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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数83件
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デパートの外商部に勤務する28歳、独身の直美は、去年の秋に結婚し専業主婦になった大学時代の同級生・加奈子が夫の達郎からDV被害を受けていることを知った。自身も父から母へのDVを見て来た直美は離婚を勧めるが、夫の暴力に支配されている加奈子は優柔不断な態度を取り続けていた。ある日、顧客である中国人実業家・李朱美の事務所を訪ねた直美は、達郎に瓜二つの中国人青年・林に出会った。林が不法入国者であることを知った時、直美は達郎を「排除する」完璧なプランを思いつき、加奈子を説得して実行することになった。と、ここまでが前半の「ナオミの章」。
後半の「カナコの章」では、夫・達郎の「排除」を「原因不明の失踪」で終わらせようとする加奈子に対して、夫の友人や家族、さらには警察から疑惑の目が向けられ、神経をすり減らす攻防戦が展開される。果たして、直美と加奈子は逃げ切れるのだろうか? いや〜、面白い。「OUT」+「後妻業」+「明日に向かって撃て」の面白さというのはほめ過ぎかもしれないが、まさに「ページターナー」で、特に逃亡劇のサスペンスが高まる後半は一気読みだった。ヒロインの直美と加奈子、中国人実業家の朱美の三人のキャラクターが際立っている。直美も加奈子も殺人犯なのだが肩入れしたくなり、逃亡劇では思わず手助けしたくなっていた。 幅広いジャンルのミステリーファンにオススメできる、傑作エンターテイメントである。 |
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1975年、ジェームズ・M・ケインが亡くなる2年前、83歳のときに書いたもので、完成作ではなく草稿として残されていたものを、ケインを敬愛する編集者が丁寧な編集作業の末に2012年に発表した、ケインの遺作である。
21歳になったばかりで未亡人のなったジョーンは一人息子のタッドを養うために、セクシーな衣装でチップを稼ぐカクテルバーに勤めることになる。そこで彼女は、富豪の老人ホワイト三世に見初められ金銭的な援助を受け、最後には結婚することになる。また一方、若くてハンサムだが貧しい青年トムに出会い、心を引かれる。母として息子の生活を第一に考えるジョーンだったが、トムへの思いを断ち切ることが出来なかった。 DVでジョーンを苦しめていた最初の夫は、泥酔して夫婦喧嘩の末に車で自損事故を起こして死亡したのだが、警察はジョーンの事件への関与を疑っていた。さらに、狭心症の持病を持っていたホワイト三世が自宅で死亡したことも、ジョーンの犯行ではないかと捜査をはじめた。そして最後にトムが殺害されているのが発見されたことで、ついにジョーンは逮捕されてしまう。果たして、ジョーンは冷静な顔で殺人を繰り返す希代の悪女なのか? 物語は最初から最後まで、ジョーンの独白で貫かれている。このため、読者は真相に手が届きそうで届かない焦燥感にかられてページを捲る手を止められなくなる。さらに、「ジョーンは正直に語っているのか? 正直に語ったとしても、すべてを語っているのか?」という疑問が最後までサスペンスを高めてくれる。 「郵便配達は二度ベルを鳴らす」に勝るとも劣らない、文句なしの傑作ミステリーである。 |
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吉田修一の最新作。単なる犯罪小説を超えた、読み応えのある人間ドラマである。
八王子郊外の新興住宅地で夫婦が惨殺された事件から一年、犯人は特定されていたが未だ所在不明のため、捜査本部は未解決事件を特集するテレビ番組に情報を提供して写真を公開し、集まった情報を一つ一つ潰すという地道な捜査に取り組んでいた、というのが、ストーリーの本筋。それに絡めて展開されるのが、外房の港町で暮らす父と発達障害の娘の親子、東京で自由を謳歌しているゲイのエリートサラリーマン、母親と二人で福岡から夜逃げして沖縄の離島に流れ着いた女子高校生、という三組の人間が出会う愛情と信頼を巡る三つのドラマである。 三組それぞれに前歴不詳の男が出現し、三組それぞれが「逃亡中の男ではないか?」という疑惑を持ちながら、それを否定したい気持ちも強く、苦悩する。また、捜査本部の刑事も、付き合っている女性の過去が分からないことに悩んでいた。 家族であれ、恋人であれ、ほんの小さな疑惑が生まれたとき、人を信じきることは極めて難しくなる。それでも、人は人を信じなくては生きていけない。「悪人」が気に入った人には絶対オススメだ。 |
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フランスの人気作家・ピエール・ルメートルが2011年に発表し、フランスのミステリー関係の賞はもちろん英国でもインターナショナル・ダガー賞を受賞した、傑作ミステリー。「カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ」としては2番目の作品だが、日本では、本作が最初の翻訳(シリーズ外では、ほかに翻訳作があり)である。シリーズとはいえ、各作品の独立性が高いので、この作品から読み始めても何の問題もないとのことである。
物語は、アレックスという三十代独身の美女が誘拐されるところからスタート。狂気をはらんだ誘拐犯によって過酷な監禁状態(読むのが辛いほどの過激な描写あり)におかれたアレックスの救出にあたるのが、カミーユを中心としたパリ警視庁犯罪捜査部のメンバーで、乏しい情報をもとに必死に捜査を進めていく。 と、前半は誘拐救出劇なのだが、途中から様相が一変する。あまりにも謎が多い被害者アレックスに疑問を持った捜査陣がその正体を探り始めると、隠されていたサイコシリアルキラー事件が浮上。さらに、最後には正義と事実解明とのせめぎ合いという心理劇に行き着いていく。 とにかく、先が読めないというか、先入観を持って読むことを許さない(詳しく説明することがはばかられる)というか、二転三転するストーリーを追い掛けるだけでわくわくする。しかも、登場人物やエピソードの描写が丁寧で味わい深いのも、また魅力的。 週刊文春のミステリーNo.1に選ばれたのも納得。「ホラーの要素があるだけで、絶対ダメ」という読者以外には、絶対のオススメだ。 |
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主人公は、自分の存在はもちろん、仲間達の痕跡まできれいに消すのが専門の「ゴーストマン」。もう二十数年、武装強盗に関わりながら一度も逮捕されたことがなく、世界中のどこの捜査機関にも指紋すら取られていないという。彼がここまで生き残ってきたのは、ひとりで暮らし、ひとりで寝て、ひとりで食べ、誰も信用しないからだった。
そんなゴーストマンがある日、天才的な強盗計画立案者マーカスに呼び出され、ニュージャージー州アトランティックシティのカジノで起きた現金輸送車強盗事件で逃走した犯人から奪われた現金を取り戻し、事件の痕跡を消すように命じられる。本来一匹狼で、誰の手下でもないゴーストマンだが、5年前からマーカスには大きな借りがあったため断り切れず、犯人と現金の行方を追うことになる。簡単に片づくはずの事件だったが、FBIや地元の麻薬密売組織のボスにも追われるようになり、タッタひとりで厳しい戦いに挑むことになる。しかも、カジノで奪われた金は連邦準備銀行の新札であり、48時間後には爆発する仕掛けが施されていた。刻々とタイムリミットが迫る中、ゴーストマンの孤独な戦いが続く・・・。 とにかく、ゴーストマンがカッコイイ! 鋭い知性と強じんな肉体を持ち、情に流されず、徹底的に武装強盗の任務を遂行する。その理由は、「金は問題ではなかった。高揚感。私はそのためにこそ生きているのだ。高揚感にドルマークはついていない」という。ムダな内面描写や情景描写を省いたクールな文章、クライマックスに向かって物語全体が疾走するスピード、容赦のない暴力シーンなど、すべてがゴーストマンのキャラクターを際立たせている。 特筆すべきは、これが23歳の若者のデビュー作だということ。しかも、出版前から破格の高額で映画化権が売れ、20ヶ国以上で翻訳されベストセラーになっているという。すでに、本作の続編が書かれているというので、楽しみに待ちたい。 タイムリミットもの、強盗計画もの、クライムノベル、ハードボイルドサスペンスのファンには絶対にオススメだ。 |
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私立探偵ミロ・シリーズとして数えれば3作目だが、村野ミロの父・村野善三が主役のトップ屋ハードボイルドとして、独立した作品とも言える。
東京オリンピックを一年後に控えて沸騰する東京の街の奥底では、享楽の極地を求める欲望と敗戦を引きずる暗い情念がぶつかり合い、さまざまな事件を引き起こしていた。連続爆破事件で世間を騒がせていた草加次郎による地下鉄での爆破に遭遇した週刊誌記者村野善三は、持ち前のトップ屋魂で取材を進める内に、ひょんなことから女子高校生殺人事件の重要参考人にされてしまう。自らに降り掛かった火の粉を払うため村野は、警察の向こうを張り、トップ屋の意地を掛けた独自調査を進め、やがて二つの事件の奇妙なつながりを見つけることになる。 桐野夏生は、1960年代前半を象徴する世俗文化(映画、音楽、ファッション、飲食、公共工事など)を上手に生かしながら、時代の大きな転換を描いて見せる。当時を必死に生き抜いていた人々が放つ熱気、臭気がむんむんする、まさにハードボイルドな表現が心地よい。 村野ミロ・シリーズの前史として、ミロ・ファンには、ぜひオススメだ。 |
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ノルウェーを始め、北欧で大人気という「ハリー・ホーレ警部」シリーズの第7作目(日本では2作目)。先に、シリーズ外作品「ヘッドハンターズ」を読んでイマイチだったのでさほど期待しないで読み始めたのだが、期待を裏切る傑作ミステリーだった。
オスロ警察のはぐれ者・ハリー警部が挑むのは、これまでノルウェーにはいないと思われていた連続殺人犯。事件の発端は、どこにでもありそうな主婦の失踪事案だったが、捜査に着手したハリーは、ここ10年ほどで似たような、未解決の女性失踪事案がかなりの数に登ることに気がつき、連続殺人の疑いを持つ。さらに、ハリーのもとに「スノーマン(雪だるま)」と署名された、挑戦的な手紙が届き、失踪した主婦の家の庭には雪だるまが作られていた。 新たに部下になった美人刑事・カトリーネほか3人を加えた、たった4人のチームながら、じわじわと犯人を追いつめていくハリーに対し、狡知に長けた犯人は様々なミスリードを仕掛けて捜査をかく乱する。 猟奇的な連続殺人が10数年前の警官失踪事件とつながり、物語は複雑で深くなり、犯人探しのサスペンスがどんどん緊迫感を増していく。さらに、何度もどんでん返しがあり(ディーヴァーほどではないが)、最初に張られていた伏線が最後に効果的に明らかにされ、読者はあっと驚き、ほっと息を吐くクライマックスを迎えることになる。 警察小説、サイコミステリー、社会派サスペンス・・・どのジャンルのファンにもオススメだ。 |
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大人気フロスト警部シリーズの最新作は、下手なレビューやおススメ言葉は不要、期待通りの超~面白作だ。
連続少女誘拐事件、娼婦惨殺事件を抱えて大わらわのデントン署に、怪盗枕カバー、コンビニ強盗、虚言癖の老女、さらにはバス1台分の酔っぱらったフーリガンまでが襲い掛かった。フロスト警部を筆頭にデントン署員は獅子奮迅の働きを見せるが、それでも事件未解決率は悪化するばかり・・・。毎度おなじみのメンバーに加えて、新たに登場した“ウェールズの芋にいちゃん”ことモーガン刑事がとんだ新戦力ぶりでフロスト警部の足を引っ張り、捜査現場は大混乱。この窮地を救うのは、果たしてマレット署長の指導力か、それともフロスト警部の「行き当たりばったり作戦」か。 余計なことは何にも言いません、読むべし! |
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スウェーデンの女性弁護士・レベッカシリーズの第2作は、デビュー作を越える傑作だった。
前の事件の悲惨な結末で心身ともに深い傷を負ったレベッカは、体は戻ったものの心は1年半を過ぎても立ち直れず、病気休暇を与えられていた。そんなとき、上司の出張に同行するかたちで、再び故郷・キールナに行くことになった。あの事件の記憶も生々しい祖母の家の近くの村で上司と立ち寄ったパブの雰囲気に引かれたレベッカは、しばらくそこに滞在することに決める。パブを切り盛りする若い二人やお客などと交流する内に、レベッカは心の健康を取り戻せそうな気がしてきた。 ところが、この村では3ヵ月前に女性司祭が殺されて教会のパイプオルガンに吊り下げられるという事件が起きていた。新聞もテレビも見ない生活を送っていたレベッカは事件を知らなかったが、あることから事件の鍵となる証拠を手に入れ、前作で知り合った女性警部に手渡す。そこからレベッカは事件捜査に巻き込まれ、重要な役割を果たすことになる。 事件の背景には、前作同様、キリスト教会が支配する閉鎖的なコミュニティでの軋轢、つまり世界中どこの社会にもある男女差別、女性解放の行動とそれに反対する人々との争いがあった。女性解放活動に熱心な女性司祭は、一部では強く支持されたが、それ以上に反発や憎悪を向けられてもいた。「彼女を殺したいと思っていた人物はいっぱいいる」と語る村人たち。犯人はだれか?、その動機は何なのか? 真相の解明プロセスでは、今回はレベッカより警察が中心になり、通常の警察小説の趣が強くなっているが、本作では人物描写の深さ、重さが一段とレベルアップしている。読んでいる途中、自分が登場人物に同化していることをたびたび発見し驚かされた。犯人および犯行動機に同情するにしろ反発するにしろ、多くの人が深く心を揺さぶられるだろうことは間違いない。オススメです。 |
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横山秀夫の7年ぶりの新作ということで期待感いっぱいに読み始めたが、「待ったかいがあった」の大満足。横山ワールドの頂点といえるのではないか?
舞台はいつものD県警本部だが、今回の主人公は広報官というのが、まず意表をつく。警察の花形と信じて疑わない刑事部から異動になり、広報部門のリーダーながら、いまだ自分の職務に誇りをもてない三上警視は、娘の失踪という家庭内の深刻な問題を抱えたまま、警察内部の対立、報道陣との対立、さらに迷宮入りしていた幼女誘拐殺人事件の解明に取り組んでゆく。 ストーリーの本筋は、県警(地方、たたき上げ)と警察庁(東京、キャリア組)の主導権争い、報道の自由を巡る記者クラブと警察の対立、幼女誘拐事件の犯人探しの3本立てで、それぞれが密接に絡み合いながら、関係する個人をギリギリと締めつけてゆく。このプロセスのリアルさと緊張感は横山秀夫ならではの筆力で、読者はぐんぐん引き込まれてしまうしかない。 そして、犯人が明らかにされるクライマックスまでの仕掛けの周到さも、まさに横山秀夫ワールド。まいりました。 これまでのD県警シリーズに登場した人物が数多く登場するので、シリーズを読んでいた方が味わい深いとは思うが、もちろん単独作品としても非常に面白い。横山作品ファンはもちろん、初めての人にも十分楽しんでもらえる、オススメ作だ。 |
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ヴァランダー・シリーズの第6作は、絶賛した第5作を上回る傑作だった。
ヴァランダーをはじめとする登場人物のキャラクターの面白さ、社会背景に対する鋭い視点という本シリーズの魅力に加えて、今回は警察ものミステリーの肝である犯人探しが抜群に面白い。もちろん、「笑う男」、「目くらましの道」の犯人探しもレベルが高いのだが、本作は数段レベルアップした(大家に対して失礼な表現だが)と思う。 極めて残酷な殺され方をした老人たちが連続殺人の犠牲者と判明し、イースタ警察署は全力を挙げて捜査に取り組むが、極めて計画的で行動が徹底した犯人は、解決の糸口となるような証拠を残さず、ヴァランダーたちの推理もたびたび壁にぶち当たり、なかなか成果を上げることができない。そのため不満を抱く市民が自警団を組織するという騒ぎにまで発展する。 読者には、比較的早くから犯人が提示されるのだが、個人として特定し、逮捕するまでのプロセスが長く複雑で、ぐんぐんストーリーに引き込まれていく。操作手順や結果にも突飛な偶然やご都合主義がなく、まさに警察小説の醍醐味を堪能できた。 サイトストーリーであるヴァランダーの親子関係(父との関係、娘との関係)、恋愛関係にもエポックメイキングな出来事があり、シリーズとしての面白さもたっぷり用意されている。 本作品で初めてヴァランダーに触れた人も、きっとシリーズ全体が読みたくなる、オススメ作品だ。 |
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我らが(笑)V.I.ウォーショースキーも50の大台に! しかし、体力の衰えに弱音を吐くことはあるものの、正義感の強さと喧嘩っ早さはまったく変わっていなかった。
今回、V.I.が立ち向かう相手は、アメリカでもはびこり始めた排外主義、民族差別主義の愚劣さで、日本での某・都知事の暴言が喝采を集めるような風潮を考えると、他人事とは思えないリアルさがあった。米国では、あからさまな黒人や中南米移民への差別以上に、社会的に深く潜行しているユダヤ人差別があり、歴史的な経緯もあって非常に複雑な差別の構造となっているが、本作の背景にもユダヤ人差別が横たわっている。 メインストーリーは、私立探偵の殺人事件の捜査が発端で、事件に巻き込まれた従妹・ぺトラや不法移民の姉妹を守るためにV.I.が捜査を進めていくと、やがて隠されていた悪の数々に直面することになる。 第二次世界大戦時にリトアニアから米国に亡命し、大富豪となったユダヤ人を貶めようとするテレビ芸人(まあ、米国によくいる、ごりごりの保守的アジテーター)を始めとする差別主義者に対し、V.I.がリベラル派の本領を発揮して果敢に挑戦するところが、読みどころ。しかし、なにしろ文庫670ページあまりの大作なので、ストーリーもテーマも非常に広がりや奥行きがあり、読みどころたっぷり。社会派ミステリーの面白さを堪能できる。 シリーズではおなじみの登場人物に加えて、V.Iの大学時代からの友達やアメリカの草の根の良心を体現したようなキャラクターが数多く登場し、本作の読後感をすがすがしく心温まるものにしてくれる。 V.I.はまだまだ引退などしそうにないのが、うれしい。 |
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ヴァランダー警部シリーズの第5作は、さすが「CWAゴールドダガー賞」受賞作といえる傑作だ。
恋人・バイバとの夏休み旅行を楽しみにしていたヴァランダー警部だが、目の前での少女の焼身自殺というショッキングな場面に遭遇しただけでなく、死者の頭皮を剥ぐという猟奇事件まで発生し、浮かれた気分が吹き飛ばされてしまう。さらに、同一犯によると思われる殺人事件が発生し、イースタ警察は不眠不休で犯人を追うことになる。 アメリカでは起きてもスウェーデンでは起きないと思っていた猟奇連続殺人事件に戸惑うヴァランダーたちは、まったく犯人像を描くことが出来ず、ついにプロファイラーの力も借りて暗中模索の捜査を続けることになる。そこには、世界の変化とともに変貌するスウェーデン社会の闇が広がっていた・・・。 上下巻合わせて750ページの大作だが、カリブ海・ドミニカ共和国でのプロローグから父親とともにイタリア旅行に出かける飛行機内のエピローグまで、全編だれるところがない。上巻の3/4ぐらいで、ほぼ犯人の目星はつくのだが、そこからも犯罪捜査の緊迫感は損なわれることもなく、質の高い警察小説に仕上がっている。 サイコパスが主役の連続殺人ものといえば米国を中心に世界中で掃いて捨てるほど書かれているが、さすがにヘニング・マンケルは上手い! 特異な犯人の行動だけでなく、犯行の動機となる社会的な病、変化する警察組織が抱える問題、捜査官達が抱える個人的な苦悩などが丁寧に描かれており、さまざまな読み方で楽しめる。少女の焼身自殺も重要な伏線になっていて、最後にすっかり腑に落ちるのが心地よい。 「リガのイヌたち」「白い雌ライオン」で迷走したヴァランダー・シリーズだが、前作「笑う男」で持ち直し、本作で大飛躍した(これは、某評論家の解説だが)という噂は本当だった。 |
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刑事ヴァランダー・シリーズの国内での最新作(シリーズでは10作中の7作目)。本シリーズは初読だったが社会派警察小説の醍醐味を堪能でき、これからシリーズを第一作から通読したいと思った。
国内・海外を問わず、最近非常に人気がある「警察小説」のジャンルだが、そのテイストは千差万別。その中で、どの作家・シリーズに近いかといえば、断然、スウェーデンの傑作警察小説シリーズ「マルティン・ベック」シリーズだ。もう30年以上の昔になるだろうか、マルティン・ベックに出会った時の衝撃を再び味わうことができた。 主人公は、スウェーデン南部の小都市・イースタ警察署のNo.2のヴァランダー刑事。50歳を目前にして、糖尿病と診断され、心身ともに折れそうになりながら、仮装パーティーを楽しんでいた若者たちと、イースタ署の同僚刑事を殺害した犯人を追う。狡猾で周到な犯人はほとんど物証や手がかりを残しておらず、捜査は難航し、時に迷走する。それでも、地道な被害者の背景調査と粘り強い聞き込みで、徐々に犯人を追いつめていく・・・。 妻に去られ、恋人とは別れ、唯一心がつながっていると信じている娘は大学生活のために離れた土地にいてたまに電話する程度の孤独な暮らし。そこにもってきての糖尿病で、まさに“中年クライシス”の真っただ中のヴァランダー刑事。それでも、検察や社会、マスコミからの重圧にも負けず(ときどきは負けそうになりながら)、糖尿病による渇きと疲労に耐えながら捜査にまい進する主人公には、深く共感を覚えずにはいられなかった。 最後に明らかになった犯人像とその動機を解明する過程で主人公たちが感じる、スウェーデン社会の底知れない不気味さ。それは、現在の日本社会の不気味さにも通じるものがある。いやむしろ、社会的な安定度でははるかに高いところにあると思われていたスウェーデンですらと考えると、我々ははるかに危険な社会を作り出し、薄氷の上で日々暮らしているのではないだろうか? ダルグリッシュ警視シリーズ、リーバス警部シリーズの愛好者にはきっと気に入ってもらえるだろう。 |
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今や米国の最も有力なミステリー作家に数えられるジョン・ハートの最新作は、前3作とは趣を異にする傑作エンターテイメントだった。
孤児院で離れ離れになった兄弟が成長し、兄はギャングの凄腕の殺し屋として、弟は富豪の上院議員の養子で著名な作家として再会し、出生の謎を解いて行くというのはありがちな設定ではあるが、それに、愛する女性のためにギャングから足を洗おうとする兄・マイケルのギャング仲間との戦いが絡んでくると、これまでにないサスペンス小説ができあがる。 物語の前半は、殺し屋から足を洗おうとするマイケルと、それを阻止したいギャング仲間の戦いが中心に展開されるのだが、話のスピードといい、緊迫感といい、一級品のサスペンスが堪能できる。特に、悪役であるジミー(組織の先輩で、マイケルの師匠役でもある)がとてつもないデビルなキャラクターで度肝を抜く。サスペンスの魅力は悪役次第であると、改めて感じた。 後半は、弟の邸宅で発見された死体の犯人探しと兄弟の出生の秘密をさぐることが絡み合いながら展開されるが、これまたかなりひねった設定だし、ジミーに負けないくらいのデビルな悪役(ネタバレになるので、詳しくは書かない)が物語を大いに盛り上げてくれる。 ジョン・ハートのこれまでの作品は、どちらかといえば情緒的というか、家族、親子、故郷などを情感豊に歌い上げるハートウォーミングな感じだったが、本作はいい意味でエンターテイメントに徹しきったクールな仕上がりだった。 作品のテイストとしては、「ミスティック・リバー」を思い起こさせた。 |
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太平洋戦争三部作の完結編。前二作が開戦前の物語なのに対し、本作は日本の終戦工作を巡る話である。三部作の完結編だけあって、作家の視点がさらに明確に伝わるし、筆の滑りもよく、前作からの登場人物のキャラクターが深みを増したこともあり、三本の中では一番面白かった。
前半は歴史インテリジェンス戦争話として、後半は敵中横断の冒険小説として、二冊分の楽しみを味わった。 日本の運命を決める重大な情報(米国の原爆の完成、ソ連の対日参戦)をつかんだスウェーデン駐在武官が、電文を打つだけでは途中で握り潰されることを恐れて、日本を救うため二人の密使を派遣するというのが、ストーリーの本線。当然のことながら、原爆投下、ソ連の参戦は史実として誰でも知っているのだが、それでも最後まで緊張感を持って読み通すことが出来た。これは、史実と虚構を巧みに絡ませたストーリー構成の上手さに負うところが大きく、作者の力量に感嘆するばかりである。 ストーリーの面白さ以上に心に残ったのは、文庫本巻末の解説者を始め多くの方が言及しているが、「祖国とは何か」、「国を愛するとはどういうことか」という、重い問い掛けだった。密使の二人が、国を捨てた日本人でボヘミアンのバクチ打ちと、祖国に裏切られた亡命ポーランド人情報将校という設定になっているところに、作者の視点の鋭さを感じた。 「絆」や「日本の美徳」、「頑張れ日本」が安易に絶叫されている現状を考えるとき、今こそ広く読まれるべき作品といえる。 |
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日本が対米・英戦争を開始する前年に、名戦闘機・ゼロ戦が密かにドイツまで飛んでいた! という驚天動地のお話。個人的には、佐々木氏の代表作といわれる「エトロフ発緊急電」より、こちらの方が面白かった。
本作、「エトロフ」、「ストックホルムの密使」で第二次世界大戦三部作と言われている通り、「エトロフ」と登場人物が共通する(「ストックホルム」は未読)が、話の内容は全く別物。スパイアクションの「エトロフ」に対し、こちらは航空冒険小説というべきか。「エトロフ」が「針の眼」を連想させるのに対し、こちらは「もっとも危険なゲーム」など、ギャビン・ライアルを思い出させた。 主人公・安藤大尉は騎士道精神にあふれた戦士であり、当時の日本海軍主流の価値観との相違に悩みながらもストイックに自分の美学を追求する・・・ハードボイルドの本流が見事に展開され、読むものを魅了して行く。 史実として、ゼロ戦がドイツに届けられたのか否かは関係なく、当時の緊迫した世界の状況が丁寧に描かれていて、第二次世界大戦前史としても面白かった。 |
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8歳のときに遭遇した凄惨な事件のトラウマでしゃべれなくなった(耳は聞こえる)少年・マイクル。しかし、彼には特異な才能があった。記憶を元に絵を描くことと錠を開けること。その才能に導かれるまま、彼の人生は通常の世界から逸れて行く・・・。
物語は、現在服役中のマイクルが、逮捕されるまでの解錠師としての日々と解錠師になるきっかけとなった高校生の日々を交互に回想して語られていく。ふたつの時間を行き来する構成だが、それぞれのストーリーは時間軸に沿って展開されるので混乱することはない。というか、非常に読みやすい構成といえる。 本作の成功の秘訣は、なんといっても主人公の設定のユニークさにある。最初から最後までひと言も発しないこと、解錠(金庫破り)のプロであること、しかも17、18歳であることが融合して、犯罪小説でありながら純粋な恋愛小説、青春小説としても成立している。一人語りの物語ながら、ストーリー展開がスピーディーで、しかも多彩なエピソードが取り入れられているため、最後まで物語がだれることがない。金庫破り小説のスリリングさ、マイノリティーの視点からの皮肉なユーモア、一目ぼれした恋人に捧げる純情のほろ苦さなど、さまざまな味わいを楽しむことが出来る。MWA最優秀長編賞、CWAスティールダガー賞を受賞したというのもうなずける快作だ。 余談だが、本作はヤングアダルト世代に読ませたい本として全米図書館協会が選ぶアレックス賞を受賞しているという。しゃべれないことによる疎外感、個性を伸ばすことで得られる達成感、恋人との純愛など、多くの若者に共感されるテーマを持っているという評価であろうが、こういう犯罪小説にも賞を与えるアメリカ社会の懐の深さを物語るエピソードだと感じた。 スティーブ・ハミルトンは今回、初めて出会った作家であるが、これまでに翻訳されている3作品もぜひ読んでみたい。 |
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Amazonでは批判的というか、面白くなかった、評価できなかったという書評がかなりある通り、好き嫌いが分かれる作品だと思う。その要因はドキュメンタリー的手法であり、登場人物の背景をきわめて丁寧に描いてドラマを作り上げて行く構成であり、なぞ解きより時代背景を重視した社会派小説的アプローチにあるのだろう。しかし、個人的には「模倣犯」に匹敵する傑作だと評価した。
これはあくまで趣味・嗜好の問題なので作品の出来栄えとはまったく無関係だが、「魔術はささやく」、「龍は眠る」、「蒲生邸事件」などのSF的ミステリーの方は、もう読む必要がないかなと思っている。 さて、作品は「占有屋」という奇妙な存在を核に、現代社会が抱えてしまった危機、血縁や絆など家族のあり方の問題、人間の欲望や感情など、さまざまな要素が絡み合って、きわめて重層的で重厚な作品世界を作り上げて行く。読み進むにつれて、なぞ解きの面白さが深まるとともに、それ以上に、現代の家族が抱える問題の複雑さに引き込まれ、まさに社会派ミステリーの傑作だ。 最近の宮部みゆきはファンタジーや時代小説が中心で、社会派的な作品が見られないのが、本当に残念だ。社会派への再挑戦を期待したい。 |
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質量ともに、超大作。評価を9にしたのは、あまりに長編過ぎて読む人を選ぶだろうから、というのは冗談だが、文庫本で5巻、約2500ページのボリュームに圧倒された。さらに、読み始めればぐいぐい引き込まれてゆく、まさに英語版ペーパーバックの惹句の常套句“page-turner”そのままの圧倒的な筆力にも感服した。
ストーリーは連続女性誘拐殺人事件だが、描かれているのは単なる犯人探しでもなく、サイコパスの恐怖でもなく、「劇場型犯罪」とは何か、「劇場型犯罪」が生まれる社会とは何かを追求した社会派ミステリーと言える。主要な登場人物だけを取り上げても、犯人、被害者の遺族、警察、ジャーナリスト、犯人の友人とその家族、遺体の発見者など多岐に渡り、それぞれの背景や視点からの言動がぶつかり合って巨大な群像劇が展開される。さらに、周辺的な登場人物もしっかりとキャラクター設定されており、なるほどと思わせるエピソードが繰り広げられるため、ストーリー構成はきわめて重層的で複雑に絡み合ってくる。しかし、キャラクター設定が確立しており、また筆者の構成力が素晴らしいため、読み難さは一切感じなかった。 あえて難癖を付けるとすれば、登場人物同士の出会い方に相当なご都合主義があると思うし、クライマックスに向けて重要だと思われるエピソードが中ぶらりのままにされているのが気になるが、これだけの数の登場人物の壮大なお話しをまとめあげるには仕方ないことだろう。 傑作エンターテイメントとして、どなたにもお奨めできる。 |
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