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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数529件
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1995年に亡くなった巨匠の最後の長編。上司の陰謀で失職した元陸軍少佐が大統領選挙の裏金の行方を探るサスペンス・ミステリーである。
ニカラグアで陸軍とCIAが仕掛けた陰謀に加担させられた上に上司の罠に掛けられて退職を余儀なくされたパーテインは田舎町で働いていたのだが、そこに現れたかつての上司から口封じされ、仕事も奪われてしまった。失職したパーテインだったが、友人からロスに住む大物政治資金調達係の女性・ミリセントの仕事を紹介された。その仕事とは、大統領選挙の裏金120万ドルが盗まれたので秘密裏に取り戻したいというものだった。パーテインは秘密の大金に関わった、胡散臭い連中を相手に絡まった騙し合いと欺瞞の網を解こうとするのだが、そこにパーテインを罠に掛けた上司たちが殺し屋を差し向けてきた…。 ニカラグアでの陰謀とロスでの裏金消失という2つの事件が錯綜する物語の中心に位置するパーテインが主役のハードボイルドであり、それぞれに個性的なキャラクター、互いに裏を読み合う駆け引き、キレのいい場面展開、ウィットに富んだ会話というハードボイルドの王道が楽しめる。ロス・トーマス作品にしては比較的楽に筋を追えるのも嬉しい。 ロス・トーマスのファンにとっては、遺作として必読。それ以外の人でもサスペンス、コンゲームのファンなら必ず満足できると、自信を持ってオススメする。 |
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「そしてミランダを殺す」以来、ヒット作を連発している著者の2020年の作品。8つの名作ミステリーに絡めたと思しき連続殺人の全容をミステリー専門店主の主人公が解明する、ミステリーマニアならではの野心的な傑作である。
ボストンでミステリー専門店を営むマルコムのもとをFBI捜査官・グウェンが訪れ、マルコムが書いたブログ「完璧なる殺人8選」をなぞった連続殺人が起きているのではないかと告げる。ボストン近隣で起きた未解決殺人事件の中に、犯行手口が8つの有名作品に触発された疑いが濃いものがあるという。偶然の一致では片付けられらない事件の詳細を知り、マルコムはグウェンの捜査に協力することにする。そこで知れば知るほど、誰かが自分のリストに基づいて殺人を続けている疑いが濃くなり、犯人は身近にいるのではないかとマルコムは疑心暗鬼に陥っていった…。 物語はマルコムの回想録という形式で、全てマルコム視点で書かれているのだが、途中からマルコムが「信頼できない語り手」になり、読者はさらなる迷宮に誘い込まれていく。とにかく最後まで着地点が見えない、スリリングな謎解きミステリーであり、取り上げられた8作品を読んでいればもちろんだが、読んでいなくても謎解きの面白さが満喫できる。 謎解きミステリーのファンには絶対に外れない傑作としてオススメしたい。 |
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イギリス推理小説作家クラブ会長を務めるという超大物のミステリー小説では本邦初訳作品。1930年代のロンドンを舞台に、残虐な犯罪を犯した男たちを処刑してまわる美女の謎を解明していくサスペンス作品である。
1930年のロンドン、コーラスガール殺人事件の真相を暴き一躍有名人となったレイチェル・サヴァナクには正体不明な印象が付き纏っていた。事実、レイチェルは女性首切り殺人の犯人を突き止め、自殺に追いやったのだった。レイチェルに興味を抱いた新聞記者・ジェイコブが取材しようとするのだが冷たく拒否された。それでも諦めないジェイコブは執拗に取材を進め、とうとうレイチェルと行動を共にするまでになったのだが、その最中、密室での自殺、上演中のショーの舞台での焼死などに遭遇することになった。しかも、一連の事件はレイチェルが仕掛けたものだった…。 殺人事件の謎を解くミステリーだが、犯人、犯行目的、犯行様態は読者に知らされており、物語の焦点は「レイチェルはなぜ、このような犯行を重ねるのか?」の一点に絞り込まれている。その真相が明らかになるストーリーはサスペンスフルで、二転三転し、最後まで読者を引きつける。さすが「探偵小説の黄金時代」著者らしい、幅広いミステリー知識を活かした力技である。また、ヒロインのレイチェルのクールビューティーぶりはもちろん周辺人物のキャラも際立っており、古さより華やかさを感じるエンタメ作品である。 英国正統派探偵小説ファンでなくても十分に満足できるサスペンス・ミステリーとして、多くの方にオススメしたい。 |
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トンデモ精神科医・伊良部シリーズの第4弾。2007年から22年までの雑誌掲載5作品を収めた短編集である。
各作品のテーマが時代状況を映している他は従来通りの「他人の悩みは面白い!」に徹したコメディーである。各作品に登場する患者同様、伊良部に身を委ねればきっと心が軽くなる。 日本社会の閉塞感にうんざりしている読者にオススメする。 |
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ノワールの巨匠・ウィンズロウの「ダニー・ライアン」シリーズの第2作。東海岸を追われたダニーが西へ逃亡し、わずかなチャンスに賭けて復活を目論むノワール・サスペンスである。
1988年、イタリア系マフィアとの戦いに敗れたダニーは命にかけても守りたい息子・イアンと父親、わずか数人の昔からの仲間とともに西へ西へと逃亡する。だが、執拗なイタリア系マフィアだけでなくFBIにも追い詰められ、かつて自分を捨て、今では国家的なフィクサーにまで上り詰めている母・マデリーンに助けを求めた。そこでマデリーンの手引きで当局と取引し、メキシコ麻薬カルテルが絡む危険な仕事を引き受けて仲間と共に成功させ、金と自由の身を手に入れた。しかし、体の奥底を流れるアイリッシュ・マフィアの血は平穏に耐えきれず、自ら望む形で再び争いの世界に身を投じるのだった…。 前半はダニーたちの逃亡の物語、後半はハリウッドの映画製作にまつわるマフィアの利権争いの物語という二部構成。それぞれが単作として成立する中身の濃さで読み応えたっぷり。ノワールでありながら家族の物語でもあるところが、日本人読者の情感にもアピールするパワーを持っている。 極めて連続性が高い三部作なので、前作「業火の市」を読んでから本作を読むことをオススメする。 |
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ロス・トーマスのデビュー作「冷戦交換ゲーム」の続編として1967年に刊行されながら、なぜか邦訳が2009年という、いわば幻の傑作。とはいえ、冷戦期のスパイゲームというより、クセのある人物が金を動機に非情な争いを繰り広げるノワール・エンターテイメントである。
ワシントンに戻り「マックの店」を再開したマッコークルの元に、ベルリン時代からの相棒・パディロが転がり込んでくる。ライン川に落ちて亡くなったはずのパディロだが、西アフリカで生き延びて今回、アメリカに戻ったところでトラブルに遭い負傷したという。しかも、パディロが原因でマックの愛妻・フレドルが誘拐され、犯人はパディロに依頼を引き受けるように強要する手紙を残していた。その依頼とはアフリカの某国の政府筋からの「自国の首相を暗殺しろ」というものだった。パディロはもちろん、怒りに駆られたマックも力を合わせ、フレドル奪還のために手持ちのコネをフルに使って動き出す・・・。 物語の本筋はフレドルを助け出すためのマックとパディロのサスペンス・アクションだが、周囲を固める登場人物が曲者揃いで、隙あらば仲間であろうとも出し抜こうとするところは、後年の「五百万ドルの迷宮」などに通じるコン・ゲーム的である。主役の二人はもちろん、仲間となるギャングたちの会話やアクションがいかにも60年代のハードボイルド・テイストで楽しめる。 ロス・トーマスのファン、60年代のハードボイルドのファンにオススメする。 |
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スウェーデン・ミステリーの女王が友人である売れっ子メンタリストと組んだ新シリーズの第1作。奇術や読心術がふんだんに散りばめられた、華やかな連続殺人ミステリーである。
箱に閉じ込められた人物に剣を刺していく「剣刺しボックス」という奇術を真似た状況で、若い女性が殺害された。ストックホルム警察特捜班の女性刑事・ミーナは、売れっ子メンタリストのヴィンセントに捜査協力を依頼する。気が進まなかったヴィンセントだが、ミーナの熱心さにほだされアドバイザーとして参加し、早速、死体に数字が刻まれているのに気が付いた。特捜部のベテランたちは奇術やメンタリストを馬鹿にするのだが、お構いなくミーナが捜査を進めると、自殺として処理された死体に同じような数字が刻まれていることが判明した。連続殺人だと確信したヴィンセントとミーナは捜査を進めるのだが、ついに3人目の被害者が発見された…。 連続殺人と奇術という派手な舞台設定だけでなく、捜査陣の人間模様、徐々に明らかになる犯人の異常性など読みどころが連続するストーリー展開は、さすが女王と呼ばれるだけのことはある。主役のミーナ、ヴィンセントだけでなく捜査班メンバーそれぞれに個性的で、人間的な興味が尽きないのもシリーズものとして成功する要因となるだろう。さらに、ミーナの隠された過去が明かされそうで明かされないのが、次作への大きなフックとなっている。 殺人シーンがかなり残酷だし、嫌悪感を催す描写もあることを覚悟すれば、謎解きもの、警察もののファンには絶対に満足できる作品としてオススメする。 |
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「五百万ドルの迷宮」の5人組が5年ぶりに帰ってきた。舞台をL.A.の映画界に移し、映画女優が恐喝される事件を見事に解決するスピーディーで楽しい謎解きアクション小説である。
女優のアイオニは婚約を破棄した相手を殺した疑いで逮捕されたのだが、彼女は酔っていて当日の記憶がないという。アイオニの弁護士は彼女の記憶を呼び起こすためにイギリスの専門人材派遣会社から催眠術師の兄妹を呼び寄せた。ところが、催眠術師兄妹はアイオニに三度、催眠術をかけた後に姿を消してしまった。催眠術師兄妹あるいは他者による脅迫などを危惧した派遣会社は、ことが起こらないうちに催眠術師兄妹を探して欲しいと、ウーとデュラントの「トラブル処理会社」に依頼してきた。ウーとデュラントが大金が絡んだ仕事を受注したことを知ったアザガイは老友ブースとともに話に割り込んできた。ちょうどその時、5年間服役してきたブルーがマニラの刑務所から出所したため、ウーは彼女も仲間に加えることにした。かくしてL.A.に集まった5人はそれぞれの特技を発揮して、狡猾な脅迫者に立ち向かっていく…。 前作同様、5人の個性的な詐欺師たちが協力し合いながら、反発し合いながら事件を解決していくストーリーは読み出したら止まらない面白さ。文句なしの傑作エンターテイメントである。 前作にハマった人、ロス・トーマスのファンはもちろん、コン・ゲーム系がお好きな方にオススメする。 |
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イギリスのYA作家の本格謎解きミステリー。アスペルガー症候群の少年がロンドンの大観覧車から姿を消したいとこを探して、密室脱出の謎を解く本格的なミステリーである。
他人の気持ちを読み取るのは苦手だが気象学の知識は専門的で、物事の仕組みを考え続けるのは得意な12歳のテッド。おおむね暖かく接してくれる家族に囲まれ、自分が他の人とは違うことは自覚しながらも素直に成長していた。ある日、ニューヨークへ移住するという叔母がいとこのサリムと一緒にテッドの家を訪れ、出発の前にロンドン見物をすることになった。テッドと姉のカット、サリムの3人が大観覧車のチケット売り場で並んでいると男が現れ、チケットを1枚譲ってくれるというので、サリムだけが乗り込んだ。30分後、一周してきた観覧車のカプセルからサリムは降りてこなかった。密室状態のカプセルからサリムは、なぜ、どうやって姿を消したのか? テッドは姉のカットと力を合わせ、常識にとらわれない、素直な論理的思考で真相に辿り着くのだった。 アスペルガー症候群の少年が主人公というユニークな設定だが、謎解きに関しては極めてオーソドックスで、大人が読んでも十分に楽しめる本格派の作品である。YA作家だけにテッド、カット、サリムの3人の人物造形が巧みだし、周りの大人たちも存在感があり家族の物語としても読み応えがある。 子どもから大人まで、どなたにもオススメできる良作である。 |
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エドガー賞をはじめ数々の賞に輝いた「ありふれた祈り」の姉妹篇。大恐慌時代の中西部を舞台に、過酷な環境の寄宿学校を逃げ出した孤児の少年が擬似家族である三人の仲間と共に探し求める家(ホーム)がある信じるセントルイスまで川を下って行くロードノベルであり、成長物語である。
大恐慌時代のミネソタ州で孤児となった12歳のオディが兄のアルバートと一緒に預けられたのは、インディアンのための寄宿学校だった。「黒い魔女」と呼ばれる冷酷な女性院長が支配する施設は児童虐待も日常で、我慢できなくなったオディはある事件をきっかけにアルバート、インディアンの少年モーズ、竜巻で母親を亡くしたばかりの6歳の少女エミーと共に施設を逃げ出した。4人が目指したのは叔母の住むセントルイスで、唯一の交通手段であるカヌーでミシシッピ川まで下ろうという冒険旅行だった。まだ少年の4人が大恐慌で荒れた世の中を巡る旅で出会ったのは善良な人々も悪人もさまざまで、想像以上に波瀾万丈な出来事の連続にオディは社会に対する目を開かされるのだった。 仲間の3人をはじめ関係者が個性的で、冒険に満ちたロードノベルが楽しめる。大恐慌時代という舞台設定も興味深い。しかし、何よりも施設育ちで世の中を分かっていなかったオディが迷いながらも理想の家族を信じて進む姿が清々しい。ロードノベル、成長物語のファンには絶対のオススメ作である。 なお、著者は別項となっている「ウィリアム・K・クルーガー」と同一人物であることにご注意を。 |
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猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第17作。今回はジョーの盟友ネイトが主役を務める、砂漠が舞台の派手なアクション・サスペンスである。
世間から隠れて暮らすネイトのもとを政府の秘密組織を名乗る男たちが訪れた。彼らはネイトが負わされている全ての罪状を帳消しにする代わりに、ワイオミングの砂漠地帯で大規模テロを準備していると思われる集団に接近し、動静を探れという。恋人・リブの命も取引材料にされたネイトは仕方なく依頼を引き受ける。ジョーは殺人グリズリーを追っていたのだが、ルーロン知事から「ネイトの居場所を確認しろ」との特別任務を命じられる。二人は、それぞれの事情を抱えたまま、荒涼たる砂漠に赴き悪戦苦闘する。さらに、全く別の理由からジョーの長女・シェリダンもこの件に巻き込まれた…。 突然現れて、いつの間にか消える、常に単独行動のネイトが今回は出ずっぱりの主役というのが珍しい。で、なんだかんだの末、最後は二人一緒に決死の覚悟で流血の戦いに挑むという、東映任侠映画的ストーリーである。仕掛けが大掛かりな物語だけに、最後の方はやや辻褄合わせなところもあるが、今回もアメリカ社会が抱える問題点にしっかりと向き合った社会性を保っている。さらに、これまで謎に包まれていたネイトの考え、心情がちらちらと見えてくるのも、シリーズ読者には新鮮でニヤリとさせられる。 シリーズ愛読者はもちろん、アクション・サスペンス・ファンに自信を持ってオススメする。 |
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スウェーデンの人気警察小説「ベックストレーム警部」シリーズの第4作にして、おそらく最終作。12年前、タイの大津波で死んだはずのタイ人女性の骨が見つかったのだが、その骨は5、6年ほどしか経過していないことが分かり、「人は二度死ぬことができるのか?」という難題にベックストレームたちが挑む、警察ミステリーである。
ベックストレームと同じアパートに住む10歳の少年が持ち込んできたのは、サマーキャンプで見つけた頭蓋骨だった。銃弾を受けた痕があったことから調べ始めると、12年前にタイで起きた大津波で死んだはずのタイ人女性の骨と思われた。女性の夫であるスウェーデン外務省職員によると現地でスウェーデン警察官が身元を確認し、埋葬したという。身元確認時の単なる手違いなのか、それとも隠された犯罪があるのか? ベックストレーム率いるチームは頑迷な検察官や官僚組織に悩まされながらも真相を求めて奮闘するのだった…。 死者の身元確認という技術的、鑑識的要素が重要な役割を果たすからか、本作でのベックストレームはちょっと引き気味である。その分、鑑識官のニエミ、データ分析のプロであるナディア、強力な突破力を誇るアニカなどが活躍し、本来の捜査小説的テイストが濃く、ミステリーとしてはシリーズ最高の作品である。 シリーズ愛読者にはもちろん、警察ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。 |
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犯罪小説の巨匠・ウェストレイクの1969年の作品。60年代のニューヨークを舞台にノミ屋で穴を当てたタクシー運転手がノミ屋が殺されている現場を訪ねたことから大騒動に巻き込まれる、軽やかな犯罪小説である。
ギャンブル好きのタクシー運転手・チェットは乗客から聞いた穴馬情報を信じて、いつものノミ屋・トミーに申し込み、見事に大金を当てた。喜び勇んで配当を受け取りにトミーを訪ねてみると、トミーは射殺されていた。配当を受け取り損ねたばかりか、トミーの妻や警察から容疑者扱いされ、さらにトミーが関わっていた2つのギャング勢力から命を狙われることになった。必死で逃亡しながらもチェットはトミーの妹・アビーと組んで、真犯人を探し始めるのだったが…。 60年代のニューヨークらしい洒落た会話、アビーとのロマンス、ギャングからの必死の逃亡アクション、関係者を集めての謎解き、犯人当てなど、ミステリー・エンタメの要素を全てぶち込んだ大サービス作品。半世紀以上前の作品だが、全く古さを感じさせず楽しませてくれる。オススメだ。 |
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2017年から21年にかけて小説誌に連載した作品を加筆した長編小説。善良で温厚で真っ当な父親たちが殺人犯と被害者になったのはなぜか? 被害者・加害者の子供、警察が、謎だらけの犯行動機を解明していくヒューマン・ミステリーである。
刑事弁護士として評価が高かった白石弁護士が刺殺死体で発見された。家族や職場でも思い当たる動機が見つからなかったのだが、警察が身辺捜査を進めると事件前に白石氏が土地勘がない、仕事でも縁がなさそうな隅田川テラスや門前仲町などで不可解な行動をとっていたことが判明した。行動履歴を丹念に追いかけた警察は白石の事務所に一度だけ電話してきた、愛知県に住む倉木という男に注目し、捜査員を派遣した。そこで捜査員が門前仲町にある富岡八幡宮のお札を見つけたのだが、倉木は誰かにもらったというだけで言葉を濁すばかりだった。倉木と白石は繋がりがあると睨んだ警察が倉木の身辺を調べると、倉木は門前仲町にある居酒屋に常連として通っていたことが分かった。愛知で隠居生活している倉木が、なぜ門前仲町の居酒屋に通うのか? その理由は、30年前に愛知県で起きた殺人事件に起因するものだと判明し、倉木を問い詰めると犯行を自供した。事件は解決し警察は祝杯をあげ、あとは裁判を待つばかりになったのだが、倉木が自供した犯行動機に納得できない倉木の息子・和真は、なんとか真相を知ろうと独自に調査を進めていた。また、被害者の娘・美令も倉木の自供に納得できず、警察や弁護士相手に孤独な挑戦を続けていた。やがてある時、事件現場で和真と美令が遭遇し…。 至極真っ当な人物だと信じていた父親たちが、なぜ犯人や被害者になったのか? 家族として謂れのない誹謗中傷に晒されながらも真相だけを追求する二人の若者が中心だが、事件の解明プロセスは警察ミステリーの流れである。それはそれで面白いのだが、本作の読みどころは罪と罰、正義の目的なら犯罪も許されるのかという、永遠に解答の出ない哲学問答にある。問題が難問だけに、クライマックス、犯人像には賛否いろいろあるだろうが、そこまで一気に読者を引っ張っていく力を持った傑作であることは間違いない。 東野圭吾ファンのみならず、幅広いジャンルのミステリー愛好家にオススメする。 |
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54歳でデビューした遅咲き作家の長編第1作。60年代のアメリカ中西部を舞台に、環境に翻弄される青年と暴力と狂信に支配された人々の出口のない日々を容赦なく描いたノワールである。
狂信的な父親に支配されて少年期を過ごしたアーヴィンの成長を中心に、彼を取り巻く碌でもない人々の奇行、蛮行を積み重ね、60年代アメリカのどうしようもなさ、今に続いている暴力と狂信の底流が暴かれる。人間はどこまで愚かで、悪魔的になれるのかを否応なく突きつけられる。決して読後感の良い作品ではないが、長くインパクトを残す作品である。 好悪がはっきり分かれる作品で、ノワール愛好家にしかオススメできない。 |
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イギリスに暮らすムスリムの生きづらさをエンターテイメントにした「ジェイ・カシーム」シリーズの第2作。前作「ロスト・アイデンティティ」でショッキングな最後を迎えていたジェイが、再び絶望的な戦いを繰り広げるアクション・サスペンスである。
MI5にいいように使われて民族的、政治的なストレスに押しつぶされたジェイはぐうたら公務員として働きながら、穏健なイスラムの仲間たちの集会に参加し、彼らが過激思想に走るのを防ごうと勤めていた。だが、年少メンバーのナイームがガールフレンドのライラとバスに乗っていた時、白人差別主義者と遭遇し、辱めを受けたライラが自殺する事件が起きた。絶望したナイームは復讐を誓い、集会仲間のアイラと共に行動に出ようとする。ナイームの心情は理解するものの「テロリスト」と呼ばれることを阻止したいジェイは、ナイームの行動を思いとどまらせようと奮闘する。一方、ジェイがMI5に協力したことを知ったイスラム系テロ組織はジェイの抹殺を、ロンドンに潜伏しているスリーパーのイムランに指示した。イギリス生活に慣れ、一児の母である白人のシングルマザーとの結婚を夢見るイムランだったが、組織の命令は絶対であり、新しい家族を守るためにも指示を実行しようと決意する…。 前作同様、イギリスで暮らすムスリムの苦悩がベースにしながら民族間対立の解消という出口のない難問を、ユーモアを交えた軽快なアクション・エンターテイメントに仕上げている。さらに、親子や家族、恋人など濃密な人間関係のドラマも効果的に挿入されており、殺伐としたサスペンスとは一線を画した人間味が印象的である。 前作を受けたストーリーなので、ぜひ「ロスト・アイデンティティ」から読み進めることをオススメする。 |
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「ザ・プロフェッサー」に始まった「トム・マクマトリー」四部作を受け継ぐ新シリーズの第1作。トムの教え子で親友の黒人弁護士・ボー・ヘインズが主役を務める、熱血リーガル・サスペンスである。
師であるトムばかりか愛妻のジャズまで亡くし、さらに二人の子供の親権まで奪われたボーがトムから受け継いだ老犬を相手に酒浸りの生活を送っている農場を、かつてボーを殺人で起訴した(第二作「黒と白のはざま」)無敵の検事長・ヘレンが訪ねてきた。女子高生レイプ事件で街の有力者・マイケル・ザニックを起訴しようとしていたヘレンは、元夫が殺害された事件の第一容疑者として逮捕されそうになっていた。圧倒的に不利な証拠が並べられ、絶体絶命の危機にあるヘレンは「最も信頼できる弁護士」が必要で、ボーに力を貸せと言う。失意のどん底にあったボーだが、立ち直って子供たちの親権を取り戻すためにも、ヘレンを助けようと決意した。しかし、保守的な街の有力者たちの嘘や思惑、策謀に惑わされ、裁判は不利な状況が深まるばかりだった…。 メインテーマは、「トム・マクマトリー」シリーズ第1作と同じく弁護士の正義をかけた再生物語で、それに南部の人種差別、中絶を巡る偏見が重なり、なかなか激しく感情を揺さぶる作品である。「トム・マクマトリー」シリーズの愛読者には絶対のオススメ。また、法律的な問題より情熱や人間が主題となる法廷もののファンも満足できるだろう。 前シリーズを受け継いだキャラクター、エピソードが多いので、できれば前シリーズを読んでから本作を読むことをオススメする。 |
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2022年のエドガー賞最優秀新人賞に輝いた作品。1985年11月、冬を迎えるネブラスカ州の田舎町で起きた女子高校生失踪事件が巻き起こした町の人々の動揺、疑心暗鬼、摩擦や衝突、許しや受容をシビアに描いたヒューマン・サスペンスである。
美人で成績優秀なチアリーダーとして人気の女子高生・ペギーが失踪した。田舎町から出たいと常々語っていたペギーは家出したのか、あるいは事件に巻き込まれたのか? 憶測と噂が駆け巡る町では、ペギーに片想いしていた知的障害の青年・ハルに疑惑の目が集まって来た。頼りにならない実母に代わってハルの保護者となっていた農場主のクライルとアルマ夫妻は、必要な自己弁護ができないハルの代弁者として無実を証明しようと奮闘する。一方、ペギーの弟・マイロも大好きな姉を見つけるために、町の人々の言動に細心の注意を払い、不可解な姉の行動の記憶を思い出していた。お互いが全てを知り尽くしているような濃密な人間関係が支配する田舎町で起きた事件は、人々が隠してきた秘密を明らかにし、否応なく新たな日々へ人々を導くのだった。 女子高生が失踪し、周りの偏見から被差別状態に置かれていた青年が犯人視されるという、珍しくないパターンの作品だが、登場人物の関係性、個性、それぞれの悩みや秘密、葛藤がリアリティ豊かに描かれており、最後まで目が話せないサスペンスフルなヒューマン・ドラマを楽しめる。読者はきっとクライル、アルマ、ハルの誰かに感情移入し、ハラハラドキドキしながら結末を迎えることだろう。 謎解きより人間ドラマに惹かれる人にオススメする。 |
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北欧を代表する作家・マンケルの最後の作品で、CWAインターナショナルダガー受賞作。70歳の孤独な男が過去に囚われながら現在に苛立ち、やがて来る死を受容するヒューマンドラマである。
医師を引退し、祖父母から受け継いだ小島に一人で暮らしていたフレドリックの古い家が全焼した。住む家も思い出の品々も全てを失ったフレドリックは、同じ島に娘のルイースが置いて行ったトレーラーハウスで不自由な生活を余儀なくされる。さらに、火事の原因は放火と断定され、フレドリックが保険金目当てに自作自演したのではないかと疑われた。唯一の身内であるルイースが島を訪れ、しばらく一緒に生活していたのだが、ある日突然、姿を消してしまった。暮らしを再建するために細々とした用事をするとともに放火犯を見つけようとしたフレドリックだが、何も判明しないうちに、ルイースから「フランス警察に逮捕された、助けてくれ」というSOSを受け取り、急遽、パリへ赴いた。 70歳の孤独な男が暮らしを再建する中で家族との関係、親子の関係を回顧し、悩み、後悔し、さらにかつて何度も訪れたパリでも過去に囚われながら、娘との新しい関係性を作り出そうとするのがメイン・ストーリー。それに放火犯探し、さらには30歳ほども年下の新聞記者・リーサへの恋情が絡んで来る。ミステリー要素は重視されておらず(放火犯は、途中で予測がつく)、70歳を過ぎて左足用の長靴2個だけで人生を歩むような男の不安感、焦燥感、諦観を丁寧に描写した老境小説と言える。前作「イタリアン・シューズ」を受けた作品だが、独立した作品であり、前作を読んでいなくても問題ない。 ミステリーというより、老いの受容の物語として、ある程度の年齢以上の方には共感を呼ぶ作品である。 |
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アイルランドの新進作家による長編第5作で、本国を始め英語圏では高く評価された2021年の作品。2020年、コロナのパンデミックに襲われたダブリンを舞台に、出会いと別れ、お互いの秘密と恋情、過去と現在が複雑に絡み合い、どうしようもなく悲劇の結末を迎えてしまった男女の恋愛サスペンス・ミステリーである。
コロナによるロックダウン中のダブリンの集合住宅で、死後2週間以上経ったと思われる男性の腐乱死体が発見された。住人であることは間違いないようだが、身元がはっきりしなかった。その56日前、スーパーのレジで出会ったオリヴァーとキアラはすぐに意気投合し、ぎこちないながらも付き合いをスタートさせた。お互いに恋愛下手を自認するふたりだったが、自由に出歩けないロックダウンという事態に急かされ、オリヴァーの家で同居することになる。だが、関係が深まるとともに、それぞれが抱えているらしい秘密が垣間見えてきて、もどかしい思いに苛まれるようになる。一方、警察が身元調査により特定した被害者は、かつて有名な少年事件の当事者だった。過去と現在が交錯しながら明らかにされた事件の真相は…。 男女の出会い、恋愛の深化、そして悲劇の死へ、というプロセスはありきたりの恋愛サスペンスだが、ロックダウンという異常な舞台、過去と現在を行き来しながら明かされるお互いの秘密というスピーディーなストーリー展開が見事で、緊迫感のあるタイムリミット・サスペンスに仕上がっている。オリヴァーとキアラ、どちらが真実を語り、どちらが作為で騙っているのか? 最後までハラハラさせて読者を引っ張っていくパワーがある。 イヤミスではない、恋愛サスペンスのファンにオススメする。 |
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