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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1136

全1136件 121~140 7/57ページ

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No.1016: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

完全に壊れてしまったけど信頼できる、矛盾の塊になったグレーンス警部

グレーンス警部シリーズの第10作、というか、グレーンス&潜入捜査員ホフマン・シリーズの第5作。ネットの闇に隠れた小児性愛グループを壊滅させるために二人が手を組む、アクション・サスペンスである。
十年前に亡くなった愛妻の墓前でグレーンスが出会った女性は「我が娘」と銘された墓に参って来たのだが、そこに遺体は入っていないという。三年前に誘拐され姿を消したという少女が気になったグレーンスは捜査資料を読み、担当者と話をするうちに、同じ日に同じ4歳の別の少女が誘拐されていたことを知った。35年前の愛妻の事故で流産してしまった自分の娘と重なり、少女のことが頭を離れなくなったグレーンスは自ら再捜査しようとするのだが、娘の死亡宣告を申請した両親からは関与を拒否され、警察内部でもグレーンスの体調、それ以上に精神状態を憂慮する上司から休暇を取るように強制された。一切の警察力を使えなくなったグレーンスだが独力での捜査を決意し、天才的なIT専門家のビリー、デンマーク警察のIT専門捜査官ビエテの協力でダークネットに暗躍する小児性愛者グループの存在をつかんだ。グループを壊滅させるにはリーダーの正体を暴く必要があり、グレーンスは「家族のために、二度と潜入捜査はしない」と宣言したピート・ホフマンを必死で口説き、小児性愛者を演じて会合に出ることを承諾させた。だが、ホフマンは素性を暴かれてしまい・・・。
これまでもずっと意固地で偏屈で怒りっぽく、全く協調性がないグレーンスだったが、本作での壊れっぷりは凄まじい。こんな同僚がいたら絶対に一緒に仕事したくないだろうが、被害者の思いを取り込み、犯罪を憎み、全身で怒りを現しながら進める捜査には絶対的な信頼を寄せるだろう。この特異なキャラクターがいかにして形成されたのかというのが明らかにされたのも、シリーズ愛読者にとっては読みどころである。
本作だけでも読み応え十分だが、登場人物のバックグラウンドが分かっている方がさらに面白いので、是非ともシリーズとして順に読むことをオススメする。
三年間の陥穽 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMル 6-15)
アンデシュ・ルースルンド三年間の陥穽 についてのレビュー

No.1015:

スワン (角川文庫)

スワン

呉勝浩

No.1015:
(7pt)

通り魔事件、被害者バッシング、復讐心…正解のない物語

2020年の吉川英治文学新人賞、日本推理協会を受賞した長編小説。大型ショッピングモールで起きた無差別銃撃事件をめぐり、事件関係者が現場で起きた謎の解明を強制されるという、特異なシチュエーションの心理ミステリーである。
日曜の大型ショッピングモールに二人の男が侵入し、手製の銃と日本刀で死者21名、負傷者17名を出すという無差別殺人事件が発生した。犯人二人は自害し、警察の捜査は終わったのだが、後日、事件で母親を亡くした男性が「母の死の真相を知りたい」との意図で奇妙な「お茶会」を開いた。会を仕切るのは男性から依頼された弁護士で、招待されたのは全員現場にいた5人の男女だった。そこでは「真相解明」のために5人の行動が付き合わされ、比較対照され、それぞれの記憶の矛盾や間違いが容赦なく指摘されていった…。
前半は事件の様相、犯人たちの短絡的な行動が解明され、中盤では被害者でありながら「保身のために他の被害者を見捨てた」とバッシングされている16歳の高校生女子を中心にした「お茶会」の心理劇が展開され、終盤では突然の悪夢に巻き込まれたとき人は果たして正解の行動を取れるだろうかという答えのない難問に直面する。無差別事件そのものの解明より、人間は自分を守るためのストーリー、物語を作りながら生きるのではないかという、事件後の物語がメインテーマである。
犯人探しや謎解きではないが、心理ミステリーの傑作としてオススメする。
スワン (角川文庫)
呉勝浩スワン についてのレビュー
No.1014:
(7pt)

殺人から始まるが、魂の再生の物語である(非ミステリー)

2021年のエドガー賞の最優秀新人賞にノミネートされた、女性新人作家のデビュー作。愛する息子を殺害されたクエーカー教徒の中年男と突然現れた身寄りのない16歳の妊婦である少女が奇妙な共同生活を通して宗教的な救済と魂の浄化を得ていく、スピリチュアルな物語である。
一人息子のダニエルを、息子の親友として息子同然に可愛がっていた隣家の長男・ジョナに殺害された高校教師のアイザックは世間との付き合いを避けるようになり、老犬との侘しい生活を送っていた。そんなアイザックの屋敷にある夜、エヴァンジェリンと名乗る16歳の少女が現れた。帰る家もなく、行くあてもないというエヴァンジェリンに同情したアイザックが彼女を招き入れると、エヴァンジェリンは老犬・ルーファスともすぐに仲良くなり、アイザックは彼女を自分の家に住まわせることにした。こうして始まった二人の奇妙な共同生活だが、崩壊家庭に育ちさまざま秘密を抱えているエヴァンジェリンと規律を重んじるクエーカー教徒であるアイザックはことあるごとに衝突し、互いを必要としながらも心から打ち解けることはなかった。特に、エヴァンジェリンが隠そうとする妊娠、生まれてくる子供の父親は誰かを巡ってはお互いに疑心暗鬼になり、それぞれに孤独感を深めていた。それでも妊娠期間は過ぎて行き、お腹の子供は容赦無く育っていた…。
息子が殺害され、犯人は隣家の幼なじみと分かり、苦しむアイザック、路上生活を余儀なくされ、妊娠までしてしまったエヴァンジェリン、さらに殺人者となり、遺書を残して自殺したジョナの三者三様の心の闇、魂の救済を求める葛藤が延々と繰り返される物語は、正直、読み疲れる。同じような心理描写が何度も何度も繰り返され、ただただ救いのなさだけが残る。680ページを越える物語だが、500ページぐらいにまとまっていれば、もっと読みやすく、インパクトがあったのではないかと惜しまれる。
ミステリーを期待すると裏切られる作品であり、魂の救済、再生の物語として読むことをオススメする。
内なる罪と光 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョアン・トンプキンス内なる罪と光 についてのレビュー
No.1013: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読み通すのがしんどいけど、最後にわずかな救いがある

「ウィル・トレント」シリーズの第11作だが、「グラント郡」シリーズの主役であるサラ・リントンが主役、さらにウィルのパートナーであるフェイスも重要な役割を果たすという豪華メンバー揃い踏みの傑作サスペンス・ミステリーである。
サラは、当直医として担当したレイプ被害者から「あいつを止めて」という最期の言葉を受け取った。この残虐な暴行殺人で起訴された大学生は、研修医時代のサラの先輩で、大成功している心臓外科医の妻であるブリットの息子だった。敵対証人となったサラに対し、ブリットは「今回の事件は、15年前のあなたの事件と繋がっている」と口走った。研修医だったサラがレイプされた忌まわしい事件が、なぜ、どういうふうに今回の事件と繋がるのか? 息子を庇うためにブリットが口を閉ざしてしまい、闇の中に放り出されたサラだったが、ウィル、フェイスの協力を得ながら真相に辿り着く。だがそれは、信じがたい悍ましさに包まれたものだった…。
いつものことながら、事件、被害の様相が残酷すぎて読み続けるのが息苦しくなる。何もここまでと思うが、これぐらいの怒りを込めないと被害者の無念を代弁できないということだろう。苦く重苦しい物語だが、サラの気丈なサバイバル、ウィルとフェイスの絆など心温まる側面が救いになっている。
シリーズを読んでいても読んでいなくても読み応えがある傑作サスペンスであり、多くのミステリー・ファンにオススメする。
蛇足ではあるが、全体を通してWordのスペルチェックでも発見できそうなミスが散見され、校閲不足の印象があるのが残念。特に主要な人物の名前をタイプミスしているのはいかがなものか。
暗闇のサラ (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター暗闇のサラ についてのレビュー
No.1012:
(8pt)

アメリカの恥部に切り込む、パワフルなミステリー

処女作ながら2010年エドガー賞最優秀新人賞にノミネートされた長編ミステリー。1980年代、テキサス州で権力犯罪に立ち向かう黒人弁護士の苦悩を描いた、ビターでパワフルな社会派ミステリーである。
妻の誕生日祝いでナイトクルーズに出かけた黒人弁護士・ジェイ夫妻は河岸からの銃声と女性の悲鳴を聞き、川に落ちた裕福そうな白人女性を助け上げた。女性の首には絞められたような傷跡があったのだが、一切の説明を拒否し頑なに黙っていた。若い時の経験から警察との関わりを避けたいジェイは女性を警察署の前で車から降ろし、そのまま立ち去った。しかし、悲鳴が聞こえた場所から射殺死体が発見され、ジェイは否応なく事件に巻き込まれて行く…。
公民権運動やブラックパワーの台頭はあるものの冷酷な人種差別が横行する80年代のディープサウス。弁護士とはいえ黒人のジェイが人間としての誇りと圧倒的な白人社会の差別のはざまで苦しみ、葛藤するところが読みどころ。60年代後半から70年代にかけて公民権運動に深く関わり逮捕、投獄された経験を持つジェイの骨身に染み込んだ公権力への恐怖がリアルで心を打つ。当時から40年以上が経過しても、さほど変わったように見えないアメリカの恥部の恐ろしさを突きつけてくる、怒りに満ちた作品である。とはいえ、謎解きミステリーとしての面白さも失われてはおらず、上質なエンタメ作品と言える。
社会派ミステリーのファンにオススメする。
黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アッティカ・ロック黒き水のうねり についてのレビュー
No.1011: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国情報部、マフィア、ドラッグディーラーと渡り合う、元気老人探偵団

本国のイギリスで大ヒットし日本でも高い評価を受けた「木曜殺人クラブ」の第二作。盗まれた2000万ポンドのダイヤモンドを巡る殺人事件を、前作でも活躍した老人たち四人組が解決するユーモアたっぷりの謎解きミステリーである。
木曜殺人クラブのエリザベスが受け取ったのは、かつて同じ仕事をしていたのだが死んだはずの男から「同じ施設に転居して来たので旧交を温めたい。自分の部屋を訪ねてくれ」という手紙だった。不審に思いながらエリザベスが訪ねると、現れたのはMI5の諜報員でエリザベスの元夫のスティーヴンで「調査対象者の家から2000万ポンドのダイヤを盗んだとして、マフィアから狙われている」という。大事件に好奇心いっぱいのクラブメンバーは奮い立ち、消えたダイヤモンドの捜索に乗り出した。だが、メンバーの精神的支柱であるイブラヒムが暴漢に襲われて怪我をし、外に出ることを怖がり引きこもり状態になったことで、新たな悩みも抱えることになった。それでも事件を解決したいという熱意が損なわれることはなく、残りのメンバーは前作で仲良くなったドナとクリスの警官コンビや家族の力を借りながら難事件の真相を暴いていくのだった…。
前作に比べると物語の構成や展開が派手になり、おやおやという場面が多いものの、老人の知恵としたたかさを生かしたユーモア・ミステリーとしての持ち味は保っている。また謎解きミステリーらしい伏線や複雑な動機などにも説得力があり、本格英国ミステリーのファンにも満足できる仕上がりとなっている。すでに3作目の邦訳が出ており、シリーズは6作まで続く予定というから期待して待ちたい。
前作が気に入ったファンはもちろん、本格謎解きミステリーのファンにオススメする。
木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)
No.1010:
(8pt)

世の中は粉をひく風車のようなもの、夢も希望も、粉々にすり潰す

垣根涼介の言うところでは、代表作「ワイルド・ソウル」と対をなす、コインの裏と表のような作品。南米コロンビアで麻薬マフィアのボスに成り上がった日系二世の男が、自分の「信」を貫くために日本の警察を襲撃するという、痛快なノワール・アクションである。
政治的暴力組織に両親を殺害され、貧民街で育ちながらコロンビアの新興マフィアのボスに上り詰めた日系二世のリキが幼い少女・カーサを伴って来日した。その目的は、日本で共存するコロンビアマフィア間のいざこざでライバル組織に裏切られて警察に逮捕された仲間の奪還だった。仲間を守るためなら徹底的に冷酷非情になれるリキは壮絶な血と暴力でライバルと決着をつけ、日本の警察が想像もできない手段で仲間を奪還しようとする。それと同時に、もう一つの来日目的である「カーサに日本で教育を受けさせる」ために手を尽くす中でリキは自分と同じ目をした、退職したばかりの刑事・妙子と出会う…。
麻薬マフィアのボスとして暴力が全ての世界を生き抜きながら、路上をさまよっていた浮浪児のカーサを保護し育て上げることに心血を注ぐという、リキの二面性、人間の性の奥深さが強烈な印象を残す。日本のハードボイルドとは思えない圧倒的な暴力が支配するノワールでありながら、人間は捨てたものではないという、しみじみとした情感を持つヒューマン・ドラマでもある。
「ワイルド・ソウル」と重ねて読めば、さらに面白さが増すだろうが、本作だけでも十分に楽しめること間違いなし。オススメだ。
ゆりかごで眠れ〈上〉 (中公文庫)
垣根涼介ゆりかごで眠れ についてのレビュー
No.1009: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

最も「らしくない人物」が犯人の確率は? 85%?

三部作で終わるはずだった懸賞金ハンター「コルター・ショウ」シリーズの第4弾。人探しが仕事のショウが命を狙われた母娘を追いかけ、安全を守りながら逃亡を助けるという、前3作とは異なる役割を果たすアクション・サスペンスである。
原子力関係の優秀な技術者・アリソンはDVに耐えかねて告発して刑務所に送り込んだ元夫のジョンが早期釈放され、復讐のために自分の命を狙っていると知り、娘・ハンナと一緒に姿を消した。元刑事だったジョンが自分の捜査技術やコネを駆使して追いかけているのを憂慮したアリソンの雇い主はショウに、母娘の行方を探し、保護してほしいと依頼してきた。しかし、頭脳明晰なアリソンは逃亡者としても優秀で、ショウは容易には追い付けなかった。さらに、ジョンが関係する犯罪組織からも二人組の殺し屋が派遣され、アリソン母娘の逃避行は追いつ追われつの厳しいものとなる…。
帯に「ドンデン返し20回超え。すべては見かけどおりではないのだ」とある通り、読者を欺き、驚かせようというディーヴァーの意欲、熱量は半端ではない。とはいえ、この程度のドンデン返しはディーヴァーのファンなら想定内ではあるのだが。物語の最後の大逆転も、どこかで読んだことがあるレベルで強烈なインパクトは無い。ただ、クライマックスに至るストーリーはこれまでのシリーズ三部作より面白い。
ディーヴァーのファンはもちろん、ディーヴァーは初めてという方にもオススメできる、よく出来たエンタメ作品である。
ハンティング・タイム

No.1008:

Q

Q

呉勝浩

No.1008:
(7pt)

簡単には歯が立たない、堅焼き煎餅並みの663ページ。

3作連続直木賞候補という、今脂が乗っている作家の書き下ろし長編。手持ちで読むのが辛いほど分厚く、中身もかなりハードなノワール系エンタメ作品である。
どうしようもなく閉塞したコロナ禍の日本社会を打ち破るべく、天才ダンサーをカリスマとして売り出そうとする人々と、複雑な事情を抱えた天才ダンサーの家族が織りなす人間ドラマがメインの物語であり、ミステリー、ノワールの要素は不可欠ではあるがあくまで舞台装置でしかない。母親違いの三姉弟「ロク」、「ハチ」、「キュウ」の関係が分かるまでちょっと読みづらいし、三人の関係性が分かってからも父親を始めとする家族や、「キュウ」を売り出すプロデューサーや関係者がみな常識外で怪しく、何度も立ち止まらないとストーリーが理解できなかった。
663ページという大部作だし、難解ではないが癖のある話の展開なので、読み終えた時に満足するか徒労を覚えるか、読者を選ぶ作品と言える。
Q
呉勝浩Q についてのレビュー
No.1007: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

森から来たワイルドの家族が明らかになる?

日本でも好評を得た前作「森から来た少年」の続編。自身の家族を探すためにDNA鑑定サイトを利用したワイルド(前作の主役)が実の親を見つけるとともに、血縁者と思われる人物からコンタクトがあり、思いもよらぬ事態に巻き込まれていく社会派ミステリーである。
血縁者探しのDNAサイトにサンプルを送ったワイルドは父親と思われる人物を特定し、会いに行ったのだが、そこで父親から「母親が誰かは分からない」と告げられた。さらに、母親の血縁と思われるPBと名乗る人物から連絡があり、ワイルドがその身元を探ってみると、現在行方不明になっていることが判明した。唯一の友人だった亡きデイヴィッドの母である著名な弁護士・へスターの協力で母親とPBの身辺調査を進めたワイルドだったが、思わぬことから殺人事件に巻き込まれていく…。
ワイルドの過去、家族が判明するプロセスがメインで、サブとしてテレビのリアリティ番組の虚実の闇、ネット社会ならではの匿名グループによる私的制裁、ワイルドとヘスター家の家族の関係性が絡んでくる。物語の構成は複雑だがエピソードの関係性はわかりやすく、話の展開もスピーディーで読みやすい。だが、読み進めるとともにネット社会の便利さと怖さ、ネットのパワーに追いつけない人間の脆さがひしひしと伝わってくる、恐ろしい作品である。
「森から来た少年」を堪能した方はもちろん、単なる勧善懲悪では終わらない、コクのある社会派ミステリーのファンにオススメする。
THE MATCH
ハーラン・コーベンザ・マッチ THE MATCH についてのレビュー
No.1006: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

バブルに踊ったのは奴隷か、自由人か?

日本のバブル経済を象徴する女性として有名だった「尾上縫」の生き方を主題にした長編小説。関係者へのインタビューを中心にしたルポルタージュ的手法で書かれた物語だが、伝記でも人物記でもなく、時代に規定されて生きざるを得ない人間を描いた社会派ヒューマン・ドラマである。
大阪の料亭の女将ながらしばしば「神のお告げ」が的中したことにより多くの金融・投資関係者を魅了し、「北浜の天才相場師」と呼ばれた朝比奈ハル。バブルが崩壊すると破産、さらに詐欺罪で刑を受け獄中で死亡した。その服役中に同房になり、彼女の世話をしていた殺人犯・宇佐原陽菜が出所後、ハルから聞いた話と関係者へのインタビューで小説を書こうとするという証言小説の構成で綴られる物語は、ハルの人生が波瀾万丈、印象的なエピソードに彩られているため、それだけで面白い。しかし本作は、単なる正しい伝記を目的にしたものではなく、宇佐原陽菜がハルの生き方に自分を重ねてゆくことで「奴隷の自由か、自由人のろくでもない現実か」を追求する実験作でもある。
最後の方で謎解き、意外な真相が出てくるもののミステリーとしては平凡。バブル経済の時代とコロナ禍の時代を重ね合わせ、個人が自由であることとは何かを考えながら読むことが、本作の楽しみ方である。
そして、海の泡になる (朝日文庫)
葉真中顕そして、海の泡になる についてのレビュー
No.1005:
(7pt)

イギリス好き、コージー好きの方に受けそう

2021年英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)最終候補作品。過去のミステリーや映画、文学の蘊蓄と英国コージーミステリーのエッセンスが散りばめられた犯人探しミステリーである。
英国南部の高齢者施設に住むペギーが心臓発作で死亡しているのを、訪れた介護士・ナタルカが発見した。検視では自然死とされたのだが、不信を抱いたナタルカは警察に相談するとともに、友人二人と一緒に真相を探ろうとする。すると、ペギーの部屋を調べていたナタルカたちの前に拳銃を持った覆面の人物が現れ、一冊の推理小説を奪って行った。誰が、何のために小説を奪ったのか? 実はペギーは「殺人コンサルタント」を自称し、多くのミステリー作家に協力していたという。推理作家が絡んだ事件ではないかと推測した3人は真相を求めて、ミステリ・ブックフェアが開かれたスコットランドへ赴くことになった…。
本筋は老婦人殺しの犯人探しだが、事件の背景、真相解明のプロセスの至る所にさまざまな作品の引用がまぶされたビブリオ・ミステリーである。従って、英国ミステリーに興味や素養がないと十分には楽しめない。また、巻末の解説によると英語表現にまつわるトリビアも多用されているようで、さらに読者は限定されるだろう。
イギリス好き、コージー・ミステリー好きの方以外にはオススメしない。
窓辺の愛書家 (創元推理文庫)
エリー・グリフィス窓辺の愛書家 についてのレビュー
No.1004: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

犯人と探偵の頭脳対決のはずが、ずるい設定で肩透かし

2022年、デビュー作である本作がニューヨーク・タイムズのベストセラーで2位に登場したという新人女性作家の長編ミステリー。因縁がある連続殺人犯から挑戦された監察医が謎を解いていくサイコ・サスペンスである。
ルイジアナ州のバイユーで発見された女性の惨殺死体。身元が分かる物はなく、凶器も見つからなかったのだが、検死を担当した監察医・レンは死体が冷凍されていたと推測し、それを聞いたニューオリンズ市警の刑事・ルルーは2週間前に同じくバイユーで発見された女性の死体との関連性に気付いた。さらに、現場には2つの事件のつながりを示唆する犯人からのメッセージが残されており、連続殺人犯がさらなる犯行を目論んでいる可能性が高まった。集まった証拠品の中に、自分の記憶を刺激するものがあることに気付いたレンは、一連の犯行は自分に向けられた挑戦ではないかと直感する。一方、バイユー内の広大な敷地に住む連続殺人犯・ジェレミーは拉致してきた「客」を敷地内に放ち、追い詰めて殺すという「人間狩り」に耽っていた…。
ストーリーは探偵役となるレンと殺人犯・ジェレミーがそれぞれの視点で語る章が交互に繰り返されて進み、最初から犯人は分かっている。従って物語のポイントは犯人探しや動機の解明より、サイコパスと病理学者の知恵比べ、互いが命をかけて追い詰め合うサスペンスにある。そして迎えるクライマックスには、思いがけない仕掛けが隠されていた。この仕掛けをどう捉えるか、好きか嫌いかで評価が大きく異なる作品である。
サイコ・サスペンス好きならまずまず楽しめるが、謎解き、心理サスペンスが好きな人にはやや物足りない。読者を選ぶ作品である。
解剖学者と殺人鬼 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アレイナ・アーカート解剖学者と殺人鬼 についてのレビュー
No.1003: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

あの時、別の選択をしていたら、違う人生を生きているだろうか?

28歳、しかも長編2作目となる本作で2023年のエドガー賞最優秀長編賞受賞という快挙を成し遂げた、新進女性作家の傑作ミステリー。死刑執行直前の死刑囚と、死刑囚に関わった三人の女性の過去から現在までの人間ドラマを描いた心理サスペンスである。
4人の女性を殺害したアンセルは死刑執行の12時間前、女性刑務官を抱き込んだ逃亡計画を実行に移そうとしていた。脱走に成功したら、獄中で書き継いできたエッセイを出版し世間の注目を集めるつもりでいるのだが、死刑へのカウントダウンは止まらない・・・というのが、死刑囚のパート。そこに、幼いアンセルを遺棄して逃亡した母親・ラヴェンダー、アンセルの元妻の双子の妹・ヘイゼル、アンセルと同じ里親の下で育った州警察捜査官・サフィという3人の女性の回想のパートが重なってくる。4つの視点からの物語が絡み合い、積み重なることでアンセルの人間性、事件の誘因、事件が引き起こした波紋が徐々に浮き上がってくる。構成は複雑だが主要人物がくっきりと書き分けられているので、リーダビリティは悪くない。
シリアル・キラーの犯行と逃亡、警察による追跡のミステリーではなく、アンセルという殺人犯が誕生したのはなぜか、どこで歯車が狂ったのか、どこかの時点でアンセルが違う選択をしていたらアンセルや3人の女性は違う世界を生きていたのだろうかという人間ドラマとして評価したい作品である。
人間性にこだわったノワール、心理サスペンスのファンにオススメする。
死刑執行のノート (集英社文庫)
ダニヤ・クカフカ死刑執行のノート についてのレビュー
No.1002: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ホラー風味とイラスト挿入のアイデアが奏功した傑作

本邦初訳となるアメリカの新進作家の長編ミステリー。オカルト、ホラーかと思わせておいてきちんとミステリーになっている巧妙な構成のページターナーである。
薬物依存症から回復し、社会復帰を目指していたマロリーは高級住宅街に住む裕福な夫妻の一人息子・テディのベビーシッターとなる。自分に懐いてくれる5歳の男の子・テディは可愛いし、良く気がつく夫妻から邸宅の離れを専用の住まいとして提供され大満足のマロリーだったが、ある日、テディが奇妙な絵を描いていることに気が付いた。森の中で男が女性の死体を引きずっているという絵は、昔、マロリーが住む部屋をアトリエにしていた女性画家にまつわる殺人事件を暗示しているようだった。さらに日を追うごとにテディが描く絵はリアルさを増し、何かを訴えているようになる…。
タイトルが示すように、テディが描く奇妙な絵から隠された事件が解明されるというストーリーは謎解きミステリーとして完成されている。そこに味付けされるのが、奇妙な絵のゴッシックとホラー要素で、折々に挿入された絵がサスペンスを盛り上げて行く。物語の構成に加えて装丁(これも構成の一部だが)の仕掛けの上手さが成功した作品である。最後のどんでん返しには賛否両論がありそうだが、そこまではどんどん積み重ねられる謎の渦に読者を引き摺り込む強力な引力をもっており、謎解き、ホラー、オカルト、サスペンスと、様々な楽しみ方ができる。
巻末の解説にもあるように、読む前には絶対に挿入されている絵を見ないことをオススメする。
奇妙な絵
ジェイソン・レクーラック奇妙な絵 についてのレビュー
No.1001: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

どんどん人が死んでも、罪悪感も嫌悪感もゼロ!

人気の「殺し屋シリーズ」の第4作。書き下ろし長編小説である。
今回の舞台は東京の高級ホテル。これまでの作品に出てきたキャラクターももちろん活躍するのだが、それ以上にユニークな新人たちが参戦し、超高速でドタバタ・アクション・サスペンスが繰り広げられる。ホテルという限られた空間で数時間のうちに終わってしまう物語だが、人物キャラクターや人間関係、事件の背景、殺人手段など構成要素が複雑かつ奇想天外で、あっという間に伊坂ワールドを堪能し、放り出された気分になる。もっと読み続けたいと思うものの、この中身の濃さを考えると、ちょうどいいボリュームと言える。日本の小説には珍しくどんどん人が殺されていくのだが、全く悲惨さがなく、笑って読めるのが楽しい。
殺し屋シリーズのファンはもちろん、伊坂幸太郎のファン、ドライなユーモアがあるノワールのファンにオススメする。
777 トリプルセブン
伊坂幸太郎777 トリプルセブン についてのレビュー
No.1000:
(8pt)

生保不正受給の闇と闘う公務員たち。ストーリーの上手さで読み応えあり

2012年から14年に雑誌連載された、著者の長編第4作。先輩ケースワーカーが殺害されたことをきっかけに、若き職員たちが生活保護不正受給の闇を暴く社会派ミステリーである。
意に沿わない職務に回された臨時職員の聡美を励ましてくれた先輩ケースワーカーの山川が受給世帯訪問中に火事に遭い、焼死体となって見つかった。翌日、職場を訪ねて来た刑事から山川が殺害されたことを知らされた。仕事熱心で人望があり、常に受給者に寄り添っていた山川が、なぜ殺されたのか。聡美は、先輩だがケースワーカーとしては同じく新人の小野寺と二人で山川の担当を引き継ぎ、現場を回るうちに、山川が何かを隠していたのではないかと疑念を抱くようになる。受給者の裏に暴力団の影がちらつき、しかも山川はその不正を知っていただけでなく、自らも関与していて殺されたのではないか。聡美と小野寺は公務員としての職分を越え、犯人探しに奔走する…。
これまで何度も報道されてきた生活保護不正受給、貧困ビジネスの実態をリアリティ豊かに描き出すだけでなく、善意の塊のようなケースワーカーが暴力団と組んで公金を掠め盗っていたのではないかという設定と謎解きは殺人犯探しのミステリーとしても一級品で、まさに王道の社会派ミステリーである。
文庫解説にある通り、佐方貞人シリーズから虎狼の血シリーズへの転回を告げる力作であり、柚月裕子ファンは必読。時代を映す社会派ミステリーのファンにも自信を持ってオススメする。
パレートの誤算 (祥伝社文庫)
柚月裕子パレートの誤算 についてのレビュー
No.999: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

舞台、テーマは興味深いが、ちょっと期待し過ぎたか

アガサ・クリスティ賞、本屋大賞を受賞したデビュー作「同志少女よ、敵を撃て」に続く、第二次世界大戦期を舞台にした少年・少女の成長物語。史実とフィクションが入り混じっているのだろうが、作者が現時点から俯瞰的に見ていることが随所に表れていて、リアリティが薄い。表紙からも推測できるように、中高生にならインパクトがあり、共感されるだろう。
現在の世界情勢、世の中の不安定さを考えると強く訴えるところがある作品だが、ちょっと期待外れだった。
歌われなかった海賊へ
逢坂冬馬歌われなかった海賊へ についてのレビュー
No.998:
(8pt)

最後まで惹きつけられる、倒叙型ミステリーの傑作!

1949年に発表されたフレンチ警部シリーズの一作で、2011年の創元推理文庫新訳版。殺人事件の容疑者、犯行様態、動機などがすべて明らかにされているのに、最後まで緊迫した推理が楽しめる倒叙型ミステリーの傑作である。
恋人と定めたフランクに体良く操られ、勤務する外科医から金銭を搾取する犯罪に手を染めてきたダルシーは、フランクが転職して行った先の引退貴族が死亡したことを知った。亡くなった貴族の一人娘は莫大な遺産を相続することになり、フランクはその娘との結婚を目論んでいるようだった。あまりにもフランクに好都合な展開を疑問に思ったダルシーは、事態の真相を探ろうとして著名な弁護士に相談したのだが、依頼の奇妙さを訝った弁護士はフレンチ警視に自分の疑問をぶつけた。検視審問では自殺とされ、一件落着のしていたのだが、一連の流れに違和感を抱いたフレンチ警視は再捜査に乗り出すことになった…。
前半の三分の二まではフランクとダルシーの置かれた状況、犯行への流れ、殺人の現場の様相がすべて読者の前に開示され、ただ一つ犯行の物証だけが見つからないという、倒叙型ミステリーの王道の展開で、フレンチ警視が登場してからは一気に波乱に満ちた謎解きミステリーとなる。そして最後、う〜んと唸るクライマックスが待っている。どんでん返しの妙と人間ドラマの濃密さのバランスがよく、読み応えがあるエンタメ作品である。
75年も前の作品とは思えない、少しも古びていない倒叙ミステリーの傑作として、多くの方にオススメしたい。
フレンチ警視最初の事件 (創元推理文庫)
F.W.クロフツフレンチ警視最初の事件 についてのレビュー
No.997: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

熱血ヒロインと落ちこぼれ上司、絵に描いたような勧善懲悪ドラマ

花咲舞シリーズの第一弾。2003年から4年にかけて雑誌掲載された8作品を収めた連作短編集である。
すでにドラマが人気シリーズになっており、内容は紹介するまでもないが、銀行(仕事)を愛する直情型の若きヒロインが、落ちこぼれだが懐のふかい上司と組んで銀行の不正や不合理を糺していくビジネス・エンターテイメントである。主人公はまさにテレビ受けするキラキラ・キャラだが物語の背景、銀行業務の内実などはリアリティがあり漫画チックではない。
半沢直樹のファン、池井戸潤のファンには文句なしのオススメだ。
新装版 不祥事 (講談社文庫)
池井戸潤不祥事 についてのレビュー