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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1167

全1167件 481~500 25/59ページ

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No.687:
(7pt)

前代未聞の誘拐犯からの要求。だが、その真相は腰砕け

政治家の孫が誘拐され、政権のスキャンダルが明かされる危機に陥るという、書き下ろし長編ミステリー。タイムリミットものであり、また犯人探しミステリーでもある。
総理の関与が疑われるスキャンダルの渦中にあった与党政治家・宇田の孫が誘拐されたのだが、誘拐犯からの要求は「記者会見を開き、自分の罪をすべて自白しろ」という前代未聞のものだった。孫娘を救い出すために要求に応えるしかないと決心した宇田は、それでも自身の立場や政治家である息子たちの将来を守るための術策を尽くそうとする。それに対し、総理を守る官邸側は圧倒的な権力差を武器に宇田を追いつめる。一方、誘拐事件を捜査する警察は見えて来ない犯行動機に戸惑い、一向に犯人に迫ることが出来ないでいた・・・。
記者会見までのタイムリミットが迫る中、被害者一族、所属する政党や派閥の思惑、権力闘争が絡んで事態が進展せず、じりじりとサスペンスが盛り上がる。最終的には宇田の記者会見によって孫娘は無事に解放されるのだが、事件の背景には意外な真相が隠されていた。また、宇田の次男で父親の議員秘書を務めている宇田晄司は権力争いの実相に触れ、自分の生き方を変えるようになる。本作は、誘拐犯追跡の警察小説であり、さらに政治スキャンダル小説でもあるという、二つの側面があるのだが、どちらかといえば政治小説の色が濃い構成である。事件の深層が解明されたとき、その陳腐さにちょっとガッカリした。
誘拐もののサスペンスを期待すると不満が残る。政治スキャンダルを楽しむ作品として読むことをオススメする。
おまえの罪を自白しろ (文春文庫)
真保裕一おまえの罪を自白しろ についてのレビュー
No.686:
(7pt)

いつもに比べて、設定に無理を感じた

ジョー・ピケット・シリーズの第8作。舞台はいつも通りのワイオミングの山岳地帯だが、州知事直属の捜査官という立場になったジョーがハンター連続殺害事件を捜査するという、犯人探しミステリーである。
殺害されたハンターは、まるで捕獲した獲物を処理したように頭部が無く、木に吊るされていた。さらに、現場に残されていたポーカーチップから、他にも同じように狩猟中に殺されたハンターがいたことが分かった。犯人は狩猟に反対する狂信者なのか? 州の重要産業である狩猟を守るために、ルーロン知事は緊急対策チームを立ち上げ、ジョーに参加するように命令する。事件をきっかけに、全国的な反狩猟運動のリーダーもワイオミングに駆けつけ、落ち着かない状況の中でジョーは思い通りに進まない捜査に手こずり、自分の責任の元にFBIに拘束されている盟友ネイトの釈放を願い出て、背水の陣で難問に挑むことになった。
毎回、社会性のあるテーマを設定するシリーズだが、今回は飽食の時代における狩猟の意味が事件の背景に設定されている。ジョーは職業柄、マナーを守った狩猟を守る立場で行動する。ただ、反狩猟運動側が中途半端なため問題追及が甘く、議論が深まっていない。さらに、事件の動機との関連が薄く、やや肩透かしをくらったように感じた。
シリーズ作品としては十分に及第点で、ファンには安心してオススメできる。
復讐のトレイル (講談社文庫)
C・J・ボックス復讐のトレイル についてのレビュー
No.685: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

まさにイタリアンな警察小説!

イタリアではすでに8作が刊行され、テレビドラマとしてもシリーズ化されているという大人気の警察小説シリーズの第一作。「イタリア発 21世紀の87分署シリーズ」という帯の惹句通り、シリーズとしての邦訳を期待したい傑作警察ミステリーである。
ナポリでもとりわけ治安が悪い地域を担当するピッツォファルコーネ分署は、捜査班の4人の刑事が押収したコカインを横領したことで逮捕され、分署は存続の危機を迎えていた。そこに送り込まれてきたのが、切れ者ながら上司との折り合いが悪くて放出されたロヤコーノ警部、捜査中に暴力事件を起こしたロマーノ巡査長、署内で発砲したアレックス巡査長補、アメリカ刑事ドラマかぶれのスピード狂のアラゴーナ巡査という、いずれも癖があり過ぎて、前任署で持て余しものになっていた刑事たちだった。それを統括するのは人格者で新任のパルマ署長、さらに従来から分署にいた二人のベテランを加え、7人の捜査班が結成された。彼らが着任そうそうに直面したのが、スノードーム収集が唯一の趣味という資産家の中年女性の殺害事件だった。ロヤコーノたちが事件を伝えるために被害者の夫の事務所に行くと夫は不在で、連絡が取れなかった。後で夫に会うと、最初に伝えた出張という不在の理由は嘘で、愛人と泊っていたことを告白する。にわかに重要参考人となった夫だったのだが、犯行を裏付ける証拠は何も見つからなかった・・・。
本書冒頭の「謝辞」で筆頭にエド・マクベインの名を挙げていることからも明らかなように、87分署シリーズを意識して書かれた作品である。87分署をリスペクトするシリーズは世界中で書かれているが、本作はその中でも傑作に挙げられる完成度を達成している。本筋の事件解明プロセス、事件の背景となる社会状況、警察内部の事情など、警察ミステリーに必要な要素はきちんと押さえられている。さらに、7人の捜査班メンバーの個性、それぞれの生活、個人的な悩みなどが彩り豊かに描かれ、現代イタリアのヒューマン・ドラマとしても楽しめる。
すべての警察ミステリーファンに今後の展開が楽しみなシリーズが登場したと、自信を持ってオススメする。
集結 (P分署捜査班) (創元推理文庫)
No.684: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

憎悪の極限まで突っ走る男の生き様を描いた、傑作ノワール

「虎狼の血」シリーズ三部作の完結編。ヤクザ以上にヤクザな暴対刑事を描いた前二作とはやや異なり、自分の腕力一つでのし上がって行く野良犬を主人公にしたノワール色の濃い警察サスペンスである。
組織暴力がそれなりの態勢を整えた昭和後期の広島で、無類の喧嘩度胸で愚連隊「呉寅会」を引っ張る沖虎彦。ヤクザをも恐れぬ無鉄砲さと人を引きつけずに置かないカリスマ性で仲間を集め、ついには地元の暴力団と全面対決するハメになった。沖の破壊力を、ヤクザの排除に利用したいと考えていた大上刑事は、愚連隊がヤクザと全面対決して勝てる訳がないと判断し、呉寅会が行動を起こす直前に沖たちを逮捕する。その18年後、服役を終えた沖は広島に戻り、昔の仲間を集めて「広島で天下を取る」ために再び行動を起こそうとする。しかし、時代は変わり、暴対法でがんじがらめにされているヤクザの行動様式は沖の想像とは異なっており、沖は満たされない思いに苛まれながら、自分が信じる唯一の手段「暴力」で野望を遂げようとする・・・。
警察小説シリーズの形式は踏襲しているものの、本作は時代に乗り、時代に取り残された男の悲哀を描いたノワール小説である。暴対デカ・大上刑事の破天荒な捜査、大上の薫陶を受けた日岡刑事の剛直さなど、前二作の面白さを継承した部分以上に、沖という男の無頼な生き方が強い訴求力を持っている。暴力が主役のエンターテイメントとして一級品である。
シリーズ読者は必読。警察小説ファン、ノワール小説ファンにも自信を持ってオススメする。
暴虎の牙
柚月裕子暴虎の牙 についてのレビュー
No.683: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

途中のどんでん返しは見事

2012年〜14年に雑誌連載された長編ミステリー。平凡な主婦が陥った冷酷な犯人の甘い罠の謎を解く、警察ミステリーである。
幼い娘二人、夫とともに郊外で暮らす主婦・文絵は、趣味の懸賞応募で当選して出かけたディナーショーで中学時代の同級生だという加奈子から声をかけられた。自堕落な生活で醜く太っている自分に比べ、美しく着飾った加奈子に気後れする文絵だったが、加奈子から意外な言葉をかけられる。加奈子は実は整形したのであり、それ以来人生が好転したという。さらに、現在は高級化粧品の販売会社を立ち上げようとしており、文絵にビジネスパートナーになって欲しいと提案する。マルチ商法ではないかと疑った文絵だったが、「あなたはもっと美しくなれる」という言葉を信じ、加奈子の提案を受けることにした。
一方、鎌倉の別荘で頭を殴られて死亡した男が発見され、神奈川県警の秦刑事は地元署の女性刑事・中川と組んで被害者の身辺捜査を担当することになった。別荘は被害者・田崎が借りたもので、サングラス姿の女性が出入りしていたとの情報をつかんだのだが、女性の身元につながる情報は全く出て来なかった。それでも細い糸をたぐる地道な捜査によって、秦と中川は重要参考人として文絵にたどり着いたのだった・・・。
前半は、主婦・文絵が甘い罠に絡めとられて行くプロセスと田崎殺害事件の捜査プロセスが交互に展開され、二つのエピソードはどうつながるのか、サスペンスたっぷりのストーリー展開である。が、ある地点で重大などんでん返しがあり、後半はサングラス姿の謎の女性を追いつめる警察サスペンスになる。犯罪の構成、捜査の進め方、徐々に明らかになる犯人像など、警察ミステリーとしての読み応えは十分である。ただ、最後の犯人の独白的な解説、重要参考人となった文絵の扱いなどに若干の不満が残る。
女性が主役のミステリーファン、警察ミステリーファンにオススメする。
ウツボカズラの甘い息 (幻冬舎文庫)
柚月裕子ウツボカズラの甘い息 についてのレビュー
No.682:
(8pt)

絶対に「ザ・プロフェッサー」から読むべし

新たに誕生したリーガルミステリーの傑作「トム・マクマートリー」シリーズの第2弾。KKK誕生の地・テネシー州ブラスキを舞台に、人種差別犯罪に立ち向かうトム、リック、ボーの戦いを描いた熱血法廷ミステリーである。
前作でトムに協力した黒人弁護士・ボーが逮捕された。45年前、5歳のときにKKKによって自分の面前で父親をリンチ殺人されたボーが、父の命日に当時のKKKのリーダーで主犯と思われた地元の有力者・ウォルトンを殺害したという。遺体はボーの父と同じように木に吊るされ、火をつけられており、復讐犯罪なのは明白だとして死刑を前提にした裁判にかけられたボーは、恩師であるトムに弁護を依頼する。トムと相棒のリックは地元を離れ、ブラスキまで駆けつけて弁護を始めるのだが、今なお露骨な人種差別がはびこる町で、しかも相手は就任以来負け知らずの女性検事長・ヘレン、さらに目撃証言や物的証拠も不利なものばかりという逆境で、いかにして活路を見出すのか。トムとリック、ボーはわずかな可能性にかけ、不屈の粘りで戦うのだった・・・。
本作も、人間のつながり、不屈の精神、貫き通す正義など、感情を揺さぶる要素が満載のヒューマンドラマである。がしかし、前作に比べるとミステリーの側面が強くなっている。反面、主役以外の人物、特に悪役がやや類型化されている印象である。
前作の主要登場人物が揃って登場し、前作のエピソードに関連するストーリー展開もあるので、絶対に前作「ザ・プロフェッサー」から読むことをオススメする。
黒と白のはざま (小学館文庫)
ロバート・ベイリー黒と白のはざま についてのレビュー
No.681:
(8pt)

大阪府警にも働き者のデカがいる!

大阪府警シリーズの第8作。新登場のコンビが、若い女性の連続猟奇殺害事件を追うサスペンス・ミステリーである。
殺害された若い女性はセーラー服に着替えさせられ、なおかつ全身に剃毛が施されていた。大阪府警捜査一課のベテラン刑事・谷井と若手の矢代のコンビは制服マニアか、コスプレマニアの犯行を疑って捜査に取りかかったのだが、今度は女子大生の格好をさせられた若い女性の遺体が発見され、連続殺人事件の様相を呈してきた。さらに、ほどなくしてOLの格好をした女性の遺体が発見された。女性を着せ替え人形のように扱う犯人はサイコパスだと推測されたが、被害者はなぜ選ばれたのか、谷井と矢代は被害者に共通する背景を必死に追及し、女性の恋愛感情を利用して高額な宝石や呉服を売りつける恋人商法が関係しているのではないかと結論付けた。同じ頃、府立高校の教員・足立由実は知り合って間もないファッション・メーカーの社員・大迫との仲を徐々に深めつつあった・・・。
今回主役の刑事コンビは、このシリーズには珍しく仕事ひとすじである。それでも、大阪府警らしいとぼけた味わいは忘れておらず、要所要所でクスりとさせる。さらに、メインとなる事件がサイコ・ミステリーとしてしっかり構成されていて、真犯人解明までのプロセスも破綻が無い。また、被害者予備軍の女性教諭の視点からのサスペンスも読み応えがある。
大阪府警シリーズではやや異色の作品だが、シリーズファンには必読。さらに、サイコ・サスペンスや警察ミステリーのファンにもオススメする。
アニーの冷たい朝 (創元推理文庫)
黒川博行アニーの冷たい朝 についてのレビュー
No.680:
(8pt)

人種差別と、女性蔑視と、二日酔いと。戦い続ける生きのいいヒロイン!

現役の女性弁護士でもある作者の本邦初訳で、MWA最優秀長編賞にノミネートされた作品。型破りではあるが憎めない、生きのいい女性弁護士が奮闘する社会派リーガル・ミステリーである。
ユタ州ソルトレイクシティで刑事弁護士を開業しているダニエルに持ち込まれたのは、知的障害者の黒人少年・テディが麻薬密売を行ったとして逮捕された案件だった。本人に会ってみれば「幼児レベル」の知性しか無く、しかも未成年であるため、容易に不起訴に持ち込めると思ったのだが、なぜか検察も判事も成年犯罪として扱うことにこだわっていた。テディは当日の行動を理路整然と説明することが出来ず、しかもテディに同行したという3人の白人少年たちの証言まであった。圧倒的に不利な状況にもかかわらず、弱者が人権を踏みにじられるのが許せないダニエルは、テディを守るために自分が持てる力のすべてを発揮して権力への戦いを挑むのだった・・・。
ヒロインのキャラクター設定が最高に面白い。自分が浮気したことが原因で別れた元夫に(夫と一緒に暮らしている息子にも)執着し、元夫の再婚話が進むと酒浸りになり(毎回のように二日酔いで法廷に出て、判事や検察に嫌がられている)、ほとんどストーカー行為を繰り返すという、性格破綻者レベルのダメ人間なのだが、一旦、理不尽なことに直面すると何ものをも恐れぬ火の玉となる激しい女性でもある。さらに、ダニエルを支えてくれる調査員、友人などのキャラクターも秀逸で、シリーズ化を期待したい。また、悪人側になる判事や検察もキャラ立ちしていて、波乱万丈なストーリー展開が無理なく頭に入って来る。
作者はアフガニスタン出身の人権派弁護士ということもあって、アメリカ社会の様々な差別に対する強烈な批判がビシビシ伝わって来る。がしかし、ヒロインの魅力を十分に引き出したユーモアのあるエンターテイメント作品でもある。
社会派のリーガル作品ではあるが、予備知識なしで十分に楽しめるエンタメ作品として多くの人にオススメしたい。
弁護士ダニエル・ローリンズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.679:
(7pt)

仕事ひとすじの死神とは、怖過ぎる

8年ぶりの死神シリーズ作品。死神・千葉が、一人娘を殺しながら無罪になった犯人に復讐しようとする夫婦と行動を共にする、長編アクション・ミステリーである。
山野辺夫妻は、自分たちの一人娘を殺害し、証拠となる動画を送ってきたにもかかわらず目撃証言の曖昧さから無罪放免となった犯人・本城に復讐すべく人生のすべてをかけた復讐計画を実行しようとする。そこに現われたのが、山野辺の死の可否を判定する調査を担当する死神・千葉だった。仕事ひとすじ、趣味と言えばミュージックだけの千葉は山野辺夫妻に密着し、様々な危険の状況にも臆すること無く山野辺と一緒に行動するのが、人間世界とはズレた言動と判断基準により、行く先々で珍妙な悲喜劇を引き起こしてしまう。それはまるで、山野辺夫妻を助けながら妨害しているようでもあった。それでもクライマックス、山野辺と本城の対決は・・・。
前作「死神の精度」が短編集だったのに比べ、本作は山野辺夫妻に絞った長編である。その分、同じようなエピソードが繰り返され、やや冗長な部分があるのが残念。途中で飽きて来る。
シリーズ作品だが、独立した長編として成立しており、本作から読み始めても問題ない。読者を迷宮に誘い込む伊坂ワールドにひたりたい方にオススメする。
死神の浮力
伊坂幸太郎死神の浮力 についてのレビュー
No.678: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

事件解決に飢えた、新ヒロイン登場

マイクル・コナリーの30冊目の長編で、新たなヒロインが登場した新シリーズの第1作。ロス市警の本流から外された女性刑事が、執念と使命感で難事件を解決する本格的警察ミステリーである。
レイトショーと呼ばれる深夜勤務専門の女性刑事・レネイ・バラードは、女装男性が激しく暴行された事件に遭遇した。レイトショーの役割りは初動捜査だけで本格的な捜査は昼間の刑事たちに引き継がれるのが本来なのだが、悲惨な犯行に怒りを覚えたバラードは独力で捜査を進めようとした。同じ夜、ナイトクラブで銃撃事件が発生し、近くにいたバラードも現場に駆けつけた。しかし、この事件を担当するのはバラードが深夜勤務に追いやられる原因になった元上司で、バラードは捜査に関わるのを拒否される。それでも諦めないバラードは独自の捜査を進め、ロス市警内部に存在する闇の中から真相を引き出すのだった。
主人公の女性刑事が特筆すべきキャラクターで、まさに新シリーズの登場を強く印象づける。刑事としての資質はハリー・ボッシュ同様、熱い行動派で粘り強く正義感に溢れている。しかも、バックグラウンドにまだ謎の部分が多く、これからの展開が楽しみである。
ハリー・ボッシュ・シリーズのファンはもちろん、正統派の警察ミステリーファンに自信を持ってオススメする。
レイトショー(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーレイトショー についてのレビュー
No.677: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

じんわり効いて来る人情ミステリー

2013年大藪春彦賞を受賞した、佐方貞人シリーズの第二弾。地方検事時代の佐方の仕事ぶりと人となりを丁寧に描いた5作品からなる連作短編集である。
成果を焦って強引な捜査を進める上層部に対し愚直に信義を重んじる佐方の頑固な捜査が勝利を収める話、佐方の父親を主題にした生い立ちの話、恩義のある人のために佐方がハードボイルドな一面を見せる話など、5つの物語がそれぞれに独立して高レベルで成立しており、トータルとして佐方貞人の魅力が見えて来る。
シリーズファンは必読。人情ミステリーファンにも自信を持ってオススメする。
検事の本懐 (角川文庫)
柚月裕子検事の本懐 についてのレビュー
No.676:
(7pt)

最後まで、誰が真実を述べているのか分からない

英国ミステリーの女王・ウォルターズの長編第12作。ロンドンで起きた男性老人連続殺人の犯人探しミステリーだが、犯人と目された男の謎が深く、その深層心理の闇に読者を引きずり込む心理サスペンスでもある。
イラクで瀕死の重傷を負ったアクランド中尉は本国の病院で目覚めたとき、イラクでの記憶を失っていた。さらに、病床を訪れた母親や元婚約者、世話をする看護師など女性を嫌悪し、体に触れられると暴力を振るい、担当の精神科医のアドバイスも無視し、周囲を戸惑わせるのだった。顔面形成手術を拒否して退院し、ロンドンで一人暮らしを始めた矢先、パブで暴力事件を起こし、ちょうどその頃連続して起きていた老人への暴力的な殺害事件の犯人ではないかと疑われた。具体的な証拠が見つからず釈放されたアクランド中尉だったが、その言動は一向に改まらず、警察は引き続き監視の目を光らせるのだった。
ストーリーが進めば進むほどアクランドの疑惑は深くなるのだが、いかんせん状況証拠ばかりで、しかも記憶喪失と嘘か真か分からない極端な心理が謎を深めるので、読者は最後まで翻弄されることになる。話が複雑かといえば、そうでもなく、主要登場人物のキャラクターもきちんと確立されているためストーリーはきちんと追えるのだが、読んでいて常に次は奈落に突き落とされるのではないかと疑心暗鬼になる。巻末の三橋暁氏の解説にもある通り、あまり類を見ない独創的なジャンルを開いた作品と言える。
心理サスペンス、心理が絡んだ謎解きがお好きな方にオススメする。
カメレオンの影 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズカメレオンの影 についてのレビュー
No.675:
(8pt)

妻としては悪女、母としては聖女

ジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレント・シリーズの第8作(訳者あとがき)。これまでウィルの人間性に大きな影響を与えながら影の存在だったアンジーが主役として登場する、サスペンス・ミステリーの傑作である。
プロバスケットのスター選手リッピーが所有するビル建設現場で元警官の惨殺死体が発見された。実はリッピーは数ヶ月前に強姦で訴えられ、ウィルが捜査したのだが強力な弁護団によって不起訴に持ち込まれていた。被害者は悪徳警官として知られ、退職後はリッピーのマネージャーに雇われ汚い仕事をしていたことから、リッピーの尻尾をつかめるのではないかと期待したウィルだったが、現場に残された銃が別居中のウィルの妻アンジーのものだったことで激しく動揺する。しかも、現場を血の海にした多量の出血は被害者ではなく、現場から逃げた女性のものだと判明。さらに、その血液型はアンジーと同じで、数時間以内に死に至る可能性があるという。アンジーが殺害犯なのか、どこに隠れているのか、正常な判断力を失ったような状態で必死に走り回るウィルに対し、恋人であるサラ、相棒のフェイス、上司のアマンダたちは複雑な感情を抱くのだった。
凄惨な殺人と複雑な犯行態様、底知れぬ闇をかかえた事件の背景など、サスペンス・ミステリーを盛り上げる要素が満載で一級品のミステリーである。さらに、今回主役のアンジーが複雑怪奇かつ直情的な、極めて存在感が強いキャラクターでヒューマン・ドラマとしても読み応えがある。アンジーは聖女なのか、悪女なのか、あるいはそうした判断を許さない超越的な存在なのか?
シリーズでも屈指の傑作として、シリーズ愛読者はもちろん、本作が初めての方にも自信を持ってオススメする。
贖いのリミット (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター贖いのリミット についてのレビュー
No.674:
(7pt)

愛とは乱暴で狂気の沙汰である(非ミステリー)

子供がいない、平凡な主婦が夫の浮気を機に本人も気が付かない狂気の世界へ暴走する、ちょっとブラックな物語である。
結婚8年目で夫の実家の敷地に建つ離れに夫婦で住む桃子は、週に一度のカルチャー講師を勤めるほかは主婦に専念していた。そんな生活は、義父が脳梗塞で入院し、義母の手伝いをするようになったある日、一本の無言電話がかかってきたことで一変する。無言電話の向こうからかすかに聞こえてきたのは夫の声ではないか? 疑心暗鬼に陥った桃子の日常は徐々に変化し、平穏だと思っていた夫婦仲に生じた亀裂は広がるばかり。そして、いつもは使っていない部屋の畳と床下が気になり始めた桃子は床下を見たいという衝動が抑えきれなくなり、とうとうチェーンソーを買ってしまった。そして、夫の浮気相手と対面した桃子は・・・。
実は桃子も現在の夫とは不倫の末に前妻を追い出す形で結ばれた過去があり、その因果が巡る形で現状を迎えているのだった。何事にも優柔不断な夫との関係、義父母との関係というありがちな家族問題と愛情のもつれを、どう解きほぐして行くのか。2時間ドラマみたいな構図の物語だが、そこは吉田修一、思いがけない結末が用意されている。人を愛することは自分の妄想を愛すること、愛は狂気でしかないことがじわじわと伝わってくる寓話である。
途中、ミステリーになるかと思わせる部分もあるが肩すかしで、ブラックでユーモラスなヒューマンドラマとして楽しめる。ミステリー・ファン以外のエンターテイメント作品ファンにオススメしたい作品である。
愛に乱暴 上 (新潮文庫)
吉田修一愛に乱暴 についてのレビュー
No.673:
(7pt)

敗戦国民の罪と罰は、どこにあるのか?

2019年度の各種ミステリーランキング、本屋大賞などで高く評価された長編小説。一人の少女を通して敗戦国民の悔恨、絶望、再生への希望を救い上げた社会派ミステリーの力作である。
1945年7月、敗戦直後のベルリンで米軍の食堂で働いていた17歳の少女・アウグステは、ある日、MPにソ連の占領地域に連行され、そこでソ連の公安警察から、戦争時代のアウグステの恩人であるクリストフの死体に対面させられた。しかも、クリストフは殺害され、犯人はアウグステではないかと問いつめられた。動機が無いと強く主張し釈放されたアウグステは、クリストフの妻で同じく恩義があるフレデリカの焦燥ぶりに同情し、クリストフの訃報を知らせるためにフレデリカの甥で行方不明のエーリヒを探すことになった。その道連れになったのが、元俳優で泥棒の陽気な男・カフカで、ソ連占領下からアメリカ占領下を経由し、ポツダム近郊の旧撮影所をめざして旅立った。敗戦の混乱から立ち直っていないベルリンは危険だらけで、しかも米英ソの三巨頭会談を目前にして街は緊張に包まれており、二人は思いがけない危機に直面し、命がけの旅になった・・・。
ミステリーとしてはクリストフ殺害の動機、犯人探しで、それなりの筋が通ったまずまずの完成度である。それよりも、ドイツが背負うことになったナチスとユダヤ人迫害という罪と罰を17歳のアーリア人少女の体験として摘出した社会派小説として高く評価したい。
「戦場のコックたち」にも通じるヒューマン・ドラマとして読むことをオススメする。
ベルリンは晴れているか (ちくま文庫)
深緑野分ベルリンは晴れているか についてのレビュー
No.672: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ちょっとしたトリックが秀逸

書き下ろし全7作品を収めた短編集。
どれも一ひねりしたトリックというか、仕掛けが効いた味のある小品ばかり。短編ながら起承転結があり、最後の種明かしに納得感がある。
旅行中のお供に、休日の昼下がりに、ちょっとした読物が欲しいときに最適だ。
怪しい人びと 新装版 (光文社文庫)
東野圭吾怪しい人びと についてのレビュー
No.671: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

氷の天使にも殺し屋にも人間性はある

NYPDの氷の天使・キャシー・マロリー・シリーズの第12作。修道女殺害事件の裏に隠された事件の真相を暴き、人質を救出する警察ミステリーである。
きっかけは「街中で行方不明になった尼僧を探して欲しい」というマロリーへの訴えだった。居合わせた相棒のライカー刑事は、消えた尼僧シスター・マイケルと同じ顔、同じ名字の盲目の少年ジョーナも行方不明になっていることに気が付いた。さらに数日後、シスター・マイケルの死体が市長公邸の前庭で他の3人の死体と一緒に発見された。遺棄された死者4人の間に関連性は見つからず、誰が、何のために犯した犯罪なのか、動機が分からず捜査は混迷する。そのころ、少年ジョーナは知らない男に監禁されていた。マロリーたち捜査陣は4人殺害事件を解明し、さらに行方不明の少年を助け出すことができるだろうか?
シリーズの特徴である機能不全家族による人格破壊という側面は継承しつつ、ヒロインのマロリー、犯人ともに時たま人間性をかいま見せるところが最近の傾向だったのだが、本作ではそれがさらにはっきりと出ている。その分だけヒロインのクールさは減衰したと言えるが、物語に感情移入しやすくなったのも事実である。本格警察ミステリーとしては、犯行の背景があまりにも大雑把で作り事感が過剰なのが惜しい。
シリーズ読者には必読。警察ミステリーファンにも、読んで損は無いとオススメする。
修道女の薔薇 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル修道女の薔薇 についてのレビュー
No.670:
(8pt)

おかしくて切ない、男と女(非ミステリー)

2004年〜05年に雑誌掲載された連作短編集。連作とは言っても、温泉を舞台にした男女の物語という共通点があるだけの独立した5つの話である。
登場する5組の男女の関係は中年に差しかかった夫婦から高校生まで様々だが、どの作品でも二人は上手く行ってるようで上手く行ってないような、どこかですれ違いがある関係で、そのズレがドラマになっている。主人公たちはみんな善人というか、悪人ではなく普通の人。普通の人が普通に恋をして、普通に生きて行こうとするのだが絵に描いたようには生きられない。そんなささやかな悩みや苦しみを温かく描いてあって、読後感は爽やかである。
ハートウォーミングな人間ドラマを読みたいという方にオススメする。
初恋温泉 (集英社文庫)
吉田修一初恋温泉 についてのレビュー
No.669: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

のちに花を咲かせるつぼみがぎっしり

デビュー作「オーデュポンの祈り」に続く長編第2作。仙台を舞台に5つの現代寓話が並行して進行し、最後に不思議な形で結びついて行く、突拍子もない群像劇である。
5つのストーリーはそれぞれに独立したファンタジックなミステリーで、一つひとつで物語となっているのだが、最後に意表をつく5つの関連が明かされる。つまり予想を覆す伏線の回収になっているのだが、扉のイラストに有名なエッシャーの騙し絵が使われていることで分かるように、時間と空間を操作した巧妙な仕掛けが施された構成で、騙されるのを楽しむ作品になっている。
登場人物、ストーリー、テーマには、のちに傑作として花開いて行く作品のつぼみともいうべきものがあり、その意味でも伊坂幸太郎ファンには必読と言える。
ラッシュライフ (新潮文庫)
伊坂幸太郎ラッシュライフ についてのレビュー
No.668:
(7pt)

汗がみずみずしい、初期短編集(非ミステリー)

1997〜98年に雑誌掲載された3編の短編を収めた、吉田修一の初期作品集。高校生、大学生、ヒモ暮らしというモラトリアムな状況を生きる若者の日常を描いた青春小説である。
3作品それぞれに舞台設定は異なるものの、何ものかをつかもうと生真面目に生きている、でも世間的には不器用な青春がリアルに、ファンタジックに描かれていて甘酸っぱい読後感を残す。
吉田修一の歩んできた小説世界を知る上で、吉田修一ファンには欠かせない作品といえる。
最後の息子 (文春文庫)
吉田修一最後の息子 についてのレビュー