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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数608件
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日本では「ブルックリンの少女」でブレイクしたミュッソの2020年の作品。物語の主人公が作家で、その作家を動かしている小説家(物語の作者)が主人公と関わってくるという、実験的な構成のミステリーである。
ニューヨークに住む売れっ子作家・フローラの娘が自宅から姿を消した。誘拐されたのかと思われたが身代金の要求もなく半年が過ぎた頃、フローラのエージェントであるファンティーヌが執筆再開を提案し、そのきっかけにと言ってプレゼントを置いていった。そこからフローラは、パリ在住の作家・オゾルスキが事件に関与していると推察し、オゾルスキと対決して娘を取り戻そうとする…。 母親が密室から姿を消した娘を取り戻す密室ミステリー・サスペンスと思わせておいて、物語は作家と登場人物の関係、現実と虚構の関係が入り乱れる迷宮にはまり込む。まるでエッシャーの騙し絵のような不安に満ちた世界へと読者を誘っていく。謎解きといえば謎解きなのだが、トリックや伏線の回収で大団円ではなく、現実と虚構の境界線を手探りして辿り着いたのが夢の世界だったようなおぼつかなさがある。 事件の謎を解いてカタルシスを覚える作品ではなく、読者を選ぶ作品である。 |
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「ワニ町」シリーズの第6作。いつもの3人がいつも通りに事件に巻き込まれて(突入して)大騒ぎする、ユーモアミステリーである。
独立記念日のシンフルの町のバイユーで爆発事故が発生。密造酒製造中の事故かと思われたのだが、覚醒剤の密造中だったようらしいと判明。3人は地元マフィアに依頼されたこともあり、真相解明に乗り出して、あれやこれやの大騒動の末に悪党一味を捕まえる…。 まあ、予定調和のストーリーで新鮮味はないが、よくぞここまで馬鹿馬鹿しいシーンを思いつけるものだと感心するほどコミカルなエピソード満載で飽きさせない。すでにアメリカでは25作!まで出ているようで、作者の筆力に感嘆するばかりである。 マンネリの良さを味わいたい、コージー・ミステリーのファンにオススメする。 |
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自分が好きなジャンルではないため初めて読んだ、御年91歳の老大家の1986年の作品。展開のスピードが早く、しかも騙しとどんでん返しの技巧が巧みで中身が濃い中編ミステリー集である。
収録3作品の中では、表題作が一番読み応えがあった。事件の動機や真相はやや時代遅れな感があるものの次のページへと引っ張っていくパワーは素晴らしく、一気に読み終えた。 古典的名作として読んでおいて損はないとオススメしたい。 |
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シェトランド諸島を舞台にした「ジミー・ペレス警部」シリーズの最終巻となる第8作。イギリス本土から移住してきた家族の納屋で相次いで発見された首吊り死体にまつわる、複雑な人間関係を解きほぐして行く警察ミステリーである。
一家で移住してきたフレミング家の納屋で、前の持ち主が首吊り自殺しているのが見つかった。さらに家の中に奇妙な絵を描いた紙片が置かれることが続き、不安を覚えた一家の母親・ヘレナはペレス警部に相談したのだが、その翌日、今度は島の旧家の子守りをしている若い女性・エマの首吊り死体が見つかった。ペレスは上司であり恋人でもあるリーヴス主任警部の指揮のもと、部下のサンディ刑事とのチームで捜査に乗り出した。誰もがみんな知り合いという閉鎖的なコミュニティだけに、噂は飛び交うものの秘密は隠され続け、真相には容易に近づけないでいた。さらに、ペレスとリーヴスの関係に大きな変化がもたらされ、チームワークがギクシャクする事態にもおちいった…。 殺人事件の捜査とペレスを中心にした人間関係のドラマが同時並行で進み、なかなか謎解きには至らない。そのスローペースを退屈させないのがシェトランド諸島の自然と地域の人間性で、ゆったりとした物語世界を作り出している。中でも誰もが知り合いという閉鎖的社会の息苦しさはおぞましくあり、読み応えもある。その分、謎解きミステリーとしては動機、犯人像に鋭さがない。 シリーズ最終巻だが、これまでの作品を読んでなくても十分に楽しめることは保証する。 |
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刑事加賀シリーズの一作。最後に加賀が「犯人はあなたです」と断言するのだが読者には明示されず、袋綴じ解説「推理の手引き」を読んで分かったような気にさせられる、犯人探しゲームである。
教会のヴァージンロードで新郎・穂高が倒れ、そのまま息を引き取った。死因は、穂高の常備薬であるカプセルの中身が毒薬に変えられていたことだった。主な容疑者は三人、落ち目の作家である穂高の事務所を取り仕切る立場だが、恋人を穂高に奪われた駿河、穂高の担当編集者で元恋人の雪笹、新婦・美和子の兄でありながら美和子への執着心を隠し持つ神林。三人とも強い殺意を持っていてもおかしくなく、しかも穂高にカプセルを渡せる機会があった。さらに、毒入りカプセルを作ったのは、駿河から穂高に心変わりし、最後に裏切られ、挙式前日に穂高家の庭で自殺した女性・浪岡だった。 容疑者が三人とも「自分が殺した」と自覚しており、さらに裏切られて自殺した浪岡にも動機や犯行機会があり、容疑者視点の章が変わるたびに犯人探しは二転三転する。最後は加賀刑事の粘っこい捜査が結実し、昔の推理小説の典型パターン、容疑者を集めて名指しするのだが、なんだかすっきりしない読後感が残るのは、登場人物が全員、共感を覚えないキャラだからだろうか。 犯人当てゲーム、作者との知恵比べがお好きな方にオススメする。 |
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マルティン・ベック・シリーズの第3作、新邦訳版では4冊目の作品。夏のストックホルムで起きた連続少女殺害事件に取り組むベックたちの地道で諦めない捜査活動を描いた、警察集団ミステリーである。
開放的な気分に包まれた夏のストックホルム市街の公園で幼い少女の無惨な遺体が発見された。さらにその数日後、別の公園でも少女が殺害され、市民は恐怖に襲われた。二つの現場に残された物証は乏しく、どちらも人の出入りが自由な場所だったが目撃証言も確かなものは得られず、頼みの綱になりそうな証言は会話がたどたどしい3歳の男児と現場をうろついていた強盗犯のものしかなかった。次の犯行がいつ起きるか、緊張する捜査陣だったが手がかりが得られず、焦りが募るばかりだった。だが、ベックの記憶に残っていた出来事をきっかけに、事態は一気に動き出すのだった…。 犯人像が固まるまでに時間がかかり、緊迫感に満ちた物語展開も、きっかけをつかむとあっという間に解決になだれ込んでいく。そのあたりの展開はやや調子が良過ぎる気もするが、それも地道な捜査の積み重ねがあってこそということで、警察小説としてのリアリティーは従来通り違和感がない。個性的なメンバーの中でもひときわ目立つラーソンが登場し、チームの形が完成したという点で、シリーズ読者には必読作品である。 シリーズ愛読者にはもちろん、警察集団ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。 |
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63歳で長編3作目という遅咲きのアメリカ人作家の本邦初訳。ケンタッキー州東部、アパラチア山脈の片田舎で、短期帰郷した米陸軍犯罪捜査官が殺人事件を捜査する犯人探しミステリーである。
妻・ペギーが妊娠したことを知り海外任地から戻ってきた米陸軍犯罪捜査官のミックは、郡保安官である妹のリンダから「町はずれの森林で発見された女性殺人事件の捜査を手伝って欲しい」と依頼される。女性であるがゆえに町の有力者たちから軽んじられているリンダは捜査から外されそうになっており、兄に助力を求めたのだった。妻の妊娠を機に帰郷したもののペギーとの仲がしっくり行かず鬱屈を抱えていたミックは、自分のためにもと捜査に関わったのだが、濃密な血縁関係と変わらない因習に凝り固まった町の住人はミックに対しても容易には心を開かず、事件の全体像も見えないうちに事件に誘発された殺人が起きてしまう…。 まるで大正・昭和前期の日本の片田舎のような重苦しい町の雰囲気がいやで陸軍に入ったミックの故郷に対する複雑な心理が重要なテーマとなり、犯罪捜査は二の次とまでは言わないが、本作の主要テーマではない。従って、純粋なミステリーとしてはやや力不足であるが、アメリカの複雑さ、捉えどころのなさを理解するには有益である。アメリカではすでに第3作まで書かれているようで、次作を見てから再度評価してみたい作家である。 アメリカ・ディープサウスの泥臭さを好む読者にオススメしたい。 |
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警察小説の金字塔「マルティン・ベック」シリーズの新訳版、第5作。突然、爆発炎上したアパートから発見された死者の隠された謎を解いていく、警察捜査ミステリーである。
ピストル自殺した男のベッド脇に残された紙にはマルティン・ベックの名前が書かれていたのだが、ベックは自殺した男の名前さえ聞いた記憶がなかった。同じ日、ラーソン警部補が監視していたアパートが爆発炎上し、ラーソンは住人を救い出すべく奮闘したのだが数人が焼死体で発見され、その中に監視対象の男・マルムが含まれていた。ベックたちが捜査を進めると、奇妙なことにマルムは自分の部屋で自殺を図ろうとしていた形跡が見つかった。さらに、通報を受けて出動したはずの消防車が現場に到着しなかった事態も発覚し、事件の謎は深まる一方だった…。 出動したのに到着しなかった消防車、さらにルン警部補が息子に買い与えたのだがいつの間にか姿を消したおもちゃの消防車、という二つの謎が物語全体の通奏低音となり、ゆったりと静かに、しかし着実に進んでいく捜査が意外なきっかけから解決に辿り着き、おまけとして派手なクライマックスを迎えることになる。現在の感覚からするとスローすぎる展開だが、そこに味わいが生まれていることは確かである。お馴染みの登場人物たちの日々の悩みや喜びが丁寧に描写されるのも、一つの楽しみである。 せっかく5作目まで来た新訳版シリーズだが、まだ5作も残して、これで打ち切りになると言うのは残念。いつか再開してもらいたいものである。 マルティン・ベック信奉者、警察ミステリー愛好家にオススメする。 |
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「家裁調査官・庵原かのん」シリーズの第2弾、雑誌掲載の7本を集めた短編集である。
川崎の家裁に転勤になった庵原かのんが出会った事件は離婚、親権、相続など、どれも普通の人々が巻き込まれる家族のトラブルばかり。それだけに、扱われる題材、テーマが身近で、話を自分に引き取って読んでしまう。根底に世の中悪い人ばかりじゃないという善人視があるので、読後感は悪くない。 人情物語が好きな方にオススメする。 |
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第33回柴田錬三郎賞を受賞した短編集。6作品とも、子供なら当たり前に抱えている生きづらさ、不全感を逆転させる小学高学年の児童たちと大人の物語である。
子供だってそれぞれに自分らしさとは何かに悩み、周りからの決めつけに傷つき、反発し、それでも周りに優しくあり、スロウペースではあるが成長していく。そんな当たり前のお話を読み応えのあるエンターテイメントに仕上げたのは、さすが伊坂幸太郎である。 読後感の良い作品ばかりで、ミステリーファンにもオススメしたい。 |
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シリーズ第54作目と言う驚異的な長寿ミステリー・シリーズが版元を変え、訳者を代えて登場。2060年代のN.Y.、美人警部と超富豪の夫という「イヴ&ローク」コンビが難事件を解決するお約束パターンは何も変わっていない。
再開発が続くN.Y.の工事現場でホームレス女性の惨殺死体が発見され、現場に駆けつけたイヴたちは、別の一画で解体中の壁から白骨死体が見つかったと知らされる。白骨死体の方は女性と胎児らしい。2つの事件は現在と35年から40年前という時間の差はあれ、ホームレスと妊婦という弱者が被害者という共通点があり、イヴの正義感に火が付いた…。 現在と過去の事件が意外な繋がりを見せるという、よくあるパターンだが、事件の動機、背景、捜査プロセスなどがしっかりしているので、謎解きミステリーとしては合格点。時代は変わっても人間は変わらないという作者の思いが十分に読み取れる。ただ、ロマンス作家として著名な作者だけに全編にロマンス色が濃厚なのが鼻につく。 読者を選ぶ作品であり、ミステリー一辺倒ではなくロマンスが欲しいという読者にはオススメする。 |
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2020年から21年に週刊文春に連載された、長編小説。手術支援ロボットか、従来の手術かで対立する医師たちの葛藤を描いた医療小説だが、ミステリーではない。
ポイントは「ロボットの欠陥を知った時、それでも手術で救える命があれば使用すべき」なのか、「万が一を考えれば、欠陥を公表すべき」なのかで悩む、ロボット支援手術のカリスマ医師の葛藤。対立する従来手術の天才がいい味を出していて、これは面白そうと思ったところで、まあ現状では誰もが容認する予定調和なエピローグになり、ちょっと肩透かし。ただ、筆者の筆力が抜群なので、ミステリーとしては物足りないが最後まで面白く読めることは間違いない。 医療ミステリー、医療小説のファンにオススメする。 |
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フランスの人気作家・ビュッシが「そして誰もいなくなった」に挑戦した作品。隔絶されてはいないけど連絡が取りにくい島に集まったグループのメンバーが次々に犠牲になるという、クラシックな趣向の謎解きミステリーである。
女性に大人気の作家が主宰する「創作アトリエ」がゴーギャンが愛した島で開催され、五人の作家志望の女性が集まった。ところが作家は、「死ぬまでに私がしたいのは」と「海に流す私の瓶」という課題を出したのち、行方をくらませてしまう。さらに一人、また一人と参加者が殺害され、現場には怪しいメッセージが残された。次の被害者は誰か、誰が犯人なのか、五人は互いに疑心暗鬼に陥って行った。 参加者の娘と、同じく参加者の夫である憲兵隊長が探偵役となり、五人が書いた課題作を手掛かりに謎を解いていくのだが、そのプロセスで明らかになるのは「信頼できない語り手」ばかりで、ミステリーにミステリーを重ねた物語である。そこに作者の超絶技巧が凝らされており、見事に騙された。 クリスティーへのオマージュというより、いかにして読者を幻惑するかが主眼の作品として、作者との知恵比べが好きな方にオススメする。 |
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クライムノベルの巨匠・ロス・トーマスの1987年の作品。フィリピンの反政府組織指導者を500万ドルで亡命させる仕事を請け負ったテロ専門家が海千山千の曲者たちを集め、虚々実々の駆け引きを繰り返す、複雑で精緻なコンゲーム・サスペンスである。
テロ専門家・ブースは仕事先をクビになったのだが、それを待っていたかのように「フィリピンの反政府組織NPAの指導者・エスピリトに500万ドルを渡して香港に亡命させる」という仕事が飛び込んできた。ブースの報酬は50万ドルだという。ブースとエスピリトには第二次大戦時、一緒に日本軍と戦った経緯があり、エスピリトが取引き相手としてブースを指名したのだという。訳ありの胡散臭い仕事だったが、高額の報酬に釣られてブースは引き受け、フィリピン事情に通じた4人のプロをマニラに集め作戦を開始する。ところが、一癖も二癖もある曲者揃いのメンバーは「50万ドルの報酬の山分けではなく、500万ドルを全部もらってしまえ」という結論に達した…。 500万ドルを出す黒幕はもちろん、仲介者、反政府組織を騙すのは当然として、さらにメンバー内でも様々な思惑が絡み合い、誰もが誰も信用できないカオスなコンゲームが繰り広げられるのが痛快。ストーリーは複雑怪奇だが、5人のメンバーの個性がクリアに描かれているので物語を理解するのは難しくない。メンバーがそれぞれの得意技で仕掛ける騙しが全て「最後は金」という一点で集約されており、これぞ究極のコンゲームである。 コンゲーム、ノワール・サスペンスのファンには絶対のオススメだ。 |
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2021年のNYT紙「注目の一冊」に選出された長編ミステリー。落ち目の作家が他人のプロットを使ってベストセラーを書き、再び栄光を得たのだが、「おまえは盗人だ」という脅迫が届き追い詰められていく心理サスペンスである。
デビュー作が評論家から高く評価されたジェイコブだったが2作目以降は鳴かず飛ばずですっかり落ちぶれ、地方大学の短期創作講座の臨時講師などで食いつないでいた。箸にも棒にもかからない受講生たちにうんざりする日々の中でも態度が傲慢なエヴァンは最悪だった。だが、ある日、個人面談でエヴァンが語ったプロットは最高で、素晴らしい小説になると予感した。それから3年、ふとしたことからエヴァンが死んだことを知り、しかもエヴァンが語ったプロットが作品になっていないことを確信したジェイコブは、そのプロットを小説に仕上げることにした。作品「クリブ」は大ヒットし、ジェイコブは再び脚光を浴びたのだが、一通のメールから地獄の日々に引き摺り込まれることになった…。 死んだエヴァンの頭の中にしかなかったはずのプロットの存在を知っていたのは、誰か? 脅迫者の目的は何か? 犯人探しがメインで、サブとして物語の骨格を借りることと盗用との違い、同業者に対する妬みやライバル意識など、職業作家の頭の中がリアルに描かれている。犯人探しミステリーとしては、それほど捻りがある作品ではないが、起承転結のメリハリが効いていて読みやすい。 大人の緑陰図書として、ミステリーファンならどなたにもオススメできる良作である。 |
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ピーター・スワンソンの長編第5作。躁うつ病で問題を起こした過去がある女性が隣人を連続殺人犯と見破り、犯行を証明しようとする心理サスペンスである。
版画家のヘンは引っ越し先で隣家の夫婦から親交を深めるディナーに招待されて家の中を見せてもらった時、隣家の夫・マシューの書斎で目にしたものに衝撃を受ける。そのフェンシングのトロフィーは2年半前に起きて未解決になっている殺人の被害者・ダスティンの部屋から犯人が持ち去ったものに見えた。マシューは殺人犯ではないかと疑ったヘンは、その証拠を求めてマシューを調べようとする。一方のマシューはヘンが疑い始めたことに気づき、トロフィーを隠してしまう。ヘンは警察や夫のロイドにマシューの犯行を告げるのだが、確たる証拠がなく、推測だけでは説得できなかった。さらに、ヘンには学生時代に躁鬱病で同級生を殺人犯と決め付けて襲撃した過去があったため周囲に信頼されておらず、ヘンがマシューを追い詰めようとすればするほど、ヘン自身が追い詰められるのだった…。 物語はヘンの視点とマシューの視点で交互に進められ、複雑な背景や動機、もつれ合う人間関係が徐々に明らかになるのだが、登場人物が全員、信頼できない部分を持っているため、物語が進むほど謎が深まってくる。最後に謎が解き明かされるのだが、その仕掛けには正直言ってちょっとがっかり。物語を捻りすぎて収拾がつかなくなったような物足りなさがあった。 「そしてミランダを殺す」ほどの完成度ではないが、読んで損はない心理サスペンスとしてオススメする。 |
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意図することなく拳銃を手に入れることになったとき、人はどう変わっていくのだろうかという、実験的5作品を収めた短編集。
家出少女に一万円をあげたお礼に貰った紙袋から拳銃が出てきた平凡な主婦の第一話から始まって、その拳銃の履歴を遡っていくという構成、さらに各話の主人公が主婦、家出少女、新入社員、退職警官、婚約中の若い娘とバラバラであるところも意欲的である。短編だけに起承転結がはっきりしていて読みやすい。 旅のお供というか、気軽な読み物としてオススメする。 |
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「その手を離すのは、私」でデビューしたイギリス女性作家の第2作。娘の命と引き換えにハイジャックに協力することを強制されたCAの苦悩と恐怖、決断を描いたタイムリミット・サスペンスである。
歴史的なロンドン・シドニー直行便の初フライトにCAのミアが搭乗したのは、夫・アダムから離れていたいからだった。養女のソフィアを中心に幸せな家族だと思っていたのだが、アダムの浮気疑惑をきっかけに夫婦仲がギクシャクしたため冷却期間を置きたいとの思いでミアが志願し、ソフィアは別居中のアダムが預かることになっていた。353人の乗客とともに順調にフライトしていた機内だったが、ミアの手元に「以下の指示に従えば、娘の命は助かる」とのメッセージが届き、ハイジャックに協力せよと脅迫された…。 ハイジャックものではよくあるパターンの話だが、物語の構成が巧みで読み応えがある。航空機内での攻防、アダムとソフィアが閉じ込められた地下室という対照的な場所でのサスペンス、ミアとアダムの夫婦それぞれが抱える秘密、娘・ソフィアの聡明さなど、各構成要素がしっかりしていて、物語の展開から目を離せない。愛する者の命か飛行機の安全かという決断不可能な選択は、結局、誰が書いても想定内の結末に終わらざるを得ないのだと納得した。それでも、最後の最後にクレア・マッキントッシュの毒が見られたのは収穫だった。 ハイジャック、タイムリミット・サスペンスのファンにオススメする。 |
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パキスタン系英国人作家のデビュー作。MWA賞やCWA賞にノミネートされるなど、英語圏では高く評価された社会性・時代性を色濃く反映したエンターテイメント・サスペンスである。
ロンドンのムスリム・コミュニティーで育ったジェイは酒も肉食もギャンブルもやり、小遣い稼ぎにドラッグの売人もやるという、ヤンチャな若者だった。それでもムスリムのアイデンティティはあり、自分が通うモスクが差別主義者に荒らされると、報復として白人たちを襲撃したのだが、その襲撃のどさくさに紛れ、ドラッグと売上金を積んだ愛車を盗まれ、さらに、ドラッグ密売容疑で逮捕された。窮地に陥ったジェイの前に現れたのがMI5の局員で、MI5のエージェントになりイスラム過激組織の動向を探れば、司法取引で無罪にしてやるという。他の選択肢がないジェイは申し出を受け、ムスリム・コミュニティーに潜むテロ組織に接近していく…。 イギリスの移民社会の閉塞感、ムスリムに対する偏見、ホームグローン・テロ対策の難しさなど、極めて現代的で重いバックグラウンドを持つ作品だが、主人公のキャラをはじめ、周囲の人物やエピソードが明るく、軽やかで、物語全体のテイストはユーモラスである。ポリティカル・サスペンスというより、アクション・コメディかつチャラい若者の成長物語である。 イギリス社会の現状を描いたエンターテイメント作品として、幅広いジャンルの読者にオススメしたい。 |
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老いぼれ犬こと高樹良文刑事が主役の「老犬シリーズ」の第1作。13歳の高樹良文少年が暴力と悪意に支配された焼け跡・闇市を生き抜いていく、ノワール成長物語である。
浮浪児狩りを避けながら二人だけで生きていこうとする13歳の良文と幸太は、良文の知恵と幸太の腕力を頼りに闇市でタバコやウィスキーを売って日銭を稼ぎ、焼け跡を不法占拠した「城」で暮らしていた。関係するヤクザに脅され、騙されながらも、他の浮浪児を集めて買出しに手を広げ、仲間や手持ちの物資、金を増やしていった。しかし、大人たちの圧倒的な暴力や悪知恵、仲間の裏切りに遭い心をズタズタにされる。それでも自分の生き方を貫こうとする良文は命をかけた状況に向かって行く…。 シリーズ読者には、主人公の少年時代を知る作品として必読。シリーズ未読でも、戦後の混乱期を生きた少年たちの冒険・成長物語として楽しめる傑作としてオススメする。 |
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