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天の方舟



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天の方舟の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

ODAを食い物にしているのは果たしてどの国か

世界の黒い構造にメスを入れる服部真澄氏が今回その刃先を向けたのはODA、政府開発援助を巡る汚職の世界。その利権に群がる日本の開発コンサルタントとゼネコンのピカレスク小説だ。

まず本書は主人公が逮捕されるという実にショッキングなシーンから始まる。
40歳前後という若さで日本大手の開発コンサルタント会社の重役に登りつめ、ビジネス誌でも現代のジャンヌ・ダルク扱いの取材を受けた黒谷七波に一体何があったのか。このたった9ページの導入部でいきなり物語に引き込まれる。

物語は1988年、本書の主人公黒谷七波が日本五本木コンサルタンツの入社試験を受けている時期から始まる。時はバブル全盛期(しかし最近バブルの時期を扱った小説に当たることが多い。景気が上向いて業界がバブル再燃に期待しているからだろうか?)で誰もが前代未聞の好景気に浮かれている最中、黒谷七波は新潟の貧しい農家に生まれ、京大に進みながらもバイトをして自身の生活費のみならず家業の借金返済の少しでも足しになるために仕送りもしている苦学生の身であった。
しかしそんな背景を聞けば、昭和の香り漂う純朴な女学生を想像するが、そうではない。彼女の人生は虚構に満ちているのだ。

大学では化粧気のない野暮ったい風貌をした、田舎出の、女子大生と呼ぶには抵抗感がある女学生として振舞い、無知を装って自分の必要な情報を周囲から集める。そして夜は派手なメイクと服装になり、男どもの相手をしてはあしらうキャバクラ嬢と変身し、これまたバカな女性のふりをして客の上役連中から企業や業界の貴重な情報を手に入れる。
そんな情報を統合して彼女が目指したのはコンサルタント業界への就職。一兆円もの金が動く国際支援の舞台で数億を稼ぐ女性へと成り上がるために自分の富裕な生活という目標に向かってまい進する様が描かれる。

自身の生活費を切り詰めながらどうにか貯金を蓄えて豊かな生活を夢見るが、そんな幸せの端緒が見えた途端に訪れるのが実家の牧場が抱える借金の返済の請求の電話だ。しかも代わりに返済をしても状況は好転することはなく、寧ろその金額は年々増大し、しかも街金にも借りるようになる。

学生の頃からそんな貧しい思いを強いられた彼女にとっての幸せとは潤沢なお金だった。お金こそが彼女の幸せの象徴なのだ。

そして本書ではもう一人の影の主役がいる。それは七波が勤める日本五本木コンサルタンツの相棒とも云うべきゼネコン名栗建設の営業部長宮里一樹だ。彼は日本五本木コンサルタンツと共謀してODAを食い物にして巨万の裏金を都合するブローカーのような存在。国際開発援助資金をさらに国内の政治家への裏金にも都合し、実質的に名栗建設の屋台骨を支えている存在。

黒谷七波は彼を利用して社内でのし上がっていくが、宮里は七波の地位を押し上げることでさらに有利に自社に仕事が回ってくるように暗躍している。
七波が孫悟空ならば宮里は彼女を掌上で操る仏様とも云えるだろう。つまり自社に金が流れるよう、絵を描くのが宮里でそれを実現するために実務を担当するのが黒谷七波という構造だ。

しかし金稼ぎを、裏金作りを自身の幸福への至上の目的としていた七波も次第に心境を変化させていく。
巨額の金を懐に入れるためにベトナム事務所の所長になり、数十億もの金を自由に扱うことになった七波に現地スタッフの1人がベトナムの生活を豊かにしてくれていることに感謝の言葉を贈るのに動揺し、止めは大規模なプロジェクトであるソンバック橋の橋桁が崩落する未曽有の大事故が起きるにあたって、それが手抜き工事であり、しかもその原因が下請けから受け取ったリベートによる予算不足に起因するに当たり、七波は初めて罪の意識を感じる。
今まで当然と思っていた金の抜取が人の命を奪うまでに発展したことで、自身の手が血で汚れているように感じるのだ。

そして黒谷七波は巨悪を罰するために立ち上がる。それが冒頭の逮捕劇に繋がるのだ。

しかしそこから物語は混迷を極める。
外為法違反を自ら告白して警察の手に渡り、そこからさらに殺人を告白する。そして彼女が借りたレンタルルームからは冷凍された人肉のミンチが発見される、と云った具合に一転猟奇的な物語に展開する。

しかしそれは黒谷七波と宮里一樹が仕組んだ巧みな断罪劇だった。自らを法で裁かれるか否かのギリギリのラインにまで持っていくことでODAから生まれる巨額の裏金に集るゼネコンと開発コンサルタントを司法の手に委ね、そして資金源である国民の税金がそんな悪事によって搾取されていることを知らしめるための大きな芝居であったのだ。
結局法律の隙間を縫って黒谷七波と宮里一樹は自らの私腹は保ったままで、そこがまた憎らしいのだが。

しかしこの手の物語を読んで思うのは、最後に罰が下るとはいえ、彼らの蜜月は実に長く、その対価にしては釣り合いが取れないのではないか、と。確かに彼らの今後の行く末にはきつい道のりが待ち受けているだろうが、それでも彼らは誰もが羨む生活を送れたのだ。
実は得するのは悪の側なのではないか。真面目にやっている人間ほど馬鹿を見るのがこの世の中の構図ではないかと実に虚しさを感じてしまう。

ところで服部作品と云えば実在する社名が頻出することが特徴だが、題材が生々しいだけに本書では架空の社名で物語は進む。何しろゼネコンによる政治献金、裏金工作、架空請求など企業詐欺のオンパレードだからさすがに配慮は必要だろう。

しかし本書の一連のODAに纏わるゼネコンの贈賄と政治家との癒着の歴史を開発コンサルタントの女傑黒谷七波とゼネコンの裏資金調達人宮里一樹2人を軸に当時の世情を絡めて追って行けたのは同じ業界の一端に触れているわが身にとっても非常に勉強になった。海外のみならず日本でさえ、新幹線、東名高速や名神高速、黒部第四ダムなど日本のインフラの根幹をなす事業が海外諸国の国際援助によって建設されたことなど、恥ずかしながら本書で知った次第だ。

私自身一時期海外赴任をしていたが、この裏歴史を上っ面のみでしか知っていなかったあの頃は何とも初な人間だったことかと恥ずかしく思う。
発展途上国のインフラを整備し、豊かな生活を提供する一方で、巨額のブラックマネーを動かすゼネコン。この清濁併せ持つ業界に対してぶれない軸を持って接するために、本書は良き参考書となった。

しかしこのような歪んだ社会の構図はいくら暴かれ、断罪されようとも新たな汚職の構図が描かれ、同様の巨額のリベートが動くシステムが気付かれていくのだろう。
それは発展途上国を一見日本が食い物にしているように見えながら、その実欧米諸国に日本が食い物にされているのかもしれない。アジアの雄である日本、しかし欧米諸国はその悠久の歴史を持つゆえか、百年に跨って自国に有利に働く国際社会の絵を描くという。上には上がおり、そして民族や風習の違いから生まれる我々が想像だにしなかったカラクリが今後も、いや今そこに潜んでいるのかもしれない。
またも服部真澄氏は社会の暗闇にメスを入れてくれた。そしてまたもやその読後感は苦かった。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
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