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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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2015年から17年に新聞社サイトに連載され、文春ミステリーや本屋大賞で上位にランキングされた長編小説。将棋界を舞台に刑事2人組が犯人探しするミステリー作品である。
埼玉県の山中で発見された白骨遺体には駒袋に入れられた将棋の駒が一緒に埋められていた。遺体は三年ほど前に埋められたようで、身元確認につながるようなものはほとんどなく、唯一、将棋の駒だけが手がかりだった。かつて奨励会に所属しプロ棋士をめざしたことがある新人刑事・佐野は、その経歴を買われてベテラン刑事・石破と組み、駒の線から身元割り出しを命じられた。刑事としては一流だが性格が最低な石破にこき使われながら佐野は、将棋の知識を生かして駒の来歴を辿って行く。すると、名品といわれる一組の駒にまつわる不思議な因縁が立ち現れてきた・・・。 物語の本筋はフーダニット、ワイダニットの本格謎解きミステリーで、将棋の世界を舞台にしたところが時代性と言える。ただ、ミステリーの物語としてはありきたりで、さまざまな先行作品が頭に浮かび、二時間ドラマを見ているような凡庸さだった(2019年にドラマ化)。それでも、主要人物や悪役のキャラクター設定、心理描写などが巧みで十分に楽しめる作品である。 読みやすくて楽しめるミステリーとして、幅広いジャンルのファンにオススメする。 |
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2019年の山本周五郎賞受賞作。50代になった訳アリ同士のカップルがお互いを求めながらも何かに邪魔されて気持ちを重ね合うことが出来ない、哀切な恋愛小説である。
現在の社会状況を反映したと言えば言えるのだろうが、おおよそ華やかさに欠けるラブストーリーで、読んでいて楽しくはない。言ってみれば、洗いざらしのTシャツとジーンズで過ごすような「普段着の心地よさ」が本作の真価だろうか。 不器用な男女の恋話が好きな方にオススメする。 |
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2016年の本の雑誌が選ぶベスト10の1位になった作品。犯人探しの警察小説であると同時に引退した老刑事の生き方を描いたヒューマン・ドラマでもある。
群馬県警の元刑事・神場は引退を機に四国八十八ヶ所巡礼の旅に出た。自分が関わった事件の被害者を供養する目的だったのだが、どうしても付いていくという妻と一緒の旅は、否応無くこれまでの人生を振り返る旅になった。巡礼を始めてすぐ、群馬県で起きた幼女殺害事件の詳細を知り、かつて自分が担当した事件との共通点の多さに衝撃を受けた。あの事件の犯人は服役中で、今回の犯人ではあり得ない。それならば、自分は捜査を間違ったのか、冤罪を引き起こしてしまったのか。当時、警察の組織論に従って自分が口をつぐんでしまったことが激しく後悔され、神場は後輩刑事を介して捜査に加わろうとする。そして、八十八ヶ所を巡り終え結願を迎えた時、神場は新たなスタート地点に立つことを決意するのだった。 元刑事でありながら現在の事件に加わって犯人探しをするという面では警察ミステリーだが、物語の中心は自分は冤罪を引き起こしたのではないかと苦悩する老刑事のドラマに置かれている。その意味で、犯人探し過程のサスペンスや意外性が少なく、ミステリーとしては物足りない。 ヒューマン・ミステリー、社会派エンターテイメント好きの方にオススメする。 |
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心理サスペンスの名手・ミラーの1945年の作品(本邦初訳は1953年で、今回読んだのは二度目の新訳版)。裕福な医師と再婚した主婦が、ある出来事をきっかけに失踪し、狂気の世界に迷い込んでしまう、心理サスペンスである。
16年前に殺害された親友・ミルドレッドの夫であるアンドルーと再婚したルシールは、豊かで平穏そうに見えるのだが実は仕事にとらわれた夫、兄を溺愛する義妹・イーディス、少しも懐かない二人の子供に囲まれ、悩みの多い日々を過ごしていた。そんなある日、うさん臭い男が届けてきた小箱を受け取ったルシールは箱を開けるや悲鳴を上げて、何も言わずに姿を消し、次にルシールが見つかったのは精神科病院でだった。ルシールを狂わせたのは、何だったのか? さらに、ルシールの周辺で続いた不審な事故死は、何が原因なのか? 最終的には警察が事件を解明して行くのだが、物語の本筋は捜査ステップよりルシールの狂気の解明におかれており、捜査小説というより異常心理ミステリーの色が濃い。ただ、近年のサイコ・サスペンスのような異様なパーソナリティの主人公ではなく、普通の性格の人物が錯乱して行くような怖さであり、それゆえに、読後に薄気味悪さを覚えるところがサスペンスと言える。 心理サスペンスのファンなら読んで損はないとオススメする。 |
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2016年から19年にかけての雑誌連載に加筆・修正し改題されたノンシリーズの長編作品。大阪府警捜査二係の刑事コンビが無尽で集めた金を持ち逃げした犯人を追って沖縄、奄美に渡り、沖縄近海に沈んだ交易船から宝物を引き揚げるというトレジャーハンティングの出資話にたどり着き、詐欺事件として立件するという警察小説である。
大阪泉尾署で詐欺や横領など経済事案を担当する新垣と上坂のコンビに新たに割り当てられたのは、沖縄出身者たちの無尽である模合で金を持ち逃げした解体業者・比嘉を探し出し逮捕することだった。事務所を皮切りに足取りを追うと、比嘉は出身地である沖縄、石垣島に逃げたようだった。冬が近づく大阪から南国へ、リゾート気分で追いかけた新垣と上坂だったが常に比嘉に一歩先を行かれ捕まえることが出来なかったのだが、そうするうちに、比嘉が怪しい沈船ビジネス詐欺の常習犯と一緒に行動していることを発見。詐欺事件をして立件することを視野に入れ、深く追求して行くと、背後に暴力団も絡む大掛かりな犯罪が見えてきた・・・。 大阪府警が舞台だが従来の大阪府警シリーズには分類されず、単独作として扱われている。ただし、主役の上坂は「落英」でも主役となっており、二度目の登場である。ストーリーの基本は仲間の金を持ち逃げした詐欺・横領事件と大掛かりな沈船詐欺の捜査だが、暴力団が絡むことでいつも通りの黒川博行ワールドのエンターテイメント作品になっている。二人の刑事を始めとする警察、詐欺グループ、暴力団のキャラクターがきちんと描かれているため、ストーリーが分かりやすく、話の展開もスピーディで一気読みの面白さだ。途中に何度も挿入される映画マニア・上坂の映画トリビアも読みどころ。 黒川博行ファン、警察ミステリーファン、軽めの犯罪ミステリーファンにオススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第1作。発表直後から各種新人賞を獲得し、多くの評論家から絶賛されたというのも納得がいく力強いアクション・ミステリーである。
新任の猟区管理官・ジョーは地元民・キーリーの密猟現場に出くわし、違反切符を切ろうとして拳銃を奪われて笑い者にされたのだが、その因縁の男・キーリーがジョーの家の裏庭で死んでいるのが見つかった。エルク狩りのキャンプ場で何者かに襲われて負傷したままジョーの家まで馬で来たようだった。ジョーと仲間の猟区管理官、保安官助手の3人でキャンプ場に行き、テントから銃を持って出てきた男を射撃したのだが、そこではキーリーの仲間二人が殺されていた。犯人が撃たれて入院したため一件落着とされたのだが、キーリーが持っていたアイスボックスに残された獣の糞が気になったジョーは、その疑問を解明しようとする・・・。 無口で大人しく、一見、無能にも見られるジョーだが実は、何事にも屈せず、真っ正直に自分の信念を貫いて行く正義の男である。融通が利かず、上司や仲間の受けは悪いのだが、何者にも流されない強さを持ち、しかも心底から家族を愛する心優しい、アメリカ人好みのワイルド・ウェスト・ヒーローで、このシリーズがベストセラーを続けているのもうなずける。さらに、ワイオミングの大自然が眼前に浮かんで来る情景描写も魅力的。 清々しい読後感が得られるアクション・エンターテイメントとして、多くの人々にオススメしたい。 |
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1996年の推理作家協会賞短編部門賞を受賞した表題作を始めとする全5作の短編集。現代の狂気と平常のすき間に起きたような事件を警察と犯人の両方から描いたエンターテイメント作品集である。
特に印象的だったのは、表題作「カウント・プラン」と「鑑」。どちらもかなりビョーキの人物を中心に据えながら、かなりの力業で意表をつく結末に導き、しかも深く納得させるのが凄い。短編ならではの面白さである。 ストーリー展開、会話の軽快さは折り紙付き。黒川博行ファンには絶対のオススメだ。 |
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本国フランスではピエール・ルメートルを凌ぐ人気で、日本でも前作「ブルックリンの少女」が話題になったミュッソの2017年の作品。偶然の出会いから一緒に行動することになった男女が死んだ天才画家の未発表の遺作を探し始め、やがては天才画家の家族にまつわる忌まわしい出来事の謎を解くサスペンス・ミステリーである。
クリスマス間近のパリ、人間嫌いで偏屈な劇作家・ガスパールと自殺願望をかかえる元刑事・マデリンは、不動産サイトのミスで同じアパルトマンを予約したことになり、お互いにびっくり仰天、互いに譲らず、相手に出て行かせようとする。怒り心頭のマデリンは家主である画商・ベネディックのところに押しかけたのだが、すぐには問題解決できず、しかもマデリンが元刑事であることを知ったベネディックから「一年前にニューヨークで急逝した、アパルトマンの元のオーナーである天才画家・ローレンツが残したはずの3枚の作品が行方不明である。ぜひ探し出して欲しい」と依頼された。ローレンツの数奇な運命と独自の魅力を持つ作品に触発されたガスパールとマデリンは、正反対の性格でことごとく衝突し、反発し合いながらもパリからニューヨークへ、作品を探す旅をすることになった。それは、疾風怒濤のアクション、感情の嵐、運命の力にもてあそばれるような波乱に富んだものだった・・・。 性格が合わない男女が無理やり一緒に行動するハメになり、喧嘩しながら結果を出して行くという、言ってみればラブコメ的な設定だが、事件の背景が親子の関係であり、大きくは家族をテーマにしたもので、読後の印象はやや重く悲劇的である。ただストーリー構成が巧みで、キャラクター描写も秀逸、さらにクリスマスシーズンのパリとニューヨークという舞台設定も効果的で、まさに映画向きの作品である。 前作「ブルックリンの少女」を楽しめた方にはぜひとものオススメ、テンポが良いサスペンスのファンにもオススメできる。 |
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97年から01年に「小説新潮」に掲載された7作品を収めた短編集。満たされない日常から飛び出すために一発勝負をかけた7組の素人たちの無謀な挑戦を描いた浪速ノワールである。
それぞれにエピソードが面白く、ストーリー展開は軽快で、登場人物たちの言動も黒川ワールドのテイストそのままで気楽に楽しめる。黒川博行といえば「厄病神」「大阪府警」シリーズに代表される長編が名高いが、短編の名手でもあることがよく分かる。 黒川博行ファン、軽快で楽しい小悪人エンタメを読みたい方にオススメする。 |
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2018年の直木賞受賞作。圧倒的な米軍基地の存在に我が身一つで挑戦して行く若者たちの熱情を描いた、沖縄の現代史的ノワール・エンターテイメント作品である。
1950年代の沖縄には米軍から様々な物資を盗み出して周辺住民に分け与える、現代義賊のような「戦果アギヤー」と呼ばれる者たちがいた。中でもコザで英雄と称えられるのがオンちゃんだった。ある日、親友のグスク、弟のレイたちを引き連れ、恋人のヤマコを金網の外に残して侵入した嘉手納基地で、オンちゃんがリードするグループは米軍に追いかけられ、散り散りになって逃げ出した。以来、オンちゃんの消息は不明で、グスク、レイ、アヤコたちはそれぞれの道を歩まざるを得なくなった。それから20年、基地を巡る様々な問題、本土復帰の戦い、沖縄のアイデンティティーを求める情熱で身を焦がしながら、3人は3様の人生を送るのだが、そこには常にオンちゃんの影が差していた。そして1972年の沖縄返還を前にした70年のコザ暴動で4人の運命が交差することになった。 敗戦後の沖縄現代史を不良少年のような若者たちの成長と挫折の物語として描いていて、単なるノワール作品ではない。米軍基地を押し付けられた沖縄の苦悩、それが現在まで続いている、さらにより過酷になっている状況を意識しながら読まなくてはいけない。そういう意味では、読む者の覚悟を問う作品だが、直木賞受賞の実績が示すように、エンターテイメントとして楽しめる作品でもある。 沖縄の歴史や現状に関心を持つ人はもちろん、無関心な人にこそ読ませたい、オススメ作品だ。 |
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アメリカの新進女性作家の本邦初訳作品。雪と氷に覆われたオレゴン州の山中で、三年前に行方不明になった少女を捜し出す「チャイルド・ファインダー」というユニークな設定のハードボイルド作品である。
オレゴンの深い山にクリスマスツリー用の木を採りに行き、両親の車から降りたあと行方が分からなくなった5歳の少女。吹雪の中で足跡は消え、捜索隊は何も発見できなかった。しかし、諦めきれない両親は三年後、行方不明の子供専門の探偵・ナオミに最後の望みを託す。自らも行方不明の子供だったナオミは「生きていようが死んでいようが、必ず見つけ出す」という固い信念のもと、雪と氷の深い森に分け入って行くのだった。 失踪した子供を捜すミステリーはいくらでもあるが、行方不明の子供専門の探偵というヒロインの設定が飛び抜けている。しかも、ヒロイン自身が同じ境遇を味わってきたことから生まれる“思い”の強さが、これまでにない固い芯のある物語を作り出している。いわば「卑しい街を行くヒーロー」の、大都会でしか成立しないような現代ハードボイルドを、雪と氷の山で、女性で成立させたところが新しい。欲を言えば、被害者視点で語られるパートにもう少しリアリティがあればと思う。ヒロイン・ナオミを支える養母や同じ家で育てられたジェロームなどの周辺人物のキャラクターも味わい深く、物語が暗いノワール一辺倒で終わっていないのは評価できる。本作では謎のまま積み残されたエピソードが、次作ではすべて明らかにされているというので期待したい。 誘拐犯人探しミステリー、ハードボイルドのファンにオススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第4作。本拠地を離れ、観光地として栄えるジャクソンに臨時に赴任したジョーが前任者の死の謎に挑むアクション・ミステリーである。
ジョーは尊敬する先輩・ウィルが死亡したため代理として、ワイオミング州の花形都市ジャクソンに臨時に赴任することになった。猟区管理官の鑑とも言える勤務態度で尊敬を集めていたウィルが精神的に追いつめられ、銃をくわえて死んでいたという。一体何があったのか、疑問を解明しようとするジョーだったが、当然ながら地元の保安官はあからさまに非協力的だった。更に、過激な動物愛護主義者、自分のやり方に固執する狩猟ガイド、権勢を振るう傲慢な土地開発業者などがジョーの前に立ちはだかった。しかも、メアリーベスが守る留守宅には執拗な無言電話がかかってきて、心配になったジョーはネイトに家族の安全を守ってもらうように依頼した。妻と娘たちを愛するジョーだが、家から離れ連絡も途切れ勝ちになり、家族の間にかすかな亀裂を感じるようになった。あちらでもこちらでも難問が発生する中、正義のみを追求する男・ジョーは命を賭けた厳しい戦いに挑んで行く・・・。 今回は、大自然の真ん中にありながら一大観光地でもあるジャクソンという都会で、自然と開発との対立という現代のアメリカ西部が直面する難問が背景となっている。もちろん、雄大な大自然の中での冒険という本筋は外していないのだが、それに加えてアメリカ社会の病、家族の変貌などがあり、これまでとはややテイストの異なる物語となっている。 シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読であっても、アウトドア系冒険小説、アクション・ミステリーのファンなら十分に楽しめる傑作である。 |
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オスロ警察殺人捜査課特別班シリーズの第2作。前作と同じミアとムンクのコンビを中心とする特別班が、儀式のような奇怪な演出が施された少女殺害事件を捜査する、サイコ・サスペンスである。
フクロウの羽根を敷き詰めた上に横たえられた少女の遺体は口に白い百合の花を差し込まれ、ガリガリにやせていた。しかも、死体の周囲には5本のロウソクが五芒星のカタチに置かれていた。特別班の班長・ムンクは、6ヶ月前に復帰させた天才捜査官・ミアを中心に個性豊かなメンバーたちを率いて、この陰惨な事件の解明に取り組むのだが、犯行動機すら推測できず、捜査は泥沼にはまり込んでしまう。さらに、ミアは薬とアルコール漬けが抜けておらず、自殺願望に囚われており、ムンクは10年前に別れた妻の再婚話に動揺し、班の主要メンバーであるカリーは婚約者とのトラブルで壊れかけていた。常軌を逸したサイコパスの犯人に対し、常軌を逸しかけている捜査陣は事件を解決に導くことが出来るのだろうか・・・。 前作同様、かなり奇怪な犯行で、その様相の描写だけでかなりスリリングだし、次々に怪しい人物が登場する捜査プロセスもきちんとしているのだが、前作同様、最後の最後で物語の構成が崩れ、緊張感が失われている。犯人と捜査官の手に汗握る知恵比べ、犯人を追いつめるサスペンスが乏しく、事件の背景の掘り下げも途中までは興味深いのだが、最後には「何、これ?」というバランスの悪さ。犯人が精神のバランスを崩しているというのはサイコものとして当然なのだが、捜査官まで精神のバランスに問題があると、北欧警察ミステリーでは肝になるリアリティが薄められてしまう。 前作よりパワーダウンしているが、シリーズ愛読者なら楽しめるだろうし、北欧警察ミステリー、サイコ・サスペンスファンにもオススメできる。 |
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1992年の作品。元ボクサーの釘師がヤクザとパチンコ業界の闇に徒手空拳で戦いを挑むハードボイルドである。
網膜剥離のためにボクサーを引退した酒井はパチンコ業界のベテラン津村に拾われ、一人前の釘師として津村の経営するパチンコ機ブローカー会社に勤めていた。ある日、関係するパチンコ店への苦情に対応したのだが、その後も津村の会社を狙ったような妨害が相次ぎ、さらには酒井がヤクザに身に覚えのない品物を隠しているだろうと脅迫される事態が起きた。しかも、その事態を治めようと動き始めた津村が行方不明になってしまった。自分の身に降り掛かった火の粉を払い、恩人である津村を助けるために、酒井は封印してきたボクサーの拳を頼りにヤクザとパチンコ業界の大物たちに戦いを挑んで行く・・・。 何のバックも持たない男が、自分の拳と度胸だけで事態を切り開いて行く、正統派のハードボイルド小説である。事件の背景となるパチンコ業界と警察、ヤクザが絡んだスキャンダル、ヤクザ独特の言動、幼い恋物語など、本筋を彩る周辺エピソードも充実しており、内容豊富なストーリーがテンポよく展開される。ただひとつ、黒川博行ワールドの真骨頂とも言えるユーモラスで軽快な会話が、主人公・酒井が東京弁を使っていることもあって、上手く噛みあ合っていないところが残念ではある。 ノン・シリーズ作品であり、気軽に読めるエンターテイメント作品として、どなたにもオススメしたい。 |
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刑事事件専門の女性弁護士アイゼンベルク・シリーズの第2作。殺人容疑で逮捕された友人の女性映画プロヂューサーを弁護することになり、警察とは別に、アイゼンベルクが独自に犯人探しをするサスペンス・ミステリーである。
友人であるユーディットが恋人を爆弾で殺害したとして逮捕され、アイゼンベルクに弁護を依頼してきた。ユーディットは無実を主張するのだが、彼女の自宅から爆薬の包装紙、爆破に使われたと思われる使い捨て携帯が発見され、警察はユーディットの犯行と決めつけ、他の可能性を捜査しようとはしない。アイゼンベルクもユーディットの犯行ではないかと疑いながらも事件の様相に違和感を持ち、独自に背景を探り始めた。すると、ユーディットの事業を巡る陰謀が見え隠れし、事件は思わぬ様相を呈して来るのだった・・・。 本筋は、ユーディットの犯行か否か、ユーディットが無実なら誰が、何のために事件を仕組んだのか、という犯人探し、犯行の動機探しである。これに、5年前に起きた連続女性殺害事件とアイゼンベルクの姉の死にまつわる隠されてきた秘密という、二つのエピソードが絡んでくる。前作はストーリー展開にやや強引な印象があったのだが、本作は各エピソードの連関も納得がいき、ミステリーとしてもサスペンスとしても完成度が高くなっている。 北欧ミステリーファン、弁護士ものの謎解きミステリーのファンにオススメする。 |
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「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第7作。猟区管理官の職を解かれていたジョーが州知事からの内密の依頼でイエローストーン公園で起きた殺人事件の謎を解く、シリーズでは特異な設定のミステリー・アクションである。
妻の母の再婚相手の牧場で牧童頭として働いていたジョーはある日、州知事から呼び出され、ある事件を内密に調査して欲しいといわれる。事件は、州の北西部にある国立公園でキャンプしていた4人の若者が銃殺され、犯人の弁護士・マッキャンが出頭してきたのだが、連邦法と州法のすき間「死のゾーン」と呼ばれる抜け穴があったため、マッキャンは罪に問われること無く釈放されたという奇妙なものだった。知事からの依頼とはいえ何の権限も無いジョーが再調査することに、地元のパークレンジャーたちは反発し、あからさまに非協力的だった。冬の訪れを前にほとんど人がいなくなったイエローストーン公園で、ジョーは孤独な調査を余儀なくされた。そんなジョーを密かに助けてくれるのは、影のように寄り添うネイト、上司のやり方に疑問を抱く地元の女性レンジャーだけだった。そして、事件の背景に利権絡みの裏がありそうなことに気づいたとき、ジョーは命の危険にさらされるのだった・・・。 もともとひとりで行動するジョーだが、今回は地元を離れ孤立無援で戦うため、いつも以上に悲壮感があるストーリーである。さらに、イエローストーン公園の広大さ、自然の魅力と恐ろしさが物語のスケールを大きくし、人間の卑小さを際立たせている。ジョーの決して折れない正義感によって事件の謎は解明されるものの、すべてがスッキリと終わった訳ではなく、次作へ積み残したものがあり、今後の展開に期待を抱かせる。また、これまであまり語られてなかったジョーの両親や兄弟の物語が登場したことも注目点といえる。 シリーズ愛読者はもちろん、サスペンス・アクション、ネイチャー・アクションのファンに自信を持ってオススメする。 |
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3年後に発売された「モダンタイムス」と合わせて「魔王」シリーズと呼ばれる作品。2004年と05年に雑誌掲載された2本の連作を合わせた、社会派エンターテイメントの中編集である。
両親を交通事故でなくし、学生時代から理屈っぽいと言われてきた兄と直感型の弟の兄弟二人で暮らす安藤兄弟。前半の「魔王」は兄が主人公で、後半の「呼吸」は5年後の弟が主人公である。2作品に共通するテーマは、社会の流れが大きく変わろうとする時、個人に何が出来るのか、である。現実の日本の政治状況に限りなく近いフィクションの世界で、ファッショ化する国を動かして行くのが誰なのか、どんな思想や意思、あるいは無意識、無関心なのかを超能力というファンタジーを使いながら解き明かして行く。もちろん完全なフィクションであり、特定の政治的な視点に基づくものではない。ただ、時代の気分という大洪水(ファシズムへの道)に遭遇したとき、それに気が付き、自分の考えで行動できるかどうかが要点であるということは書かれている。これは、他の伊坂幸太郎作品にも共通する視点である。 極めて現代性を帯びた社会派エンターテイメントとして、多くに人にオススメしたい。 |
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ハリー・ボッシュ・シリーズの第18作。ロス市警を生き甲斐としてきたボッシュがリンカーン弁護士・ミッキー・ハラーと組んで強姦殺人の容疑者を弁護するという、変則的な警察・法廷ミステリーである。
定年延長制度中にも関わらず市警を退職させられたボッシュは、異母弟のハラーを代理人に立てて市警への異議申し立てを行い、古いバイクの修理でリタイア生活を過ごそうと計画していた。ところがハラーから、女性公務員が強姦殺害された事件の犯人として逮捕された元ギャング・フォスターの弁護活動の調査員になってくれと頼まれた。被害者に残された精液のDNAがフォスターのものと一致したとして逮捕された上、刑事弁護士に協力するのは警察に対する裏切りになると考えるボッシュは協力を渋っていたのだが、事件の詳細を知るにつれ、冤罪ではないかと疑い始める。さらに、ボッシュが調査を進めると何者かがそれを妨害する事態が頻発し、ボッシュは身の危険を感じるようになった・・・。 強姦殺人の犯人探しと事件の構図を描いた黒幕の追求という、大きな二つの物語がテンポよく進み、最後はリンカーン弁護士の鮮やかな法廷戦術で幕を閉じる。つまり、フーダニットの警察ミステリーとワイダニットの法廷ミステリーの二重奏である。警察からは蛇蝎のごとく嫌われているハラーに協力することで苦悶するボッシュだが、その正義を貫く態度が警察内にも仲間を作り出し、信念を貫き通す美学は本シリーズの真骨頂である。 ボッシュ・シリーズ、リンカーン弁護士シリーズのファン、コナリーのファン、さらに警察ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。 |
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雑誌連載の長編小説。病院で知り合った素人3人組が暴力団組長を誘拐して身代金を取ろうとする、痛快なノワール・アクションである。
交通事故の骨折で入院した友永は入院中に知り合った稲垣に誘われ、稲垣の仲間であるケンと三人組でノミの元締めの暴力団幹部を誘拐し、見事に一千万という身代金を獲得した。それぞれの分け前を手に解散した三人だったが、その三ヶ月後、懐が寂しくなりかけた友永は、もう一度誘拐をやろうという稲垣からの誘いに乗った。今度の狙いは組織暴力団の金庫番と言われる組長・緋野で、身代金は三千万と目論んだ。緋野のあとを付け、追突事故に見せかけて誘拐に成功し、緋野の組から金を届けさせようとしたのだったが・・・。 金の受け渡し、人質の交換を巡る無鉄砲な三人と極道のメンツを賭けたヤクザの丁々発止のやりとりが本作の読みどころ。陰謀あり、心理戦あり、カーチェイスあり、暴力あり。著者の十八番である関西弁でのテンポのいい会話とスピーディーな展開が理屈抜きに楽しめる。 黒川博行ワールドにはまっている方には絶対のオススメ。和製ハードボイルド、ノワールのファンにも文句なしのオススメ作である。 |
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アイスランドの新米警官「アリ=ソウル」シリーズで人気のヨナソンによる新シリーズの第1作。退職間近の女性警部の公私にわたる苦悩を丁寧に描いた、静かで味のある警察ミステリーである。
64歳の女性警部・フルダは数ヶ月後の退職を前に上司から「二週間後までに席を後輩に譲れ」と告げられる。フルダは納得がいかないながら逆らうすべも無く、退職するまでの最後に未解決事件の再捜査をやらせて欲しいと要望する。そうしてフルダが手をつけたのが難民申請中に自殺したとして片付けられていたロシア人女性の不審死事件だった。当初に捜査を担当した同僚刑事の怠慢を疑ったフルダが調べ始めると、被害者は売春組織に利用されていたのではないかという疑問が浮かび上がってきた。捜査を担当できる期間として許されたのはたった三日間、フルダは進まない捜査に焦りを深めて行くのだった・・・。 退職間近の女性警部という主人公の設定が、『アリ=ソウル」シリーズと真逆なのが面白い。物語の本筋はロシア人女性の不審死の真相解明だが、サブストーリーとしてシングルマザーの苦悩、被害者とおぼしき女性の行動が展開され、やがてはひとつにまとまって行く。舞台が世界でも一、二を争う平和な国・アイスランドなので警察ミステリーとしても地味な話なのだが、サブで展開される人間ドラマがスリリングで読み応えがある。 北欧ミステリーのファンには文句なしのオススメ作品である。 |
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