赤毛の男の妻
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追われる方と追う方のパートが交互に進行していく小説。どちらかと言えば、追われる方の男女が主人公なので、ノワール系のサスペンス小説で1950年代のアメリカが舞台。叙述トリックものだろうと思って読んでいたが、まー、さほどの衝撃はなかった。 | ||||
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初版は50年程前の1961年だから仕方無いのかもしれないが…。プレートもコーヒーカップも茶碗と訳し、クローゼットを洋服箪笥と訳した段階で個人的には興醒めして物語にのめり込めなかったのも事実。日本人には馴染みの薄い地名の移動が多く地理の位置関係もいまいちピンと来ない。クイーンの「エジプト十字架」に添付されているような地図があれば、もう少し分かりやすい。 そのくせ、「内容」と書いて「なかみ」と読ませたり、逃げ出した際の描写に「ずらかった」を用いたり「ウソ八百」等、センスの無い言い回しに辟易し、海外ミステリーを読んでる感覚は皆無 であり、漢字の変換が非常に少なく、まるで児童向け読物かと思うほどに、平仮名が尋常じゃ無く多いために読みにくい文章なので推進力が萎える。かと言って、摩耶雄嵩作品のように溢れんばかりの振り仮名の無い難しい漢字を連発されるのもウンザリだが…。 「歯と爪(新訳 2010年)」と訳者が同じ大久保康雄氏とは到底思えない。作品の出来自体も、それと比べると雲泥の差。 p114の会話文「もし彼女がターナーを撃って、しかも撃たないと言い張ったら」って、意味分からんし日本語がおかしい。 尚、誤訳では無いが、p125「〜やっていた」に対して「やっているんですか?」って時制を聴き取れない警官も頭オカシイ。 | ||||
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バリンジャーでは、歯と爪とNo.1を争うと思います。 短いが臨場感あふれる、スピードのある展開がすばらしい。 | ||||
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大昔に一度読んだ際には、盛り上がりの少ない平凡なスリラーという印象しか残りませんでした。 今回再読して、順風な人生のレールを踏み外して犯罪者となり逃げまわる「赤毛の男」の悲哀、かつて彼を頼りにし、逆に今は彼に頼られる立場となった婚約者の哀しみを軸に、追ってくる刑事とのかけひきに堪能しました。 最後に男と女に待っていた運命と、追う刑事の最後の一言が、一生記憶に残りそう。 アクロバティックなトリックで知られるバリンジャーの、人間性の悲劇に着目した異色の作品と思います。 | ||||
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脱獄囚ヒュウ・ローハンは、生き別れになった妻マーセデスが結婚していることを知る。マーセデスはヒュウが戦時中に死亡したと思っていたのだ。逃亡中のヒュウがマーセデスを訪ねたとき、現在の夫アルバート・ターナーとの間に悶着が発生し、ヒュウはアルバートを射殺してしまう。ヒュウへの愛を失っていなかったマーセデスは、ヒュウとの逃避行を決意する。 ・・・ ストーリーは、ヒュウとマーセデス、そして彼らを追跡するニューヨークの刑事(作中では”ぼく”)の行動を軸として展開する。章毎に、追うもの=刑事と、追われるも=ヒュウとマーセデスの視点がスイッチする構成。沈着冷静に逃亡の計画を主導するマーセデスと、除々に精神状態が不安定となるヒュウを三人称で、彼らの行動を推理し、追跡を続ける刑事を一人称で語っていく。 最初、ちょっと違和感を感じたのだけれど、これが実に練りに練っていることに気づく。ストーリーが進むにしたがって、重荷になっていくヒュウと、それでも愛をつらぬき、有能さを発揮していくマーセデス。淡々と語られるほどに、二人の切迫感が強い印象を残すことになる。 捜査の過程で、ヒュウにシンパシーを感じ、二人の関係性を洞察する刑事。読者はマーセデスの繰りだす打ち手を知っているだけに、刑事がどのようにそれを看破していくか興味をそそられていく。 刑事と、刑事の存在を心の中で感じつづけていたヒュウが交差するとき、クライマックスがおとずれる。 決着のつけ方は、これ以外ないはないと思うのだが、この作品の味わい深さを高めているのは、なんといっても最後の2行。ここにきて、作品が意図するところ、つまり、ヒュウがなぜ赤毛の男でならなければいけないのかわかる。刑事の心情や、行動を振り返るにつけ、余韻にひたりながら本書を閉じることになるだろう。 | ||||
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