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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1167

全1167件 901~920 46/59ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.267:
(7pt)

心理サスペンス愛好家にはオススメ

レオ・デミトフ三部作で人気を確立したトム・ロブ・スミスの最新作。三部作とはガラッと変わって、アクション無し、政治的陰謀なしの徹底した心理サスペンス作品である。
30歳を目前にしながら売れないガーデンデザイナーとして暮らすダニエルは、半年前に、スウェーデンの農場で老後を過ごすためイギリスでの生活をたたんで移住した両親とは徐々に疎遠になってきていた。そんなある日、父親が「お母さんは病気だ。精神病院から脱走した」と泣きながら電話してきたので驚愕した。さらに、今度は母親から「私は狂ってなんかいない。お父さんが言うことは全部嘘よ。お父さんは悪いことに加担している。警察に相談するためにロンドンに行く」という電話があった。正反対のことを告げる両親のどちらを信じればいいのか? ヒースロー空港を母を出迎えたダニエルは、思いもかけなかった話を聞かされる。しかも、母が取り出したさまざまな証拠の品は、とんでもない悪事の存在を物語っていた・・・。
物語のほとんどは、ダニエルと母との会話、というより、母の熱を帯びた語りで展開される。それは、スウェーデンの田舎の保守的な風土が生み出す、悪意に満ちた差別的な事件である。しかし、それがもし母の妄想でしかないとしたら? 読者は読み進むうちに、どこまで信じればいいのか不安に陥れられる。この心理的な緊張感が、本作の真骨頂である。
スウェーデンに向かったダニエルによって解き明かされる真相もショッキングではあるが、これは過去いくつもの作品に登場してきたテーマであり、格別目新しくはない。家族の間で、誰を、どこまで信じればいいのかという葛藤が生み出す恐さが、読者の心を打つ。謎解きの面白さもあるが、心理サスペンスを楽しむ一冊と言える。
偽りの楽園(上) (新潮文庫)
トム・ロブ・スミス偽りの楽園 についてのレビュー
No.266:
(8pt)

新たなひねりを利かせた警察小説

佐々木譲が得意とする警察小説の最新作。従来のものとはひと味違う、アメリカンっぽい(?)クライムノベルと呼びたいエンターテイメント作品である。
大井署地域課の巡査・波多野は上司の門司とともに、人質を取って逃げる殺人犯をパトカーで追跡し、倉庫内に追い詰めるが、犯人に反撃されて負傷し、拳銃を奪われてしまう。絶体絶命のとき、上司の指示に反して駆けつけた同期の巡査・松本によって命を救われた。
それから7年後、蒲田の暴力団幹部が射殺され、車に放置されているのが発見された。蒲田署刑事課に異動していた波多野は、また上司となった門司と組んで、暴力団同士の抗争と考えられる事件では脇筋となる地元の半グレの聞き込みに投入された。捜査を進めるうちに、事件とは別の犯罪の臭いを嗅ぎ付けた二人は、じりじりと半グレ集団を追い詰めて行く。
一方、順調に出世して警視庁捜査一課に異動していた松本巡査部長は、捜査一課の管理官に呼び出されて密命をくだされた。それは、蒲田の事件が単純な暴力団絡みの事案ではなく、他の事件とともに「警察関係者による私刑ではないか」という重大な疑惑の解明だった。
ひとつの事件を巡る二つの捜査が交差したり、離れたり、なかなか真相が明らかにされず、読者は謎解きにどんどん引き込まれていく。さらに、事件関係者たちの別の犯罪もきちんと描かれていて、こちらも見逃せない。単なる事件捜査だけではない、さまざまな楽しみを秘めた極上のエンターテイメントとして、警察小説ファンはもちろん、多くのミステリーファンにオススメしたい。
犬の掟
佐々木譲犬の掟 についてのレビュー
No.265:
(8pt)

レンデルファンは必読!

2015年5月に亡くなったルース・レンデルの久しぶりの新刊。約20年前、1996年の作品だが古さは全く感じさせない、最初から最後までルース・レンデルの世界が展開される傑作サスペンスである。
30代前半で大人しくて慎ましやかな性格のメアリは、骨髄移植のドナーになったことを同棲中の恋人に責められ、暴力を振るわれたことから別居し、リージェンツ・パーク近くの知人の留守宅を預かるために引っ越した。新生活とともに自分を変えようと決心したメアリは、骨髄を提供した相手であるレオに会い、まるで自分の分身のような彼に心引かれ、結婚を決意する。
同じ頃、リージェンツ・パークではホームレス連続殺人事件が発生し、街には不安な雰囲気が漂っていた。リージェンツ・パークでは、妻と二人の子供を事故で一度に失い人生に絶望してホームレス生活を始めたローマン、富裕層の犬の散歩代行で身を立てる元執事の老人ビーン、暴力を売って麻薬を買うジャンキーの若者ホブの3人も、それぞれに鬱屈を抱えながら行き来し、人生が交差することになっていた・・・。
主人公はメアリで、メアリとレオの関係がメインストーリーなのだが、他に3人の人物と1つの事件が重要なサブストーリーを構成し、それぞれが関係し合った複雑で厚みのある物語となっている。ホームレス連続殺人事件の謎解きも面白いのだが、それ以上に、社会派心理サスペンスとして完成度が高く、レンデルファンにはもちろん、社会派ミステリーファンには絶対のオススメだ。
街への鍵
ルース・レンデル街への鍵 についてのレビュー
No.264:
(7pt)

大丈夫か、ライダー刑事?

カーソン・ライダー刑事シリーズの第7作。いつも読者をあっと驚かせるジャック・カーリイだが、本作はかなり破壊的な驚かせ方を見せるサイコ・サスペンスである。
ケンタッキーの山の中のロッジで休暇を楽しんでいたライダーは、奇妙な電話を受けて赴いた先で惨殺死体を発見し、後から駆けつけた警察に犯人として逮捕される。刑事である身分が確認され、成り行きから事件捜査に関わることになったライダーは、地元の保安官やFBIに阻害されながらも地元の女性刑事チェリーと一緒に捜査を続け、猟奇的な連続殺人事件の背景におぞましい過去の出来事が存在することを見つけ出した。
今回も、殺人犯のキャラクターが強烈で驚かされる。さらに、逃亡中の連続殺人犯である実兄のジェレミーがライダーのすぐそばに登場して捜査を手助けするのには、驚きを通り越して「大丈夫か、ライダー刑事?」と、開いた口が塞がらなかった。また、クライマックスのどんでん返しも多少無理な感じがあり、好き嫌いが分かれるだろう。
読んでいて気になったのが、女性刑事チェリーの口調というか、言葉遣い。他の登場人物の会話にも違和感があり、全編を通して「むず痒い」感じが残ったのが残念だった。
髑髏の檻 (文春文庫)
ジャック・カーリイ髑髏の檻 についてのレビュー
No.263:
(7pt)

どんでん返しに驚くけど

イギリスの新進女性作家サマンサ・ヘイズの本邦初登場作品。その作風が「リアル・ライフ・フィクション」と呼ばれているように、何気ない日常から生まれる悲劇をサスペンスフルに描いた、じわじわと恐くなるサイコミステリーである。
裕福な海軍士官の夫と双子の義理の男の子と暮らすクローディアは、もうすぐ生まれる予定の女の子の誕生を前にベビーシッターを募集した。応募してきた33歳のゾーイは、たちまち双子を手なずけ、夫も気にいったこともあり、すぐに雇うことにした。万事に有能で信頼できそうなゾーイだったが、クローディアは彼女は何かを隠しているという気がしてならなかった。果たして、この不安は出産を間近に控えて神経質になっているからなのか? その頃、妊婦が惨殺され、お腹の胎児が取り出されるという残忍な事件が発生し、警部補のロレインは夫であるアダム警部補と共に捜査を担当することになった。
物語は、クローディア、ゾーイ、ロレインの3人の視点から展開され、それぞれが抱える生きづらさがストーリーにさまざまな影を落とし、複雑に絡み合って行く。妊婦殺害事件も恐ろしいのだが、それ以上に恐いのが同じ屋根の下に信頼できない人物がいることで、話が進むほどに心理的サスペンスが高まり、最後のどんでん返しで恐さはピークに達する。
ストーリーを詳しく説明するわけにはいかないのだが、サスペンスの盛り上げ方は一級品。どんでん返しに納得できない点もあるのだが、読み応えはある。サイコ・ミステリーファンにはオススメだ。
ユー・アー・マイン (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サマンサ・ヘイズユー・アー・マイン についてのレビュー
No.262:
(8pt)

本作も、メインテーマは家族

アイスランドのベストセラー、エーレンデュル捜査官シリーズの邦訳第3弾(シリーズとしては5作目)である。
クリスマスシーズンを目前にして賑わう高級ホテルの地下で、サンタクロースの衣装を着たドアマンが殺されていた。周囲との付き合いを避け、ホテルの地下の倉庫に隠れるように住んでいた孤独な50男のドアマンは、なぜ殺されたのか? 捜査に非協力的なホテル側と軋轢を起こしながら捜査を進めたエーレンデュルは、被害者が子供のとき、将来を嘱望されたボーイソプラノ歌手だったことを知る。さらに、たった2枚(2種類)だけ制作された彼のレコードが、レアアイテムとして蒐集家の間で高額で取引されているという。事件の背景は、金銭なのか?
殺人事件の捜査をメインストーリーとしながら、エーレンデュル自身の過去、薬物依存から抜け出すために苦しんでいる娘との関係、女性との付き合いに臆病なエーレンデュルの葛藤などが存在感のあるサイドストーリーとして展開され、単なる謎解きではない、読み応えのある社会派ミステリーとして完成度が高い。
北欧ミステリーファンには、文句無しにオススメだ。
声 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン についてのレビュー
No.261:
(8pt)

21世紀のヤクザ映画は、こんな感じかな

黒川博行の「疫病神シリーズ」の第5弾。直木賞受賞作である。
暴力団絡みの仕事で細々と食いつないでいる建設コンサルタント・二宮は、本物の極道で疫病神の桑原に引きずり込まれて、映画の出資金詐欺犯を追い掛けることになった。この詐欺犯は煮ても焼いても食えない爺で、ヤクザの懐から金を盗んでトンズラしようと大阪から香港、マカオ、今治と逃げ回り、さすがの疫病神・桑原もなかなか爺に落とし前を付けさせることが出来なかった。しかも、この詐欺の裏側には、桑原が所属する組織の上部団体のヤクザが絡んでいた。持ち前の喧嘩の強さと悪知恵で突っ走る桑原との腐れ縁を断ち切れない二宮は、いやいやながら体を張って金を回収しようとした・・・。
暴力や義理人情より経済原則で動く現代ヤクザの世界を見事に描いた、一級品のエンターテイメントである。ストーリー展開のスピード、登場人物のキャラの多彩さ、会話の面白さを兼ね備えており、低調なヤクザ映画の世界に旋風を巻き起こすために、ぜひ映画化してもらいたい作品である。オススメです。
破門 (単行本)
黒川博行破門 についてのレビュー
No.260: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

天使とは、何者なのか?

1962年に発表された、マーガレット・ミラーの最高傑作と呼ばれる作品の新訳版。私立探偵小説的な要素と心理ミステリーが合体した独特の味わいがあり、古さを感じさせない傑作である。
リノですっからかんになったアマチュアギャンブラーのクインは、カリフォルニアの海岸に向かう途中の山中で友達の車から放り出され、30人ほどが集団生活を送っている「塔」という新興宗教施設に助けを求めた。そこで彼は、「祝福の修道女」から「パトリック・オゴーマンという男性を探して欲しい」という依頼を受け、チコーテという小さな街を訪ねるが、オゴーマンは5年前に謎の死を遂げていた。オゴーマンは自殺なのか、殺されたのか。さらに、「祝福の修道女」は、なぜオゴーマンを探すのか。素人探偵クインは関係者の証言だけを頼りに、真相を探ることになる。
主人公は私立探偵ではあるが決してハードボイルドではなく、ストーリーは緩やかに展開される。また、舞台のひとつが世間から隔絶された新興宗教施設で、そこに暮らす人々は独特の生活観を持っていてクインの常識とズレている点も、物語全体にもやっとした雰囲気を醸し出す要素となっている。だが、オゴーマンの死の真相が明かされるプロセスは見事な心理ミステリーとなっていて、ミラーファンの期待を裏切らない。オススメです。
まるで天使のような (創元推理文庫)
No.259:
(7pt)

元気なジジイとひ弱な中年男

村上龍の新作長編小説は、ぶち壊したいんだけど壊せない社会への苛立ちをぶちまけた、戦闘的パラノイア小説である。
50代の落ちぶれた元雑誌記者セキグチは、よく分からない理由からテロの現場に立ち会わされ、記事を書くことになった。なぜ自分がテロ現場に立ち会わされるのかを探り出そうとしたセキグチは、70代、80代の老人ばかりの謎のテロリスト集団と関わり、恐るべき彼らの目的を知る。日本に壊滅的な打撃を与えるテロの企てを知ったいま、自分はどう行動すれば良いのか、元々精神的に弱っていたセキグチは、果てしない苦悩のスパイラルを落下して行く・・・。
今の社会に不満を抱き、日本をもう一度廃墟にしようという老人たちにシンパシーを感じながらも、自分が存在している社会を破壊する行為には加担できないと悩むセキグチ。正直者ではあるが、小説のヒーローとしては物足りない。読後感に消化不良が残る小説だが、ストーリー展開は面白い。
オールド・テロリスト
村上龍オールド・テロリスト についてのレビュー
No.258:
(8pt)

介護施設に住む、ハードボイルド・ヒーロー

ミステリー史上最高齢のヒーローとして衝撃のデビューを果たした「バック・シャッツ」が帰ってきた。シリーズ第2作は、88歳のバックが78歳の伝説の銀行強盗と対決するという傑作ハードボイルド・ミステリーである。
前作での負傷が原因で自宅住まいが難しくなり、妻ローズとともに介護付き住宅に移り住んだバックのもとを、かつての仇敵である銀行強盗のイライジャが訪れ「何者かに命を狙われているので助けてくれ」と言う。44年前に「今度会う時は殺してやる」と言って別れた奴が助けを求めるとは、一体どうしたことか。何かを企んでいるに違いないと思うし、歩行器無しでは歩けない状態なのだが、好奇心に勝てないバックはイライジャの依頼を引き受けることにした。とりあえず、イライジャを警官に引き会わせて保護しようとするのだが、途中で武装グループに襲撃されバックは負傷し、イライジャは誘拐されてしまった・・・。
2009年時点での襲撃・誘拐事件と44年前の銀行強盗という2つのストーリーが交互に展開され、最後に因縁の二人の対決が訪れるという構成でハードボイルド・ミステリーとしてのレベルが高い。さらに、二人の主役がユダヤ人で、ストーリーの背景に根深い人種差別が潜んでいる点も物語に深みを与えている。
87歳で初期認知症のタフガイという奇抜な設定で驚かせた作品の続編だけに、2作目以降に面白い展開が出来るのだろうかと心配したのだが、期待以上の面白さだった。ぜひ、1作目から読むことをオススメしたい。
もう過去はいらない (創元推理文庫)
No.257:
(8pt)

3つのストーリーが一冊になった!

オスロ警察の警部ハリー・ホーレ・シリーズの第4作。日本では第3作、第7作、第1作に続く翻訳出版である。
オスロ市内の中心部にある銀行が襲われ、犯人は女性行員一人を射殺し、金を奪って逃走した。現場には何も手がかりが残されておらず、プロの犯行だと思われた。本来は強盗部の担当だが、殺人事件でもあるため捜査チームに加わったハリーだったが、捜査が行き詰まったため、新人刑事ベアーテと二人で独自の捜査を進めることになる。ところが、必死の警察をあざ笑うかのように次々と銀行が襲われた。
そんなある日、ハリーは昔のガールフレンド・アンナに誘われて彼女の自宅を訪ね、翌朝、前夜の記憶が無い状態で目覚めた。しかも、新たな死体発見現場に呼び出されてみると、そこはアンナの自宅だった。アンナの死は拳銃自殺と判断されたが、疑問を持ったハリーは真相を探り始める。だが、何の成果も上げられないでいるうちに、ハリーは容疑者として追われることになる・・。
連続銀行強盗とアンナの死、二つの事件捜査が並行して進む構成で、それぞれの話が、それだけでもひとつの作品として成立するほど良く出来ているので非常に読み応えがある。さらに、第3作から続いているハリーの相棒刑事の死を巡る物語も見え隠れして(第5作で完結とのこと)、最初から最後まで意外性に満ちた、緊張感あふれるストーリーが展開されて飽きることが無い。
本格警察小説であり、社会派サスペンスであり、人間心理の複雑さを見事に描いた心理小説でもあり、どなたにもオススメできる傑作エンターテイメントだ。
ネメシス (上) 復讐の女神 (集英社文庫)
ジョー・ネスボネメシス 復讐の女神 についてのレビュー
No.256:
(7pt)
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泥沼を歩かされるような・・・

「法人類学者デイヴィッド・ハンター」シリーズ(どれも未読なのだが)で人気のイギリス人作家サイモン・ベケットのノン・シリーズ作品。死体の状態から犯罪の実装を解明する科学ミステリーとは真逆の、登場人物の疑心暗鬼が中心になる心理サスペンスである。
フランスの片田舎でヒッチハイクをしていた英国人ショーンは、パトカーを避けるために入り込んだ農場で動物用の罠にかかって気を失ってしまう。気がついたときには農場の納屋の屋根裏に寝かされ、農場の娘マティルドに看病されていた。傷が癒えるまで世話になるつもりだったショーンだが、農場の手伝いを頼み込まれ、自身に行く当てもなかったため、この農場で働くことになる。頑固者の農場主アルノー、父無し子を抱えるマティルド、その妹グレートヒェンの4人が暮らす農場は地域社会とは絶縁し、対立していた。ショーンにはアルノー、マティルド、グレートヒェンのそれぞれに秘密があり、何かが隠されている気がして仕方がなかった。しかも、ショーン自身があることから逃げるためにフランスに来た逃亡者だった。
農場で秘密を探る本筋と、ショーンの事件の回顧の話とが交互に展開されるのだが、どちらもなかなか真相が明らかにされず、読んでいる間は泥沼を歩かされているような重苦しさがある。そのもどかしさを楽しめるかどうかで、本作の評価は異なってくるだろう。
出口のない農場
サイモン・ベケット出口のない農場 についてのレビュー
No.255:
(8pt)

これぞ英国本格派の傑作(半世紀前の作品だが)

巻末の解説によると、本作品はディヴァインの著作としては2作目ながら本邦初訳だとか。1962年発表なので実に半世紀以上前の作品だが、まさに「トラディショナルな本格ミステリ」と呼ぶにふさわしい、風格を感じさせる作品である。
スコットランドの地方都市で診療所を経営する医師ターナーは、2ヶ月前に事故死した共同経営者のヘンダーソン医師が実は殺されたのではないかと告げられる。自分でも事故説に疑問を持っていたターナーは犯人探しに乗り出し、医師殺害の動機、機会、手段を持つ人物を絞り込んで行くのだが、周辺からはターナー本人とヘンダーソンの未亡人も犯人ではないかと疑われてしまう。さらに、ヘンダーソンの隠された秘密が明らかになり、重要な目撃者と思われた人物が殺害され、事態はますます混沌としてしまう・・・。
フーダニッドの王道を行く構成で、あっと驚くようなトリックや騙しの要素は皆無で、後から振り返れば犯人を指し示す情報は全て、物語の早い段階から読者に提示されている。それでもほとんどの読者は最後まで(ターナーが解説するまで)犯人の絞り込みができないだろう。それだけ登場人物のキャラクター設定が巧みで、読者をミスリードする技術が抜群に優れている。
半世紀の経過などまったく感じさせない傑作として、本格派ファンには絶対のオススメだ。
そして医師も死す (創元推理文庫)
D・M・ディヴァインそして医師も死す についてのレビュー
No.254:
(7pt)

信じること、支えることの難しさ(非ミステリー)

「重要登場人物の正体は誰か?」という疑問を追い掛ける物語だが、小説のテーマは謎解きより心の揺れに置かれているため、ミステリーとは言い難い作品である。
8年前に夫を亡くしてから二匹の猫と一人暮らしを続けている鏡子は、軽井沢の隣町の個人文学記念館を一人で切り盛りし、判で押したような平凡な日々を送っていたが、精神的な不調が悪化し、近くのクリニックの精神科を受診した。担当した非常勤医の高橋医師の穏やかで丁寧な対応に心を癒され、回復した鏡子は、徐々に高橋医師との関係を深め、毎週水曜と土曜の夜は一緒に過ごすのが習慣になっていた。ところが、半年ほど経った水曜日、高橋医師が訪れることは無く、連絡も取れなくなってしまった。焦燥感にかられた鏡子は、高橋医師が勤務している横浜の病院を訪ねるのだが・・・。
59歳の女性が心を寄せた55歳の男は、実は高橋医師ではなかった? 信じていた男に裏切られた鏡子は激怒しながらその正体を暴こうとするのだが、そこで知った真実はあまりにも切なくてほろ苦かった。「ニセ医者」が本当の医者より親身になって患者を救うというのは、ままありがちな話だが、本作は精神科医という設定によって、非常に奥行きのある心理劇に仕上がっている。ミステリー風味を効かせたロマンス小説としてオススメだ。
モンローが死んだ日 (新潮文庫)
小池真理子モンローが死んだ日 についてのレビュー
No.253:
(7pt)

妬みと恨みと欲望と

「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第一作。今やドイツミステリーの女王と称されるノイハウスが自費出版し、評判を聞きつけた老舗出版社が版権を取得したというエピソード付き、ノイハウスの実質的なデビュー作である。
フランクフルト郊外の農村で、鬼検事と呼ばれる上級検事が猟銃自殺した。同じ日、飛び降り自殺に偽装された女性の遺体が発見された。女性は獣医師の妻で、乗馬クラブで働いており、死因は動物の安楽死用の薬物注射だった。オリヴァー率いる捜査班が女性の周辺の聞き込み捜査を始めると、出てくるのは彼女の悪評ばかりだった。彼女の死を望んでいた容疑者の多さに戸惑い、捜査方針を絞り込めなかった捜査陣だったが、地道な聞き込みにより、事件と検事の自殺とのつながりを見つけ、地元の有力企業を巻き込んだスキャンダルを暴くことになる。
デビュー作だけに、すでに邦訳されたシリーズの3、4作「深い疵」、「白雪姫には死んでもらう」に比べると若干、未完成な部分を感じるが、それでも十分に読み応えがある。ドイツ、北欧系ミステリーのファンには、自信を持ってオススメできる。
悪女は自殺しない (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス悪女は自殺しない についてのレビュー
No.252: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ストーリーは抜群に面白い

イブ&ローク・シリーズの第34作。このシリーズ、これまで一度も読んだことが無かったのだが、作者のJ.D.ロブはロマンス小説の人気作家ノーラ・ロバーツの別名で、20年間に42冊という驚異的なハイペースで発表され続けているという。
本作は、12年前、イブが新人警官だったときに逮捕した連続少女暴行犯マックィーンが脱獄し、イブへの復習を仕掛けるというのがストーリーの本筋。さらに、イブの生い立ちに関わる因縁の街・ダラスが舞台となることで、忌まわしい過去から決別するための苦闘がサブストーリーとして物語に重みを加えている。
マックィーンの脅迫手段、捜査の進展、衝撃のクライマックスというスリリングなストーリー展開は抜群に面白く、警察小説として非常に高く評価できる。ただ、随所に出てくる「ロマンス小説」の味付けが、個人的には鼻について減点要素になった。
時間設定が2060年代ということで登場するさまざまなガジェットの名前や機能がちょっと特殊だったり、シリーズ物なので過去のエピソードが関連するシーンがあったりするのだが、読み進めるのに邪魔になることは無い。
ドライでクールなサスペンスが好みの方にはオススメできないが、ミステリーにもロマンチックな味わいが欲しい方にはオススメだ。
悪夢の街ダラスへ イヴ&ローク34 (ヴィレッジブックス)
J・D・ロブ悪夢の街ダラスへ についてのレビュー
No.251: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

猫のスプラッターコメディ

ドイツ・ミステリ大賞を受賞したという、トルコ系ドイツ人作家による「猫ミステリー」。猫が探偵役を務めるミステリーだが、扱うのが人間の犯罪ではなく、猫の連続殺人(殺猫)という異色作。ドイツを始め各国で大ヒットし、続編もベストセラーになったという。
ミステリー愛好家であることはもちろん猫好きでもあるので「これは必読」と読み始めたのだが、最初から猫殺しシーンの続出で、しかも描写がどぎついので、ちょっと辟易した。我慢して読み進めると、独特のユーモアがあるし、鋭い社会批評もあり、最後はかなり考えさせられる作品だった。
猫の愛らしさを溺愛する人には残酷過ぎてオススメできないが、そこさえ我慢できる人には、良質なミステリーとしてオススメできる。
猫たちの聖夜 (ハヤカワ文庫NV)
アキフ・ピリンチ猫たちの聖夜 についてのレビュー
No.250:
(7pt)

時事ネタも盛り込んで(非ミステリー)

息長く続いているIWGPシリーズの第11弾。20代後半になっても相変わらず地元愛一筋のマコトとタカシとGボーイズたちの、ちょっぴりくたびれだした青春ストーリーだが、さすがに石田衣良の看板作品だけあった退屈はさせない。
収録の4作品は、脱法ドラッグ、パチンコ中毒、胡散臭いネットビジネス、ヘイトデモと、いずれも時代を象徴するようなテーマばかり。どこか上っ面で偏狭で不寛容な世の中に対し、愚直な生活人の視点を失わず、しかし時代の流れに上手に乗っかって世直しに励む「街の不良たち」の物語である。
テレビドラマを見るのと同じ感覚で楽しい時間が過ごせること請け合い。深刻な社会派はちょっと勘弁、という人にオススメだ。
憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI (文春文庫)
No.249: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

シリーズ史上最強の敵と戦うヴィク

シカゴの女性探偵V.I.ウォーショースキー・シリーズの16作目。前作「ナイト・ストーム」を越えるボリュームで読み応え満点の力作である。
親友のロティから「知り合いの女性ジュディを捜して、助けてやって」という依頼を受けたヴィクは、ジュディがいるはずの田舎町に出かけたが、銃殺された男の死体を発見しただけで、ジュディの姿はどこにもなかった。麻薬中毒でドラッグハウスを出入りするジュディに嫌悪感を抱くヴィクだったが、ロティのたっての願いでジュディの行方を探し始めた。すると、第二次世界大戦前のウィーンから始まるジュディとロティの祖先の悲しい歴史と、アメリカの原水爆開発、現代の最先端企業の誕生秘話が絡み合う、壮大な嘘と裏切りのドラマが見えて来た。
50代になっても少しも変わらない情熱で世の不正義に立ち向かうヴィクが今回相手にするのは、なんとテロ対策に躍起となっている国土安全保障省と巨大IT企業のタッグ。資力、権力、情報力など全てにおいて圧倒的な差がある難敵に対し、一歩も引かないヴィクの激闘が読者のハートを熱くする。それにしても、テロ対策の一言で基本的人権を全て無視する行政機関の横暴と、あらゆるネット情報を監視して個人情報を盗み取る巨大IT企業の図々しさには、ヴィクならずとも腸が煮えくり返る思いがするが、同じことが日本でも起きる可能性が高い(すでに起きている)ことを考えると、とてもアメリカのフィクションとして読み流すわけにはいかなかった。
とは言え、社会派エンターテイメントとしても一流の仕上がり。シリーズでおなじみの周辺人物&犬たちも健在で、読者の期待に応えてくれる。すでに完成しているという次作の登場が待ち遠しい。
セプテンバー・ラプソディ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.248:
(8pt)
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完成度が高過ぎるデビュー作

英国の大手出版社の小説創作コースを卒業したばかりの新人のデビュー作なのに、出版権が破格の高額で落札され、しかも英国での出版の前に25カ国での出版が決まったという、まさに前代未聞の話題を呼んだ作品。そんな大騒動も納得できる、素晴らしく完成度が高いサイコミステリーである。
テレビ業界で成功を収めている49歳のキャサリンは、息子の独立を機に、夫婦二人だけで暮らすために引っ越しをした。引越しからしばらく経って落ち着き始めた頃、自分では買った覚えの無い本を見つけて読み始めてみると・・・そこには、20年前の忌まわしい出来事と彼女のことが書かれていた。完全に隠して来たはずの出来事をここまで詳細に再現しようとするのは、あの男の家族なのか、知らなかった目撃者なのか? 動揺したキャサリンは事態も自分自身もコントロールできなくなり、仕事も家庭も崩壊の坂を転げ落ちだしてしまった。
前半では、キャサリンの視点からと本を送った人物の視点から交互に物語が展開され、隠された秘密が徐々に明らかにされて行く。本を送った老人の妻への愛情の濃さが過剰で辟易させられるが、動揺するキャサリンにも後ろめたい部分があるようで、20年前の秘密が徐々に明らかにされるごとにサスペンスが高まって行く。
物語の後半部分では、キャサリンと老人が直接的にコンタクトを取り、想像を絶するクライマックスを迎えることになる。
残酷なシーンや恐怖を呼び起こすような描写がある訳ではなく、克明な心理描写だけで愛に潜む狂気の恐さを生々しく実感させる、この筆力は特筆もの。女性作家ならではの心理サスペンスの醍醐味がたっぷりと味わえる大傑作。心理サスペンスファンには、文句なしのオススメだ。
夏の沈黙 (創元推理文庫)
ルネ・ナイト夏の沈黙 についてのレビュー