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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 401~420 21/57ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.737:
(8pt)

ブラックジャックで勝ちたければ必読?

カジノコンサルタント(いかさま暴きの専門家)トニー・ヴァレンタイン・シリーズの第2弾。カジノをだまそうとする奴らとカジノ側の丁々発止を描いた犯罪アクション・ミステリーである。
アトランティックシティのカジノに依頼されて高額のいかさまを調査していた、警官時代の相棒で同業でもある親友のドイルが爆殺された。葬儀に駆け付けたトニーは未亡人からドイルのノートを渡され、さらにカジノ・オーナーから依頼されたこともあり、ドイルの調査を引き継ぐことになった。ブラックジャックで連勝を続ける怪しいヨーロッパ人たちに目を付けて調べ始めたトニーは、ドイルを殺害した犯人たちに命を狙われることになり、手を引くように脅された。しかし、始めたことは終わらせないと気が済まないトニーは62歳の老骨に鞭打って、命の危険を顧みず突進し、カジノの裏側に隠された闇を暴いていくのだった。
カジノ側が絶対有利なことは分かっていながら勝ちに行くギャンブラーの執念が生み出す様々ないかさまの手口の解説が面白い。さらに、カジノ内部での不正行為はどうやって実行されるのか、それをどうやって防止するか、というコンゲームという側面もあり、だましだまされの応酬にワクワクする。62歳という主人公の年齢がユーモアを生み、また、シリーズ作品らしくトニーをめぐる人間関係の変化も興味を掻き立てる。
年配者が主役の私立探偵作品のファン、カジノ小説のファン、ユーモラスなアクション・ミステリーのファンにおススメする。
ファニーマネー (文春文庫)
ジェイムズ・スウェインファニーマネー についてのレビュー
No.736:
(8pt)

犯行のアイデアが光る誘拐ミステリー

1991年に刊行された、著者の初期作品といえる長編ミステリー。おなじみの大阪府警のメンバーが登場するのだが、警察捜査より誘拐犯のほうに力点がある、大阪府警シリーズのスピンオフ作品である。
チケット屋を経営する資産家・倉石達明の父・泰三が誘拐され、犯人は身代金として金塊2トンを要求してきた。2トンもの金塊を一体どうやって受け取るのか? 大阪府警は疑問を抱きながらも金塊を用意し、犯人の要求通りに小型漁船に積み込み捜査員を張り込ませていたのだが、犯人に裏をかかれ漁船は無人のまま自動操縦で淡路島へ向かってしまった。犯行が成功するかと思われた寸前、漁船は通りかかったタンカーに衝突し爆発してしまった。誰もが計画は失敗したと思ったのだが、犯人はあっと驚く手段で金塊を手に入れていたのだった。ところが・・・
誘拐事件を捜査側と犯人側から交互に描いてストーリーが展開され、途中途中に犯人と被害者である泰三とのやり取りが挿入される。全体に渡って大阪府警シリーズの特徴であるユーモラスな会話がちりばめられ、犯人も憎めないやつなので誘拐もののサスペンスより犯行手口のアイデアと人間ドラマを楽しむ作品といえる。
大阪府警シリーズのファンはもちろん、ユーモア・ミステリーのファンにはぜひおススメしたい。

大博打 (新潮文庫)
黒川博行大博打 についてのレビュー
No.735:
(8pt)

サイコと謎解きとリーガルが絡み合ったサスペンス・ミステリー

「クリムゾン・リバー」で知られるグランジェの2018年の作品。猟奇的な連続殺人事件の謎を追ってパリ警視庁の刑事が東奔西走する、警察サスペンス・ミステリーである。
パリ警視庁のコルソ警視のチームに回ってきたストリッパー殺害事件。被害者は両頬を切り裂かれ、のどに石を詰められていた。さらに、捜査がほとんど進展しないうちに発生した第二の事件でも同様の残忍な犯行が行われていた。二人の被害者は同じ劇場に勤めていた同僚で、どちらも自分の下着を使いある特殊な結び方で手足と首を拘束されていた。独特の犯行手口に注目したコルソたちは、その結び方がSM愛好家に知られていることをつかみ、その線から被害者がSMポルノに関係していたことを知り、さらに被害者二人が元殺人事件の服役囚で現在は画家として成功しているソビエスキと交際していたことを突き止めた。ソビエスキを最重要参考人と考えたコルソは合法違法を問わず、あらゆる手段を使ってソビエスキを追い詰め、ついに逮捕にこぎつけた。しかし、その裁判にはクローディアという凄腕の人権派弁護士が立ちはだかっていた・・・。
真犯人はだれか、犯行動機は何かを追求する謎解きミステリーが本筋で、そこにサイコ・シリアルキラー、リーガル・サスペンス、主要登場人物の複雑な背景、警察内部でのバディもの的展開など様々な要素が重ねられ、2段組み760ページという重厚長大な作品となっている。主人公のコルソ警視は警察のルールからはみ出す捜査も躊躇しない直情型かつ激情型で、なかなか共感しにくいキャラなのだが、真相解明にかける一途な思いがストーリーをダイナミックなものにしている。さらに敵役のソビエスキの特異さ、クローディア弁護士の怜悧さ、コルソの部下であるバルバラの柔軟さが、物語にカラフルな展開と何層もの深みをもたらしており、700ページの大作も中だるみなく読み進められる。
グランジェのファンはもちろん、警察ミステリー、サイコ・サスペンスのファンには絶対のおススメである。
死者の国
No.734:
(8pt)

荒涼たるアイスランドの風土が眼前に現れる、悲しいドラマ

アイスランドの人気ミステリー「フルダ・シリーズ」三部作の第二弾。10年の歳月を経て発生した2件の殺人の謎を解く、本格警察ミステリーである。
1987年、人里離れたフィヨルドのコテージで若い女性の死体が発見され、警察は被害者の父親を逮捕する。10年後、被害者を追悼するために絶海の孤島に集まった4人の男女の一人の女性が崖から転落死した。この事件の担当を買って出たフルダ警部は、当初は事故ではないかと想定していたのだが、残された三人の若者から事情聴取すると彼らが何かを隠していると直感する。物証となるものはなく、三人の証言だけを頼りに捜査を進めたフルダは、二つの事件のつながりと隠された闇を見ることになる・・・。
現在から過去にさかのぼっていくという珍しい構成の三部作で、本作は第一作の15年前が主舞台となり、事件解明と並行して50歳で天涯孤独となったフルダ警部の生き様が描かれており、第一作で定年間近のフルダが、なぜ孤独な生活を送っていたのか、その理由が明かされている。北極海の孤島の小国・アイスランドでの警察という男社会で奮闘するフルダの人間ドラマも、本作の重要なテーマである。とはいえ、本格的謎解きミステリーとして傑作であることは間違いない。
シリーズ・ファンには必読。さらに本作から読み始めても十分に楽しめるので、警察ミステリー・ファンにもおススメしたい。
喪われた少女 (小学館文庫)
ラグナル・ヨナソン喪われた少女 についてのレビュー
No.733:
(8pt)

中国大陸の西端まで突っ走る、元引きこもりの再生物語

2010年に刊行された「さよなら的レボリューション 再見阿良」の加筆・改題作品。元引きこもりの19歳の男がだらしなく流されてたどり着いた中国で新しい自分を見つけ出す、青春ロードノベルである。
19歳の高良伸晃は引きこもりから脱出したものの通っているのは閉校がうわさされる三流大学で、将来に何の展望もなく、ずるずるとバイトに明け暮れていたのだが、同級生の中国人の女子に恋したことから中国の語学学校に短期留学することになる。そこでも状況に流されて過ごし、何の成果もなく帰国したのだが、再び訪れた上海で、かつてのバイト先の先輩に出会い、成り行きで盗難車を移送するために西安のさらに西へ、シルクロードを突っ走ることになった。ほとんど砂漠ともいえる黄土高原の果ての集落で高良が出会ったのは、中国の奥深い歴史の闇の中で生きる人々の現実で、高良は改めて自分を見つめなおすことになった。
19歳の小心者で俗物の若者と壮大な中国の歴史と自然との対比から生まれるハレーションが、全編をキラキラ輝かせている。主人公・高良のだらしなさや格好悪さ、傷付きやすさにもかかわらず、いや、それゆえにか、いつしか高良を許し、肩入れしたくなる。いわば、自分自身の青春をやり直しているような甘酸っぱさがこみあげてくる。まさに青春ロードノベルである。
東山彰良ファンには必読。ロードノベル・ファンにもおススメする。
恋々 (徳間文庫)
東山彰良恋々 についてのレビュー
No.732: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

66年間逃げ続けた男がたどり着いたのは(非ミステリー)

刑事ヴァランダー・シリーズで知られるマンケルのノン・シリーズ作品。恋人を捨て、世の中を捨てて一人孤島に暮らす男が否応なく過去に連れ戻され、自分が歩んできた道を苦悩とともに振り返るヒューマンドラマである。
一匹の犬と一匹の猫だけを同居人に、一人で離れ小島に暮らす66歳の元外科医フレドリックは厳寒の朝、凍り付いた道を歩行器を使って歩いてくる女性の姿を発見し、驚愕する。それは37年前に捨てた恋人ハリエットだったのだ。意識を失って氷の上に倒れこんだハリエットを家に運び込んだフレドリックは彼女が死の病に侵されており、「人生で一番美しい約束」を果たしてもらうために最後の死力を尽くして訪れたことを知らされる。その約束とは「深い森の中の湖にハリエットを連れていくこと」だった。ハリエットの望みをかなえるために一度だけ付き合って行動することを渋々承知したフレドリックだったが、その旅は彼が捨ててきた世の中に戻っていくことであり、忘れようとした過去と否応なく向き合うことでもあった・・・。
フレドリックが世捨て人になったのは、なぜか? 子供時代から現在まで、彼が求めたこと、逃げてきたことは何なのか? 老年期に入った男が過去を振り返り、赤裸々に語る物語は後悔と自己弁護が入り乱れ、かなり重苦しい。それを救っているのが、スウェーデンの厳しくも美しい自然で、特に冬景色の描写が印象的である。
ヴァランダー・シリーズとは全く異なるタイプの作品であり、ミステリーファンというより、生きることの意味を追求する文学作品のファンにおススメする。
イタリアン・シューズ (創元推理文庫)
No.731:
(7pt)

あの選択でよかったのか、答えはあるのか?

2014年から15年にかけて週刊文春に連載されたものに加筆した長編小説。誰も見通せない未来を前に自分の決断、選択に惑う人間の弱さと諦念、その結果として招いたディストピアを描いた、シュールなエンターテイメント作品である。
2014年の東京に暮らす3人の迷い多き日々と日々の決断から生まれた物語が前半3/4、その70年後、2085年の世界が残り1/4という構成で、最後には2つのパートの関係が明かされる。前半の3つの物語は現実の社会状況からインスパイアされた、リアリティのあるストーリーが展開されるのだが、最後の未来のパートはSF的で、その落差に戸惑ってしまう。ただテーマがつながっているので、じっくり読めば腑に落ちる。「あの時に変えればよかったと誰でも思う。でも今変えようとしない」という言葉と、「一人の子供、一人の教師、一冊の本、そして一本のペンでも、世界は変えられる」(マララ・ユスフザイ ノーベル平和賞)というスピーチの対比が重く心に残ってくる。
ミステリーとしては期待外れだが、味わい深い社会派作品としておススメしたい。
橋を渡る
吉田修一橋を渡る についてのレビュー
No.730:
(7pt)

人間は争うように造られている?

中央公論新社130周年記念で発刊された「小説BOC」の企画、8人の作家が同じテーマで、しかし時代を変えて競作するという「螺旋プロジェクト」の作品として書かれた2作品を収めた中編集である。
1作目は昭和のバブル期を舞台にした「シーソーモンスター」で、2作目は2050年代を舞台にした「スピンモンスター」。どちらも「日本を舞台に二つの一族が対立する」という企画のルールに基づき、海族と山族が宿命的に対立し、争う姿を描いているのだが、「シーソー」は嫁と義母の対立、「スピン」は同じ体験をして来た同級生の対立という、伊坂幸太郎らしい焦点のずらし方が効果的でユーモラス。「人はなぜ争うのか」という、まともに挑戦すれば重すぎるテーマを実に見事にエンターテイメントに仕上げている。
競作企画とは言え独立した作品なので、他の作家の作品を読んでいなくても問題なく楽しめる。伊坂幸太郎ファンには安心してオススメする。
シーソーモンスター (中公文庫, い117-2)
伊坂幸太郎シーソーモンスター についてのレビュー
No.729:
(7pt)

男たちの欲望の哀れと可笑しさ

1992年から2008年に雑誌掲載された7作品を収めた短編集。欲が突っ張った男たちが結局はババをつかむ可笑しさと哀れさを描いたコメディである。
出来がいい寄席の観客になったように楽しめる、まさにエンターテイメント作品。黒川博行の習作集として気軽に読むことをおススメする。
蜘蛛の糸
黒川博行蜘蛛の糸 についてのレビュー
No.728: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

どれほど悲惨な経験も、人は乗り越えられる?

2017年に発表された、ノンシリーズ作品。父親のせいで凄惨な事件の被害者となり、ばらばらになった姉妹が、28年後に起きた銃乱射事件と父親の死をきっかけに新たな生き方を見つけていく、ミステリーであり家族の物語である。
ジョージア州の田舎町で暮らす反骨の弁護士・ラスティとその妻ガンマ、サムとチャーリー姉妹のクイン一家。白人女性を殺害したとして逮捕された黒人青年をラスティが無罪放免にさせたとして自宅に放火され引っ越したのだが、その数日後、ラスティが不在の家に二人組の男が侵入し、ガンマは殺害され、姉のサムは生き埋めにされ、妹のチャーリーは命からがら隣家に助けを求め生き延びるという事件に遭遇した。奇跡的に生き残ったもののサムは重い後遺症に悩まされ、事件の原因となった父親を許すことができずに家を出て家族との関係を断ち、成功した民事弁護士としてニューヨークで暮らしていた。一方のチャーリーは母と姉に対する罪悪感を抱えたまま成長し、父と同じ刑事弁護士として地元で暮らしていた。
事件から28年後、たまたま地元の中学校にいたチャーリーは17歳の少女が校長と8歳の少女を射殺するという事件に遭遇した。町中の反感を招いた少女を弁護するのはラスティしかおらず、当然のごとく弁護を引き受けたラスティだったが、何者かに襲われ瀕死の重傷を負った。父の危篤を知らされ、いやいや故郷に戻ったサムだったが、父・ラスティから自分の代理として弁護することを頼まれ、事件にかかわることになった。また、現場にいたチャーリーは警察が説明する事件の構図に違和感を覚え、サムと二人で真相を解明することになる。そして二人の追及は28年前の悲惨な事件につながってゆき、関係者全員が忘れよう、隠そうとしてきた秘密が明らかにされる・・・。
二つの事件の真相を解明していく謎解きミステリーとしても一級品だが、それ以上に、救いがない惨事によって引き裂かれた姉妹がそれぞれの父と母に対する思いをぶつけあい、再び家族として再生していくヒューマンドラマとして読み応えがある。目をつぶりたくなるような悲惨なシーンが多いものの、最後で救われるので読後感は悪くない。
ノンシリーズ作品でもあり、スローター・ファンに限らない幅広いジャンルのミステリー・ファンにおススメしたい。
グッド・ドーター 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローターグッド・ドーター についてのレビュー
No.727:
(7pt)

語りのうまさで読まされる

杉村三郎シリーズの第5弾。2017年から18年に雑誌掲載された3作品を加筆改稿した中編集である。
3作品とも、やっかいな女性が相手の難問に杉村が人間力を発揮して対応する話なのだが、今回はこれまでのシリーズとは違って最後のオチが結構残酷なのが目を引いた。宮部みゆきは同性には厳しい人なのかもしれない。ミステリーとしてはいまいちだが、話の展開が上手いので、なるほどなるほどと思ってるうちに読み終わった感じ。
宮部みゆきファンにおススメする。
昨日がなければ明日もない (文春文庫)
宮部みゆき昨日がなければ明日もない についてのレビュー
No.726: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ついにクライマックスなのだが・・・

世界的ベストセラー「ミレニアム」の第6部でシリーズ完結作。スティーグ・ラーソン亡き後のシリーズ三部作では主役となってきたリスベットが生涯の宿敵である妹・カミラと決着をつけるサスペンス・アクションである。
ストックホルムの公園で死亡したホームレスの男がミカエル・ブルムクヴィストの電話番号を書いた紙を持っていた。男は国防大臣・フォシェルに関する何かを喚いていたとか、支離滅裂な文章を書いた紙をバス停の掲示板に張り出していたなどの情報もあり、ミカエルは男の身元調査を始めることになった。男は殺害されたのではないかと疑問を持った法医学者の協力を得て、ミカエルは自宅を売却して行方をくらませていたリスベットに死んだ男のDNA情報を送り、解明を依頼する。そのときリスベットは、自分の命を狙うカミラに逆襲するためにモスクワにいたのだが、カミラ襲撃に失敗し身を隠すことになった。一方カミラは、リスベットに逆襲するためにストックホルムに飛び、リスベットをおびき出すためにミカエルを利用しようとする。それを察知したリスベットはストックホルムに舞い戻り、カミラと決着をつけようとする・・・。
本作の中心はリスベットとカミラの最終決戦なのだが、ホームレスの男と国防大臣との因縁もかなりの部分を占めていて物語が二分されてしまっているため、作品密度がやや薄まっている。特に、ホームレスの男と国防大臣が絡むエベレストのエピソードは、作者の得意分野ということで、これだけで一作になるほどの力の入れようでとても面白いのだが、作品全体として完成度を落としている印象なのが残念である。
完結編でもあり、シリーズ愛読者には必読。というか、シリーズ愛読者以外には、それほどおススメできる作品ではない。
ミレニアム 6 上: 死すべき女
No.725:
(7pt)

現在と過去が密接につながった、複雑怪奇な物語

「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第8作。オリヴァーが少年時代を過ごし、現在も住んでいる小さな村で起きた連続殺人事件の謎を解明する警察ミステリーである。
オリヴァーとピアが勤務する警察署管内で起きたキャンピングトレーラーの放火殺人事件。トレーラーの所有者はオリヴァーが知っている老婦人で、しかも被害者はその息子だと判明する。さらに、余命いくばくも無くホスピスに入っていた所有者の老婦人が殺害された。連続殺人事件として捜査を開始した警察だったが、事件の関係者や周辺人物がほとんどオリヴァーの知り合いで、しかもオリヴァーが関係した42年前の事件との関連をうかがわせる背景が判明し、オリヴァーは微妙な立場に立たされる。さらに、オリヴァーが一年間の長期休暇を取得する直前だったこともあり、捜査の指揮はピアがとることになった。閉鎖的な村社会で起きた事件は、そこに住む人々に激しい動揺を与え、それぞれが抱えてきた愛憎、隠された人間関係を容赦なく暴いていくことになる・・・。
現在の事件を42年前の事件を並行して解明していく、2つのワイダニット、フーダニットが重なり合う展開で、登場人物の数が多いのに加え人物間の姻戚関係、友人関係が複雑で、しょっちゅう登場人物リストや関係図を参照しないと物語についていけないのが難点。サクサクと読める作品ではない。最終的な真相も、事件の悲惨さの割には薄っぺらだが、複雑怪奇な事件を地道に解明していくプロセスは警察小説の王道を行くもので読み応えがある。本作ではオリヴァーの少年時代が詳しく書かれており、次作ではピアの家族の秘密が明らかにされるという。
シリーズのターニングポイントとしてファン必読。また、北欧警察ミステリーのファンには十分に満足できる作品といえる。
森の中に埋めた (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス森の中に埋めた についてのレビュー
No.724:
(8pt)

厳寒の季節が通り過ぎるのを待つしかない町(国)の閉塞

アイスランドを代表するミステリー・シリーズの第5作。移民の子の殺害事件をテーマに、アイスランド社会における移民の問題に取り組んだ、社会派警察ミステリーである。
アイスランド人の父親とタイ人の母親の間に生まれ、今は離婚した母親がシングルマザーとして育てている10歳の男の子が殺害された。レイキャビク警察捜査官・エーレンデュルたちは人種差別が絡んだ犯罪ではないかと想定し、学校や家族関係から捜査を始めたのだが、そこで浮き上がってきたのは移民に対するアイスランド市民の複雑な感情であり、様々な緊張関係だった。さらに、エーレンデュルは別の女性失踪事件にも取り組んでいるのだが、こちらも有力な手掛かりが得られずにいた。そして、凶器と思われるナイフが発見されたことから解決への道筋を見つけたエーレンデュルたちがたどり着いた真相は、深い悲しみと喪失感をもたらすものだった。
地道な聞き込みで殺人事件の隠された真相を明らかにしていく、オーソドックスな警察小説である。そこに加えられるのが、主人公たちの家庭や人間関係にまつわる解決策のない重荷で、全編を通して重苦しさが立ち込めている。これはまさに、北欧警察ミステリーならではのテイストだが、アイスランドの場合は、その風土の過酷さもあって重苦しさがひときわ大きいと言えるかもしれない。
シリーズ愛読者はもちろん、北欧ミステリーのファンには自信をもっておススメする。
厳寒の町 (創元推理文庫)
No.723: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

2時間ドラマの安定とマンネリ

検事・佐方貞人シリーズの第4作。雑誌掲載された4作品を加筆・訂正した短編集である。
4作品はどれも、検察上層部と対立してでも「罪が真っ当に裁かれる」ことを追及する佐方の意地を描いたこれまで通りのパターン。各作品のテーマは現実に起きた事件を下敷きにしており、それなりのリアリティがあり、物語展開も巧みで読みやすい。
シリーズの愛読者、2時間ドラマのファン、正義が達成される結末で安心したい読者にオススメする。
検事の信義 (角川文庫)
柚月裕子検事の信義 についてのレビュー
No.722: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

32年間の愛と裏切りを振り返るヒューマン・ドラマ

2014年度のドイツ推理作家協会賞受賞作。ともに54歳になる作家と教師が再会し、二人の出会いと別れ、それをかかえて生きて来た人生を語り合う、大人の恋愛ドラマである。
作家と生徒たちのワークショップという企画によって16年ぶりの再会することになった人気作家のクサヴァーと国語教師のマティルダ。かつて恋人同士として16年間を過ごした二人は、過去を振り返り、それぞれの思いをぶつけ合うのだが、そこに「物語にして語り合う」という技法を用いることで、お互いの思いの違いが明らかになっていく。運命的とも言える出会いで感じる愛、人生に求める物の違いによって生じる別れ、そして相手を理解しきれなかったことの後悔。いわゆる謎解きミステリーではないが、人間という生き物が謎であるという意味でミステリーである。
訳者あとがきにもあるように、ケイト・モートンの作品が好きな人なら親近感を持つだろう。
国語教師
ユーディト・W・タシュラー国語教師 についてのレビュー
No.721:
(7pt)

テーマに構成力が追い付かず・・・

小林由香の「ジャッジメント」に続く第二作。いじめをテーマに報復の意味を追及した、ヒューマン・ミステリーである。
壮絶ないじめ(暴力犯罪レベルである)にあっていた高校一年生の時田は、いじめの現場を救ってくれたピエロ・ペニーに、いじめている少年を殺して自殺したいと心のウチを打ち明ける。するとペニーは、殺害計画を立てたら手伝ってやるという。半信半疑ながらも時田は殺害計画を立て、ペニーの助けを得て実行しようとする。一方、息子がいじめを苦にして自殺し、それが原因で妻も自殺してしまった風見は抜け殻のような生活を送っていたのだがが、同じようにいじめで苦しんでいる人々のサークルで知り合ったハギノと名乗る高校生から情報を得て、息子をいじめた少年たちを特定し、報復することを決意する。そして二人の計画が重なって実行されたのは、正義なのか、犯罪なのか?
小林由香のメインテーマである犯罪と報復のバランス、被害と加害の公平性を真摯に追及した社会派ミステリーであり、答えが出ない問いに真剣に応えようとする人間ドラマである。従って、重いテーマの周りを堂々巡りしているようなもどかしさがあるのも否めない。物語の展開も下手ではないのだが、小説としてはやや硬さがあるのが残念。
ミステリーの楽しさを求めるより、社会的テーマの追及を求める読者にオススメしたい。
罪人が祈るとき (双葉文庫)
小林由香罪人が祈るとき についてのレビュー
No.720: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

60歳を過ぎても潜入捜査に手を挙げるボッシュ

ハリー・ボッシュ・シリーズの第19作。還暦を過ぎたとはいえ正義感にあふれ意気盛んなボッシュが自ら信じるところを貫く、安定の警察ミステリーである。
サンフェルナンド市警の予備警官として勤務するボッシュは、地元で起きた薬局の強盗殺人事件をきっかけに、ロシアマフィアが支配する麻薬組織への潜入捜査を行うことになった。一方、かつてロス市警時代に逮捕した死刑囚が「ボッシュが証拠をねつ造した」と主張して再審を請求し、ロス市警と検事局はその訴えを認めて再審を開始し、ボッシュはいわれなき罪を問われそうになる。二つの難問に直面するボッシュは、異母弟であるミッキー・ハラーの助けを借り、超人的な働きで正義を追い続けるのだった・・・。
60過ぎの予備警官なのに麻薬組織に潜入するというボッシュの元気なアクションがメインテーマで、証拠をねつ造した警官という汚名をそそぐための調査がサブテーマ。潜入捜査はアクション・ミステリー、再審請求対策はリーガル・ミステリーという、一冊で二作品分の面白さを堪能できる。
ボッシュ・シリーズのファンは必読。アメリカ警察ミステリーのファンにもオススメする。
汚名(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー汚名 についてのレビュー
No.719:
(8pt)

古き良きハードボイルドの香り豊かな成長物語

1947年刊行、48年のMWA最優秀新人賞受賞作の新訳版。シカゴの底辺で暮らす印刷工見習いの青年が父親が殺された事件の謎を追いかけ、その過程で大人へと成長していく、みずみずしいハードボイルドである。
18歳のエドの父親がシカゴの裏通りで殺された。警察は単純な強盗事件と看做したのだが、納得できないエドは伯父のアンブローズとともに犯人を突き止めようとする。移動遊園地で働く変わり者の伯父は人生経験が豊かで、警察にもつかめなかった詳細を徐々につかんでゆく。行動を共にするエドも街の裏表、人々の隠された一面に触れ、大人への扉を開けることになる。そして真相を突き止めた時、そこにはエドが知らなかった父の姿があった・・・。
18歳の心優しい青年が街の現実に気づき、一人前の大人へと変わっていくプロセスをハードボイルドの風味豊かに描いた、なかなかに読後感がいい作品である。殺人事件の謎解きとしても、犯人、動機などにひと工夫があり、ミステリーとして十分に読み応えがある。
オールドファッションで軽やかなハードボイルドがお好きな方にオススメする。
シカゴ・ブルース【新訳版】 (創元推理文庫)
No.718: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

焦点がぼやけ散漫な印象に

「フランスの特捜部Q」という触れ込みのシリーズ第2作。落ちこぼれ軍団が、難解な殺人事件を解明してエリート組織の鼻を明かすユーモア警察ミステリーである。
カペスタン警視正率いる迷宮捜査班が新たな殺人事件の捜査を指示されたのは、被害者がカペスタンの元夫の父親だったからだった。しかも、この被害者が元パリ司法警察のエリートだったため、捜査介入部、刑事部というエリートたちとの共同捜査になった。警察のゴミ溜めと揶揄される迷宮捜査班は最初から馬鹿にされ、十分な情報も与えられなかったのだが、メンバーたちの独自の働きにより、かつて南仏で起きた未解決殺人事件との関連性を発見し、捜査は大きく進展したのだった・・・。
前作同様、事件捜査がそれなりの要素を占めてはいるものの、物語の本筋は迷宮捜査班メンバーの個性あふれるキャラの面白さにある。前作でもかなりの特異さだったのが、今回はさらに新メンバーが増え(その中には犬とネズミも含まれる)、さらにばか騒ぎ状態になり、ミステリーとしての緊迫感が薄れ、ドタバタ喜劇の側面が強くなっている。そのため、全体にとっちらかった印象に終わっているのが残念。
ユーモア・ミステリーのファンには楽しめるかもしれないが、謎解きミステリーや警察もののファンにはちょっと物足りないだろう。
パリ警視庁迷宮捜査班 魅惑の南仏殺人ツアー: 魅惑の南仏殺人ツアー (ハヤカワ・ミステリ 1960)