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ソリトンの悪魔



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ソリトンの悪魔の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
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(7pt)

『アビス』×『マトリックス』×『ゴジラ』の超大作

寡作家で知られる梅原克文氏だが、発表される作品は実にスケールの大きな話で知られている。デビュー作の『二重螺旋の悪魔』はバイオテクノロジーによって生み出された生命体と超人間との戦いを描いた上下巻1,000ページを超えるSFエンタテインメント大作であった。

そのデビュー作はしかし巷間の話題にはさほど上らなかったが、一部の目利き読者に注目されることになり、その余波を受けて本書は96年版の『このミス』で8位にランクインした。

そして作風が実に派手派手しく、映像的、いやハリウッド的なのが特徴的である。デビュー作は改造手術を受けたいわゆるヒーロー物からサイバースペースに舞台を移す映画『マトリックス』を彷彿とさせたが、本書もまた同様である。そのことについては後に触れることにしよう。

さてデビュー作のタイトル「二重螺旋」の意味するところは即ちDNAのことでバイオハザードを扱ったものだが、本書の「ソリトン」とは海が舞台であるからギリシア神話に登場する海神トリトンのことを指しているかと私は思ったが、違っていた。
ソリトンとは粒子性を持つ孤立波のことである。減衰もせず、形も崩れない、そして粒子性であるがゆえにソリトン同士が衝突しても打ち消しあわずにそのまま通り抜ける、バランスの取れた半永久的に存在する波動である。そして今回主人公たちや東シナ海にある海洋建造物や油田採掘設備、潜水艦や軍用艦などと戦いを繰り広げる相手がこの波で出来たソリトン生命体なのだ。

作中にも書かれているが、地球の陸地面積は表面全体の29%に対し、海が71%を占める。また陸地の高さの平均は840メートルに対し、海の水深の平均値は3,800メートルと圧倒的に面積及び容積は海が勝っているのだ。

つまり海の全容はまだまだ謎が多く、未知の領域であることから考えると本書に登場するソリトン生命体のように地上の生物の尺度をはるかに超えた生物がいてもおかしくないのだ。
一応その成り立ちについても本書の中で述べているのはやはりこの作者が根っからのSF脳であるからだろう。

さて本書で主人公の倉瀬厚志らヘリオス石油に所属する海底油田基地の面々と海上自衛隊に所属する潜水艦〈はつしお〉の富岡艦長ら乗組員とそのチームから離脱した山田三佐と西たちが遭遇するソリトン生命体は全長約100メートルほどの巨大な平べったい蛇のような外形から通称〈蛇(サーペント)〉と呼ばれる物と直径200メートル、高さ100メートルもの冷水塊の表面を覆いつくすゲル状の生物タイタンボールが登場する。

そして今回の敵、即ちタイトルにもなっている「ソリトンの悪魔」となるのが〈蛇〉だ。
この敵はとにかく破壊によって生じる正弦波を食糧にして生きるため、海洋構造物である海底プラットフォームや潜水艦や潜水艇、軍用艦や海上支援船をマッハディスクという衝撃波を放って破壊しまくる。

さて先ほどから述べているが、本書の主要舞台となる石油採掘の海底プラットフォーム〈うみがめ200〉は2021年現在実現していない。本書でも述べられているが、石油採掘プラットフォームには海上型プラットフォームと浮遊型プラットフォーム、そして海底型プラットフォームの3種類に大きく分かれる。現在前記の2種類のみがあるが、それは海底型プラットフォームのコストが膨大であり、またリスクが高いことに起因するからだ。メリットとしては台風や嵐に全く左右されずに採掘できることだが、本書でも述べられているように非常にトラブルが多く、それを推奨した主人公の倉瀬厚志ですらその選択は誤りだったと認めるくらいだ。

また本書でもう1つ登場するのは海上に建造中の5km四方の規模を持つ海上都市〈オーシャンテクノポリス〉だ。
正直この構造物が多額の費用をかけてどれほどのメリットを日本にもたらすのか全く以て理解ができないが、当初この物語の主戦場となるだろうと思っていたこの巨大建造物が早々と〈蛇〉によって崩壊させられるのには度肝を抜かれた。昨今のハリウッド大作にはクライマックスに相当する派手派手しいシーンを冒頭に持ってきて観客の興味を鷲掴みする傾向にあるが、まさにこの〈オーシャンテクノポリス〉崩壊はその超大作的幕開けの供物として捧げられた感がある。

そして本書で欠かせないのは海上自衛隊の潜水艦〈はつしお〉が備える最新鋭のホロフォニクス・ソナー、略してホロソナーだ。ホロフォニクスとは立体的音響効果をもたらす音響技術―なお本書ではイタリアの神経生理学者ヒューゴ・ズッカレリ氏が発明したと書いてあるのに対し、Wikipediaによればアルゼンチンの技術者ウーゴ・スカレーリとあるが、彼がミラノ工科大在学中に発明したと書かれているから恐らく同一人物だろう。もしくは微妙に変えたのかもしれないが―だが、この技術を適用してコンピュータ処理した精密な立体音響像を人間の脳に送り込むハイテク機器とされている。本書ではヘルメット型でアイソナーと呼ばれるアイシールドを落とすことで海底内をまるで自分自身が泳いでいるかのように見ることが出来る代物となっている。
本書はこのソナー無くしては物語が成立しないほど重要な役割を果たす。

本書は海底を舞台にした作品であることからそれに関する知識や独特の常識がふんだんに盛り込まれているのが興味深い。

まずは水圧の違いだ。海底プラットフォームの〈うみがめ200〉は28気圧に保たれており、また潜水艦や潜水艇それぞれの気圧が異なることから単純に乗り移れないことが説明される。減圧して身体を慣らすのに1,2日単位の時間を要するなど、正直想像を絶する。

またHPNSという現象も面白い。ハイ・プレッシャー・ナーバス・シンドローム、即ち高圧神経症候群と呼ばれる超高気圧な場所に置かれた人間が被る幻覚症状だ。これがあるがために海底内で繰り広げられるソリトン生命体との遭遇やコンタクトなどを海上の人間に正直に話したとしても、彼らは先入観でHPNSに罹ったんだなと解釈して精神異常を起こしたとみなされてしまうことになる。従って〈うみがめ200〉のクルーは海上の助けを借りられずに自ら乗り越えることを余儀なくされるのだ。

それのみでなく海洋生物の生態についても詳しく述べられているのも実に興味深く読めた。

私が特に関心を持ったのがクジラの狩りの方法だ。
ザトウクジラは額から出す超音波ビームで餌となる魚の群れを探知して、複数のザトウクジラと連携し、ニシンの大群をクジラたちが描く円の中心へ追い込み、それをどんどん縮めてニシンの塊を作り、その塊の下に潜り込んで口をいっぱい開いてその群れに突っ込んで大量のニシンを食らうのだ。

一方マッコウクジラは強烈な超音波ビームを相手を気絶するために使ってダイオウイカといった大物を食糧とすると同じクジラでも狩りの仕方が全く異なるのだ。

さて本書の舞台は2016年の世界。そして本書が刊行されたのが1995年。そう、本書は近未来小説なのである。そして今更ながらに本書を読んだ私は既に2016年を5年も前に経験しており、哀しいかな、近未来小説にありがちな相違点に思わず苦笑せざるを得なかった。

まず台湾が地下鉄を作らずに光ケーブル・ネットワーク網を発展させ、国民のほとんどが在宅勤務を行っており、オフィスビルは空きがたくさんあり、朝の交通ラッシュもほとんど見られなくなっていると書かれている。これは日本人も同様らしいが、さすがにまだそこまで至っていないが、2020年のコロナ禍で日本の東京など大都市では在宅勤務が推奨され、実際に行われている事実があることを考えると実に先見的な話である。
そして日本では在宅勤務が定着して若い日本人がいわゆる3K仕事を選びたがらなくなっているとの記述はもしかしたらそう遠くない未来の日本の姿なのかもしれない。

また本書によれば2016年の時点では既に北朝鮮はとっくに無くなってしまっているらしい。

そして21世紀ではコンピュータの操作にはもはやマウスは使われず、多関節アームで固定された3Dペンを使って立体的映像の中で3次元的に操作しているとあるが、これもまだそこまでは行っていない。マウスはまだ健在である。

エイズ予防のCMが流れているのにも苦笑してしまった。

また台湾も反日派の中国から流れてきた国民党の台頭が21世紀になって世代交代によって勢力が衰えたとあるが、2021年の現在ではまだまだそんな平和は訪れていない。

但し、一方で作者の先見性や知識に驚くべき点はいくつかあり、例えば光ケーブルによるネットワーク網が発達していると書かれている点。
今では当たり前だが、1996年の時点ではまだADSLの前のIDSNが普及している時代である。ADSLが2000年に普及し、ブロードバンド元年と云われたそのまだ前にその次の光回線をこの時点で謳っていることがすごい。

更に軍用艦の内部のディスプレイにLEDが使われているとの記述だ。20世紀でLEDがディスプレイ照明の主流になっていると既に考えていることに驚嘆した。

また倉瀬厚志の娘美玲が8歳にしてオンラインでリカちゃん人形フルセットとデコレーションケーキを勝手に注文しているシーンが登場するが、これが今では、いや2016年の時点では全く以ておかしくない現代っ子あるあるであることに驚かされる。

さて私は梅原氏の作風が実にハリウッド映画的であると述べたが、このソリトン生命体のイメージをハリウッド映画『アビス』として想起した。
ポリウォーターと称される年度の高い水に変異するソリトン生命体は『アビス』に登場する不定形の未知の生命体のようだ。ちなみにこのポリウォーターは実際に旧ソ連の科学者ボリス・デルヤーギンが発表した新物質であるが、再現できなかったため現在では存在が否定されている。
つまりこの存在しないであろう物質を作品世界で再現した、当の科学者にとっては科学者冥利に尽きる設定である。

またこれら未知なる深海の生命体との戦いを描く海洋アクション小説である側面と、一方で未知なる生命体とのコンタクトに成功する映画『未知との遭遇』を彷彿とさせるようなハートウォーミングな側面を持っている。

また戦う敵は〈蛇〉で彼らが仲間に引き入れるのはタイタンボール。人類はタイタンボールを味方にして〈蛇〉と戦う。
そう、これはさながら『ゴジラ』シリーズを彷彿とさせる。
ただ変則的なのはタイタンボールには争うという概念がないため、実際に手を下すのは人間である。しかもコンピュータを介して精神をソリトン生命体に移送させた人間、主人公倉瀬厚志が戦うのである。これもまた映画『マトリックス』を彷彿とさせる。

そう、梅原氏は日本古来のエンタテインメントとハリウッドの大規模予算が投じられる超大作を結び付けるようなアイデアが得意なのだろう。

さてホロソナーはこの物語に重要な役割を果たしていると先述したが、このタイタンボールと人類がコンタクトするキーとなるのがホロソナーから発せられるリファレンス・トーンなのである。このソナーを介して最初はモールス信号でコミュニケーションを取り、やがて文字をディスプレイに映して文章で会話をするまでになる。

一方、今回の敵である〈蛇〉もまたホロソナーによって生み出されたことが判ってくる。実はこの敵は海上自衛隊の潜水艦〈はつしお〉が行ったホロソナーの高出力テストによって気が狂わされ、凶暴化したタイタンボールだったのだ。

ゴジラが人間の水爆実験で生み出された怪獣であるのと同様、〈蛇〉もまた人為的に生み出された怪物なのだ。

そして下巻になるとそれまで海底にいた〈蛇〉は海上へ浮上していく。ザトウクジラの群れを襲った〈蛇〉は海上へ逃げるザトウクジラによって崩された海の中に出来る水の層によって海上へ浮上するのだ。

そして今度は海上にいる軍用艦や支援船〈うみねこ130〉を襲い、その破壊行為によって生じる正弦波を餌にしだす。

一方それを成すすべなく、見ているしかない〈うみがめ200〉の人員はタイタンボールに自分たちの代わりに浮上して〈蛇〉を退治するよう提案するが、彼らはいわゆる争いという概念がないため、仲間同士で戦うことが出来ないといって拒否する。
この辺はゴジラとは異なり、単に味方につけた怪物同士が戦うといった構図にならないところがこの作品のアクセントだろう。

とまあ、次から次へと危機また危機を畳みかけながら、それに対してアイデアで難局を乗り越えていく、しかも何気ないエピソードが伏線となって機能するといった緻密な構成さえも感じさせるエンタメ要素満載の本書だが、登場人物それぞれにあまり好感が持てないのが難点だ。

まず海上自衛隊の潜水艦〈はつしお〉の富永艦長。彼は潜水艦に憧れて自衛隊に入った人物であり、通常海自では潜水艦乗りは早く卒業したいと思う部署だけに非常に珍しい人物である。そのため自分が愛する〈はつしお〉を降りること、即ち艦長の任を解かれることに恐れを抱き、そのためには任務遂行責任意識が高いとはいえ、自衛隊の最高機密であったホロフォニクス・ソナーと〈蛇〉の存在を知られることになった自分の部下の山田三佐や民間人の倉瀬達に対して演習と称して魚雷を放つ人非人である。

そして何よりも主人公倉瀬厚志とその別れた妻劉秋華の人物像はその最たるものだ。

倉瀬は直情型であり、また好奇心旺盛で自分が知らないでいることに耐え切れず、なんでも知りたがるタイプだ。

特に沈んだ潜水艇内にいる娘を助けるために海上自衛隊に援助してもらったにもかかわらず、彼らが禁じた事項に対して、納得がいかないためにガンガン扉を叩いて、ソリトン生命体の〈蛇〉をおびき寄せたり、軍の最高機密であるホロフォニクス・ソナーを無断で使用し、更にはそのことで〈蛇〉の存在を知ることで逆に海上自衛隊の潜水艦〈はつしお〉の富永艦長に情報漏洩防止として魚雷で命を狙われそうになれば、また最高機密を民間人に洩らしたことで援助のために派遣された副艦長の山田とその部下の西を辞職にまで追い込む。

いわばトラブルメイカーなのだ。
しかもそのトラブルは物語が進むにつれて単に個人の問題から他者の辞職問題まで発展させ、国家機密にまで及び、周囲の人々の命を脅かすだけでなく、甚大な自然破壊災害まで引き起こすという風にどんどんエスカレートしていく。
このような人物が企業の要職に就いている事が甚だ疑問だ。

更に元妻劉秋華も気の強い女性で事あるごとに別れた夫を罵倒し、余計な口を叩いては激昂させる。さらに思い通りにいかないと癇癪を起こし、自分に責任の一端があってもすぐに倉瀬のせいにしたりする。また倉瀬がソリトン生命体になる前も彼が娘を助けさせたくないという感情から自らソリトン生命体になろうとするが、精神が耐え切れずに挫折する。

つまりお互いが娘の親権を巡って常にマウンティングを取り合う、まさに夫婦としては最悪の2人なのである。

正直本書の評価はこの2人の主人公のパーソナリティに足を引っ張られたと云っていい。
彼と彼女が物語に没入し、そしてその活躍を応援したくなる好人物であったら本書は私にとって傑作となりえただろう。

作者梅原氏の科学に関する知識とそれを応用した未来像は魅力的であり、その想像力と創造力には素直に感心する。これで登場人物が魅力的であったらなぁとそればかりが残念でならない。

しかし本書はハリウッドのSF超大作に匹敵する、アイデアが豊富に溢れた一大エンタテイメント小説であるのに、今なお映像化の話が浮上しないのは残念でならない。現代技術で2016年ではなく、もっと未来の日本を舞台にしたこの作品の映像作品を見てみたいものだ。

▼以下、ネタバレ感想

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