■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数1167

全1167件 221~240 12/59ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.947:
(7pt)

信頼できない目撃者、被害者、犯人・・・ねじれすぎて疲れた

ピーター・スワンソンの長編第5作。躁うつ病で問題を起こした過去がある女性が隣人を連続殺人犯と見破り、犯行を証明しようとする心理サスペンスである。
版画家のヘンは引っ越し先で隣家の夫婦から親交を深めるディナーに招待されて家の中を見せてもらった時、隣家の夫・マシューの書斎で目にしたものに衝撃を受ける。そのフェンシングのトロフィーは2年半前に起きて未解決になっている殺人の被害者・ダスティンの部屋から犯人が持ち去ったものに見えた。マシューは殺人犯ではないかと疑ったヘンは、その証拠を求めてマシューを調べようとする。一方のマシューはヘンが疑い始めたことに気づき、トロフィーを隠してしまう。ヘンは警察や夫のロイドにマシューの犯行を告げるのだが、確たる証拠がなく、推測だけでは説得できなかった。さらに、ヘンには学生時代に躁鬱病で同級生を殺人犯と決め付けて襲撃した過去があったため周囲に信頼されておらず、ヘンがマシューを追い詰めようとすればするほど、ヘン自身が追い詰められるのだった…。
物語はヘンの視点とマシューの視点で交互に進められ、複雑な背景や動機、もつれ合う人間関係が徐々に明らかになるのだが、登場人物が全員、信頼できない部分を持っているため、物語が進むほど謎が深まってくる。最後に謎が解き明かされるのだが、その仕掛けには正直言ってちょっとがっかり。物語を捻りすぎて収拾がつかなくなったような物足りなさがあった。
「そしてミランダを殺す」ほどの完成度ではないが、読んで損はない心理サスペンスとしてオススメする。
だからダスティンは死んだ (創元推理文庫)
No.946:
(7pt)

日常に非日常が紛れ込んだとき(非ミステリー)

意図することなく拳銃を手に入れることになったとき、人はどう変わっていくのだろうかという、実験的5作品を収めた短編集。
家出少女に一万円をあげたお礼に貰った紙袋から拳銃が出てきた平凡な主婦の第一話から始まって、その拳銃の履歴を遡っていくという構成、さらに各話の主人公が主婦、家出少女、新入社員、退職警官、婚約中の若い娘とバラバラであるところも意欲的である。短編だけに起承転結がはっきりしていて読みやすい。
旅のお供というか、気軽な読み物としてオススメする。
冷たい誘惑 (文春文庫)
乃南アサ冷たい誘惑 についてのレビュー
No.945: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

とんでもないクリフハンガー(前作も、本作も)にビックリ!

イギリスに暮らすムスリムの生きづらさをエンターテイメントにした「ジェイ・カシーム」シリーズの第2作。前作「ロスト・アイデンティティ」でショッキングな最後を迎えていたジェイが、再び絶望的な戦いを繰り広げるアクション・サスペンスである。
MI5にいいように使われて民族的、政治的なストレスに押しつぶされたジェイはぐうたら公務員として働きながら、穏健なイスラムの仲間たちの集会に参加し、彼らが過激思想に走るのを防ごうと勤めていた。だが、年少メンバーのナイームがガールフレンドのライラとバスに乗っていた時、白人差別主義者と遭遇し、辱めを受けたライラが自殺する事件が起きた。絶望したナイームは復讐を誓い、集会仲間のアイラと共に行動に出ようとする。ナイームの心情は理解するものの「テロリスト」と呼ばれることを阻止したいジェイは、ナイームの行動を思いとどまらせようと奮闘する。一方、ジェイがMI5に協力したことを知ったイスラム系テロ組織はジェイの抹殺を、ロンドンに潜伏しているスリーパーのイムランに指示した。イギリス生活に慣れ、一児の母である白人のシングルマザーとの結婚を夢見るイムランだったが、組織の命令は絶対であり、新しい家族を守るためにも指示を実行しようと決意する…。
前作同様、イギリスで暮らすムスリムの苦悩がベースにしながら民族間対立の解消という出口のない難問を、ユーモアを交えた軽快なアクション・エンターテイメントに仕上げている。さらに、親子や家族、恋人など濃密な人間関係のドラマも効果的に挿入されており、殺伐としたサスペンスとは一線を画した人間味が印象的である。
前作を受けたストーリーなので、ぜひ「ロスト・アイデンティティ」から読み進めることをオススメする。
テロリストとは呼ばせない (ハーパーBOOKS)
No.944: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

誰が書いても難しいジャンルだと、再認識。最後はちょっとキレがある。

「その手を離すのは、私」でデビューしたイギリス女性作家の第2作。娘の命と引き換えにハイジャックに協力することを強制されたCAの苦悩と恐怖、決断を描いたタイムリミット・サスペンスである。
歴史的なロンドン・シドニー直行便の初フライトにCAのミアが搭乗したのは、夫・アダムから離れていたいからだった。養女のソフィアを中心に幸せな家族だと思っていたのだが、アダムの浮気疑惑をきっかけに夫婦仲がギクシャクしたため冷却期間を置きたいとの思いでミアが志願し、ソフィアは別居中のアダムが預かることになっていた。353人の乗客とともに順調にフライトしていた機内だったが、ミアの手元に「以下の指示に従えば、娘の命は助かる」とのメッセージが届き、ハイジャックに協力せよと脅迫された…。
ハイジャックものではよくあるパターンの話だが、物語の構成が巧みで読み応えがある。航空機内での攻防、アダムとソフィアが閉じ込められた地下室という対照的な場所でのサスペンス、ミアとアダムの夫婦それぞれが抱える秘密、娘・ソフィアの聡明さなど、各構成要素がしっかりしていて、物語の展開から目を離せない。愛する者の命か飛行機の安全かという決断不可能な選択は、結局、誰が書いても想定内の結末に終わらざるを得ないのだと納得した。それでも、最後の最後にクレア・マッキントッシュの毒が見られたのは収穫だった。
ハイジャック、タイムリミット・サスペンスのファンにオススメする。
ホステージ 人質
No.943: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

背景は重いが、ストーリー展開は軽快

パキスタン系英国人作家のデビュー作。MWA賞やCWA賞にノミネートされるなど、英語圏では高く評価された社会性・時代性を色濃く反映したエンターテイメント・サスペンスである。
ロンドンのムスリム・コミュニティーで育ったジェイは酒も肉食もギャンブルもやり、小遣い稼ぎにドラッグの売人もやるという、ヤンチャな若者だった。それでもムスリムのアイデンティティはあり、自分が通うモスクが差別主義者に荒らされると、報復として白人たちを襲撃したのだが、その襲撃のどさくさに紛れ、ドラッグと売上金を積んだ愛車を盗まれ、さらに、ドラッグ密売容疑で逮捕された。窮地に陥ったジェイの前に現れたのがMI5の局員で、MI5のエージェントになりイスラム過激組織の動向を探れば、司法取引で無罪にしてやるという。他の選択肢がないジェイは申し出を受け、ムスリム・コミュニティーに潜むテロ組織に接近していく…。
イギリスの移民社会の閉塞感、ムスリムに対する偏見、ホームグローン・テロ対策の難しさなど、極めて現代的で重いバックグラウンドを持つ作品だが、主人公のキャラをはじめ、周囲の人物やエピソードが明るく、軽やかで、物語全体のテイストはユーモラスである。ポリティカル・サスペンスというより、アクション・コメディかつチャラい若者の成長物語である。
イギリス社会の現状を描いたエンターテイメント作品として、幅広いジャンルの読者にオススメしたい。
ロスト・アイデンティティ (ハーパーBOOKS)
No.942:
(7pt)

焼け跡・闇市を生き抜く13歳は、否応なく諦観、達観する

老いぼれ犬こと高樹良文刑事が主役の「老犬シリーズ」の第1作。13歳の高樹良文少年が暴力と悪意に支配された焼け跡・闇市を生き抜いていく、ノワール成長物語である。
浮浪児狩りを避けながら二人だけで生きていこうとする13歳の良文と幸太は、良文の知恵と幸太の腕力を頼りに闇市でタバコやウィスキーを売って日銭を稼ぎ、焼け跡を不法占拠した「城」で暮らしていた。関係するヤクザに脅され、騙されながらも、他の浮浪児を集めて買出しに手を広げ、仲間や手持ちの物資、金を増やしていった。しかし、大人たちの圧倒的な暴力や悪知恵、仲間の裏切りに遭い心をズタズタにされる。それでも自分の生き方を貫こうとする良文は命をかけた状況に向かって行く…。
シリーズ読者には、主人公の少年時代を知る作品として必読。シリーズ未読でも、戦後の混乱期を生きた少年たちの冒険・成長物語として楽しめる傑作としてオススメする。
傷痕 (集英社文庫―老犬シリーズ)
北方謙三傷痕 についてのレビュー
No.941: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

新シリーズもやはり正義と再生の物語である

「ザ・プロフェッサー」に始まった「トム・マクマトリー」四部作を受け継ぐ新シリーズの第1作。トムの教え子で親友の黒人弁護士・ボー・ヘインズが主役を務める、熱血リーガル・サスペンスである。
師であるトムばかりか愛妻のジャズまで亡くし、さらに二人の子供の親権まで奪われたボーがトムから受け継いだ老犬を相手に酒浸りの生活を送っている農場を、かつてボーを殺人で起訴した(第二作「黒と白のはざま」)無敵の検事長・ヘレンが訪ねてきた。女子高生レイプ事件で街の有力者・マイケル・ザニックを起訴しようとしていたヘレンは、元夫が殺害された事件の第一容疑者として逮捕されそうになっていた。圧倒的に不利な証拠が並べられ、絶体絶命の危機にあるヘレンは「最も信頼できる弁護士」が必要で、ボーに力を貸せと言う。失意のどん底にあったボーだが、立ち直って子供たちの親権を取り戻すためにも、ヘレンを助けようと決意した。しかし、保守的な街の有力者たちの嘘や思惑、策謀に惑わされ、裁判は不利な状況が深まるばかりだった…。
メインテーマは、「トム・マクマトリー」シリーズ第1作と同じく弁護士の正義をかけた再生物語で、それに南部の人種差別、中絶を巡る偏見が重なり、なかなか激しく感情を揺さぶる作品である。「トム・マクマトリー」シリーズの愛読者には絶対のオススメ。また、法律的な問題より情熱や人間が主題となる法廷もののファンも満足できるだろう。
前シリーズを受け継いだキャラクター、エピソードが多いので、できれば前シリーズを読んでから本作を読むことをオススメする。
嘘と聖域
ロバート・ベイリー嘘と聖域 についてのレビュー
No.940:
(7pt)

物語は平凡だが、仕掛けが秀逸

2018年に雑誌連載された長編ミステリー。莫大な遺産の相続を目前にした三人の相続人が、遺産を残してくれる父親の策謀に翻弄される、アイデアが秀逸なワイダニット、ハウダニット作品である。
「親父が死んでくれるまであと一時間半ーー」という冒頭の一文が不気味かつパワフルで、読者はいきなり謎の渦に引き込まれる。主人公が親父を殺すのか、誰かに殺害を依頼しているのか、一時間半という時間設定の意味はすぐに明らかにされるのだが、そこに「親父が生きている」という衝撃の情報がネット経由でもたらされる。死んでもらわなければ遺産を受け取れない三人は、父親が生きてはいない証拠を探すとともに、少しでも多くの取り分を確保しようと協力しあい、いがみ合い、不毛なコンゲームを繰り広げることになる…。
棚から牡丹餅、濡れ手で粟がいかに人間の醜さを露わにするかを嫌というほど見せつける家族ドラマ、ヒューマンドラマだが、仕掛けの上手さ、ストーリーテリングの巧みさで意外なほど読後感が悪くない。犯人探し、謎解きより、作者の技巧を楽しむエンターテイメント作品としておススメする。
絶声 (集英社文庫)
下村敦史絶声 についてのレビュー
No.939:
(7pt)

オチのブラック・ユーモアが楽しい

フランスの人気作家の1957年と59年の2作を収録した中編集の改訳版(1979年)。
表題作「殺人交差点」は解決したはずの10年前の殺人事件が蘇り、関係者を振り回すフーダニット。もう一作「連鎖反応」は平凡な会社員が抱いた邪な願望が、思いもよらぬ形で事件を巻き起こしていくハウダニット。どちらもオチの意外さと皮肉さで楽しませる、一級品のブラックユーモア・ミステリーである。
いかんせん50年代の作品とあって、現代の読者からすれば意外性に乏しいと思われるだろうが、じっくり読めば味わい深い作品で、読んで損はないとおススメする。
殺人交叉点 (創元推理文庫)
フレッド・カサック殺人交叉点 についてのレビュー
No.938: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

窒息するほど濃密な人間関係が支配するネブラスカの田舎町で

2022年のエドガー賞最優秀新人賞に輝いた作品。1985年11月、冬を迎えるネブラスカ州の田舎町で起きた女子高校生失踪事件が巻き起こした町の人々の動揺、疑心暗鬼、摩擦や衝突、許しや受容をシビアに描いたヒューマン・サスペンスである。
美人で成績優秀なチアリーダーとして人気の女子高生・ペギーが失踪した。田舎町から出たいと常々語っていたペギーは家出したのか、あるいは事件に巻き込まれたのか? 憶測と噂が駆け巡る町では、ペギーに片想いしていた知的障害の青年・ハルに疑惑の目が集まって来た。頼りにならない実母に代わってハルの保護者となっていた農場主のクライルとアルマ夫妻は、必要な自己弁護ができないハルの代弁者として無実を証明しようと奮闘する。一方、ペギーの弟・マイロも大好きな姉を見つけるために、町の人々の言動に細心の注意を払い、不可解な姉の行動の記憶を思い出していた。お互いが全てを知り尽くしているような濃密な人間関係が支配する田舎町で起きた事件は、人々が隠してきた秘密を明らかにし、否応なく新たな日々へ人々を導くのだった。
女子高生が失踪し、周りの偏見から被差別状態に置かれていた青年が犯人視されるという、珍しくないパターンの作品だが、登場人物の関係性、個性、それぞれの悩みや秘密、葛藤がリアリティ豊かに描かれており、最後まで目が話せないサスペンスフルなヒューマン・ドラマを楽しめる。読者はきっとクライル、アルマ、ハルの誰かに感情移入し、ハラハラドキドキしながら結末を迎えることだろう。
謎解きより人間ドラマに惹かれる人にオススメする。
鹿狩りの季節 (ハヤカワ・ミステリ)
エリン・フラナガン鹿狩りの季節 についてのレビュー
No.937: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

左足用の長靴だけで歩む人生は苛立たしい

北欧を代表する作家・マンケルの最後の作品で、CWAインターナショナルダガー受賞作。70歳の孤独な男が過去に囚われながら現在に苛立ち、やがて来る死を受容するヒューマンドラマである。
医師を引退し、祖父母から受け継いだ小島に一人で暮らしていたフレドリックの古い家が全焼した。住む家も思い出の品々も全てを失ったフレドリックは、同じ島に娘のルイースが置いて行ったトレーラーハウスで不自由な生活を余儀なくされる。さらに、火事の原因は放火と断定され、フレドリックが保険金目当てに自作自演したのではないかと疑われた。唯一の身内であるルイースが島を訪れ、しばらく一緒に生活していたのだが、ある日突然、姿を消してしまった。暮らしを再建するために細々とした用事をするとともに放火犯を見つけようとしたフレドリックだが、何も判明しないうちに、ルイースから「フランス警察に逮捕された、助けてくれ」というSOSを受け取り、急遽、パリへ赴いた。
70歳の孤独な男が暮らしを再建する中で家族との関係、親子の関係を回顧し、悩み、後悔し、さらにかつて何度も訪れたパリでも過去に囚われながら、娘との新しい関係性を作り出そうとするのがメイン・ストーリー。それに放火犯探し、さらには30歳ほども年下の新聞記者・リーサへの恋情が絡んで来る。ミステリー要素は重視されておらず(放火犯は、途中で予測がつく)、70歳を過ぎて左足用の長靴2個だけで人生を歩むような男の不安感、焦燥感、諦観を丁寧に描写した老境小説と言える。前作「イタリアン・シューズ」を受けた作品だが、独立した作品であり、前作を読んでいなくても問題ない。
ミステリーというより、老いの受容の物語として、ある程度の年齢以上の方には共感を呼ぶ作品である。
スウェーディッシュ・ブーツ
No.936: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

状況設定が上手い、展開が上手い

アイルランドの新進作家による長編第5作で、本国を始め英語圏では高く評価された2021年の作品。2020年、コロナのパンデミックに襲われたダブリンを舞台に、出会いと別れ、お互いの秘密と恋情、過去と現在が複雑に絡み合い、どうしようもなく悲劇の結末を迎えてしまった男女の恋愛サスペンス・ミステリーである。
コロナによるロックダウン中のダブリンの集合住宅で、死後2週間以上経ったと思われる男性の腐乱死体が発見された。住人であることは間違いないようだが、身元がはっきりしなかった。その56日前、スーパーのレジで出会ったオリヴァーとキアラはすぐに意気投合し、ぎこちないながらも付き合いをスタートさせた。お互いに恋愛下手を自認するふたりだったが、自由に出歩けないロックダウンという事態に急かされ、オリヴァーの家で同居することになる。だが、関係が深まるとともに、それぞれが抱えているらしい秘密が垣間見えてきて、もどかしい思いに苛まれるようになる。一方、警察が身元調査により特定した被害者は、かつて有名な少年事件の当事者だった。過去と現在が交錯しながら明らかにされた事件の真相は…。
男女の出会い、恋愛の深化、そして悲劇の死へ、というプロセスはありきたりの恋愛サスペンスだが、ロックダウンという異常な舞台、過去と現在を行き来しながら明かされるお互いの秘密というスピーディーなストーリー展開が見事で、緊迫感のあるタイムリミット・サスペンスに仕上がっている。オリヴァーとキアラ、どちらが真実を語り、どちらが作為で騙っているのか? 最後までハラハラさせて読者を引っ張っていくパワーがある。
イヤミスではない、恋愛サスペンスのファンにオススメする。
56日間 (新潮文庫)
キャサリン・R・ハワード56日間 についてのレビュー
No.935: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

古さを感じさせない、青春ノワール

ゴダール監督の長編映画「はなればなれに」の原作となった、1958年の作品。若く軽薄な三人が軽いノリで立てた現金窃盗計画が思わぬ結果を招いてしまう、サスペンスフルなクライムノベルである。
22歳の前科者同士のスキップとエディは職業訓練のための夜間学校で17歳のカレンと出会い、彼女の養親である老婦人の家に大金が隠されていることを知った。金の持ち主はラスベガスのカジノ関係者らしいのだが、たまにしか顔を見せず、しかも現金は無防備に保管されているという。「ちょろい仕事」だと考えたスキップはエディを仲間に引き込み、カレンをそそのかして深夜に忍び込む計画を立てる。誰も傷つけず、一晩で大金をせしめるはずだったのだが、スキップが同居する叔父で前科者のウィリーに計画を漏らしたことから歯車が狂い始め、思いもかけない結末を迎えることになる…。
無軌道な若者がちょっとしたことで運命を狂わせていく、青春ノワールではよくあるパターンの物語だが、関係してくる大人たちが癖のある人物ばかりで、そこに生じる複雑な人間ドラマ、心理ドラマが作品の味わいを深くしている。ゴダールの映画(優れた作品だが、優れたサスペンス映画ではない)に比べると数段サスペンスフルなミステリーである。
映画の原作という評価は関係なく、古さを感じさせない青春ノワールの傑作であり、多くのクライムノベル・ファンにオススメしたい。
はなればなれに
ドロレス・ヒッチェンズはなればなれに についてのレビュー
No.934: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「タワーリング・インフェルノ」への見事なオマージュ作品

後書きと謝辞にある通り映画「タワーリング・インフェルノ」にインスパイアされた、超一級のパニック小説。日本が舞台のパニック小説はさほど面白くないものが多いが、本作はそんな思い込みを覆す傑作エンターテイメントである。
東京の新たなランドマークとなる地上100階建て、高さ450メートルの超高層タワービルが営業初日に火災に襲われる。ショッピングフロア、ビジネスフロア、ホテルフロアには数万人が押し寄せており、しかも100階のホールでは千人を集めたオープニング・セレモニーが行われていた。最新の防災設備を備えた超高層タワーで火災が起きるはずがない、そんな思い込みや願望から初期対応が遅れ、最上階の1000人が取り残された…。
これまで誰も経験したことがない大災害に必死に立ち向かう消防士たちの死力を尽くした戦いがメインで、物語としては単純だが最後まで息をつかせない緊迫感が見事。さりげなく散りばめられていたエピソードが俄然、重要な要素になっていくストーリー展開も素晴らしい。
パニック小説のファンには、文句なしのオススメである。
炎の塔 (祥伝社文庫)
五十嵐貴久炎の塔 についてのレビュー
No.933: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

刑事であろうとなかろうと、熱過ぎるボッシュ

高レベルなハードボイルドを発表し続ける「ハリー・ボッシュ」シリーズの第9作。ロス市警を退職したボッシュが心残りな未解決事件に個人的に決着を付ける、ハードボイルド・ミステリーである。
刑事を引退したボッシュの私立探偵としての日々は退屈でしかなかった。そんな時、ずっと心に引っかかっていた4年前の女性殺害事件に関する情報が、引退した元同僚刑事からもたらされた。被害者は映画製作会社に勤める若い女性で、数日後、その映画会社のロケ現場で200万ドルの現金強奪事件が起き、事件捜査中のボッシュが現場に居合わせたという因縁があった。たとえバッジを身に付けていなくても被害者の無念を晴らすのが使命であると再確認したボッシュは、私人として捜査を始めたのだが、ロス市警とFBIから手を出すなと警告され、さまざまな妨害を受ける。それでも怯むことなく、あの手この手で真相に近づいていったボッシュだったが、たどり着いた真相は、あまりにも苦く切ないものだった…。
警官ではなくなり、しかも誰かに依頼されたわけでもないのに、ひたすら正義のために粉骨砕身するボッシュが熱いこと。これぞハードボイルドの真髄が味わえる作品として、ボッシュ・シリーズのファンにはもちろん、すべてのハードボイルド・ファンに必読!とオススメしたい。
暗く聖なる夜(下) (講談社文庫)
マイクル・コナリー暗く聖なる夜 についてのレビュー
No.932: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

工夫はあるけど、ややマンネリ気味

ドイツでは大人気の「ヴァルナー&クロイトナー」シリーズの第四作。今回はクロイトナーの警察官らしき行動が鍵となるフーダニット、ワイダニット作品である。
いつも通り「死体に好かれる」男・クロイトナーが雪山で、ベンチに座って雪だるまとなっている死体を発見したのだが、そこには偶然、被害者の妹が居合わせていた。自殺かと思われたのだが、被害者・ゾフィーが持っていた奇妙な写真と妹・ダニエラの証言から他殺の疑いが濃くなった。ゾフィーの人間関係を中心に捜査進めた捜査陣がさしたる成果をあげられずにいるうちにクロイトナーが同じように演出された新たな死体に遭遇し、事件は連続殺人事件の様相を呈してきた。担当者ではないが興味津々のクロイトナーは、何か利益がありそうな予感に誘われたこともあり、勝手に捜査を始め、ヴァルナーたちとは異なる事件の背景を掴み…。
本作の主役はクロイトナーで、ヴァルナーたちのオーソドックスな捜査では考えられない破天荒な手段で謎を解いていく。事件の背景、構図などはちゃんとしたミステリーになっているのだが、捜査プロセスはかなり型破りでご都合主義的。事件の謎解きよりも落ちこぼれ警官・クロイトナーの魅力が読みどころとなっている。
登場人物のキャラクターが主要な役割を果たしているので、ぜひ、シリーズ第1作から順に読むことをおススメする。
急斜面
アンドレアス・フェーア急斜面 についてのレビュー
No.931: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

やばい、“P分署のろくでなしたち”がまともな刑事に見えてきた!

21世紀の87分署シリーズことイタリアP分署捜査班シリーズの第三作。アパートの一室で仲の良い兄妹が殺害された事件を、存続の危機にあるP分署のろくでなし刑事たちが解決する、チームワーク警察ミステリーである。
史上稀に見る寒波がナポリを襲った朝、若き研究者の兄とモデルの妹が同居しているアパートの別々の部屋で殺されているのが発見された。居直り強盗とも性的目的とも考えられず、凶器は見つからず、さらに死体を発見した兄の友人やアパートの住人から事件前に兄が誰かと言い争っていたとの証言を得た刑事たちは、被害者の人間関係から糸口をつかもうとする。決定的な証拠はないものの容疑者を三人に絞り込んだ捜査班だったが、解決を急ぐ市警上層部から捜査権を返上するように圧力をかけられ、ついにはタイムリミットを設定されてしまった…。
時間が限られるなか、警察のお荷物扱いされていた“P分署のろくでなしたち”が刑事本来の使命感を取り戻し、見事なチームワークで成果を上げるところが読みどころ。前二作にはなかったメンバーの生き生きとした捜査活動が新鮮である。さらに、メンバーそれぞれが抱える家族や私生活の問題に変化が見えてくるのも、シリーズものならではの面白さ。ろくでなしたちも居場所を見つければ生き返るという、再生の物語にもなっている。
前二作よりパワーアップした警察群像小説であり、ヨーロッパ系警察ミステリーのファンならきっと満足できる傑作としてオススメする。
寒波: P分署捜査班 (創元推理文庫)
No.930: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

38年前と現在の2つの事件を同時に捜査する新米保安官補、荷が重過ぎた?

傷付いた女性たちの再生をテーマにヒット作を連発しているカリン・スローターの2022年の作品。34歳の新人保安官補が現在の任務と並行して迷宮入りした38年前の事件の真相を解明する刑事ミステリーである。
新人保安官補のアンドレアが最初に命じられた任務は、脅迫を受けている女性判事エスターの身辺警護だったのだが、エスターは38年前に一人娘のエミリーを殺害されており、事件は未解決のままだった。人気者で優等生だった18歳のエミリーは当時、妊娠七ヶ月で、ドラッグで意識がない時にレイプされたと主張し犯人を探していたため、口封じのために殺されたのではないかと思われた。事件は迷宮入りしたのだが、容疑者と目されたエミリーの周辺人物にアンドレアの実父・クレイが含まれていたことから、アンドレアは判事の警護とともにエミリー事件の真相を突き止めようとする。
アンドレアが事件捜査する現在のパートとエミリー視点での過去のパートが交互に進行し、やがて二つの事件が繋がって38年前からの因縁が明らかにされるプロセスはそれなりに緊迫感があるのだが、隠された真相の深さとアンドレアの捜査手腕が上手くマッチしていない。捜査の流れが途中で切れたり、思わぬところで繋がったりで、物語世界にすんなりと入っていけないのが惜しい。
ヒット作「彼女のかけら」の関連作品だが、スタンドアロンとして成立しているので「彼女のかけら」が未読でも問題ない。刑事ミステリーのファン、スローターのファンにオススメする。
忘れられた少女 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター忘れられた少女 についてのレビュー
No.929: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国警察小説の遺伝子を受け継ぎ発展させた傑作

イギリス国家犯罪対策庁重大犯罪分析課の刑事「ワシントン・ポー」シリーズの第二作。6年前に犯人逮捕して解決したはずの殺人事件の被害者が生きて現れた! ポーの捜査が間違っていて犯人は冤罪だったのか? 信念の男・ポーが信頼する仲間と共に不可能犯罪の謎を解く、サイコ・サスペンス警察ミステリーである。
6年前、18歳のエリザベスが行方不明になり死体は見つからなかったのだが、経営するレストランにエリザベスの血痕があったことからポーは、父親でカリスマ・シェフとして知られるジャレド・キートンを逮捕し、ジャレドは実刑判決を受けた。ところが、殺されたはずのエリザベスが現れ、血液検査の結果、本人であることが確認された。ジャレドはサイコパスであり真犯人だと確信するポーは納得できず、血液検査の再鑑定や化学検査など求めたのだが結果は変わりなく、冤罪との見方が強まってきた。さらに、またもやエリザベスが姿を消したため、ポーは殺人容疑までかけられた…。
DNAの一致という致命的な証拠を前に絶体絶命の窮地に陥ったポーだったが、決して諦めず、前作でもコンビを組んだ分析官のティリー、理解がある上司のフリンの助けを借りて犯人に辿り着く、正統派の警察ミステリーである。それにサイコ・サスペンスの不気味さと科学捜査の意外性が加えられ、さらに場面転換もスピーディかつ衝撃的で、物語はハラハラ、ドキドキでテンポよく進行する。シリーズものらしく、登場人物の身辺の物語が徐々に明らかになるのも読みどころ。
イギリス警察小説、サイコ・サスペンスのファンなら絶対に満足できる作品であり、できるだけ第一作から読むことをオススメする。
ブラックサマーの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴンブラックサマーの殺人 についてのレビュー
No.928: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

賛否が分かれるのは仕方がない、これぞ怪作!

フランスの新進作家の本邦初訳作品。フランスではいくつもの賞を受賞し高く評価されているサイコ・ミステリーである。
新聞記者のサンドリーヌは長く音信不通だった祖母の訃報と共に、遺品整理のために来て欲しいという連絡を受けた。サンドリーヌの母と折り合いが悪く、生まれてから会ったこともなかった祖母だったが他に身寄りもないため仕方なく、祖母や四人の老人が社会的に隔絶されて暮らしている孤島に渡った。かつてここには子供のキャンプ施設があったのだが、連絡船の事故で子供十人が全員死亡するという不幸により施設は廃止になったという。不吉な運命に見舞われた島に渡ったサンドリーヌは謎めいた住人や不気味な雰囲気に圧倒され、逃げ出そうとするのだが、本土との連絡手段が壊されて島に閉じ込められてしまった…。
サイコキラーと島の歴史に関わる謎を解いていくのが本筋なのだが、ストーリーにさまざまな仕掛け、二重三重の罠が隠されており、一筋縄では読み進めることができない。訳者あとがきにあるように、何を書いてもネタバレになりそうで、これ以上の説明は不可能。というか、これ以上の先入観は持たないで読んだ方が面白いと言える。
サイコ・サスペンスのファン、唖然とするような作者の仕掛けを知っても腹を立てずに楽しめる方にオススメする。
魔王の島 (文春文庫 ル 8-1)
ジェローム・ルブリ魔王の島 についてのレビュー