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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 501~520 26/57ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.637:
(7pt)

個人は社会システムに勝てるのか?

2007年から約1年間、漫画週刊誌に連載された長編小説。「魔王」の約50年後、二十一世紀半ばを舞台にした続編という位置づけの社会派エンターテイメント作品である。
システムエンジニアの渡辺が請け負ったのは、ある出会い系サイトの仕様変更だった。すぐに終わる、簡単な作業のはずだったのだが、プログラムに不明点が多く、発注元とは連絡が取れず、しかも、作業中にある検索ワードを使った仕事仲間に次々に不幸が襲いかかった。この検索ワードに秘密が隠されているのではないかと不審を抱いた渡辺は、友人である作家の井坂に相談し、真相を究明しようとするのだが・・・。
基本的なテーマは、個人と国家の力関係、社会を動かしている原動力は何か、という根源的な問いかけである。社会にとって個人は歯車、目に見えないシステムの一部に過ぎないのか? アイヒマンやアリのコロニーなどの比喩を多用して、ホラ話のカタチでこの難問に挑んでいる。雑誌連載に付きものの冗長さがあるものの、予想を裏切るストーリー展開、伊坂幸太郎ならではの個性的な登場人物たちのユーモラスな言動など、エンターテイメント作品としての要素はきちんと盛り込まれている。
ミステリーとしては物足りないが、良質な社会派エンターテイメントとしてオススメしたい。
モダンタイムス(上) 新装版 (講談社文庫)
伊坂幸太郎モダンタイムス についてのレビュー
No.636:
(7pt)

グロ過ぎて、マイナス1ポイント

スウェーデンで各種の賞を受賞し大ヒットしたという新人作家のデビュー作。題名通り、1793年のストックホルムを舞台に猟奇殺人事件の謎を解いて行く歴史ミステリーである。
ストックホルムの貧民街で四肢を切断された上に舌や目も切り取られた惨殺死体が発見された。警視総監からの依頼を受けた法律家・ヴィンゲは、死体の発見者でもある引立て屋(同時代の日本で言えば、岡っ引き?)ミッケルの助けを借りて事件捜査に乗り出した。二人は乏しい証拠を頼りに聞き込みを続け、被害者がおぞましい娼館にいたことまでは突き止めたのだが、そこを支配する闇の世界に切り込むことができず、捜査は行き詰まってしまったのだが・・・。
物語は、第一部が事件発生と二人の捜査、第二部が事件前の被害者に関わる関係者の独白、第三部が周辺人物の第二部よりさらに前を描いたサブストーリー、第四部は謎解きという四部構成で、最後には犯人が判明し伏線が回収されてミステリーとして完結する。ただ、犯人探し、謎解きミステリーとしてはさほどレベルが高いとは言えない。それより、当時のストックホルムの風俗を生き生きと甦らせている歴史風俗小説として読み応えがある。描写があまりにもリアル過ぎてグロテスクな場面が多く、潔癖性の人にはオススメできないのだが。本作は三部作の第一作で、本国ではすでに第二作が刊行されているという。
一般受けする作品ではないが、歴史ミステリーファン、残酷なシーンに耐えられる方にはオススメできる。
1793 (小学館文庫 ナ 1-1)
ニクラス・ナット・オ・ダーグ1793 についてのレビュー
No.635:
(8pt)

プロ同士は騙される方が間抜けという

90年代後半の雑誌掲載作品5本を収録した連作短編集。古美術の世界でひと儲け、濡れ手に粟を企む男たちの容赦ない騙し合いを描いた、古美術コンゲーム小説である。
水墨画、茶道具、陶磁器など、各作品ごとに主題となるジャンルは異なるものの、いずれも贋作作りの手法と騙しのテクニックをユーモラスに、しかもリアリティ豊かに描いている。贋作と分かっていて素人に売るのは恥だが、同業者に売るのは構わない、騙された方が笑い者になるという世界の物語は、実に魅力的。犯罪と言えば犯罪なのだが、殺人も暴力場面も出て来ないので読後感は爽やかである。登場人物たちの関西人らしい振る舞い、大阪弁の軽やかさも作品のテイストにぴったり合っている。
黒川ファンはもちろん、コンゲームもののファンにはぜひ読んでいただきたい傑作である。
文福茶釜 (文春文庫)
黒川博行文福茶釜 についてのレビュー
No.634: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

登場人物がみんな神経症で・・・

「そしてミランダを殺す」で日本でブレイクしたスワンソンの邦訳第3作。今回も視点が変わるたびに事件の様相がくるくると変化し、「誰が嘘を吐いているか」を解き明かして行くサイコ・サスペンスである。
一度も会ったことが無い又従兄弟のコービンと半年間、住まいを交換してボストンに留学することになったケイトがロンドンからボストンに着いてみると、そこは豪勢なアパートメント・ハウスだった。豪華な部屋に落ち着かない気分で一晩過ごしたケイトだったが、翌朝、隣に住む女性・オードリーの死体が発見されたことを知り、さらに不安を募らせる。中庭を挟んでオードリーと向かい合う部屋の住人・アランや、オードリーの昔の恋人を名乗るジャックからは「コービンはオードリーと付合っていた」と聞かされたのだが、コービンはオードリーとの付き合いを否定した。嘘を吐いているのは誰か? コービンはオードリー殺害犯なのか? 自らのトラウマにも悩まされながらケイトは真相を探り出そうとする・・・。
ヒロインのケイトは強度の強迫神経症だし、コービンは隠し事が過ぎるし、アランは覗き魔だし、ジャックは落ち着きが無く挙動不審だし、主要登場人物が全員神経症を病んでいるため、物語世界にすっと入り込むことが難しく、読書の流れが悪い。犯人探しミステリーとしては良く出来ているが、サイコ・サスペンス、ゴシック・ミステリーの風味が強過ぎるため、ミステリー専門家やマニアには好評でも、一般受けはしないだろう。
読者を選ぶ作品である。
ケイトが恐れるすべて (創元推理文庫)
No.633: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

2001年にここまで書いていた、やっぱりディーヴァーは凄い!

リンカーン・ライム・シリーズ外の作品。2001年という古い(ネットの世界では4世代ぐらい前?)作品だが、今でも十分通用するネットワーク・ミステリーである。
シリコンバレーで惨殺された女性はネット上でストーキングされていたようだった。その手口の高度さに気づいた警察は、容疑者を追跡するために刑務所に収容中の天才ハッカーであるジレットを呼び出し、捜査に協力させることにした。毒をもって毒を制する、ハッカー同士の戦いは現実世界での犯罪を誘発し、命を賭けた戦いが繰り広げられるのだった。
こういう作品はどこまでリアリティを持たせられるかが重要なポイントになるが、さすがに取材が徹底している上に想像力が半端ではないディーヴァーだけあって、今日か明日には実際のことになるのではと想像すると、背筋が寒くなるような怖さがある。ネットの世界、特にハッカーが中心となる物語だけに専門的なエピソードが多いのだが、重要人物にコンピュータやネットに詳しくない刑事が登場することで適切な解説が加えられているので、さほど苦労することなくストーリーを追うことが出来る。さらに、比較的初期の作品なので、ジェットコースター的展開、どんでん返しもそれほどあざとくなく、その点でも読みやすい。
リンカーン・ライム・シリーズ愛読者であるか否かを問わず、幅広いジャンルのミステリーファンが楽しめる作品としてオススメできる。
青い虚空 (文春文庫)
ジェフリー・ディーヴァー青い虚空 についてのレビュー
No.632:
(7pt)

金沢の仇を大阪で・・・平成の仇討ち物語

ドラマが大ヒットした「半沢直樹」シリーズの第1作。大手都市銀行の行員が理不尽な上司を成敗する、勧善懲悪の仇討ち物語である。
大手銀行の融資課長半沢直樹は、支店長の命令で融資した会社が倒産したことで5億円が焦げ付いた責任を一方的に押し付けられそうになる。このままでは社内の力関係でやられてしまうと危機感を抱いた半沢は、同期入社の人脈や倒産で被害を受けた人たちの協力を得て、理不尽な上司たちを徹底的な返り討ちに合わせるのだった・・・。
主人公の行動原理は正義感に基づいているように見えて意外な裏があり、単純な勧善懲悪だけに終わってはいない。銀行に限らず、日本の企業社会でこんな行動がとれる社員はいないという前提で楽しむ、言わば平成サラリーマン社会の遠山の金さんである。難しいことは言わず、どんどん物語に入って行ける傑作エンターテイメント作品であることは間違いない。
ドラマを見たか否かに関わらず楽しめる作品であり、多くの方にオススメしたい。
オレたちバブル入行組 (文春文庫)
池井戸潤オレたちバブル入行組 についてのレビュー
No.631: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

卑劣な世界では、法の正義は自らの手で実現する

2019年のMWA最優秀長編賞(エドガー賞 長編賞)受賞作。元警官のニューヨークの私立探偵・オリヴァーが警察の腐敗を追及することで自分を再生させようとする、正統派のハードボイルド作品である。
十数年前、NY市警の刑事だったジョー・オリヴァーはハニートラップに引っ掛かって市警を首になり、妻には愛想を尽かされ、しがない私立探偵として漫然と日々を送っていたのだが、ある日、かつてオリヴァーにハニートラップを仕掛けた女性から手紙が届き、事件を謝罪し、彼の無罪を証明するために証言台に立つと言われた。その直後、2名の警官を射殺したとして死刑を宣告された黒人活動家の無実を証明して欲しいという依頼人が現われた。まったく無関係な二つの出来事だが、その背後には権力の陰謀があると考えたオリヴァーは自分自身の誇りを回復するためにも、巨大な悪に立ち向かうことを決心した・・・。
美女に弱く、古いジャズを愛好し、高校生の愛娘を溺愛する主人公・オリヴァーの人物設定が成功している。ヒーローには似つかわしくない様相なのだが、警察に愛着を持ち、しかも黒人としてのアイデンティティを深く持っており、正義感が強い。さらに信義や他人に平等に接する態度を大事にしてきたことで、陰に陽に協力してくれる人物にも恵まれ、孤独な戦いの過程で多彩な援軍が現われて来る。無力に見えた男が巨悪に挑戦し、苦しい戦いの中でプライドを取り戻して行く、まさにハードボイルドの王道を行く作品で、物語が進展するに連れてどんどんサスペンスが高まって来る。そして迎えたクライマックス。読後の余韻も心地よい。
ハードボイルド・ファンには絶対のオススメだ。
流れは、いつか海へと (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
No.630:
(8pt)

密室トリックに大阪府警の軽みを振りかけて

大阪府警シリーズの第6作。しかし、他の作品と異なり本格的な密室の謎解きが中心になった警察ミステリーである。
「ブンと総長」と呼ばれる府警捜査一課の文田巡査部長と総田部長刑事が担当することになったのは、頭部が腐乱し、脚部はミイラ化した不思議なバラバラ死体事件だった。死体発見の数日後、マンションでの心中事件現場からバラバラ事件の記事の大量の切り抜きが見つかった。二つの事件を関連させて捜査することになり、ブンと総長コンビに京都育ちの新入り五十嵐刑事を加えたチームは、それぞれの関係者の背景を洗い出すうちに、心中事件の二人も殺害されたのではないかと疑うようになった・・・。
大阪府警シリーズではあるが、警察の内部事情や刑事たちの個性的な言動より、密室殺人の謎を解く本格ミステリーの色合いが濃い。事件の様相や捜査の進展具合なども本格ミステリーに則っており、読者は作者との知恵比べが楽しめる。もちろん、大阪弁でのとぼけた会話の面白さは健在で、一冊で二度楽しめる作品である。
大阪府警シリーズのファンはもちろん、黒川博行ワールドのファン、さらには本格ミステリーのファンにもオススメする。
ドアの向こうに (角川文庫)
黒川博行ドアの向こうに についてのレビュー
No.629:
(8pt)

映画化してもらいたい、傑作青春ロードノベル

独特の小説世界を築いて人気があるボストン・テランの2018年の作品。19世紀後半、南北戦争前のアメリカを舞台に、12歳の少年がニューヨークからミズリーまで一人で旅し、様々な戦いの中でアイデンティティを確立していく傑作ロードノベルである。
詐欺師の父親と12歳の少年・チャーリーはニューヨークで、奴隷制度廃止のための資金を南部の活動家に届けるという名目で大金を巻き上げた。金を持って逃げようとした父子だったが、大金を狙う悪党2人に襲われ、父が殺されてしまう。辛くも悪党から逃げられたチャーリーは、それまでの自らの悪行を償うために、一人で約束通り金を届けようと決心する。執拗に追いかけて来る悪党から逃げながら、奴隷解放をめぐって騒然としたアメリカ南部をたった一人で旅する少年は、様々な人々の助けを得て自らが課した任務を全うするべく戦うのだった・・・。
基本的には、悪党に追われる少年の逃避行がメインのロードノベルかつ犯罪小説だが、詐欺を働いていた自分を変えたいという贖罪の物語でもあり、少年が青年へと変わる成長物語でもある。さらに、暴力や犯罪を描いた傑作を発表してきたボストン・テランらしく残酷なまでの現実を描いた社会派ミステリーでもあり、少年の成長が感動的だが、単に清々しい成長物語だけでは終わっていない。ストーリーは波乱に富み、登場人物も多士多彩で飽きることが無い。ぜひとも映画化してもらいたい作品である。
ミステリーの枠に収まらない傑作青春ロードノベルとして、多くの人々にオススメしたい。

ひとり旅立つ少年よ (文春文庫)
ボストン・テランひとり旅立つ少年よ についてのレビュー
No.628: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヤクザと警察、どっちが悪?

大阪府警の丸暴刑事「堀内・伊達」シリーズの第1作。ヤクザの上前をはねる悪徳刑事コンビがヤクザを利用する悪徳商売人に挑戦する、社会派のエンターテイメント作品である。
ヤクザ組織の賭場の情報をつかんだ丸暴刑事・堀内は、相棒の伊達とともに内偵を重ね、現場に踏み込んで27人を逮捕するという手柄を立てた。捜査で知った情報をもとにイエローペーパー発行人・坂辺と組んで強請を働くという「裏のシノギ」をやってきた堀内は、今度も新たな金づるをつかもうとしたのだが、坂辺が車にはねられて死亡し、堀内はヤクザに尾行されるようになった。金づるにしようとした学校法人理事長にはどんな裏があるのか、だれがヤクザを動かしているのか、警察内部の監察部門の目を気にしながらも堀内と伊達は、自分たちのシノギを遂行しようとする・・・。
話の最初から最後までとにかく、刑事もヤクザもビジネスマンも、出て来る人物は全員が悪者と言っても過言ではない。お互いがお互いの上前をはね、さらなる大金をつかむべく知恵と度胸で渡り合う。その丁々発止は細部までリアリティがあり、しかも軽妙で魅力的な大阪弁のやり取りが加わり、まさに全編、黒川博行ワールドである。
警察小説、ハードボイルドというよりノワール・エンターテイメントの傑作として、肩が凝らない社会派エンターテイメント作品を読みたいという読者にオススメする。
悪果
黒川博行悪果 についてのレビュー
No.627:
(7pt)

アメリカの宿痾は銃とキリスト教

本国アメリカを始め世界的にベストセラーを放っている作家の最新作かつ最初の邦訳作品。猛烈な寒波に襲われたニューヨークを舞台に、冷静沈着なスナイパーと天才的能力を持つFBI捜査官の戦いを描いたサスペンス・ミステリーである。
猛烈な吹雪と寒波に襲われたニューヨークで、停車しようとした車を運転していたFBI捜査官が狙撃され死亡した。一発で超長距離の狙撃を成功させた犯人に危機感を抱いたFBI主任捜査官は、魔法の目を持つ男・天才的な空間把握能力を持つ元FBI捜査官・ルーカスに協力を依頼する。捜査官時代に事故に遭って片腕、片足、片目を失い、今は大学教授として穏やかな家庭生活を送っているルーカスは協力をためらうのだが、撃たれたのが元相棒だったことを知らされ、現場を見たことから捜査への誘惑に負けて捜査に加わり、狙撃手のいた場所を特定する。しかし、犯人像を描くこともできないうちに次々に法執行機関の職員が狙撃された。被害者たちの共通点は何か、犯人の狙いは何か。ルーカスをはじめとするFBIと謎の狙撃犯は、時間に追われながら激しい戦いを繰り広げるのだった。
天才的なスナイパーと天才的な捜査官の対決はよくあるパターンだし、主人公が肢体不自由というのもすでにリンカーン・ライムがいるため目新しさは無いが犯人解明までのプロセスは緻密で、決して飽きさせない。さらに、事件の背景には銃社会とキリスト教原理主義の頑迷さが見据えられており、なかなか鋭い社会批評が表現されている。また、家族のあり方を問う側面もあって、単なるサスペンス作品ではない深さがある。ただ、ストーリーのポイントとなるいくつかのエピソードにややご都合主義があるのがちょっと残念。
スナイパーもの、冒険活劇、サスペンス・アクションのファンにオススメする。
マンハッタンの狙撃手 (ハヤカワ文庫NV)
ロバート・ポビマンハッタンの狙撃手 についてのレビュー
No.626: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犯人探しの醍醐味が味わえる快作

日本でも安定した人気を誇る「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第7作。臓器移植の闇をテーマに、連続殺人の犯人と動機を解明する警察捜査の面白さを追求した傑作ミステリーである。
クリスマスを目前に控えたフランクフルト郊外の町で、早朝に犬を散歩させていた女性が射殺された。翌日、訪れた娘と孫のためにクッキーを焼こうとしていた女性が、自宅のキッチンで窓越しに射殺された。さらに数日後、一人暮らしの父親を訪ねてきた若い男性が父親宅の玄関前で射殺された。いずれも一発の弾丸で確実に殺害するという凄腕スナイパーの出現に町はパニックになり、オリヴァーとピアたち警察には早期解決のプレッシャーがかけられるのだが、被害者たちに共通点が見つからず、犯行動機すらつかめなかった。そんな捜査陣をあざ笑うかのごとく、「仕置き人」と名乗る犯人から謎めいた殺害理由を書いた死亡告知が届けられた。犯人の狙いは何か? 被害者たちを繋ぐ犯行動機とは何か? オリヴァーとピアは体力、気力を極限まで振り絞り犯人を割り出そうと奮闘するのだった・・・。
ここ数作は登場人物たちのヒューマン・ドラマの側面が強かった本シリーズだが、本作は久しぶりに警察による犯人探しのプロセスが充実し、緊張感のあるミステリーとなっている。背景となる臓器移植の問題は、まさに日本でも同じような状況が起きかねないだけにリアリティもあり、社会派サスペンスとして読み応えがある。また、シリーズの主役でありながら背景が不明だったピアの家族関係が明かされているのが、シリーズ愛読者には興味深い。
シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読であっても十分楽しめる内容なので、本格警察小説ファンに自信を持ってオススメする。
生者と死者に告ぐ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス生者と死者に告ぐ についてのレビュー
No.625:
(7pt)

初期作品らしい泥臭さが、いい味を出している

1985年、第2回サントリーミステリー大賞の佳作を受賞した作品。デビュー作で前年の同賞を受賞した「二度のお別れ」の続編である。
大阪府警の「黒マメ」コンビこと黒木と亀田は、行員2名が射殺され約1億円が奪われた現金輸送車襲撃事件の捜査に投入され、被害にあった銀行の聞き込みを担当した。ところが、昼間に事情聴取した行員がその夜、飛び降り自殺したのだった。自殺した行員は、共犯者だったのか? 事件そのものの様相も謎が多く、しかも何人か事件関係者は判明するものの動機や証拠があやふやで捜査は難航した。さらに、新たな犠牲者が出て、捜査はますます混迷して行くのだった。
現金輸送車襲撃事件の背景には銀行やサラ金など金融業界の問題点が描かれており、その意味では社会派ノワールとも言えるが、物語のメインは黒マメコンビによる警察小説である。真面目なのか不真面目なのか、規則に囚われない大阪の刑事たちの自由奔放な捜査活動や飛び跳ねるような会話が生き生きと描かれているのは、まさに黒川博行ワールドの原型と言える。初期作品だけあって、後の大阪府警シリーズなどの軽妙さには及ばないぎこちなさはあるものの、第一級のエンターテイメント作品であることは間違いない。
黒川博行ファンはもちろん、前作「二度のお別れ」を読んでいなくても十分楽しめるので、軽めのミステリーを読みたい方に自信を持ってオススメする。
雨に殺せば (角川文庫)
黒川博行雨に殺せば についてのレビュー
No.624: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読むには体力・気力がいるが、それだけの価値あり

フレンチ・ミステリーのリーダーの一人であるグランジェの長編第9作(邦訳は4作目)。上下2段組みで700ページ、重さ670gという、最近では珍しい重厚長大な一冊だが、サスペンス・アクションの醍醐味が詰まった傑作である。
ボルドー中央駅構内でホームレスが殺害された現場近くにいた男が保護されたのだが、記憶喪失に陥っていたため、マティアス・フレールが医長を勤める精神病院に運ばれてきた。マティアスは、男が記憶を取り戻すための手助けをしようと治療に取りかかる。一方、事件を担当することになったボルドー警察の女性警部アナイス・シャトレは、これをチャンスとし、何としても事件を解決するべく強引な捜査を進めようとする。事件に対し反対方向から対応する二人は、激しくぶつかり合うのだが、アナイスはマティアスに惹かれるものがあった。しかし、事件現場で採取された指紋が、遠く離れたマルセイユで逮捕歴があるホームレスのものと一致し、さらにホームレスの写真がマティアスに似ていたことから事件は急展開を見せ、アナイスとマティアスは追う者と追われる者になる・・・。
解離性遁走と呼ばれる人格の分裂がメインテーマとなり、それにスパイ小説、犯人追走劇、政治的陰謀などが加わった、盛りだくさんの物語である。あっという間に人格が分裂して全くの別人として生きているという設定がやや気になるものの、アクションもサスペンスも非常にレベルが高く、700ページをまったく緩み無く疾走する作品である。
グランジェ・ファンはもちろん、フレンチ・ミステリーのファン、ミッション・インポッシブルのファンにオススメしたい。
通過者 (BLOOM COLLECTION)
ジャン=クリストフ・グランジェ通過者 についてのレビュー
No.623:
(7pt)

3作目にしてマンネリだけど、笑える

「ワニ町シリーズ」の第3作。前2作と同じメンバーが同じような騒動を繰り返すのでややマンネリではあるが、しっかり笑えるユーモアミステリーの傑作である。
身分を隠したCIA工作員・フォーチュンが仲良くなった町の老女のリーダーであるアイダ・ベルが町長選挙に立候補。対立候補・テッドと公開討論会を開いたのだが、その直後、テッドが毒殺された。アイダ・ベルたちが作っている「咳止めシロップ」(実は密造酒)を飲んで死んだという。犯人扱いされて身柄を拘束されたアイダ・ベルを救うためにフォーチュンは、老婦人仲間のガーティの力も借りて、アイダ・ベルの無実を証明しようと立ち上がる。その結果、南部のワニ町・シンフルは大騒動になる・・・。
シリーズ愛読者ならすぐに展開が読めてくるワンパターンの話なのだが、エピソード、会話が軽快で人物のキャラが強烈なのでやっぱり面白い。良質なコメディを見るように、話の流れに身をゆだねているだけで満足できる。
シンフルの町にすっかり溶け込んでるように見えるフォーチュンだが、この町に移ってきてからまだ二週間しか経っていないという設定にビックリ。たった二週間で3つの作品になってしまうスピード感こそ、本シリーズの魅力である。さらに、本作ではフォーチュンが猫を飼うようになり、シリーズはまだまだ続いて行きそうなので楽しみにしたい。
ユーモラスで楽しいミステリーを読みたい方に、自信を持ってオススメする。
生きるか死ぬかの町長選挙 (創元推理文庫)
No.622:
(8pt)

いつもながら抜群のテンポの良さと会話の面白さ

夕刊紙連載に加筆・修正した長編小説。大阪府警シリーズには分類されていないが、大阪府警の刑事二人を主人公にしたクライム・アクションである。
府警麻薬対策課の桐尾と上坂は34歳の同期生。同じ班に配属されている二人が覚せい剤取引捜査中に、容疑者が借りていたガレージで中国製のトカレフを発見した。本部長表彰も貰えるのではないかと期待したのだが、その拳銃が迷宮入りした和歌山県での銀行副頭取射殺事件で使用されたものであることが判明し、二人はその事件への専従捜査を命じられる。事件を担当した和歌山県警に赴くと、二人を迎えたのは定年間近でやる気が無い、ハグレ刑事の満井だった。やってるフリだけの捜査を進めていた三人だったが、満井は桐尾と上坂に「事件に関係したと目される暴力団幹部に、偽って別のトカレフを売りつけよう」と持ちかけてきた。刑事が暴力団に拳銃を売るという、とんでもない犯罪行為だが、金に釣られた二人は誘いに乗って危険なおとり捜査に加担することになった・・・。
とてつもなく無茶な話だが、前半の麻薬常習者との内偵捜査の駆け引き、後半のやくざたちとの取引ともに、黒川節でテンポよく語られて行くと妙なリアリティがあり、どんどん引き込まれていく。また、大阪弁での会話の躍動感がストーリーを生き生きと彩って飽きさせない、一級品のエンターテイメントである。
黒川博行ワールドにどっぷり浸れる作品として、自信を持ってオススメできる。
落 英
黒川博行落英 についてのレビュー
No.621:
(7pt)

強過ぎる! 鷹匠・ネイトの無敵伝説

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第12作。今回は、名脇役ネイトを主役に据えたアクション・サスペンスである。
ハヤブサを連れて鴨狩りをしていたネイトは、地元のハンターだと思って油断した三人組に襲われた。ネイトは反撃し三人とも射殺したのだが、肩を負傷してしまう。身の危険を感じたネイトは、家を焼き払い、行方をくらましてしまった。法執行機関の一員として仕方なくネイトの捜索に加わったジョーだったが、本音ではネイトの無罪(正当防衛)を信じ、何とか助けられないだろうかと悩んでいた。親しくしているインディアンや昔の仲間を頼って逃亡を続けるネイトだったが、ネイトの過去に繋がる闇の組織はネイトの関係者を次々に襲い、執拗に追跡し、ついにはジョーの家族にまで脅迫の手が迫って来た・・・。
いつも通りの森林地帯での冒険劇なのだが、今回はネイトの過去にまつわる政治的謀略が加えられており、ネイトの隠された過去が明かされる点でシリーズ中でも重要な作品となっている。それにしても、ネイトの強さは凄い、凄過ぎる。ブルース・リーやランボーに負けず劣らずである。対照的に、本来の主人公であるジョーの弱さが際立っている。それでも主役はジョーであり、彼の誠実さ、愚直さが勝利を収める時、読者は安心する。
シリーズ愛読者には必読。アクション・サスペンス愛好家にもオススメしたい。
鷹の王 (講談社文庫)
C・J・ボックス鷹の王 についてのレビュー
No.620:
(8pt)

人間は何をしても、いつだって失敗なんだ

ヴァイオリン職人シリーズの第3作で、なんと日本向けの特別書き下ろし作品だという。北欧ノルウェーを舞台に人間の愚かさ、切なさ、愛しさを描いた人間味豊かな傑作ミステリーである。
20年前にイタリア・クレモナのヴァイオリン製作学校でジャンニの教え子だったノルウェー人・リカルドが母校を訪れ講演をした夜、殺害され、ノルウェーから持ってきていた古い弦楽器ハルダンゲル・フィドルが消えてしまった。大した市場価値がある訳でもない楽器が、殺人の動機になるのだろうか? クレモナ警察の刑事で友人のアントニオの捜査に協力するためにジャンニは、真相解明のためアントニオ、恋人のマルゲリータと一緒にリカルドの葬儀に参列することになったのだが、雨の日ばかりが続くフィヨルドの港町・ベルゲンで三人が出くわしたのは、新たな殺人事件だった・・・。
前2作と同様、本筋は犯人探しなのだが、本作でもヴァイオリンや音楽にまつわるエピソードが重要な役割りを果たしており、殺人事件ながら血腥いところや暴力的なところはほとんどない。だからといって退屈ではなく、謎解き、サスペンスはたっぷり堪能できる。さらに、老練な職人であるジャンニの深い人間観察から発せられる含蓄に富んだコメントが味わい深く、ヒューマン・ドラマとしても傑作と言える。
幅広いミステリーファンが満足できる作品だが、シリーズ物なので、先に前2作を読むことをオススメする。
ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器 (創元推理文庫)
No.619:
(8pt)

単純で面白い、アクション・ノワール

テレビドラマ脚本家の長編デビュー作で、2018年エドガー賞最優秀新人賞の受賞作。無法者の父親と11歳の娘がギャング団に報復する、暴力的で痛快なアクション・ノワールである。
刑務所でギャング団とトラブルを起こしたネイトは、出所したときに自分はもちろん、元妻と娘にも抹殺指令を出されたことを知る。元妻と娘を守るために駆けつけたのだが、元妻は既に殺害されていた。残された娘・ポリーを何が何でも守ろうと、ネイトはポリーを連れてロサンゼルスへ逃げ込んだのだが、最終的にギャング団の抹殺指令を解除させるには反撃するしかないと決心し、ポリーと二人で命を賭けた戦いを挑むことになる・・・。
11歳の娘と組んで強盗をやりギャング団をやっつけるという荒唐無稽な話であり、作者が「レオン」や「子連れ狼」にインスパイアされたと語っている通り、映像的、漫画的な作品で、ストーリーや場面の華やかさ、スピード感を楽しむ作品である。物語の背景やテーマがどうのこうのではない、シンプルなエンターテイメントとして楽しめる。
まさに「レオン」や『子連れ狼」、タランティーノ作品がお好きな方にオススメだ。
拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)
ジョーダン・ハーパー拳銃使いの娘 についてのレビュー
No.618:
(8pt)

雪深い森で弱者を守る、古き良きアメリカン・ヒーロー

「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第2作。猛烈な雪嵐が襲う深い森林を舞台に、正義を貫き、弱者を守ろうとする心優しきヒーローを描いた情感豊かなミステリー・アクションである。
ジョーは、何頭ものエルクを射殺した違法ハンターを逮捕したものの連行中に逃げられ、激しく降り始めた雪の中でようやく追い付いてみると、ハンターは無惨に殺されていた。日ごろから対立している保安官と折り合いを付けて犯人探しに加わったジョーだったが、殺されたハンターが森林局の役人だったことから乗り出してきた政府の役人たちに振り回されることになる。さらに、反政府主義グループが地元の国有林にキャンプを張り、状況は一段と悪化していった。しかも、そのグループにはジョー夫妻が養女にしようとしているエイプリルの母親がいて、エイプリルの親権を主張し、取り戻そうとする問題も発生した。理不尽な法律や邪悪で卑劣な人々に対し、家族を愛する実直な正義漢・ジョーは限界まで戦いを挑んでいく・・・。
古き良きウェスタンを思わせる主人公と悪役との対立という構成が成功している。さらに、ジョーの人柄の良さが読者を引きつけるし、悪役の狡猾さが際立っているので、窮地に陥ったジョーが反撃に出た時は思わず拍手喝采、まるで高倉健の唐獅子牡丹のような爽快さを覚える。猟区管理官という、武器を携帯する役人ながら大した権力を持たない主人公の設定が、単なる銃撃戦だけのアクション小説とは一線を画し、自然や家族に対する愛情が伝わる味わい深い物語となっている。
本作以降の作品では重要な役割りを果たすことになる鷹匠・ネイトが登場する、シリーズ的に重要な作品として、シリーズ愛読者には必読。さらに、現実感のあるヒーローもののファンにもオススメする。
凍れる森 (講談社文庫)
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