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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1167件
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ベトナム戦後にオーストラリアに移住し、現在はL.A.在住のベトナム系女性作家のデビュー作。シドニーのベトナム人街から抜け出しジャーナリストとして活躍する女性が弟が殺されたために帰省し、事件の真相を探るうちに自分の過去やオーストラリア社会の人種差別に向き合っていく、文芸色の濃いエンターテイメント作品である。
メルボルンで記者として活躍するキーが久しぶりに帰郷したのは、5歳下の弟・デニーが殺されたからだった。生まれた時からオーストラリア育ちで家族の希望の星でもあった優等生のデニーが友人たちと高校卒業を祝っていたレストランで殴り殺されたという。大きなショックを受けた両親は茫然自失状態だし、警察は若者同士の違法薬物がらみのトラブルだとして軽視しているようだった。しかも、現場にいた同級生、他の客、店のスタッフたちは全員が「何も見ていない」と言っているという。納得できないキーは真相を探るために、現場に居合わせた人々を一人ひとり訪ね歩くことにした…。 誰も何も喋ってくれない。その背景には開かれた国・オーストラリアに潜在する人種差別のみならず、移民家族の世代間のギャップが広がっている。現在、世界中で起きているマイノリティ差別とそれに対する怒り、絶望的なまでに細い融和への道を著者は信念を持って歩んでいるように見えた。非常に重苦しいテーマだが、殺人事件の動機探しというミステリー仕立ての部分もよくできているのでエンターテイメント作品としても一級品である。 ミステリーというよりも、マイノリティ文学、シスターフッド文学として読むことをオススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官「ジョー・ピケット」シリーズの第17作。ジョーに復讐を誓うダラス・ケイツ(15作目「嵐の地平」の悪役)が出所し、ジョーの家族に危機が迫ったためジョーが激しく容赦ない反撃を加えるアクション・サスペンスである。
本シリーズはアメリカ社会が招いてしまった様々な社会悪と、大自然に自分の根拠を置く正義感の塊・ジョーが否応なく対立してしまう、社会派ミステリーだったのだが、前々作あたりから悪と認定したものには容赦無く実力行使する、正義暴走型のアクションものに変わってきたようで、ランボー・シリーズを見ているような薄っぺらさが目立ってきた。 もちろん、ストーリー構成は堅実で、人物のキャラ、エピソードもしっかりしているので、アクション・サスペンスとして一級品であることは間違いない。 シリーズのファン、シンプルな勧善懲悪サスペンスのファンにオススメする。 |
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2000年代の最初の十年間に邦訳された本格ミステリーの頂点に選ばれたという、英国女性作家の1987年の作品。無実の殺人事件で16年の刑に服した男が復讐を誓い、真犯人を暴き出すフーダニットの傑作である。
1970年、イギリスの大企業役員のホルトが不倫相手の女性と現場を目撃したらしい私立探偵の2人を殺害したとして逮捕された。身に覚えがないホルトは無実を主張するが、数々の状況証拠によって有罪とされ、16年後に仮釈放されたホルトは同じ会社の役員の誰かが自分を罠に嵌めたと確信し、真犯人を暴き出し殺すために執拗に関係者を訪ね歩き、仮説を立て、検証し、さらに推理を重ねていく。全てを犠牲にして謎解きに邁進する「復讐の鬼」ホルトはついに真相を突き止めたのだが…。 事件発生時と現在を行き来する展開がやや分かりづらいし、16年も前の出来事を執拗に聞き出すプロセスも同じようなシーンの繰り返しで冗舌である。まあ、それが英国本格派といえば、それまでなのだが。 名探偵による最後の謎解きシーンが楽しみで、伏線や気になるヒントを探して前のページを繰るような本格謎解きマニアにオススメする。 |
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技巧を凝らした語りで「どんでん返しの女王」と呼ばれるフィーニーの第6作(邦訳は4作目)。10代、30代、50代、80代の4人の女性の複雑に絡んだ関係をあざといミスリードで幻惑し、意表を突くクライマックスで読者を楽しませるエンタメ作である。
娘のクリオにケアホームに入れられた80歳のエディスは、ホームの職員である18歳のペイシェンスとは馬が合い、その助けを借りて脱出を計画していた。ペイシェンスは事情があって本名を名乗れず、低賃金の不安定な仕事を我慢せざるを得ない状況だった。テムズ川に浮かぶボートで暮らす38歳のフランキーは一年前に家出した娘を探すために、現在の全てを捨てる覚悟で行動を開始した…。 エディスのホームからの脱走、それと時を同じくして起きたホーム施設長殺害事件、この2つを軸に4人の女性たちの交互に絡み合った事情が徐々に解き明かされていく。ミステリーとしては殺人事件が起きるのだが、それより4人の関係性の方がミステリアスで比重が重い。登場人物が全員、嘘をついているようで読者は常にセリフの裏を読みながら関係を探って行くことを強いられる。そこが本作の肝であり、物語の始まる前の一文「世の母親と娘たちへ…」が示すように母と娘の物語である。 前半はちょっと混乱するが4人の関係がぼんやり分かってくる途中からはリーダビリティも良くなり、最後にはそれなりのクライマックスが待っている。 あざといまでの技巧を凝らしたストーリーが違和感なく楽しめる方にオススメする。 |
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ノルウェーのトナカイ警察(本当に存在するらしい)の警官コンビが不可解な殺人事件を解明する、警察ミステリー。主人公も舞台もノルウェーであり、間違いなく北欧ミステリーなのだが、作者は20年以上に渡って「ル・モンド」紙の北欧特派員を勤めたフランス人でフランス語で書かれた作品である。本作はデビュー作にも関わらずフランスで数々のミステリー賞を受賞し、ドラマ化、漫画化された他、19ヶ国語で翻訳され、「トナカイ警官シリーズ」として大成功をおさめている。
トナカイ飼育者間のトラブル解決を主任務とするトナカイ警察のベテラン警官・クレメットと新人のニーナが勤務するラップランドの警察署に、全く日が差さない四十日間の極夜が明ける祝い事の日に苦情電話がかかってきた。トナカイ放牧者・マッティスのトナカイが境界線を越えて来たという隣人からの苦情である。同じ日、地元の博物館から先住民族サーミ人の神聖な太鼓が盗まれているのが発見された。さらに、訪問したばかりのマッティスが殺害され、両耳が切り取られているのが見つかった。トナカイの放牧を続けるサーミ人と開発・自然破壊を進める開拓者である北欧人の対立が激化したのか、サーミ人同士の争いか。 世界中どこにも見られる先住民に対する人種差別に加え、国境など関係ない生活を続けてきた人々とルールを強制るる現代社会との軋轢、厳し過ぎる環境を生き延びるための合理的とは言えない習慣や信条などが複雑に影響し合い、単なる殺人の謎解きでは終わらない長編物語である。見たことも、聞いたことも、想像することもなかった極北の先住民族サーミ人の暮らしが印象深い。 いわゆる北欧ミステリーとはちょっと違うテイストだが、警察ミステリーの基本はしっかり守られているので、北欧ミステリーのファンには安心してオススメしたい。 |
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英国ミステリの女王が1995年に刊行した第2長編。猟奇的な殺人と醜悪な外貌が似合い過ぎる犯人に違和感を抱いた女性ライターが事件の真相を探り出す、サイコ・ミステリーである。
母と妹を殺害して切り刻み、なおかつそれを人間の形に並べ直すという異常な犯行で無期懲役に処せられ、刑務所内では「女彫刻家」と呼ばれているオリーブ。彼女の物語を書くことを命じられた女性ライターのロズは、最初の面会でオリーブに圧倒された。自供と犯罪現場の状況に矛盾はなく、本人が弁護士を拒否したこともあって誰もが異常者だと断定し、有罪を疑っていないのだが、複数の精神鑑定では正常と判断されていた。さらに、面会の場でロズはオリーブに理性の閃きを感じ取り、オリーブの犯行ではないのではと疑問を持つ。だとすると、なぜやってもいない犯行を自供し、唯々諾々と服役したのか? ロズは事件の関係者へのインタビューを続けて真相を探ろうとする…。 犯行はサイコ・サスペンスだが、隠された真相は古典的なミステリーで、そのアンバランスが面白い。MWA最優秀長編賞を受賞しただけのことはある傑作で、サイコもののファン、犯人探しもののファン、女性探偵もののファン、いずれにもオススメしたい。 |
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東京で暮らすアラフォー独身のフリーカメラマンの葉子。バツイチで子無し、まずまずの仕事と腐れ縁のような不倫関係を軸に、それなりに穏やかで平凡な日々を送っていたのだが、離れて暮らす兄の息子が東京の塾の集中講座に参加するためにしばらく居候させて欲しいとやってきた。ひとりでの気ままな暮らしを邪魔されることを危惧した葉子だったが、誰かの世話をすることの充実感も味わった。塾の講座が終わり甥が帰り、心に空虚感を覚えていた葉子だったが、それからすぐ、今度は中学3年生の姪が家を飛び出し葉子を頼ってきた。甥と姪、二人の父親はガンで入院し、葉子の同級生でもある母親は看病に追われており、姪は自分の不安定さを持て余しているようだった。同じ頃、不倫相手である杉浦の妻が殺害される事件が起き、杉浦は容疑者と目された。次々に起きる問題に葉子は翻弄され、自らの心の中を行ったり来たり、自分の立つ位置が分からなくなってきた…。
故郷を捨てて生活を築き上げ、恋愛も理性的にコントロールし、自立した人間として誇りを持って生きてきたはずなのに、それが脆くも崩れていく。アラフォーの不安がメインテーマ。殺人事件も警察の捜査もあるが、ミステリーではない。 生きることの苦さを知る人にオススメする。 |
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2022〜23年に雑誌連載された長編小説。著者の出世作「永遠の仔」から25年、時代と社会の意識変化を反映した社会派ミステリーである。
暴行殺害された中年男性の遺体には「目には目を」というメッセージが残されていた。しかも被害者は、3年前に集団レイプ事件を起こした少年の一人の父親だと判明。当然のこととしてレイプ被害者の家族、加害者仲間の少年たちが容疑者と目され警察は監視、証拠固めを進めるのだが、事件の筋を読みきれないうちに次の殺人が起きてしまった。 タイトルから想定できるように性犯罪の加害、被害の問題を追及するストーリーで、犯罪を犯したものの罪はもちろんだが、犯罪者を誕生させた社会が根源的に持ちながら一向に改善されようとしない無知、無自覚を鋭く突き、読者に深く考えさせる。実際に起きたあれやこれやの事件を想起させるエピソードが多く登場するのもリアリティを高めている。ジェンダーという言葉さえ使われていなかった25年前から社会はどれだけ進歩できたのか、ただ年月が流れただけなのか、著者の問題提起が強く印象に残る作品である。 「永遠の仔」が面白かった人はもちろん、天童荒太のファンには絶対のオススメだ。 |
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英国の歴史小説作家によるナチ時代のベルリンを舞台にした初の歴史ミステリー。連続女性殺人事件の捜査を中軸に虚実交えて、犯人探し、ナチ政権下の生きづらさを鮮明に描いた傑作エンターテイメントである。
1939年12月、戦時下のベルリン。元レーシングドライバーで切れ者の国家保安警察の警部補シェンケは突然、ゲシュタポの局長に呼び出され強姦殺人の捜査を命じられる。被害者は元女優でナチ党の古参党員の妻だが、生前の行状に問題があったという。事件が党内の勢力争いに利用されたり党の体面を汚すことを恐れる党幹部が、党員ではないシェンケを選んだらしい。政治に距離を置くシェンケは刑事の本分を全うすべく淡々と捜査を進めるのだが、まもなく同様の手口の事件が発生。さらに事故として処理されてきた過去の案件の中に関連性がある事案が見つかり、連続殺人の疑いが濃くなった…。 単なる連続殺人(この本筋もよくできている)だけでなく、ナチ党内の勢力争い、戦時下、ナチ政権下の閉塞感がリアリティ豊かに描かれた歴史ミステリー。警官として愚直に任務を果たしたいシェンケが否応なく権力闘争に巻き込まれ苦悩する姿は、今の時代の閉塞感にも通じるものがあり、多くの読者の共感を呼ぶだろう。 歴史ミステリーファン、警察小説ファンのどちらにもオススメする。 |
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タイトルからは一流ブランドに関するエッセイかショートストーリーかと思うが、中身は物質を契機とした人の心の動きを掬い上げるような文章群。エッセイ、小説、自伝などが入り混じっている。
吉田修一ファンならそれなりに楽しめるだろう。 |
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北アイルランドの刑事「ショーン・ダフィ」シリーズの第5弾で、エドガー賞最優秀ペーパーバック賞受賞作。完全な密室状態の古城の城塞から転落死した女性ジャーナリストの事件をきっかけに、熱血刑事が上流階級の傲慢を暴いていく、ハードボイルド警察小説である。
冬の早朝、夜には固く閉ざされる古城の中庭で女性の転落死体が発見された。完全な密室状態の城内に誰かが侵入した形跡はなく、当初は自殺と判断されたのだが、死体の状態に違和感を持ったショーンは他殺を疑った。そんな中、上司であるマクベイン警視正が車に仕掛けられた爆弾で殺害された。当時激化していたIRAによるテロと言われたのだが、これにもショーンは納得できなかった…。 古典的な密室殺人と思わせておきながら、北アイルランドの政治的混迷、さらには上流階級人種の腐敗まで、話はどんどん大きくなっていく。さらに、こじらせ警官であるショーンの私生活の激動まで加わり、話があっちこっちに飛び広がり過ぎるため、ハードボイルド、警察小説としてのまとまりが悪いのが残念。 シリーズ愛読者でなくても十分に楽しめる作品であり、ハードボイルド、警察小説のファンにオススメする。 |
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2023年の英国推理作家協会の最優秀翻訳小説賞を受賞した、スペイン製ミステリー。カタルーニャの鄙びた町で起きた残虐な富豪夫婦殺しを捜査する熱血刑事の戦いと苦悩を描いた警察ミステリーである。
着任早々に「退屈する時間はじゅうぶんにあるぞ。ここではなにも起こらないんだからな」と言われたテラ・アルタ署の刑事・メルチョールだったが、町の半分を所有すると言われる富豪夫妻が拷問され、殺害される事件に遭遇した。強盗かという見方もあったのだが、拷問の凄惨さに違和感を覚えたメルチョールは被害者の周辺に犯人がいると推測し、家族や会社関係に捜査の手を伸ばしていった。その結果・・・。 犯人探し、動機探しの警察ミステリーで、大筋の構成は平凡というか、ありきたりの感を否めない。だが主人公・メルチョール刑事の設定に、物語に奥行きを与え、読者を引き込んでいくパワーがある。娼婦の子として育ち、10代で投獄されたのだが、刑務所で囚人に「レ・ミゼラブル」を読むことを勧められ作品に魅了された。さらに、服役中に母が殺害されたことで犯罪から決別し、母親殺害犯に罪を償わさせるために警察官になることを決意した。見事に警察官になったメルチョールだったが、イスラム過激派のテロリスト4人を射殺したことから、過激派の報復を危惧する警察上層部によって田舎町のテラ・アルタに配属されたのだった。娼婦の息子の刑事と言えば「ハリー・ボッシュ」を筆頭に何人かを思い浮かべるが、いずれのヒーローも正義と不正義、悪との向き合い方に苦悩するのがお約束で、メルチョールも例外ではない。さらに、レ・ミゼラブルの深い影響という独創も加わり、極めて複雑なキャラクターである。 事件捜査を中心に据えた警察小説だが、謎解き部分は最後に薄味になり肩透かしを喰らう。ミステリーというよりヒューマンドラマ的な面白さが読みどころ。スペインの風土や歴史、社会を知ることができるのもオススメポイントと言える。 |
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自伝あり、エッセイあり、社会批評あり、風刺ありで48のエピソードが集められた、実に判断が難しい一冊である。
著者は本作を「観察」と称しているそうで、刑事弁護士で作家という位置から観察・思考した社会のありようを文学作品し仕立てたものか。丸ごと一冊、これがシーラッハだと思えば、それなりのまとまりがある。 シーラッハ・ファンなら、その味わいが深く感じられるだろう。 |
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大学で小説創作の教鞭を取る新人作家の長編デビュー作。6年前に自分の娘を溺れさせようとしたと思っている甥を引き取ることになった大学教授が、甥が邪悪な本性を隠していると疑心暗鬼になり、その本性を暴くことに取り憑かれていく心理サスペンスである。
不幸な事故で大金持ちの両親を亡くした17歳のマシューが、母親の遺言で後見人となった叔父・ギルの家にやってきた。N.Y.の豪邸で何不自由なく育ったマシューは学業成績も抜群で、知的な好青年に見えた。だが、6年前にギルの娘・イングリッドがプールで溺れかけたのはマシューの仕業だと信じるギルはそんな外見が信じられず、夫婦と娘二人のギル家族に災いをもたらすのではないかと不安を抱き、警戒心を募らせていた。そんなギルを嘲笑うかのようにマシューはギルが教える創作講座に参加し、ワークショップで短編小説を発表したのだが、その登場人物はギルの家族を想像させ、ストーリーは家族の死を描いたものだった・・・。 マシューは羊の皮を被ったサイコパスなのか、ギルの被害妄想が作り上げたモンスターなのか。真相追及のプロセスはギルの一人芝居の様相を呈し、ミイラ取りがミイラになるような心理サスペンスでちょっとイライラさせられる。金持ち過ぎるマシューと両親のライフスタイルもちょっと鼻白むのだが、それを補っているのが状況設定のユニークさで、なるほど、そう来たかと思わせる。謎解きミステリーとしては凡作だが、最後まで読者をイラつかせるイラミスとして評価できる。 ラストが不完全でも気にしない、心理サスペンス好きの方にオススメする。 |
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探偵・畝原シリーズの第7作。いつも通り、怪しげな依頼人、怪しげな組織、変わらぬ家族愛に満ちた大人ハードボイルドである。
畝原が依頼されたのはエスパーを自称する巽という男に惚れ込み、多額の投資に乗っかろうとしている父親の洗脳を解いて欲しいというものだった。畝原は父親の面前で男のインチキを暴き、撃退する。後日、その場に居合わせたミニコミ業者でキャバクラ嬢のコンテストを主催する彫谷からコンテスト出場者の素行調査を依頼されたのだが、その調査中に何者かに襲われた。辛くも撃退したものの背後関係が分からず、自分の身辺の警護を固めざるを得なくなった。さらに、巽たちの詐欺をテレビで証言した男が殺され、取材したディレクターが行方不明になる事件が発生。畝原は身の危険を感じながらジリジリと真相に近づいて行く。 詐欺商法、ミスコンに加えて、意図不明の依頼人からの浮気調査、父親としての自身の悩みが絡んできて話は長くなる一方。文庫で上下670ページほどの大作で、最後まで決着がつかないエピソードがあるのもご愛嬌。シリーズ愛読者なら許せる、いつもの畝原ワールドである。 畝原シリーズのファンにオススメする。 |
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グラスゴーを舞台にした「刑事ハリー・マッコイ」シリーズの第二弾。連続殺人事件を捜査することになったハリーが否応なく、忘れたい過去に直面させられるノワール・ハードボイルドである。
建設中のタワー屋上で発見された惨殺死体は地元のプロサッカー選手で、彼はギャングのボス・スコビーの一人娘・エレインの婚約者だった。すぐに容疑者として、スコビーの汚れ仕事を担当していたコナリーが浮上した。コナリーは精神的に不安定になり、エレインにつきまとっていたという。ハリーたちはコナリーを追い詰めたのだが、すんでのところで逃してしまう。さらに、コナリーはエレインの周囲に出没し、ボスのスコビーまで襲おうとする。そんな中、前作(血塗られた一月)でハリーの命を救ってくれた、幼馴染で地元の若手ギャングのボス・スティーヴィーを見舞ったハリーは一枚の新聞記事を見せられ、激しく動揺する。そこには、ハリーやスティーヴィーが児童養護施設にいた頃に性的虐待を加えていた男が映っていたのだった。さらに、教会でホームレスが自殺する事件が発生し、残された遺品を調べていたハリーは、スティーヴィーに見せられたのと同じ記事があるのを発見する。花形サッカー選手とホームレス、全く無関係に見えた二つの事件が、ハリーの過去を媒介にしてつながっていった・・・。 一匹狼の刑事が難事件を解決するという警察ハードボイルドの基本はしっかり守りながら、そこに児童の性的虐待の被害当事者をぶつけることで、ストーリーが何層にも重なり合い、ねじれあって展開する複雑で手応えのある物語になっている。訳者あとがきにもあるように、前作からさらにパワーアップしたことは間違いない。オススメだ。 月名のタイトルから推察できるようにシリーズ化されており、イギリスでは一年に一作、現在では6月まで刊行されているというので、まだまだ楽しめそうである。 |
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1980年刊行の短編集。テーマや表現にいささか古さがあるものの、英国短編小説の魅力である鋭い人間観察、ややブラックなユーモア、味わい深いストーリー展開を備えた全12作品。アーチャーの長編のワクワク感、躍動するストーリーはないものの旅のお供、路辺の酒のアテにぴったりな読み物としてオススメする。
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人気覆面作家の豪華新邸のお披露目に招かれた推理作家、評論家、編集者、探偵が大雪で閉じ込められ、ホストの作家が姿を消す。さらに、行方が分からない作家を探すうちに、招待客のひとりが死亡し、全員が疑心暗鬼に陥るという、典型的な密室もの。古今東西の密室ものに関する豊富な知識を駆使した物語展開、種明かしが読みどころ。
密室ものファンには挑戦しがいがある作品なのだろうが、密室ものが得意でないため、いささか退屈だった。 |
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ベテランのコミックライターの長編デビュー作で、各種ミステリー賞の最終候補になった作品。5人目を妊娠中の元FBIプロファイラーと落ち目の記者が平和な郊外の街で起きた殺人事件と、その裏に隠されていた人種差別の闇を暴く、コミカルな謎解きミステリーである。
N.Y.通勤圏の小さな街のガソリンスタンドで経営者一族のインド人青年が銃殺された。たまたま現場に出くわしたのが、元FBIの優秀なプロファイラーで現在は5人目の子供が妊娠8ヶ月という主婦のアンドレアで、末っ子にトイレを使わせるために立ち寄ったのだが鍵が掛かっていて使えず、子供がおしっこをぶちまけてしまった。ひと騒ぎの後、素早く現場を立ち去ったアンドレアだったが、事件に関する警察の発表が自分が見た証拠と違っていることに疑問と興味を持ち、真相を調べようとする。一方、大学生の時にピュリッツァー賞を受賞し将来を嘱望されたのだが、今では小さな地方新聞の記者でくすぶっているケニーは、事件の被害者家族を取材した感触から警察発表には隠された部分があり、再び脚光を浴びる特ダネになるのではと直感し、精力的に取材を進めることにする。ユダヤ系のアンドレアと中国系のケニーだが、二人は同じコミュニティで育ち、ケニーがアンドレアに振られた過去があった。偶然、同じ事件を調べていることが分かった二人は、互いの目的は異なるものの情報交換して調査を進めることを約束した。そんな二人が行き着いたのは、かつては白人ばかりだったのだが今では人種が混在し、表面的には平和な暮らしが営まれている街に、今なおはびこる人種差別の歴史だった。 ミステリーの本筋は人種差別に基づく犯人、動機探しで、格別目新しくはない。だが、人種も性格も境遇もバラバラで対照的な二人のバディものというのがユニーク。さらに、さまざまなエピソード、登場人物たちの言動もとぼけたユーモアたっぷりで楽しめる。 軽い読み味のミステリーを好む方にオススメする。 |
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8050問題をベースに、時代に翻弄される孤独な魂の切なさを描いた社会派ミステリーである。
公園でホームレスの老女が殺害され、燃やされた。その場で逮捕された犯人・草鹿秀郎は18年間の引きこもり生活を送ってきた中年男で、自宅で父親を殺害したと供述した。身勝手極まりない犯罪で、極刑を課して世間の納得を得るための証拠固めとしてホームレス老女の身元確認を担当することになった刑事・奥貫綾乃だが、自分と同年代の草鹿がなぜ、ここまで残虐な事件を起こしたのか、今一つ納得が行かなかった。川底に沈んだ凶器を探すような手探りの捜査でホームレスの身元を調べて行くと、被害者と犯人が思いもよらぬ因縁で繋がった。 犯人が孤独な魂を抱き抱えて生きる引きこもりで、さらに担当刑事も我が子を愛せなかった過去のトラウマに引き摺られて生きる孤独な中年女性という、二人の主役の人物像とそれぞれの魂の軌跡が交わってくるところが面白い。大きな社会問題となっている8050問題、その背景に何があるのか、何があったのか、自己責任の話ではないことがリアリティを持って伝わってくる。重い課題の作品だが、事件の真相を解明するミステリーの部分もよく出来ていて読みやすい。 社会派ミステリーのファンにオススメする。 |
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