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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 341~360 18/57ページ

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No.797: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

幸せな日々を守るために小さな嘘、大きな嘘、そして誠実な嘘

「容疑者」、「生か、死か」がちょっと話題になったロボサムの邦訳第4作。出産を間近に控えた二人の女性の出会いから起きた悲劇を描いた、サイコ・サスペンスである。
成功している夫と二人の子供を持ち、裕福に暮らしているメグは三人目の子供を妊娠していた。専業主婦でありながらブロガーとしても充実した日々を過ごしているメグをうらやみ、密かにストーカー的行動をとるアガサはパート店員で、恋人の子供を妊娠しているものの恋人は逃げ腰で、日々不安を募らせていた。不幸な少女時代を過ごしたアガサは子供を中心にした家庭生活にあこがれを募らせており、生まれてくる赤ちゃんがすべてを変えてくれるものと一途に思い込んでいた。メグを崇拝するあまりアガサは偶然を装ってメグに接近し、友達になることに成功する。しかしその出会いは、お互いの嘘を重ね合わせることで取り返しのつかない結末を招くのだった…。
出産を控えた二人の女性のドラマという設定から想像できるように、赤ちゃんを巡る悲劇になるのだが、そこに至る対照的なヒロイン二人のドラマが実に面白い。起きたことは犯罪だが、犯人を単純に断罪すれば済む話ではなく、読者が犯人に肩入れしたくなるドラマ作りが成功していて、ぐんぐん引き込まれていく。幸せを守るためには嘘も必要なのか、隠し事がないことが誠実なのか、人間の性(さが)について考えさせられる作品である。
ミステリーというよりサイコ・サスペンスとしてオススメする。
誠実な嘘 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
マイケル・ロボサム誠実な嘘 についてのレビュー
No.796: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

仕掛けが分からなかった

作者が技巧を凝らして読者に挑戦した連作短編集。
収録された4作品それぞれに仕掛けがあり、各作品の最終ページの地図や写真で物語がひっくり返えるというのだが、いまいちよく分からなかった。それでも軽めのミステリーとして読むことができるのだが、仕掛けに引っ張られて肝心のミステリー部分がやや薄味なのが残念。
いけない (文春文庫)
道尾秀介いけない についてのレビュー
No.795: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「グラント郡」と「ウィル・トレント」をつなぐ超大作

「ウィル・トレント」シリーズの最新作であると同時に「グラント郡」シリーズを締めくくる、カリン・スローターの転回点となるであろう力強い警察ミステリーである。
8年前、サラの元夫であるジェフリー・トリヴァー署長が捜査した事件で逮捕された服役囚・ネズビットが「冤罪である」と訴えてきた。事件は極めて残虐な連続レイプ殺害で、ネズビットが逮捕されてからは同じような事件が発生していなかったため警察は本気にしなかったのだが、同様の手口によるレイプ殺害事件が発生し、ウィルとフェイスたちは否応なく再捜査することになった。捜査が進むにつれ、トリヴァー署長たちの捜査には欠点があり、ネズビットは誤認逮捕ではないかと思われてきた。このことは、いまだにジェフリーを愛しているサラを傷つけ、それは同時にサラを愛するウィルを苦しめることでもあった。
捜査を進めるにつれて同一犯による犯行の疑いが濃くなる連続レイプ事件について、8年前のトリヴァーの捜査と現在のウィルたちの捜査が交互に展開し、しかも二つの時代をつなぐサラの動揺が激しく、ストーリー全体にきわめて緊張感がある。また、いつも通り事件の態様は暴力全開で読む側に緊張を強いてきて、740ページほどの長編を読み終えるとぐったりさせられる。読み終わってもカタルシスを覚えることはないのだが、確実に次作を読みたくなる不思議な引力を持つ作品である。
カリン・スローターのファンには必読。激しい暴力シーンに耐えられる警察ミステリーファンにもおススメだ。
スクリーム (ハーパーBOOKS)
カリン・スロータースクリーム についてのレビュー
No.794: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

物語の仕掛けが大きい割には、内容は小粒

ノルウェーの警察小説「警部ヴィスティング」シリーズの第13作、邦訳第3弾。死亡した大物政治家の秘密を解明する極秘捜査を命じられたヴィスティングが、娘・リーネの協力も得ながら難事件に挑む、正統派の警察ミステリーである。
大物政治家・クラウセンが急逝した。死因に疑わしい点はなかったのだが、故人の別荘から巨額の外国紙幣が詰まった段ボール箱が発見された。この金の出所はどこか、政治的な問題を含んでいることを危惧した検事総長はヴィスティングを呼び出し、極秘で捜査することを命じた。信頼する鑑識官モルテンセンと二人で段ボール箱を運び出した直後、別荘が放火された。さらに、検事総長からは「クラウセンがある未解決事件に関与している」と告発する手紙を受け取っていたことを知らされる。しかも、この未解決事件の再捜査を担当しているのが国家犯罪捜査局のスティレル(前作で因縁があった)であることが分かった。スティレルには複雑な思いを持つヴィスティングだったが、渋々協力して捜査を進めるうちに、未解決事件と隠された外国紙幣に密接な関係があることを突き止めた…。
隠された紙幣の謎、未解決事件(少年の行方不明事件)の二つが徐々に重なっていく複雑な構成の警察ミステリーで、謎解きのプロセスは合理的で面白い。ただ事件の背景、動機がややシンプルで全体的に深みがない。しかし、ヴィスティングとリーネの親娘、さらに孫娘を加えた家族の物語が読みごたえが出てきているのはシリーズものならでは。
本シリーズの愛読者、北欧ミステリーファンには十分満足できる佳作としておススメする。
警部ヴィスティング 鍵穴 (小学館文庫 ホ 2-2)
No.793: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

雪のワイオミングで昭和残侠伝

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第14作。ワイオミング州の雪山を舞台に親友のネイトと対立することになったジョーの苦闘を描いた冒険サスペンスである。
州知事の計らいで猟区管理官に復帰したジョーはある日、知事から呼び出され、州北部の辺境にあるメディシンウィール郡に住む大富豪・テンプルトンが暗殺ビジネスを営んでいる疑いがあるので極秘に調査せよ、と命じられた。信頼するFBI支局長・クーンと連携し調査を始めたジョーだったが、赴いた現地は法執行機関も含めて完全にテンプルトンに支配されており、四面楚歌での孤独で危険な任務となった。さらに、ジョーが見たFBIの資料にはしばらく姿を消していたネイトが関与しているような記述もあり、ジョーはさらに不安を募らせるのだった…。
シリーズの持ち味として、不器用な正義漢・ジョーの愚直なまでの生き方があるのだが、その部分では本作も変わりはない。さらに、ジョーとネイトの関係も読者の期待を裏切らない熱いシーンが展開される。ただ、シリーズのもう一つの特徴である家族の物語の側面が、今回はいまいち。発生する家族間のトラブルや悩みも、その解決もどこか中途半端である。物語の最後は次作への興味をつなぐためだろうか、やや尻切れトンボ。
シリーズ愛読者にはオススメ。さらに大自然を舞台にしたアクション・サスペンスのファンにもオススメする。
越境者 (創元推理文庫)
C・J・ボックス越境者 についてのレビュー
No.792: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

サクサクおいしい、マカロンみたいな恋物語

2014年に刊行された連作短編集。全6作品は一話完結ものだが登場人物、エピソードがつながっていて、全体としてふんわり、とらえどころがない、それでも印象に残る味わいの恋物語になっている。
恋に夢と憧れを持つ人にも、恋を信じなくなった人にも、何かしら響いてくる佳作である。
アイネクライネナハトムジーク (幻冬舎文庫)
No.791: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

謎解きより人情に味がある作品

6年ぶりに登場した、ガリレオ・シリーズの第9作。町の人気者の少女殺害事件で逮捕された男が起訴猶予で釈放され、再び町に現れたことから被害者の関係者が一緒になって復讐劇を企てるという、犯人捜し・謎解きミステリーである。
小料理屋の看板娘・佐織が行方不明になってから3年後、静岡のゴミ屋敷の焼け跡で遺体で発見された。家の持ち主の息子である蓮沼が容疑者として逮捕されたのだが、証拠不十分で起訴猶予となったばかりか、被害者・佐織の家族の前に現れ、自分が逮捕されたのはお前たちのせいだから賠償金を払えと脅かしてきた。町の人々は怒りを募らせ、司法が裁けないなら自分たちが罰を与えよう、天誅を加えようと計画を練り、準備を進める。そして迎えた年に一度のコスプレ・パレードの日、蓮沼が死んでいるのが発見された。草薙、内海たち警察は佐織の父親をはじめとする関係者を調べたのだが、彼らのアリバイを崩すことができずアメリカ留学から帰ってきた湯川に助けを求めたのだった。
佐織の殺害、蓮沼の殺害に加えて、23年前の少女殺害事件も絡んでくる、二重三重の謎解きミステリーであるが、蓮沼事件以外は単純な構造で、ガリレオらしいのは蓮沼殺害のトリックやぶりだけである。物語の主眼は、司法が信頼できない時に私的な報復は許されるのか、というところにある。これは古今東西を問わずミステリーでは常に繰り返されているテーマで、本作では法の論理より人情に傾いたエピソードに味わいがある。
ガリレオ・シリーズ愛読者には必読。東野作品の読者もきっと満足できるだろう。
沈黙のパレード (文春文庫 ひ 13-13)
東野圭吾沈黙のパレード についてのレビュー
No.790: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

粗削りだが先が楽しみな予感

日本では「弁護士アイゼンベルク」シリーズ2作が先行し、それなりの人気を得ているフェーアのデビュー作。ドイツではすでに8作が発売されて人気が高い警察ミステリー「ヴァルナー&クロイトナー」シリーズの第一作である。
警察官のカーリング大会会場になる湖を下調べしようとしたクロイトナー巡査が氷の下にある少女の死体を発見した。鋭利な刃物で刺殺された少女は遺体にプリンセスの仮装を着せられており、さらに近くに名前と死亡日時を記載した木の十字架が立てられ、口の中には「2」という数字が刻まれたバッジが残されていた。ヴァルナー首席警部が指揮を執る捜査班は被害者家族への聞き込みから始めたのだが、何の成果も出ないうちに、今度はヴァルナーの家の屋根で新たな少女死体が発見された。第二の被害者も同じ衣装を着せられ、口の中には「72」と刻まれたバッジが残されていた。残虐なシリアルキラーの登場に衝撃を受けた捜査陣は残された証拠を必死で解明しようとするのだが、手掛かりは全く見つからなかった…。
派手な演出を加えられた死体という、サイコ・ミステリー的な始まりだが、次第に正統派の警察捜査ミステリーになり、最後はワイダニットの謎解きになる。犯行の動機、捜査プロセスなどはやや粗削りで不満が残ろものの、登場人物設定が巧みでヒューマンドラマ的な面白さがある。ヴァルナー&クロイトナー・シリーズと呼ばれ、二人とも警察官なのだが、通常の警察バディものとは違って、二人で力を合わせてとなっていないところがユニークで、この関係は今後の展開に期待を持たせてくれる。
北欧系警察ミステリーのファンなら十分に楽しめる作品としておススメする。
咆哮 (小学館文庫 フ 8-1)
アンドレアス・フェーア咆哮 についてのレビュー
No.789: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

表現は軽くユーモラスに、でも仕掛けはきちんと

御茶ノ水署生活安全課シリーズの第6弾。2020年末から21年にかけてWeb連載された4作品を収めた連作短編集である。
新しくできたバーに視察とうそぶいて入った斉木と梢田コンビが怪しげな女を見つけ、薬物取引の現場を押さえようとする「影のない女」、ラーメン店とタウン誌のもめごとに首を突っ込む「天使の夜」、夜の神保町で梢田が高校生女子に声をかけられる「不良少女M」、古い映画を一日一作品だけ、タイトル不明のまま上映する映画館の謎とは?「地獄への近道」の4作品。どれも事件らしい事件ではないものの謎解きの面白さが秘められている。さらに登場人物の人名をはじめ、随所に笑いを誘う仕掛けが施されており、楽しく読ませてくれる。
ユーモア小説のファンにオススメ!
地獄への近道 (集英社文庫)
逢坂剛地獄への近道 についてのレビュー
No.788: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヴァランダー・マニアは必読・必携

ヴァランダー・シリーズの最終作(書かれたのは最後ではないが)となる未訳の中編小説と、著者自身によるシリーズの説明と索引を併録した「ヴァランダー解題」である。
中編「手」は、田舎に引っ越したいと願うヴァランダーが候補物件を見に行き、庭で人骨の手につまずいたことから難解な過去の事件を解明していく正統派ミステリー。地道な捜査で真相に迫るヴァランダー・シリーズの特性が十分に発揮されるとともに、中年の危機を迎えたヴァランダーの人間臭さが色濃くみられるしみじみとした作品である。
後半3分の2を占める紹介、索引は実に細かく、ヴァランダー・シリーズの誕生の裏話などもあって、ファンには思いがけないボーナスである。
シリーズを何度も何度も読み返すような、ファンというよりマニアには必携の一冊としておススメする。
手/ヴァランダーの世界 (創元推理文庫)
No.787: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

小説家とは恩知らずであり、恥知らずである(非ミステリー)

文芸誌の新人賞に応募し続け、落選し続けてきた40歳の女性が、怜悧な女性編集者と出会い処女作を出版するまでの話。職業作家とは、どこまで現実を虚構化し、自分や周囲を突き放して見ることができるかが成功のカギになるという厳しさが伝わってくる。
作家の心情のリアルが描かれた意欲的で異色のエンターテイメント作品である。
砂上
桜木紫乃砂上 についてのレビュー
No.786: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

さらに深みを増した第3作。絶対に第1作から読むべし!

老弁護士「トム・マクマートリー」シリーズの第3作。前2作同様というか、更に更に胸を熱くするリーガル・サスペンスの傑作である。
アラバマ州タスカルーサの川岸で射殺死体で発見された男性は、トムとリックたちと因縁深い(第1作)元運送会社経営者のジャック・ウィリストーンだった。さらに、容疑者として逮捕されたのは、ウィリストーンの裁判で最後に証言を翻してトムたちを苦境に追い込んだ元ストリッパーのウィルマだった。パートナーのリックが父親を亡くし、残された母親のために故郷に帰っていたため一人で事務所を預かっていたトムは、「母の弁護をして欲しい」と依頼して来た14歳の少女ローリー・アンがウィルマの娘だと知って驚愕する。しかも、法廷で戦うことになるのが古くからの友人のコンラッド検事、リッチー捜査官であり、さまざまな証拠もウィルマの犯行を示唆するものばかりだった。トム自身に体調不安があり、しかも圧倒的に不利な状況だけに、周囲は弁護を引受けることに反対するのだが、ローリー・アンの情にほだされたトムは、最後の法廷に臨む決意でチャレンジすることにした・・・。
前2作も圧倒的に不利な状況からの逆転劇がカタルシスを呼ぶ情熱的なストーリーだったが、本作はさらにトムの癌の進行などもあり、さらにさらに老弁護士の不屈の精神が強調されている。また、謎解きミステリーとしても最後まで犯人が分からず、終盤のどんでん返しには驚かされる。加えて、これまでトムの周囲に登場した人物たちが再登場し、重要な役割りを果たしているのもシリーズ物としての読みどころである。しかも、第1作で中途半端な印象を残したエピソードが、実は伏線であり本作でしっかり回収されているのにも驚かされる。
リーガル・ミステリーのファン、情熱的なヒューマン・ストーリーのファンには絶対の自信を持ってオススメ。なお、第1作、第2作を引き継ぐエピソードが多いため、絶対にシリーズの順に読むことをオススメする。
ラスト・トライアル (小学館文庫 ヘ 2-3)
ロバート・ベイリーラスト・トライアル についてのレビュー
No.785: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

Every Lives Matter

韓国系アメリカ人女性作家の本邦初訳作品。アメリカでの人種間対立と犯罪に巻き込まれた家族の葛藤を描いた、社会派の犯罪エンターテイメントである。
27歳の韓国系アメリカ人の薬剤師・グレイス、41歳のアフリカ系アメリカ人のドライバー・ショーン。L.A.で暮らしていること以外には共通点が無さそうな二人だが、グレイスの母親が駐車場で撃たれた事件をきっかけにお互いの家族にまつわる過去と現在がぶつかり、それぞれのアイデンティティをかけて衝突することになる。通りすがりの犯罪と思われたのだが、被害者であるグレイスの母親に、ある過去があったことからL.A.の韓国系、アフリカ系社会に緊張を呼び起こし、街は暴動寸前の状態にヒートアップしてきた・・・。
物語は、1991年と2019年を行き来し、ショーンとグレイスの視点が交互に入れ替わることで事件の様相がさまざまに変わり、徐々に問題の深刻さが増してくる。事件の背景には韓国系とアフリカ系だけではない、さまざまな人種間対立があり、さらに犯罪被害者の報復感情、家族間での愛情と反発などが重なって深みがあるストーリーになっている。
あまり話題になっていない作品だが、社会派のミステリー、犯罪小説に関心がある方にはぜひ読んでいただきたい傑作である。
復讐の家 (集英社文庫)
ステフ・チャ復讐の家 についてのレビュー
No.784: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

戦争の傷痕と恐怖政治。血の凍る恐怖小説である

イギリスの二人の合作者によるデビュー作。第二次大戦から6年後、スターリンによる恐怖政治時代のレニングラードを舞台に、いつ粛正の対象になるかという不安をかかえながらも難事件の解明に邁進する刑事の苦悩に満ちた捜査を描いた歴史警察ミステリーである。
吹雪のレニングラード郊外の線路上に整然と並べられた5人の惨殺死体が発見された。遺体はすべて顔の皮膚をはぎ取られ、歯を砕かれ、喉にガラス器具が差し込まれていたのだが、それぞれに異なる衣装を着せられていた。あまりにも奇怪な状況に、事件を担当する人民警察のロッセル警部補は頭を悩ませたのだが、病理医の話から身元解明の手がかりをつかんだ。かすかな手がかりをもとに身元を判明させてきたロッセルは、被害者の間にありえない共通点を発見し驚愕する。さらに、被害者の一人がスターリンの恐怖政治の手先・国家保安省の職員だったこともあって、捜査を担当する人民警察官たちには陰に陽に厳しい圧力がかけられたのだった。
レニングラード包囲戦の傷痕も癒えていない街、いつ、だれが逮捕・追放されるかも分からない密告社会という重苦しい時代に、それでも捜査を続けようとする主人公・ロッセル警部補だが、自身もかつて国家保安省に逮捕・拷問されて左手の指を失い、将来を嘱望されていたバイオリンの道を絶たれたという経歴の持ち主であり、作品全体が異常な恐怖感に包まれている。それは、最後に事件の動機や犯人が判明しても解消されることはない。
それでも、捜査プロセス、事件の謎解き、伏線の張り方と回収、キャラクター設定が巧みで第一級の警察ミステリーだと言える。
「チャイルド44」、「ゴーリキー・パーク」などが楽しめた方、北欧警察ミステリーのファンの方にはオススメする。
血の葬送曲 (角川文庫)
ベン・クリード血の葬送曲 についてのレビュー
No.783: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

最後の50ページで、それまでの我慢が報われた

第36章から始まって第1章で終わり、その後に著者まえがき、目次、献辞が続くという完全倒錯?の実験的作品。物語自体は、ジェフリー・ディーヴァーらしいどんでん返し連発のサスペンス・ミステリーである。
6歳の娘を誘拐され、身代金と「オクトーバー・リスト」を要求されている投資コンサルタント会社のマネジャー・ガブリエラは知り合ったばかりのダニエルに助けを求め、ダニエルの紹介で危機管理会社のスタッフを雇い、誘拐犯のジョゼフとの交渉を依頼したのだが、吉報を待っていたガブリエラの前に現われたのは、銃を持ったジョゼフだった。というのがオープニングで、物語は時系列を遡って展開されて行く。犯人、被害者を始め次々に登場する事件の関係者は、その名前や役割りは分かるものの、どういう存在で、事件にどのように絡んでいるのかが不明なため、最初の内は何度も元に戻って確認しないとストーリーに入って行けず、かなりのストレスである。しかし、そこはディーヴァーの力業というべきか、最後の2章で真相が明らかにされると、なるほど、こういう仕掛けだったのかと膝を打ち、それまでの我慢が報われる。
いくつかのレビューに散見されるように、何も時間の逆回転で話を進める必要はないのではとは思うが、本作はディーヴァーが自らの創作力を確認するためにあえて挑戦した実験的作品として評価するしかない。その点で、好き嫌いがはっきりする作品である。
ただ、物語はサスペンス・ミステリーとしてきちんと成立しており、ガッカリすることはない。
我慢強く読み進められる人、意地でも途中で投げ出さないという人にオススメする。
オクトーバー・リスト (文春文庫 テ 11-43)
No.782: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

いろいろとアラフィフになった「俺」

「ススキノ探偵」シリーズの第8作。50代に突入した「俺」が、知り合ったばかりの友人たちのために単身で暴れまくる、痛快ハードボイルドである。
地下鉄の中で酔っ払って喧嘩しているのを助けたのが縁で仲良くなった「俺」とイラストレーターの近藤は、二人で立ち飲みしていて近藤のファンだという老婆に出会った。痴呆の兆しが見える老婆を気遣った二人は、老婆を送る届けようとして地下鉄のホームに立ったとき、いきなり老婆が線路に飛び降りた。すぐさま近藤が線路に降り、老婆を助けた二人は一躍地元のヒーローになった。そんなこともあって飲み友達となった近藤が、真夜中の駐輪場で刺殺されるという時間が発生した。日ごろからトラブルを招き勝ちな近藤だったが、事件の状況に納得がいかない「俺」は誰に頼まれた訳でもなく、近藤のために、自分のために調査を開始する。すると何ものかが尾行に付き、突然襲撃された・・・。
ついに50代になった「俺」の、生活スタイルは全く変わっていないものの、体を始めいろいろと老いが忍び寄って来ているようで、感情の揺れが大きくなっているのが味わい深い。また、社会全体の精神的退行、馬鹿な若者や自律していない大人たちへの怒りが一層強く、直接的になっているところも「俺」が歳をとってきたことがうかがえる。あらゆる意味で、ススキノ探偵シリーズは円熟して来たのだろう。
シリーズ読者には文句無しに楽しめる作品としてオススメ。日本のハードボイルドもののファンにもオススメしたい。
探偵、暁に走る (ハヤカワ・ミステリワールド)
東直己探偵、暁に走る についてのレビュー
No.781: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

エンタメ度の高さはシリーズでも最高の傑作アクション・ミステリー

スウェーデンの大人気ミステリー「グレーンス警部」シリーズの第8作で、共著者のヘルストレム亡き後、ルースルンドが単独で書いた最初の作品。シリーズ内シリーズとも言える「潜入者・ホフマン」シリーズの第3作でもある。
ある朝、ストックホルムの病院の遺体安置所に係員が出勤すると、死体が一体増えていた。遺体が搬入された記録はなく、遺体は健康そうに見えるアフリカ系の若い男性で、致命傷も見つからなかった。残された遺品や指紋などからも身元が判明しないうちに、さらに、今度は若い女性の遺体が増えていた。この人たちは誰なのか、なぜ死んだのか、どうやって安置所に運び込まれたのか? 闇の中を手探りするようなグレーンス警部たちの捜査が行き着いたのは、放置されたコンテナの中に73人の死体が詰められているという、想像を絶する悲惨な犯罪現場だった。そこでグレーンスが見つけた携帯電話の指紋から割り出されたのは、前作で南米麻薬組織から脱出し、スウェーデンで平穏に暮らしているはずのピート・ホフマンだった。ホフマンの家族を守るために二度と関わりを持たないと決めたグレーンスだったが、この悲惨な事件を解決するには、再びホフマンを訪ねるしかなかった・・・。
冒頭のインパクト、スピーディーな展開、事件の背景の深刻さと謎解きの妙味、潜入者・ホフマンの戦いのサスペンス、そしてガンコ親父・グレーンスが見せる人間的な激情など、エンタメ要素が満載。しかも、全部の要素がこれまでで最高の完成度で、まさに傑作である。
シリーズ最高傑作として、グレーンス警部ファンは必読。シリーズ未読の方なら本書をきっかけに遡って読みたくなること間違い無し。オススメである。
三時間の導線 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド三時間の導線 についてのレビュー
No.780: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

多彩な技巧が光る、ヴァラエティに富んだ短編集

史上初の三冠で話題になった短編集。収録された6作品はすべて高レベルで、しかもそれぞれにジャンル・テイストが異なるというヴァラエティ豊かな短編ミステリー集である。
これだけ完成度が高い、しかもジャンルが異なる短編集は初めて読んだ。すべてのミステリー・ファンに先入観無しに読むことをオススメする。
満願 (新潮文庫)
米澤穂信満願 についてのレビュー
No.779: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

陰謀もののサスペンス・アクション

常に新しいジャンルで水準以上の作品を発表し続けるウッズらしく、本作はこれまでのウッズのイメージを破る、社会派の謀略サスペンス・アクションである。
身に覚えのない罪でアトランタ刑務所に服役中の元麻薬取締局捜査官・ジェシーのもとを訪れたかつての同僚が、大統領特赦と引き換えに「カルト教団への潜入捜査」を持ちかけて来た。自由を得るのに他の選択肢がないジェシーは引受けるのだが、それはすでに二人の捜査官が潜入に失敗し消されたという危険な任務だった。司法省が用意した巧みな偽装をまとって教団の根拠地に着いたジェシーだったが、そこで待ち受けていたのは猜疑心が強く、街も警察も支配している教団の執拗な身元調べだった。地元の製材会社に就職し、下宿先の母娘と心を通わせ、さらには教団にも受け入れられたジェシーは、任務を遂行して完全な自由を獲得するために単身で命を賭けた戦いを挑むことになった・・・。
邪悪なカルト教団のテロを阻止するというミッション・インポッシブルに若干の恋愛要素をプラスした、いかにもなアメリカン・エンターテイメント。この系統の作品がお好きな方にオススメする。
囚人捜査官 (角川文庫)
スチュアート・ウッズ囚人捜査官 についてのレビュー
No.778: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

軽くサクサクと、東直己ワールド入門編

2005年に刊行されたノン・シリーズの書き下ろし長編。島根県松江市、隠岐島を舞台にした軽めのアクション・ハードボイルドである。
松江市の底辺の私立高校で日本史を教えている28歳の池田は、部活の顧問を務めるボクシング部のマネージャー・タマキと不適切な関係を続けているぐうたら教師だが、担任するクラスの女生徒が誘拐され、しかも現場に残されていた死体が、池田の高校からの旧友・郡のものであったことから、事件に巻き込まれてしまった。郡はなぜ死んだのか? 疑問を持った池田は郡の部屋を訪ね、地元のタウン誌の記者・的場と遭遇する。先に家捜ししていたらしい的場は、郡殺害事件の背景を探っているようだったのだが、その時、4人組の男たちが現われ二人は襲撃された。その場を逃れた池田と的場は事件の真相解明で協力することになり、誘拐された少女のボーイフレンドで池田の教え子でもある泰輔も加わって、怪しい素人探偵団が誕生した。
誘拐された教え子を救うために悪の集団(カルト教団がらみ)に立ち向かうというミステリー・アクションが基本で、そこにダメ教師の挫折と更生、見えないところでつながった人情物語がミックスされ、不思議なエンターテイメントに仕上がっている。舞台は異なっても、ススキノ探偵、幇間探偵・法間に連なるノリの良さと多彩な軽口は健在で、安定した東直己ワールドを楽しめる。
東直己ファンにはオススメ。軽くサクサクと読めるアクションもののファンにもオススメする。
英雄先生 (ハルキ文庫)
東直己英雄先生 についてのレビュー