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蛇鏡



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【この小説が収録されている参考書籍】
蛇鏡
蛇鏡 (文春文庫)

蛇鏡の評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(8pt)

まるで心の中を覗かれているかのよう

姉の七回忌で婚約者とともに故郷の奈良は田原本町に帰省した玲は、実家の蔵の中から銅鏡を見つける。それには裏に尻尾を咥え、花びら形にくねらせた蛇が浮き彫りにされていた。
ある日、父親の史郎がその鏡を見て、憤った。七年前、姉が蔵で自殺した時に傍らにその鏡が落ちており、それ以来、禍物(まがもの)として忌み嫌っていたのだった。史郎は古物商をしている玲の婚約者広樹に売り払うよう頼む。しかし玲はなぜかその鏡を手放せなかった。
一方、大学で考古学の助教授をしている田辺一成は田原本町のある斗根遺跡の発掘に従事していた。昔のお堀の痕跡を掘り当てた一成だったが、その花びらが開いたような形のお堀の形からただの集落の跡ではないと直感する。
調査しているうちに田原本町にある鏡作羽葉神社に行き着いた一成はそこで玲と再会する。かつて二人はお互いに恋を抱きながらも恋愛に結びつかずに別れた仲だった。
さらに鏡作羽葉神社では神主の東辻高遠は境内の鏡池から沸き立つような波が発生しているのを発見する。それは過去に2回発生した凶事であり、言い伝えでは蛇神が復活する凶兆とされていた。そんな中、町では蛇神を奉る地方祭が近づいていた。

この人の小説は一筋縄ではいかない。予定調和で決して幕を閉じないのだ。人間の業はまだ終わらないというメッセージが共通して感じられる。
そして、『死国』、『狗神』、この作品と3作品通して共通しているテーマが、死者の再生。失われた者たちが生者の心の隙間を利用して甦ってくるという設定が一貫して、ある。
生を営む者たちが心の奥底に潜ませている愛という名の傲慢さを発揮した時に、再生を虎視眈々と狙っている死せる者達が牙を剥く。そして坂東眞砂子氏はこの生者たちが己の感情の赴くままに犯す過ちを描くのが非常に巧い。

私を含め、すぐ隣にいる誰かが心に孕んでいる感情、それは凡人であるがゆえに説明できない気持ちや想いをこの人は実に的確に表現する。その心理描写は読中、ページを捲る手、文字を追う眼をはたっと止めるほどストレートに心に飛び込んでくる。恰もページから手が出てきて心臓を鷲掴みにされる、そんな感じだ。
今回も読中、思い惑う表現がいくつかあった。いくつかピックアップしてみよう。

①主人公、玲が自身の性格について語るシーン。
「多弁なのは、(人と喋るのが好きなのではなく)沈黙に耐え切れないからだ」
②同じく玲が婚約者広樹の性格について語るシーン。
「この人は私を見ようとしていないのだ。(中略)それぞれ、相手への自らの愛情の深さをいとおしんでいるだけ」
③そして玲が親類の美佳伯母さんの性格を語るシーン。
「気はいいのだが、自分の言動がどんなに他人を傷つけるのかがわからない女だった」

これらを読むとドキッとする。そうそう、こういう人たちっているんだよなぁと思う反面、これは私のことを客観的に表現しているのではないかと。
特に①は私にかなり当てはまる。こういう文章に遭遇するとき、この作者の人間観察の眼の確かさに感心するとともに戦慄が奔る。出来れば逢いたくない、とまで思ってしまう。

またこの作者は実にドラマ作りが巧い。玲が一成と契りを交わした直後に、なかなか電話を掛けてこない婚約者広樹から電話が掛かってくる。そしてその台詞「ひどいな、玲ちゃん」の巧さ!そして首を吊った玲を助けに入るのが一成ではなく、想いが離れつつある広樹である所なんかも巧いなぁと思ってしまった。人物配置と小道具の使い方が非常に巧く、何一つ不自然さが無い。
そして玲と一成の鏡池でのキスシーンの官能的な事!泥にまみれた二人の指が絡まるところは二人の止まらない愛情の激しさが行間から匂い立つようだった。

これほどまでに構成がしっかりしているのに、結末をああいう形で終わらす事に実は私自身、戸惑いを感じているのだ。これこそこの作者の資質なんだろうが、個人的には余計な味付けだと思った。レストランに食事に行き、おいしい料理を堪能した後で、最後に出てきたデザートが陳腐だった、そんな感じがするのである。やはりここはあるべきところに収まって欲しかったなぁ。残念。
あと最後に1つ。人が首吊り自殺した縄を腰に巻くと陣痛が軽くなるというエピソードが作中出てくるのだが、これは本当なのだろうか?もし嘘だとしたら、死と生を弄ぶがごときこの作者の想像力は恐ろしい。

Tetchy
WHOKS60S

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