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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 1001~1020 51/57ページ

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No.137:
(8pt)

黒トリュフ、食べてみたいもんだなぁ

フランスの片田舎、サンドニ村の唯一人の警察官にして警察署長であるブルーノ・シリーズの第三弾。この地方の貴重な特産品であるトリュフに中国産の粗悪品が混入されているという疑惑の調査が、フランス現代史の暗部に端を発した凄惨な殺人と移民間の抗争にまで発展し、愛する村の平穏な生活を守るためにブルーノは全身全霊をかけて戦うことになる。
シリーズ初読なので断言は出来ないが、超人的な推理や科学的な捜査ではなく、鋭い人間観察と冷静な判断力で問題解決に当たる主人公ブルーノ署長のキャラクターが、本シリーズの一番の魅力ではないだろうか。事件の捜査というより、村の治安の維持を重視した言動はまさに田舎のお巡りさんそのもので好感が持てるし、別れた恋人との再会や現在の恋人との行き違いに悩む姿も微笑ましい。かといってただ優しいだけじゃなく、危険な場面でもひるむことなく派手なアクションも見せてくれる。主人公を始めとする登場人物のキャラクターが秀逸で、さらにストーリーも波乱に富んだ、読み応えのある警察小説だった。
それにしても、随所で登場する黒トリュフ料理の美味そうなこと! 「さすがフランス!」と言いたくなるグルメ小説というのも、本シリーズのもう一つの魅力である。
黒いダイヤモンド (警察署長ブルーノ) (創元推理文庫)
No.136:
(8pt)

派手なアクション好きの方にオススメ

またまた北欧・スウェーデンの新人作家のデビュー作。文末の解説によると、「英訳原稿が百頁しか無い段階で注目を集め、数ヵ月で26ヶ国に翻訳権が売れ」、「映画化権も売れた」というが、それも納得。「ミレニアム」に通じる派手さがあるアクション小説だ。
主人公はシングルマザーの看護師・ソフィー。交通事故で入院しているエクトルに惹かれ、軽い付き合いを始めたが、エクトルは実は国際犯罪組織の大物だった。何も知らないソフィーだったが、やがてその身辺に国際犯罪組織間の争いの火の粉が降りかかり、さらには警察からも接触され、ついには最愛の一人息子・アルベルトまで巻き込まれる事態になった。
平凡な看護師が犯罪組織に関わってしまう話、国際犯罪組織間の争いの話、スウェーデン警察の内部事情の話という3つの話が絡み合う物語の始めはゆったりした展開で退屈だが、3つの話の全体像が見えてくる中盤からは壮絶な殺し合いやカーチェイスのクライマックスに向かって突っ走っていく。作品紹介の「クライム・スリラー」というより、「クライム・アクション」と呼びたいスピード感だ。
解説によると「ソフィーを主人公にした三部作の第一弾となる予定」ということだが、捜査員でも私立探偵でもなく、ましてや犯罪者でもない、平凡な看護師が主人公でいったいどういう展開になるのか? その行方がいまとても気になっている。
アンダルシアの友 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
No.135: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

9.11後のニューヨーク

ローレンス・ブロックの14年ぶりのノンシリーズ作品。ストーリーとしては、連続殺人事件とそれにかかわりを持った人々の生き方を描いているのだが、真の主役は9.11の悲劇を経験したあとのニューヨークの街と人だろうか。登場人物がみんな、相当にエキセントリックであることが、あの悲惨な出来事が与えた絶望感の大きさと再生の難しさを物語っていると感じた。
砕かれた街〈上〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
ローレンス・ブロック砕かれた街 についてのレビュー
No.134:
(7pt)

美を巡る悲劇

愛情の無い家庭で育児放棄された状態で育ちながら、鋭敏な美意識だけは発達させてきた美青年と、子供の時に母親が殺された現場に居合わせるという悲惨な経験がトラウマになっている美少女が、偶然の出会いから付き合い始め、やがては悲劇的な結末を迎える・・・。心理サスペンスの巨匠・レンデルの真骨頂ともいうべき、日常に潜む怖さと不気味さを感じさせる作品だ。
美を求める心が過剰であったときに生み出される悲劇は、三島由紀夫の「金閣寺」でも描かれたが、本作品では美の対象が人間であるだけにじわじわと迫ってくる恐怖感に圧倒された。
心地よい眺め (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ルース・レンデル心地よい眺め についてのレビュー
No.133:
(7pt)

ミステリーというより、物語

デンマーク人作家のデビュー作だが、舞台はアイルランド。自分が漠然と持っているアイルランドの雰囲気が生かされた、幻想的でミステリアスな物語だった。
ダブリン近郊の小さな町の郵便配達員が配達先の家で死体を発見し、さらに同じ家に2体の女性の死体があったことからストーリーが始まる。3人はその家の主の女性と姪にあたる姉妹で、現場の状況から、家の主が姉妹を監禁していて最後に殺し合った結果だと思われた。なぜ、家族同士で殺し合うようなことになったのか? 警察は動機を解明できなかったが、同じ郵便局に勤めるオタク青年・ナイルが監禁されて殺された姉・フィオナの日記を手に入れたことから、3人を襲った悲劇の全貌が明らかになっていく・・・。
全体の構成は事件の動機を解明していく“ワイダニット”だが、作品の主眼は捜査プロセスではなく、複雑怪奇な動機に置かれている。サイコスリラーとファンタジーが入り交じったとでも言えばいいのか、物語性を楽しむ作品である。
狼の王子 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
クリスチャン・モルク狼の王子 についてのレビュー
No.132: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

100年経っても色あせない

今さら説明の必要はない古典的名作だが、新訳が出たのを機に再読し、あらためて名作だと思った。
荷揚げ中の樽が落ちて破損し、金貨と女性の死体が見つかるという幕開けから捜査の進展、真相解明まで、緊張感のあるストーリーでまったく古びたところはない。
本格ミステリーファンなら必読とオススメする。
樽【新訳版】 (創元推理文庫)
F.W.クロフツ についてのレビュー
No.131: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ダンスに意外な強敵、現れる


▼以下、ネタバレ感想
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シャドウ・ストーカー
No.130:
(7pt)

アリバイ崩し極北?

「点と線」のコンビ、三原警部補と鳥飼刑事が再登場する「アリバイ崩し」ミステリー。
最初から最後まで、犯人と捜査陣の知恵比べといえる。九州の古い神事や俳句の世界が舞台になっているが、あくまでも背景に過ぎず、松本清張らしい社会性も、さほど重点を置かれていない。
警察が容疑者を絞り込む理由が「一番犯人らしくなく、アリバイが完ぺき」という理由なのが納得しづらいが、アリバイの構成とアリバイ崩しのプロセスは読み応えがある。
時間の習俗 (新潮文庫)
松本清張時間の習俗 についてのレビュー
No.129:
(7pt)

いいなぁ〜、「ラジオ愛」

ミステリーとしては物足りないが、人肌の温もりがじわじわと伝わってくる、そう、まるでラジオドラマのような物語だ。
新興住宅地が増えてきた地方都市のコミュニティFM局を舞台に繰り広げられるヒューマンドラマが、丁寧な描写と巧みな会話で展開され、読み進める内に読者はきっと登場人物の誰かに肩入れしたくなるだろう。
各章の扉には、その章の内容を暗示するポピュラー曲のタイトルがリストアップされており、曲と内容のつながりを推測するのも面白い。
丘の上の赤い屋根
青井夏海丘の上の赤い屋根 についてのレビュー
No.128:
(7pt)

男と女と人間と

性同一性障害と友情をテーマにした「ミステリー展開」の問題提起小説。男である、女であるというのは、どこで判断するのか? 人間には男と女以外は存在しないのか? などなど、人間存在の根源を問い掛けるテーマを読みやすいミステリー仕立にして完成させたところは、さすがに東野圭吾だと思った。
ただ、殺人犯をかくまって警察の裏をかこうとする「捜査ものミステリー」として読むと、かなり物足りなさを感じたのも事実である。
片想い (文春文庫)
東野圭吾片想い についてのレビュー
No.127: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

逃げた男、逃げられなかった男

2011年のMWA賞とCWA賞をあの「解錠師」と分け合ったという、トム・フランクリンの出世作。静かで深い、叙情派ミステリーである。
ミシシッピーの片田舎で育った白人のラリーと黒人のサイラスはローティーンの頃、奇妙な縁に導かれて友達となるが、互いの性格や生来の性質の違いから疎遠になっていく。さらに16歳のとき、ラリーは隣の家の少女が行方不明になった事件の犯人と疑われ、25年後の現在も、町の人々はラリーを犯人視していた。一方のサイラスは有望視されていた野球選手としては挫折し、町の治安官となって戻ってきたが、ラリーとの付き合いは途絶えたままだった。ある日、町の有力者の19歳の娘が行方不明になり、住民は再びラリーに疑いの目を向ける。捜査にかかわっていたサイラスは、ラリーからの留守電への伝言を無視していたが、ラリーが何者かに銃撃される事態になってしまった。物語は現時点での捜査と並行して、ラリーとサイラス、それぞれの少年時代の回顧をはさみながら進行し、やがて25年の時間を超えた全体像が明らかになる。
一見、連続殺人、猟奇殺人ミステリーに見えるがスリルやサスペンスとは無縁で、謎解きの面白さも大したレベルではない。しかし、主役の二人はもちろん、周りの人物も陰影が深い背景を持っており、良心や罪と罰についてしみじみと考えさせられる良作である。
文庫の解説にある通り、「解錠師」にはまった人にはオススメだし、ジョン・ハート、トマス・H・クックなどの愛読者ならきっと気に入るだろう。
ねじれた文字、ねじれた路
No.126: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

密告屋の凄絶なサバイバル

スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビ作家の代表作である「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズの最新作。日本でもすでに3作品が翻訳されているというが、初めて手に取った。
本作の主役は、ストックホルム市警にリクルートされた密告屋のパウラ。スウェーデンの刑務所内での麻薬密売の独占を狙うポーランドマフィアを壊滅させる使命を受けて組織中枢に潜入、組織の任務として刑務所に入り、麻薬の持ち込みにも成功する。ところが、組織の信頼を得るために居合わせた麻薬取引現場で、ポーランドマフィアが別の潜入者を射殺するのを目撃することになり、秘かに警察に通報した。この事件の捜査を担当することになったグレーンス警部は「簡単には諦めない男」の本領を発揮し、捜査の手をパウラに伸ばしていく。もしパウラが密告屋であることがばれたら、潜入捜査が失敗し、パウラは刑務所内で間違いなく命を狙われることになる。潜入を指示した警察上層部と政府は、グレーンス警部の捜査を妨害しようとするが不首尾に終わり、ついにパウラを切り捨てる非情な決断をする。正体をばらされたパウラは執拗に命を狙われ、生き延びるために孤独な戦いを強いられた・・・。
物語の前半は潜入捜査と通常の捜査の対立が中心の警察小説、後半は刑務所を舞台にした凄絶なサバイバル小説という趣だが、どちらの面も読み応え十分。密告屋、警察の双方とも人物造形が巧みだし、何よりストーリー展開がスリリングで、さまざまに張り巡らされた伏線も見事というしかない。
シリーズ作品らしく、過去の事件や人間関係が影響しているシーンもいくつかあるが、これまでの作品を読んでいなくても興をそがれることはない。むしろ、日本とはあまりにも異なる刑務所の状況に戸惑うことの方が、読者に違和感を引き起こす要因となるかもしれない。
三秒間の死角 上 (角川文庫)
アンデシュ・ルースルンド三秒間の死角 についてのレビュー
No.125: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

舞台装置は派手になったけど・・

スウェーデンの女性弁護士・レベッカシリーズの第3作。前2作で心身に深い傷を負ったレベッカは弁護士を辞めてしまい、故郷キールナで特別検事に任命されるのだが、本作でも弁護士としての知識を活用して活躍するので、弁護士・レベッカシリーズの一冊ではある。
精神科病棟での長い闘病を終え再出発を果たしたとはいえ、まだ自分に自信をもてないでいるレベッカだが、キールナの凍った湖で起きた、地元の国際的大企業の女性広報部長殺害事件の捜査に検察局の一員としてかかわることになる。前2作でもお馴染の地元警察のアンナ=マリア、スヴェン=エリックの両警部が証拠集めや聞き込みを進め、レベッカは専門の金融知識を駆使して企業の実態や関連する人物の経済状態を調べ上げていく。すると、大成功を納めているはずの大企業には隠しておきたいことがあった・・・。
事件が起きたのはスウェーデンでも片田舎のキールナだが、殺害の背景にはグローバル企業による熾烈な経済戦争、アフリカの政治的混乱とそれに伴う資源争奪戦があり、話の舞台装置は前2作とは異なり、国際謀略小説の趣を示す。しかし、ストーリーの骨格を成すのは企業経営陣の古くからの人間関係であり、レベッカの精神の病からの復活の苦闘である。その意味では、前2作と変わるところはない。
本作は、ヒロイン・レベッカを始め、地元警察官、隣人、上司などのシリーズキャラクターがますます味わいを増し、安定してきたのは評価できるが、事件関係者の過去の物語、レベッカの狂気の世界などの書き方にやや違和感を感じた。特に、国際謀略小説的な舞台の派手さと登場人物の重過ぎる内省的態度がアンバランスな印象で、前作ほどには物語に入り込むことが出来なかった。
黒い氷 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 16-3)
オーサ・ラーソン黒い氷 についてのレビュー
No.124: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

懐かしいテイストの本格ミステリー

1950~70年代に活躍した英国本格ミステリー作家の1966年の作品。犯人と動機は最初に提示され、読者は捜査官と一緒に犯行の態様を解明していくという、典型的な倒叙型のミステリー作品だ。
ノルウェーでの休暇を楽しんでいたプレイボーイのアラン・ハントは、ホテルで出会った20歳のグウェンダをたぶらかし関係を持った翌日に、デタラメの住所を教えてイギリスに帰国する。イギリスで交際中の金持ちの娘スーザンとの結婚の準備を進めていたアランの前に、住まいを探し出したグウェンダが現れ、妊娠していることを告げる。スーザンとの破談の可能性にあわてたアランは、グウェンダを丸め込むとともに、彼女を排除する邪悪な計画を進めようとする。そして、アランが犯罪に関与していることを示唆する匿名の手紙を受け取った地元警察は、グウェンダの行方を追うとともに、アランの身辺の捜査に乗り出すことになる。
アランに対する容疑を深めながらも決定的な証拠をつかみきれない捜査陣と一緒に、犯行の動機が分かっている読者も、作品の前半に埋め込まれた伏線を頼りに犯行の実態を探るミステリーツアーに導かれることになる。狡猾な犯人は、いかにして犯行を隠し通すのか?
半世紀近く前の作品だけに、「道徳心や良心といったものが完全に欠落していた」という犯人も、想像を絶するような犯罪者に出会ってきた現代の読者には「凶悪」なイメージは無く、どこか牧歌的な印象を受けることだろう。犯罪者のキャラクターや捜査陣の人間模様より、純粋な謎解きの面白さが本作の最大のポイントであり、英国本格ミステリーが好きな読者にはおススメだ。
殺人者の湿地 (論創海外ミステリ)
アンドリュウ・ガーヴ殺人者の湿地 についてのレビュー
No.123: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

婿殿、人間の毒を解毒する

企業広報誌編集者・杉村三郎シリーズの第2作。前作があまり面白くなかったので期待していなかったが、いい意味で期待が裏切られた。
今回、杉村が巻き込まれるのは、自分の編集部のアルバイト女性の常軌を逸した嫌がらせと、通り魔的な連続毒殺事件。経歴詐称の疑いがあり、仕事が出来ず、協調性がないために辞めさせた女性からの執拗な会社に対する嫌がらせの対処を任された杉村は、対処方法を模索している内に、毒殺事件の被害者親族と知り合い、持ち前の人の好さから犯人探しの「探偵ごっこ」を請け合うことになる。もとより警官でもなく、何の捜査権もない杉村だけに犯人探しはもたもたするが、それでも警察とは違った視点から犯人に到達する。一方、バイト女性の嫌がらせはエスカレートする一方で、警察に指名手配される身になりながらも杉村個人に対する攻撃を止めようとしない。人が好いだけが取り柄の杉村は、狂気の刃から愛する家族を守ることができるのだろうか?
どちらの事件も、その背景には常識では解釈できない、「人間の毒」とでも言うしかない邪悪さが隠されていた。そうした邪悪に、人は、社会は対抗できるのだろうか? 解決のためのヒントとして、杉村は「毒に名前を与えること」によって実体化し、抑制できるのではないかと語っている。
ミステリーとしては「甘い」部分が多く、スリルやサスペンスとは無縁だが、誰もがどこかで巻き込まれてしまうかも知れない「人間の毒」の不気味さを描いており、優れた社会派作品としてオススメしたい。
名もなき毒 (文春文庫)
宮部みゆき名もなき毒 についてのレビュー
No.122: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

辛辣な人間観察眼が秀逸!

アダム・ダルグリッシュ警視シリーズでは4作目にあたり、初めてシルバーダガー賞を受賞した、P.D.ジェイムズの出世作。閉鎖的な人間関係の中に潜む愛憎を冷徹に暴いていく、P.D.ジェイムズの真骨頂といえる作品だ。
ビクトリア朝時代の遺物のような外観の看護婦養成所・ナイチンゲールハウスで発生した、2件の看護学生変死事件。明確な動機は不明ながらどちらも殺人を疑われ、しかもナイチンゲールハウスに関係する誰もが事件に関与する機会を持っていた。ダルグリッシュ警視は緻密な聞き取りを重ねていくことで、濃密な人間関係の中に隠されていた醜悪な人間性を暴き出し、驚くべき事件の真相を解明する。
白衣の天使の裏側に邪悪な小悪魔が潜んでいるというのは、ありがちな話ではあるが、P.D.ジェイムズの非凡な観察眼は人間性の小さなヒダを克明に描き出し、登場人物ひとりひとりの個性を際だ立たせて、非常に厚みのある物語となっている。ダルグリッシュの捜査が進むほどに疑わしい人物が増えていき、謎解きの面白さはぐんぐん加速する。さらに、犯人と動機の解明部分では、それまでに張り巡らされていた伏線の巧みさに舌を巻くことになる。犯人が分かったあとの事件処理については、様々な異論があるだろうが、イギリス本格派ミステリーの王道を行く作品であることは間違いない。
ナイチンゲールの屍衣 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P・D・ジェイムズナイチンゲールの屍衣 についてのレビュー
No.121: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

シリーズの骨格ができたかな?

未解決事件を再捜査する警視庁特命捜査対策室・水戸部警部補シリーズの第2弾。人手をかけられない特命捜査対策室の水戸部が、対象となる事件捜査に関係していたベテラン捜査員の助けを借りながら、事件が起きた街と住民の暮らしを粘り強く掘り起こし、地道な聞き込みと鋭い捜査感で謎を解いて行く、というシリーズとしての骨格が見えてきた気がした。
今回の「コールドケース」は、17年前に代官山のアパートで発生した女性殺害事件。警視庁は被疑者死亡で処理したのだが、新たに発生した川崎市での強姦殺人事件の現場で採取された精液のDNAが代官山事件で現場に残されていたDNAと一致したことを、神奈川県警から知らされる。川崎の犯人が、警視庁が終わらせた事件の犯人だったら、取り逃がした犯人が二度目の犯行を犯したことになり、警視庁の面目は丸潰れになる! 警視庁上層部としては、何が何でも、神奈川県警より先に犯行の実相を解明したいのだが、一度終結させた事案を公式に再捜査することはできず、従って組織的な再捜査は不可能だった。そこで、特命捜査対策室・水戸部に「偶然による解決」の依頼(実質的には命令)が持ち込まれることになった。専従で捜査できる相棒は朝香千津子巡査部長、ただひとりという心細い状況から水戸部の捜査がスタートした。
17年前と現在の強姦殺人に、さらに西日暮里での女性看護士殺人事件を加えた三つの事件が細い糸でつながれていく捜査のリアルさと面白さは、まさに警察小説の醍醐味。最後までだれることなく読み応えがあり、一気読みだった。
おしゃれな街に憧れる若者と周辺の大人たちが作り上げてきた「代官山幻想」の底部には、何が隠されていたのか? 街の再開発と絡めながら、表向きの華やかさと対照的な人間模様が明らかにされてゆく過程は実に味わい深く、シリーズとしての完成度が高まっていると感じた。
代官山コールドケース
佐々木譲代官山コールドケース についてのレビュー
No.120: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

冷戦後のスパイのリアル?

33年間、海外諜報活動に従事してきた元CIA局員の著者が、自身の体験をベースに冷戦後の米ロスパイ活動の実態を描いたスパイアクション小説。近々映画化されるというが、ヒットすること間違いないだろう。
主役は、類い稀な美人のロシア諜報員・ドミニカと若きCIA局員・ネイト。ハニー・トラップ要員の養成学校「スパロー・スクール」を卒業したドミニカは、ロシア諜報機関の中枢に浸透しているスパイ「マーブル」の正体をあぶり出すために、「マーブル」の連絡員を務めるネイトに接近する。ところがネイトは、ドミニカをCIAのスパイにリクルートする指示を受けていた。お互いに腹のうちを探り合いながら接触した二人は、各々の使命や立場とは裏腹に徐々に惹かれあって行く。しかし、二人を取り巻く環境がそんな感情を許す訳はなく、二人の関係は過酷な運命にほんろうされることになる・・・。
諜報員同士の駆け引きと恋愛を軸に、米ロそれぞれが抱える大物スパイの正体追求合戦、ロシア諜報機関内部の権力争いが加わった、スパイ小説の王道を行くスリリングなストーリーだけでも十分に楽しめるが、それに加えて著者の実体験に基づくリアルな(に思える)スパイテクニック、神経戦の描写が一層の面白さと迫力を加えている。
ポスト冷戦のスパイ小説はル・カレを始めとして「対テロ」を描く方向に向かっているが、本書は久々に大国同士のスパイ合戦をテーマにした、オーソドックスなスパイ小説として高く評価したい。
レッド・スパロー (上) (ハヤカワ文庫 NV)
No.119: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ダルグリッシュ警視長、フォーリン・ラブ

2001年に発表されたダルグリッシュ警視シリーズの第11作。サフォーク州の人里離れた海岸沿いに建つ神学校を舞台にした殺人事件をきっかけに、限られた人物間の歴史的かつ複雑な関係を紐解いて真犯人に到達するという、徹頭徹尾、P.D.ジェイムズ・ワールド全開の本格ミステリー。英国国教会の歴史と現状を背景にした物語なので、読み通すには少し骨が折れるが、その労苦に十分に応えてくれる読み応えたっぷりの大作だ。
海沿いの崖の下で砂に埋もれた神学生の死体が発見され事故死として処理されたが、死因に疑問を持った神学生の父親がロンドン警視庁に乗り込み、非公式の捜査を依頼する。その神学校で何度も少年時代の夏休みを過ごしたことがあり、ちょうど休暇でサフォーク州を訪問する予定だったダルグリッシュ警視長が捜査を担当することになり、神父、神学生、関係者らの聞き込みを開始した。ところがその翌日、神学校に付属する教会内で殺人事件が発生し、ケイト、ピアースの両警部、ロビンズ部長刑事らおなじみのメンバーが呼び寄せられて事件を捜査することになった。
教会内で殺された人物は神学校の閉校を画策している国教会の大物(大執事)で、当然ながら神学校関係者からは憎まれており、殺害の動機を持つ人物は何人もいた。さらに、学生の事故死、大執事の殺人で学校が閉鎖されれば、莫大な学校の財産を誰が受け継ぐかを巡って様々な憶測が渦巻いていた。物的証拠が乏しい中、ダルグリッシュとチームの面々は関係者のささやかな証言を基に複雑なジグソーパズルを組み立て、ついに真犯人と動機を解明する。
P.D.ジェイムズ、81歳時の作品とあって「このシリーズがまだまだ続いていくのかどうかがファンの関心を集めている」と訳者の解説に書かれているが、その後も新作が発表されてきたのは、ご存じの通り。なんせ、ダルグリッシュが恋に落ち、高校生のようなぎこちない告白をするという、続きを読まないではいられないシーンで本作を終わらせているのが、作者の決意を示す何よりの証拠だろう。
神学校の死 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
P・D・ジェイムズ神学校の死 についてのレビュー
No.118: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

肉体的暴力、心理的暴力

アイスランド発のベストセラー、エーレンデュル捜査官シリーズの邦訳第二弾(シリーズとしては4作目)は、前作「湿地」以上に重苦しく、読者に強烈な印象を残さずにはおかない作品だ。
レイキャヴィク郊外の新興住宅地の家で開かれた子供の誕生パーティーで、床をはい回っている赤ん坊が口にしているのが人骨であることを、たまたま居合わせた医学生が発見する。その骨は、子供が近くの住宅建設地から拾ってきたもので、発見現場にはさらに多くの人骨が残っていた。通報を受けた警察は捜査を始めるが、60〜70年も昔のものと判明し、同僚は乗り気ではなくなるが、エーレンデュル捜査官は捜査を諦めることが出来なかった。遠く、第二次世界大戦当時の記憶と記録を訪ねる捜査の末に発見した人骨の身元は、そこに埋設された理由は・・・。
古い人骨のなぞを解く捜査を本筋に、サイドストーリーとして、エーレンデュル捜査官の家庭状況と子供時代の記憶の物語、第二次世界大戦時のアイスランドでの家庭内暴力の物語が絡んできて、物語は重厚で味わい深く展開される。「私は殺人事件が起こる背景に焦点を当てたい」と語るインドリダソンらしく、人骨が埋められるまでの経緯を丁寧に描き、エーレンデュルの現在と重ね合わせることで、ミステリーの枠を超えて、人間を破壊する暴力の本質に迫る作品となっている。
シリーズはすでに12作まで書かれているそうで、今後の邦訳出版が楽しみだ。
緑衣の女 (創元推理文庫)