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マンチュリアン・リポート
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マンチュリアン・リポートの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.90pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全81件 21~40 2/5ページ
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蒼穹の昴から中原の虹へと読み込んできた最期がこれではあまりに味気ない。 調査の冒頭からやや無理やり感がある上に、鋼鉄の巨人に語らせるという意気込みは買うとしてもやや無理がある。 そうなるとたまに出てくる浅田次郎の白けるような泣かせの文体が余計白々しく感じてしまう。 よくもまぁそんな試みをしたものだがうまく機能しているとはいいがたく、これまでの物語の中で馴染みのない存在なので思い入れも持ちづらい。 張作霖に言わせたこのセリフは素晴らしかった 「たとえ百万に愛されても一人に心底憎まれれば命をなくす。 だが大勢の人間に愛されるには大勢の人間の恨みを買わきゃならねぇ。 俺様が神様と勝負して負けたわけも、それだろうぜ」 張学良のその後を知りたいものだ。 | ||||
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東北・満州を掌中に収め、ついには河北・北京をわがものにした張作霖。あえて皇帝を名乗らず、自らを大元帥と称したのは何故か。勝利が確実視されていたにもかかわらず、蒋介石との決戦を回避し、北京を手放して東北へ引き上げたのは何故か。 で、事実上の国家元首である張作霖を爆殺した犯人は誰なのか。 事件の解明は、陸軍刑務所に収監されていた志津中尉に委ねられた。 夜間に突然、皇居に招集された志津の驚きと、その度胸が心地よい。 もう一人の主人公は"鋼鉄の公爵"だ。そのモノローグが物語にハマリ、実に良い味を醸し出している。 著者の立場は明快だ。品格も矜持も恥も捨て去った昭和日本の、他国へのあからさまな侵略行為を辛辣に批判している。 昭和時代初期からの中国進出。特に満州事変を中心に関東軍の暴走、と言うのが定説だが、その根は深い。幼年学校から予科を経て、士官学校で共通の価値観を身につけた「陸軍大家族」全体の問題であり、軍人が政権を担ったことが悲劇を招いたことが志津の内部批判として表明される。 中国を愛する著者のメッセージは様々に読み取れるが、西洋文明の功罪に対し、中華文明の真髄を説く西太后の言葉に想いが集約されているのだろう。 「……中華という呼び名は、世界の中心という意味じゃないのよ。この地球のまんなかに咲く、大きな華。それが中華の国。人殺しの機械を作る文明など信じずに、たゆみなく、ゆっくりと、詩文を作り花を賞で、お茶を淹れおいしい料理をこしらえ、歌い、舞い踊ることが文化だと信じて疑わぬ、中華の国よ」 最終章に登場するは蒼穹の昴の主人公、春児。こうでなくっちゃ! 愛新覚羅家の没落を目の当たりにしつつ、いつか皇帝になりたいと希望する幼い溥儀に"是"と答える姿には、希望が持てる。 帰国前日に、すべてを理解した志津。彼の苦渋の決断が、第6章と第7章の間隙にみえた。 「軍人は忠義であるよりも、正義でなければならぬ」 肝要なのは"日本人の誇り"を思い出せ、と言うことだな。 | ||||
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この本は、以前に単独で読んだことがあったのですが、蒼穹の昴、中原の虹を読み終えもう一度読みたくなったので購入しました。 | ||||
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裕仁皇太子は何故張作霖暗殺に怒ったのか、その点がいまひとつ曖昧だ。張作霖が日本の要請で国賓訪日させた東北のプリンス張学良とのキリスト教的な友誼が根底にあったと河信基著『二人のプリンスと中国共産党』にあるが、その友誼を関東軍が踏みにじったことが日中戦争に繋がっていった。皇太子裕仁は昭和天皇となり、敗戦で軍部の呪縛から解放されて米国人宣教師と頻繁に会い、キリスト教の洗礼を受けようとしたが、象徴となった立場を弁えて断念したという。それこそ昭和最大の謎であった。 | ||||
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次の天子蒙塵に続く清国、満州国の繋がりがよく分かるように書かれている。 | ||||
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初浅田次郎です。 当初から、主人公が一体全体何を明らかにするために調査をしているのか全く不明で、読むのが辛かったです。田中が総辞職し、関係者を処分した時点で爆殺事件からすでに一年たっています。また、爆殺事件は満州の権益を守るための関東軍のひいては陸軍の総意であるということが自明の前提として描かれてしまっていて、今更何を明らかにするための調査なのかがいまいちわかりませんでした。どの車両を狙って爆薬を置いたとか、そんなの日本側から見ればどうでも良くないですか?読みが足りないのかもしれないですが・・・ あと、ファンならなんとも思わないのかもしれないですが、機関車トーマスならぬ鋼鉄の公爵(アイアン・デュークとルビが入る)とか、伝説の蒸気機関車(レジェンド・エンジン)とか、気恥ずかしかったです。 | ||||
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「中原の虹」で初めて張作霖が登場したときは、史実を知っていたので、「今度はこの人が主人公なんだな」くらいの気持ちでいました。 でも2巻、3巻…と読み進めるうちにあっという間に白虎の虜になり、空しいとは分かっていながらも、小さな胸を焦がし続けてまいりました。 だからこそ、本書はずっと手に取ることができずにいたのですが…シリーズ新作が出たこともあり、とうとう読んでしまいました。 悲しいです。長く大切にしてきた恋が終わってしまったような気持ちです。 本書での彼の最期の場面を読むと、「中原~」の頃に胸をときめかせていた彼の言葉や姿を思い出してしまいますね。 この数年の間、彼は私の心のヒーローでした。 なので、しばらくしょんぼりしていると思います。(笑い 物語の感想ばかり書いてしまいましたが、本書は素晴らしい1冊だと思います。 読後間もないので今は悲しい気持ちでいっぱいですが、いつまでも大切に持っておきたいと思います。 | ||||
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「蒼穹の昴」があまりに傑作だっただけに、その余韻を引いた作品を書きたくなる気持ちはわかりますが、「珍妃の井戸」・「中原の虹」にしても、どうにも無理矢理に書いたという印象を持ったのは、自分だけでしょうか? この作品もその範疇を抜けておらず、途中で読むのが嫌になりました。特に「中原の虹」に於いてもそうでしたが、著者の張作霖に対する賞賛と美化は、一体どうしてなのかと疑問を持ちます。歴史的な資料を調べた上でのことなのでしょうが、それが人物像として書き切れておらず、結局は曖昧なままでは読者としては退屈の一言です。吉村昭氏ならば読者を満足させるだけの記述があったでしょうにと思わされます。 「蒼穹の昴」の登場人物を出しても、それがあたかも話をつなぐ為だけのものになっているのは、あまりにアザトイと言うしかありません。天皇の密使というような人物の描き方にしても、その設定が十分に描き切っておられず、残念ながら締めきりに追われて書いた物では?という感想しか持てませんでした。浅田氏の愛読者だけに、妙に浪花節的な安易な展開という、残念な印象しか持てなかった一作です。 | ||||
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蒼穹の昴や中原の虹の張作霖、張学良、吉永中尉、岡、春雷、好大人、そして春児。 彼らのその後。 再び彼らに会えてうれしかった。 そうそう、あっと驚く白太太も登場!全編、日本人の若い軍人と英国生まれの機関車の語りという形で、中国人からの視点が少なかったのはちょっと寂しかったかな。 でも、楽しめました。 | ||||
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表現の自由を奪われし世の中も、光が点せば闇は消える。 教育は、闇夜を照らす光になる。 方向性が、大我ならよいが、小我を目指すものなら、もしかしたらそれは“洗脳”かもしれない。 もしそうなら、苫米地英人さんの出番? | ||||
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浅田次郎氏の作風にはいつも驚かされることばかりだ。『蒼穹の昴』、『珍姫の井戸』、『中原の虹』、『マンチュリアンリポート』の一連の作品にもかかわらず、報告書形式や手紙文形式を採用したり、機関車を擬人化して語らせたりと読者をあきさせない。この作品はことの顛末に疑問を抱いた昭和天皇の特命勅使からの事実関係を調査・報告するという設定も心踊らされる。読者には、ぜひとも次回作を期待したい気持ちにさせられる作品だ。 | ||||
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「蒼穹の昴」、「珍妃の井戸」、「中原の虹」に続く浅田次郎の中国近現代史シリーズ。張作霖謀殺事件を舞台に、事後のレポートと張作霖を運んだ伝説の蒸気機関車のモノローグと二つの視点を交互に挟んで描いていく。 13年春に文庫本化されてすぐに買ったものの、ずっと途中のままでカバンの中に入っていた。やっと読み終えました。 「蒼穹の昴」や「中原の虹」とかと違って、1冊だけなのでその気になればすぐ読めるんですが、要所要所に挟み込まれる、俺って中国事情とか中国語に詳しいんだぜと言わんばかりのエピソードやルビふりにイラッとしたりもしながらも、浅田次郎だなぁとそこに楽しみを感じて見たり。 「蒼穹の昴」や「珍妃の井戸」を読んで、北京に何度か通ったりしましたが、また、奉天、瀋陽に行きたくなりました。って、2008年に瀋陽には行っていて、張氏帥府も訪れていますが、当時は張作霖にそんなに興味はなくて、近代史で名前がちらっと出てくる人っていう位しか認識がなかったからね。 まあ、春児が最後に出てきて、おいしいところを持っていくのは、浅田次郎のこのシリーズとしてはお約束なので、しかたないんでしょうね。 | ||||
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東北・満州を掌中に収め、ついには河北・北京をわがものにした張作霖。あえて皇帝を名乗らず、自らを大元帥と称したのは何故か。勝利が確実視されていたにもかかわらず、蒋介石との決戦を回避し、北京を手放して東北へ引き上げたのは何故か。 で、事実上の国家元首である張作霖を爆殺した犯人は誰なのか。 事件の解明は、陸軍刑務所に収監されていた志津中尉に委ねられた。 夜間に突然、皇居に招集された志津の驚きと、その度胸が心地よい。 もう一人の主人公は"鋼鉄の公爵"だ。そのモノローグが物語にハマリ、実に良い味を醸し出している。 著者の立場は明快だ。品格も矜持も恥も捨て去った昭和日本の、他国へのあからさまな侵略行為を辛辣に批判している。 昭和時代初期からの中国進出。特に満州事変を中心に関東軍の暴走、と言うのが定説だが、その根は深い。幼年学校から予科を経て、士官学校で共通の価値観を身につけた「陸軍大家族」全体の問題であり、軍人が政権を担ったことが悲劇を招いたことが志津の内部批判として表明される。 中国を愛する著者のメッセージは様々に読み取れるが、西洋文明の功罪に対し、中華文明の真髄を説く西太后の言葉に想いが集約されているのだろう。 「……中華という呼び名は、世界の中心という意味じゃないのよ。この地球のまんなかに咲く、大きな華。それが中華の国。人殺しの機械を作る文明など信じずに、たゆみなく、ゆっくりと、詩文を作り花を賞で、お茶を淹れおいしい料理をこしらえ、歌い、舞い踊ることが文化だと信じて疑わぬ、中華の国よ」(265頁) 最終章に登場するは蒼穹の昴の主人公、春児。こうでなくっちゃ! 愛新覚羅家の没落を目の当たりにしつつ、いつか皇帝になりたいと希望する幼い溥儀に"是"と答える姿には、希望が持てる。 帰国前日に、すべてを理解した志津。彼の苦渋の決断が、第6章と第7章の間隙にみえた。 「軍人は忠義であるよりも、正義でなければならぬ」(299頁) 肝要なのは"日本人の誇り"を思い出せ、と言うことだな。 | ||||
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張作霖爆殺の真相については、意外ではなく、「やっぱり」という感じだった。 しかし、真相解明に至るまでの、「天皇の密使」と「西太后のお召し列車(擬人化されている)」が 交互に語って、真相に迫っていくという展開は面白かった。 ただ、気になったのは、当時の天皇という「現人神」に対して、敬称抜きで「あなたは・・・」なんて 書いていいのかな?という点だ。 | ||||
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良かった!! 機会があれば、またお願い申し上げます。満足です。 | ||||
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浅田次郎先生の取材力と執筆力に脱帽すると共に、いかにせばこのような悲しい物語に出来るかが常々の関心事です。 人の矜持と国の矜持、それがぶつかった事の戦争の理不尽さを静かに描いている一冊と思います。 | ||||
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「蒼穹の昴」シリーズの第四部とのこと、どう展開していくのかと行方を案じながら読み始めました。 「そう」と応える昭和天皇がご出演なさるところでズッコケそうになりながらうまく話を組み立てたなと感心し、機関車に語らせるという奇抜なアイデアにやられたと思い、李春雲の出現に時間の経過を知らされ、最後の報告書第七信でとどめを刺された思いです。 史実と絡めたフィクションとしてはよくできているといつも感心させられます。 | ||||
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素材は昭和初期に起きた張作霖爆殺事件、これを浅田次郎のさすがの筆力で書き上げた作品です。冒頭のシーンからグイグイ読者を引き込みます。内容はタイトルにもあるようにこの事件の真相を究明し、レポートとして読者に提示していくというものです。天下統一を予言された張作霖。満州から長城を超えて中華を制する男のロマン。戦国幕末、いくさ好きな歴史小説ファンの読者なら楽しめる内容です。 で、読後の感想。歴史小説に分類はされるのでしょうか、でも高校教科書・参考書の日本史を知っていれば内容的に特に目新しいものは感じられません。これを昭和天皇に提出するという展開はちょっと軽すぎ。張作霖爆殺にはロシア関与説もありますし、列強がひしめく大陸でこういった事件が起きたのだからもう少し緻密な検証を期待していました。張作霖すごい、中華帝国すごい、キラキラ輝く真の王者ここにあり、という印象だけが残ったというのが正直なところ。ありていに言えば長城を超えて中原に侵略するヒーローものとでも言えばいいでしょうか。進め者ども、敵を蹴散らせ、そ〜れそれ〜〜その勢いでチベット、台湾侵略も・・・おっと、余計なことでした。この本は先述の通り織田信長の中国侵略に胸を躍らす読者を狙ったものだと考えればありかもしれませんね。言うまでもなく織田信長は大陸の中国でなく、岡山、広島方面の毛利氏への侵略です。もちろん日本軍が侵略するのはいけません。小説に出てくる龍の玉を持てる者のみが侵略を許されるのです。ということでしょうかね。 歴史小説は小説を書くのであって歴史を検証するのでもないけど、もうちょっと掘り下げても良かったのではないでしょうか? | ||||
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「蒼穹の昴」から始まる一連の物語の完結譚として読みました。色々に見方はあるかと思いますが、中国人民の運命に立ち向かっていく姿には、粘り強さと大局観のようなものを教えてくれます。浅田次郎のストーリーテーラーとしての非凡さも相まって、一つの壮大な絵巻物がおわつたなぁ、という満足感をもたらしてくれました。もし、浅田次郎がこの続きをさらに書いてくれるのなら、きっとまた読むと思います。 | ||||
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蒼穹の昴、珍妃の井戸、中原の虹から続く壮大な浅田ワールドの最後は、まさに総集編的。懐かしい登場人物も出て来ました。 | ||||
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