も、行動範囲も、時間の使い方さえ、○○○優先にならざるを得ないにもかかわらずおいそれと悟られてはならじと人目を避けている。 生涯、さまざまな依存症に苦しみつきあい続けたらも先生。あなたが立派なのは、誰のせいにもしなかったこと。そう、依存症の人間は、誰のせいにもしてはいけない。それでなければ、「コレがやめられなくて悪いか!」と胸を張ることなどできません。 「必要なのは、研究ではなくて、受容と同化」名言である。らも先生にして、はじめて言いえた金言だ。まだ「憂き世」は続きます、らも先生。 | ||||
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この本に出会ったのはバンコクでした色々な人の手を渡って僕のところにきたぼろぼろの文庫本、カバーもなくて表紙にはなぜか破廉恥と落書きしてありました。 その時はまりにはまっていた僕にドラッグに対する正しい姿勢を教えてくれた大切な本です。この本をくれた人はつかまって今バンコクの刑務所にいます。 どらさん,中島らもは死にましたよ。 | ||||
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急逝したらもさんのドラッグ(体験)大全。こんな経験に基づいた本はかつてなかったので読んでびっくりした。これまでドラッグの人文系の研究・書籍と言えば、澁澤龍彦氏やその中で引用される西洋古典や、ウィリアム・バロウズ、カルロス・カスタネダ、文化人類学、60年代のヒッピームーブメントの中、ドラッグによる人類の解放を唱えたハーバード大のティモシー・リアリー先生など、おおかれ少なかれ間接情報あるいはそれらの事実に基づく評論だったが、らもさんはその聖域を軽々と飛び越えた。がまなめや朝鮮朝顔の話は面白かった。公の場のレビューだけに客観的事実喚起だけはつけくわえておこう。覚醒剤は日本で戦前に発明された薬で戦中は兵士の士気効用に利用されたと聞く、戦後はヒロポンとして合法的に売買され、のちに法律で規制される。理学的には脳のニューロン間を流れる神経伝達物質の1つで気持ちよさを伝える脳内麻薬ド-パミンに化学構造が類似して、人工的に快楽をもたらすが、反作用の苦しみは壮絶。らもさんは倫理論でなく体感的経験論として論外のドラッグと記述していた。 | ||||
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彼らしい亡くなり方ですが,早すぎました.残念です. ファンとして,冥福を祈ります. | ||||
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心底そう思った。しかも私がこれを読んで間も無くこの本の著者は捕まってしまったので、「やっぱりな…」と妙に納得。 しかしこれを読んでからというもの、家の庭にあるダチュラだの花屋さんのサボテンだのを少し意識している自分がいる。別にやりたいわけではないのに……。 | ||||
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要は、道徳規範の問題ではなく、気づくか気づかないかの問題だということです。数多くのドラッグを体験してきた著者からは、悪びれた様子など全く無く、むしろ自然なこととさえ感じさせられます。著者の文体は非常に面白いので、ドラッグ解禁論系の堅苦しさは全く無く、非常に面白く読めるのでお勧めします。 | ||||
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「ドラッグをやること」、それは今の日本において「いけないこと」ですよね? じゃぁ、「ドラッグをやってしまった」らもさんは「いけない人」なんでしょうか? 私には、どうしてもそうは思えません。「ドラッグをやってなく」ても、らもさんより「いけない人」なんて、 世の中にたくさんいる気がします。本書の中でご自身が書かれているように、「生きる方へ、書く方へせき たてられている」らもさんが書いた「『開いた』書物」、それがこの作 品だと思います。 この本によって、「いけないこと」を閉じてしまわずにきちんと「開い て」くれたらもさんは、やっぱり「いけない人」ではないと思う私なの でした。 | ||||
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人間は何かに依存しなければ生きられないと中島らも氏は語っている。 それは薬物(イリーガル)か嗜好品(リーガル)の違いだけであろう。 そもそも本質的にリーガルかイリーガルかは社会、特に政府が決めることであって本人の内面には関係の無いことだ。 山があるから登るように、ヤクがあるから打つ。それを選ぶのは本人であり、そのためには正確な情報が必要だ。この本が正確かどうかと言うより、ありふれた情報の一つとして目を通せばよいのではないか。個人的には面白く読めたと思う。 | ||||
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うーんやっぱり捕まったか。 お縄になる日も遠くなかろうとは思っていたけど・・・。 これがきっかけになって文筆活動を自粛なんて事にならないよう、ひたすら祈るのみです。 躁鬱もドラッグもすべて中島らもの一部であるだけに、 今後もこれらと縁が切れないのだろうなあ。 変に健康になられてもつまらんし。 それにしても今回のはばかばかしいことだ。 | ||||
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